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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-04 『Sacrifice』
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Section-10

更新履歴 21/9/25 文章のレイアウト変更・表現の修正


「やあ、お帰り。みんなご苦労様」



 たっぷりの白々しさで満ちた、その倉田先生の呼びかけを聞きながら、私はゆっくりと覚醒した。

 それから続けて、異様に静まり返った心持ちで、頭部に装着したヘッドセットを取り外す。

 そしてクラスメイト達『全員』が、無事に帰還しているのを確認した後、声の方へと視線を向けた。


 すると倉田先生は、それに間を置かず応じて、やはり人を食ったような態度で話を続ける。


「これで無事、今回の作戦は完了だ。

 まあ撤退したせいで、また少しだけ戦線が後退してしまったけど。

 でも総合的に見れば、結果は悪くなかったと言えるだろうね。

 うん、合格合格」


 難しいテストを、それなりの及第点で突破した生徒達に、軽く賛辞を送っている――何となく、そんな印象の喋り方だ。

 実際彼の方は、そういうつもりなのだろう。


 しかし当然その言葉は、苦労して帰ってきた皆の神経を、激しく逆撫でするものだった。

 ゆえに次いで、それにより苛立ったらしい斉川君が、すかさず皮肉交じりの答えを返す。


「そりゃどうも。

 あんだけのピンチに陥っておいて合格だなんて、ずいぶんとまあ甘いテストだと思いますが。

 ああそうか、元々テスト自体が無茶苦茶だから、採点基準もいい加減なんですね」


 それでも倉田先生は、平然とその刺々しい言動を受け流した。


「いやいや、だって事実だろう?

 今回は母艦が撃墜され、全滅していてもおかしくない状況だった。

 それをこうして、無事に切り抜けられたんだ。

 これはやっぱり、十分に満足すべき結果だと思うよ」


 その返答には、場に集った誰もが呆れ果てる。

 先生の話に対し、他人事みたく気楽に言うな、と揃って強い反感を持ったのだ。

 まあ仮にそういう指摘をしたとしても、あちらの心に響かないのは明らかだが。


 だからかこの場に、あえて反論する者はなく、そのまま会話は停滞した。

 結果この不毛なやり取りにも、あっさりと終止符が打たれた……かに思えたのだが。


 しかし突如、橘君がそこに介入し、倉田先生にひとつの質問を放ったことで――


「……具体的に、どうやってだ?」


 急転直下、事態は新たな局面を迎える。


「俺達は今の戦いの最後、とんでもない窮地に陥っていた。

 そしてそれを見事に脱し、こうして帰還を果たしている。


 でもなぜか、そのピンチをどうやって切り抜けたのかは覚えていない。

 そこの記憶だけ、器用に忘れてしまったみたいにな。

 これは……どういうことなんだ?」


 その発言を聞いて、皆の顔が固く強張った。

 それが何を意味するのか、瞬時に把握したからだろう。


 ちなみにその橘君の推測に、最も激しい反応を示したのは斉川君である。

 彼は独り、愕然としたような呟きを発した後――


「まさか……」


 すかさず倉田先生に詰め寄り、その詳細を問い質し始めたのだ。


「まさか、また犠牲者が出たのか?

 そしてお前が何かしたせいで、今の俺達はそれを忘れてるのか?

 どうなんだ、答えろ!」


 それに先生は、一瞬だけ面倒そうな表情を浮かべたのだが。

 しかしすぐ飄々とした様子に戻ると、口調とは裏腹の物騒な事実を告げる。


「いやあ、あれは実に見事だった。

 自分の命だけを犠牲に、残り全ての味方を生かしたんだからね。

 称賛すべき献身と言えるよ」


 要は犠牲者が出たことを、暗に肯定したわけだ。

 どうやら橘君の考えは、正確に的を射ていたらしい。


 そう悲しい現実を認識したことと、それを伝える相手の不真面目さによって、ついに怒りが沸点を超えたのだろう。

 斉川君は次いで、急に倉田先生の襟首を掴むと、鬼神のごとき形相で罵声を浴びせかけた。


「ふざけるな! 死人出しといて何言ってやがる!

 それのどこが満足いく結果なんだよ!」


 しかし倉田先生の態度は、やはり揺らがない。

 むしろ当然のように、『指揮官』としての評価を下すのみなのだ。


「いやいやだって、最小のコストで最大のリターンを得たんだよ?

 素晴らしい働きぶりじゃないか。君もそう思うだろう?」


 その瞬間斉川君は、倉田先生を捕まえたまま、拳を固く握って振り上げる。

 そして皆の総意を代弁するかのような、熱い咆哮と共に――


「思うわけ……」


 掲げたそいつを、倉田先生の顔面に力一杯叩きつけた。


「ないだろうがっ!」


 そこで放たれた斉川君渾身のパンチは、ものの見事に先生の眉間へ直撃し、その頭部を勢い良く後方へ吹き飛ばす。

 固い物がぶつかり合った時特有の、重く鈍い音を響かせながら。

 今までの鬱憤を晴らすかのような、強烈極まりない一撃である。


 だが倉田先生は、その衝撃に押されて数歩後退しながらも、すぐ体勢を立て直し抗議をしてきた。

 いつものようにのんびりと、まるで何事も無かったかのように。


「ひどいなあ……僕は事実を言っただけなのに。

 暴力はいけないよ、暴力は。

 先生そんな風に、みんなを教えてきたつもりないんだけど」


 おそらく殴られたところで、彼には何の痛みも不都合も無いからだろう。

 その余裕たっぷりの態度が、それが事実なのだとはっきり証明している。

 ここはゲームの中なのだから、当然と言えば当然のことなわけだが。


 私と同じその結論へ、すぐ斉川君の方も至ったのだろう。

 彼は倉田先生の反応に、心底悔しそうな表情を浮かべた後、語気荒くひとつの要求を突きつけた。


「失せろ……ここからいなくなれ! 今すぐに!」


 お前がいると心が乱れるから、もうどこかに消えてくれ、という意味だ。

 きっとそれは、この場にいる全員の一致した意見に違いない。


 倉田先生はそんな斉川君の通告に、やはり相変わらずの、力の抜けた態度で応じる。


「言われなくても、そうするよ。

 いやほら、僕には色々仕事があるからさ。

 大人は忙しい、ということだね」


 そしてその物言いに気色ばんだ斉川君が、再び行動を起こすよりも早く、それを制するように短い別れの挨拶を告げた。


「じゃあ、今回はこの辺で。

 次の戦いの時、また会おう」


 すると再び、場の雰囲気が重く沈滞する。

 先生の言葉のせいで、これからも戦いは続くのだ、ということを思い出したからだろう。

 次は自分がいなくなる番なのでは、と考えているのかもしれない。


 そんな生徒達の様子を、満足げに見届けてから、倉田先生は悠然と立ち去っていく。

 その背中に、思う存分勝ち誇った空気を醸し出しながら。

 全ては目論見通り、とでも言いたげな態度である。


 勝者だけが可能とする、その不遜にして傲慢な後ろ姿を、はっきりと見せつけられた結果――


「くそっ……!」


 後に残された私達の間には、不安と怯えのみが充満する、重苦しい空気が漂い始めた。

 そこに響く音と言えば、斉川君が漏らす、悔しさのこもった呟きくらいだ。

 当然、この雰囲気を振り払おうとする者など、もうどこにも見当たらない。


 となれば本来なら、ここは指揮官役である、私が何とかしなくてはならないところ……なのだが。


(……)


 しかし私の心には、なぜだか何の感情も浮かんではいなかった。

 弄ばれたことへの怒りも、悔しさから奮起する気持ちも、全く芽生えてこないのだ。


 代わりにあるのは、ひどく巨大な喪失感のみ。

 すごく大切なものが、自分の手の届かない場所へ行ってしまった気がする、という虚ろな感覚に支配されていたのである。

 全身を隅々まで、指一本動かせなくなるほどに深く深く。


 私がそうして、魂を抜かれたようになってしまった原因、それはきっと――


(……犠牲者、か)


 先ほど話題に上った、新しい犠牲者というのが、私にとって重要な相手だったからなのだろう。

 そんな人を私は、あの闇深き星の海のただ中へ、独り置き去りにしてきてしまったのだ。

 手放すことにより、自身が脱け殻も同然の状態となるほど、失いたくなかったはずなのに。


 それでその喪失がもたらす、気も狂わんばかりの苦しみから逃れようと、こうして心を閉ざしたのだろう。

 耐え難い悲しみから逃れたくて、感情そのものを一時的に消し去ったわけである。

 これも正気を保つための、一種の自己防衛本能の発露、というところか。

 

 だから私は、自分の役割を理解していながらも、それを無責任に放棄した。

 重く沈んだ精神の命じるまま、物言わぬ人形にでも成り果てたかのように、ただひたすら沈黙を続けたのだ。

 周りがどうなろうと、一切構うことなく。


 そしてそのまま、生ける屍さながらに、心の動きを残らず停止する。

 さらに自分を取り巻く、無情にして残酷な現実の数々、それらの全てを否定するかのように――


(もう何もかも、どうだっていい……)



 そっと静かに、目を閉じた……








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