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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-04 『Sacrifice』
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Section-2

更新履歴 21/9/22 文章のレイアウト変更・表現の修正


「……ふざける、なよ」



 決して大きくはないのに、教室中へ響き渡っていく重い声で、決然と行われた短い抗議。

 その主は、これまでのやり取りに、ずっと口を挟まずにいた斉川君である。

 つまりは彼、皆が萎縮しきったこの状況の中で、ただ一人戦いを始めたわけだ。


 だからかその立ち姿には、阿修羅像のごとき気迫が充満しているし、浮かべる表情からは、不動明王のような怒気が溢れている。

 それは端から見ている私ですら、少なからず恐怖を感じてしまうほどの激しさだった。

 倉田先生に対し、心の底から憤っているのは一目瞭然、という雰囲気だ。


 しかしそんな彼を前にしても、なお先生の態度は変わらない。

 なんといつもの教師然とした口調で、普段通りに声をかけていったのだ。


「どうしたのかな? 斉川君。

 君も何か、私に質問があるとか?」


 そうした相手の振る舞いに、神経をさらに逆撫でされたのだろう。

 斉川君はそれに応じて、水門を開いたダムから放たれる濁流のような、強い罵声を浴びせかける。


「ふざけるなって言ってんだよ!

 さっきから黙って聞いてりゃ、好き勝手に決めつけやがって!

 一方的過ぎるんだよ、お前の話は!」


 それから間髪入れず、クラスの総意とも言うべき不満の数々を、その元凶たる倉田先生に叩きつけていった。


「何が唯一の希望だ! 何が最善の選択だ!

 勝手に兵士にして、勝手に戦場へ送った挙げ句、命を懸けて自分達を守れだと?

 そんなふざけた話、はいそうですかと聞くわけないだろうが!

 人を馬鹿にするのもいい加減にしろっ!」


 いつも冷静な彼にしては珍しく、異様に感情を高ぶらせた口調である。

 きっとこの厳しい状況と、倉田先生の人を食ったような振る舞いが、さすがに腹に据えかねたのだろう。

 もちろん私だって、気持ちの方は全く同じだが。


 ただしその彼の荒ぶりようを見ても、やはり倉田先生は揺らがない。

 むしろますます、口調に冷徹さを増していくばかりなのだ。


「しかし、事実でもある。

 今の人類には、『アヴァロン』を守り抜く以外、生き残る道なんて無い。

 だからどんなに不満であろうと、君らはそれに従うしかないんだよ」


 倉田先生のそんな対応に、斉川君は少しだけ気圧されつつも、すぐさまその理屈に噛みつき始める。

 相手のプレッシャーを押し返すように、さらに声を荒らげながら。


「だったら今すぐ、俺達をその『アヴァロン』とやらに連れていけ!

 わざわざ命懸けで戦わなくても、それで万事解決する! そうだろ!」


 そこで彼が行った要求は、確かに言われてみればその通り、という内容ではあったのだが。

 しかし倉田先生からの返答は、やはり取りつく島もないものだった。


「それは無理だね。君達にはここで果たすべき役割がある。

 そいつを終わらせない内は、帰還を認めることなんてできない」


 斬り捨てるようなその言い方を受けて、このままでは埒が明かないと判断したのか、次いで斉川君が少し態度を変える。

 挑戦的かつ辛辣な調子で、脅迫めいた考えを述べ始めたのだ。


「そうかい……なら、自分達の足で月まで逃げてやるさ。

 あんただけを、ここへ置き去りにしてな。

 そういうことだって、俺達は自由に可能なはずだ。

 もうお前に、心を操られてはいないんだからな」


 一応それには、思わず私も、内心でこっそり同意しかけたのだが……


(そうか……そういう手も……)


 だが一見有力なその策さえも、倉田先生は簡単に否定してしまった。


「補給も無しに、月まで行くってことかい?

 それはちょっと厳しいかな。

 だって君らの機体は、それほど航続距離が長くないから。

 途中でエネルギーが切れて、そのまま宇宙のゴミになるのが関の山、ってところだね。

 疑うんなら、試してみたらどうだい?」


 あまりに手強いその反論に、返す言葉を失った斉川君へ、倉田先生はさらに痛烈な追い討ちを放つ。


「加えてそのエネルギーの補給は、君らがいつも使っている、あの母艦でしか行えない。

 そして母艦のコントロールを掌握しているのは、もちろん私だ。

 言ってる意味は、わかるよね?

 つまり君達を生かすも殺すも、全て私の思うまま、というわけだ。

 さあ、これでもまだ、何か私に言いたい事があるのかい?」


 きっとこの事実は、倉田先生にとっても切り札だったのだろう。

 それを告げる彼の口調には、憎らしいほどの自信がこもっていた。

 無論そう言われれば、こちらとしても反抗は不可能なので、その認識は揺るぎなく正しいわけだが。


 ゆえに当然、斉川君もこれ以上は言い返すことができない。

 先ほどまでの勢いはどこへやら、口を閉ざし顔を歪めて、悔しそうにじっと黙り込むのみ……


 ……なのかと、思いきや――


「だったら……」


 次の瞬間、不意に彼が、何か思いついた風に反撃を開始する。

 今度は明確に脅迫と言える、ひどく暴力的な企てを口にしたのだ。


「実力行使でいく……と言ったらどうする?

 そのコントロールとやらを、お前から奪えばいいんだろ?

 それなら別に、不可能な話じゃあない……!」


 どうやら斉川君、力で倉田先生を排除するつもりらしい。

 そうやって母艦の制御を奪い、自力で月まで行こうというのだろう。

 それはすなわち、上官への反逆――別の言い方をすれば、クーデターというやつである。


 その宣言を実行に移すためか、次いで彼は、倉田先生に向け大きく一歩を踏み出した。

 これからお前を攻撃する、という意思をはっきりと示すかのように。


 だがそうした彼の言動と行動に、私はすぐさま否定的な印象を抱く。


(それは……難しいよ、斉川君)


 なぜなら今までに聞かされた、全ての事情を鑑みるに、その目論見はおそらく実現不可能だから。

 彼の計画には、残念ながら致命的な欠陥があるのだ。


 すると案の定、私の考え通りに事態は運んだ。

 凄まれた側であるはずの倉田先生が、斉川君を嘲笑うかのように、あっさりと現実を突きつけてきたから。


「それもやっぱり、おすすめはしないなあ。

 だってこの学校は、あくまで仮想空間だ。

 ここにいる私を捕まえたって、何の意味も無い。

 本体は結局、あちらの宇宙にあるんだからね」


 それは本来、ほぼ考えるまでもない、実に当然の結論である。

 だっていくら、ゲーム内のアバターを捕まえたところで、ゲームのプレイヤー自体には何の影響も無いのだから。

 どうやらさすがの斉川君も、この異様な状況に呑まれ、少々頭が回っていないらしい。


 それを瞬時に悟ったのか、斉川君は眉間に皺を寄せ、完全に口を噤んでしまう。

 死ぬほど悔しいが認めるしかない、という表情である。


 そんな彼に対し、次いで倉田先生は、なぜだか突然接し方を変えた。

 口調を妙に優しくして、暴れる子どもを諭す時のように、ゆっくりと語りかけていったのだ。


「わかって……くれたかい?

 僕は確かに、君達を戦いへ追い込もうとしているけど。

 それは別に、意地悪を言っているわけでも、弄んでいるわけでもない。

 本当に心から、最善の選択を提示しているだけなんだ。

 辛いのはわかるが、どうか言う通りにしてくれると嬉しい……」


 唐突に発せられた、その温もりさえ感じる言葉に動揺した私は、つい弱気な考えに囚われてしまった。


(もう……従うしかないのかな……?)


 ついに何もかも、受け入れねばならない時が来たのだろうか、と。

 すでに先生の言う通りにする以外、自分達に選ぶ道などないのだろうか、と。

 そう急速に、抵抗の意志を失っていったのだ。


 だって実際、全て先生の言う通りだったから。

 今の自分達の力で、この状況を覆せるとは到底思えなかったから。

 それですっかり、牙を折られてしまったのである。

 今はもはや、反論をしようという気すら起こらない。


 またそういう結論に、私と同じように至ったのだろう。

 その瞬間から教室に、誰一人声を上げぬ、異様に重苦しい空気が漂い始める。

 聞こえる音と言えばもう、誰かが身じろぎする際に立つ、床が軋む小さな音くらいだ。


 その虚ろな空間の中心で、私は独り、不毛な自問自答を繰り返していた。


(なんで、こんな事になったんだろう……)


 なぜ自分達は今、こうも苦しい状況に追い込まれているのだろう、と。

 どうしてこんなにも、重いものを背負わされているのだろう、と。

 何度も何度も、そう己に問いかけ続けたのである。


 だってつい昨日まで、私達はごく普通の学校生活を送っていたのに。

 そこでは卒業式の相談をしたり、皆で一緒にゲームをするぐらいがせいぜいで、命に関わるような事なんて何もなかったのに。


 だと言うのに今は、『命を懸けて戦え』だとか『人類は滅亡寸前』だとか、そんな物騒で現実離れした話ばかりしているのだ。

 それを否定したくて、無為な思索に沈んでしまうのも、まあ無理からぬ話だろう。


 もちろん頭では、きちんと理解していた。

 平和だった生活の方が『普通』ではなく、今の恐ろしい状況こそが、この世界の『普通』なのだと。

 私達はそれを知らぬまま、ずっと勘違いさせられていたに過ぎない、ということも。


 しかしそうとわかっていても、やはり気持ちの切り替えはうまくいかない。

 恐怖から逃れようと、つい現実逃避に走ってしまうのだ。

 本当は全部夢なんじゃないか、と未だにほんの少しだけ思いさえする。


 ゆえにもはや、胸の内にあるも感情はひとつ。

 『こんな事になるのなら、真実なんて暴かなければ良かった』という、未練がましい後悔だけである……


 だがそうして、私が絶望に敗北しようとした、まさにその瞬間――


(あっ……!)


 突如として温かいものが、私の右手をすっぽりと包み込んだ。

 おそらく誰かが、冷たく震えるだけだったそれを、優しく握ってくれたのだろう。

 その証拠にすぐ隣からは、確かな人の気配が伝わってくる。


 無論私に対し、そんな事してくれる人間なんて、この世界に一人だけだ。

 彼より他に、存在するはずもないのである。


 そう確信を持ちつつ、私はそのかけがえのない相手の名前を、内心で静かに呟いた。


(ヨウスケ、君……)


 きっと彼は、動揺する私を見かねて、手を取ることで安心させようとしたのだろう。

 いかにもヨウスケ君らしい、細やかな気づかいである。


 無論、今はみんなもいるのに珍しいな、という印象もあったのだが。

 まあそれだけ、彼の方も動揺していたのだろう。

 抱えきれぬ不安を、二人で分かち合いたかったのかもしれない。


 であれば当然、私はその気持ちに応えなくてはならない。

 そこですぐさま首を巡らし、隣に立つヨウスケ君へ視線を送る。

 私は大丈夫、だからあなたも安心して、と伝えるために。


 だがなんと、その先で私が見た彼の横顔には、こちらの思いとは裏腹に――



(……え?)








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