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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-04 『Sacrifice』
40/173

Section-4

更新履歴 21/9/22 文章のレイアウト変更・表現の修正


 倉田先生との対決を終え、教室から飛び出したその後、私はいつものレクリエーションルームに向かった。


 先行している皆を追い、ヨウスケ君と共に大急ぎで。


 今は眼前の脅威への対処に集中しよう、と余計な事を考えそうになる己を律しながら。



 結果として間もなく、目的地に到達することはできたものの――


「志藤! 久保! 遅いぞ!」


 直後、すでに準備万端という様子の斉川君に、ひどく荒い口調で叱責されてしまう。

 そのらしくない振る舞いからして、どうやら彼、ずいぶんと気が立っているらしい。


 まあ先ほどあった、倉田先生とのやり取りを考えれば、それも無理からぬ反応だろう。

 おそらくは彼、荒れる感情の落とし所が、未だにきちんと見つかっていないのだ。


 ゆえに私は、一言斉川君に謝ってから――


「ごめんなさい!

 すぐ追いかけますから、先に行っててください!」


 素早く自分のシートへ駆け寄り、飛びつくようにそこへ腰かけた。

 もちろん隣にいたヨウスケ君も、すぐさまその後に続く。


 斉川君はそれを見届けてから、乱暴な手つきで、素早く自身のヘッドセットを装着……しようとしていたのだが。


「なあ……」


 そこで突然、迷わず動く私達へ向け、小さく弱々しい呼びかけが発せられた。

 そのどこか不安げな声の主は、同じく自身のシートへ座り、うつむきがちにヘッドセットを眺めていた柳井君だ。

 

 彼はその体勢のまま、何とも今さらな、しかし私達にとって最重要な問題を突きつけてくる。


「今さらな話、なんだけどさ。

 これやっぱり、向こうで撃墜されたら……本当に死ぬんだよな?」


 その質問をきっかけに、部屋の中に重く気まずい沈黙が漂い始めた。

 誰もが彼の質問に、うまく答えを返すことができなかったせいだ。


 原因はきっと、柳井君の告げた現実から、みんな無意識の内に目を逸らしていたせいだろう。

 それを改めて提示されたので、思わず動揺し黙り込んでしまったわけだ。

 もちろん私だって、事情はほとんど同じだが。


 しかしそんな中でも、ただ一人、斉川君だけは違った。

 彼はすぐさま、柳井君の弱気な発言を、かなりきつい口調で退けたのである。


「……本当に今さらだな、柳井。

 それはさっき、さんざん確認したはずのことだろう。

 あの男だって肯定したんだし、もう間違いはない」


 柳井君はその厳しい対応に、少なからず気圧されつつも、諦めきれぬ様子で食い下がっていく。


「それは、そうなんだけどよ……なんかまだ、信じられないっていうか……

 むしろその、信じたくないっていうか……」


 だが斉川君は、一切動じることなく、やはり強い言葉でその迷いを切り捨てた。


「それでも、どっちにしたってやることは同じだ。

 これが全て現実なら、逃げずに戦う必要がある。

 やっぱりゲームだっていうんなら、前みたく気楽に遊べばいい。

 ただ、それだけのことだろ?

 それともお前は、ここに一人で残りたいとか、そういう事を言い出すのか?」


 その怒気すら漂う彼の態度に屈したのか、反論する柳井君の声からは、徐々に力が失われていく。


「そういうわけじゃ……ないけどさ……」


 それを聞いた斉川君は、話は終わりとばかりに、冷たく議論を打ち切った。


「なら早く始めよう。時間が惜しい」


 そして自身のヘッドセットを装着し、即座にそれを起動させる。

 しかも全くと言っていいほど、行動にためらいを見せぬままでだ。

 倉田先生への対抗心と、これが最良の選択だという使命感――その両方から、強い力を与えられているかのように。


 そんな斉川君を見て、他のみんなも、ややためらいがちに彼の後へ続いた。

 総じて顔に、不安とも焦燥とも、そして恐怖とも取れる感情を浮かべながら。

 それでも手を止めないのは、きっと今の斉川君の言葉を、否定できぬ真実と認識しているからだろう。


 その様子を目にした柳井君は、ほんのわずかに悩む素振りを見せた後、のろのろとヘッドセットを着けてゲームを開始する。

 ひどく渋いその表情からして、他に選択肢が無いのでやむを得ず、みたいな雰囲気である。


 そうしたやり取りを経て、最終的に私とヨウスケ君以外の全員が、揃ってゲームにログイン済みの状態となった。

 もうみんな、一足先に向こうの宇宙へと到達しているはずだ。

 ならすぐに自分も続かねば、と私は胸に残る怯えを抑え込みつつ、慌てて自らのヘッドセットを持ち上げる。


 だがそこで唐突に、すでに準備を完了させていたヨウスケ君が、ひどく神妙な口調で声をかけてきた。


「アキラちゃん」


 私はその呼びかけに対し、いったん作業の手を止めて返事をする。

 内心の強い焦りのせいで、ほんの少しだけ早口になりながら。


「ヨウスケ君? 何?」


 彼はそんな私に、突如自身の決意を恥ずかしげもなく宣言してきた。

 先の教室で見せたのと同じ、なぜだか覇気に満ち溢れた顔つきで。


「絶対みんなで、ここに戻って来よう。

 大丈夫、アキラちゃんのことは、僕が必ず守るから」


 その懐かしい思い出の中と、寸分違わぬまっすぐさで告げられた、ヨウスケ君の熱いメッセージ――それがあまりに照れ臭くて、私は思い切り赤面する。

 胸も激しく高鳴っているし、これではもう、普通に喋ることすらままならない。


 ただもちろん、そうやって気持ちを贈られたからには、答えず黙ったままというのも失礼である。

 なので私は、必死に自分を制御して、何とか短いお礼の言葉を絞り出した。


「う……うん。ありがとう……」


 ヨウスケ君はそれを聞いて、大いに満足した、という風の笑みを浮かべる。

 そして直後、迷わず自分のヘッドセットを被ると、ゲームを開始した。


 そのいつかと同じあっさりした態度を見るに、やはり今もまた、愛の告白まがいのことをした……という自覚は無いようだ。

 あれだけはっきり、『君は特別な存在だ』と伝えておきながらである。


 そんな相変わらずな彼の行動に、私は深く動揺しつつも、軽くため息を漏らす。

 鈍いのか天然なのかはわからないが、さすがにこんな状況で振り回さないで欲しい、と少しだけ呆れたのだ。


 とは言え無論、そんな事で戦いに遅れるわけにはいかない。

 そこですぐ気持ちを立て直すと、改めてヘッドセットを装着し、即座に起動させた。


 するといつものように、視界が完全にブラックアウトする。

 そしてしばらくした後、眼前に毎度お馴染みの、無骨な母艦の格納庫が現れた。

 どうやら何事もなく、『ムーン・セイヴァーズ』にログインできたらしい。


 もっとも、本来であれば――


(全部、逆なんだけどね……)


 ここまでの私の行動は、『学校生活というゲームからログアウトした』と表現するのが正しい。

 この戦いに満ちた宇宙こそが、本来私達が住んでいるべき世界なのだから。

 その現実は、きちんと直視しなければならない。


 しかしもちろん、それをすぐさま受け入れる、というのも難しい。

 その認識が真実だという実感を、未だにひと欠片も持てていないから。

 まあ人間の常識なんて、そうそう簡単に変わるものではないし、これはやむを得ない部分と言えよう。


 そんな思考を巡らしつつ、私は早速、先行した皆に続いて移動を開始する。

 すでに開放されていた、格納庫のハッチへと向かったのだ。

 心の中で独り、犠牲はもう絶対に出さないぞ、という強い決意を固めながら。


 だがその直後、ハッチを通り抜けて、艦の外へ出たところで――


「なっ……きゃあああ!」


 私は突然、強い恐怖を感じ、大きな悲鳴を上げてしまった。

 胸に定めた熱い思いとは裏腹に、はっきりと怖じ気づいてしまったのだ。

 全身が凍りつき、容易には動かせなくなってしまうほどに。


 そんな何とも不甲斐ない状態へ、私が陥ってしまった理由は――


(何、これ……落ちる!)


 なぜだか唐突に、自分がどこかへ落下していくかのような、出所不明の錯覚に襲われたから。

 ここは宇宙空間で、無重力だからその心配は不要、とわかっているにも関わらずだ。

 もちろん、今までに経験したことの無い異常事態である。


 ゆえに私は、慌てて機体を反転させ、とっさに母艦の外壁へしがみつく。

 高波で流されそうになった人間が、近くの堤防へ掴まる時のように。

 おかげで多少なりとも、気持ちの方は落ち着いてきた。


 だがそれでも、相変わらず例の異様な感覚の方は消えてくれない。

 眼前に満ちる、果ての無い暗闇の中へ、自分はこのまま体ごと吸い込まれていくのではないか。

 そういう猛烈な不安が、どう頑張っても拭い去れぬのだ。


 それは例えるならば、『手元しか見えない暗闇の中で、目も眩むほど高いビルの外壁に張り付き、そこからじっと下を覗き込んでいるような気分』……というところだろうか。

 何とも不可解な状態、と言うより他はなかった。


 またその異常に見舞われたのは、私だけでなかったらしい。

 次いで周り中そこかしこから、クラスメイト達の上げた声が届く。


『う……わわわっ! お、落ちる落ちるっ!』

『ちょっ……なんだよこれ!

 急に、なんか変な感覚が……』

『くそっ……こんな、怖じ気づいてる場合じゃないってのに!』


 それらは全て、慌てふためく様子が目に浮かぶような、ひどく動揺した口調であった。

 どうやら全員、私と同じような錯覚に襲われ、強いパニックに陥っているらしい。


 その証拠に、母艦の外壁のあちこちには、そこへピタリと張り付くクラスメイト達の機体が見える。

 みんながみんな、この漆黒の宇宙に対し、動けなくなるほどの恐怖を抱き始めてしまったようなのだ。


 無論その原因は、今のところひとつしか考えられない。


(もしかして……『順化調整』とか言うのが解除されたから?)


 倉田先生が言及していた、私達を洗脳するための謎の技術、あれが解除されたからだろう。

 きっとその『順化調整』には、ゲームこそが現実だと気づかれないよう、『恐怖』という感情を鈍らせる効果があったのだ。

 それが途切れたから、今はこうして混乱が起きているに違いない。


 もっとも、それがわかったところで、現状あまり意味は無い。

 心が恐怖に囚われているせいで、勇気を出して動き出そう、という気持ちがさっぱり湧いてこないから。

 そんなの自殺行為みたいなものだ、とさえ思ってしまうのである。


 ゆえに私は、そのままずっと、必死で母艦の外壁にしがみつき続けた。

 自分に残された、唯一の寄る辺を手放すことのないように。


 だが当然、そんな甘えた行いが、いつまでも許されるはずはなく――


(……! レーダーに敵が!)


 私達が謎の感覚に怯え、無様な姿を晒している間にも、敵機は続々と戦場に到来してくる。

 無数の赤い点が、眼前のレーダーに映し出されていったのである。

 こちらがどんな状況であれ、向こうは待ってなどくれないわけだ。


 となれば自然、遠からず戦闘が開始され、そのまま私達は全滅することになるはずだ。

 今のところ誰一人、普通には動けぬ状態なのだから、それが当然の結末だろう。

 要はすぐにでも、何か有効な手を打たなければならぬ状況なのである。

 

 そこで私は、その最悪の事態を防ぐため、慌てて皆に己が推測を伝達――


「みなさん、聞いてください!

 おそらくこの奇妙な感覚は、『順化調整』と言うのが解けたせいです!

 それでこんな風に、強くリアリティを感じ、恐怖が湧いてきているのだと思います!」


 それに続けて、今後についての指示も飛ばす。


「でもそれ以外は、何も変わっていません! 

 ちゃんと機体は動くし、どこかに落ちたりもしない!

 いつも通りの、戦いができるはずなんです!

 だから、いったん冷静になってください!」


 しかし、それに対する皆の反応は――


『そんな事、言われても……』

『そ……そう簡単にはいかないって!』

『無理だよ……』


 総じて、否定的なものであった。

 ある者は自信無さげに、ある者は抗議の意志をにじませて、各々弱気な答えを返すのみなのだ。


 ただ諸々の事情を鑑みれば、それは無理もない反応である。

 仮に理屈がわかったとしても、そこに心がついていくかどうかは、全くの別問題なのだから。

 すぐ今まで通りにやれというのは、かなり無茶な要求だろう。


 だいたい私だって、今はまだ、みっともなく母艦の外壁にくっついたままなのだ。

 それで他人には落ち着けだなんて、説得力が皆無なこと甚だしい。

 言行不一致が激しすぎだし、受け入れてもらえなくて当然である。


 しかしだからと言って、このまま何もしなければ、その先に待つのは全滅のみ。

 どうにか工夫して、この窮地を脱しなければならぬのだ。

 何か、何かいい方法はないものだろうか……


 そんな風に私は、身の内の恐怖と戦いながら、必死に打開策を練っていたのだが。

 そこへ不意に、やたらと冷静なヨウスケ君の声が届く。


『……アキラちゃん。

 それってつまり、今のこれは全部錯覚で、実際はいつも通りに動けるってこと?』


 同じく外壁に張り付いていた彼が、どこか念押しするように、先ほどの私の推測について問いかけてきたのだ。

 ずいぶんとまた、落ち着いた振る舞いである。


 私はそれに、急ぎ肯定の答えを返した。

 行動が伴っていないのはともかくとして、理論の方には十分な自信があったから。


「う……うん。間違いない、と思う」


 すると彼は、その返事を聞いた直後、急に私への信頼を宣言する。


『そっか。アキラちゃんがそう言うんなら、間違いないね』


 たいへんまっすぐ、無邪気と言えるくらいの素直な言葉で。

 さらに次いで、当然のようにその称賛によって照れまくる、私を尻目に――


(……え?)


 ほぼ躊躇なく外壁から手を放して、機体のスラスターを起動した。

 そしてそのまま宇宙空間に飛び出し、迫り来る敵軍へ向け突き進んでいく。

 要は誰よりも早く、勇を奮って立ち上がり、命懸けの戦いに赴いたわけだ。


 また同時に、たいへん彼らしい言葉で、私に代わって全員へ指示を出した。


『今はとりあえず、僕が敵を牽制しておくから!

 みんなは十分に落ち着いた後、ゆっくりと来てくれ!』


 私はそんなヨウスケ君の、迷い無き後ろ姿を見送りながら――


(どうして、あんなに……?)


 なぜ彼は、ああも果敢に動くことができるのだろう。

 今の私達が晒されているのは、完全に未体験の異様な状況だと言うのに。

 そうヨウスケ君の思い切りの良さに対し、若干の疑問を抱いてしまう。

 いったい何を拠り所として、身の内の恐怖に打ち勝ったのか、それが不思議でならなかったのである。


 もっともそうして、独り首を傾げる私の眼前で――


『……一人じゃ、無理だろうがよ』


 さらに一機、白く光り輝く航跡を残し、母艦の外壁から誰かが飛び立った。

 それは橘君の機体、A-2グラディエーターだ。

 彼もまたヨウスケ君に続いて、内なる怯えをねじ伏せ、戦いへと赴いたらしい。


 またそれに呼応するように、彼に置いていかれることこそが何より怖い、とでも言うかのように――


『ま……待ってよ、ミッキー!』


 慌てた様子の栗原さんが、即座に橘君の後へ続く。

 そんな動機ですぐ踏ん切りがついてしまう辺り、いかにも彼女らしいという印象だ。


 そしてそんな二人の行動に触発されたのか、それからほんのわずかな時を置いたところで――


『偉そうなこと言っておいて……

 いつまでも、こんな事してるわけにはいかないか……!』

『大丈夫、大丈夫……行ける、行ける!』


 さらに斉川君と美山さんが、そう自分に言い聞かせながら、ほぼ同時に宇宙へ飛び立った。

 意地やら気迫やらの、強い気持ちを声音に滲ませながら。


 結果として、それを見た私の心に、自然と安堵のような感情が湧いてくる。


(……大丈夫、なのかな?)


 たぶん己の理論が目の前で実証され、不安が取り除かれたからだろう。

 『コロンブスの卵』とは、こういう時に使う格言なのかもしれない。

 そのきっかけである、皆の先陣を切ってくれたヨウスケ君には、もはや感謝しかなかった。


 ならばとそこで、私も発奮し、己を激しく叱咤する。


(できる……私にもできる……!)


 『みんなは頑張っているのに、自分だけがここに留まってはいられない』と、無理やり気持ちを前向きにしたのだ。

 そしてそのまま後、文字通り決死の覚悟を決めて――


(……えい!)



 力の限り跳躍し、果ての無い虚空に身を委ねた――








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