Section-4
更新履歴 21/9/22 文章のレイアウト変更・表現の修正
倉田先生との対決を終え、教室から飛び出したその後、私はいつものレクリエーションルームに向かった。
先行している皆を追い、ヨウスケ君と共に大急ぎで。
今は眼前の脅威への対処に集中しよう、と余計な事を考えそうになる己を律しながら。
結果として間もなく、目的地に到達することはできたものの――
「志藤! 久保! 遅いぞ!」
直後、すでに準備万端という様子の斉川君に、ひどく荒い口調で叱責されてしまう。
そのらしくない振る舞いからして、どうやら彼、ずいぶんと気が立っているらしい。
まあ先ほどあった、倉田先生とのやり取りを考えれば、それも無理からぬ反応だろう。
おそらくは彼、荒れる感情の落とし所が、未だにきちんと見つかっていないのだ。
ゆえに私は、一言斉川君に謝ってから――
「ごめんなさい!
すぐ追いかけますから、先に行っててください!」
素早く自分のシートへ駆け寄り、飛びつくようにそこへ腰かけた。
もちろん隣にいたヨウスケ君も、すぐさまその後に続く。
斉川君はそれを見届けてから、乱暴な手つきで、素早く自身のヘッドセットを装着……しようとしていたのだが。
「なあ……」
そこで突然、迷わず動く私達へ向け、小さく弱々しい呼びかけが発せられた。
そのどこか不安げな声の主は、同じく自身のシートへ座り、うつむきがちにヘッドセットを眺めていた柳井君だ。
彼はその体勢のまま、何とも今さらな、しかし私達にとって最重要な問題を突きつけてくる。
「今さらな話、なんだけどさ。
これやっぱり、向こうで撃墜されたら……本当に死ぬんだよな?」
その質問をきっかけに、部屋の中に重く気まずい沈黙が漂い始めた。
誰もが彼の質問に、うまく答えを返すことができなかったせいだ。
原因はきっと、柳井君の告げた現実から、みんな無意識の内に目を逸らしていたせいだろう。
それを改めて提示されたので、思わず動揺し黙り込んでしまったわけだ。
もちろん私だって、事情はほとんど同じだが。
しかしそんな中でも、ただ一人、斉川君だけは違った。
彼はすぐさま、柳井君の弱気な発言を、かなりきつい口調で退けたのである。
「……本当に今さらだな、柳井。
それはさっき、さんざん確認したはずのことだろう。
あの男だって肯定したんだし、もう間違いはない」
柳井君はその厳しい対応に、少なからず気圧されつつも、諦めきれぬ様子で食い下がっていく。
「それは、そうなんだけどよ……なんかまだ、信じられないっていうか……
むしろその、信じたくないっていうか……」
だが斉川君は、一切動じることなく、やはり強い言葉でその迷いを切り捨てた。
「それでも、どっちにしたってやることは同じだ。
これが全て現実なら、逃げずに戦う必要がある。
やっぱりゲームだっていうんなら、前みたく気楽に遊べばいい。
ただ、それだけのことだろ?
それともお前は、ここに一人で残りたいとか、そういう事を言い出すのか?」
その怒気すら漂う彼の態度に屈したのか、反論する柳井君の声からは、徐々に力が失われていく。
「そういうわけじゃ……ないけどさ……」
それを聞いた斉川君は、話は終わりとばかりに、冷たく議論を打ち切った。
「なら早く始めよう。時間が惜しい」
そして自身のヘッドセットを装着し、即座にそれを起動させる。
しかも全くと言っていいほど、行動にためらいを見せぬままでだ。
倉田先生への対抗心と、これが最良の選択だという使命感――その両方から、強い力を与えられているかのように。
そんな斉川君を見て、他のみんなも、ややためらいがちに彼の後へ続いた。
総じて顔に、不安とも焦燥とも、そして恐怖とも取れる感情を浮かべながら。
それでも手を止めないのは、きっと今の斉川君の言葉を、否定できぬ真実と認識しているからだろう。
その様子を目にした柳井君は、ほんのわずかに悩む素振りを見せた後、のろのろとヘッドセットを着けてゲームを開始する。
ひどく渋いその表情からして、他に選択肢が無いのでやむを得ず、みたいな雰囲気である。
そうしたやり取りを経て、最終的に私とヨウスケ君以外の全員が、揃ってゲームにログイン済みの状態となった。
もうみんな、一足先に向こうの宇宙へと到達しているはずだ。
ならすぐに自分も続かねば、と私は胸に残る怯えを抑え込みつつ、慌てて自らのヘッドセットを持ち上げる。
だがそこで唐突に、すでに準備を完了させていたヨウスケ君が、ひどく神妙な口調で声をかけてきた。
「アキラちゃん」
私はその呼びかけに対し、いったん作業の手を止めて返事をする。
内心の強い焦りのせいで、ほんの少しだけ早口になりながら。
「ヨウスケ君? 何?」
彼はそんな私に、突如自身の決意を恥ずかしげもなく宣言してきた。
先の教室で見せたのと同じ、なぜだか覇気に満ち溢れた顔つきで。
「絶対みんなで、ここに戻って来よう。
大丈夫、アキラちゃんのことは、僕が必ず守るから」
その懐かしい思い出の中と、寸分違わぬまっすぐさで告げられた、ヨウスケ君の熱いメッセージ――それがあまりに照れ臭くて、私は思い切り赤面する。
胸も激しく高鳴っているし、これではもう、普通に喋ることすらままならない。
ただもちろん、そうやって気持ちを贈られたからには、答えず黙ったままというのも失礼である。
なので私は、必死に自分を制御して、何とか短いお礼の言葉を絞り出した。
「う……うん。ありがとう……」
ヨウスケ君はそれを聞いて、大いに満足した、という風の笑みを浮かべる。
そして直後、迷わず自分のヘッドセットを被ると、ゲームを開始した。
そのいつかと同じあっさりした態度を見るに、やはり今もまた、愛の告白まがいのことをした……という自覚は無いようだ。
あれだけはっきり、『君は特別な存在だ』と伝えておきながらである。
そんな相変わらずな彼の行動に、私は深く動揺しつつも、軽くため息を漏らす。
鈍いのか天然なのかはわからないが、さすがにこんな状況で振り回さないで欲しい、と少しだけ呆れたのだ。
とは言え無論、そんな事で戦いに遅れるわけにはいかない。
そこですぐ気持ちを立て直すと、改めてヘッドセットを装着し、即座に起動させた。
するといつものように、視界が完全にブラックアウトする。
そしてしばらくした後、眼前に毎度お馴染みの、無骨な母艦の格納庫が現れた。
どうやら何事もなく、『ムーン・セイヴァーズ』にログインできたらしい。
もっとも、本来であれば――
(全部、逆なんだけどね……)
ここまでの私の行動は、『学校生活というゲームからログアウトした』と表現するのが正しい。
この戦いに満ちた宇宙こそが、本来私達が住んでいるべき世界なのだから。
その現実は、きちんと直視しなければならない。
しかしもちろん、それをすぐさま受け入れる、というのも難しい。
その認識が真実だという実感を、未だにひと欠片も持てていないから。
まあ人間の常識なんて、そうそう簡単に変わるものではないし、これはやむを得ない部分と言えよう。
そんな思考を巡らしつつ、私は早速、先行した皆に続いて移動を開始する。
すでに開放されていた、格納庫のハッチへと向かったのだ。
心の中で独り、犠牲はもう絶対に出さないぞ、という強い決意を固めながら。
だがその直後、ハッチを通り抜けて、艦の外へ出たところで――
「なっ……きゃあああ!」
私は突然、強い恐怖を感じ、大きな悲鳴を上げてしまった。
胸に定めた熱い思いとは裏腹に、はっきりと怖じ気づいてしまったのだ。
全身が凍りつき、容易には動かせなくなってしまうほどに。
そんな何とも不甲斐ない状態へ、私が陥ってしまった理由は――
(何、これ……落ちる!)
なぜだか唐突に、自分がどこかへ落下していくかのような、出所不明の錯覚に襲われたから。
ここは宇宙空間で、無重力だからその心配は不要、とわかっているにも関わらずだ。
もちろん、今までに経験したことの無い異常事態である。
ゆえに私は、慌てて機体を反転させ、とっさに母艦の外壁へしがみつく。
高波で流されそうになった人間が、近くの堤防へ掴まる時のように。
おかげで多少なりとも、気持ちの方は落ち着いてきた。
だがそれでも、相変わらず例の異様な感覚の方は消えてくれない。
眼前に満ちる、果ての無い暗闇の中へ、自分はこのまま体ごと吸い込まれていくのではないか。
そういう猛烈な不安が、どう頑張っても拭い去れぬのだ。
それは例えるならば、『手元しか見えない暗闇の中で、目も眩むほど高いビルの外壁に張り付き、そこからじっと下を覗き込んでいるような気分』……というところだろうか。
何とも不可解な状態、と言うより他はなかった。
またその異常に見舞われたのは、私だけでなかったらしい。
次いで周り中そこかしこから、クラスメイト達の上げた声が届く。
『う……わわわっ! お、落ちる落ちるっ!』
『ちょっ……なんだよこれ!
急に、なんか変な感覚が……』
『くそっ……こんな、怖じ気づいてる場合じゃないってのに!』
それらは全て、慌てふためく様子が目に浮かぶような、ひどく動揺した口調であった。
どうやら全員、私と同じような錯覚に襲われ、強いパニックに陥っているらしい。
その証拠に、母艦の外壁のあちこちには、そこへピタリと張り付くクラスメイト達の機体が見える。
みんながみんな、この漆黒の宇宙に対し、動けなくなるほどの恐怖を抱き始めてしまったようなのだ。
無論その原因は、今のところひとつしか考えられない。
(もしかして……『順化調整』とか言うのが解除されたから?)
倉田先生が言及していた、私達を洗脳するための謎の技術、あれが解除されたからだろう。
きっとその『順化調整』には、ゲームこそが現実だと気づかれないよう、『恐怖』という感情を鈍らせる効果があったのだ。
それが途切れたから、今はこうして混乱が起きているに違いない。
もっとも、それがわかったところで、現状あまり意味は無い。
心が恐怖に囚われているせいで、勇気を出して動き出そう、という気持ちがさっぱり湧いてこないから。
そんなの自殺行為みたいなものだ、とさえ思ってしまうのである。
ゆえに私は、そのままずっと、必死で母艦の外壁にしがみつき続けた。
自分に残された、唯一の寄る辺を手放すことのないように。
だが当然、そんな甘えた行いが、いつまでも許されるはずはなく――
(……! レーダーに敵が!)
私達が謎の感覚に怯え、無様な姿を晒している間にも、敵機は続々と戦場に到来してくる。
無数の赤い点が、眼前のレーダーに映し出されていったのである。
こちらがどんな状況であれ、向こうは待ってなどくれないわけだ。
となれば自然、遠からず戦闘が開始され、そのまま私達は全滅することになるはずだ。
今のところ誰一人、普通には動けぬ状態なのだから、それが当然の結末だろう。
要はすぐにでも、何か有効な手を打たなければならぬ状況なのである。
そこで私は、その最悪の事態を防ぐため、慌てて皆に己が推測を伝達――
「みなさん、聞いてください!
おそらくこの奇妙な感覚は、『順化調整』と言うのが解けたせいです!
それでこんな風に、強くリアリティを感じ、恐怖が湧いてきているのだと思います!」
それに続けて、今後についての指示も飛ばす。
「でもそれ以外は、何も変わっていません!
ちゃんと機体は動くし、どこかに落ちたりもしない!
いつも通りの、戦いができるはずなんです!
だから、いったん冷静になってください!」
しかし、それに対する皆の反応は――
『そんな事、言われても……』
『そ……そう簡単にはいかないって!』
『無理だよ……』
総じて、否定的なものであった。
ある者は自信無さげに、ある者は抗議の意志をにじませて、各々弱気な答えを返すのみなのだ。
ただ諸々の事情を鑑みれば、それは無理もない反応である。
仮に理屈がわかったとしても、そこに心がついていくかどうかは、全くの別問題なのだから。
すぐ今まで通りにやれというのは、かなり無茶な要求だろう。
だいたい私だって、今はまだ、みっともなく母艦の外壁にくっついたままなのだ。
それで他人には落ち着けだなんて、説得力が皆無なこと甚だしい。
言行不一致が激しすぎだし、受け入れてもらえなくて当然である。
しかしだからと言って、このまま何もしなければ、その先に待つのは全滅のみ。
どうにか工夫して、この窮地を脱しなければならぬのだ。
何か、何かいい方法はないものだろうか……
そんな風に私は、身の内の恐怖と戦いながら、必死に打開策を練っていたのだが。
そこへ不意に、やたらと冷静なヨウスケ君の声が届く。
『……アキラちゃん。
それってつまり、今のこれは全部錯覚で、実際はいつも通りに動けるってこと?』
同じく外壁に張り付いていた彼が、どこか念押しするように、先ほどの私の推測について問いかけてきたのだ。
ずいぶんとまた、落ち着いた振る舞いである。
私はそれに、急ぎ肯定の答えを返した。
行動が伴っていないのはともかくとして、理論の方には十分な自信があったから。
「う……うん。間違いない、と思う」
すると彼は、その返事を聞いた直後、急に私への信頼を宣言する。
『そっか。アキラちゃんがそう言うんなら、間違いないね』
たいへんまっすぐ、無邪気と言えるくらいの素直な言葉で。
さらに次いで、当然のようにその称賛によって照れまくる、私を尻目に――
(……え?)
ほぼ躊躇なく外壁から手を放して、機体のスラスターを起動した。
そしてそのまま宇宙空間に飛び出し、迫り来る敵軍へ向け突き進んでいく。
要は誰よりも早く、勇を奮って立ち上がり、命懸けの戦いに赴いたわけだ。
また同時に、たいへん彼らしい言葉で、私に代わって全員へ指示を出した。
『今はとりあえず、僕が敵を牽制しておくから!
みんなは十分に落ち着いた後、ゆっくりと来てくれ!』
私はそんなヨウスケ君の、迷い無き後ろ姿を見送りながら――
(どうして、あんなに……?)
なぜ彼は、ああも果敢に動くことができるのだろう。
今の私達が晒されているのは、完全に未体験の異様な状況だと言うのに。
そうヨウスケ君の思い切りの良さに対し、若干の疑問を抱いてしまう。
いったい何を拠り所として、身の内の恐怖に打ち勝ったのか、それが不思議でならなかったのである。
もっともそうして、独り首を傾げる私の眼前で――
『……一人じゃ、無理だろうがよ』
さらに一機、白く光り輝く航跡を残し、母艦の外壁から誰かが飛び立った。
それは橘君の機体、A-2グラディエーターだ。
彼もまたヨウスケ君に続いて、内なる怯えをねじ伏せ、戦いへと赴いたらしい。
またそれに呼応するように、彼に置いていかれることこそが何より怖い、とでも言うかのように――
『ま……待ってよ、ミッキー!』
慌てた様子の栗原さんが、即座に橘君の後へ続く。
そんな動機ですぐ踏ん切りがついてしまう辺り、いかにも彼女らしいという印象だ。
そしてそんな二人の行動に触発されたのか、それからほんのわずかな時を置いたところで――
『偉そうなこと言っておいて……
いつまでも、こんな事してるわけにはいかないか……!』
『大丈夫、大丈夫……行ける、行ける!』
さらに斉川君と美山さんが、そう自分に言い聞かせながら、ほぼ同時に宇宙へ飛び立った。
意地やら気迫やらの、強い気持ちを声音に滲ませながら。
結果として、それを見た私の心に、自然と安堵のような感情が湧いてくる。
(……大丈夫、なのかな?)
たぶん己の理論が目の前で実証され、不安が取り除かれたからだろう。
『コロンブスの卵』とは、こういう時に使う格言なのかもしれない。
そのきっかけである、皆の先陣を切ってくれたヨウスケ君には、もはや感謝しかなかった。
ならばとそこで、私も発奮し、己を激しく叱咤する。
(できる……私にもできる……!)
『みんなは頑張っているのに、自分だけがここに留まってはいられない』と、無理やり気持ちを前向きにしたのだ。
そしてそのまま後、文字通り決死の覚悟を決めて――
(……えい!)
力の限り跳躍し、果ての無い虚空に身を委ねた――




