Prologue
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『ねえ、カ――。今、何時だかわかる?』
私――志藤明が、この世界の有り様について考えるようになった、そもそものきっかけ。
それは偶然教室で耳にした、そんなごく当たり前の質問だった。
その何の変哲もない一言こそが、私の中に眠る、真実への扉を開け放ったのだ。
なぜなら自分が、ひどく簡単なその質問に答えられない、という奇妙な現実を突きつけられたから。
しかもそうやり取りをしていたのが、いったいどこの誰だったのか、今でもさっぱり思い出せないから。
そんな事態、普通に考えればあり得ぬわけだし、強く疑問を感じるのは当然だろう。
実際その問題は、私の心の奥底に深く残り、そこから警告を発し続けた。
このままではいけない、閉じている目を開き、現実を直視しろ。
そんな風に、絶え間なく訴えかけてきたのだ。
だからかその一件をきっかけに、私はたびたび違和感を覚えるようになった。
周りの状況や、ゲーム内での自分の心理状態に対し、ことあるごとに『何かおかしい』と感じ始めたのである。
そこで最初に感じたのは、学校の環境についての疑問だ。
校庭に門が無いとか、電力が来てないのにゲーム機が動いてるとか、その辺りの不自然さが引っかかったのである。
今まではずっと、全くと言っていいほど気にならなかったというのに。
またそうして覚えた違和感に、次いでヨウスケ君からの質問が拍車を掛けた。
敵の襲撃中にされた、『前回の戦いのことを覚えているか』というあれだ。
あれにより私は、自身の異常を明確に認識することになった。
なぜならつい最近起きたはずのその出来事を、自分が一切覚えていなかったから。
まるでPCからデータを削除した時のように、きれいさっぱりと。
それは違和感どころか、恐怖さえ感じる奇怪な事態であった。
さらに間を置かず、記憶の異常に見舞われているのが、自分だけではないこともわかった。
先の戦いの後、望月さんに聞き取りを行ったところ、そういう事実が判明したのだ。
彼女はその時、なぜか未知の敵の性能を知っていたが、どこで相手の情報を得たのかは思い出せない様子だった。
決して得られるはずの無い知識を、理由もわからぬまま覚えていた、ということである。
加えてそう証言する中で、自分が何か大切なものを失ったような気がしている、とも言っていた。
どうやら望月さんは、それが原因で、あれほど深く落ち込んでいたらしい。
ただしその詳細――何を失ったからそんなにも悲しいのか――はわからないと話しており、やはり不自然であることは疑いようがなかった。
ゆえにその時点で私は、自分――いや自分達の記憶は改竄されている、という確信を持つに至った。
だって複数人の記憶に似た異常が発生するなんて、外部の干渉でもなければ、絶対に起きようのない事態だったから。
つまり誰かが何らかの目的をもって、このクラスの全員を操っているらしい、と判断したわけだ。
そこですぐ私は、集まったその情報を使って、異変の原因を様々な角度から考察した。
自身の記憶、戦闘中の心境、学校の環境などについて、細かく丁寧に検証していったのだ。
そこに深刻な危険があるのなら、なるべく早く対処法を考えておくべきだ、と思ったから。
そして最終的に、あまりにも荒唐無稽な、ひとつの結論を導き出すことになった。
それは『ゲームと現実が逆かもしれない』という、自分で自分の正気を疑いたくなるような推測だった。
まあ実際、そんなおかしな考えにたどり着けば、誰しもそう感じることだろう。
あまりにも常識から外れているし、きっと百人に告げれば百人ともが、狂った妄想だと嘲笑するに違いない。
しかし私は、自分が導き出したのその推論を、どうしても無視できなかった。
何を馬鹿な妄想をしてるんだろう、そんな事があるわけないのに、とは笑い飛ばせなかった。
その理由のひとつは、さすがに状況証拠が多すぎること。
自分の周りにある違和感が、そう考えれば全て解決してしまう、というのは確かな事実だったのだ。
だからどれほど現実離れしていようとも、説得力を感じずにはいられなかった。
またもうひとつの理由は、『選ばれていない機体』の存在だ。
私は機体の選択に関する不自然な点から、すでにこのクラスには犠牲者が出ている、という可能性にも思い至っていた。
ゲームでの死が、現実の死に直結するかもしれない、と考えていたのである。
……息が上手くできなくなるような恐怖と、拭いようのない胸の痛みを感じながら。
無論そんな現象は、あの宇宙空間の方が現実でない限りは考えにくい。
それで私は、自分の馬鹿馬鹿しい考えを、ますます否定できなくなったのである。
そして最後、私が自らの無茶な推測を肯定する気になった、最大の理由は――
『頼む、志藤……!』
誰かの発する熱い訴え――みんなを守ってくれという強い願いが、記憶の奥底から響いてくるから。
真摯で誠実で、圧倒されるほどまっすぐなその懇願が、どうしようもなく心を揺さぶるから。
これは絶対に見過ごしてはいけない、と迷わず断定できてしまうくらいに。
だからこそ、どんなに馬鹿げた話であろうとも、無視することはできなかった。
みんなの命に関わるこの問題を、非現実的だという理由で放置はできなかった。
その衝動が私に、例え明確な証拠は無くとも、とりあえず行動を起こすべきだ……と決意させたのである。
定めたその意志の元、私は素早く対策を講じた。
自らの信じ難い推測を、余すところなくクラスメイト達へ伝えたのである。
まともではないと思われるのも、ある程度は覚悟の上で。
その目的は、主にふたつ。
ひとつはクラスメイト全員に、強い危機意識を持ってもらうことにより、さらなる犠牲者が出てしまう確率を減らすこと。
もうひとつは、全てを白日の下に晒すことで、精神的なプレッシャーをかけること。
きっと真実を知っているのであろう、『とある人物』へ。
そうすればきっと、向こうも何らかの動きを見せるはず、と考えたのだ。
結果として案の定と言うべきか、あるいは目論見通りと言うべきか。
その『とある人物』は、私が話を始めると同時に、すかさず行動を開始した。
こちらを監視するように、気配もなく教室の入り口へと現れたのである。
ゆえに私は、それを確認してから、彼を疑った理由について説明――
「でもこの学校には、とても不自然なことに、たった一人だけゲームに参加していない人物がいます。
私はその人ならば、全ての事情を知っている。
そして真実に近づいた私達へ、何もかも教えてくれるのではないか……と、考えています」
次いですかさず、呼び慣れたその人の名を――
「そうですよね――」
まるで殺人事件の真犯人を告げる、小説の中の名探偵になったかのような気分で、高らかに宣言した。
「倉田先生?」
その『とある人物』というのはもちろん、よれよれの白衣を纏い、いかにも昼行灯という雰囲気を漂わせた、ひどく冴えない中年男性――当クラス担任の、倉田公平先生である。
やはり彼こそが、今回の件のキーパーソンで間違いは無いらしい。
きっと私の話が、自分の目的に都合の悪いものだと察知し、慌てて止めに来たのだろう。
つまりは今ここに、隠れ潜んでいた黒幕との直接対決が始まった、というわけだ。
しかしそうやって、数多くの秘密を暴露されたと言うのに、肝心の当人の様子に変化は無い。
私の呼びかけに動ずることなく、いつもの穏やかな口調で声をかけてきたのだ。
こちらの挑戦的な姿勢を、軽々と受け流すかのように。
「やあ、みんな。元気そうでなにより」
そんな彼の顔には、『全ては想定の範囲内』とでも言わんばかりの、おそろしく不敵な笑みが浮かんでいた。
きっとこちら側の懊悩など、何とも思ってはいないのだろう。
そうした倉田先生の、人を人とも思わぬ態度が、私の胸に闘争心という名の炎を灯す。
私達全員を騙しておきながら、依然として普段通りに振る舞う彼が、心底許し難かったのだ。
そこですかさず、せめてもの抵抗と現状確認を兼ねて、皮肉たっぷりの問いかけを放った。
「それは、『生徒』達が元気で良かった、という意味ですか?
それとも……『兵士』達が無事生還し、戦力が減らなくて良かった、という意味ですか?」
すると倉田先生は、その糾弾に対して、ひどく不明瞭な答えを返してくる。
口調を一切変えぬまま、面倒臭そうに頬をぽりぽりと掻きながら。
「相変わらず厳しいなあ、志藤さんは。
先生、そんなに頼りないかなあ」
どうやらこちらの質問へ、真面目に答える気は無いらしい。
適当に話を逸らして煙に巻こうとしている、というところだろうか。
だが倉田先生のそうした振る舞いこそ、先の推測が正しい、という事実の確かな裏付けだろう。
『騙す』ことが目的だから、『真実に迫られる』ことを避けるため、話をはぐらかそうとしているわけである。
そう手応えを得た私は、続けて矢継ぎ早に、先生の行動の矛盾点を指摘していった。
その温厚な仮面の下に隠された、恐ろしい本性を暴くために。
「倉田先生は、私の主張を聞いても動揺されないんですね。
こんなおかしな話に対して、何を言ってるんだと疑問を抱いたりもしないんですね。
それは私の予測を肯定しているから、と受け取ってもよいのでしょうか?」
結果その瞬間、倉田先生の顔から――
(……!)
ひどく唐突に、全ての感情が消え失せる。
まるで蝋人形か何かのように、完全な無表情となったのだ。
そこにはもはや、人間性と呼べるものなどひとつとして見当たらない。
そしてその反応に驚き、言葉を失う私達を前に、短く意図不明な呟きを放つと――
「ふむ……さすがにもう、『調整』しきれないか」
そのまま生徒からの質問を受け付けた、真面目な教師のように回答した。
「では答えよう。
私が君の予測を肯定している、と受け取ってもらって大丈夫だよ。
だってほとんど、正解だからね」
次いで急に感情を取り戻し、優秀な生徒を褒めるかのごとく、やたらと嬉しそうに私を称賛する。
「にしてもいやあ、ホントにお見事。
一応いつかは気づくだろうと思ってたけど、こんなにも早く、しかも正確に見通すなんて。
やっぱり君は、飛び抜けて優秀だ。
指揮官役に選んだのは、いい判断だったなあ」
それを聞かされた私は、反射的に動揺、わかりやすく怯んでしまった。
本当は嘘だったらいい、と心のどこかで思っていた考えを、企ての張本人にはっきり肯定されたから。
するとその隙を突くかのように、倉田先生が不意に移動を開始する。
穏やかに話を続けつつ、ゆっくりこちらへ近づいてきたのだ。
「でもまあ、それも当然なのかな。
なんせ細かいところが雑すぎる計画で、『順化調整』関連の技術も未熟だったんだから。
むしろ今まで、良く持ちこたえた方かもしれない。
ま、それくらい『我々』も追い詰められていた、ということなんだけどね」
私はそれに気圧されて、大きく後ずさった。
窓際に集まる、同じ立場の仲間達の元へ。
得体の知れない恐怖から、できるだけ遠ざかろうとするみたいに。
そんな私の臆した振る舞いを見てか、彼は私と入れ替わりに教壇の所へ到達した直後、ふと反省した風の口調で謝罪してくる。
まるで自分が、本当の教師であるかのように。
「おっと……授業を急ぎすぎたかな?
これはいけない、先生失格だ。
ここはきちんと、生徒達のペースに合わせないといけないね。
さてさて、では質問があったら受け付けるけど、どうだい?」
そのこちらを侮ったような、からかい混じりの発言に対し、私は――
(いけない……向こうのペースに呑まれたら)
それに翻弄されぬよう、いったん深呼吸をして、自分を落ち着かせた。
そして今ここですべきなのは、事態をしっかり把握することだろう、と改めて目的を定め直した後――
「では……お尋ねします」
慎重に、事実確認を再開した。




