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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-06 『Flag-bearer』
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Section-9

更新履歴 21/10/6 文章のレイアウト変更・表現の修正


 危機また危機の激闘をくぐり抜け、無事いつもの学校へと帰還を果たした、まさにその瞬間――



「……おう。戻ったか」


 不意にすぐ近くから、そう短い呼びかけが届く。

 私がその低く落ち着いた声に応じ、慌ててヘッドセットを取り外すと――


「ミッキー!」


 目の前に、普段通りの冷静な表情でこちらを見下ろす、ミッキーの姿があった。

 一足先にこの学校へと戻り、私達の帰りを待っていたのだ。

 もちろん、体のどこにも怪我などは無い。


 それを見た私は、彼が健在だったことに、心の底から歓喜し――


「良かった! 良かったよ~!」


 次いでそう声を上げつつ、座っていたシートから飛び上がって、勢い任せにその体へ抱きつく。

 こうしてまた会えたことが、本当に本当に幸せでならなかったから。

 あまりに嬉しすぎて、何だかちょっと涙まで出そうになってきた。


 そんな私を、ミッキーはいつものように、軽く呆れた様子でなだめてくる。


「わかった、わかった……わかったから泣くな。

 せっかくこうして、勝って無事に帰れたんだから。

 泣いてたらもったいないだろ?」


 ただし、いつもよりも少しだけ、声に優しさをにじませながら。

 それが心に染みたせいか、さらに涙が溢れてきてしまったので、私は腕にいっそう強く力を込めた。

 大きく逞しいその体に、可能な限り顔を埋めて、自らの泣き顔を隠すために。


 そうして抱きつかれたミッキーは、完全に困り果てています、という雰囲気だ。

 まあ周りにクラスメイト達もいるし、照れるやら恥ずかしいやらで、きっと大変なのだろう。


 もっともだからと言って、無理に引き離そうとしたりはしない。

 むしろ私の頭を、大丈夫だから安心しろと言わんばかりに、不器用な手つきで撫でてくれている。

 あり得ないほどにらしくない振る舞いだが、まあ今はそれだけ、彼もこの勝利を喜んでいるのだろう。


 なので私は、そうしてミッキーが優しいのをいいことに、遠慮なく彼にしがみつき続けた。

 まるでこの人を手放したくない、という意志を、改めてはっきりと示すように。


 ただそんな風に、私がここぞとばかりに甘えているところへ、ふと志藤さんの真剣な声が届く。


「あの……みなさんが祝賀ムードのところ、たいへん申し訳ないのですが。

 少し、話をさせてもらっていいですか?」


 どうやらこの緩みきった空気を、もう一度締め直そうとしているらしい。

 きっと彼女には、まだ何かやるべき事が残っているのだろう。

 ならば当然、浮かれ騒ぐのをやめて、ちゃんと耳を傾けねばならない。


 ゆえに私は、すぐさま顔を上げて、志藤さんに視線を向ける。

 もっとも、泣いていることがバレないように、できるだけ顔を隠しながらだが。


 彼女はそんな私の前で、いったん皆に視線を一巡させた後、静かに話を始め――


「実はここで、どうしても確認しておきたいことがあるんです。

 それは私達の今後にも関わってくる問題なので、みんな疲れているとは思うのですが、もう少しだけ付き合ってください」


 その最後に、一人の男子生徒へ呼びかけを発した。


「では……斉川君」


 そしてそれに応じて、彼女の方を向き直った斉川君へ、ひとつの質問を投げかける。


「これは先ほど、柳井君に聞いたことなのですが。

 あなたは本当に、ここへ来る以前から、倉田先生と知り合いだったのですか?」


 直後、はっきりと斉川君の顔が強張った。

 きっと嫌な話を蒸し返されたことで、思わず動揺してしまったのだろう。


 そんな彼を見て、志藤さんはすぐ、声のトーンを落として話を続ける。

 その表情は、どこか良心の呵責を感じているような雰囲気だ。


「……申し訳ありません。

 これがあなたにとって、非常に答えにくい質問だということは、話を聞いただけの私にもわかります。

 きっと本来ならば、そっとしておくべきことなのでしょう。


 でもここから先、私達がどう戦っていくかを考えるに当たって、どうしても必要な質問なんです。

 可能な限り、詳しい事情を聞かせてはいただけないでしょうか」


 斉川君はしばし、じっと沈黙しながら、そんな彼女の訴えを聞いていたが。

 やがて覚悟を決めたのか、一度深く息を吐き出してから、きっぱりとその答えを告げた。


「……ああ、そうだ。

 俺とあいつは、ここに来る前から知り合いだった」


 そこへ志藤さんは、さらに突っ込んだ質問を放つ。


「それは、自分が元々彼の生徒だった、という意味でしょうか?」


 すると迷わず、斉川君は大きく頷いて応じた。

 自分が倉田先生と旧知の仲であることを、明確に認めたわけである。


 しかしそれに次いで放たれた、志藤さんの確認の方は――


「じゃあ、恨んでたというのも……」


 間を置かず、はっきりと否定する。


「いや、それは逆だ」


 そしてそれを聞いて、不思議そうに問い返してきた彼女へ――


「逆……?」


 彼にしては珍しい、どこか遠いものを思うような柔らかい口調で、その詳細を説明していった。


「むしろ、信じてたんだ。

 俺はあいつのことを、いい教師だと思ってた。

 生徒思いで、教育熱心で、真面目ないい先生だ……ってな」


 もっともその穏やかな独白は、途中で突如自虐的なものへと変わる。


「でも、違った。

 実際のあいつは、人を人とも思わないような悪魔だった。

 俺達を道具みたく扱っても、全然心が痛まないような人でなしだった。


 俺はそれを、裏切られたと感じた。

 自分のイメージが覆されたことに、ものすごくがっかりしたんだ。


 それであの時は、あんなに怒ってたんだよ。

 あいつに騙されて、いいやつだと信じ込まされてたことが、本当に悔しかったから。

 まあ期待と違うことに腹を立てるなんて、本当に子どもみたいな反応だけどな」


 結果として、場の雰囲気がぐっと重くなった。

 斉川君の話に、何となくこれ以上は聞きづらい、という印象があったからだろう。

 それは志藤さんも同じだったのか、今の彼女、どこか居たたまれないという様子である。


 ただそういう空気を察して、何か思うところがあったのか。

 斉川君は次いで、急に柳井君の方へと向き直ると、前触れなく懺悔のような話を始める。


「事情としては、まあそんなとこだ。


 確かに俺はあいつと知り合いだが、別に恨んだりはしてない。

 怒ってはいるが、それを理由にクーデターとか言い出したわけでもない。

 本当に事態を打開する方法のひとつとして、真剣に提案したつもりだ。


 ……まあ結局、駄目にはなったわけだがな。

 それで納得してくれるか?」


 どうやら先ほど喧嘩した柳井君に、自らの事情を説明したらしい。

 彼はその突然の呼びかけに、思い切り虚を突かれたらしく、呆けたように生返事をするだけだった。


「あ、ああ……」


 そんな相手を前に、斉川君はさらに話を継続し、なんと今度は本当の謝罪を始める。

 わさびの塊でも呑み込んだかのような、ひどく渋い顔になりながら。


「……でも確かに、冷静じゃない部分はあった。

 それから色々、言い過ぎなところもあった。

 今さらな話だけど、その辺は本当に申し訳ないと思ってる。

 何て言うか、その……悪かった」


 きっと、そんな風に謝られるとは思ってもみなかったのだろう。

 柳井君は驚いた顔を浮かべつつ、慌ててそれに対応、同じく神妙な面持ちで謝罪を行った。


「いや、その……それは、俺も同じだ。

 少し……いや、かなり言い過ぎたと思う。

 悪かった……すまない」


 斉川君はそれを聞いて、安堵した様子で小さく相槌を打つ。


「そうか……」


 おかげで場の雰囲気が、また元の明るいものへと戻った。

 周りで見守るクラスメイト達も、皆どこか嬉しそうな様子だ。

 仲直りができて良かったね、とでも言わんばかりの表情なのである。


 そんな周囲の反応が、彼としては気恥ずかしかったのだろう。

 斉川君は次いで、独り言のように話題を元に戻す。


「でもまあ結局、これからどうするかって話は、完全に振り出しに戻っちまったんだよな……」


 その瞬間、即座にみんなの表情が暗くなった。

 状況は何ひとつ好転していない、という過酷な事実を、誰もが思い出したからだろう。

 いくら雰囲気が良くなろうとも、結局そこに変わりはないのだ。


 だが次いで、その閉塞感を苦もなく打ち破って、志藤さんが声を上げる。


「あの……今も話に出た、これからどうするかという問題なのですが。

 それに関してひとつ、ここでみなさんに伝えておきたいことがあります。

 具体的に言うと――」


 そしてこの行き詰まった状況に光明をもたらす、真に驚くべき推論を述べ始めた。



「倉田先生が味方になってくれるかもしれない、という可能性の話です」








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