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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-05 『Deadman』
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Interlude

更新履歴 21/10/2 文章のレイアウト変更・表現の修正


 灰色の空から破滅の雷が降り注ぎ、俺達の日常を完膚なきまでに破壊した、あの心から憎むべき運命の瞬間。


 それは栗原と知り合ってからずいぶん経ち、あいつにつきまとわれることにもすっかり慣れた、とある朝の出来事だった。



 その日、俺は相変わらず元気な栗原と共に、のんびり学校に向かっていた。

 二人並んで他愛ない話をしながら、と言うか一方的に話されながら。


 ただその途中、ふと栗原が立ち止まって――


『あれ……?』


 どんよりと曇る、暗く陰鬱な空を指差しつつ、ひどく訝しげな声を上げた。


『なんだろう、あの光?』


 その言葉に誘われて、俺も同じく空を見上げた。

 どうせ飛行機でも見つけて、UFOだなんだと騒ぎ出したのだろう、という程度の軽い認識で。


 しかしそこで目に入ってきたのは、今までに見た経験のない、たいへん不思議な光景だった。


 具体的に言うと、灰色の空に白い雲を引く、無数の小さな飛行体の姿だ。

 そんな物が突如、上空に出現し、横一線に列を成して飛んでいたのである。


 当然、その詳細はわからなかった。

 だってもし飛行機であれば、あんな風に並んで飛ぶことはあり得ないし、またUFOにしては、神秘的な雰囲気がまるで無かったから。


 ゆえに俺は、栗原の質問に対し、曖昧な同意を返すしかなくなった。


『ん……なん、だろうな』


 すると、そんなとぼけた会話の直後――


『あ! こっちに来たよ!』


 飛行体の内いくつかが、急激に方向転換をした。

 進路を大きく下向きに変え、こちらへ落ちてくるような軌道を取ったのだ。

 それこそ地球を訪れたUFOが、都合の良い着陸地点を見つけた時のように。


 俺はその様子を、何もせずぼんやりと眺めていたのだが。

 しかし接近してきたその飛行体が、いつか映画で見たある物――


『なっ……! あれは!』


 戦闘機やイージス艦が撃ち出す、巡航ミサイルに良く似た形状をしている、という事実に気づいた瞬間――


『栗原っ!』


 すかさず栗原に駆け寄り、その小さな体の上へと覆い被さった。

 できるだけ隙間なく、丸ごと包み込むようにして。

 要は例のミサイルを、自分達への攻撃だと判断し、それから彼女を守ろうとしたのだ。

 大きいだけが取り柄の、自身の肉体を盾代わりに。


 無論、あれは本当にミサイルなのか、とか。

 もし本物なのだとしたら、果たしてこんな行為に意味があるのか、とか。

 そういう疑問も、頭に渦巻いてはいたのだが。


 それでもその時、他にやるべき事は思いつかなかった。

 だから俺は、きっとこれが最善なのだと信じ、必死で彼女の体を抱え込んだ。


 結果ほどなくして、例のミサイルらしき物の内ひとつが、すぐ近くの道路に着弾して爆発した。

 直後そこには、アスファルトの路面を粉々に打ち砕くほどの、壮絶な熱風と衝撃波が巻き起こった。

 その爆風が間を置かず、俺達のいる場所へと到達し、全身をくまなく覆い尽くしたのは言うまでもない。


 俺はその瞬間、完全に気を失った。

 体ごと押し潰されそうなほどの圧力と、巨大なガスバーナーを吹き付けられたかのような熱気に晒され、それに耐えられなかったから。

 つまり周囲の状況も、栗原の安否もわからぬまま、意識を闇の底に突き落とされてしまったのである。


 それからいったい、どのくらいの時間が経過したのか。

 あっという間のようでもあり、気が遠くなるほどの永遠のようでもある、深い眠りの果てに――


『……きて……ミッ……』


 俺の耳へ、はぐれた父の名を呼ぶ、迷子の少女のような声が届いた。


『起きて……ねえ起きてよ……ミッキー……』


 それに応じて、石と化したかのように重く固いまぶたを開くと、泥まみれで泣きじゃくる栗原の顔が見えた。

 その全身は傷だらけで、髪や服も荒れ放題だったので、とてつもなく痛々しかった。

 完全にはかばいきれず、彼女も例の爆発に巻き込んでしまっていた、というわけだ。


 しかし幸い、大きな怪我は無かった。

 擦り傷切り傷はたくさんあったが、それ以外はほぼ何ともなかったのだ。

 小さく声を上げつつ、必死で俺の肩を揺さぶっていることからも、その体が無事なのは見て取れた。

 身を挺した甲斐は、確かにあったということである。


 ただし一方で、その代償は極めて大きかった。

 俺は眼前で泣き腫らす、彼女の涙を拭おうとした瞬間、自分が何を失ったかに気づいたのだ。


 なぜなら伸ばそうとした自分の手が、まるで凍りついているかのように、全く動かなかったから。


 と言うかそもそも、手だけでなく、全身に力が入らなかった。

 しかも妙に感覚が鈍く、暑さ寒さも刺激も痛みも、ひどく遠いものとして感じていた。

 何だか全部、他人の体になってしまったみたいだな、なんて事を思うほどに。


 そんな自らの状態に、嫌な予感を覚えつつ、俺は視線を下に移動した。

 なぜ体が動かず、またその感覚も薄くなったのか、直に見て理由を探ろうとしたのである。


 だがそこにあったのは、絶望以外の何ものでもない、無惨な現実のみだった。


 まず目に入ったのは、使い古しの雑巾のごとく、徹底的に引き裂かれた自分の肉体だ。

 それは辛うじて原形を留めてはいるが、注意して観察しなければ、人間の体とは気づかないほどに損傷していた。

 俺はそれくらい、全身に深い傷を負っていたのである。


 またそれに続いて、傷ついた体の下に、巨大な血の海が広がっているのも見えた。

 こんなにも血液が入っていたのか、なんて場違いな感想を抱いてしまうほどの、凄まじい量である。

 そのせいで辺り一帯は、見渡す限り赤黒く塗りつぶされていた。


 原因は無論、例のミサイルの直撃だろう。

 その爆風で焼き焦がされたのか、あるいは弾体の破片に引き裂かれたのか、はたまた吹き飛んで地面に叩きつけられた時に潰れたのか。

 詳しいことはわからないが、おそらくそれら全てによって、俺の肉体は破壊し尽くされたに違いない。


 また俺がそう、自身の状態を確認している内にも、視界はどんどん暗さを増していった。

 劇の終わりと共に緞帳が降り、舞台が闇に包まれていく時を思わせる早さで。

 どこか、命の灯火が弱まっていくのと同調しているかのように。


 それは体が致命傷を受けたことの、何よりの証明であった。

 ゆえにその時の俺には、もう死を覚悟する以外の選択肢など無かった。


 ただそれでも、俺は満足していた。

 完全にではなくとも、十分に栗原を守ることができていたから。

 あの状況での咄嗟の行動、という点を考慮すれば、むしろ上出来とさえ言えるだろう。


 そんな風に自らを評しつつ、俺は体から力を抜き、静かに目を閉じた。

 二度と醒めぬとわかった上で、全てを受け入れ眠りについたのだ。

 もはや抵抗は無意味、という確信を持っていたから。


 もちろん、未だこちらを呼び続ける栗原に対し、少なくない未練はあったのだが。

 しかしすでにしてやれることは無かったので、俺は彼女を心配しつつも、自身の意識が消えていくのに身を任せた…… 


 だがそうして、不帰の旅路へ赴いたはずの俺に、しばらくしてとある変化が起こった。

 奇跡と呼ぶにはあまりに過酷な、得体の知れぬ現象に見舞われたのだ。


 それは突如、払われるはずのない闇が払われ、目覚めの時が来訪したこと。

 そして開くはずがないのまぶたを開いた時、自分が――



 どこかもわからぬ教室で、誰とも知らぬクラスメイト達と、奇妙な学校生活を送っていたことである。



 しかもそこには、まるで例の一件を忘れ去ったかのように、明るく振る舞う栗原の姿もあった。

 加えて引き裂かれたはずの自分の肉体も、傷ひとつ無いという状態に戻っていた。

 考えるまでもなく、明らかに異様な事態であった。


 それゆえ俺は、明確に認識した。

 この学校は、何かしら異常な状態にあるのだと。

 何者の意図によるのかは不明だが、きっと良からぬ企みが為されているのだろうと。

 俺はそれを、最初から知っていたのだ。


 しかしだからと言って、特別な行動を起こすことはなかった。

 この不自然さを皆に伝えよう、などと思い立つこともなかった。


 なぜなら自分が、すでに死んでいることを直感していたから。

 あれだけの重傷が、こうも綺麗に完治するなどあり得ない、という当然の理屈を根拠にして。


 いや正確に言えば、まだ完全に死んではいないのだろう、と考えていた。

 きっと瀕死の状態のまま、どこかに閉じ込められているに違いない、と認識していたのである。

 おそらくは何か、ろくでもない目的を理由に。


 であれば無論、事態打開のため、積極的に動くこともない。

 この奇妙な時間の終わりが、自分の人生の終わりをも意味する、と思い込んでいたから。

 むしろ最後の瞬間まで、それを存分に楽しみ尽くすつもりだった。


 だと言うのに俺が今、こうして積極的に戦っている理由。

 それは志藤の暴露により、この不可解な世界の真実を知ってしまったから。

 『あいつ』にも命の危機が迫っている、という事実を理解してしまったからである。


 だからこそ、俺は決意した。

 仮初めの平和を捨て去り、目前の恐ろしい戦いに身を投じよう、と。

 今の自分でも成し得る、大切な使命を果たすために。

 例え自分が、すでに『生ける屍』に等しい存在であろうとも。


 そう、俺の生きる意味は、もうただひとつ――


(大丈夫……俺が何とかするからな)



 大切な人を守るため、この消えかけの命を、灰になるまで燃やし尽くすことだけなのだ。








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