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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-04 『Sacrifice』
38/173

Section-3

更新履歴 21/9/22 文章のレイアウト変更・表現の修正


(どうし、て……?)



 なんと恐怖と呼べる感情が、ほんのわずかすらも見当たらなかった。

 むしろ勇猛果敢な戦士、と表現してもいいくらいの気迫と活力が、溢れ出しそうなくらいに満ちているのだ。

 要するに彼は、この絶望のみが支配する停滞した空間で、ただ一人力強く前を向いていたのである。


 当然私は、そんなヨウスケ君の態度に困惑した。

 こんな状況でなぜ、そうも前向きでいられるのか、さっぱりわからなかったから。

 なのですぐさま、彼にその理由を問いかけようとしていたのだが。


 しかし、それよりも少しだけ早く――


「なんでだ……」


 先ほどの言い争いを終えて以降、ずっと黙っていた斉川君が、突如として発言を再開する。

 淀んでいた教室の空気を、竜巻のように吹き散らしながら、現状を痛切に悲嘆し始めたのだ。


「なんで、どうして、こんな事ができるんだ!

 ひどすぎるだろ、ひどすぎるだろうがよ!

 騙して操った上、死ぬまで一方的に戦わせるなんて!

 これじゃ……これじゃまるで、本当にゲームのキャラクター扱いじゃないかよ!」


 そして彼の猛烈な不満と憤りは、そこからさらに加速し続け――


「しかも死んだら、存在ごと全部抹消だ!

 記憶も記録も何もかも、セーブデータを消すみたいにあっさりとな!

 そのせいで俺達は、いなくなった連中のことを、もう思い出してさえやれないんだぞ!

 こんなの、まともな人間のやる事じゃないっ!」


 最終的には激しい糾弾となって、自分達をそこに追いやった存在へ、怒涛の勢いで叩きつけられる。


「だいたいお前は、教師だろうが!

 生徒がもう、二人も死んでるってのに!

 そいつらがこうして、みんなから忘れられちまったのに! 

 それをお前は、何とも思わないのか! 心が痛まないのか!

 答えろ! 答えろよぉーっ!」


 そこには彼の意志――いなくなったクラスメイト達への憐憫と、非道を許すまいとする義憤――が、余すところなく込められていた。

 これに心を揺さぶられぬ人間など、世界中探したっているものか。

 そんな大げさな印象を、つい抱いてしまうくらいに、強く深く。

 実際私も、目の奥に熱いものが滲んできている。


 だがそうした、胸を締め付けられるほど悲痛な、斉川君の問いかけにさえ――


「…………」


 当の倉田先生は、一切応じる気配が無い。

 まるで時が止まっているかのように、顔も体も硬直させたままなのだ。

 もちろんその表情から、内心を読み取る事はできない。


 そんな先生の対応に、それ以上告げるべき言葉が見つけられなかったのか。

 斉川君もまた、そこで不意に表情を失い、再び口を閉じてしまった。

 もう全てに諦めがついた、とでも言わんばかりの態度である。


 要は情に訴えて事態を打開するのも、ほぼ不可能になってしまったわけだ。

 斉川君がこれだけ切々と訴えてなお、手応えは皆無だったのだから、そう解釈するのが妥当だろう。

 結局のところ私達には、先生に従う以外の道は無いらしい。


 そうやって私は、二人のやり取りを見ながら、ますます絶望を深めていた……のだが。


(……え?)


 ちょうどそのタイミングで、ふと耳に、今にも消え入りそうな声が届く。

 どこか暗く深い海の底へ、かすかな光明が差し込んできたかのように。


「倉田、先生……」


 それはここまでずっと沈黙を保っていた、春日井さんの遠慮がちな呼びかけである。

 彼女は突然、いつになく自信無さげな表情を浮かべながら、そう倉田先生に呼びかけたのだ。


 そしてそのまま、すがりつくような口調で、いささか奇妙とも思える問いかけを重ね始める。


「倉田先生は、なぜ軍隊になんて入ったんですか?

 どうしてこんな、ひどい事に協力してるんですか?

 先生は……先生は、こういう事ができる人じゃないはずです。

 そうですよね、先生……?」


 その質問を聞いて、私は思わず、彼女に対し反感を持ってしまった。

 何を甘いこと言っているのか、と強い不満を抱いたのだ。


 だって私達は、こんなにもたくさん、むごい事実を突きつけられたのに。

 まさしく人を人とも思わぬような、酷い扱い方をされていたというのに。

 だと言うのになぜ、その張本人である倉田先生を、そういう風に信頼できるのだろう。

 それがいくら考えようと、まるで理解できなかったからである。


 もちろん何か、春日井さんなりの根拠はあるのかもしれないのだが。

 いずれにせよ、それが不可解な振る舞いであることには変わりない。

 いったい彼女は、どんな意図でああいう事を言ったのだろうか……


 ただ浮かんできたその疑問へ、私が結論を見出だすよりも先に、事態が急変する。

 意外や意外、今の春日井さんの不思議な発言をきっかけとして――


(……! 倉田先生の顔が!)


 精巧な氷の彫像さながらに、ずっと固く強張っていた倉田先生の顔へ、ふと人間らしい感情の彩りが蘇ってきたのだ。

 どうやら今の言葉は、少なからず彼の心に響いたらしい。


 しかも次いで先生は、急に苦しげな呻き声を絞り出し始めた。

 見えない何かで首を絞められているかのように、顔へ深い苦悩の色を浮かべながら。


「いや……違うよ、春日井さん。僕は、そういう人間なんだ。

 こんなひどい事が平然とできる、とても悪い奴なんだ……」


 そうして急に始まった独白は、そのまま懺悔のような色を帯びつつ、留まることなく続いていく。


「僕らは戦況が苦しいのを言い訳に、人としてやってはならない事をした。

 人を人とも思わない、残酷で無慈悲な事をしたんだ。

 君達のような、未来ある若者に対してね。


 要は機械の軍団と戦うために、人間の心を捨ててしまったってわけさ。

 本当に、とんでもない極悪人の集団だよ」


 そして先生はさらに、突然のその変化に驚く私達を置き去りにして、累々と自らの心情を吐露し――


「かと思えば、罪悪感から逃げるために、自身を無理やり正当化しようともしている。

 口では色々偉そうな事を並べておいて、結局自分が一番大事ということなんだ。

 それは許される行いじゃない、絶対に許されてはいけない罪なんだ……」


 最終的に、多くの自戒と自責の言葉をもって、この上なく暗鬱に話を締め括る。

 それはあたかも、重く忌まわしい罪を犯した人間が、己で己を厳しく罰してでもいるかのような一時であった。


 そんな先生にかける言葉など、もちろん何ひとつ見つけられない。

 ただひたすらに圧倒され、息を飲むのみである。

 ますますこの人のことがわからなくなってきた、と混乱の度合いを深めながら。


 ただまあ、それも当然の反応だろう。

 だって先ほどから先生は、異様なほど傲岸に振る舞ったり、挑発的な言動を繰り返す一方で、突然優しく諭したり、罪悪感に苦しむような素振りを見せたりするのだ。

 接し方が不安定と言うか、とにかく行動が不可解だし、戸惑うのも無理はない。


 そう、例えるならこれは、まるで――


(……あれ?)


 ……という風に、私が倉田先生の行動に首を傾げた瞬間、ふと頭にひとつの考えが浮かぶ。


(そんな……これってまさか……?)


 それは彼についての、おそろしく重大、かつ至極順当な推測。

 そしてもし本当であれば、あらゆる状況を覆す可能性を持つ、希望に満ちた事実。

 つまりはここに来て、この苦境を根こそぎひっくり返せるかもしれない、素晴らしいアイデアを閃いたのだ。


 もちろんその思いつきのおかげで、私は心に情熱と活力を取り戻す。


(よし! これなら……これなら何とかなるかもしれない!)


 戦わずして生き延びられる道が、遠くかすかにだが見えてきたから。

 すでに胸の内は、その希望によって蘇った、前向きな衝動で一杯である。


 ゆえに私は、即座に頭を回転させ、再び事態の打開策を検討し始めた。

 今はまだおぼろげでしかない、その可能性を掴み取るために。

 己が推論と、手を握ってくれるヨウスケ君の温もりに、これ以上ない心強さを感じながら。


 しかし無情にも、私がその思索へ結論を出す前に――


「ただ……それでも今は――」


 再び倉田先生が、今度は妙に落ち着いた口調で話を再開する。

 またしても態度を冷酷なものに豹変させ、逃れ得ぬ現実を突きつけてきたのだ。


「残念ながら、君達は戦わねばならない。

 ちょうど今しがた、レーダーが敵の集団を捕捉したから。

 要は出撃の時間、ということだね」


 そしてその言葉に驚く私達へ、容赦なく望まぬ戦いを強要した。


「じゃあ早速、レクリエーションルームに移動してもらおうかな。

 もちろん、襲撃してきた敵と戦うためにね。

 まさか嫌だなんて言わないだろう?」


 その尊大な言動により、再び心へ怒りの火が灯ったのだろう。

 長く消沈していた斉川君が、急に気力を取り戻し、間髪入れず倉田先生に立ち向かっていく。


「お前っ! またそんな事を……!」


 しかし倉田先生は、そんな斉川君を軽くあしらうように、人を食った態度で話を継続し――


「いやいや、それが当然のことじゃないか。

 君らがここにいる以上、向こうに母艦を守る者はいないんだから。

 このままでは一方的に攻撃を受け、ただ撃沈を待つのみ、というわけだ。


 そうなれば当然、誰一人生きてはいられない。

 命を懸けて戦う以外に、君らが生き残る術なんて無い、ってことだね」


 またそこで、さらに私達の戦意を高めようとしたのか、こちらを挑発的な言葉で煽り立ててきた。


「もちろん君達自身が、座して死を選ぶというのならば、私にそれを止めることはできないのだけど。

 みんなで仲良く宇宙のゴミになる、っていうのもひとつの選択肢なわけだし。

 でも……そんなのはまだ、嫌だろう?

 だったらほら、戦いに行かないと」


 すると先生のその発言が、終わるや否や――


「こいつ……!」


 斉川君が怒気をにじませた表情で、倉田先生へ歩み寄ろうとする。

 何だかすぐにでも、ここで乱闘を始めそうな雰囲気である。


 しかしそれと同時に、春日井さんが斉川君の袖を掴み、素早く彼を止めに入った。


「斉川君、今は……」


 その瞬間斉川君は、彼女のその手を、力任せに振り払おうとする仕草を見せたのだが――


「……チッ」


 しかし結局、それを実行に移すことはなく、代わりに舌打ちしつつ顔を伏せる。

 自分が取り乱していることに気づいて、それを恥じたかのように。


 だからか次いで、苛立ちもあらわに、倉田先生へ挑戦的な一言を叩きつけると――


「話の続きは……敵を片付けてからだ!」


 間を置かず、教室の入り口へと駆け出した。

 彼なりに憤る気持ちを抑えて、いったん戦うことに決めたのだろう。


 春日井さんは、そんな彼の姿を見届けた後、そのまま何も言わず斉川君に続く。

 ほんの一瞬だけ、倉田先生へ物言いたげな視線を向けてから。


 そんな二人の行動を見て、自分達のやるべき事を思い出したのだろう。

 他のクラスメイト達も、互いに顔を見合わせつつ、それぞれ移動を開始した。

 恐怖やら怒りやら疑念やら、そういう様々な感情が込められた視線を、揃って倉田先生へ注ぎながら。


 ただし私は独り、先ほど見出だした可能性に未練を感じていたので、それには続かなかったのだが……


「アキラちゃん、行こう。

 僕らもここにいてはいけない」


 そんなヨウスケ君の呼びかけで、差し迫った脅威の方を優先すべきだ、という事実に気づく。

 とにかく今は、生き延びることが先決というわけだ。

 可能性は逃げたりしないわけだし、やはりそれが最善の選択であろう。


 ゆえに私は、素早くヨウスケ君の方へ向き直り、大きくひとつ頷き返す。

 そして固く手を繋いだまま、二人でまっすぐに歩き始めた。

 今や現実のものとなった、あの戦いの宇宙へ、再び赴くために。

 

 だがそうして混乱しつつも、クラス全員が教室を後にした、まさにその瞬間――


「……どうか」


 集団の最後尾へついていた私の耳に、倉田先生が発したのであろう呟きが、途切れ途切れに届く。

 それはどこか、祈りを捧げているかのようにも聞こえる、不思議な言葉だった……



「未……達の旅……運に……ように……」








次回は回想シーンを挟みます。

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