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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-01 『Missing』
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Section-5

更新履歴 21/9/8 文章のレイアウト変更・表現の修正


「あの……もうひとついいかな? 志藤さん」



 その予想外の発言に驚き、慌てて後ろを振り向いた俺が、そこで目にしたのは――


(……サトル?)


 いつになく強張った顔で、じっと志藤の方を見据える我が友、結城悟の姿だった。

 そう、彼はなぜか、この終わりかけのホームルームに割り込み、それを引き伸ばそうとしているのだ。


 しかも完全に出来上がっていた、大きな場の流れに逆らって、である。

 いつもはその控えめな性格ゆえ、こういう話し合いでは、意見を求められた時くらいしか喋らないやつなのに。

 多少大げさな表現にはなるが、かつてない異常事態と言えるだろう。


 そんな友人の行動に動揺し、少しばかり呆ける俺の前で、悟は決然と会議の継続を呼びかける。


「みんなに、ちょっと聞いて欲しい話があるんだ」


 すると他のクラスメイト達も、少し戸惑った様子でざわつき始める。

 すでに話し合いが終わったこのタイミングで、いったい何を言い出すつもりなんだ、と感じているに違いない。

 もちろん俺の方も、全く同じ気持ちである。


 場を支配する、その全員の心情を代弁したかのように、次いで志藤が静かに悟へ問いかける。

 ほんの少しだけ、『後回しにはできないのか』という意志を込めて。


「話……ですか? それはその、今でないと駄目なものですか?」


 だが悟は、それでも怯むことなく、さらに緊張感を高めながら答えを返した。


「うん。今じゃないと駄目なんだ」


 その彼らしからぬ強い語調に圧されてか、皆が一人、また一人と、自らの椅子に座っていく。

 互いに顔を見合わせたり、腑に落ちぬという表情を浮かべたりしつつも、特に逆らったりはせずに。

 とりあえず話を聞くつもりにはなった、というわけだ。


 もちろん俺も、そんな皆に続いて腰を下ろした。

 悟の強引さを不審に感じてはいたが、しかし一方で、彼の悩みの原因が明らかになるかもしれない……という期待も抱いていたから。

 俺としてはまあ、望むところだったのである。


 そうしてクラス全員が、自分の席に着くのを確認してから、悟は意を決した風に力強く喋り出し――


「話っていうのは、他でもない。

 僕らがこの学校で遊んでるゲーム……『ムーン・セイヴァーズ』のことなんだ」


 なぜだか改めて、俺達の現状を確認し始める。


「僕らはあれを、いつも楽しくプレイしてる。

 今みたくホームルームが終わると同時に、あのレクリエーションルームに移動して。

 クラスメイト全員が、誰一人欠けることなく。

 だけど……みんなは、その時にさ――」


 さらにその果てに、ひとつ奇妙な問いをぶつけてきた。


「何かおかしい、と思ったことはない?」


 それをきっかけに、再び全員が顔を見合わせる。

 今の話の要旨が、全く掴めなかったからだ。

 悟はいったい、何を奇妙だと感じているのだろう。


 ただその反応は予想通りだったのか、次いで悟は、すぐさま矢継ぎ早に質問を繰り出してきた。


「例えばそう……設備のこととか。

 こんな田舎の学校に、ああいう最新の設備があるのはさ、よくよく考えたら変じゃない?

 どこか奇妙、と言えることなんじゃないかな?」


 俺は不意に突きつけられた、その謎かけじみた言葉に――


(言われてみれば……そうかもな)


 あっさり納得、すぐさま彼と同じ疑問を持つ。

 実際こんな古い学校に、最新のゲームをプレイ可能な設備があるのは、どう考えても不自然だったから。

 なるほどこれは、実にもっともな主張である……


 ……などと俺は、一瞬悟に同調しかけたのだが。

 しかし次に志藤が、軽く思案しながら喋り出し――


「えーと……それは確か」


 ほぼ淀みなくその問いに答えたせいで、謎はいとも簡単に解き明かされてしまった。


「新作ゲームの極秘のモニターだから……と聞いています。

 機密情報の漏洩を防ぐため、ここでテストプレイを行っているという話です」


 さすがにその話は初耳であり、俺もかなり驚かされたが。

 しかしそういう事情ならば、最新の設備があっても変ではないし、わざわざ田舎でテストを行うことにも説明がつく。

 要は即座に、疑問が解決されてしまったわけだ。


 だが悟は、その情報に意表を突かれた様子を見せながらも、決して退かずさらに食い下がっていった。


「いや、でもそれを、わざわざ学校でやるのはおかしいと思うんだ。

 だってここは、あくまで教育のための施設なんだから。

 ゲームのテストをするなんて、どう考えても普通じゃないよ」


 その指摘も先ほどと同じく、たいへんに的を射たものである。

 実際彼の言う通り、学校で新作ゲームのテストはおかしい。

 普通に考えれば、そんな事が許されるはずはないのだ。

 やはり今の状況は、極めて不自然なものだと言えよう。


 しかしそんな悟の異議さえも、志藤は理路整然と否定していく。


「部活動の一環として認められている、という話だったと思います。

 ここには他に、部活で使えそうな設備がありませんから。

 確かに普通ではありませんが、過疎地ゆえの特例みたいですね」


 これまた何とも、きれいに筋の通った話だ。

 なるほどこの学校の孤立具合を考えれば、決してあり得なくはないだろう。

 他にできそうな事が皆無、というのは誰もが知る現実なのだから。

 要はこの疑問にも見事説明がつき、内心の引っかかりが、瞬く間に消えてしまったわけである。


 そうして知らなかったのであろう情報に直面し、繰り出す質問を次々と片付けられてしまった悟は、そこでしばし沈黙した後――


「……じゃあ、その、ええと」


 それでも何とか諦めず、ひどく焦った口調で、必死に問いかけを続けたのだが。


「みんなが揃って、ひとつのゲームをやっていることは?

 全員が一緒の趣味なんて、少し不自然な気がするけど……」


 そこへ唐突に、これまで黙っていた斉川が介入――


「そりゃあ、当然だろうよ」


 わかりきった事だろ、とでも言わんばかりのぞんざいな口調で、悟の主張を退屈そうに切り捨てた。


「だってここには、他に何の娯楽も無いんだから。

 好きだろうと嫌いだろうと、時間潰すにはそれしかないんだよ。

 なら別に、みんながやってたっておかしくはないだろう?」


 その反論で、悟はより追い込まれたらしく、苦しげな様子ですがりつくように話を続ける。


「でも、その、ほら……こんな立て続けにやらなくてもいいんじゃないかな?

 ここのところ、ずっとゲームばかりやってる気がするし。

 たまには休みとか、そういうのがあってもいいような……」


 しかし残念ながら、その主張に肯定的な反応を返す者はいない。

 みんな一様に、訝しげな表情で彼を見つめるのみなのだ。

 なぜそんな事を気にするのかわからない、といった雰囲気である。


 そんな重苦しい場の空気に、すっかり気を吞まれたのだろう。

 悟は次いで、ひどく自信を失った表情になり、そのままじっと黙り込んでしまった。

 この状況はきっと、真面目で気遣い屋のこいつにとって、とてつもなく辛いものだろう。


 ただし、そんな友の苦境を目前にしていても――


(サトル……くそっ)


 俺は彼と同じく押し黙り、その弱々しい姿を眺めていることしかできない。

 何の役にも立てない己の無力さに、ふつふつと怒りすら感じながら。


 なぜなら俺もまた、他のクラスメイト達がそうであるように、悟が何を言いたいのかさっぱり理解できていなかったから。

 それではどれほど願ったところで、助け船など出しようもないのである。


 もちろん彼が、あの『ムーン・セイヴァーズ』に何か問題がある、と判断したことはわかる。

 さらにそれを解決するため、突然ホームルームの議題へ上らせたことだって、きちんと把握している。

 このところ調子が悪かったのも、きっとそいつに考えを巡らしていたせいだろう。


 ただそれ以上のことは、結局何ひとつわかっていない。

 一応彼は、ゲームの来歴などにやたらとこだわっていたようだが。

 それが何を意味するのかは、依然として濃い霧の中である。

 つまり今の俺に、あいつの悩みを理解するのは不可能ということだ。


 ああまったく、普段はさんざん苦労をかけているくせに、肝心なところでこの体たらくとは。

 友人失格の役立たず、と言うより他はないだろう。

 そんな風に落ち込む俺を含め、誰も悟をフォローできる者はいなかったので、教室の中には重い静寂が広がるばかりだった。


 ただやがて、その停滞した空気を振り払おうとするかのように、志藤がそっと喋り出し――


「あの……結城君」


 ひどく遠慮がちな口調で、だがしっかり悟へ引導を渡す。


「……もう、いいですか?」


 悟はその呼びかけに、何か吹っ切れたような様子で応じた。

 ただし言葉の端々へ、はっきり悔恨と徒労感をにじませながら。


「ああ……うん。もう、大丈夫。

 ごめん、余計な話で時間取っちゃって」


 志藤はそんな彼の態度に、やや心配そうな素振りを見せていたのだが。

 しかし本人がいいと言う以上、あまりこだわってもいられないと考えたのか、すぐに話を切り替える。


「……いえ、また何かあったら言ってください。

 じゃあ、改めて。みんな、行きましょうか」


 するとその言葉を合図にして、全員が自分の席から立ち上がった。

 まるで指揮官の号令に応じる、統率された兵士達のように。


 そして幾人かで連れ立ち、ぞろぞろと教室を出ていく。

 今まさに議題となっていたゲーム、『ムーン・セイヴァーズ』をプレイするために。

 『結局今の話は何だったんだ』という風の、複雑な表情を浮かべながら。


 しかしそうして動き出したクラスメイト達とは裏腹に、悟は棒立ちのまま動かない。

 少しうつむいた体勢で、物憂げに佇むのみなのだ。

 きっと今の話し合いの結果が、まだ心に引っかかっているのだろう。


 となれば当然、友たる俺がすべきなのは、その憂いを取り払うことなわけだが……


(うーん……)


 無論、その方法は見出せない。

 相談に乗ってやれるほど自分が事態を理解しておらず、またいつもみたく強引に振る舞うのも、相手の様子が深刻すぎて躊躇われたから。

 要はかける言葉が、全く見つからないわけだ。


 そうして高い壁にぶち当たり、すっかり困り果てた俺は――


(うーん……うーん……)


 無い知恵を絞りに絞った挙げ句、結局は問題を棚上げして、当たり障りのない接し方をするしかなくなった。


「あー……サトル。今日はどうする? やめとくか?」


 悟はそれに不意を突かれたのか、少し驚いた顔をしてから、どこか取り繕うように応じてくる。


「ああ……いや、大丈夫。心配しないで、ちゃんと行くから。

 ……でも、そうだ」


 ただしその直後、何か思いついたような呟きを漏らすと、突如自分の机に手を入れた。

 そしてそこから黒い物を取り出して、それをこちらに見せつつ、妙な申し出をしてくる。


「ごめん、いったん先に行っててくれないかな。

 今日はゲームの前に、これをチェックしておきたいから。

 それが終わったら、すぐに追いかけるよ」


 当然俺は、悟のその発言に対し、いったい何をする気なんだという疑問を抱いた。

 ゆえにすかさず身を乗り出して、その差し出された物に視線を注ぐ。


 結果としてそこで、俺が目に捉えたのは――


(……ビデオカメラ?)


 骨董品を引っ張り出してきたのか、と思ってしまうくらい古い型の、シンプルで飾り気のない、ハンディサイズのビデオカメラだった。

 どうやらこれのチェックが、彼のやっておきたいことのようだ。


 そう認識した瞬間、俺はふと思い出す。


(ああ……なるほど、記録係か)


 先ほどのホームルームで、悟が卒業式の記録係に選ばれていたことを。

 どうやら彼、ゲームで遊ぶその前に、撮影用のカメラをきちんと点検しておきたいらしい。

 何とまあ職務に忠実なことか、と感心せずにはいられなかった。


 そんな友の真面目っぷりに、なんだ普段通りじゃないか、もう気持ちは切り替えたんだな……と、俺は深く安堵する。

 それゆえ迷わず、気軽に別れの挨拶を告げた。


「そうか。じゃ、お先に。

 あんまり遅くなるなよ」


 そして教室の入口の方へ向き直り、間を置かず歩き始めた。

 悟が元気を取り戻したおかげで、自分の心持ちまで明るくなるのを感じながら。


 だが、その直後――


「ねえ、カイト」


 まるで警告でもするかのように、悟が突如、やたらと静かな口調で俺を制止する。

 そしてその重苦しさとは裏腹の、ひどくありふれた問いを投げかけてきた。


「今、何時だかわかる?」


 俺はその質問に対し、『なぜ今そんな事を』と違和感を覚えつつも、すぐ辺りに視線を巡らす。

 どこかにあるだろう時計を見つけて、現在の時刻を確かめるために。

 例え問いの内容が妙であっても、答えるのが簡単な以上、さっさと済ませればそれでいいと思ったのだ。


 しかし、残念ながら――


(あれ……?)


 俺はそのまま、悟の質問に答えられなくなってしまった。

 現在位置から見える範囲に、時計の類いが存在しておらず、また時間がわかるものを持ち合わせてもいなかったから。

 どうやら少々、間が悪かったようである。


 そこで即座に悟へ詫びを入れつつ、ついでにその妙な質問の意図も確かめておく。


「すまん、ちょっとわからんな。

 それがどうかしたのか?」


 だがなぜか、彼はそれに答えることなく、わずかに沈黙してから言葉を濁すのみだった。


「……いや、いいんだ。大したことじゃないから。

 ごめん、引き止めちゃって」


 その不可解な友の行動に、俺の中の憂いは再び強くなっていったが。

 しかしそれ以上問い詰めるきっかけもなかったので、俺はやむを得ず、その謝罪を素直に受け入れる。


「ん……そうか」


 それから再度踵を返し、皆の後を追って教室の外へ出た。

 我らが戦場、あの漆黒の星の大海へと赴くために。

 一切躊躇わず、また疑問を感じることもなく。


 そう、先ほどの悟の話により、あのゲームには多くの不審な点があると認識したのに。

 いったんはその問題提起に同調し、現状へ不自然さを感じることもあったというのに。

 なんと今はもう、その問題を気にかけてすらいなかったのである。


 それはある程度の説明がついただけで、あっさり納得してしまっていたから。

 提示された『答え』を、抵抗なく受け入れてしまっていたから。

 しかも俺だけでなく、悟以外のクラスメイト全員が。


 つまり俺達は、みんな揃って――


(さて……じゃあひとつやりますか!)



 悟の方が正常だという事実に、なぜか全く気づいていなかったのである……








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