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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-06 『Flag-bearer』
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Section-4

更新履歴 21/10/6 文章のレイアウト変更・表現の修正


 きっと、今さらなのだろう。


 おそらくみんな、わかっていたのだろう。


 大切な人が命を落とした時、自分はその相手のことを忘れてしまうのだ、と。


 そして自分が命を落とした時は、大切な人が自分のことを忘れてしまうのだ、と。



 だからあんなにも、混乱していたのだ。

 記憶を操作されるという恐ろしい事態が、自分の身に発生していると知らされたから。


 だからあんなにも、怒っていたのだ。

 大切な思い出を消されるという理不尽に、自分が晒されかねないと感じていたから。


 それを理解していなかったのは、ほぼ間違いなく私だけ。

 私だけが何もわからぬまま、ただ状況に流されるばかりだったのだ。

 相変わらず飛び抜けて頭が悪い、とつくづく自分に呆れるしかない。


 たがしかし、今ならはっきりとわかる。

 私と私の大切な人に、そういう危機が迫っている、と。

 二人の繋がりが、無惨に引き裂かれかねない状況にあるのだ、と。

 血の巡りの悪いこの脳みそでも、それは余すところなく把握できたのである。


 ゆえにそこで、心に浮かぶ思いはひとつ――


(嫌……そんなの絶対に嫌!)


 全身全霊をもっての、力強い拒絶だ。

 私はただひたすらに、激しくその運命を拒もうとしていた。

 つい先ほどまでの、どこかぼやけた感じ方とは違う、確固たる意志の元に。


 突如として私の心が、そんなにも様変わりした理由は、おそらく現実感が持てたせいだろう。

 状況を理解したことにより、事態の異常さと恐ろしさを、ダイレクトに肌で感じたわけだ。

 それが私の認識を、百八十度と言えるくらい転換させたに違いない。


 実際今までは、自分に迫っている危機を、ずっと遠い世界のことだと捉えていた。

 だって『ゲームで失敗したら死ぬ』なんて、フィクションそのものみたいな話だったから。

 心のどこかに、アニメか何かを見ているような感覚があったわけだ。


 しかし当然、『それが原因で大切な人を忘れてしまう』と言われれば、話は別。

 そんなのは絶対に嫌、何があろうとそういう目に遭いたくない、と心から思ったのである。

 おそらくは、ごく身近なわかりやすい不幸に置き換えられたことで、ようやく実感が持てたのだろう。


 そのせいか自然と、胸の内にひとつの衝動が芽生えてくる。


(何か……何かしなきゃ!)


 形の無い不安に怯え、ただ縮こまっていた自分を捨てて、何か行動を起こさなくてはならない。

 そういう猛烈な情熱が、一気に心の中で巻き起こったのだ。

 大切な人との思い出を、この手で守り抜きたい、と強く願うがゆえに。


 だから、私は叫んだ。

 その場にいる、未だ沈んだままの友人達に向け、自らの定めた決意を。


「ユキちゃん、志藤さん!

 私、行ってくる!」


 それを聞いたユキちゃんは、突然すぎるその発言に驚いたらしく、呆けた顔で問い返してくる。


「行くって……どこへ?」


 私からの返答は、当然ひとつだ。


「ミッキーのところ!」


 すると彼女は、ひどく慌てた様子で、そんな私を引き止めてきた。


「橘君のところ、って……えっ? 戦いに行くってこと?

 駄目だよそんなの、危ないよ!」


 無謀な行為に及ぼうとする、私の身を案じてくれているのだ。

 それはきっと正しい認識だし、本来であればそうすべきなのだろう。


 それでも私は、頑固に同じ主張をする。


「それでも行かなきゃ!

 危なくても行かなきゃいけないの!」


 彼女は私のその答えに戸惑い、この上なく困り果てながらも、次いでこちらの真意を確かめてきた。


「な……なんで? どうして突然、そんな事を言い出したの?」


 急に私の態度が変わったので、事情がわからず困惑しているのだろう。

 ならば友達に迷惑をかけぬためにも、ここはしっかり、自分の気持ちを伝えておかなくてはならない。


 ただしそんな、己の意志とは裏腹に――


「だって……だって、忘れたくないから!

 ミッキーのこと、私は忘れたくないから!」


 結局のところ私は、必死に思いの丈をぶつけることしかできなかった。

 わかりやすく噛み砕きつつ、自らの意図を正確に伝えるという行為が、少しばかり荷の重い仕事だったから。


「難しいことはわからないけど!

 でも私、ミッキーのことは絶対に忘れたくない!

 だから、行かなきゃいけないの!」


 するとその最中、自らの言葉をきっかけに、ふと心に後悔が湧いてくる。


(ああ、何やってたんだろ、私)


 こんな事になるのなら、ミッキーから離れなければ良かった、と。

 こんなにも不安になるのなら、ずっとその側にいれば良かった、と。

 今さらながらに、それを悔やみ始めたのである。


 もちろんあの戦場に、私なんかが駆けつけたところで、彼の助けとなる見込みは薄い。

 かえって足手まといになるだけ、という可能性も否定できぬのだ。

 怯えて動けない人間など、本来はそうなるのが当然だろう。


 しかしそれでも、気がついたからには立ち止まれない。

 理解してしまったからには、無視などできようはずもない。

 大切な人の存在が、その思い出ごと失われるかもしれないのに、黙って見ているだけなんてのは無理なのだ。


 例えその行為が、とてつもなく危険なのだとしても。

 果たしてやる価値があるのか、それすらわからぬ選択なのだとしても。

 それでも今は、この胸を激しく焼き焦がす、情熱の炎に従いたい。


 ゆえに私は、即座に行動を開始――


(待ってて……ミッキー!)


 未だに混乱中のユキちゃんを置いて、自分一人だけでも、戦闘中のミッキーの救援へ赴こうと……していたのだが。


 そこへ不意に、私と真逆の暗い声をした、問いかけるような呟きが割り込んできた。


「その方が……楽なのでは?」


 声の主は、ひどく翳りのある目で、こちらをじっと見つめる志藤さんだ。

 彼女はその雰囲気のまま、まず静かに自身の考えを並べ――


「もし……もしいなくなったのが、自分の大切な人であるのなら。

 自分の大切な人を、記憶と共に失ってしまったのだとするのなら。


 だとしたら、その人がどれだけ大切だったかなんて、覚えている必要はあるのでしょうか。

 それを覚えていたせいで、悲しみに耐えられなくなってしまうかもしれないのに。

 辛いと思う気持ちが、もっともっと強まってしまうかもしれないのに。

 だったら……だったら――」


 それに続いて、ひとつの重い質問を投げかけてくる。


「いっそ、全て忘れてしまった方がいいのではないでしょうか?

 むしろその方が、幸せなのではないでしょうか……?」


 その志藤さんの論理は、強く私の胸を打った。

 先ほどまでの彼女を見ていれば、確かにそれが正しい認識だと思えたから。


 だって志藤さんは、大切な人のことを忘れているのに、その喪失があんなにも辛そうなのだ。

 仮に覚えていれば、今よりもずっと苦しんでいたに違いない。

 『忘れた方がいい』という主張は、まったくもってその通りなのだろう。


 しかしそれでも、私はその正しさを否定した。

 彼女の言葉に、はっきりと異を唱えたのだ。


「良くない! ぜんぜん良くないよ!」


 私が強い確信を持って、そんな風にはっきりと言い切れた理由。

 それは――


「だって辛いのは、忘れられちゃう人も同じはずだから!

 忘れた自分は楽になっても、忘れられた相手は苦しいままだから!

 私はそんなの、絶対に嫌!」


 自分の方は良くても、相手はすごく辛いはずだ、と感じていたから。


 そう、例え大切な人を忘れることで、自分の痛み苦しみが和らぐのだとしても。

 耐え難い悲しみや辛さから、一時とは言え解放されるのだとしても。


 それは同時に、『忘れられてしまった方はもっと辛い』、という事実を指し示す。

 命を落とした上に、いなかったことにされてしまうのだから、そう考えるのが当然だろう。


 要は自分を楽にするため、大切な人を苦しめることになるわけだ。

 そんなの想像するだけで、心の底から申し訳ない気持ちになる。

 ミッキーには、絶対そんな思いをさせたくはない。


 いやもちろん、いなくなった相手のことを、そんな風に思いやる必要は無いのかもしれないが。

 死んでしまった後のことなんて、本当は気遣わなくても良いのかもしれないが。


 しかし何であれ、嫌なものは嫌なのだ。

 そういう未来を拒絶したいとの願いが、胸の中で燃え盛っているのだ。

 となれば当然、素直にそれに従うのみである。


 その決意を支えに、私は自らの心情を、もう一度言葉にしてから――


「だから私は、ミッキーのこと忘れたくない!

 ミッキーにそんな、辛い思いをして欲しくないから!

 絶対絶対、生きていて欲しいんだ!」


 文字通り、居ても立ってもいられぬとばかりに走り出した。


「あ……! マキちゃん! 待って!」


 それに驚いた様子の、ユキちゃんの声を背中で聞きながら。

 目的地は無論、追いつくべき大切な人がいる場所、いつものレクリエーションルームだ。


 ちなみに先ほどまで胸を満たしていた、大きな不安や恐怖は、すっかりどこかへ吹き飛んでしまっている。

 今はミッキーを死なせたくない、という思いだけで、ほぼ頭が一杯だから。

 単純明快な自分の思考回路に、今は感謝したい。


 もっともそうして保健室を飛び出した直後、私は予想外の事態に遭遇し、びっくりして足を止めることになった。


「わっ! ……望月さん?」


 なぜならそこに、教室にいるはずの望月さんが立っていたから。

 どうやらいつの間にか、私達を追いかけてきていたらしい。


 しかも彼女はそこで、軽く目を伏せながら、小さく独り言のようなものを漏らした後――


「うん……そうだよね。忘れられたら、辛いよね」


 すぐ顔を上げ、吹っ切れたような顔で、私にとってすごく嬉しい申し出をしてくれる。


「栗原さん。私も行きます。

 一緒にみんなを助けに行きましょう」


 もちろん、私の返答はひとつしなかった。


「うん! 一緒に行こう!」


 彼女の手を取り、そう心から喜びつつ告げたのだ。

 事情は良くわからないけど、自分の行動が認められたみたいで嬉しかったから。

 おかげで胸の中に、より大きな力がみなぎってくる。


 それゆえ私は、その勢いに後押しされ、再度飛び跳ねるようにして走り出す。

 どこか決意を秘めた表情で、そんな私に続いた望月さんと――


「ま……待って! 私も行くから! 待ってよー!」


 そう焦った声で呼びかけながら、私達を追ってくるユキちゃんを伴って。

 脇目も振らず、また一切迷うこともなしに。


 そう、つまり私は、ずっと心を支配していた、全ての怯えと悩みを置き去りに――


(待ってて、ミッキー!)



 決して忘れたくはない、大切な人の元へと向かったのだ!








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