表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-01 『Missing』
6/173

Section-4

更新履歴 21/9/8 文章のレイアウト変更・表現の修正


 おそろしく年季の入った、焦げ茶色にくすむ板張りの壁。


 少しでも椅子を傾ければ、即座に軋んだ音を立てる不安定な床。


 窓からの日差しを反射して輝く、空気中に漂う無数の細かな埃……



 そんなレトロと言うよりは、ヴィンテージと表現したくなるほど古びた教室の中に、俺はいた。

 そこの端にある自分の席に座り、頬杖を突いて窓の外を眺めながら。

 ただしその不真面目な態度には似合わぬ、ひどく落ち着かない気分で。


(何があったんだろうな……)


 原因はもちろん、我が相棒結城悟の、いつになく沈んだ態度だ。

 彼は俺のすぐ後ろの席で、こうして教室へ来た今になっても、物憂げにじっと黙り込んでいる。

 要は一向に改善する気配が見られない、ということである。


 そうした彼の振る舞いに、俺もまた気持ちを引きずられ、何となくそわそわしているわけだ。

 二人仲良く、心ここにあらずの状態、と言ってしまってもいい。

 無論、解決策も思いつかぬままだし、いやはや本当にどうしたものだろうか。


 ますます深まるその悩みに、俺は独り頭を抱えつつ、内心でため息をついていたのだが――


(……はあ)


 そんなこちらとは裏腹に、現在この教室では、非常に明るい雰囲気でホームルームが進行していた。


「では、記録係は結城君で」


 良く通る声でそう宣言したのは、学級委員の志藤明だ。

 それに応じて視線を向けると、教室の黒板の前に凜然と立ち、てきぱきと話し合いを主導中の彼女の姿が目に入る。

 その立ち居振る舞いには、いかにもクラスのリーダー、という印象があった。


 志藤はそんな雰囲気を漂わせたまま、横に控えた久保擁介の方を振り返る。

 その長く豊かな黒髪を、体へ沿うようにたなびかせながら。

 そして視線だけで、彼に軽く合図を送った。



 すると久保が、素早くそれに反応し、決定した議事を黒板へ書き記していく。

 生真面目な彼らしい、堅実かつ迅速な仕事ぶりだ。

 端から見ていても、相性ばっちりという感じのコンビである。


 もっともその滑らかな連携とは違って、二人が並び立つ様はどこかちぐはぐだ。

 ひどく不釣り合いなように見える、と表現したっていいかもしれない。


 ちなみに俺が彼らに対し、そう失礼な感想を抱く原因は――


(天と地の差、ってやつだよな)


 二人の容姿、特に顔とかスタイルとかに、とんでもない落差があるせいだ。


 まず志藤の方は、街ですれ違った男の大半が振り返るだろう、と思うくらいの飛び抜けた美人――『アキラ』という名前ながら、れっきとした女性――なのだが。


 片や久保の方は、背が低くてぽっちゃりした体型な上、顔にも取り立てて目を引くようなところは無い。

 クールビューティを地で行く志藤とは、まさしく月とスッポン、ということである。


 加えて志藤は、成績優秀で品行方正、クラスメイト達からの信頼も篤い。

 しかし久保はと言えば、成績は普通で運動も苦手、責任ある立場を任されることもない。

 そういう部分でも、二人の存在感には大きな差が生じている。


 さらに言えばあの委員長、実は学校だけでなく、例のゲーム内でも指揮官役を務めている。

 先の戦闘で指示を出していたのは、他ならぬ彼女なのだ。

 加えてその指示は的確であり、文句をつける者は誰一人いない。


 しかし久保の主な役割は、そんな彼女の護衛、及び味方の支援がほとんど。

 目立つ働きをしたことは、俺が覚えている限り一度も無い。

 戦果ポイントランキングの方も、常に低ランク安定であるはずだ。


 要はあの二人、才色兼備を絵に描いたような完璧超人と、平々凡々を絵に描いたような一般人――むしろちょっと下かもしれない――のコンビというわけだ。

 見ていてちぐはぐだと思うのは、至極当然の感想と言えるだろう。


 などと俺は、沈む己の気分に引っ張られてか、そう口に出したら大問題になりそうな事を考えていたのだが。

 そこへ不意に、志藤の次なる言葉が届いた。


「役割分担については、以上ですね。

 それでは次、式のプログラムについて考えていきましょう」


 その提案をきっかけに、俺は自らの思索を中断し、今日のホームルームの議題に思いを巡らし始める。


(卒業式……かあ)


 そう、今ここで論じられているのは、間近に迫った自分達の卒業式のこと。

 その具体的な段取りや、式での役割分担を打ち合わせているのだ。


 なぜわざわざ、そんな面倒な事をしているのかと言えば、それは俺達に下級生がいないから。

 任せられる人間が誰もいない以上、全て自分の手でやるより他は無し、ということである。

 生徒数が極めて少ない、片田舎の分校ならではの事情だろう。


 もっとも俺は、現状こんな精神状態でいるため、その議論にはほとんど参加していない。

 すっかり置き去りにされた状態で、ただ傍観を決め込むのみなのである。

 同じく話し合いに交じる気のない、ずっと黙ったままの悟と共に。


 実際そういう俺達とは無関係に、志藤の話は続いていった。


「もちろんだいたいのところは、すでに決定済みなのですが……

 他にも何か、式の途中や前後にやりたいことはありますか?」


 これはおそらく、みんなで何か記念になるような事をしましょう、という提案だろう。

 一度しかない高校の卒業式を、少しでも思い出深いものとするために。

 どうやら彼女、ドライそうな見た目に似合わず、結構イベント関連に対し熱心なタイプらしい。


 志藤のその、意外と前向きな呼びかけに、すかさず手を挙げ元気良く答えたのは――


「はい! 先生!」


 クラスメイトの一人、栗原真希だ。

 全員の中で最も小柄、しかし同時に最もエネルギッシュな、この教室のムードメーカー的女の子である。

 ただ発言を見てもわかる通り、同時にトラブルメーカーでもあるのだが。


 そんな彼女に対して、志藤は冷静さを保ったまま、律儀に突っ込みを交えつつ応じる。


「私は先生ではないですけど……何でしょうか、栗原さん」


 対する栗原は、やはりと言うか何と言うか、かなり突拍子もない提案をぶちこんできた。


「卒業旅行に行きたいです! みんなで!」


 当然言われた方は、意表を突かれた顔で、呆けたようにその言葉を繰り返すのみだ。


「卒業旅行……ですか?」


 あまりにも話に脈絡が無いので、完全に面食らってしまったのだろう。

 ちなみに他のクラスメイト達も、総じて似たような表情である。


 もっとも一人だけ、それに素早く乗っかった者もいたりする。


「いいね~、卒業旅行。俺も行きたい。

 みんなで行こうよ、最後の思い出作りに」


 その無闇に明るい口調の主は、いかにも軽薄と言った雰囲気を漂わせる男子生徒、柳井満だ。

 彼もまた、当クラスでの役回りは、盛り上げ役兼問題児である。


 そうした印象を体現するかのように、次いで柳井は栗原と、たいへん適当なやり取りを始めた。


「だよね! やっぱりいいよね、卒業旅行!

 行くならどこがいいと思う?」


「そうだな~、大切な記念だしな~……いっそ豪華に、海外とか行っちゃう?

 最高じゃない?」


「うん、それ最高! 柳井君冴えてるね!」


 ただし彼らが交わす、その極めていい加減な会話がひと段落したところで、志藤が容赦なくそれらを切り捨てる。

 『いやちっとも冴えてないだろ』という、クラスメイト全員の思いを代弁するかのように。


「残念ですけど、そんな予算はありません。時間的余裕もありません。

 よって、却下します」


 彼女その、無情な回答を聞いた二人は、当たり前のように不満げな声を上げた。


「ええ~……」

「ノリ悪いよ~、志藤ちゃん……」


 しかしもちろん志藤の方は、そんなのどこ吹く風と言った表情だ。

 二人の抗議なんて、全く意にも介していないらしい。

 提案が通る見込みは、間違いなく皆無であろう。


 それでも二人は、しばし何だかんだと抵抗を続けていたのだが。

 やがて『これでは暖簾に腕押しだ』と理解したのか、ものすごく渋々という様子で引き下がっていく。


 そんな栗原を、彼女の隣の席に座る、朝倉雪子が慰め始めた。

 仕方ないよ、今からじゃ旅行なんて難しいんだから、と諭すように優しく。

 あの暴走娘に対し、そこまでしっかり対応しなくてもいいだろうに、何とも真面目なやつである。


 一方柳井の方はと言うと、同じく彼の隣の席に座る、橘幹也に絡んでいく。

 『ミッキーも旅行いいと思うよな~』などと、しつこく繰り返して。

 もっともこちらは、相手がクールな性格の橘だったので、冷たくあしらわれるだけだったが。


 要はこれにて、先ほどの適当極まる意見が、無事完全に却下されたというわけだ。

 まあ本音で言えば、彼らにもふざけていたところはあるだろうし、完全な自業自得である……

 ……と、普段はふざける側の俺でさえ思う。


 とは言えあの二人が、ああいう無茶な要求をしたくなる気持ちも、正直なところわからなくはない。

 なぜなら――


(周りがこの有り様、だからなあ……)


 そう鬱々と内心で呟きつつ、俺は自身の言葉に誘われるように、窓の外へと視線を向けた。


 そこに見えたのは、広くなだらかな山地と、緑色の深い森だけ。

 街並みどころか、人家のひとつも見当たりはしない。

 完全に隔絶された陸の孤島、という雰囲気の風景である。

 俺達はいつだって、この外界から切り離された、退屈な場所で過ごしているのだ。


 ゆえにまともな娯楽と言えば、例の『ゲーム』くらい。

 後はせいぜい、無邪気な小学生のように、校庭で鬼ごっこでもするしかない。


 であればひとつ、全員参加の旅行にでも行ってみたい。

 そうして訪れた先で、思う存分羽を伸ばし、楽しい思い出をたくさん作っておきたい。

 それはきっと、あの二人だけでなく、この場にいる誰もが共感できる願いであろう。


 だがもちろん、そうそう都合良く事が運ぶことはない。

 予算をかけずに、うまく非日常体験をするアイディアなんて、簡単に閃くわけもないのである。


 ゆえに俺は、会議の行く末を悲嘆し、すっかり諦めていたのだが。


(やっぱ無理だよな……ん?)


 しかし次いで、その閉塞する状況へ、突破口を作り出そうとするかのように――


「……ちょっといいか?」


 とある男子生徒が、突然議論に割って入ってくる。


「旅行……って言うほど、大げさなものじゃなくてもだ。

 近所に軽く出かける、っていう程度なら何とかならないのか?

 そのくらいの余裕なら、あると思うんだがね」


 その発言の主は、斉川雅幸――こういう皆が困った時にちょいちょい出てきて、ピンポイントで良い意見をくれる、縁の下の力持ち的ポジションの男だ。

 今回の提案も、地味ながら十分に現実的だし、それなりに頼れる存在と言えるだろう。


 ただし一方で、彼に対する直接の印象としては――


(……相変わらず、言い方が悪い奴だな)


 気持ちの面でちょっと引っかかる、というネガティブなものだった。

 実のところ斉川の口調は、やたらと言葉尻に険があるので、どこか皮肉を言っているように聞こえてしまうのだ。


 そのせいか提案自体は妥当なものなのに、感情が邪魔をして素直には受け入れづらい。

 普通の口調で言えば、もっと円滑に話が進むだろうに。

 ちょっともったいないよな、と余計なお世話ながら思わずにはいられない。


 ただ志藤の方は、そのひねた態度を気にした風もなく――


「そうですね……それくらいなら、何とかなると思います」


 わずかに思案する素振りを見せてから、迷うことなく斉川の申し出に同意し、続けて詳細な計画を求めてくる。


「では具体的に何をするのがいいか、意見はありますか?」


 するとその志藤の呼びかけに、すかさず斉川の隣に座る、春日井真那が応じた。

 非常に妥当、かつ無難な答えを返したのである。


「じゃあ、カラオケとかどうかな? みんなで卒業ソング歌おうよ」


 しかもその発言の直後、何となくだが場の空気が和らいでいく。

 彼女の口調がとても親しみやすく、また纏う雰囲気にも、どこか人好きのする印象があったせいだろう。

 自然と周りを魅了するやつ、とでも言うべきだろうか。

 とにかく全てにおいて、隣のひねくれ者とはえらい違いだった。



 さらに言えば彼女、志藤と同じく容姿が良い上、見た目にひどく大人びた印象がある。

 もし普通の学校であれば、校外の大学生と付き合ってる……なんて噂でも立ちそうな雰囲気なのだ。

 まあこんな田舎では、それもあり得ない話だが。


 そうやってまたしても、失礼な物思いに耽る俺をよそに、志藤は春日井の提案を即座に承諾――


「それでしたら、予算的にも時間的にも十分可能ですね」


 それから皆の意志も確認しつつ、手早く話をまとめた。


「では春日井さんの他に、出かける先についての意見がある人は?

 ……いないみたいですね。ならこの方向で計画を立てておきましょう」


 結果としてその瞬間、教室全体に緩い空気が漂い始める。

 おそらく重要な議題が解決したことを、クラス全員が認識したからだろう。

 当然今日のホームルームはここまで、という展開になるはずだ。


 その証拠に志藤は、次いでいかにも締めくくり、という風に最後の質問を行った。


「では他に、卒業式に関して意見がある人は?」


 そして教室全体をぐるりと見渡し、呼びかけへの返答が無いことを確認した後、閉会宣言のためもう一度口を開こう……としていたのだが。


 しかしすぐ、何か思い出した様子で硬直し、それから唐突に横へ向き直る。

 そして一応聞いておくかなという口調で、短い問いかけを発した。


「倉田先生の方からは、何かありますか?」


 その視線の先、教室の隅へ置かれた椅子に、一切の存在感無く猫背で座っていた人物――それはよれよれの白衣を纏った、ひどく冴えない中年男性、当クラス担任の倉田公平先生である。


 彼はいかにも昼行灯という佇まいのまま、その印象を裏切らぬ薄ぼんやりとした口調で、志藤の呼びかけに応じる。


「うん……ああ、いや、いいんじゃないかな」


 その呑気な声音からは、やる気など欠片も感じられなかった。

 とりあえず質問を肯定しているだけ、という雰囲気なのだ。

 おそらくだが、話し合い自体を良く聞いていなかったのだろう。

 彼は本来、このクラスを監督する立場であるにも関わらず。


 もっともこの人に関しては、実のところいつだってこんな感じである。

 大抵の事は基本、学級委員である志藤に任せっきりで、自分は遠くから見守っているだけなのだ。


 それは果たして、教育方針が放任主義だからなのか。

 それとも単に、彼が怠惰なだけなのかはわからない。

 その人柄を良く知らぬ俺には、さっぱり判断がつかぬのである。

 まあ正直に言えば、いてもいなくても大差ない存在だと思っているので、そもそもあまり興味が無いのだが。


 ただ学級委員としてはそうもいかないらしく、志藤の方は複雑な反応を見せる。

 曖昧な倉田の返答に、少し困ったような、あるいは軽く怒ったような表情を浮かべたのだ。

 ちょっとはしっかりしてください、とでも言いたげな雰囲気である。


 しかし結局、期待するだけ無駄とでも割り切ったのか、彼女はあっさりと倉田を放置した。

 直後にクラスメイト達の方を振り返り、ホームルームの閉会を宣言してから、次の行動に移るよう促してきたのだ。


「それじゃあ、とりあえず今回はここまでに。

 もう時間だし、みんな行きましょう」


 その『行きましょう』の対象が、いったいどこなのかと言えば――


(よし……やっとゲームの時間か)


 当然のごとく例のゲーム、『ムーン・セイヴァーズ』用の設備があるレクリエーションルームだ。

 これからそこへ向かい、皆でそいつをプレイしよう、というわけである。

 ホームルームの後はいつだって、欠かさずそうするのが習慣だから。


 だがその彼女の発言に、一番早く反応したのは、あろうことか倉田先生であった。


「おっ? ホームルームは終わりかい?

 じゃあ僕は職員室に戻ってるから、後はみんなで頑張ってね」


 なんと彼は、そう言うや否や立ち上がり、さっさと教室から出て行ってしまったのだ。

 意外に機敏な動作で、仕事は終わったとばかりに、こちらへ一瞥すらくれることなく。

 相も変わらぬその不真面目さに、もちろん志藤は呆れるばかりである。


 とは言えそれも、やはりいつものこと。

 なので特別気に留めることもなく、俺は彼に続いて、志藤の呼びかけに従い移動……しようと、していたのだが。


(さて……行くか)


 しかしまさにその瞬間、俺にとって予想外の事態が発生する。


(……ん?)


 唐突に背中側から、ひどく遠慮がちながらも、はっきりと強い意志の込められた声が届いたのだ――



「あの……もうひとついいかな? 志藤さん」








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ