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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-05 『Deadman』
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Prologue

更新履歴 21/9/29 文章のレイアウト変更・表現の修正


 自分は強い人間だ。


 群れなければ何もできない、そこらの有象無象達とは違って。


 ずっとそんな風に、橘幹也は考えていた。



 俺がそういう自惚れた価値観を持つに至った原因は、主に周りと比べて体が大きかったことにある。

 さしたる努力をせずとも、喧嘩や運動で他人に勝てることが多かったので、自然とそんな感覚が身についてしまったのだ。


 また体の方だけでなく、精神的にも強靱だと感じていた。

 一般的に皆が怯える事柄――幽霊や怪奇現象の類いだとか、あるいは自分が他人に嫌われることだとか――に、あまり恐怖を感じたことがないせいだ。

 要するに俺は、自分の強さに大きな自信を持っていたのである。


 そんな俺を、周りの人間は除け者にした。

 煙たそうな顔をして、物理的にも心理的にも距離を取ったのだ。


 その上、俺についての根も葉もない噂を、こそこそと囁き合いさえしていた。

 無論、自分達のコミュニティからも完全に排除し、仲間に入れることは決してなかった。


 俺はそんな孤立した状況の中で、ただひたすらに混乱していた。

 周りの人間が、自分をそこまで敬遠する理由に、さっぱり見当がつかなかったせいである。


 実際、身に覚えは全く無かった。

 確かに力は強かったが、それを無闇に振るったり、脅しに使って我を通すことはなかった。

 自分は何もしていないのに、向こうからは邪険にされていたわけだ。

 どうしてこんな事に、と戸惑って当然だろう。


 だから、決意した。

 お前らが俺をそういう風に扱うなら、俺もお前らを同じように扱おう。

 理由なき悪意に対しては、迷いなく憎悪を返そう。

 相談する者のいない孤独の中で、そんな誓いを立ててしまったのだ。


 だって、納得がいかなかったから。

 自分は何ひとつ悪いことをしてないのに、こうも周りに疎んじられるのが、不満でならなかったから。

 全ては理不尽な仕打ち、としか感じられず、すっかり意固地になっていたのである。


 ゆえにその後の俺は、定番と言ってもいい問題児街道を、一直線に進んでいくこととなった。


 陰口を叩く奴に対しては、表情や態度で威嚇し、それに反撃する者へは暴力を振るう。

 そうして頻繁に争いを起こし、ますます周りから敬遠されていく。

 そんな馬鹿を、日々飽きもせず繰り返していたのだ。

 胸の内で徐々に、言いようのない空しさを膨らませながら。


 ただそうした毎日を、延々と続けていく中で、俺は次第に理解していった。

 自分が排斥される理由に、遅まきながら見当がついたのだ。


 それはきっと、俺が恐れられていたから。

 たぶんみんな、俺という存在が怖かったのだろう。


 その理由のひとつは、やはり体が大きかったこと。

 側にいるだけで、無意識に威圧感を覚え、果ては恐怖さえ感じるくらいに。


 そしてもうひとつは、口数があまり多くなかったこと。

 そのせいで会話が成立しづらく、心の内を知るのが難しくなってしまうほどに。


 つまりは何を考えているのかわからん上に、ひとたび暴れ出せば手のつけようがない存在、と認識されていたわけだ。

 それでは凶暴な怪物も同然だし、誰もが怯え遠ざけるのは自然なことである。


 しかしそれに対して、俺は反撃してしまった。

 怖がる相手に暴力を振るい、より大きな脅威を与えたのだ。

 自分が仲間外れにされた、その腹いせとして。

 そんな荒んだ生き方では、人間関係なんてうまくいかなくて当然だろう。


 とは言え一方、最初からそれがわかっていたところで、どちらにせよ結末は同じだったとも思う。


 なぜなら俺が、おそろしく不器用な人間だから。

 他人の警戒心を解くことや、周りの空気に合わせて立ち回ることなんて、そもそも不可能というわけだ。

 どんな努力をしようと、いつかは軋轢が生まれていたに違いない。


 また例え、俺に人を怯えさせる素養があり、知らぬ間に周囲を威圧していたとしてもだ。

 だからと言って、邪険にしていいわけではないだろう。

 俺の方だけに、歩み寄りを要求するのは理不尽だろう。

 そういう不満は、消そうとしたって消えるものではなかった。


 であればもちろん、友好的になんてなれるはずがない。

 両者の距離が縮まる可能性は、元々存在しなかったとさえ言っていいのだ。

 結局のところ俺は、人から敬遠される運命にあったのだろう。


 それゆえ俺の周りは、常に灰色だった。

 どんな相手とも、罵り傷つけ合うことばかりで、誰かを想うことも誰かに想われることもない。

 そんな色彩の無いの思い出だけで、俺の記憶は埋め尽くされていたのである。


 ただそんな暗澹とした俺の人生に、ある時、大きな転機が訪れた。


 それは高校に入学してしばらく経った、いつもの朝の登校途中の出来事。

 満員のバスに独り揺られていた時、そこで偶然、あいつと出会ったことだ。


『う……んん……』


 そこにいたのは、リスのような小さい体に、ゾウでもひっくり返すくらいのエネルギーを詰め込んだ女の子――俺とはまだ、顔見知りでさえなかった頃の栗原真希である。


 もっとも、あいつはその時――


『く……くるしい……』


 そんな弱々しい声を上げつつ、呼吸にも難儀するような有り様で、小柄なその身を人波に潰されていた。

 いつもの元気はどこへやら、という悲惨な状態だったのである。


 ちなみにあいつがそうして苦んでいた原因は、そのすぐ側にいた、騒々しい男子の集団にあった。


 彼らはなんと、ただでさえ狭い満員のバス内で、大声を上げてはしゃでいた。

 何が面白いのか、互いに押し合いを繰り返したりして、周りの人間に何度もぶつかりながら。

 その余波に巻き込まれて、あいつは窮屈な思いをしていたのである。


 それに強い反感を覚えた俺は、すぐさま行動を開始した。

 ちょっとした気まぐれで、そいつらを懲らしめてやることにしたのだ。


 そこでまず、俺は自身の体を、あえてそいつらに寄せた。

 少しでもこちら方向に動けば、自然と体が衝突するくらいの距離に。

 そして次に、相変わらず暴れ回っていた連中が、押し合いの末にぶつかってきたタイミングで――


『痛っ!』


 逆にこちらの体をぶつけ、力任せに押し返してやった。

 相手がその時の痛みで、声を上げるくらいの勢いをつけて。

 要は自身の体格を活かし、思い切り弾き飛ばしてやったのである。


 当然向こうは、その直後、不機嫌そうな顔でこちらを振り向いた。

 さらには四人ほどいたその集団の全員が、『何しやがる』とばかりの表情で、こちらを凄むように睨み付けてきた。

 普通ならば、少なからず恐れを感じるシチュエーションだろう。


 しかし俺は、その反応に一切動じず、また相手を威嚇するようなこともなかった。

 完全なる無表情で、そいつらを軽く一瞥してやったのだ。


 すると連中は、怯んだように俺から目を逸らし、続いて少しだけ距離を取った。

 ヤバい奴には関わりたくない、とでも言いたげな様子で。

 戦わずして完全勝利、というわけである。


 結果そこに多少のスペースが生まれたので、人波に吞まれていた栗原も、いくらか余裕を持って過ごせるようになった。

 強面もたまには役立つ、と言ったところだろうか。


 そうやってらしくもなく、人助けじみた行動に出た俺を、あいつはじっと見つめていた。

 大きく見開かれたつぶらな瞳を、小刻みに瞬かせながら。

 俺のやった事の意味を察し、お礼を言おうとしているかのように。


 もっとも俺が連中を懲らしめた動機は、決して善意などではなく、あくまで自分が目障りだった存在を排除するため。

 当然それで誰が救われていようと、感謝を求めるつもりはなかった。

 ゆえに俺は、あいつに視線を返すことなく、あさっての方を向いて素知らぬ顔を決め込んだ。


 そして目的地へ着くと同時に、さっさとバスから降りた。

 中に留まっていた彼女を置いて、まるで何事も無かったかのように。


 その時そこで起きたのは、ただそれだけである。

 ほんのちょっとしたトラブルを、ひどく乱暴な手段で解決した、という程度の話なのだ。

 次の朝には忘れてしまうような、どうということもない日常の出来事、と言っていいだろう。


 しかし直後に起きたひとつの事件により、その思い出の性質は大きく変わった。

 なんと急転直下、人生の転機とすら呼べる一大事になってしまったのだ。



『あっ! いたっ! さっきの人!』








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