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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-04 『Sacrifice』
35/173

Prologue

更新履歴 21/9/22 文章のレイアウト変更・表現の修正


『ねえ、カ――。今、何時だかわかる?』



 私――志藤明が、この世界の有り様について考えるようになった、そもそものきっかけ。

 それは偶然教室で耳にした、そんなごく当たり前の質問だった。

 その何の変哲もない一言こそが、私の中に眠る、真実への扉を開け放ったのだ。


 なぜなら自分が、ひどく簡単なその質問に答えられない、という奇妙な現実を突きつけられたから。

 しかもそうやり取りをしていたのが、いったいどこの誰だったのか、今でもさっぱり思い出せないから。

 そんな事態、普通に考えればあり得ぬわけだし、強く疑問を感じるのは当然だろう。


 実際その問題は、私の心の奥底に深く残り、そこから警告を発し続けた。

 このままではいけない、閉じている目を開き、現実を直視しろ。

 そんな風に、絶え間なく訴えかけてきたのだ。


 だからかその一件をきっかけに、私はたびたび違和感を覚えるようになった。

 周りの状況や、ゲーム内での自分の心理状態に対し、ことあるごとに『何かおかしい』と感じ始めたのである。


 そこで最初に感じたのは、学校の環境についての疑問だ。

 校庭に門が無いとか、電力が来てないのにゲーム機が動いてるとか、その辺りの不自然さが引っかかったのである。

 今まではずっと、全くと言っていいほど気にならなかったというのに。


 またそうして覚えた違和感に、次いでヨウスケ君からの質問が拍車を掛けた。

 敵の襲撃中にされた、『前回の戦いのことを覚えているか』というあれだ。

 あれにより私は、自身の異常を明確に認識することになった。


 なぜならつい最近起きたはずのその出来事を、自分が一切覚えていなかったから。

 まるでPCからデータを削除した時のように、きれいさっぱりと。

 それは違和感どころか、恐怖さえ感じる奇怪な事態であった。


 さらに間を置かず、記憶の異常に見舞われているのが、自分だけではないこともわかった。

 先の戦いの後、望月さんに聞き取りを行ったところ、そういう事実が判明したのだ。


 彼女はその時、なぜか未知の敵の性能を知っていたが、どこで相手の情報を得たのかは思い出せない様子だった。

 決して得られるはずの無い知識を、理由もわからぬまま覚えていた、ということである。


 加えてそう証言する中で、自分が何か大切なものを失ったような気がしている、とも言っていた。

 どうやら望月さんは、それが原因で、あれほど深く落ち込んでいたらしい。

 ただしその詳細――何を失ったからそんなにも悲しいのか――はわからないと話しており、やはり不自然であることは疑いようがなかった。


 ゆえにその時点で私は、自分――いや自分達の記憶は改竄されている、という確信を持つに至った。

 だって複数人の記憶に似た異常が発生するなんて、外部の干渉でもなければ、絶対に起きようのない事態だったから。

 つまり誰かが何らかの目的をもって、このクラスの全員を操っているらしい、と判断したわけだ。



 そこですぐ私は、集まったその情報を使って、異変の原因を様々な角度から考察した。

 自身の記憶、戦闘中の心境、学校の環境などについて、細かく丁寧に検証していったのだ。

 そこに深刻な危険があるのなら、なるべく早く対処法を考えておくべきだ、と思ったから。


 そして最終的に、あまりにも荒唐無稽な、ひとつの結論を導き出すことになった。


 それは『ゲームと現実が逆かもしれない』という、自分で自分の正気を疑いたくなるような推測だった。

 まあ実際、そんなおかしな考えにたどり着けば、誰しもそう感じることだろう。

 あまりにも常識から外れているし、きっと百人に告げれば百人ともが、狂った妄想だと嘲笑するに違いない。


 しかし私は、自分が導き出したのその推論を、どうしても無視できなかった。

 何を馬鹿な妄想をしてるんだろう、そんな事があるわけないのに、とは笑い飛ばせなかった。


 その理由のひとつは、さすがに状況証拠が多すぎること。

 自分の周りにある違和感が、そう考えれば全て解決してしまう、というのは確かな事実だったのだ。

 だからどれほど現実離れしていようとも、説得力を感じずにはいられなかった。


 またもうひとつの理由は、『選ばれていない機体』の存在だ。

 私は機体の選択に関する不自然な点から、すでにこのクラスには犠牲者が出ている、という可能性にも思い至っていた。

 ゲームでの死が、現実の死に直結するかもしれない、と考えていたのである。

 ……息が上手くできなくなるような恐怖と、拭いようのない胸の痛みを感じながら。


 無論そんな現象は、あの宇宙空間の方が現実でない限りは考えにくい。

 それで私は、自分の馬鹿馬鹿しい考えを、ますます否定できなくなったのである。


 そして最後、私が自らの無茶な推測を肯定する気になった、最大の理由は――


『頼む、志藤……!』


 誰かの発する熱い訴え――みんなを守ってくれという強い願いが、記憶の奥底から響いてくるから。

 真摯で誠実で、圧倒されるほどまっすぐなその懇願が、どうしようもなく心を揺さぶるから。

 これは絶対に見過ごしてはいけない、と迷わず断定できてしまうくらいに。


 だからこそ、どんなに馬鹿げた話であろうとも、無視することはできなかった。

 みんなの命に関わるこの問題を、非現実的だという理由で放置はできなかった。

 その衝動が私に、例え明確な証拠は無くとも、とりあえず行動を起こすべきだ……と決意させたのである。


 定めたその意志の元、私は素早く対策を講じた。

 自らの信じ難い推測を、余すところなくクラスメイト達へ伝えたのである。

 まともではないと思われるのも、ある程度は覚悟の上で。


 その目的は、主にふたつ。


 ひとつはクラスメイト全員に、強い危機意識を持ってもらうことにより、さらなる犠牲者が出てしまう確率を減らすこと。

 もうひとつは、全てを白日の下に晒すことで、精神的なプレッシャーをかけること。

 きっと真実を知っているのであろう、『とある人物』へ。

 そうすればきっと、向こうも何らかの動きを見せるはず、と考えたのだ。


 結果として案の定と言うべきか、あるいは目論見通りと言うべきか。

 その『とある人物』は、私が話を始めると同時に、すかさず行動を開始した。

 こちらを監視するように、気配もなく教室の入り口へと現れたのである。


 ゆえに私は、それを確認してから、彼を疑った理由について説明――


「でもこの学校には、とても不自然なことに、たった一人だけゲームに参加していない人物がいます。

 私はその人ならば、全ての事情を知っている。

 そして真実に近づいた私達へ、何もかも教えてくれるのではないか……と、考えています」


 次いですかさず、呼び慣れたその人の名を――


「そうですよね――」


 まるで殺人事件の真犯人を告げる、小説の中の名探偵になったかのような気分で、高らかに宣言した。



「倉田先生?」



 その『とある人物』というのはもちろん、よれよれの白衣を纏い、いかにも昼行灯という雰囲気を漂わせた、ひどく冴えない中年男性――当クラス担任の、倉田公平先生である。


 やはり彼こそが、今回の件のキーパーソンで間違いは無いらしい。

 きっと私の話が、自分の目的に都合の悪いものだと察知し、慌てて止めに来たのだろう。

 つまりは今ここに、隠れ潜んでいた黒幕との直接対決が始まった、というわけだ。


 しかしそうやって、数多くの秘密を暴露されたと言うのに、肝心の当人の様子に変化は無い。

 私の呼びかけに動ずることなく、いつもの穏やかな口調で声をかけてきたのだ。

 こちらの挑戦的な姿勢を、軽々と受け流すかのように。


「やあ、みんな。元気そうでなにより」


 そんな彼の顔には、『全ては想定の範囲内』とでも言わんばかりの、おそろしく不敵な笑みが浮かんでいた。

 きっとこちら側の懊悩など、何とも思ってはいないのだろう。


 そうした倉田先生の、人を人とも思わぬ態度が、私の胸に闘争心という名の炎を灯す。

 私達全員を騙しておきながら、依然として普段通りに振る舞う彼が、心底許し難かったのだ。


 そこですかさず、せめてもの抵抗と現状確認を兼ねて、皮肉たっぷりの問いかけを放った。


「それは、『生徒』達が元気で良かった、という意味ですか?

 それとも……『兵士』達が無事生還し、戦力が減らなくて良かった、という意味ですか?」


 すると倉田先生は、その糾弾に対して、ひどく不明瞭な答えを返してくる。

 口調を一切変えぬまま、面倒臭そうに頬をぽりぽりと掻きながら。


「相変わらず厳しいなあ、志藤さんは。

 先生、そんなに頼りないかなあ」


 どうやらこちらの質問へ、真面目に答える気は無いらしい。

 適当に話を逸らして煙に巻こうとしている、というところだろうか。


 だが倉田先生のそうした振る舞いこそ、先の推測が正しい、という事実の確かな裏付けだろう。

 『騙す』ことが目的だから、『真実に迫られる』ことを避けるため、話をはぐらかそうとしているわけである。


 そう手応えを得た私は、続けて矢継ぎ早に、先生の行動の矛盾点を指摘していった。

 その温厚な仮面の下に隠された、恐ろしい本性を暴くために。


「倉田先生は、私の主張を聞いても動揺されないんですね。

 こんなおかしな話に対して、何を言ってるんだと疑問を抱いたりもしないんですね。

 それは私の予測を肯定しているから、と受け取ってもよいのでしょうか?」


 結果その瞬間、倉田先生の顔から――


(……!)


 ひどく唐突に、全ての感情が消え失せる。

 まるで蝋人形か何かのように、完全な無表情となったのだ。

 そこにはもはや、人間性と呼べるものなどひとつとして見当たらない。


 そしてその反応に驚き、言葉を失う私達を前に、短く意図不明な呟きを放つと――


「ふむ……さすがにもう、『調整』しきれないか」


 そのまま生徒からの質問を受け付けた、真面目な教師のように回答した。


「では答えよう。

 私が君の予測を肯定している、と受け取ってもらって大丈夫だよ。

 だってほとんど、正解だからね」


 次いで急に感情を取り戻し、優秀な生徒を褒めるかのごとく、やたらと嬉しそうに私を称賛する。


「にしてもいやあ、ホントにお見事。

 一応いつかは気づくだろうと思ってたけど、こんなにも早く、しかも正確に見通すなんて。

 やっぱり君は、飛び抜けて優秀だ。

 指揮官役に選んだのは、いい判断だったなあ」


 それを聞かされた私は、反射的に動揺、わかりやすく怯んでしまった。

 本当は嘘だったらいい、と心のどこかで思っていた考えを、企ての張本人にはっきり肯定されたから。


 するとその隙を突くかのように、倉田先生が不意に移動を開始する。

 穏やかに話を続けつつ、ゆっくりこちらへ近づいてきたのだ。


「でもまあ、それも当然なのかな。

 なんせ細かいところが雑すぎる計画で、『順化調整』関連の技術も未熟だったんだから。

 むしろ今まで、良く持ちこたえた方かもしれない。

 ま、それくらい『我々』も追い詰められていた、ということなんだけどね」


 私はそれに気圧されて、大きく後ずさった。

 窓際に集まる、同じ立場の仲間達の元へ。

 得体の知れない恐怖から、できるだけ遠ざかろうとするみたいに。


 そんな私の臆した振る舞いを見てか、彼は私と入れ替わりに教壇の所へ到達した直後、ふと反省した風の口調で謝罪してくる。

 まるで自分が、本当の教師であるかのように。


「おっと……授業を急ぎすぎたかな?

 これはいけない、先生失格だ。

 ここはきちんと、生徒達のペースに合わせないといけないね。

 さてさて、では質問があったら受け付けるけど、どうだい?」


 そのこちらを侮ったような、からかい混じりの発言に対し、私は――


(いけない……向こうのペースに呑まれたら)


 それに翻弄されぬよう、いったん深呼吸をして、自分を落ち着かせた。

 そして今ここですべきなのは、事態をしっかり把握することだろう、と改めて目的を定め直した後――


「では……お尋ねします」



 慎重に、事実確認を再開した。








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