Section-5
更新履歴 21/9/25 文章のレイアウト変更・表現の修正
(う……くっ、うううっ!)
全身に生じる、胃を百八十度捻られているかのような、気持ちの悪い浮遊感。
なぜだか理由もなく、周囲の暗闇に吸い込まれそうだ、という怯えをもたらす不安感。
そして何の支えも無いのに、どこへも落ちていかないことに対する、猛烈な違和感……
跳躍と同時に襲ってきた、そんな幾つもの不快な感覚――私はそれに神経を責め苛まれながらも、ひたすら前を目指していく。
自分の遥か先を進む、大切な人の背中を追いかけて。
するとしばらく、その忍耐を続けたところで――
(……あれ? 少し……大丈夫になってきた?)
押し寄せる数々の不快感が、時間の経過と共にゆっくり減少し、間もなく完全に消失した。
要はあれだけ乱れていた感情が、ほぼいつも通り、という状態に戻ったのである。
それは例えるならば、『バンジージャンプが最初はすごく怖かったのに、何度も繰り返す内に慣れて平気になった』みたいな感覚だろうか。
どうやら思ったよりもずっと早く、体がこの異常な環境に馴染んでくれたらしい。
言うなればまあ、案ずるより産むが易し、というところか。
あるいは、喉元過ぎれば熱さ忘れる、と表現すべきかもしれない。
いずれにせよ、やはり人間、慣れれば何とかなるもののようだ。
そう自身の適応能力に自信を持てたおかげか、自然と心に、余裕のようなものが生まれてくる。
これなら集中を乱されることなく、普段通りの戦いができそうである。
そこで早速、今までの出遅れを取り戻すため――
(よし! まずは自分の仕事をしないと!)
私は頭を切り替えて、戦闘の準備に取りかかった。
自身の搭乗機である、E-1コマンダーの専用装備、広域探査用の大型レーダーを起動したのだ。
これは機体背部に装備されている、本体と同じくらい巨大な、太いリング状のフォルムをした高性能探知機である。
見た目としては、背中に背負った大きな指輪、というところだろうか。
ちなみにこの装備が、スペースと出力を大幅に食っているので、他の武装はほとんど搭載できない。
また重量も並外れているため、装甲や機動性にかなりの影響を与えてもいる。
コマンダーの各種機体性能が、他のタイプと比べて著しく低いのは、主にこれのせいなのだ。
ただその代わり、レーダーとしてはたいへんに優秀である。
具体的に言うと、探知できる範囲が極めて広く、戦場全体を網羅可能なまでに達しているのだ。
もし破壊されれば、そもそも指揮が成り立たなくなるくらい重要な装備、と言っていいだろう。
その認識を証明するように、次いでレーダーの起動直後、私の頭の中には――
(見えた……!)
周囲の状況が、立体的な映像として直接脳内に流れ込んできた。
おかげで敵の数や種類、配置や細かな動きに至るまで、ほぼリアルタイムで把握可能だ。
戦場のミニチュアを眺めているよう、と表現すればわかりやすいか。
そうやって瞬時に敵の規模を確認した結果、私は迫り来るそいつらに対して、ちょっと拍子抜けしたような印象を抱く。
(……そんなに多くはない、か)
数がそこそこな上に、種類の方も見慣れた連中ばかりだったから。
要は日頃とあまり変わりがない、至極平凡な敵の集団だったわけだ。
これならいつも通りの方法で、十分に対応できるだろう。
ただし無論、油断はできない。
なぜなら――
(……また、あいつがいるかもしれない)
ステルス性能を有しつつ、長距離砲撃まで可能な例の強敵が、こちらを狙っていてもおかしくないから。
目の前に広がる、この茫漠たる宇宙のどこかに隠れ潜んで。
気を緩めることなど、許されようはずもないのだ。
もちろん今のところ、戦場のどこにも奴の気配は無いのだが。
しかしいつ現れるかわからぬ以上、できれば前回のような窮地へ陥る前に、何らかの策を講じておきたい。
あれへの対処こそが、犠牲を防ぐための鍵となるはずなのだから。
もっとも残念ながら、具体的な対抗策の方は、未だ何ひとつ思いついてはいない。
良いアイデアの代わりに、焦りやら不安やらが、無限に湧き出してくるのみなのだ。
今さらな話だが、世界の違和感の方にかまけて、難敵の対処法を考えておかなかったことが悔やまれる。
しかも、私がそんな後悔をしている内に――
(……! 始まった……!)
不意に前方で、いくつかの小さな光が瞬いた。
距離と方向からしておそらく、先行していたメンバーが敵と接触し、そこに戦端が開かれたのだろう。
当然それを見た私の胸には、拭いがたい大きな不安が芽生えてくる。
(ヨウスケ君……!)
もしそこでの戦いで、彼が撃墜されるようなことがあれば、そのまま二度と会えなくなってしまう。
そういう現実に、息が詰まるほどの恐怖を覚えたからだ。
本心で言えば、すぐにでもそちらへ赴き、直接無事を確かめておきたかった。
しかしそれでも、私は胸の内で暴れ回るその気持ちを、力任せに抑え込む。
(いや、駄目だ……!)
なぜなら戦闘能力の低い私の機体では、側にいたって足手まといになるだけだから。
むしろ彼の邪魔にならぬよう、できる限り離れていた方がいい、というわけだ。
それに私の仕事は、あくまでも部隊の指揮である。
総合的に見れば、そちらの方が彼の助けとなるはずだし、今は己の役割に専念するとしよう。
そう心を定めた私は、すぐに意識を方向転換し――
(迷うな……自分の仕事に集中……!)
躊躇いと迷いを振り払って、今度は自分の後方に位置する、味方の機体へと注意を向ける。
クラスメイト達の現状を確認し、計算できる戦力がどの程度なのか、しっかり把握しておくために。
もちろん皆がまだ、怯えたまま母艦から飛び立てていないのなら、これからの戦いはかなり苦しくなってしまうわけだが……
ただし私のその懸念は、あっさりと杞憂に終わった。
(みんな……決断できたんだ)
残りのクラスメイト達全員が、母艦を離れて、それぞれに前を目指して進む姿が見えたからだ。
幸い、一人として欠けている者はいない。
一応飛び立つタイミングに差があったらしく、陣形が崩れ、縦に細長く延びてしまってはいたのだが。
しかしとりあえずは皆、きちんと戦闘態勢を整えている。
戦意はしっかり取り戻せた、ということだろう。
ゆえにそれを把握した瞬間、私はすかさず声を張って、皆に指示を出した。
「みなさん! 敵の数と編成は、いつもとほぼ変わりありません!
落ち着いて戦えば、必ず勝てるはずです!
ですから焦らず、これまで通りの対応をお願いします!」
するとそれに応じて、すでに戦いを始めていた斉川君から、少々焦った口調で質問が届く。
『志藤! 例の隠れたまま砲撃してくる奴は?
あいつにはどう対応するんだ?』
どうやら彼の方も、あいつを最も警戒すべき相手、と認識しているらしい。
だからこそこうして、最優先で対策を聞いてきたのだろう。
とは言えもちろん、無策な今の私が、すぐその質問に答えることはできない。
しかしだからと言って、何の指示も出さぬまま、というのもまずいので――
(ここは私が、何とかするしかない……!)
私は即座に、この問題を自分の力で解決する覚悟を決め、はっきりとその意志を宣言した。
今も戦闘中の斉川君に、意見を求めるのが不可能な以上、それ以外に選択肢は無いのである。
「こちらで探して、対策を考えます!
今は目の前の敵に集中を!」
斉川君は迷わずそれに応じた後、その言葉通り、すぐさま戦闘に戻っていく。
『わかった! 任せる!』
どうやら彼も、すっかりいつものペースを取り戻してくれたようだ。
敵を前にしたことで、色々と踏ん切りがついたのかもしれない。
またちょうど、その会話が終わった辺りで、後発のクラスメイト達も敵と接触した。
ようやく相手集団と五分で戦える状態になった、というわけである。
これで先行したメンバーの負担も、少しは減るはずだ。
ただし、そうして合流は果たせたものの――
(やっぱり、動きが悪い……)
戦況の方は、どうにも芳しくない。
原因は当然、今まで通りに戦えているメンバーが少ないから。
全体の半分ほどが、完全に怯え縮こまった戦い方をしているのだ。
一連の事態に対する動揺が、未だに抜けきっていないのだろう。
これだと無論、敵の数が多くないとは言え、戦いの見通しはかなり悪い。
可及的速やかに、何らかの対処を施さねばならないわけである。
そこで私は、瞬時に対応策をひねり出し、それを急ぎ全員に伝達する。
「総員に通達! いったん陣形を変更します!
まず正面は、久保君と斉川君で迎撃!
橘君と美山さんは、その側面から敵を攻撃してください!
それから春日井さんは、正面の二人の護衛を!
栗原さん、朝倉さん、柳井君の三人は、後方から前衛の援護をお願いします!」
すると即座に、応答が返ってきたのだが――
『『了解!』』
『『り……了解!』』
その半分は迷いのないもので、残りの半分は戸惑いに満ちたものだった。
やはり先の見立て通り、十全に戦えているメンバーは多くないらしい。
とは言え指示の方は、遅延なく皆に浸透していく。
それにより陣形が整ったおかげで、戦況の方はとりあえず安定してきた。
一応の格好はついた、というところだろうか。
もちろんこの布陣には、各員の強みが少し潰れてしまう、という欠点もあるのだが。
しかし仮にそうだとしても、犠牲を出すわけにいかぬ以上、現状では安全性を重視するしかない。
頼るようで申し訳ないが、ここは戦えている面々の奮闘に期待するとしよう。
そう指揮に一段落つけた私は、いったん戦場から意識を逸らし、集中して思索に耽り始める。
次の課題である、あのステルス機への対処法を、どうにか知恵を絞ってひねり出すために。
(何か……何か手は……!)
そこで最初に取りかかったのは、現在までに得られた奴の情報を、ひとつひとつ思い返していくこと。
自分の記憶をたどって、その行動を詳細に確認していったのだ。
(ええと……あいつは確か……)
まず現状で、あの機体について判明していることは、大きく分けて二点。
ひとつは、あれが非常に高いステルス性能を有しており、位置を特定するのがたいへん困難だということ。
そしてもうひとつは、極めて正確無比な一撃必殺の砲撃を、探知の難しい長距離から仕掛けてくることである。
つまりは、いつどこから攻撃してくるかさっぱりわからない上、それを一発でも食らったらアウト……というわけだ。
改めて確認してみると、ますますその恐ろしさが身に染みてくる。
ただ弱点として、動き回る敵には対処しづらい、という事がわかっていた。
また最後尾の敵を自動的に狙う、なんて性質もあるようだ。
高性能だが付け入る隙は多い相手、とも言えるだろう。
しかしそうして奴に関する情報を、漏れのないよう丁寧に掘り起こしていっても――
(うーん……駄目、思いつかない)
やはり対策に繋がるような、致命的な急所は見えてこない。
結局は前回の戦いを、ただ復習するだけになってしまったのである。
それゆえ胸の内の焦りも、どんどん強まっていくのみだ。
ゆえに私は、いったん思い切って、考え方そのものを大きく転換してみる。
(もしあれを自分が指揮するとしたら、配慮することはいったい何?)
自分が実際に、あのステルス砲撃機の指揮官になったと想定し、その状態で運用面の欠点を探ってみようと考えたのだ。
相手の立場に立ってみれば、何か別の発見があるかもしれない、と思いついたから。
そしてその新たな方針に従い、再び集中力を高めて考えを巡らし――
(ポイントは、ステルス性能と高い火力。
それを実戦で運用した際、引き起こされる問題は……)
他のクラスメイト達が、激しい死闘を繰り広げるその後方で、飽きるほどそれを続けた挙げ句に――
(……もしかしたら)
ようやくそこで、起死回生の突破口となり得る、ひとつの重要な発想にたどり着いた。
(味方を誤射すること……とか?)




