Interlude
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灰色の空から破滅の雷が降り注ぎ、俺達の日常を完膚なきまでに破壊した、あの心から憎むべき運命の瞬間。
それは栗原と知り合ってからずいぶん経ち、あいつにつきまとわれることにもすっかり慣れた、とある朝の出来事だった。
その日、俺は相変わらず元気な栗原と共に、のんびり学校に向かっていた。
二人並んで他愛ない話をしながら、と言うか一方的に話されながら。
ただその途中、ふと栗原が立ち止まって――
『あれ……?』
どんよりと曇る、暗く陰鬱な空を指差しつつ、ひどく訝しげな声を上げた。
『なんだろう、あの光?』
その言葉に誘われて、俺も同じく空を見上げた。
どうせ飛行機でも見つけて、UFOだなんだと騒ぎ出したのだろう、という程度の軽い認識で。
しかしそこで目に入ってきたのは、今までに見た経験のない、たいへん不思議な光景だった。
具体的に言うと、灰色の空に白い雲を引く、無数の小さな飛行体の姿だ。
そんな物が突如、上空に出現し、横一線に列を成して飛んでいたのである。
当然、その詳細はわからなかった。
だってもし飛行機であれば、あんな風に並んで飛ぶことはあり得ないし、またUFOにしては、神秘的な雰囲気がまるで無かったから。
ゆえに俺は、栗原の質問に対し、曖昧な同意を返すしかなくなった。
『ん……なん、だろうな』
すると、そんなとぼけた会話の直後――
『あ! こっちに来たよ!』
飛行体の内いくつかが、急激に方向転換をした。
進路を大きく下向きに変え、こちらへ落ちてくるような軌道を取ったのだ。
それこそ地球を訪れたUFOが、都合の良い着陸地点を見つけた時のように。
俺はその様子を、何もせずぼんやりと眺めていたのだが。
しかし接近してきたその飛行体が、いつか映画で見たある物――
『なっ……! あれは!』
戦闘機やイージス艦が撃ち出す、巡航ミサイルに良く似た形状をしている、という事実に気づいた瞬間――
『栗原っ!』
すかさず栗原に駆け寄り、その小さな体の上へと覆い被さった。
できるだけ隙間なく、丸ごと包み込むようにして。
要は例のミサイルを、自分達への攻撃だと判断し、それから彼女を守ろうとしたのだ。
大きいだけが取り柄の、自身の肉体を盾代わりに。
無論、あれは本当にミサイルなのか、とか。
もし本物なのだとしたら、果たしてこんな行為に意味があるのか、とか。
そういう疑問も、頭に渦巻いてはいたのだが。
それでもその時、他にやるべき事は思いつかなかった。
だから俺は、きっとこれが最善なのだと信じ、必死で彼女の体を抱え込んだ。
結果ほどなくして、例のミサイルらしき物の内ひとつが、すぐ近くの道路に着弾して爆発した。
直後そこには、アスファルトの路面を粉々に打ち砕くほどの、壮絶な熱風と衝撃波が巻き起こった。
その爆風が間を置かず、俺達のいる場所へと到達し、全身をくまなく覆い尽くしたのは言うまでもない。
俺はその瞬間、完全に気を失った。
体ごと押し潰されそうなほどの圧力と、巨大なガスバーナーを吹き付けられたかのような熱気に晒され、それに耐えられなかったから。
つまり周囲の状況も、栗原の安否もわからぬまま、意識を闇の底に突き落とされてしまったのである。
それからいったい、どのくらいの時間が経過したのか。
あっという間のようでもあり、気が遠くなるほどの永遠のようでもある、深い眠りの果てに――
『……きて……ミッ……』
俺の耳へ、はぐれた父の名を呼ぶ、迷子の少女のような声が届いた。
『起きて……ねえ起きてよ……ミッキー……』
それに応じて、石と化したかのように重く固いまぶたを開くと、泥まみれで泣きじゃくる栗原の顔が見えた。
その全身は傷だらけで、髪や服も荒れ放題だったので、とてつもなく痛々しかった。
完全にはかばいきれず、彼女も例の爆発に巻き込んでしまっていた、というわけだ。
しかし幸い、大きな怪我は無かった。
擦り傷切り傷はたくさんあったが、それ以外はほぼ何ともなかったのだ。
小さく声を上げつつ、必死で俺の肩を揺さぶっていることからも、その体が無事なのは見て取れた。
身を挺した甲斐は、確かにあったということである。
ただし一方で、その代償は極めて大きかった。
俺は眼前で泣き腫らす、彼女の涙を拭おうとした瞬間、自分が何を失ったかに気づいたのだ。
なぜなら伸ばそうとした自分の手が、まるで凍りついているかのように、全く動かなかったから。
と言うかそもそも、手だけでなく、全身に力が入らなかった。
しかも妙に感覚が鈍く、暑さ寒さも刺激も痛みも、ひどく遠いものとして感じていた。
何だか全部、他人の体になってしまったみたいだな、なんて事を思うほどに。
そんな自らの状態に、嫌な予感を覚えつつ、俺は視線を下に移動した。
なぜ体が動かず、またその感覚も薄くなったのか、直に見て理由を探ろうとしたのである。
だがそこにあったのは、絶望以外の何ものでもない、無惨な現実のみだった。
まず目に入ったのは、使い古しの雑巾のごとく、徹底的に引き裂かれた自分の肉体だ。
それは辛うじて原形を留めてはいるが、注意して観察しなければ、人間の体とは気づかないほどに損傷していた。
俺はそれくらい、全身に深い傷を負っていたのである。
またそれに続いて、傷ついた体の下に、巨大な血の海が広がっているのも見えた。
こんなにも血液が入っていたのか、なんて場違いな感想を抱いてしまうほどの、凄まじい量である。
そのせいで辺り一帯は、見渡す限り赤黒く塗りつぶされていた。
原因は無論、例のミサイルの直撃だろう。
その爆風で焼き焦がされたのか、あるいは弾体の破片に引き裂かれたのか、はたまた吹き飛んで地面に叩きつけられた時に潰れたのか。
詳しいことはわからないが、おそらくそれら全てによって、俺の肉体は破壊し尽くされたに違いない。
また俺がそう、自身の状態を確認している内にも、視界はどんどん暗さを増していった。
劇の終わりと共に緞帳が降り、舞台が闇に包まれていく時を思わせる早さで。
どこか、命の灯火が弱まっていくのと同調しているかのように。
それは体が致命傷を受けたことの、何よりの証明であった。
ゆえにその時の俺には、もう死を覚悟する以外の選択肢など無かった。
ただそれでも、俺は満足していた。
完全にではなくとも、十分に栗原を守ることができていたから。
あの状況での咄嗟の行動、という点を考慮すれば、むしろ上出来とさえ言えるだろう。
そんな風に自らを評しつつ、俺は体から力を抜き、静かに目を閉じた。
二度と醒めぬとわかった上で、全てを受け入れ眠りについたのだ。
もはや抵抗は無意味、という確信を持っていたから。
もちろん、未だこちらを呼び続ける栗原に対し、少なくない未練はあったのだが。
しかしすでにしてやれることは無かったので、俺は彼女を心配しつつも、自身の意識が消えていくのに身を任せた……
だがそうして、不帰の旅路へ赴いたはずの俺に、しばらくしてとある変化が起こった。
奇跡と呼ぶにはあまりに過酷な、得体の知れぬ現象に見舞われたのだ。
それは突如、払われるはずのない闇が払われ、目覚めの時が来訪したこと。
そして開くはずがないのまぶたを開いた時、自分が――
どこかもわからぬ教室で、誰とも知らぬクラスメイト達と、奇妙な学校生活を送っていたことである。
しかもそこには、まるで例の一件を忘れ去ったかのように、明るく振る舞う栗原の姿もあった。
加えて引き裂かれたはずの自分の肉体も、傷ひとつ無いという状態に戻っていた。
考えるまでもなく、明らかに異様な事態であった。
それゆえ俺は、明確に認識した。
この学校は、何かしら異常な状態にあるのだと。
何者の意図によるのかは不明だが、きっと良からぬ企みが為されているのだろうと。
俺はそれを、最初から知っていたのだ。
しかしだからと言って、特別な行動を起こすことはなかった。
この不自然さを皆に伝えよう、などと思い立つこともなかった。
なぜなら自分が、すでに死んでいることを直感していたから。
あれだけの重傷が、こうも綺麗に完治するなどあり得ない、という当然の理屈を根拠にして。
いや正確に言えば、まだ完全に死んではいないのだろう、と考えていた。
きっと瀕死の状態のまま、どこかに閉じ込められているに違いない、と認識していたのである。
おそらくは何か、ろくでもない目的を理由に。
であれば無論、事態打開のため、積極的に動くこともない。
この奇妙な時間の終わりが、自分の人生の終わりをも意味する、と思い込んでいたから。
むしろ最後の瞬間まで、それを存分に楽しみ尽くすつもりだった。
だと言うのに俺が今、こうして積極的に戦っている理由。
それは志藤の暴露により、この不可解な世界の真実を知ってしまったから。
『あいつ』にも命の危機が迫っている、という事実を理解してしまったからである。
だからこそ、俺は決意した。
仮初めの平和を捨て去り、目前の恐ろしい戦いに身を投じよう、と。
今の自分でも成し得る、大切な使命を果たすために。
例え自分が、すでに『生ける屍』に等しい存在であろうとも。
そう、俺の生きる意味は、もうただひとつ――
(大丈夫……俺が何とかするからな)
大切な人を守るため、この消えかけの命を、灰になるまで燃やし尽くすことだけなのだ。




