Section-7
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「ゲームの、中……?」
アキラちゃんのその発言は、ただでさえ茫然自失となっていた僕らを、より固く凍りつかせた。
次々と示される驚愕の事実に、体も心も圧倒されてしまったからだ。
こうなるともはや、満足に思考を行うことすら叶わない。
ゆえに僕はそのまま、続く彼女の言葉に、どこか夢心地で耳を傾けるしかなくなった。
「はい、ゲームの中……いわゆる、仮想空間と呼ばれるものです。
この学校はたぶん、データの中だけの存在なのでしょう。
だからあるはずの物が存在せず、起こるべきことも起こらない。
……のだと、私は考えています」
そんなこちらを置き去りに、アキラちゃんはしばらく喋り続けていたが。
「もちろんそうだとしても、まだ色々と疑問はあるのですが。
おそらくそれは……あっ」
やがて僕らの反応が悪いことに気づいたのか、慌てて話を止め、軽くフォローを入れてくる。
「……すみません。ちょっと話を急ぎすぎてしまったみたいですね。
もう少しゆっくり説明することにします。
ええと……どうしたら、いいですかね……」
その迷いを帯びた彼女の呟きに、すかさず反応したのは――
「あ~……すまん、ちょっといいか?」
やはりと言うべきか、斉川君であった。
彼は思考停止状態に陥った僕らの中で、いち早く正気を取り戻し、アキラちゃんの話に割って入ったのだ。
相変わらず彼だけが、この常識外れの話に対応できているらしい。
それでも結局、大いに困惑していることに変わりはないらしい。
だからか斉川君は、一度ため息をついてから、自信無さげな口調で話を始める。
「何もかも急で、全然頭が追いついてなくてな。
ここらでいったん、話を整理しておきたいんだが……」
その妥当な提案へ、アキラちゃんが冷静に応じ――
「わかりました。では、どの辺りから?」
そこに斉川君が、未だ動揺を残しながらも、何とか答えを返したところで――
「……まあ、最初っから全部だ。
基本的にはひとつ残らず、事情を確認をしておきたい。
とにかくその、突拍子もない話ばかりだからな。
ええと、それじゃあまず、さっきまでの志藤の主張をまとめるが……」
ようやく彼の話が、本格的に始まった。
「ここはゲームの中に再現されてる、学校を模した仮想空間。
だからあくまでデータ上のものであり、実際には存在しない。
完全な陸の孤島状態なのも、おそらくそれが原因。
つまり俺達は、作り物の世界で過ごす、籠の中の鳥だったってわけだ」
そんな自虐的な例えも交えて、斉川君はこれまでの話を総括してから、それが正しいかの確認を行う。
「しかもそこで過ごした思い出は、頭の中に全く残っていない。
それどころか、自宅や家族のことさえ、俺達はきれいさっぱり忘れてる。
まるで誰かに、記憶をいじくり回されたみたいにな。
……ここまでは、合ってるか?」
そしてその質問に、全く動ぜず頷くアキラちゃんを見た後、不意に独白調の語りを開始し――
「まあ別に、それを頭っから否定するわけじゃないんだ。
確かに周りの様子は色々おかしいし、記憶が滅茶苦茶になってるのも自分でわかる。
状況がおそろしく異常だ、って言うのは間違いないんだろうさ。
でも……」
次いでますます表情を厳しくしながら、皆の共通した思いであろう、根本的なわだかまりを告げた。
「……やっぱり、そう簡単には信じられない。
急に今いるのがゲームの中でした、なんて言われてもな。
理屈が正しかろうと筋が通っていようと、納得できないものはできないんだよ」
するとみんなの顔が、『その通りだ』とでも言いたげなものに変わる。
彼の発言が、的確に自分の気持ちを代弁してくれた、と思ったのだろう。
もちろんそれは、僕としても同感である。
いくら全幅の信頼を置くアキラちゃんの見解とは言え、こんな無茶な話、そうそう受け入れられるものではない。
せめてもう少し、その仮説を補強し得る、裏付けか何かが欲しかった。
そういう無言の思いを受け取ったのか、アキラちゃんは独り、表情を険しくして黙り込んだ後――
「……そうですね。ではもう少し、仮説の根拠について話をしましょうか」
静かにゆっくりと、話を再開し――
「ここがゲームの中である、ということの裏付けならば、実はもうひとつあります。
それはこの学校で起きていた、ひどく不自然な事態。
なぜだか見過ごしていた、とても不可解な現象。
具体的に言うと――」
長い前置きをした後、言われてみれば確かに、という事実を宣告する。
「電力の問題です」
加えてそれに不意を突かれ、言葉を失う僕らに、その根拠を丁寧に説明――
「この学校には送電線が繋がっておらず、また自家発電設備も無い。
それなのにあの、最新鋭の巨大なゲーム機を稼働させている。
どこからも電力の供給を受けないまま、自由に動かしているわけです。
それは現実的に考えれば、絶対にあり得ないことなのですが――」
整然と、隙の無い結論を突きつけてきた。
「ここがゲームの中であれば、当然のように問題はありません。
ただの映像ですから、電力の供給など必要は無いわけです。
この事実も一応、仮説の裏付けにはなると思います。
……どう、でしょうか?」
もちろん、僕らに返す言葉など無い。
その論理性に圧倒され、揃って黙り込むのみだ。
それを否定することなどできない、という事実に深く絶望しながら。
ただそれでも、まだ納得できない部分があったのか、もしくは単に残る疑問点を解消しようとしたのか――
「……確かにそれは、十分筋の通った話だな。
でもそれならそれで、また別の疑問が出てくる」
斉川君はアキラちゃんへ、重ねて質問を行う。
「結局、そもそもの理由がわからない、っていうところだよ。
その話が本当だとして、なんで俺達はそんな状況に陥ってる?
いったいどうして、全員でこんな場所に閉じ込められてるんだ?」
そのままあたかも、これまでに溜まった鬱憤を晴らすかのように――
「いやもちろん、普通に考えればだ。
誰かが俺達の記憶を改変して、ゲームの中に閉じ込めた、ってことになるわけなんだが」
決して止まることなく、次から次へと問いかけを繰り出していった。
「でもそいつの目的は、いったい何なんだ?
そんな事をして、そいつに何のメリットがある?
俺にはそれが、さっぱりわからない。
志藤はその辺を、どう考えてるんだよ?」
その主張には実際のところ、かなり納得できる部分が多い。
だってわざわざ、これほど大掛かりな舞台を整えた上で、平凡な高校生の集団を操ったとしてもだ。
目的が何であれ、手間に見合う利益が得られるとは、どうしたって思えなかったから。
僕らはただゲームをしていただけなんだし、そう感じるのは当然だろう。
ゆえにまずそこから教えて欲しい、と感じた僕は、アキラちゃんに物言いたげな視線を注いだ。
他のクラスメイト達もきっと、同じように考えているに違いない。
場に漂うその雰囲気を、直に肌で感じたのだろう。
アキラちゃんはそこで、観念したように口を開く。
なぜかだはっきりと、ためらうような素振りを見せながら。
「……これももちろん、確証は無いことなのですが」
その先で語られたのは、『こんな事を知らされるくらいなら、そもそも聞かなければ良かった』……そんな風に己の行動を悔いてしまうほどの、あまりにも恐ろしい現実だった。
「おそらく、私達に戦争をさせるためだと思います。
宇宙空間で、人型の機動兵器に乗せて。
人類に反乱を起こした、AI達の軍隊と」
それを聞いた瞬間、斉川君は大きく目を見開き、ひどく狼狽した風の呟きを漏らす。
「いや、おい。それって、まさか……」
彼女はやはり、一切動じることなく、その確認に応じた。
内容の荒唐無稽さとは裏腹の、極めて真剣味に満ちた表情でだ。
「はい。これは全部、私達が現在プレイしているゲーム、『ムーン・セイヴァーズ』の設定。
本来は作り物の中の、偽りでしかないはずの物語」
僕はただ、完全に圧倒されつつ、それへ耳を傾けるしかない……
「でもあれはきっと、架空の話なんかではなく、何もかも現実に起きたことなんです。
本当に人類は、滅亡の危機に瀕しているんだと思います。
それを防ぐための兵士として、私達はここに集められ、何も知らされぬまま戦い続けていた……」
その話が終わりを告げた瞬間、さらに焦りを増した口調で、斉川君が割り込んでくる。
「じゃああれか、ここでの生活がゲームで、あの宇宙空間での戦闘が現実だった……ってことなのか?
全ては逆だった、って志藤は言いたいのか?」
そしてアキラちゃんが、自分の言葉に頷く姿を見た後、さらに質問を続けた。
らしくもなく動揺した様子で、忙しなく頭を掻きながら。
「根拠は? なんでそう思ったんだ?
どうしてあの設定が、現実に起きていることだなんて考えたんだよ?」
そのごくごく当然の疑問に対して、アキラちゃんはすぐさま冷静に説明を開始――
「私がそう考えた根拠は、主に三つです。
ひとつはもちろん、『こちらがゲームなら、あちらの方は現実に違いない』という、至極単純な発想。
両方ともが仮想空間なら、現実がどこにも存在しないことになり、とても不自然ですから。
そしてふたつめは――」
感情を抑えた声で、またしても受け入れ難い事実を告げる。
「私達が、何者かに操られていることです。
記憶だけでなく、その意志や感情までも」
それからその発言に驚き、戸惑った声を上げる斉川君へ――
「意志や、感情? 俺らはそんなものまで操られていたってのか?」
再度、前置きをしつつ応答した。
「はい。確かにあのゲームは、私達にとって唯一の娯楽です。
しかも基本的に無償ですから、皆が揃って遊んでいました。
それ自体は、特に不自然ではないと思います。
ただ――」
そして途中で、こちらの様子をうかがうように、ひと呼吸置いた後――
「私を含めたみんなの、あのゲームに対する姿勢は異常でした。
ポイント稼ぎに執着して、やたら積極的に戦おうとしたり、あるいはペナルティを恐れて撤退を渋ったり。
特に『一度撃墜されたら全てリセット』だとがわかっているのに、無理にでも戦闘を続けようとするのは、あまりに不自然だったと思います」
鋭く、僕らの認識に切り込んできた。
「実際、そうだったのではありませんか?
先ほどの戦闘において、私が撤退を提案した時、みなさんは一様に否定的な反応をしました。
ほとんど迷うことなく、もっと戦いたいと願ったのです。
そういう自分の心の動きに、不自然さを感じたことはないですか?」
そう告げられた斉川君は、ハッとした表情になって言葉を失う。
どうやら彼、今の指摘に図星を突かれたらしい。
自分が妙に好戦的だ、と感じた経験があったのだろう。
まあそれはもちろん、僕としても同じだったわけだが。
そんな僕らを尻目に、アキラちゃんはそのまま、一切の迷いも淀みもなく――
「それらの事実から、私は自分が記憶だけでなく、心まで操られていると判断しました。
催眠とか暗示とか、あるいは洗脳の類いを受けていた、という意味です。
きっと私達を閉じ込めた誰かが、そういう風に仕向けたのでしょう」
大衆を前にした指導者の演説のように、自らの考えを表明し――
「そしてそういった画策の全ては、私達にあのゲームをさせる、というひとつの目的に向け集約されています。
たぶんそれこそが、私達を操る者にとって、最も重視すべき事柄だったからでしょう。
ならばそうまでして、私達にゲームのプレイを強制する理由は、いったい何なのか。
それを必死に考え続けて――」
どうにも逃れようのない、ひとつの冷厳な結論を打ち立てた。
「最終的に私は、あのゲームの方が現実である、という可能性に思い至ったわけです。
例えどれほど現実離れしていようとも、それが何より合理的な説明だったから」
それから次に、独り滔々と喋り続けてしまったことを謝罪するかのように、今の話を簡潔にまとめ直して伝えてくれる。
「言い換えれば、ただのゲームを現実と誤認させたがる理由は、逆に現実の方をゲームと誤認させたかったからである。
そう解釈するのが一番順当に思えた、というところでしょうか。
それで何となく、伝わりますか?」
その総括を聞いたおかげで、僕にもずいぶん話が掴みやすくなった。
急に複雑なことを色々知らされ、かなり混乱していたので、正直なところ非常にありがたい。
と言っても未だに、全て受け入れられたとは言い難いのだが……
……なんて、僕は相変わらず、そんな鈍い反応をしていたのだが。
そこで反論を探すように、厳しい表情で黙り込んでいた斉川君が、唐突に発言を開始する。
ふと閃いたという雰囲気で、アキラちゃんにとある質問を放ったのである。
「……ん? じゃあもし、あのゲームの中で敵に撃墜されていたら……
俺達はそこで、本当に死んでたってことになるのか?」
するとその瞬間、不意に近くから小さな悲鳴が聞こえた。
怯えたような驚いたような印象のある、か細い女の子の声だ。
それに驚き、いったい何事かと、僕がその声の方向を振り向くと――
(……望月さん?)
青ざめた顔で小刻みに震えながら、口に手を当ててうつむく、望月さんの姿が目に入ってくる。
これまた見るからに、尋常でない様子だ。
隣にいる美山さんも、かなり心配そうな表情である。
いったい彼女の身に、何があったのだろう。
しかしそんな彼女を、僕が慌てて気遣おうとしたその寸前で――
「それに、ついては……その、少し考えていることがありまして。
ええと……」
斉川君の問いに応じたアキラちゃんが、妙に迷いを帯びた口調で喋り始めた後、すぐ困ったように黙り込んでしまう。
そちらはそちらで、不可解な態度というわけだ。
そんな眼前の光景に戸惑い、僕はふらふらと、二人の間に視線を行き来させていたのだが。
その内に彼女は、覚悟を決めた風に、凜然とひとつの宣言をしてから――
「……それこそ私が、『あのゲームを現実だと考えている』理由の、最後のひとつに当たります。
どうか落ち着いて、これからの話を聞いて下さい」
なぜだかひとつ、おかしな質問をしてきた。
「みなさんはこのゲームをプレイし始めた時、最初に聞いたガイドアナウンスを覚えていますか?
ゲームのルールや機体性能の解説をしてくれた、チュートリアルのようなあれです」
斉川君はちょっと首を傾げながらも、とりあえずと言った感じでそれに応じる。
「ん……? ああ……あれか、『Introduction』とか言ってたっけ」
そこへアキラちゃんは、ほんの少し上ずった声で話を続けていたのだが。
「はい。そしてそこで紹介された機体のバリエーションは、全部で十二種類。
私達はその中から、自由に自分の機体を選び取った……はずなのですが」
ただその最後で、唐突に声を落とし、またしても不思議なことを聞いてきた。
「結果として二機だけ、選ばれなかったものがあります。
それがA-1アサルトと、B-1アーチャー。
誰もこれらを選択しなかった、ということですね。
でも……そんな事があり得ると思いますか?」
その質問に、やっとわかるやつが来たか、という風に斉川君が返答する。
「何が疑問なんだ? 俺達は十人で、機体は十二種類だろう?
ふたつ余って当然じゃないか」
しかしアキラちゃんは、次いでその意見をあっさりと退け、言われてみれば当然という指摘を繰り出してきた。
「選ばれなかった機体の、タイプが問題なのです。
その二機は他と比べて、凄くバランスの良い性能をしています。
基本的と言うかオーソドックスと言うか、とにかく使いやすそうな印象があるわけです。
それが誰にも選ばれないなんて、どこかおかしいと思いませんか?」
僕としては無論、まったくもってその通りです、と答えるしかない。
二機とも普通に考えれば、最初に選ばれてしかるべき機体だったから。
両方とも余るなんて、確かにかなり奇妙である。
いったいなぜ、そんな事態が起こったのだろう。
そうして僕が、その謎について考えを巡らしていると、そこに突然小さな呟きが聞こえてくる。
何か重大な事を察したという雰囲気の、斉川君が漏らしたものだ。
「まさか……」
そこでなぜ、彼が愕然としていたかは、次いで本人の代わりにアキラちゃんが説明してくれた。
「ただその疑問も、こう考えれば解決します。
その二機は、きちんと誰かに選ばれていたものの――」
今までに覚えた、全ての違和感に答えを出す、とてもとても悲しい事実と共に。
「その誰かは、戦闘中に撃墜された結果、この教室から姿を消した。
そして洗脳されている私達は、それを完全に忘れてしまった。
だから今は、その二機が『選ばれなかったこと』になっている。
私としては、そう考えています……」
突如として告げられた、その恐ろしい推論に衝撃を受けたのだろう。
さしもの斉川君も、呆然と彼女の言葉を繰り返すしかなくなってしまう。
「それじゃあ、つまり……もう二人、このクラスには生徒がいたのか?
そしてそいつらは、ゲームで撃墜されたことが原因で、この学校からいなくなったってのか……?」
そんな彼に向け、アキラちゃんは痛ましげな顔で頷きつつ――
「はい。間違いないと思います。
彼らはまるで、ゲームからログアウトするみたいに、この教室から忽然と消え去ったのです」
冷静かつ冷徹な解説を付け加えて、ひどく痛ましいこの話を締め括った。
「そしてここが現実であれば、当然そんな事はあり得ません。
また撃墜されることにより、存在が消失する場所なんて、実際の戦場以外には無い。
だから私は、あの宇宙空間の方こそが、現実の世界だと考えたのです。
……以上が、先ほどの推論の根拠、その全てになります」
そんな二人の、沈痛極まるやり取りが、教室に地獄のような沈黙をもたらす。
きっと皆、アキラちゃんの話が現実味を帯びてきたことに、強い恐怖を感じているのだろう。
まあ、『実はリアルとバーチャルが逆でした』なんて事を知らされれば、誰だってそうなるとは思うが。
もっともその中で、僕はただ独り、皆とは全く違う感想を抱いていた。
(そんな……アキラちゃん、つまり君は――)
今の話は果たして真実なのか、とか。
本当だったらどうしたらいいのだろう、とか。
そういう疑問や不安よりも先に――
(こんな重いものを、ずっと独りで背負っていたのかい……?)
この結論を導き出すまでに、彼女が味わったであろう苦しみ、それにひたすら心を痛めていたのである。
だって彼女は、これほどまでに重くおぞましい事実を、たった独りで抱え込んでいたのだ。
誰にも相談できぬまま、ただ一人孤独な戦いを続けていたのだ。
下手に話せば正気を疑われかねないから、そうするしかなかったに違いない。
その中でアキラちゃんは、いったいどれだけ苦しんだのだろう。
どれほどに寂しく、また悩ましい思いをしたのだろう。
不安だったろうな、辛かったろうなと、彼女の心身を案じるばかりである。
そして彼女が、それほど大変な状況に置かれていた時、一方の僕はなんと――
(全然、気づきもしなかった……)
全てを見過ごした状態で、呑気に学校生活を送っていた。
孤軍奮闘する彼女の、わずかな支えにさえなれていなかったわけだ。
これではついさっき定めた、『何があろうと彼女を守る』という決意も、完全な笑い話である。
僕は大切な人を守るどころか、同じ戦場に立ってすらいなかったのだから。
おそろしく滑稽で、死ぬほどみじめだ、と表現するより他は無い……
もっともそんな、僕の根深い後悔とは無関係に、話はそのまま進み始める。
そこで斉川君が、突きつけられた現実に対し、最後の抵抗を試みたからだ。
「……それを証明する方法はあるのか?
一応今のところは、全部憶測に過ぎないんだろ?
絶対の真実とは言い切れないはずだ……」
それにアキラちゃんは、予想外に弱気な答えを返してきた。
「確かに、証明するのは極めて困難です。
それにまだ、私自身が実感を持てていない部分もあります。
さすがに全部、常識から大きく外れた話ですから。
……でも例え、証明ができなくとも――」
しかしそこで一呼吸置いてから、突如口調に自信を取り戻すと、迷わず僕らに驚くべき宣言を行う。
「証言をしてくれる人ならいます」
それに度肝を抜かれ、再び言葉を失う僕達を尻目に、彼女はまた勢い良く語り始め――
「なぜならもし私達が、本当にゲームとして戦争をさせられていたのなら。
誰かにそう、仕向けられていたとするのなら。
この学校にいる全員が、それに参加していなければおかしいはずです。
ここはそのために作られた、偽りの空間なのですから」
そのままいつもの合理的な推論により、ひとつの結論を導き出すと――
「でもこの学校には、とても不自然なことに、たった一人だけゲームに参加していない人物がいます。
私はその人ならば、全ての事情を知っている。
そして真実に近づいた私達へ、何もかも教えてくれるのではないか……と、考えています。
そうですよね――」
突如教室の入り口の方を振り返り、そこへいつの間にか立っていた相手の名を、凛々しく雄々しくはっきりと告げた。
殺人事件の真犯人を指し示す、推理小説の名探偵のように。
「倉田先生?」
そう、彼女の言う『全てを知っているはずの人』とは――
(先……生……?)
よれよれの白衣を纏って、教室の入り口にそっと佇む人物。
いかにも昼行灯という雰囲気を漂わせた、ひどく冴えない中年男性。
当クラス担任の、倉田公平先生だったのだ。
どうやら彼こそが、今回の一件のキーパーソンらしい。
しかし肝心の当人はと言うと、アキラちゃんの鋭い指摘に動ずることなく、いつもの穏やかな口調で呼びかけてくる。
彼女の挑戦的な姿勢を、軽く受け流すかのように。
「やあ、みんな。元気そうでなにより」
全て想定の範囲内、とでも言わんばかりのふてぶてしい態度だ。
そんな倉田先生の振る舞いは、僕の心に不気味な寒々しさをもたらした。
この状況で普段通りに行動する彼が、何よりも恐ろしくてならなかったから。
ただしそれと同時に、僕はある事実に気がつき、内心で首を傾げる。
(……あれ?)
なぜなら僕の目には、その日頃と変わらぬように感じる彼の表情が、余裕すら漂う口調とは裏腹に――
(なんで……悲しそうなんだろう?)
ほんの少しだけ、悲しげに曇っているように見えたから……
第147特殊騎兵小隊戦闘記録
緊急報告。
本日発生した、第十次防衛戦闘の後、想定非常事態CaseA-01が発生。
順化調整が脆弱化し、部隊の統制が困難になると予測されます。
よって一時的に、戦闘行動及び戦績評価を中断、隊員の矯正指導に当たります。
以上でChapter-3『久保擁介編』の完結です。
次回からは、Chapter-4『志藤明編』を開始します。
(状況はそのまま、この直後からです)




