Section-5
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「あの……もうひとついいかな? 志藤さん」
その予想外の発言に驚き、慌てて後ろを振り向いた俺が、そこで目にしたのは――
(……サトル?)
いつになく強張った顔で、じっと志藤の方を見据える我が友、結城悟の姿だった。
そう、彼はなぜか、この終わりかけのホームルームに割り込み、それを引き伸ばそうとしているのだ。
しかも完全に出来上がっていた、大きな場の流れに逆らって、である。
いつもはその控えめな性格ゆえ、こういう話し合いでは、意見を求められた時くらいしか喋らないやつなのに。
多少大げさな表現にはなるが、かつてない異常事態と言えるだろう。
そんな友人の行動に動揺し、少しばかり呆ける俺の前で、悟は決然と会議の継続を呼びかける。
「みんなに、ちょっと聞いて欲しい話があるんだ」
すると他のクラスメイト達も、少し戸惑った様子でざわつき始める。
すでに話し合いが終わったこのタイミングで、いったい何を言い出すつもりなんだ、と感じているに違いない。
もちろん俺の方も、全く同じ気持ちである。
場を支配する、その全員の心情を代弁したかのように、次いで志藤が静かに悟へ問いかける。
ほんの少しだけ、『後回しにはできないのか』という意志を込めて。
「話……ですか? それはその、今でないと駄目なものですか?」
だが悟は、それでも怯むことなく、さらに緊張感を高めながら答えを返した。
「うん。今じゃないと駄目なんだ」
その彼らしからぬ強い語調に圧されてか、皆が一人、また一人と、自らの椅子に座っていく。
互いに顔を見合わせたり、腑に落ちぬという表情を浮かべたりしつつも、特に逆らったりはせずに。
とりあえず話を聞くつもりにはなった、というわけだ。
もちろん俺も、そんな皆に続いて腰を下ろした。
悟の強引さを不審に感じてはいたが、しかし一方で、彼の悩みの原因が明らかになるかもしれない……という期待も抱いていたから。
俺としてはまあ、望むところだったのである。
そうしてクラス全員が、自分の席に着くのを確認してから、悟は意を決した風に力強く喋り出し――
「話っていうのは、他でもない。
僕らがこの学校で遊んでるゲーム……『ムーン・セイヴァーズ』のことなんだ」
なぜだか改めて、俺達の現状を確認し始める。
「僕らはあれを、いつも楽しくプレイしてる。
今みたくホームルームが終わると同時に、あのレクリエーションルームに移動して。
クラスメイト全員が、誰一人欠けることなく。
だけど……みんなは、その時にさ――」
さらにその果てに、ひとつ奇妙な問いをぶつけてきた。
「何かおかしい、と思ったことはない?」
それをきっかけに、再び全員が顔を見合わせる。
今の話の要旨が、全く掴めなかったからだ。
悟はいったい、何を奇妙だと感じているのだろう。
ただその反応は予想通りだったのか、次いで悟は、すぐさま矢継ぎ早に質問を繰り出してきた。
「例えばそう……設備のこととか。
こんな田舎の学校に、ああいう最新の設備があるのはさ、よくよく考えたら変じゃない?
どこか奇妙、と言えることなんじゃないかな?」
俺は不意に突きつけられた、その謎かけじみた言葉に――
(言われてみれば……そうかもな)
あっさり納得、すぐさま彼と同じ疑問を持つ。
実際こんな古い学校に、最新のゲームをプレイ可能な設備があるのは、どう考えても不自然だったから。
なるほどこれは、実にもっともな主張である……
……などと俺は、一瞬悟に同調しかけたのだが。
しかし次に志藤が、軽く思案しながら喋り出し――
「えーと……それは確か」
ほぼ淀みなくその問いに答えたせいで、謎はいとも簡単に解き明かされてしまった。
「新作ゲームの極秘のモニターだから……と聞いています。
機密情報の漏洩を防ぐため、ここでテストプレイを行っているという話です」
さすがにその話は初耳であり、俺もかなり驚かされたが。
しかしそういう事情ならば、最新の設備があっても変ではないし、わざわざ田舎でテストを行うことにも説明がつく。
要は即座に、疑問が解決されてしまったわけだ。
だが悟は、その情報に意表を突かれた様子を見せながらも、決して退かずさらに食い下がっていった。
「いや、でもそれを、わざわざ学校でやるのはおかしいと思うんだ。
だってここは、あくまで教育のための施設なんだから。
ゲームのテストをするなんて、どう考えても普通じゃないよ」
その指摘も先ほどと同じく、たいへんに的を射たものである。
実際彼の言う通り、学校で新作ゲームのテストはおかしい。
普通に考えれば、そんな事が許されるはずはないのだ。
やはり今の状況は、極めて不自然なものだと言えよう。
しかしそんな悟の異議さえも、志藤は理路整然と否定していく。
「部活動の一環として認められている、という話だったと思います。
ここには他に、部活で使えそうな設備がありませんから。
確かに普通ではありませんが、過疎地ゆえの特例みたいですね」
これまた何とも、きれいに筋の通った話だ。
なるほどこの学校の孤立具合を考えれば、決してあり得なくはないだろう。
他にできそうな事が皆無、というのは誰もが知る現実なのだから。
要はこの疑問にも見事説明がつき、内心の引っかかりが、瞬く間に消えてしまったわけである。
そうして知らなかったのであろう情報に直面し、繰り出す質問を次々と片付けられてしまった悟は、そこでしばし沈黙した後――
「……じゃあ、その、ええと」
それでも何とか諦めず、ひどく焦った口調で、必死に問いかけを続けたのだが。
「みんなが揃って、ひとつのゲームをやっていることは?
全員が一緒の趣味なんて、少し不自然な気がするけど……」
そこへ唐突に、これまで黙っていた斉川が介入――
「そりゃあ、当然だろうよ」
わかりきった事だろ、とでも言わんばかりのぞんざいな口調で、悟の主張を退屈そうに切り捨てた。
「だってここには、他に何の娯楽も無いんだから。
好きだろうと嫌いだろうと、時間潰すにはそれしかないんだよ。
なら別に、みんながやってたっておかしくはないだろう?」
その反論で、悟はより追い込まれたらしく、苦しげな様子ですがりつくように話を続ける。
「でも、その、ほら……こんな立て続けにやらなくてもいいんじゃないかな?
ここのところ、ずっとゲームばかりやってる気がするし。
たまには休みとか、そういうのがあってもいいような……」
しかし残念ながら、その主張に肯定的な反応を返す者はいない。
みんな一様に、訝しげな表情で彼を見つめるのみなのだ。
なぜそんな事を気にするのかわからない、といった雰囲気である。
そんな重苦しい場の空気に、すっかり気を吞まれたのだろう。
悟は次いで、ひどく自信を失った表情になり、そのままじっと黙り込んでしまった。
この状況はきっと、真面目で気遣い屋のこいつにとって、とてつもなく辛いものだろう。
ただし、そんな友の苦境を目前にしていても――
(サトル……くそっ)
俺は彼と同じく押し黙り、その弱々しい姿を眺めていることしかできない。
何の役にも立てない己の無力さに、ふつふつと怒りすら感じながら。
なぜなら俺もまた、他のクラスメイト達がそうであるように、悟が何を言いたいのかさっぱり理解できていなかったから。
それではどれほど願ったところで、助け船など出しようもないのである。
もちろん彼が、あの『ムーン・セイヴァーズ』に何か問題がある、と判断したことはわかる。
さらにそれを解決するため、突然ホームルームの議題へ上らせたことだって、きちんと把握している。
このところ調子が悪かったのも、きっとそいつに考えを巡らしていたせいだろう。
ただそれ以上のことは、結局何ひとつわかっていない。
一応彼は、ゲームの来歴などにやたらとこだわっていたようだが。
それが何を意味するのかは、依然として濃い霧の中である。
つまり今の俺に、あいつの悩みを理解するのは不可能ということだ。
ああまったく、普段はさんざん苦労をかけているくせに、肝心なところでこの体たらくとは。
友人失格の役立たず、と言うより他はないだろう。
そんな風に落ち込む俺を含め、誰も悟をフォローできる者はいなかったので、教室の中には重い静寂が広がるばかりだった。
ただやがて、その停滞した空気を振り払おうとするかのように、志藤がそっと喋り出し――
「あの……結城君」
ひどく遠慮がちな口調で、だがしっかり悟へ引導を渡す。
「……もう、いいですか?」
悟はその呼びかけに、何か吹っ切れたような様子で応じた。
ただし言葉の端々へ、はっきり悔恨と徒労感をにじませながら。
「ああ……うん。もう、大丈夫。
ごめん、余計な話で時間取っちゃって」
志藤はそんな彼の態度に、やや心配そうな素振りを見せていたのだが。
しかし本人がいいと言う以上、あまりこだわってもいられないと考えたのか、すぐに話を切り替える。
「……いえ、また何かあったら言ってください。
じゃあ、改めて。みんな、行きましょうか」
するとその言葉を合図にして、全員が自分の席から立ち上がった。
まるで指揮官の号令に応じる、統率された兵士達のように。
そして幾人かで連れ立ち、ぞろぞろと教室を出ていく。
今まさに議題となっていたゲーム、『ムーン・セイヴァーズ』をプレイするために。
『結局今の話は何だったんだ』という風の、複雑な表情を浮かべながら。
しかしそうして動き出したクラスメイト達とは裏腹に、悟は棒立ちのまま動かない。
少しうつむいた体勢で、物憂げに佇むのみなのだ。
きっと今の話し合いの結果が、まだ心に引っかかっているのだろう。
となれば当然、友たる俺がすべきなのは、その憂いを取り払うことなわけだが……
(うーん……)
無論、その方法は見出せない。
相談に乗ってやれるほど自分が事態を理解しておらず、またいつもみたく強引に振る舞うのも、相手の様子が深刻すぎて躊躇われたから。
要はかける言葉が、全く見つからないわけだ。
そうして高い壁にぶち当たり、すっかり困り果てた俺は――
(うーん……うーん……)
無い知恵を絞りに絞った挙げ句、結局は問題を棚上げして、当たり障りのない接し方をするしかなくなった。
「あー……サトル。今日はどうする? やめとくか?」
悟はそれに不意を突かれたのか、少し驚いた顔をしてから、どこか取り繕うように応じてくる。
「ああ……いや、大丈夫。心配しないで、ちゃんと行くから。
……でも、そうだ」
ただしその直後、何か思いついたような呟きを漏らすと、突如自分の机に手を入れた。
そしてそこから黒い物を取り出して、それをこちらに見せつつ、妙な申し出をしてくる。
「ごめん、いったん先に行っててくれないかな。
今日はゲームの前に、これをチェックしておきたいから。
それが終わったら、すぐに追いかけるよ」
当然俺は、悟のその発言に対し、いったい何をする気なんだという疑問を抱いた。
ゆえにすかさず身を乗り出して、その差し出された物に視線を注ぐ。
結果としてそこで、俺が目に捉えたのは――
(……ビデオカメラ?)
骨董品を引っ張り出してきたのか、と思ってしまうくらい古い型の、シンプルで飾り気のない、ハンディサイズのビデオカメラだった。
どうやらこれのチェックが、彼のやっておきたいことのようだ。
そう認識した瞬間、俺はふと思い出す。
(ああ……なるほど、記録係か)
先ほどのホームルームで、悟が卒業式の記録係に選ばれていたことを。
どうやら彼、ゲームで遊ぶその前に、撮影用のカメラをきちんと点検しておきたいらしい。
何とまあ職務に忠実なことか、と感心せずにはいられなかった。
そんな友の真面目っぷりに、なんだ普段通りじゃないか、もう気持ちは切り替えたんだな……と、俺は深く安堵する。
それゆえ迷わず、気軽に別れの挨拶を告げた。
「そうか。じゃ、お先に。
あんまり遅くなるなよ」
そして教室の入口の方へ向き直り、間を置かず歩き始めた。
悟が元気を取り戻したおかげで、自分の心持ちまで明るくなるのを感じながら。
だが、その直後――
「ねえ、カイト」
まるで警告でもするかのように、悟が突如、やたらと静かな口調で俺を制止する。
そしてその重苦しさとは裏腹の、ひどくありふれた問いを投げかけてきた。
「今、何時だかわかる?」
俺はその質問に対し、『なぜ今そんな事を』と違和感を覚えつつも、すぐ辺りに視線を巡らす。
どこかにあるだろう時計を見つけて、現在の時刻を確かめるために。
例え問いの内容が妙であっても、答えるのが簡単な以上、さっさと済ませればそれでいいと思ったのだ。
しかし、残念ながら――
(あれ……?)
俺はそのまま、悟の質問に答えられなくなってしまった。
現在位置から見える範囲に、時計の類いが存在しておらず、また時間がわかるものを持ち合わせてもいなかったから。
どうやら少々、間が悪かったようである。
そこで即座に悟へ詫びを入れつつ、ついでにその妙な質問の意図も確かめておく。
「すまん、ちょっとわからんな。
それがどうかしたのか?」
だがなぜか、彼はそれに答えることなく、わずかに沈黙してから言葉を濁すのみだった。
「……いや、いいんだ。大したことじゃないから。
ごめん、引き止めちゃって」
その不可解な友の行動に、俺の中の憂いは再び強くなっていったが。
しかしそれ以上問い詰めるきっかけもなかったので、俺はやむを得ず、その謝罪を素直に受け入れる。
「ん……そうか」
それから再度踵を返し、皆の後を追って教室の外へ出た。
我らが戦場、あの漆黒の星の大海へと赴くために。
一切躊躇わず、また疑問を感じることもなく。
そう、先ほどの悟の話により、あのゲームには多くの不審な点があると認識したのに。
いったんはその問題提起に同調し、現状へ不自然さを感じることもあったというのに。
なんと今はもう、その問題を気にかけてすらいなかったのである。
それはある程度の説明がついただけで、あっさり納得してしまっていたから。
提示された『答え』を、抵抗なく受け入れてしまっていたから。
しかも俺だけでなく、悟以外のクラスメイト全員が。
つまり俺達は、みんな揃って――
(さて……じゃあひとつやりますか!)
悟の方が正常だという事実に、なぜか全く気づいていなかったのである……




