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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-06 『Flag-bearer』
62/173

Section-2

更新履歴 21/10/6 文章のレイアウト変更・表現の修正


「ねえどうしよう、ユキちゃん……」



 しかしユキちゃんからの返答は、至極当然のものでしかなかった。


「わ、私に言われても……わかんないよ」


 彼女の方も、どうしたらいいかわからないのだ。

 ここにいても無意味なのはわかるが、だからと言って命懸けの戦いなどできるわけがない。

 きっと私と同じで、そんな精神状態なのだろう。

 つまりは二人して、マネキンのように立ち尽くすのみ、というわけである。


 するとそうやって、ただ動揺するばかりの私達の元へ、不意に刺々しい声が届く。


「……どうもこうもないだろ」


 一緒に教室へ残っていた柳井君が、ひどく不機嫌そうに、戦いへ向かった四人を非難し始めたのだ。


「この状況じゃ、そう簡単に動けるわけがない。

 だってのに何で、ためらいもなく行けるんだよ。

 おかしいんじゃないのか、あいつら……」


 ただし無論、私ではそれに答えようがない。

 彼の言う『状況』を、まだ十分に掴めておらず、そもそも否定も肯定も不可能な状態だったから。

 隣にいるユキちゃんも、ほぼ私と同じような反応である。


 そんな私達の態度を見て、柳井君はさらに顔をしかめて黙り込んだ。

 怒ったのか呆れたのか、あるいは何か別のことを考えているのか。

 いずれにせよ、これ以上こちらと話す気は無いらしい。


 そうして会話が途切れたせいで、少し気が重くなった私は、いったん柳井君から目を逸らす。

 無言で沈黙する彼を見ていたら、何となく責められているような気分になってしまったから。

 その居たたまれなさを、どうにか紛らそうとしたのだ。


 結果として視界に、少し離れた席に座る、望月さんの姿が入ってきた。

 彼女は独り、微動だにせずドアの方を見つめている。

 そこをくぐり抜けていった、誰かの影を追いかけるように。


 おそらく望月さんも、怖くて戦いには出られなかったのだろう。

 そして今はあんな風に、危険な戦いへと赴いた友人――美山さんの身を案じているのだ。

 いつもは他人の気持ちに鈍い私だが、自分と同じ状態と言うこともあり、さすがにそのくらいは理解できたのである。


 そんな感想が引き金になったのか、次いで私の胸にも、ミッキーのことを憂う気持ちが湧いてくる。


(大丈夫かなあ……心配だなあ……)


 戦いの中で無茶をして、すごく危ない目に遭っていないだろうか。

 ちゃんと怪我なく、無事に帰ってきてくれるだろうか。

 それがひどく不安で、居ても立ってもいられなくなったのだ。

 やっぱり一緒に行けば良かった、と激しく後悔せずにはいられない。


 しかし、それほどに相手を想っていても――


(でも……やっぱり、無理)


 頑として、体は動いてくれなかった。

 もちろん心の方も止まったままで、前向きな気持ちが芽生えてくる気配は無い。

 まるでバンジージャンプの台の上で、恐怖により足をすくませ、中々飛び立てないでいる人のように。


 要は未だに、あのゲームが怖くてしょうがないわけだ。

 怯えて萎縮するあまり、こうして身動きひとつとれなくなるくらいに強く。

 本当に臆病なんだな、と改めて自分の弱さを実感してしまう。


 するとその落胆をきっかけにして、ふと私の胸の中に、とある疑問が湧いてきた。


(ミッキーは、なんであんなに勇気があるんだろう)


 何が起ころうとも慌てず、どんなに追い詰められようとも騒がず、どれほどの絶望に直面しようとも揺らがない。

 彼がいつだってそんな風に振る舞える、その理由を知りたくなったのだ。


 なぜなら――


(私もあんな風になりたい。

 それで、ミッキーの役に立ちたい)


 その隣に立って、同じ道を歩きたかったから。

 しかも単なる足手まといでなく、きちんと支え合えるパートナーとして。

 私はそういう自分でいたい、と心から願っていたのである。


 もちろんそれは、純粋に相手に尽くしたい、とかの綺麗な動機ではない。

 そうならなければ置いていかれる、役立たずであれば見捨てられてしまう、という恐怖があるせいだ。


 つまりは不要な存在になりたくない、手助けをする代わりに側に置いて欲しい、が本音なのである。

 身勝手な話だとは思うが、今の私にとって、それは何よりも重要な問題になっている。

 他に頼れる人がいない、という自分の境遇を良く知るがゆえに。


 ならば今は何をすればいいのか……と考えを巡らそうとした瞬間、私はその悩みをきっかけに、自らの過ちに気づくことになった。


(駄目だ……落ち込んでたら)


 今の自分は、周りに暗い空気を撒き散らしている、と気付いたのである。

 いつだって明るく振る舞う、という唯一の取り柄をなくしたら、私は本当にマイナスしか生み出せない存在になってしまうのに。

 それではなおさら、ミッキーに並び立つことはできないし、とにかく落ち込むのだけは駄目なのだ。


 そこで必死に意志と気力を総動員して、私は自分を奮い立たせる。


(頑張らなきゃ……何かしなきゃ!)


 戦うことができないのなら、何か他にできることを見つけよう。

 そして可能な限り、明るくそれを実行していこう。

 そういう風に、固く自身の行動方針を定め直したのである。

 おかげで少しは元気も湧いてきたし、今はとりあえず、この目的に従って動けばいいだろう。


 そうして何とか心の整理をつけた私の耳に、次いでタイミング良くユキちゃんの声が届いた。


「……柳井君?」


 それにつられて、その不思議そうな声の方を振り向く同時に、ちょうど柳井君が動きを見せる。

 ずっと腕を組んだまま固まっていたのに、いきなり机に手を突き、椅子から乱暴に立ち上がったのだ。

 どうやら彼、何か行動を起こす気らしい。


 その予測通り柳井君は、質問をしたユキちゃんに対し、少し考えながら答えた後――


「ちょっと……調べ物をしてくる」


 即座に歩き出し、教室の入り口へと向かった。

 わずかに顔をうつむかせながら、しかもかなりの早足で。


 ユキちゃんはそんな彼の行動に、少なからず動揺しつつも、慌ててその後ろ姿に声をかける。


「う……うん。気をつけてね」


 だが、柳井君からの返事は無かった。

 荒々しい足取りで、瞬く間に教室を出て行くのみなのだ。


 ゆえに当然、それを見送るユキちゃんの表情も、ひどく心配そうに曇っている。

 いつもと違う彼の振る舞いに、不安を感じているに違いない。


 とは言え柳井君は、何か自分のすべきことを見つけたらしい。

 それが何なのかはわからないが、きっと意味のある行いなのだろう。

 あれほど迷わず動けるのだから、そう解釈するのが正しいはずである……たぶん。


 しかし一方、教室に残された私はと言うと――


(えっと……私はどうしよう)


 あれほど決意したと言うのに、未だにさっぱり、自分のやるべき事を見出せてはいなかった。

 相変わらず思考停止状態のまま、ただぼんやりと時を過ごすのみなのだ。

 多くのクラスメイトが、すでに自らの目的に向け行動しているのに、全く情けない限りである。


 それゆえ今度は、自分に何ができるのかについて、静かにじっと考えを巡らす。


(私にできること……かあ)


 一応良く言われるのは、『ムードメーカー』というやつだ。

 『栗原さんがいると空気が明るくなる』だとか、『すごく元気をもらえる』だとか、そんな風に褒めてもらえることは多かった。

 多少なりとも認められていた、と表現してもいいだろう。


 もちろんそれが、みんなの本音だったのかはわからない。

 いつかと同じく、その言葉の裏に、別の感情が潜んでいた可能性も否定できないのだ。


 ただそれでも、私に果たせる、唯一の役割であることに変わりはない。

 であればやはり、そこだけでもきちんとやり遂げるべきだろう。


 となると具体的には、落ち込んでいる人を励ますとか、戦いに出た人を応援するとかになるのだが……


(うーん……)


 残念ながら現状、それはほぼ不可能である。

 ほとんどのクラスメイトが出払っている上、この教室からでは、戦場にメッセージを伝える手段も皆無だから。


 つまりは最初から蚊帳の外、そもそも関わることすら不可能なわけだ。

 やっぱり役立たずだな、いったいどうしたらいいんだろう、と気落ちせずにはいられない。


 ただしその悩みは、間を置かず、意外にあっさりと解消される。

 柳井君を見送った後、ひどく所在なさげにしていたユキちゃんが、突如何かを思いついた様子で――


「あっ! そうだ!」


 私にもできそうな、意義のある行動を提案してくれたから。



「志藤さんの様子、見てこようか?」








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