Section-3
更新履歴 21/9/22 文章のレイアウト変更・表現の修正
(どうし、て……?)
なんと恐怖と呼べる感情が、ほんのわずかすらも見当たらなかった。
むしろ勇猛果敢な戦士、と表現してもいいくらいの気迫と活力が、溢れ出しそうなくらいに満ちているのだ。
要するに彼は、この絶望のみが支配する停滞した空間で、ただ一人力強く前を向いていたのである。
当然私は、そんなヨウスケ君の態度に困惑した。
こんな状況でなぜ、そうも前向きでいられるのか、さっぱりわからなかったから。
なのですぐさま、彼にその理由を問いかけようとしていたのだが。
しかし、それよりも少しだけ早く――
「なんでだ……」
先ほどの言い争いを終えて以降、ずっと黙っていた斉川君が、突如として発言を再開する。
淀んでいた教室の空気を、竜巻のように吹き散らしながら、現状を痛切に悲嘆し始めたのだ。
「なんで、どうして、こんな事ができるんだ!
ひどすぎるだろ、ひどすぎるだろうがよ!
騙して操った上、死ぬまで一方的に戦わせるなんて!
これじゃ……これじゃまるで、本当にゲームのキャラクター扱いじゃないかよ!」
そして彼の猛烈な不満と憤りは、そこからさらに加速し続け――
「しかも死んだら、存在ごと全部抹消だ!
記憶も記録も何もかも、セーブデータを消すみたいにあっさりとな!
そのせいで俺達は、いなくなった連中のことを、もう思い出してさえやれないんだぞ!
こんなの、まともな人間のやる事じゃないっ!」
最終的には激しい糾弾となって、自分達をそこに追いやった存在へ、怒涛の勢いで叩きつけられる。
「だいたいお前は、教師だろうが!
生徒がもう、二人も死んでるってのに!
そいつらがこうして、みんなから忘れられちまったのに!
それをお前は、何とも思わないのか! 心が痛まないのか!
答えろ! 答えろよぉーっ!」
そこには彼の意志――いなくなったクラスメイト達への憐憫と、非道を許すまいとする義憤――が、余すところなく込められていた。
これに心を揺さぶられぬ人間など、世界中探したっているものか。
そんな大げさな印象を、つい抱いてしまうくらいに、強く深く。
実際私も、目の奥に熱いものが滲んできている。
だがそうした、胸を締め付けられるほど悲痛な、斉川君の問いかけにさえ――
「…………」
当の倉田先生は、一切応じる気配が無い。
まるで時が止まっているかのように、顔も体も硬直させたままなのだ。
もちろんその表情から、内心を読み取る事はできない。
そんな先生の対応に、それ以上告げるべき言葉が見つけられなかったのか。
斉川君もまた、そこで不意に表情を失い、再び口を閉じてしまった。
もう全てに諦めがついた、とでも言わんばかりの態度である。
要は情に訴えて事態を打開するのも、ほぼ不可能になってしまったわけだ。
斉川君がこれだけ切々と訴えてなお、手応えは皆無だったのだから、そう解釈するのが妥当だろう。
結局のところ私達には、先生に従う以外の道は無いらしい。
そうやって私は、二人のやり取りを見ながら、ますます絶望を深めていた……のだが。
(……え?)
ちょうどそのタイミングで、ふと耳に、今にも消え入りそうな声が届く。
どこか暗く深い海の底へ、かすかな光明が差し込んできたかのように。
「倉田、先生……」
それはここまでずっと沈黙を保っていた、春日井さんの遠慮がちな呼びかけである。
彼女は突然、いつになく自信無さげな表情を浮かべながら、そう倉田先生に呼びかけたのだ。
そしてそのまま、すがりつくような口調で、いささか奇妙とも思える問いかけを重ね始める。
「倉田先生は、なぜ軍隊になんて入ったんですか?
どうしてこんな、ひどい事に協力してるんですか?
先生は……先生は、こういう事ができる人じゃないはずです。
そうですよね、先生……?」
その質問を聞いて、私は思わず、彼女に対し反感を持ってしまった。
何を甘いこと言っているのか、と強い不満を抱いたのだ。
だって私達は、こんなにもたくさん、むごい事実を突きつけられたのに。
まさしく人を人とも思わぬような、酷い扱い方をされていたというのに。
だと言うのになぜ、その張本人である倉田先生を、そういう風に信頼できるのだろう。
それがいくら考えようと、まるで理解できなかったからである。
もちろん何か、春日井さんなりの根拠はあるのかもしれないのだが。
いずれにせよ、それが不可解な振る舞いであることには変わりない。
いったい彼女は、どんな意図でああいう事を言ったのだろうか……
ただ浮かんできたその疑問へ、私が結論を見出だすよりも先に、事態が急変する。
意外や意外、今の春日井さんの不思議な発言をきっかけとして――
(……! 倉田先生の顔が!)
精巧な氷の彫像さながらに、ずっと固く強張っていた倉田先生の顔へ、ふと人間らしい感情の彩りが蘇ってきたのだ。
どうやら今の言葉は、少なからず彼の心に響いたらしい。
しかも次いで先生は、急に苦しげな呻き声を絞り出し始めた。
見えない何かで首を絞められているかのように、顔へ深い苦悩の色を浮かべながら。
「いや……違うよ、春日井さん。僕は、そういう人間なんだ。
こんなひどい事が平然とできる、とても悪い奴なんだ……」
そうして急に始まった独白は、そのまま懺悔のような色を帯びつつ、留まることなく続いていく。
「僕らは戦況が苦しいのを言い訳に、人としてやってはならない事をした。
人を人とも思わない、残酷で無慈悲な事をしたんだ。
君達のような、未来ある若者に対してね。
要は機械の軍団と戦うために、人間の心を捨ててしまったってわけさ。
本当に、とんでもない極悪人の集団だよ」
そして先生はさらに、突然のその変化に驚く私達を置き去りにして、累々と自らの心情を吐露し――
「かと思えば、罪悪感から逃げるために、自身を無理やり正当化しようともしている。
口では色々偉そうな事を並べておいて、結局自分が一番大事ということなんだ。
それは許される行いじゃない、絶対に許されてはいけない罪なんだ……」
最終的に、多くの自戒と自責の言葉をもって、この上なく暗鬱に話を締め括る。
それはあたかも、重く忌まわしい罪を犯した人間が、己で己を厳しく罰してでもいるかのような一時であった。
そんな先生にかける言葉など、もちろん何ひとつ見つけられない。
ただひたすらに圧倒され、息を飲むのみである。
ますますこの人のことがわからなくなってきた、と混乱の度合いを深めながら。
ただまあ、それも当然の反応だろう。
だって先ほどから先生は、異様なほど傲岸に振る舞ったり、挑発的な言動を繰り返す一方で、突然優しく諭したり、罪悪感に苦しむような素振りを見せたりするのだ。
接し方が不安定と言うか、とにかく行動が不可解だし、戸惑うのも無理はない。
そう、例えるならこれは、まるで――
(……あれ?)
……という風に、私が倉田先生の行動に首を傾げた瞬間、ふと頭にひとつの考えが浮かぶ。
(そんな……これってまさか……?)
それは彼についての、おそろしく重大、かつ至極順当な推測。
そしてもし本当であれば、あらゆる状況を覆す可能性を持つ、希望に満ちた事実。
つまりはここに来て、この苦境を根こそぎひっくり返せるかもしれない、素晴らしいアイデアを閃いたのだ。
もちろんその思いつきのおかげで、私は心に情熱と活力を取り戻す。
(よし! これなら……これなら何とかなるかもしれない!)
戦わずして生き延びられる道が、遠くかすかにだが見えてきたから。
すでに胸の内は、その希望によって蘇った、前向きな衝動で一杯である。
ゆえに私は、即座に頭を回転させ、再び事態の打開策を検討し始めた。
今はまだおぼろげでしかない、その可能性を掴み取るために。
己が推論と、手を握ってくれるヨウスケ君の温もりに、これ以上ない心強さを感じながら。
しかし無情にも、私がその思索へ結論を出す前に――
「ただ……それでも今は――」
再び倉田先生が、今度は妙に落ち着いた口調で話を再開する。
またしても態度を冷酷なものに豹変させ、逃れ得ぬ現実を突きつけてきたのだ。
「残念ながら、君達は戦わねばならない。
ちょうど今しがた、レーダーが敵の集団を捕捉したから。
要は出撃の時間、ということだね」
そしてその言葉に驚く私達へ、容赦なく望まぬ戦いを強要した。
「じゃあ早速、レクリエーションルームに移動してもらおうかな。
もちろん、襲撃してきた敵と戦うためにね。
まさか嫌だなんて言わないだろう?」
その尊大な言動により、再び心へ怒りの火が灯ったのだろう。
長く消沈していた斉川君が、急に気力を取り戻し、間髪入れず倉田先生に立ち向かっていく。
「お前っ! またそんな事を……!」
しかし倉田先生は、そんな斉川君を軽くあしらうように、人を食った態度で話を継続し――
「いやいや、それが当然のことじゃないか。
君らがここにいる以上、向こうに母艦を守る者はいないんだから。
このままでは一方的に攻撃を受け、ただ撃沈を待つのみ、というわけだ。
そうなれば当然、誰一人生きてはいられない。
命を懸けて戦う以外に、君らが生き残る術なんて無い、ってことだね」
またそこで、さらに私達の戦意を高めようとしたのか、こちらを挑発的な言葉で煽り立ててきた。
「もちろん君達自身が、座して死を選ぶというのならば、私にそれを止めることはできないのだけど。
みんなで仲良く宇宙のゴミになる、っていうのもひとつの選択肢なわけだし。
でも……そんなのはまだ、嫌だろう?
だったらほら、戦いに行かないと」
すると先生のその発言が、終わるや否や――
「こいつ……!」
斉川君が怒気をにじませた表情で、倉田先生へ歩み寄ろうとする。
何だかすぐにでも、ここで乱闘を始めそうな雰囲気である。
しかしそれと同時に、春日井さんが斉川君の袖を掴み、素早く彼を止めに入った。
「斉川君、今は……」
その瞬間斉川君は、彼女のその手を、力任せに振り払おうとする仕草を見せたのだが――
「……チッ」
しかし結局、それを実行に移すことはなく、代わりに舌打ちしつつ顔を伏せる。
自分が取り乱していることに気づいて、それを恥じたかのように。
だからか次いで、苛立ちもあらわに、倉田先生へ挑戦的な一言を叩きつけると――
「話の続きは……敵を片付けてからだ!」
間を置かず、教室の入り口へと駆け出した。
彼なりに憤る気持ちを抑えて、いったん戦うことに決めたのだろう。
春日井さんは、そんな彼の姿を見届けた後、そのまま何も言わず斉川君に続く。
ほんの一瞬だけ、倉田先生へ物言いたげな視線を向けてから。
そんな二人の行動を見て、自分達のやるべき事を思い出したのだろう。
他のクラスメイト達も、互いに顔を見合わせつつ、それぞれ移動を開始した。
恐怖やら怒りやら疑念やら、そういう様々な感情が込められた視線を、揃って倉田先生へ注ぎながら。
ただし私は独り、先ほど見出だした可能性に未練を感じていたので、それには続かなかったのだが……
「アキラちゃん、行こう。
僕らもここにいてはいけない」
そんなヨウスケ君の呼びかけで、差し迫った脅威の方を優先すべきだ、という事実に気づく。
とにかく今は、生き延びることが先決というわけだ。
可能性は逃げたりしないわけだし、やはりそれが最善の選択であろう。
ゆえに私は、素早くヨウスケ君の方へ向き直り、大きくひとつ頷き返す。
そして固く手を繋いだまま、二人でまっすぐに歩き始めた。
今や現実のものとなった、あの戦いの宇宙へ、再び赴くために。
だがそうして混乱しつつも、クラス全員が教室を後にした、まさにその瞬間――
「……どうか」
集団の最後尾へついていた私の耳に、倉田先生が発したのであろう呟きが、途切れ途切れに届く。
それはどこか、祈りを捧げているかのようにも聞こえる、不思議な言葉だった……
「未……達の旅……運に……ように……」
次回は回想シーンを挟みます。




