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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-05 『Deadman』
50/173

Section-2

更新履歴 21/9/29 文章のレイアウト変更・表現の修正


 首尾良く敵を殲滅し、無事に帰り着いた、いつものレクリエーションルーム。


 そこで俺は、ひと息つくよりも先に、頭に装着しているヘッドセットを操作した。


 そいつを再び起動し、もう一度あの宇宙へと赴くために。




 しかし、その目論見とは裏腹に――


(駄目か……)


 いくら操作をしようとも、ヘッドセットは全く反応しない。

 ついさっきまで使っていた物だと言うのに、動き出す気配がさっぱり無いのだ。

 どうやら戦いの終了と同時に、何らかのロックがかけられてしまったらしい。


 そう状況を把握した俺は、ならばとすかさず、斉川に質問を放つ。

 自分と同じ試みをしているはずの彼に、その成否を尋ねたのだ。


「こっちは駄目だ。そっちは?」


 それに斉川は、苦虫をかみつぶしたよう、と例えるのに相応しい表情で応じる。

 自分用のシートの上にあぐらをかき、幾度も悩んでいる風の呻き声を漏らしながら。


「……こっちも駄目だな。完全にロックされてるみたいで、さっぱり起動しない。

 たぶん俺達が勝手に使えないよう、あいつが何か細工したんだろうよ」

 

 あちらも事情は同じ、というわけだ。

 つまり俺達の試みは、ここにあっさりと潰えてしまったわけである。


 ちなみになぜ、無事に戦場から帰れた直後というこのタイミングで、俺達がわざわざそんな事をしているのかと言うと。

 それはもちろん、ここで籠の鳥を演じていても、事態を打開するきっかけは掴めないと思ったから。

 それでこの部屋に戻ってきた直後、こうして現実に舞い戻ろうとしていたのだ。


 ただその結果は、今しがた確かめた通り――


(……甘かったか)


 ほぼ手も足も出ない、というものだった。

 やはり斉川が言ったように、こういう事態を予見して、倉田が何らかの対策を打っていたからだろう。

 狡猾にして用意周到、と評するより他はない。


 そうして憎き敵に行く手を阻まれ、すっかり打つ手を無くした俺は、斉川と二人で頭を抱える。

 どうすればその妨害を突破できるのか、全く見当もつかない状態だったからである。


 ただし突如、そんな結論なき俺達の会話に、するりと誰かが割って入ってきた。


「ねえねえ、斉川君ってさ……」


 山奥の渓谷に湧き出る、澄み切った清流のようなその声の主――それは斉川の横に立って、彼を上から見下ろしつつ、楽しそうな表情を浮かべる春日井真那だ。


 彼女はその、いささか場違いな雰囲気を維持したまま、なんといつものように斉川をからかい始める。


「ハッキングとかできないの?

 それでこう……機械をササッと操ってさ、パパッと解決しちゃってよ。

 そういうの、得意じゃなかったっけ?」


 斉川はそうして、真剣な会話に水を差されたことに苛立ったのか、すぐにそちらを振り向いて突っ込みを入れた。

 いかにも不機嫌、と言った風に顔をしかめながら。


「できるわけないだろ、そんな事。

 お前、俺を何だと思ってるんだ?」


 もっとも春日井の方は、一切動じることなく、さらに屈託なく彼を茶化すだけだったが。


「色んな悪い事に詳しそうな人。

 ほら、顔とかすごく犯罪者っぽいし。

 できると思ったんだけどなあ」


 結果として斉川は、呆れ気味に抗議の声を上げた後――


「あのなあ……まあとにかく、ハッキングなんて無理だぞ。

 適当なこと言うな」


 そのまま春日井から目を逸らし、渋い顔でじっと黙り込む。

 面倒臭くなったので放置した、という雰囲気である。


 ただしその表情に、怒りのようなものは感じられない。

 きっと春日井の口調に、どこか冗談めいた印象があるのを、しっかり感じ取ったからだろう。

 彼女の軽い言動が、あくまで場を和ませるためだと言うのは、こいつも承知済みなのだ。


 そう、あの春日井真那、なんとこの命懸けの状況において、平然と軽口を叩いているのだ。

 きっとそれだけ、精神に余裕があるからだろう。

 ずいぶんと肝が据わった女、と形容するしかない。


 そんな春日井の振る舞いを、俺は正直、かなり意外だと感じていた。

 彼女に対する事前の印象から、てっきりもっと取り乱すだろうと考えていたから。

 俺の人を見る目も、大して当てにはならぬということか。


 ……などと俺が、ぼんやり考えを巡らしているところへ、次いで北風のごとき涼やかな声が割り込んでくる。

 冗談によってズレた話の流れを、いったん立て直そうとしたかのように。


「設備ってこれだけ? 他に何か、向こうにアクセスする手段は?

 そういうのがあれば、ここにこだわらなくてもいいんじゃない?」


 それは斉川の正面で、彼に対し今後の方策に関する質問を行う、美山涼の呼びかけだ。


 彼女もまた、声にほとんど揺らぎがなく、表情の方も落ち着いていた。

 春日井と同じく、こちらもさっぱり動揺はない、というわけだ。

 どうもこのクラスには、メンタルの頑丈な女が多いらしい。


 ちなみにそうして、会話をしているこの四人――俺と斉川、そして春日井と美山――こそ、先の戦いに参加していたメンバーである。


 あるいはまともに戦えた人間、と言い換えてもいいか。

 だって他のクラスメイト達は、怯えた表情を見せて動かないか、ショックを受けた様子で塞ぎ込むだけだったから。

 どう見たって、戦闘など要求できる雰囲気ではなかったわけだ。


 なので当然、今後についての相談も不可能だった。

 つまりはここにいる四人が、行動指針の決定から敵の撃退まで、全てをこなさねばならぬのである。

 極めて困難な状況、と言うより他はない。


 そう独り、現状への危惧を深める俺をよそに、斉川と美山のやり取りは進んでいく。


「俺の知る限りじゃ、ここだけだな。

 他にあっちへ干渉できそうな設備は思いつかん。

 ま、田舎の学校って設定なんだし、当然だと思うがな」


「そう……ならこの機械を分解して、動くように改造するとかは?

 システム的にロックされてるだけなんだったら、それで何とかならない?」


「俺達の中に、そんな技術を持ってる奴がいるか?

 それにこの機械は、あくまでデータ上の存在だ。

 ぶっ壊したところで、中身をいじれるとは限らない。

 あいつを警戒させることにもなるし、あまりオススメはできんな」


 するとそれが一段落した辺りで、急に春日井が、『ふと思いついた』という風に疑問を投げかけてきた。


「データ上の存在……か。

 そう言えば、そもそも向こうの世界が現実なんだよね。

 私達の本当の体も、今はそこにあるんだっけ?」


 斉川はその質問に、例えと皮肉を交えつつ答えていたが――


「ああ、そういう話だ。

 各自が機体の中で眠りについて、そこでフルダイブ型のゲームをやらされてる、って状態らしい。

 言うなればここは、平和な夢の中の世界、ってところか。

 まあ今は、現実の方が悪夢みたいなものらしいがな」


 そこに美山が、いいアイデアを閃いた、という口調で割って入ってくる。


「じゃあ、無理やり叩き起こしてみるとか?

 私達は今、眠っているみたいな状態なんでしょ?

 なら何かきっかけを与えれば、それで目が覚めて、向こうで動けるようになるかもしれない」


 その案には、すかさず春日井も乗っかった。

 やはりちょっとだけ、斉川をからかいながら。


「なるほど、無理やり叩き起こす……か。

 それって例えば、斉川君辺りの頭をこう、石か何かでズガーンとやるってこと?

 それなら確かに、ショックで目が覚めるかもしれないね」


 そんな彼女に対して、斉川はすかさず突っ込みを入れた後――


「それはただの殺人事件だろうが。

 人をモルモット扱いするんじゃない」


 続けて美山の提案を、理路整然と否定する。


「あとせっかくの提案なんだが、強制ログアウトはかなり危険な気がする。

 だってこれが本当にフルダイブ型のゲームみたいなものなら、無理やり目覚めさせた結果、脳の神経が全部焼き切れてました……なんて状況にもなりかねないからな。

 そんな事になったら洒落にならないし、成功の見込みなく試す、って言うのはあまりいい方法じゃないと思うぞ」


 結果、その発言をきっかけに、誰もが揃って黙り込んでしまう。

 きっと自分達が絶望的な状況に置かれていることを、はっきりと再認識させられたからに違いない。


 ゆえに自然と、場に漂う空気も、息が詰まるほどに暗く重いものとなった。

 何やら本当に、肩に大きな荷物でも載せられているような気分だ。

 

 ただそんな反応をしてしまうのも、現状では致し方ないところだろう。

 だって俺達が己の意志で動けるのは、あくまでも敵が来た時のみなのだ。

 そしてそれ以外はずっと、完全に自由を奪われた状態で、この学校に閉じ込められたまま。

 まるで客の前でだけ箱から出される、玩具の操り人形のように。


 しかもそれでいて、その局面を打開する方法は、今のところ全く見えていない。

 そんな事実を突きつけられれば、気重になって喋れなくなるのが、むしろ人として当然なのである。


 そう現状の苦しさに、抱えきれぬほどの重圧を感じたせいなのか、ふと胸にひとつの願望がよぎる。


(……志藤がいればな)


 志藤がここにいて、この相談に参加してくれれば良かったのに。

 そういう『もしも』の場合を、つい考えてしまったのだ。

 それなら何か違う案も出たのではないか、と期待できるから。


 もちろん今の仕切り役である、斉川に不満があるわけではない。

 状況が冷静に見えているし、様々なケースを想定してもいる。

 先ほどから黙ったまま、アイデアのひとつも出せぬ俺とは違ってだ。

 正直あいつのことは、素直に凄いと思う。


 ただ話の取りまとめ役としては、やはり志藤がいて欲しい。

 皆の意見を整理し、わかりやすく周知した上で、決断を下す人間が必要なのだ。

 それでこそ斉川も、自分の役割に集中し、より良いアイデアが出せるはずだから。


 となればやはり、かつてのホームルームがそうだったように、このクラスにはあの『二人』のリードが必要――


(……ん?)


 ――という印象を抱いた瞬間、俺は不意に、自分がひどく不自然な考え方をしていることに気づいた。


(『二人』が……必要?)


 なぜか志藤の隣に、別の誰かがいることを想定していたのだ。

 まるでそれが、当たり前のいつも起きていた出来事であるかのように。

 そういう光景を見た記憶など、一切持っていないにも関わらずである。


 そうした不可解な感覚を、俺が突然抱いてしまった理由は、おそらく――


(ああ、そうか……そいつがいなくなった、ってことなのか)


 実際にそういう人物が存在して、志藤のサポートを行っていたからだろう。

 かつての平和だったこの教室で、記憶へ深く刻まれるくらい、頻繁かつ自然に。

 そいつのことを俺が覚えていないのは、先の戦闘で撃墜されて死亡し、この学校から消失したからであるに違いない。


 だが『順化調整』の弱化により、消え去るはずのそいつの記憶が、わずかながら残留したのだ。

 結果こんな風に、知りもしない人間のことを、お馴染みの存在であるかのように考えてしまう。

 倉田はあくまで、『記憶は操作してるのではなく封印してるだけ』と説明していたし、きっとそれが真実なのだろう。


 加えてそこには、もうひとつの仮説が成り立つ。

 それはこの記憶の残滓こそ、皆が戦えなくなるほど動揺した原因なのではないか、という推測である。


 つまり心のどこかに、先の戦闘で犠牲を出したという感覚があるせいで、死に対する現実感が増大してしまったのだ。

 それに無意識の内に重圧を感じて、実際の行動へ強い影響を及ぼすほどに。


 あるいは潜在的な恐怖がブレーキになっている、とも言えようか。

 何にせよ、すぐ気持ちを立て直すのは、極めて困難なはずだ。


 そうやってしばし、記憶の異変について思索を巡らした結果――


(……きついな、これは)


 俺は状況の悪さをより強く実感し、その場に集う他の皆と共に、暗然と沈黙を続ける羽目になってしまった。

 いったいどうすれば、この苦境に希望を見出せるのだろうか……


 ただそんな風に意気消沈していた俺達の元へ、ふと部屋の入り口の方から、輪を掛けて不安げな声が届く。


「ミッキー……」


 それに驚き、慌てて声の方へ視線をやると、その先にどこか寂しげな栗原真希の姿があった。

 どうやら俺を訪ねて、この部屋に来ていたらしい。


 ただしその表情に、いつもの無邪気な明るさは感じられない。

 それが完全に影を潜め、どこか儚げな雰囲気を醸し出しているのだ。

 まるで怖い夢を見て眠れなくなった、幼い子どものような佇まいである。


 そんな彼女の様子を憂いた俺は、すかさず早足でそちらへ移動し、来訪の意図を確かめる。

 他の三人の視線を、背中にひしひしと感じながら。


「どうした? 何かあったのか?」


 しかし栗原は、俺の質問に対し、ひどく曖昧な答えを返した後――


「そういうわけじゃ……ないんだけど……」


 すぐ言葉を続けられなくなり、深くうつむき黙り込んでしまった。

 どこか、俺に叱られるのを恐れたかのように。


 察するに彼女、俺の帰りが遅かったので、こうして様子を見に来たのだろう。

 心配のあまり、教室で待ってはいられなかったのだ。

 妙に自信なさげなのは、自分が戦えなかったことに、強く負い目を感じているから……というところか。


 守るべき人のそうした姿を前に、俺は改めて痛感する。


(……やっぱり、無理だな)


 何があろうとも、こいつを戦わせるわけにはいかない、と。

 自分が盾となって、こいつを守らなければならないのだ、と。

 そうはっきり、思いを新たにしたのだ。


 だって見たらわかる通り、こいつは精神的にたいへん弱く、命懸けの戦いなんてできるような人間ではないから。

 基本、こんな狂った荒事とは、遠い場所にいるべき存在なのである。


 しかもその明るい態度とは裏腹に、意外と自分への評価とかを気にする。

 前にも確か、『私ってめんどくさいのかな?』なんて聞かれたことがあった。

 自分が他人にどう思われているのか、それを人一倍憂慮していることの証左だろう。


 それに俺が、何と答えを返したか……は、いったん置いておくとして。

 とにかくそういう、気持ちの面で色々と不安定なやつなのだ。


 こうしてここに来たのだって、俺が心配というのは半分で、残りの半分はおそらく、俺と離れているのが不安なせいだ。

 俺を精神安定剤代わりに使っている、とでも言うべきだろうか。

 ……まあ、それはそれで望むところなので、別に構わないのだが。


 何にせよこの件に関して、俺が思うことはたったひとつ――


(俺が、何とかするしかない)


 こいつへ今以上の負担をかけずに、この難局を乗り切るには、精神的に強い自分の方がさらに頑張るしかない。

 ただただ、それのみであった。


 するとその俺の決意に応えた、というわけではないのだろうが――


「あー……まあ、あれだな」


 不意に斉川が、無為な時間を嫌ったかのように話を再開し、現状について軽く総括した後――


「とりあえず、状況の確認はできた。

 ただこれ以上ここで話してても、たぶんいいアイデアは出ない。

 何か突破口を見出したいんなら、やっぱり――」


 そのまますぐに、至極当然、とでも言うべき結論を導き出した。



「色々わかってる人間に、直接聞くしかないよな」








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