Section-9
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『来たぞ! またあのコピー野郎だ!』
その斉川の警告に応じて、素早く周囲へ視線を走らせると――
(……! またあいつらか……!)
例の首無しの機体――アサルトとアーチャーのコンビだ――が、まっすぐこちらへ向かっているのが見えた。
以前に退けたのと同型の敵機が、再びこの戦場に現れた、ということである。
しかも互いの間には、そう遠くない内に接敵するだろう、という程度の距離しかない。
こうも詰められていると、もはやどう足掻いても戦闘は避けられぬはずだ。
俺はその眼前の脅威に対し、苦り切った気分で舌打ちする。
(チッ、こんな時に……!)
無論現れたその連中が、この包囲された状況で戦うには、あまりにも厄介な相手だったから。
他の敵へも対応しながら、同数でも互角な敵とやり合わねばならぬ、と来ればそれも当然だろう。
何にしても、このまま普通に挑むべき相手ではない。
そこでとりあえず、斉川に事態の打開策を問いかけてみたのだが……
「斉川! 何か手はないか?」
彼からの返答は、俺達にとってたいへん残念なものだった。
『……悪いが、妙案なんてものは無いぞ。
俺は志藤みたいに優秀じゃないんでね、そうそうポンポン思いつかんのよ』
とは言えそれも、無理からぬことだろう。
だってこの苦境を即座に覆せなんて、歴史に名だたる策士であっても、そうそう簡単にはやり遂げられぬはずなのだから。
ただの高校生にそれをやれ、というのはかなり酷な要求である。
発言が自虐的なのに、春日井が茶々を入れてこないのも、そう認識しているからに違いない。
ならば甘い考えは捨てるべきか、とすかさず見切りを付けた俺は――
(……ま、いつものことか)
慌てず騒がず、正面から連中とやり合う覚悟を決めて、全員にその意志を示す。
「アーチャーの方は俺がやる! アサルトは美山に頼む!
斉川と春日井には他の敵を任せた!」
そしてすぐさま、例の二機に突撃をかけた。
奴らが周りと連携を取る前に、何とか先手を打っておきたかったから。
少しでも有利に戦うため、せめて敵の分断くらいはしておこう、と目論んだのである。
ちなみにその際、俺が相手としてアーチャーを選択したのは、前回の経験があったから。
また同じ方法でやれば、とりあえずある程度の対応は可能だろう、と考えたのだ。
今は他にいいやり方も浮かばないし、とにかくこれで仕掛けてみるとしよう。
そうやって方針を定め、攻勢に転じた俺を見て、敵も即座に対応を開始する。
瞬時に二機ともが散開し、一転して後退しながら、俺に射撃系の武装を撃ち込んできたのだ。
どうやらあの連中、俺とは距離を取って戦うつもりらしい。
きっと最大射程の差を活かし、近づかせぬまま片付けるつもりなのだろう。
まあこっちの機体は、絵に描いたような格闘戦仕様だし、実に妥当な対応だが。
ただそれでも前進を止めることなく、俺は宣言通りアーチャーを目標に、攻撃を回避しつつ接近を試みたのだが――
(……ぐっ!)
しかしその途中で、絶え間なく降り注ぐアーチャーの攻撃により、機体の右膝を撃ち抜かれてしまった。
結果右足の下半分が、ほぼ跡形もなく吹き飛ばされる。
致命傷ではないが、それなりに重いダメージだ。
しかもその後、必死で前進を続けても、中々敵との距離は詰まらなかった。
機動性では向こうが少し上回っているので、素早い接近は難しいのだ。
前は隙を突いて肉薄できたが、今度はそう簡単にいかぬ、というわけである。
当然このままでは、一方的に攻撃され続けることになる。
きっと格闘戦の間合いへ持ち込むまでに、かなりの損傷を負ってしまうことだろう。
そしてそれがわかっていても、俺には突撃以外の選択肢が無い……
実はこれこそ、俺の搭乗機、A-2グラディエーターの致命的な弱点である。
こいつは非常に強力だが、戦い方のバリエーションが極めて少ないのだ。
だから不利な状況に追い込まれても、こうして同じパターンで力押しするしかなくなってしまう。
そうやって苦境に直面したことで、俺は今さらながらに、自身の選択を悔いる羽目になった。
(逆の方が良かったか……!)
アーチャーの相手をするのは、自分ではなく美山であるべきだった、と気づいたのである。
だって自分では、機動性や射程の面で、アーチャーとの間に格差が存在する。
だからこんな風に後退射撃をかけられると、途端に手も足も出なくなってしまうのだが。
一方美山の機体であれば、高い加速力を活かし、逃げる相手にも十分接近が可能だ。
敵の苦手とする格闘戦にすぐ持ち込める、ということである。
撃たれ放題の俺よりも、ずっと適役であろう。
そしてもし、俺の相手がアサルトであれば、対処はそう難しくない。
機動性に大きな差が無いので、近づくのが容易な上、格闘戦に持ち込みさえすれば、こちらの大幅有利となるから。
要するに美山と俺の担当が逆なら、もっと楽に戦えたはずなのである。
俺は自らの意志で、わざわざ悪手を選んでしまったわけだ。
もちろん前回は、この方法である程度うまくいったわけだが。
それでもその時とは状況が違う、という点をすっかり見落としていた。
それで苦戦しているわけだから、自身の判断力の甘さを罵るより他はない。
しかしだからと言って、ここで退いたら、単なる骨折り損となるだけなので――
(……足ぐらい、なんてことはない!)
俺は機体の損傷を無視して、同じように突撃を継続、一気呵成に敵との距離を詰めていく。
そうでもしなければ、この不利は覆せないと感じていたから。
その覚悟を糧に、俺は雨あられと放たれる敵の攻撃のただ中を、脇目も振らず前進した。
当然、その無謀な行動の代償として、俺は立て続けに被弾する。
全身をかすめる攻撃に装甲を焼かれた上、左脇腹と右側頭部に直撃を受け、より傷だらけになったのだ。
まさに特攻、と呼ぶに相応しい暴挙である。
しかしそれでも、決して足を止めることはない。
致命傷だけ避けられればそれで良い、と割り切っていたから。
落とされる前に相手の元へたどり着くこと、重要なのはその一点のみなのだ。
結果、満身創痍になりながら行った、その思い切りの良い行動が実り――
(……取った!)
ものの見事に敵へ肉薄し、格闘武器の間合いに捉えることに成功した。
かなりの被害はあったが、ここまで近づいてしまえば、何にせよこちらのものである。
そう確信しながら、俺は大型ブレードを構えて、大きくそいつを掲げる。
そして目の前の敵機を両断すべく、ひと息に振り下ろした。
もちろん相手も、それに対して回避運動を取りはしたのだが。
さすがにこの距離であれば、そうそう外れることもない。
その予測通り、俺の放った一撃は、瞬時に敵の左腕を斬り飛ばす。
残念ながら致命傷ではないが、これはこれで十分なダメージである。
こうなればあちらも、自由に攻撃ができなくなるだろうから。
実際敵は、その後すぐ反攻に転じたものの、射撃の精度は大きく低下していた。
きっと腕が片方失われたせいで、うまく狙いがつけられないのだ。
これなら回避はかなり容易だし、もっと強引に戦うことも可能だろう。
それゆえ俺は、さらに積極性を増し、手負いの敵を押し込んでいく。
大胆に接近しつつ、繰り返しブレードで攻撃を行ったのだ。
その猛攻に晒された相手は、ほぼ避けるだけで精一杯、という状態になった。
反撃の勢いも衰え、先ほどとは打って変わって、完全に防戦一方である。
そんな敵の姿を前に、俺は自らの勝利を確信する。
(行ける……!)
なぜなら完全に相手を追い込んだ、という手応えがあったから。
これなら敵は動きが取れないし、遠からず押し切れるはずだ。
もう決着は目前、と言ってもいい。
そのうえ自分が、こうもアーチャーへかかりきりになっているのに、他の敵からの妨害は一切無い。
これは間違いなく、味方も十分に戦えている、という事実の証明だろう。
要は俺がアーチャーを落とせば、戦局が一気にこちらへ傾くのだ。
その認識は自然と、俺に大きな自信を与え、気持ちをぐっと前のめりにした。
もちろんこの状況へ持ち込むまでに、こちらは深手を負ってしまったわけだが。
しかし致命傷は皆無だし、ここを切り抜ければ、まだまだ逆転の目はある。
そのためにも今は、さっさとこいつを片付けるとしよう。
ただそうして、俺がすっかり勝者気分で、勢い任せに追撃をかけようとした……次の瞬間――
(……ぐあっ!)
突如として背中に、凄まじい衝撃が発生した。
全身がくまなく振動し、そのせいでめまいを起こすほどの猛烈なものだ。
また同時に視界の内で、火花のようなものが激しく散乱し、機体背部の装甲が砕け散ったような感覚も生じる。
どうやら後方から、何者かの奇襲を受けてしまったらしい。
当然俺は、すぐさま反転し、その攻撃の主の正体を確かめようとしたのだが。
結果として目に入ってきたのは、なんと――
(あれは……まさか……!)
黒と紫を基調とした色合いの、全体に尖ったフォルムをした、頭部の無い人型のロボットだった。
そしてその手に携えられているのは、機体の全長ほどもある大型のランチャー……
つまり、俺を攻撃してきたのは――
(ブラスターか!)
支援用の砲撃機、B-3ブラスターだったのだ。
コピー野郎はもう一機いた、ということである。
それを見た瞬間、俺は即座に事情を把握する。
(前の戦いで落とされたやつか……!)
あれはおそらく、前回の戦いで犠牲になったクラスメイトの搭乗機だろう。
そいつがアサルト達と同じく、奴らにコピーされ、こうして俺の前に現れたというわけだ。
無論記憶が残ってないので、正確なところは不明なのだが。
しかしあれも、現状で確認できる、『誰も選んでいない機体』の内の一機だ。
であればやはり、そう解釈するのが妥当だろう。
そして無論、これは新たな犠牲者の存在が判明した時点で、しっかり予測しておくべき事態である。
同じようなパターンがあり得ることは、十分に考えられたのだから。
敵があの二機のみ、と思い込んだのは、致命的な失策というしかない。
するとそうやって、自らの対応のまずさを悔やむ俺へ、ブラスターが即座に追撃をかけてくる。
態勢を立て直したアーチャーと連携しつつ、二方向から攻め寄せてきたのだ。
言うまでもなく、損傷した機体でそいつらを同時に相手する、なんてのは自殺行為でしかない。
そこで俺は、いったん後退しようと、機体のスラスターを噴射させた……のだが。
(く……鈍いっ!)
しかしなぜだか、反応がほとんど無い。
移動はおろか、姿勢制御すらままらないのだ。
どうやら先ほどの攻撃で、推進装置が大きく損傷したらしい。
そのせいで俺は、連中から逃げられず、そのまま一方的に攻撃を受けることになってしまった。
文字通り蜂の巣というか、射撃訓練の的も同然の状態である。
これでは遠からず、撃墜されるのは必至だろう。
ゆえにその事態を避けようと、救援を求めて、素早く仲間達の方へ意識を向ける。
しかし、残念なことに――
(無理か……!)
間を置かず、その要請が通る見込みは極めて薄い、ということがわかった。
なぜなら三人とも、自分の前の敵に、ほぼかかりきりの状態だったから。
まず美山は、その性能を活かしアサルトを押し込んでいたものの、基本はそれに手一杯で余裕は無さそうである。
また斉川と春日井も、周りの敵を食い止めるのに必死で、どう見ても俺の援護どころではない。
つまりは現状、誰の助けも期待できないわけだ。
しかもなんと、そうして周囲の状況と、眼前の二機に気を取られている隙に――
(しまった……後ろか!)
後ろから迫っていた一機の『クロコダイル』に、すぐ側まで迫られてしまう。
その気配を察知して振り向いた時には、目と鼻の先という距離で、そいつが大口を開けていたのだ。
どうやら俺が前に気を取られている内に、死角から密かに接近していたらしい。
もちろんそこまで接近されれば、逃げることなど不可能である。
なので俺は、残った力を振り絞り、苦し紛れに武器を振るった。
「くそっ! 寄るなっ!」
以前のように相手の顎を切り落とし、噛み付かれるのを防ごうとしたのである。
もうそのくらいしか、自分にできることが残っていなかったから。
しかし、その窮余の一撃は――
(……外したか!)
鈍重であるはずの相手に、あっさりと避けられてしまう。
損傷のせいで機体の制御がうまくいかず、まともに狙いをつけられなかったからだ。
これでは撃退することなど、到底不可能だろう。
おまけに敵は、次いですかさず反撃に移り、口を開けたままさらに突進してきた。
まるで本当のワニが、獲物を丸ごと呑み込もうとする時のように。
もちろん捕捉されてしまえば、即座にスクラップである。
ゆえにその猛威から逃れるため、俺は慌てて身をよじったのだが――
(……ぐっ! 腕が……!)
推力不足のせいであえなく失敗し、そのまま両腕に食らいつかれ、持っていたブレードごと噛み砕かれてしまう。
要はここに来て、唯一の武器を失うことになったわけだ。
こうなれば無論、抵抗の術など残ってはいない。
丸腰で猛獣の前に放り出されたも同然、というわけである。
後は座して死を待つのみ、とすら言えようか。
そう絶望する俺の眼前で、『クロコダイル』は再び顎を開いた。
勝ちを確信しているかのように、目一杯大きくゆっくりと。
その光景を前に、俺は痛感する。
(ここまで、か……)
必死に続けてきた自分の戦いも、今ここで終わるのだ、と言う事実を。
もはや抵抗自体が無意味、勝利など望みようはないのだ、と言う現実を。
要は自身の生存を、絶対に不可能なものだと認識してしまったのだ。
だって現状、周りは敵だらけであり、援護は一切望めない。
そのうえ機体はガラクタ寸前で、避けられぬ致命傷がすぐそこに迫っているのだ。
それではどう頑張ったって、生き延びる道などあるまい。
もはや俺の末路は、哀れな草食獣のように食われるのみなのであろう。
ただそうして、絶体絶命の窮地へと追い込まれているのに――
(……落ち着いたもんだ)
俺の胸の内に、恐怖は一切無い。
あるのはすでに死んだ身として、それを当然と思う感覚のみ。
むしろ正しい状態に戻るだけ、とさえ受け取っていた。
何もかも今さらのこと、怯える理由など、端からありはしないのである。
まあもちろん、恐れはなくとも、心残りはある。
それはあいつ――栗原真希が、これからどうなるのかということ。
俺がいなくて大丈夫なのか、と憂慮せずにはいられないのだ。
だがもはや、俺がしてやれることと言えば、その無事を祈るくらい。
四肢をもがれた蛙のごときこの体では、それがせいぜいなのである。
いやはやなんと、情けない男だろうか。
俺はそんな自分の不甲斐なさを、心底悔やみつつも、次いでそっと目を閉じる。
全てを受け入れ、心穏やかに最期の時を待つことにしたのだ。
ここでいくら足掻こうとも、残らず無駄に終わるとわかっていたから。
後はやがて訪れる破滅に、ゆっくりと身を委ねるだけだ……
……と、すっかり思い込んでいたのだが。
しかし不意になぜか、その深く静かな闇の中で、俺は――
(……え? 今のは……)
とても馴染みのある声に、すぐ近くから呼ばれた気がした――
ここでいったん、『橘幹也編』の終了です。
次回からは少し時間を遡り、幹也達が教室を去ったその直後より、『栗原真希編』の開始となります。




