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正直に言えば、何ひとつわかっていなかった。
志藤さんが語った、この学校に対する違和感も。
倉田先生が語った、この世界にまつわる真実も。
今の自分達がどんな状態で、これからいったい何をすべきなのかも。
私は結局、ほとんど理解していなかった。
話そのものに、全くついていけてなかったのだ。
だってそれが、あまりにも複雑だったから。
矢継ぎ早に与えられる情報が、頭をパンクさせるほど多かったから。
その全てを適切に処理した上で、的確に事情を把握するなんて、私には到底不可能だったのである。
それでも一応、辛うじて認識していたのは、以下の四点。
まずひとつに、この学校がものすごく変だと言うこと。
現実では絶対にあり得ない、奇妙な状態にあったらしいのだ。
確かに校門が無いとか、電気が来てないとかは、さすがに不自然だなと感じる。
きっとこの学校が、普通とどこか違う、というのは本当なのだろう。
もちろん、なんでそんな事になっているのかは、全くわからないのだが。
それからもうひとつは、私達が騙されていたということ。
どうやら知らぬ間に、いわゆる洗脳みたいなことをされていたらしいのである。
実際言われてみれば、ここのところ家に帰った覚えがない。
お昼ご飯とか授業についても、やっぱり記憶は無い。
いくら私でも、家族の顔を忘れるのはあり得ないし、やはりそれも真実のようだ。
もっとも、なぜそうなったのかは、結局把握できないままだけれど。
さらに三つ目は、自分達にすごい危険が迫っているということ。
いつ命を落としてもおかしくない、と言えてしまうくらいに。
なんと志藤さんの話によれば、いつものあのゲームで失敗すると、現実の世界でも本当に死んでしまうようなのだ。
ゲームの中での生き死にが、自分の命と直結している、ということらしい。
とんでもなく非現実的な話だが、これも志藤さんが言うんだし、きっと……
……いや、そうじゃなくて、そもそも向こうが現実なんだっけか。
まあとにかく、みんなそう信じているみたいだし、たぶん間違いはないはずだ。
そして最後は、倉田先生が悪い人だったということ。
みんなは先生こそが、私達に危ないことをさせている張本人だ、と言っていた。
また先生自身もそれを認め、自分が諸悪の根源と言っていた。
これもどうやら、本当のことと考えていいらしい。
ただ私としては、その話を簡単に信じることができなかった。
私は倉田先生が持つ、どこかのんびりした雰囲気が好きだったので、悪い人だなんて思いたくなかったのである。
だから実は、未だに少しだけ、あれは嘘なんじゃないかと考えてたりもしている。
みんなに言ったら怒られるはずなので、ずっと黙っていようと思ってはいるが。
以上が今、私の抱いている、自分の周りの状況に対しての印象である。
まとめればたぶん、理由はわからないけどとにかく危険を感じている、というところだと思う。
詳しい事情を掴めずじまいなので、結局はその程度の認識しか持てなかったのだ。
それゆえ私は、その理不尽な境遇に、強く不安をかき立てられた。
良くわからないものに命を狙われている、とでも呼ぶべき状態なのだから、動揺するのは当然だろう。
また事情がどうこうという以上に、みんなの雰囲気が怖かった。
まるで親しい人を失った後のような、重く沈んだ空気に耐えられなかった。
そのせいで息苦しくなり、今にも心を押し潰されそう、という状態に追い込まれていたのである。
だから結果として、あのゲームができなくなってしまった。
このおかしな状況が、あれによって作り出されていると理解したせいで、急にとても怖いもののように思えてきたから。
これまでみたいに、気軽には触れられなくなってしまったのだ。
いやもしくは、あちらの世界に行ってしまえば、この異常で異様な状態を認めるしかなくなる。
そういう現実を恐れる気持ちが、心のどこかにあったのかもしれない。
嫌なものから目を逸らし、何とか気持ちを落ち着かせようとしていたのだろう。
それで私は、再び向こうの世界へと赴く、ミッキー達に同行できなかった。
前回の戦いを終えた後、次なる敵との戦いに向かった彼らと、一緒には行けなかったのだ。
怖くて怖くて、心も体も凍りついたように動かなくなっていたから。
もちろん、本当はついていきたかった。
こんな時だからこそ、ちゃんとミッキーの側にいたかった。
ちなみにそれは、自分の不安を紛らすためでもあったのだが、同時に彼のことが心配だったせいでもある。
だって最近のミッキーの行動は、どう考えてもおかしい。
妙に自暴自棄というか、自分を大切にしていない印象があったのだ。
そのせいでふと、どこかへ消えてしまいそうと感じることもあり、それがとにかく不安だった。
そんな感情に押されて、私はしばしの時間を置いてから、独り彼の後を追った。
まだ戦える精神状態でないながらも、最低限の心の整理をして、レクリエーションルームへ向かったのだ。
一緒に行けなかったことを怒ってるかな、邪魔をしたら叱られるかな、と内心怯えながら。
しかし、そんな私を出迎えた彼の声は――
『……どうした? 何かあったのか?』
日頃と変わらぬ、たいへん落ち着き払ったものだった。
私と違って、怯えも取り乱したりもせず、当然怒ってもいない。
そういういつも通りの、頼れるミッキーだったのである。
またその時は、このところ漂わせていた、捨て鉢な感じも無かった。
前向きにこれからのことを考えている、という強い意志がにじみ出ていたのだ。
私が心から安堵し、ホッと胸を撫で下ろしたのは言うまでもない。
だがそうして、ようやくほんの少し安心できたその直後、事態はまた怖い方向へと動き出した。
倉田先生との話し合いを終えて、教室に戻ったミッキーと斉川君が、急に恐ろしい提案を行ったのだ。
それは倉田先生を捕まえて、自分達の言うことを聞かせよう、という計画である。
そうやって母艦を乗っ取り、みんなで月に行こうとしているらしい。
一応そうすれば、全ての問題が解決するとのことなのだが。
事情がよくわからぬ私には、やはり危険という風にしか思えなかった。
やめた方がいいんじゃないか、と内心では考えていたのだ。
ただ結局、その計画が実行に移されることはなかった。
倉田先生に内容を知られ、そんな事すれば命は無いぞ、と逆に脅迫を受けたから。
私が何ひとつ関われない内に、あっさり終わりを告げてしまったのである。
そして間を置かず、倉田先生は新たな敵の到来を宣言し、私達にそれを撃退するよう強制してきた。
するとミッキーを含む何人かが、不承不承という様子ながらもその指示に従い、戦いに赴いていった。
未だ覚悟が定まらぬままの私になんて、ほとんど見向きもせぬままで。
もちろんそんな状況が不安で、私はミッキーに追いすがったのだが。
『ミッキー! 待って……!』
彼の対応は、ひどく素っ気ないものだった。
『お前はここにいろ。大丈夫だ、すぐに帰ってくるから』
そんな言葉だけを残し、振り向くことなく去っていったのだ。
当然そうなれば、私としてはそれ以上追うこともできない。
手の届かぬその大きな背中を、ただ黙って見送るのみである。
そうして完全に、頼れる人と引き離されてしまった私は、為す術なく茫然自失とするばかり。
結果ほぼ放心状態のまま、とりあえず横にいる、同じく呆け気味のユキちゃんへ話しかけることになった――




