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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-04 『Sacrifice』
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Epilogue

更新履歴 21/9/25 文章のレイアウト変更・表現の修正


 ふと目を開けると、一面の闇の中で輝く、無数の美しい星々が見えた。


 その瞬きは、独り宇宙に漂う僕を、遠くからひっそりと見守っている。


 まるで墓標に花を手向けに来た、心優しき参拝者であるかのように。



 またそれと合わせたかのように、周囲の空間はやたらと静謐で、聞こえる音も動くものも無い。

 ただひたすらに、穏やかさのみがここにはある、というわけだ。


 その目前の不自然な環境は、僕――久保擁介の頭と心に、大きな戸惑いをもたらした。


(えーと……?)


 自分の置かれた状況が、すぐには把握できなかったからだ。

 いったい何がどうなって、今こういう事態に陥っているのか、さっぱり掴めないのである。

 確かつい先ほどまで、攻め寄せる敵軍と、激しい死闘を演じていたはずなのだが……


 そう周りの様子に首を傾げつつも、僕は次いで、軽く辺りに視線を巡らせる。

 疑問の答えを出すため、もう少し情報を集めようと思ったのだ。


 結果として、自然と気づかされることになった。


(……あれ? なんで動かないんだ?)


 自らの搭乗する機体が、こちらの意思に一切反応しない、という事実に。

 なんと動く気配が微塵も無い上、本来なら存在するはずの、様々な身体感覚が消え失せているのだ。

 人間に例えるならば、全身の神経が残らず引きちぎられた後、とでも言えそうな状態である。


 するとその異変が、ようやく僕に、自分の身に起きた出来事を思い出させる。


(ああ……そっか。壊れてしまったんだな、僕)


 そう、先の戦いの最終局面において、僕は自ら死地に飛び込んだ。

 己が身を生け贄として、果たさねばならぬ使命を果たそうとしたのである。

 その結末がこの有り様、ということなのだろう。


 ちなみに覚えているのは、拘束した例の厄介な二機と共に、ステルス砲撃機からの攻撃に呑み込まれたところまで。

 記憶はそこで、完全に途切れていた。


 だとしてもまあ、何が起きたのかは考えるまでもない。

 きっとその攻撃により、機体を木っ端微塵に打ち砕かれ、そのほとんどを失ってしまったのだ。


 だから何かしようと思っても、全く反応が無いのだろう。

 動かすもの自体が存在しないのであれば、どう頑張ったところで動けるはずはない、というわけである。


 また周囲に敵が不在なのも、おそらくはそれが原因である。

 あちらは僕のことを、すでに脅威にはなり得ぬ相手と判断し、こうして放置したに違いない。

 損傷が深刻であることの、何よりの証明とも言えるだろう。


 そしてそれらの情報を総合して考えると、僕はこのまま、そう遠くない内に――


(死ぬ、ってことだよな……)


 機体が機能を停止して、あえなく命を絶たれてしまうはずだ。

 だってそんな状態では、何をどう工夫したところで、長く生き続けるなんて不可能だから。

 要はこの暗く虚ろな宇宙に抱かれて、誰にも看取られず死んでいくしかないわけだ。


 ただし、そう悲惨な自分の現状を、しっかり認識しながらも――


(うん……でも、悪くないよな)


 僕の心には、不思議と確かな満足感があった。

 自分にしてはよくやった、と褒めてやりたい気持ちさえあるのだ。

 死が間近に迫った、この状況においてもである。


 そんな風に僕が、奇妙極まりない感情を抱いた理由は――


(アキラちゃんが、無事だったからね)


 誰よりも大切な人を、見事に守り切れたからである。

 しかも彼女に迫る絶対絶命の危機を、自らの手で払い除けて。

 であれば当然、後悔などあるわけもない。


 無論彼女の行く末については、少なからず不安が拭えぬところもある。

 本当に逃げられたのかどうか、自分の目で確認を取ってはいないから。

 確実に救い出せた、と胸を張って言うのは難しいわけだ。


 それでも身を投げ出した甲斐あって、敵の注意はしっかりと引き付けられた。

 アキラちゃんが母艦に戻る時間は、きちんと稼げたはずなのだ。

 十分に満足のいく結果、と呼んで差し支えはないだろう。


 そこでその大きな達成感を胸に、僕は潔く自身の運命を受け入れた。

 死にゆく自分に対し、むしろ誇るかのような気持ちを抱きながら。


 すると、ちょうどその瞬間――


(あっ……)


 意識が突然、ひどく朦朧としてくる。

 猛烈な眠気にも似た感覚が、前触れなしに襲ってきたのだ。

 それは魂が溶けていく、とでも表現できそうな、非常に冷たくおぞましい感触だった。


 おそらく僕の意識は、このままこいつに引きずられて、闇の底へと落ちていくのだろう。

 当然そうなれば、二度と目覚めることはない。

 要するにもう、時間切れということなのである。


 その経験したことの無い感覚に、心臓が押し潰されになるほど怯えながら、それでも僕は――


(大丈夫、僕はやり遂げた。やり遂げたんだ……!)


 必死で自らを鼓舞して、その心を蝕む恐怖に耐え抜く。

 『大切な人を守れた』という事実を支えにして、滅びゆく己を肯定したわけだ。

 最後の最後で、みっともなく取り乱すことのないように。


 ただそんな風に、僕の意識が、波にさらわれる砂の城のように崩れ始めた……その直後――


(あ……これは……)


 急に過去の記憶達が、脳裏に浮かんでは消えてを繰り返し始める。

 失われていくそれを惜しみ、もう一度味わおうとしているかのように。


 きっとこれは、話に聞く走馬灯というやつだろう。

 どうやら僕、死の間際に、己の人生を振り返っているらしい。


 もっとも、それらは全て――


(ふふ……アキラちゃんばかりだ)


 僕の誰よりも大切な人、志藤明のものばかりであった。


 例えば彼女が、皆の前に立つ時の、凛々しい横顔と良く通る声。


 あるいは何か不満がある時の、少し拗ねた風の表情と、駄々をこねる甘い声。


 また時折なぜだか覗く、照れてうつむく顔と、感情を抑えたか細い声もあった。


 そして僕が求めてやまない、幸福感に満ち溢れた、太陽のような笑顔も……


 そのかけがえのない記憶達は、ほとんど消えかけていた僕の心に、ひとつの思いを芽生えさせた。


(ああ……ああ……あああ!)


 それはいつだって僕が抱いていた、本当の望み。

 すでに行き場を無くしてしまった、真実の願い。

 決して口に出すことはなかった、密やかな心情……


 その感情は出現と同時に、すぐさま猛然と膨れ上がり、胸の内を隅々まで埋め尽くしていく。

 それを隠したままお前は逝くのか、本当にそれでいいのか、と厳しく叱りつけるかのように。

 どこかもう一人の自分からの、悲痛な抗議みたく感じずにはいられない。


 ゆえに僕は、それに激しく駆り立てられて、必死の叫びを上げた。

 止めどなく湧き上がる思いを、何とか言葉に変えようとしたのである。


「僕は……僕は……!」


 だがその咆哮を遮るように、次いで脳内と視界の両方へ、強烈なノイズが発生する。

 星の瞬きや自分の声、そして思考の内容すら認識できなくなるくらい、大量に。


 そのせいでもはや、自分が何と言っているのか、また自分の周囲にどんな光景が広がっているのか、そんな事さえさっぱりわからない。

 要は見ることも聞くことも考えることも、ほとんどできなくなってしまったのだ。

 とうとうここで、逃れ得ぬ終焉の時が訪れた、ということだろう。


 それでも僕は、決して諦めることなく――


(まだ……まだだ……!)


 自分に残された力を、一片も余さず振り絞り――


(これだけは……言わなきゃ……!)


 心の奥底に押し込めていた、己の偽らざる想いを――


(例えどこにも届かなくても、言っておかなきゃいけないんだ……!)


 全身全霊を込めて、力の限り叫んだ。

 どうか彼女に届いてくれ、と魂を焼き焦がすほどに願いながら。



「僕は! ずっと!

 これからもずっと、君の側にいたかった!

 いたかったよ、アキラちゃん!」



 ただしその最後の抵抗をきっかけに、僕の意識は外界と完全に隔絶される。

 決して抜け出すことのできぬ、果て無き闇に包み込まれていったのだ。


 ゆえに僕は、自らが発した最後の願いと共に、そのまま――


(アキ……ラ……ちゃん……)



 二度とは帰れぬ場所へ、独り旅立っていった……








 以上をもちまして、『久保擁介・志藤明編』の完結となります。

 次回からは、この閉塞した状況に希望を見出す、『橘幹也・栗原真希編』を開始いたします。

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