Section-5
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「……マジで言ってんのかよ、お前ら」
そう声をかけてきたのは、教室と廊下の境目に立って、こちらへ厳しい眼差しを向ける人物――先ほど見張りを買って出て、会議には参加していなかった柳井満である。
その彼が、突然教室の外から舞い戻り、終わりかけの議論に苦言を呈してきたのだ。
俺としては無論、驚きから言葉を失うしかない。
そこへさらに、柳井は辛辣な批判を浴びせてくる。
「何がクーデターだよ……無謀すぎる。
普通に失敗して普通に殺されるだけだろ、そんなの。
本当にやる気なのか……?」
するとそれに反応して、いち早く状況に適応したらしい斉川が、短く答えを返した。
「ああ、本気だ」
そしてひどく苛立った様子で、その返答に応じる柳井へ――
「だから……殺されるだけだろ?
何でそんなに自信たっぷりなんだよ」
何を今さら、とでも言いたげな表情で、冷たい言葉を投げかける。
「お前だって話は聞いてたはずだ。
戦力はこっちが上だし、母艦の外なら機体の遠隔操作もできない。
十分に勝ち目はあるんだよ。
いったい何が不満なんだ?」
ただ柳井も、そんな斉川に冷たく対応し――
「……ただの推測だ。確実な話じゃない」
次いで意外にも、たいへん鋭い指摘を放ってきた。
「それに向こうだって、クーデターに対策をしてるかもしれない。
誰かが反乱を起こした瞬間、ボタンひとつでその反逆者を殺せる、みたいなシステムを作っておくとか。
普通に考えれば、そういうものがあったっておかしくはないだろ?
お前はそいつに、どう対処する気なんだ?」
結果として斉川が、痛いところを突かれた、という表情で黙り込む。
柳井の意見に、決して否定できないものがある、と感じたからだろう。
実際よくよく考えてみれば、それは至極当然の発想である。
だって倉田は、俺達の意志をねじ曲げて、無理やりに従わせているのだ。
反乱の発生を危惧し、何らかの対策を用意している見込みは極めて大きい。
となるとこのまま行動を起こしても、その対策によってあっさり鎮圧、ということになるかもしれない。
迂闊に反乱などできぬ、というわけだ。
そう俺と同様の懸念を抱いたのか、皆も総じて不安そうな表情である。
そんな風に周りの空気が、自分にとって悪い方へ流れるのを感じ取ったのだろう。
次いで斉川が、それに抗うように、強気で柳井を責め始めた。
「……じゃあどうするんだよ。このままあいつに従うのか?
その命令を聞いて、終わりの見えない戦争を続けるのか?」
それを柳井は、ひどく苦い顔になりながら、何とも自信なさげな口調でかわそうとする。
「……仕方ないだろ。それしか生き延びる手段が無いんだから」
そこへ斉川は、ここぞとばかりに強い非難を浴びせかけた。
「それこそ不確実な話だ!
あいつの言う通りにしてたら生き延びられる、なんて保証はどこにも無いだろうが!
お前はそんな甘い見通しで行動してんのか!」
すると柳井もまた、感情を高ぶらせて反論――
「そんなのお互い様だろうがよ!
お前だって甘い考えしてたじゃないか!
自分だけ根拠あるみたいな顔するなっ!」
結果二人のやり取りは、『売り言葉に買い言葉』と呼ぶに相応しい、激しい言い争いに変貌する。
「お前の話よりはマシだ!
お前はあんな奴の、あんな適当な話を信じてんのかよ!」
「それなりに筋は通ってる!
事実だって含まれてるはずだ!」
「ああそうさ! 筋の通った嘘なんだよ!
俺達を体よく戦わせるためのな!
要は使い捨ての手駒ってことだ! わかるだろうがそのくらい!」
「だとしても希望はゼロじゃない!
反乱起こしてすぐ殺されるよりはずっとマシだ!
利用されていようといまいと、このまま戦い続けた方がいい!」
ただその最後の一言に、強い引っ掛かりを覚えたようで――
「このまま、戦い続ける……?」
斉川はさらに激高し、もはや手加減はせぬとばかりに、柳井の弱点を的確に指摘した。
「お前は! お前は戦ってないだろうが!
安全な場所にいただけだろうが!
自分も参加してました、みたいに言ってんなよ!」
そしてそのまま、徹底的にそこを抉っていく。
「だいたいお前、ちゃんとこれからのこと考えて、そういうこと言ってんのか?
本当は怖いから、俺の計画を否定してるだけじゃないのか?
そうだよな、クーデターを起こすとなったら、また命懸けで戦わなくちゃならないからな!
怯えて何もできないチキン野郎には大問題だ!
だからお前は俺を非難してる!
自分の安全を守るために行動してるだけなんだ! 違うか!」
その斉川の言動は、かなり挑発的な上に暴力的であり、本来ならあまり好感の持てぬものだったが――
(……まあ、わからなくはない)
正直、賛同できる部分も多かった。
怖じ気づいて逃げたくせに、何を偉そうなこと言ってんだ、という不満は確かにあるのだ。
みみっちい話だとは思うが、まあ人間として自然な感覚であろう。
実際本人にも、自分は逃げた側なのだという自覚があったのか。
柳井は斉川の言葉に、完全に気圧された様子で黙り込んでいた。
表情も非常に暗く、ほとんど生気というものが感じられない。
そんな彼の、いつになく弱々しい姿には、さすがに少し罪悪感を覚えてしまう。
別にこいつとて、悪気があったわけではないのだし、これ以上責めるのは酷だろう。
ここらで軽く、フォローを入れておくとしようか。
そこで俺は、すかさず二人の話に割り込み、興奮状態の斉川を諫める。
「おい、斉川。気持ちはわかるが、ちょっと言い過ぎだぞ。
もうその辺にしておけ」
すると彼は、存外あっさりと矛を収めた。
「……フン」
軽く鼻を鳴らすだけで、すぐ柳井への糾弾を取り止めたのだ。
どうやら彼としても、思わず腹を立ててしまっただけで、別段強く責めるつもりはなかったらしい。
命懸けの戦いを強要はできない、としっかり認識しているからだろう。
斉川のその反応に安堵した俺は、すぐ落ち込む柳井に対し、フォローと詫びを兼ねて声をかけようとしたのだが。
しかしその直前で、幽霊のような顔色のまま、柳井が唐突に発言を開始――
「……それは、お前も同じだろ?」
必死の形相で、今までのお返しとばかりに、斉川へ痛烈な反撃を叩き込んだ。
「お前だって、自分の都合で行動してるだけだろうがよ!
お前本当は、倉田への対抗心で動いてるだけなんだろ!」
すると斉川が、虚を突かれた風に目を見開く。
思いも寄らぬ指摘を受け、大きく動揺している、と言った雰囲気である。
それを見た柳井は、一気に生気を取り戻して、批判の勢いを加速させ――
「やっぱりそうか……おかしいと思ってたんだよ。
さてはお前――」
そのまま突如、思いもかけない疑惑を口にした。
「元々、倉田と知り合いだったな! ここに来る前から!
違うか!」
そしてその発言により、驚き戸惑う皆を置き去りに――
「ずっと気になってたんだ……お前の倉田に対する態度が、普通じゃないって。
やたら反発したり、ことある毎に突っかかったり、はっきりと怒り狂って暴れたりな。
らしくないな、って感じてたんだよ」
一方的に、自らの主張をまくし立てると――
「ただそれも、元から知り合い、ってことになれば話は別だ。
ひょっとしてお前、倉田に何か恨みでもあるんじゃないのか?
そのせいであんなにも、感情的になってたんじゃないのか?
そして、だからこそ――」
その最後に、致命的な推測と、激しい糾弾を叩きつける。
「だからこそあいつに対して、クーデターを起こそうと思ったんじゃないのか?
そういう自分勝手な理由で、みんなを巻き込もうとしてたんじゃないのか?
……違うか? 違うなら、そうと言ってみろ!
俺は倉田と知り合いなんかじゃないって、はっきり言ってみろ!
言ってみろよっ!」
それに対して、非難された側の斉川は――
「…………」
柳井を見つめたまま、顔を固く強張らせ、反論ひとつせずに沈黙するのみだった。
彼のそんな態度は、柳井の指摘が真実だということを、この上なくはっきりと示している。
どうやらこいつ、本当に倉田と知り合いだったらしい。
まあ一応俺の方も、以前斉川に対し、似たような疑惑を抱いたことはあるのだが。
しかしそれが事実とわかれば、やはり心からの驚きを禁じ得ない。
詳しい事情は不明だが、重大な暴露であることだけは確かだろう。
そうして判明した事情と、それに対する斉川の振る舞いが、よほど腹に据えかねたのだろう。
柳井はそこで、さらに批判の調子をエスカレートさせ――
「ふざけるな……ふざけるなよお前!」
もはや我慢しきれぬ、と言った風に、力の限り斉川のことを糾弾した。
「そんなくだらない動機で、クーデターなんか起こそうとするな!
そんなつまらない理由で、俺達の運命を決めようとするな!
そんな希望の無い道に、俺達を引きずり込もうとするな!
俺はそんなの、絶対に、何があっても認めないからなっ!」
直後、辺りには完全な静寂が訪れる。
誰ひとり発言をせず、またわずかに身じろぎすることさえない――そんな凍りついた空気が、場を支配し始めたのである。
ただまあ、それも当然のことだろう。
柳井は言いたいことを言い切り、逆に斉川はそれに抗議できぬ状態なのだから。
議論なんて、どうしたって続けようがない。
加えて周りの皆も、その壮絶な争いを見せつけられた上、掴みかけの希望まで剥ぎ取られたのだ。
それでは混乱と動揺から、揃って言葉を失ったとしても無理はない。
さてこの状況、いったいどうしたものだろうか……
などと俺は、事態の打開策を見出せず、独り難儀していたのだが――
(……!)
そこで不意に、決して、決して起きてはならないことが起こった。
その重苦しい空気を切り裂いて、ひどく聞き覚えのある楽しそうな声が、教室中に響き渡ったのだ。
「いやあ、盛り上がってるね」




