Section-2
更新履歴 21/10/6 文章のレイアウト変更・表現の修正
「ねえどうしよう、ユキちゃん……」
しかしユキちゃんからの返答は、至極当然のものでしかなかった。
「わ、私に言われても……わかんないよ」
彼女の方も、どうしたらいいかわからないのだ。
ここにいても無意味なのはわかるが、だからと言って命懸けの戦いなどできるわけがない。
きっと私と同じで、そんな精神状態なのだろう。
つまりは二人して、マネキンのように立ち尽くすのみ、というわけである。
するとそうやって、ただ動揺するばかりの私達の元へ、不意に刺々しい声が届く。
「……どうもこうもないだろ」
一緒に教室へ残っていた柳井君が、ひどく不機嫌そうに、戦いへ向かった四人を非難し始めたのだ。
「この状況じゃ、そう簡単に動けるわけがない。
だってのに何で、ためらいもなく行けるんだよ。
おかしいんじゃないのか、あいつら……」
ただし無論、私ではそれに答えようがない。
彼の言う『状況』を、まだ十分に掴めておらず、そもそも否定も肯定も不可能な状態だったから。
隣にいるユキちゃんも、ほぼ私と同じような反応である。
そんな私達の態度を見て、柳井君はさらに顔をしかめて黙り込んだ。
怒ったのか呆れたのか、あるいは何か別のことを考えているのか。
いずれにせよ、これ以上こちらと話す気は無いらしい。
そうして会話が途切れたせいで、少し気が重くなった私は、いったん柳井君から目を逸らす。
無言で沈黙する彼を見ていたら、何となく責められているような気分になってしまったから。
その居たたまれなさを、どうにか紛らそうとしたのだ。
結果として視界に、少し離れた席に座る、望月さんの姿が入ってきた。
彼女は独り、微動だにせずドアの方を見つめている。
そこをくぐり抜けていった、誰かの影を追いかけるように。
おそらく望月さんも、怖くて戦いには出られなかったのだろう。
そして今はあんな風に、危険な戦いへと赴いた友人――美山さんの身を案じているのだ。
いつもは他人の気持ちに鈍い私だが、自分と同じ状態と言うこともあり、さすがにそのくらいは理解できたのである。
そんな感想が引き金になったのか、次いで私の胸にも、ミッキーのことを憂う気持ちが湧いてくる。
(大丈夫かなあ……心配だなあ……)
戦いの中で無茶をして、すごく危ない目に遭っていないだろうか。
ちゃんと怪我なく、無事に帰ってきてくれるだろうか。
それがひどく不安で、居ても立ってもいられなくなったのだ。
やっぱり一緒に行けば良かった、と激しく後悔せずにはいられない。
しかし、それほどに相手を想っていても――
(でも……やっぱり、無理)
頑として、体は動いてくれなかった。
もちろん心の方も止まったままで、前向きな気持ちが芽生えてくる気配は無い。
まるでバンジージャンプの台の上で、恐怖により足をすくませ、中々飛び立てないでいる人のように。
要は未だに、あのゲームが怖くてしょうがないわけだ。
怯えて萎縮するあまり、こうして身動きひとつとれなくなるくらいに強く。
本当に臆病なんだな、と改めて自分の弱さを実感してしまう。
するとその落胆をきっかけにして、ふと私の胸の中に、とある疑問が湧いてきた。
(ミッキーは、なんであんなに勇気があるんだろう)
何が起ころうとも慌てず、どんなに追い詰められようとも騒がず、どれほどの絶望に直面しようとも揺らがない。
彼がいつだってそんな風に振る舞える、その理由を知りたくなったのだ。
なぜなら――
(私もあんな風になりたい。
それで、ミッキーの役に立ちたい)
その隣に立って、同じ道を歩きたかったから。
しかも単なる足手まといでなく、きちんと支え合えるパートナーとして。
私はそういう自分でいたい、と心から願っていたのである。
もちろんそれは、純粋に相手に尽くしたい、とかの綺麗な動機ではない。
そうならなければ置いていかれる、役立たずであれば見捨てられてしまう、という恐怖があるせいだ。
つまりは不要な存在になりたくない、手助けをする代わりに側に置いて欲しい、が本音なのである。
身勝手な話だとは思うが、今の私にとって、それは何よりも重要な問題になっている。
他に頼れる人がいない、という自分の境遇を良く知るがゆえに。
ならば今は何をすればいいのか……と考えを巡らそうとした瞬間、私はその悩みをきっかけに、自らの過ちに気づくことになった。
(駄目だ……落ち込んでたら)
今の自分は、周りに暗い空気を撒き散らしている、と気付いたのである。
いつだって明るく振る舞う、という唯一の取り柄をなくしたら、私は本当にマイナスしか生み出せない存在になってしまうのに。
それではなおさら、ミッキーに並び立つことはできないし、とにかく落ち込むのだけは駄目なのだ。
そこで必死に意志と気力を総動員して、私は自分を奮い立たせる。
(頑張らなきゃ……何かしなきゃ!)
戦うことができないのなら、何か他にできることを見つけよう。
そして可能な限り、明るくそれを実行していこう。
そういう風に、固く自身の行動方針を定め直したのである。
おかげで少しは元気も湧いてきたし、今はとりあえず、この目的に従って動けばいいだろう。
そうして何とか心の整理をつけた私の耳に、次いでタイミング良くユキちゃんの声が届いた。
「……柳井君?」
それにつられて、その不思議そうな声の方を振り向く同時に、ちょうど柳井君が動きを見せる。
ずっと腕を組んだまま固まっていたのに、いきなり机に手を突き、椅子から乱暴に立ち上がったのだ。
どうやら彼、何か行動を起こす気らしい。
その予測通り柳井君は、質問をしたユキちゃんに対し、少し考えながら答えた後――
「ちょっと……調べ物をしてくる」
即座に歩き出し、教室の入り口へと向かった。
わずかに顔をうつむかせながら、しかもかなりの早足で。
ユキちゃんはそんな彼の行動に、少なからず動揺しつつも、慌ててその後ろ姿に声をかける。
「う……うん。気をつけてね」
だが、柳井君からの返事は無かった。
荒々しい足取りで、瞬く間に教室を出て行くのみなのだ。
ゆえに当然、それを見送るユキちゃんの表情も、ひどく心配そうに曇っている。
いつもと違う彼の振る舞いに、不安を感じているに違いない。
とは言え柳井君は、何か自分のすべきことを見つけたらしい。
それが何なのかはわからないが、きっと意味のある行いなのだろう。
あれほど迷わず動けるのだから、そう解釈するのが正しいはずである……たぶん。
しかし一方、教室に残された私はと言うと――
(えっと……私はどうしよう)
あれほど決意したと言うのに、未だにさっぱり、自分のやるべき事を見出せてはいなかった。
相変わらず思考停止状態のまま、ただぼんやりと時を過ごすのみなのだ。
多くのクラスメイトが、すでに自らの目的に向け行動しているのに、全く情けない限りである。
それゆえ今度は、自分に何ができるのかについて、静かにじっと考えを巡らす。
(私にできること……かあ)
一応良く言われるのは、『ムードメーカー』というやつだ。
『栗原さんがいると空気が明るくなる』だとか、『すごく元気をもらえる』だとか、そんな風に褒めてもらえることは多かった。
多少なりとも認められていた、と表現してもいいだろう。
もちろんそれが、みんなの本音だったのかはわからない。
いつかと同じく、その言葉の裏に、別の感情が潜んでいた可能性も否定できないのだ。
ただそれでも、私に果たせる、唯一の役割であることに変わりはない。
であればやはり、そこだけでもきちんとやり遂げるべきだろう。
となると具体的には、落ち込んでいる人を励ますとか、戦いに出た人を応援するとかになるのだが……
(うーん……)
残念ながら現状、それはほぼ不可能である。
ほとんどのクラスメイトが出払っている上、この教室からでは、戦場にメッセージを伝える手段も皆無だから。
つまりは最初から蚊帳の外、そもそも関わることすら不可能なわけだ。
やっぱり役立たずだな、いったいどうしたらいいんだろう、と気落ちせずにはいられない。
ただしその悩みは、間を置かず、意外にあっさりと解消される。
柳井君を見送った後、ひどく所在なさげにしていたユキちゃんが、突如何かを思いついた様子で――
「あっ! そうだ!」
私にもできそうな、意義のある行動を提案してくれたから。
「志藤さんの様子、見てこようか?」




