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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-04 『Sacrifice』
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Interlude

更新履歴 21/9/22 文章のレイアウト変更・表現の修正


 私達二人は、本当に不釣り合いだな……と、志藤明はつくづく思っていた。


 いつも自分の側にいてくれる、久保擁介君の献身的な振る舞いを、誰より頼もしく感じながら。



 だって自分と来たら、いつだって人目を気にして見栄を張り、それに疲れては情緒不安定になる、という愚行を繰り返しているのに。


 翻って彼はと言うと、どんな時も温和で落ち着き払っており、何があろうと感情を高ぶらせることなく、ずっと私を支えてくれていたから。


 要は精神の成熟具合という点において、大人と子どもと言えるくらいの、決して埋めがたい大きな差があるわけだ。

 釣り合いが取れていない、と感じるのはごく当然のことだろう。


 それなのに私達は、いつも行動を共にしていた。

 学校で過ごす休み時間だけに留まらず、登下校から放課後に至るまで、ほぼ片時も離れず一緒なのである。


 ちなみに私と彼の間で、そういうおかしな関係が成立している原因は、実家が近所で互いの親の仲が良かったこと。

 まあいわゆる、幼馴染みというやつだ。

 それが縁となって、高校生になった今でも、こうして日々を共に過ごしている。


 もっともいくら、家族ぐるみの付き合いがあるにしてもだ。

 普通はこれほど長く、良好な関係が続くものではない。


 だって私は彼に、主に精神的な意味で、大きな迷惑をかけてばかりなのだから。

 本来なら、もっと疎遠になっていてしかるべき相手、というところだろう。


 例えばそう、いつの事だったか。

 確か今とは違う、別の学校に通っていた頃の出来事だ。

 そこの夕日が差し込む教室に、私とヨウスケ君が二人で居残り、学校行事にまつわる雑務をこなしていた時に――


『……何でみんな、私に委員長をやらせるのかな』


 私はその最中、ついついそう、鬱々と愚痴をこぼし始めてしまったのだ。

 身勝手なクラスメイト達に、無理やり仕事を押し付けられたことが、ひどく不満でならなかったから。


 つまりは毎度お馴染みの不機嫌モードに突入、というわけである。

  実のところ私は、たびたびこういう形で彼に迷惑をかけていた。

 無論普通であれば、こんな鬱陶しいだけの話、適当にあしらわれて終わるだけに違いない。


 しかしヨウスケ君は、そんな私の不毛な独り言にさえ、ちゃんと答えてくれた。

 面倒がる様子を一切見せず、いつも通りの柔らかい態度で。


『それは、ええと……みんなに頼りにされてるから、ってことじゃないかな?』


 それはいかにも彼らしい、平和的で穏やかな捉え方だった。

 人柄の良さがにじみ出た解答、と言ってもいいだろう。

 できれば私だって、そういう風に考える人間でいたい。


 しかし当時の私は、冷静さを失っていたせいで、その答えに満足することができなかった。

 ひどく底意地の悪いことを、反射的に口走ってしまったのだ。


『……都合よく利用されてる、とも言うよね、そういうの』


 するとそれを聞いたヨウスケ君は、ひどい困り顔になって黙り込んだ。

 返す言葉が見つからない、と表現するに相応しい反応だった。


 私はそんな、面食らった様子の彼を見て――


(どうして、何も言ってくれないの……)


 その振る舞いが、自分の嫌な部分を肯定しているように思えて、大きく落胆した。

 そしてますます感情の制御を失い、さらなる毒を吐いてしまった。

 自分から面倒な話題を振っておいて、こんな絡み方をするなんて勝手すぎる、とわかっていたのに。


『みんな何か、面倒そうな事があるとさ。

 私が適任だとか言って、全部押し付けてくるでしょ。

 多数決みたいな方法を使って、無理やりに。

 いつもどんな時も、そうだった……』


 結果としてヨウスケ君の顔には、一段と強い困惑の色が浮かんだ。

 きっと荒れる私にどう対処すべきか悩み、ほとほと頭を抱えていたのだろう。


 ゆえにその瞬間、私の胸の内には、大きな罪悪感と危機感が湧いてきた。


(ああ……駄目……)


 彼にまた迷惑をかけている、という自覚があったから。

 こんな事をしていては嫌われてしまう、という恐怖も抱いていたから。

 すぐにでもやめないといけない、との認識がちゃんとあったのだ。


 ただその、『自分を抑えなければ』という精神的な重圧は、私をさらに追い込んだ。

 すでにかなり弱っていた、私の理性と自制心を削り取り、かえって無意味な行為へと走らせたのだ。

 溢れ出す黒い感情を、自分の力で塞き止められなくなってしまった、ということである。


『それで自分達は、何もしない。

 ほとんど手伝ってもくれないで、好き勝手に遊んでるだけ。

 今日だってみんな、私達に目もくれず帰っちゃったし。


 でもそれなのに、文句はしっかり言う。

 手は貸してくれないのに、口だけはちゃんと出してくる。

 これは自分の正当な権利だ、みたいな顔をして。

 もう本当に、本当にずるい……』


 もちろんその独白に対して、ヨウスケ君からの返事は一切無かった。

 まあ当然だろう、基本は全て無益な愚痴なのだから。

 かけるべき言葉など、元よりどこにもあるわけがない。


 と言うかそもそも、私はあの時、一方的に他人の事ばかり非難していたが。

 実は私が、頻繁に面倒な仕事を押し付けられるのは、大抵いつも自業自得の結果であった。


 なぜならそういう要求を断り切れないのは、その頼んできた当人にがっかりされるのが嫌だから。

 そうして周囲の評価を下げ、いつか必要とされなくなることを、何より恐れているからなのだ。

 それゆえ例え嫌な仕事でも、結局最後には引き受けてしまう。


 言い換えるなら、全ては『頼れる委員長』という自身の立場を守るため、というわけだ。

 人付き合いの苦手な私にとって、その安定したポジションは、絶対に手放したくないものなのである。

 常に損な役回りを引き受けてしまうのも、自ら望んだ結末に過ぎない、とさえ言えようか。


 だと言うのに私は、先ほどヨウスケ君に、あんな文句だらけの話を延々聞かせてしまったのだ。

 自分は哀れな被害者です、という顔をしながら。

 彼をストレス解消の道具にしている、と指摘されても反論はできまい。


 きっと彼も、私をそういう悪い女だと思ったに違いない。

 あるいは面倒な女だな、と心から呆れたに違いない。

 結果として私のことを、嫌いになったかもしれないのだ。


 もちろんそれは、精神的に不安定な私にとって、背筋が凍るほど恐ろしい事態である。

 無論そんな未来は、何があろうとも絶対に避けねばならない。


 だってもし、彼が自分から離れてしまうようなことがあれば、結末は目に見えているから。

 いつか必ず、自分を支えられなくなるに違いないのだ。

 それほどにヨウスケ君は、私の人生に欠かせない相手なのである。


 なので当然、私は焦りを募らせ――


(違う……違うから!

 別にこんな事が言いたかったわけじゃ……!)


 すかさず彼に対し、自分の気持ちを訴えかけようとした。

 今のは全部嘘です、本気なんかじゃない、自分は身勝手な愚痴を吐き散らすような人間とは違うんです――そう言い訳をしようとしたのだ。

 実際はそれこそが真実である、と誰より良くわかっていながら。

 

 しかしそれよりも一瞬だけ早く、突然ヨウスケ君の方が、少し沈んだ口調で喋り始めた。


『うん。まあ、そうかもしれない。

 確かに面倒事をアキラちゃんに押し付けて、自分は気楽に過ごすだけ……っていう人もいると思う。

 文句だけ言って、自分では何もしようとしない人もいると思う』


 その返答を聞いて、私は息が詰まるほどの絶望を味わった。

 面と向かって、直接『お前は嫌な女だ』と言われているように感じたから。

 やはり彼、愚痴ばかりの私のことを、不愉快な女だと感じていたらしい……


 ……と、私の方は思い込んでいたのだが。


『でも、それは――』


 だが次いでヨウスケ君は、そんな私のネガティブな予想を、見事に裏切ってくれた。

 すぐさま声音を明るくして、彼らしい屈託のない視点からの意見で、淀む私の心を浄化してくれたのだ。


『全員じゃないよ。

 中にはきちんと、アキラちゃんに感謝してる人もいるはずだ。

 いつもありがとう、本当にご苦労様、ってね。


 ……って言うか、たぶんそっちの方が、ずっとずっと多いはずだよ。

 アキラちゃんがいつも頑張ってるのは、みんな知ってるんだから』


 これ以上私が悪い方向に行かぬよう、うまく引き止めてくれたのである。

 実際その言葉のおかげで、私の精神状態は急激に上向き始めていた。

 現金な反応ここに極まれり、というところか。


 しかも続けて、その励ましに救われた私へ、彼はさらに嬉しい言葉を贈ってくれた。


『それにみんなが、アキラちゃんが一番だ、って考えたのも事実だよ。

 他の誰よりも、君に任せるのが安心と思ったんだね。

 だからたぶん、いつもアキラちゃんが委員長に選ばれるんだ。

 それはとても凄いことなんだって、僕は思うよ』


 ゆえに自然と、私は大きく頬を緩ませた。

 だらしなくにやついた、と表現してもいいか。

 くすぐったいと言うかむずがゆいと言うか、とにかくその褒め言葉が心地好くてしょうがなかったから。

 もはや暗い感情なんてどこへやら、すっかり明るく幸せな気分になっていたのである。


 とは言えここですぐに機嫌を直してしまえば、単純な女だと思われかねない。

 なので私は、その称賛に対し、あえて少しだけ拗ねてみせた。

 そこまで簡単じゃないよ、とアピールをするみたいに。


『それは……そうかもしれないけど。

 でもそういう言い方は、ずるいと思う……』


 するとその瞬間、予想外の事態が発生した。

 ヨウスケ君の顔に、自らの発言を後悔している、とでも言うかのような表情が浮かんだのだ。

 どうやら私の返事が、彼の心に何か引っ掛かりを生じさせたらしい。


 ただ当然、その詳細はわからないので、私は当惑するのみだったのだが。

 そこへ彼は、ひどく申し訳なさそうな口調で、謝罪めいたことを述べてきた。


『あ……うん、ごめん。そうだね、こんなのずるいよね。

 僕だって、アキラちゃんに責任を押し付けてる勝手な人間の一人なんだから。

 本当なら、こんな偉そうなことを言う権利は無いはずだ』


 彼のその発言により、私は再び深く後悔する羽目になった。

 自分が素直になれなかったせいで、ヨウスケ君にまた負担をかけている、と気づいたから。

 まったく、変に欲張るからこうなるんだ、と己を罵らずにはいられない。


 しかしそれに対する言い訳のため、こちらが口を開くその寸前、突如ヨウスケ君が驚くべき提案をしてきた。

 先ほどまでの弱々しさとは裏腹の、いつになく力強い口調で。


『だから僕も、僕にできる精一杯の事するよ。

 どんな時も全力で、アキラちゃんを支える。

 絶対に、一人にしたりはしない。約束だ。

 ええと……それじゃ、駄目かな?』


 その瞬間、私は素早く顔をうつむかせる。

 不意打ちにもほどがある今の申し出のせいで、隅々まで赤く染まった己の頬を隠すために。

 せっかく優しい言葉をかけてくれたヨウスケ君に、何の答えも返せないままで。


 ただまあ、それも当然の反応であろう。

 だって私は今、『絶対一人にしたりはしない』と言われたのだ。

 そんなのどう考えたって、真摯な愛の告白、あるいはストレートなプロポーズでしかない。

 照れて目も合わせられなくなるのが、ごくごく自然なのである。


 もちろんいつもと変わらぬ、彼の表情や声音などから察するに、そんなつもりは一切無い……ということは容易に理解できたのだが。

 それでも直接言われた側としては、そう簡単に落ち着けるはずもなかった。


 ゆえに私は、そのまましばし顔を伏せ、自分の心を静めようと努力し続けた。

 教室へ差し込む夕日が、わずかに陰りさえ帯び始めるまで、ずっとずっと。


 そしてその果てに、切れ切れになりながらも、ようやく返答を絞り出した。


『………………駄目、じゃない』


 心の中でほんのちょっとだけ、平然と自分を翻弄する彼に不満を抱いたり、それもやっぱり身勝手なのかなと、再度自分に呆れたりしながら。

 今さらな話ではあるが、本当に落ち着きというものが無い。


 しかしそんなこちらの心の揺らめきなど、さっぱり知らぬという風に、彼は安堵した様子で話をまとめてしまった。


『うん、ありがとう。

 じゃあこれ片付けて、早く帰ろうか』


 そのあっさりした対応には、ひどく拍子抜けさせられたのだが。

 しかしそこで変にこだわり、また迷惑をかけるのもまずいので、私は慌てて作業に戻った。

 未だ冷めやらぬ紅潮した頬を隠すため、顔を下に向けたまま。


 それがその時、私達の間に交わされた会話――繰り返し思い起こしては、何度だって幸せな気持ちになれる、私が何より大切にしている記憶だ。

 この思い出があるからこそ、今も折れずに頑張れている、とさえ言えようか。


 もっとも当然、この出来事を、彼の方がどう思っているかはわからない。

 不要なことは決して語らぬ、その胸の内を知る術は限られているから。


 と言うかそもそも、どうしてヨウスケ君が、こんなにも自分に優しくしてくれるのか。

 そんな基本的な事すら、私には見当もつかない。

 彼の心情など何ひとつ知らぬ、と呼ぶに相応しい状態なわけだ。


 まあ一応、その理由を普通に考えれば、私に特別な感情を抱いているせい……ということになるのだろう。

 もし好意があるのなら、あれほど献身的に振る舞うのにも、とりあえず納得がいくから。

 それなりに見込みのある予測、と言えなくもないとは思う。


 とは言えもちろん、それはずいぶんと虫のいい捉え方である。


 だって先の思い出の中でも、ずっとそうだったように、私は彼に面倒をかけてばかりなのだから。

 厄介がられているのならともかく、好かれているなんて解釈するのは、あまりにも都合が良い発想なのだ。


 きっと真実は、単に不安定な幼馴染みを放っておけない、とかそんなところだろう。

 誰にでも分け隔てなく優しいから、私にも優しく接してくれる、ただそれだけというわけだ。

 確証こそ無いものの、いかにもヨウスケ君らしい動機だし、推測としては極めて妥当である。


 またその考えの裏付けとして、『呼び方』というのも、ひとつ根拠として上げられる。

 いつの頃からか彼は、人前で私のことを、『アキラちゃん』とは呼ばなくなったのである。

 おそらくは私と、一定の距離を置くために。


 無論それは、好意を寄せているのなら、決してしないはずの行動である。

 そんなものを彼は、自分の意志で選択したのだ。

 やはり特別な感情は無い、と考えるべきなのだろう。


 ゆえに私は、いつだって怯えている。


 いつの日か彼は、私より大事な人を見つけてしまうのではないか。

 そうなればさらに、私から距離を取ろうとするのではないか。

 そんな不安を、常時心のどこかに抱えているのだ。

 いずれ訪れるであろうその未来を思うと、恐怖で身を震わせずにはいられない。


 しかしだからと言って、もちろん自分が、彼の大切な人にもなれない。

 そもそもどうすればそういう関係になれるかわからないし、また無理に関係を進めようとして、全てを壊してしまうのも嫌だから。

 永遠に幼馴染みで、最も仲が良い異性、という立場を続けるより他は無いのだ。


 だからこれからも、私は現状維持に努めていく。

 できる限り長く、彼の一番近くにいるために。

 大人になれば、きっといつか訪れるのであろう――



 愛しい人との別れに、ずっと怯えたままで……








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