Section-3
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「おや……二人揃ってどうしたのかな?
先生に何か質問かい?」
教室と同様に古く寂れた、この学校の狭い職員室。
そこに挨拶もなく足を踏み入れた俺達へ、倉田は自身の席から、そう気安く声をかけてきた。
常日頃緩んでばかりのその顔に、今は底の知れない不敵な笑みを浮かべながら。
おまけに奴の佇まいは、以前と大きく様変わりしている。
背筋がまっすぐに伸び、声も明朗で良く通っていたのだ。
きっと今までは、生徒達を騙すため、自身の本性を隠していたのだろう。
そんな教師とは名ばかりの相手を、俺達がわざわざ訪ねてきた理由――それはもちろん、こいつから有益な情報を引き出すためだ。
何とか言いくるめて、事態打開のヒントを掴んでやろう、みたいな計画である。
もっとも倉田の言葉通り、ここへ来たのは俺と斉川の二人のみだ。
春日井が別に調べたいことがある、とかで同行せず、美山も望月が心配だ、とかで教室に戻ってしまったから。
おまけに口下手な俺が、敵との交渉で役立つとも思えぬので、実質こちらの戦力は斉川一人である。
まあ数が多くてどうなるものでもなし、とにかく今はこいつに期待するとしよう。
そう現状を振り返ってから、俺は斉川と二人、呼びかけてきた倉田の方へ向かう。
そして他には誰もいない部屋を横切り、奴の席の側まで歩み寄ると、そこで斉川が倉田の質問に答えた。
「ええ……ちょっと教えて欲しいことがあるんですけどね。
いいですか、先生」
まあ最後の『先生』のところを、思い切り嫌みったらしく強調しながらだが。
またずいぶんと、喧嘩腰な態度である。
確かこいつは、先ほどここに来る前、『すぐ敵対するつもりはない、今は従っておくのが上策だからな』……なんて言っていたのにである。
やはり直に接すると、少なからず冷静さを失ってしまうらしい。
ただそんな斉川の挑発にも、倉田は決して動揺しない。
真っ向から堂々と、余裕たっぷりに言葉を返してくる。
「もちろん。生徒の疑問に答えるのは教師の義務だからね。
何でも教えよう。何かな?」
斉川はその反撃に煽られて、みるみる不機嫌な表情になっていったものの、すぐ何事も無かったかのように質問を始めた。
きっと今はそんな場合ではない、と気付いたからだろう。
「具体的に今、戦況はどうなってるんですかね。
いやまあ、負けてるってのは把握済みなんですが。
例の作戦……地球外への脱出計画でしたか?
それの進捗具合、ってやつが知りたいんですよ」
そして警戒ゆえか、答えをはぐらかそうとする倉田に対し――
「ふむ……そんな事を聞いて、どうするのかな?
今の君達には、あまり必要の無い情報だと思うけど」
ゴシップ誌の記者のように、理屈をこねて切り込んでいく。
「いやいや先生、俺達にだってそれを知る権利くらいはあるでしょう?
なんせほら、そのために命懸けで戦ってるんですから。
モチベーションってやつにも関わってきますし、教えてくれたっていいと思いますよ」
その彼の粘りには、倉田も少々考える素振りを見せていたのだが。
結局は変わらず、今まで通りに秘密主義を貫くだけだった。
「……計画通り、とだけ言っておくよ。
詳しくは作戦上の機密だからね。
そう簡単に教えられるものではないかな」
それでも斉川は、少しでも情報を得ようと、諦め悪く食い下がる。
「その作戦とやらはどのくらい続くんです?
俺らは具体的に、いつまで戦えばいいんですかね?」
しかしそれさえも、あっさりはぐらかされてしまったせいか――
「それは私にも知らされていないんだ。最重要機密だからね。
期待に応えられなくて申し訳ない」
最終的に、皮肉をぶつけるしかなくなった。
「……ぐだぐだ言ってないで命令通り動け、ってことですかい。
何だか俺達、本物のロボットみたいですねえ」
もっともその一撃にすら、倉田は無言で微笑むばかりである。
否定なのか肯定なのか、どちらとも取れぬ薄気味悪い表情だ。
これには斉川も、さぞかし苛ついていることだろう。
そんな二人の噛み合わぬやり取りは、その後もしばらく続いていく。
「じゃあ、次の戦いはいつ頃になるんです?
相手はどのくらいの規模?」
「それは相手次第だね。
私達はほら、攻められる側の立場だから。
事前に予測するのは不可能だよ」
「なら援軍とか、補充人員とかはないんですか?
この部隊には、何人か犠牲者が出たんですよね?
それは補わないとまずいでしょう?」
ただそこに犠牲者の話が出た瞬間、ほんのわずかにではあるが、倉田の態度にブレが生じた。
突如、口調がひどく事務的なものに変わったのだ。
「……そういう予定は無いよ。
司令部は、現有戦力で十分だと判断している」
その短い受け答えに、俺は強い疑問を抱く。
『現有戦力で十分』という解答が、ずいぶんと不可解に思えたから。
だって現状、想定される犠牲者は三名――『選ばれていない機体』が三機あることから、そう推測することが可能――にも及んでいるのだ。
記憶が消失しているせいで、確証こそ無いものの、それが事実である見込みは極めて大きい。
そして生き残りは総勢九名だから、犠牲者は全体の四分の一相当である。
戦力が二十五パーセントダウンした、と言い換えてもいい。
それだけの被害が出ているのに、補充する気が無いなんて、いったいどういうつもりなのだろう……
ただその疑問点に、斉川の方は引っかかりを覚えなかったのか。
次いで彼は、さっさと話題を転換し――
「……なら今度は、その後のことだ」
続けて、この戦いを生き抜いた後のこと――つまりは俺達の行く末についての話を始める。
「もしこのまま勝ち続けて、無事に最後まで生き残れたら、の話ですけど。
その時はみんなで、例の月面都市とやらへ向かうんですよね?
宇宙船でこの地球を脱して、別の安全な星へ移住するために。
でも俺達はまだ、具体的な話は何も聞かされてない。
そこに自分達の席はあるのか、それすらわからないんですよ。
実際に行ってみたら、定員オーバーで乗れませんでした、なんてことはありませんよね?」
すると倉田は、即座に口調を戻して、迷わず斉川の問いを肯定した。
「ああ、もちろん。ちゃんと君達にも同行してもらうよ。
移民の際に使う宇宙船の収容人数には、まだまだ十分余裕があるからね。
そこは安心してくれていい」
もっともその主張に、どこまで信頼を置けるのかはわからない。
正直に言えば、見え透いたごまかしという印象なのである。
ここまで散々騙されてきた上、手酷い扱いを受けてもいるのだ、素直に信じられぬのは当然のことだろう。
そういう感想を抱いたのは、斉川の方も同じだったらしい。
彼はすかさずそれに反応し、倉田の回答に対して、少し突っ込んだ質問を放つ。
何かボロを出すかも、と期待してのことかもしれない。
「ちなみに移住先はどこなんです?
他の惑星って言ったって、色々あるでしょう?
ほら、宇宙は広いんですから」
ただやはり、それもすんなり煙に巻かれてしまったので――
「それも機密だね。ま、知らされたところで何かできるわけではないけど。
なんせほら、遠い遠い宇宙の果ての話だから」
斉川は厳しい表情のまま、じっと黙り込んでしまった。
揺さぶるネタを出し尽くしたので、次なる一手を考えています、というところか。
しかしそんな彼の隙を突き、倉田は手早く話を切り上げようとする。
「もういいかな? 私もこう見えて忙しくてね」
それに斉川は、嫌味たっぷりに切り返したのだが――
「へえ……授業の準備でもしてるんですかい?」
たいへん残念なことに、すぐ強烈なカウンターを食らう羽目になった。
「いやいや、君らの尻拭いだよ。
壊した機体の修理とか、弾薬やエネルギーの補給とかね。
そういうのも必要だろう? これはゲームじゃないんだからさ。
だから無駄な時間を取るのは、お互いのためにならないと思うんだ」
その挑発めいた言動を受けて、斉川の表情が強い怒りを帯びる。
今にも殴りかかりそう、と表現するに相応しい雰囲気だった。
実際前科もあることだし、ここはいったん止めておくとしよう。
ゆえに慌てて、俺は少し強めの口調で、その二人の会話に介入し――
「わかりました。じゃあ、俺達はこれで失礼します。
おい、行くぞ」
斉川の暴走を戒めた後、迷わず踵を返して、足早に職員室の入り口へと向かう。
この辺でやめておけ、という意志を、自らの行動で伝えるかのように。
あいつはそんな俺の対応に、かなり不満そうな様子ではあったが。
別段反論などはせず、意外と素直にその後へ続いた。
ゆえにそのまま、俺は無言で職員室を退出し、足を止めずに移動を開始する。
その目的地は当然、クラスメイト達が待ついつもの教室だ。
話し合いの結果を総括しつつ、色々仕切り直すためには、おそらくそれが最善だからである。
ただそう決めて、しばし廊下を進んだところで――
「くそったれめ……ぬけぬけとふざけたことを言いやがって。
何が尻拭いだあの野郎……!」
急に斉川が、怒りを存分に塗り込めた声音で、倉田を激しく罵倒し始めた。
このまま放っておくと、いずれその辺の壁を蹴り飛ばしてぶち抜くのでは、と危惧してしまうような荒れっぷりだ。
俺はそんな彼に、一応釘を刺しておく。
唯一の交渉役であるこいつが、こうも冷静さを失っていてはまずい、と思ったから。
「こらえろよ。
今は従っておくのが上策、って言ったのはお前だろう?」
そういう自覚は、本人にもあったのだろう。
斉川は憤懣やるかたない、という口調ながらも、渋々俺の忠告を受け入れた。
「わかってるよ……」
そのやたら感情的な反応に対し、俺は少なからず不審な印象を抱く。
(なんか、ずいぶんこだわるよな……)
こいつは倉田に対して、不自然なくらい強い反感があるよな、と。
彼の振る舞いを見ていて、そういう疑惑のようなものが芽生えてきたのだ。
もちろん現在の状況と、倉田がそこで果たしている役割、及び奴の挑発的な振る舞いを鑑みればだ。
まったくもって当然の反応、とも言えるわけだが。
それでも斉川が倉田に向ける、様々な感情の激しさには、どこかしら違和感が拭えなかった。
ひょっとしてこいつ、あの男のことが個人的に嫌いだったりするのだろうか。
そう色々と考えを巡らしつつ、歩き慣れた廊下を進んでいった俺は、やがて何事もなく教室に到着する。
さらにそのまま、そこのドアを開き、中へと足を踏み入れた。
すると、ほとんど間を置かずに――
「あっ、ミッキー!」
「橘君! 斉川君!」
そんな俺達を見つけたらしい、栗原と朝倉が、声を上げつつ駆け寄ってくる。
いかにも帰参を待ちわびていました、という様子だ。
実際その印象通りに、次いで朝倉が、勢い込んで斉川に事情を聞き始める。
「どうだったの? 倉田先生は何か言ってた?」
斉川はそれに、すっかり落ち着きを取り戻した口調で答えていった。
「収穫は……まあ、可も無し不可も無しだな。
すごく有益だった、ってわけじゃない。
ただとりあえず、最低限の情報は集まったよ」
そのやり取りを聞きつつ、俺は何気なく教室を見渡して、クラスメイト達の様子を確かめていたのだが。
そこでふと、ひとつ異変が起きていることに気づいたので、すかさずそれについて栗原に問いかける。
「……志藤は?」
そう、現在この教室の中には、志藤明の姿がどこにも見当たらないのだ。
いるのは今しがた集まった四人と、何事か話し込む美山と望月、それからこちらへ視線を向けもせぬ柳井だけである。
調べ物中らしい春日井はともかく、いったい彼女、こんな状況でどこへ行ったというのだろう。
栗原はその俺の問いに、やはり不安げな様子で答えた。
「なんか、気分が良くないんだって……今は保健室にいるよ」
それを聞いて俺は、だいたいの事情を察する。
(……無理もない、か)
だってもし例の仮説が正しいのなら、あいつはつい最近、親しい友人を失ったことになる。
その精神的な負担から、重い体調不良に陥ったとしても、何ら不思議は無いだろう。
ここは彼女に頼らず、残った人間だけで何とかするべき、というわけである。
そんな俺の考えを見透かした……わけではないのだろうが。
そこで斉川が、少し声を張って話を再開、これからについての提案を行った。
「さて、少し人数は足りないが……ここらで作戦会議といくか」
朝倉はそんな彼へ、意図がさっぱり掴めない、という表情で質問をする。
「会議って……何の?」
それに斉川は、軽く反応してから――
「何って……」
突如、底意地の悪そうな笑みを浮かべ、それに相応しい物騒な単語を口にした。
「クーデターのに決まってるだろ?」




