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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-03 『Elucidator』
34/173

Section-7

更新履歴 21/9/18 文章のレイアウト変更・表現の修正


「ゲームの、中……?」



 アキラちゃんのその発言は、ただでさえ茫然自失となっていた僕らを、より固く凍りつかせた。

 次々と示される驚愕の事実に、体も心も圧倒されてしまったからだ。

 こうなるともはや、満足に思考を行うことすら叶わない。


 ゆえに僕はそのまま、続く彼女の言葉に、どこか夢心地で耳を傾けるしかなくなった。


「はい、ゲームの中……いわゆる、仮想空間と呼ばれるものです。

 この学校はたぶん、データの中だけの存在なのでしょう。

 だからあるはずの物が存在せず、起こるべきことも起こらない。

 ……のだと、私は考えています」


 そんなこちらを置き去りに、アキラちゃんはしばらく喋り続けていたが。


「もちろんそうだとしても、まだ色々と疑問はあるのですが。

 おそらくそれは……あっ」


 やがて僕らの反応が悪いことに気づいたのか、慌てて話を止め、軽くフォローを入れてくる。


「……すみません。ちょっと話を急ぎすぎてしまったみたいですね。

 もう少しゆっくり説明することにします。

 ええと……どうしたら、いいですかね……」


 その迷いを帯びた彼女の呟きに、すかさず反応したのは――


「あ~……すまん、ちょっといいか?」


 やはりと言うべきか、斉川君であった。

 彼は思考停止状態に陥った僕らの中で、いち早く正気を取り戻し、アキラちゃんの話に割って入ったのだ。

 相変わらず彼だけが、この常識外れの話に対応できているらしい。


 それでも結局、大いに困惑していることに変わりはないらしい。

 だからか斉川君は、一度ため息をついてから、自信無さげな口調で話を始める。


「何もかも急で、全然頭が追いついてなくてな。

 ここらでいったん、話を整理しておきたいんだが……」


 その妥当な提案へ、アキラちゃんが冷静に応じ――


「わかりました。では、どの辺りから?」


 そこに斉川君が、未だ動揺を残しながらも、何とか答えを返したところで――


「……まあ、最初っから全部だ。

 基本的にはひとつ残らず、事情を確認をしておきたい。

 とにかくその、突拍子もない話ばかりだからな。

 ええと、それじゃあまず、さっきまでの志藤の主張をまとめるが……」


 ようやく彼の話が、本格的に始まった。


「ここはゲームの中に再現されてる、学校を模した仮想空間。

 だからあくまでデータ上のものであり、実際には存在しない。

 完全な陸の孤島状態なのも、おそらくそれが原因。

 つまり俺達は、作り物の世界で過ごす、籠の中の鳥だったってわけだ」


 そんな自虐的な例えも交えて、斉川君はこれまでの話を総括してから、それが正しいかの確認を行う。


「しかもそこで過ごした思い出は、頭の中に全く残っていない。

 それどころか、自宅や家族のことさえ、俺達はきれいさっぱり忘れてる。

 まるで誰かに、記憶をいじくり回されたみたいにな。

 ……ここまでは、合ってるか?」


 そしてその質問に、全く動ぜず頷くアキラちゃんを見た後、不意に独白調の語りを開始し――


「まあ別に、それを頭っから否定するわけじゃないんだ。

 確かに周りの様子は色々おかしいし、記憶が滅茶苦茶になってるのも自分でわかる。

 状況がおそろしく異常だ、って言うのは間違いないんだろうさ。

 でも……」


 次いでますます表情を厳しくしながら、皆の共通した思いであろう、根本的なわだかまりを告げた。


「……やっぱり、そう簡単には信じられない。

 急に今いるのがゲームの中でした、なんて言われてもな。

 理屈が正しかろうと筋が通っていようと、納得できないものはできないんだよ」


 するとみんなの顔が、『その通りだ』とでも言いたげなものに変わる。

 彼の発言が、的確に自分の気持ちを代弁してくれた、と思ったのだろう。


 もちろんそれは、僕としても同感である。

 いくら全幅の信頼を置くアキラちゃんの見解とは言え、こんな無茶な話、そうそう受け入れられるものではない。

 せめてもう少し、その仮説を補強し得る、裏付けか何かが欲しかった。


 そういう無言の思いを受け取ったのか、アキラちゃんは独り、表情を険しくして黙り込んだ後――


「……そうですね。ではもう少し、仮説の根拠について話をしましょうか」


 静かにゆっくりと、話を再開し――


「ここがゲームの中である、ということの裏付けならば、実はもうひとつあります。

 それはこの学校で起きていた、ひどく不自然な事態。

 なぜだか見過ごしていた、とても不可解な現象。

 具体的に言うと――」


 長い前置きをした後、言われてみれば確かに、という事実を宣告する。


「電力の問題です」


 加えてそれに不意を突かれ、言葉を失う僕らに、その根拠を丁寧に説明――


「この学校には送電線が繋がっておらず、また自家発電設備も無い。

 それなのにあの、最新鋭の巨大なゲーム機を稼働させている。

 どこからも電力の供給を受けないまま、自由に動かしているわけです。

 それは現実的に考えれば、絶対にあり得ないことなのですが――」


 整然と、隙の無い結論を突きつけてきた。


「ここがゲームの中であれば、当然のように問題はありません。

 ただの映像ですから、電力の供給など必要は無いわけです。

 この事実も一応、仮説の裏付けにはなると思います。

 ……どう、でしょうか?」


 もちろん、僕らに返す言葉など無い。

 その論理性に圧倒され、揃って黙り込むのみだ。

 それを否定することなどできない、という事実に深く絶望しながら。


 ただそれでも、まだ納得できない部分があったのか、もしくは単に残る疑問点を解消しようとしたのか――


「……確かにそれは、十分筋の通った話だな。

 でもそれならそれで、また別の疑問が出てくる」


 斉川君はアキラちゃんへ、重ねて質問を行う。


「結局、そもそもの理由がわからない、っていうところだよ。

 その話が本当だとして、なんで俺達はそんな状況に陥ってる?

 いったいどうして、全員でこんな場所に閉じ込められてるんだ?」


 そのままあたかも、これまでに溜まった鬱憤を晴らすかのように――


「いやもちろん、普通に考えればだ。

 誰かが俺達の記憶を改変して、ゲームの中に閉じ込めた、ってことになるわけなんだが」


 決して止まることなく、次から次へと問いかけを繰り出していった。


「でもそいつの目的は、いったい何なんだ? 

 そんな事をして、そいつに何のメリットがある?

 俺にはそれが、さっぱりわからない。

 志藤はその辺を、どう考えてるんだよ?」


 その主張には実際のところ、かなり納得できる部分が多い。


 だってわざわざ、これほど大掛かりな舞台を整えた上で、平凡な高校生の集団を操ったとしてもだ。

 目的が何であれ、手間に見合う利益が得られるとは、どうしたって思えなかったから。

 僕らはただゲームをしていただけなんだし、そう感じるのは当然だろう。


 ゆえにまずそこから教えて欲しい、と感じた僕は、アキラちゃんに物言いたげな視線を注いだ。

 他のクラスメイト達もきっと、同じように考えているに違いない。


 場に漂うその雰囲気を、直に肌で感じたのだろう。

 アキラちゃんはそこで、観念したように口を開く。

 なぜかだはっきりと、ためらうような素振りを見せながら。


「……これももちろん、確証は無いことなのですが」


 その先で語られたのは、『こんな事を知らされるくらいなら、そもそも聞かなければ良かった』……そんな風に己の行動を悔いてしまうほどの、あまりにも恐ろしい現実だった。



「おそらく、私達に戦争をさせるためだと思います。

 宇宙空間で、人型の機動兵器に乗せて。

 人類に反乱を起こした、AI達の軍隊と」



 それを聞いた瞬間、斉川君は大きく目を見開き、ひどく狼狽した風の呟きを漏らす。


「いや、おい。それって、まさか……」


 彼女はやはり、一切動じることなく、その確認に応じた。

 内容の荒唐無稽さとは裏腹の、極めて真剣味に満ちた表情でだ。


「はい。これは全部、私達が現在プレイしているゲーム、『ムーン・セイヴァーズ』の設定。

 本来は作り物の中の、偽りでしかないはずの物語」


 僕はただ、完全に圧倒されつつ、それへ耳を傾けるしかない……


「でもあれはきっと、架空の話なんかではなく、何もかも現実に起きたことなんです。

 本当に人類は、滅亡の危機に瀕しているんだと思います。

 それを防ぐための兵士として、私達はここに集められ、何も知らされぬまま戦い続けていた……」


 その話が終わりを告げた瞬間、さらに焦りを増した口調で、斉川君が割り込んでくる。


「じゃああれか、ここでの生活がゲームで、あの宇宙空間での戦闘が現実だった……ってことなのか?

 全ては逆だった、って志藤は言いたいのか?」


 そしてアキラちゃんが、自分の言葉に頷く姿を見た後、さらに質問を続けた。

 らしくもなく動揺した様子で、忙しなく頭を掻きながら。


「根拠は? なんでそう思ったんだ?

 どうしてあの設定が、現実に起きていることだなんて考えたんだよ?」


 そのごくごく当然の疑問に対して、アキラちゃんはすぐさま冷静に説明を開始――


「私がそう考えた根拠は、主に三つです。

 ひとつはもちろん、『こちらがゲームなら、あちらの方は現実に違いない』という、至極単純な発想。

 両方ともが仮想空間なら、現実がどこにも存在しないことになり、とても不自然ですから。

 そしてふたつめは――」


 感情を抑えた声で、またしても受け入れ難い事実を告げる。


「私達が、何者かに操られていることです。

 記憶だけでなく、その意志や感情までも」


 それからその発言に驚き、戸惑った声を上げる斉川君へ――


「意志や、感情? 俺らはそんなものまで操られていたってのか?」


 再度、前置きをしつつ応答した。


「はい。確かにあのゲームは、私達にとって唯一の娯楽です。

 しかも基本的に無償ですから、皆が揃って遊んでいました。

 それ自体は、特に不自然ではないと思います。

 ただ――」


 そして途中で、こちらの様子をうかがうように、ひと呼吸置いた後――


「私を含めたみんなの、あのゲームに対する姿勢は異常でした。

 ポイント稼ぎに執着して、やたら積極的に戦おうとしたり、あるいはペナルティを恐れて撤退を渋ったり。

 特に『一度撃墜されたら全てリセット』だとがわかっているのに、無理にでも戦闘を続けようとするのは、あまりに不自然だったと思います」


 鋭く、僕らの認識に切り込んできた。


「実際、そうだったのではありませんか? 

 先ほどの戦闘において、私が撤退を提案した時、みなさんは一様に否定的な反応をしました。

 ほとんど迷うことなく、もっと戦いたいと願ったのです。

 そういう自分の心の動きに、不自然さを感じたことはないですか?」


 そう告げられた斉川君は、ハッとした表情になって言葉を失う。

 どうやら彼、今の指摘に図星を突かれたらしい。

 自分が妙に好戦的だ、と感じた経験があったのだろう。

 まあそれはもちろん、僕としても同じだったわけだが。


 そんな僕らを尻目に、アキラちゃんはそのまま、一切の迷いも淀みもなく――


「それらの事実から、私は自分が記憶だけでなく、心まで操られていると判断しました。

 催眠とか暗示とか、あるいは洗脳の類いを受けていた、という意味です。

 きっと私達を閉じ込めた誰かが、そういう風に仕向けたのでしょう」


 大衆を前にした指導者の演説のように、自らの考えを表明し――


「そしてそういった画策の全ては、私達にあのゲームをさせる、というひとつの目的に向け集約されています。

 たぶんそれこそが、私達を操る者にとって、最も重視すべき事柄だったからでしょう。


 ならばそうまでして、私達にゲームのプレイを強制する理由は、いったい何なのか。

 それを必死に考え続けて――」


 どうにも逃れようのない、ひとつの冷厳な結論を打ち立てた。


「最終的に私は、あのゲームの方が現実である、という可能性に思い至ったわけです。

 例えどれほど現実離れしていようとも、それが何より合理的な説明だったから」


 それから次に、独り滔々と喋り続けてしまったことを謝罪するかのように、今の話を簡潔にまとめ直して伝えてくれる。


「言い換えれば、ただのゲームを現実と誤認させたがる理由は、逆に現実の方をゲームと誤認させたかったからである。

 そう解釈するのが一番順当に思えた、というところでしょうか。

 それで何となく、伝わりますか?」


 その総括を聞いたおかげで、僕にもずいぶん話が掴みやすくなった。

 急に複雑なことを色々知らされ、かなり混乱していたので、正直なところ非常にありがたい。

 と言っても未だに、全て受け入れられたとは言い難いのだが……


 ……なんて、僕は相変わらず、そんな鈍い反応をしていたのだが。

 そこで反論を探すように、厳しい表情で黙り込んでいた斉川君が、唐突に発言を開始する。

 ふと閃いたという雰囲気で、アキラちゃんにとある質問を放ったのである。


「……ん? じゃあもし、あのゲームの中で敵に撃墜されていたら……

 俺達はそこで、本当に死んでたってことになるのか?」


 するとその瞬間、不意に近くから小さな悲鳴が聞こえた。

 怯えたような驚いたような印象のある、か細い女の子の声だ。


 それに驚き、いったい何事かと、僕がその声の方向を振り向くと――


(……望月さん?)


 青ざめた顔で小刻みに震えながら、口に手を当ててうつむく、望月さんの姿が目に入ってくる。

 これまた見るからに、尋常でない様子だ。

 隣にいる美山さんも、かなり心配そうな表情である。

 いったい彼女の身に、何があったのだろう。


 しかしそんな彼女を、僕が慌てて気遣おうとしたその寸前で――


「それに、ついては……その、少し考えていることがありまして。

 ええと……」


 斉川君の問いに応じたアキラちゃんが、妙に迷いを帯びた口調で喋り始めた後、すぐ困ったように黙り込んでしまう。

 そちらはそちらで、不可解な態度というわけだ。


 そんな眼前の光景に戸惑い、僕はふらふらと、二人の間に視線を行き来させていたのだが。

 その内に彼女は、覚悟を決めた風に、凜然とひとつの宣言をしてから――


「……それこそ私が、『あのゲームを現実だと考えている』理由の、最後のひとつに当たります。

 どうか落ち着いて、これからの話を聞いて下さい」


 なぜだかひとつ、おかしな質問をしてきた。


「みなさんはこのゲームをプレイし始めた時、最初に聞いたガイドアナウンスを覚えていますか?

 ゲームのルールや機体性能の解説をしてくれた、チュートリアルのようなあれです」


 斉川君はちょっと首を傾げながらも、とりあえずと言った感じでそれに応じる。


「ん……? ああ……あれか、『Introduction』とか言ってたっけ」


 そこへアキラちゃんは、ほんの少し上ずった声で話を続けていたのだが。


「はい。そしてそこで紹介された機体のバリエーションは、全部で十二種類。

 私達はその中から、自由に自分の機体を選び取った……はずなのですが」


 ただその最後で、唐突に声を落とし、またしても不思議なことを聞いてきた。


「結果として二機だけ、選ばれなかったものがあります。

 それがA-1アサルトと、B-1アーチャー。

 誰もこれらを選択しなかった、ということですね。

 でも……そんな事があり得ると思いますか?」


 その質問に、やっとわかるやつが来たか、という風に斉川君が返答する。


「何が疑問なんだ? 俺達は十人で、機体は十二種類だろう?

 ふたつ余って当然じゃないか」


 しかしアキラちゃんは、次いでその意見をあっさりと退け、言われてみれば当然という指摘を繰り出してきた。


「選ばれなかった機体の、タイプが問題なのです。

 その二機は他と比べて、凄くバランスの良い性能をしています。

 基本的と言うかオーソドックスと言うか、とにかく使いやすそうな印象があるわけです。

 それが誰にも選ばれないなんて、どこかおかしいと思いませんか?」


 僕としては無論、まったくもってその通りです、と答えるしかない。

 二機とも普通に考えれば、最初に選ばれてしかるべき機体だったから。

 両方とも余るなんて、確かにかなり奇妙である。

 いったいなぜ、そんな事態が起こったのだろう。


 そうして僕が、その謎について考えを巡らしていると、そこに突然小さな呟きが聞こえてくる。

 何か重大な事を察したという雰囲気の、斉川君が漏らしたものだ。


「まさか……」


 そこでなぜ、彼が愕然としていたかは、次いで本人の代わりにアキラちゃんが説明してくれた。


「ただその疑問も、こう考えれば解決します。

 その二機は、きちんと誰かに選ばれていたものの――」


 今までに覚えた、全ての違和感に答えを出す、とてもとても悲しい事実と共に。


「その誰かは、戦闘中に撃墜された結果、この教室から姿を消した。

 そして洗脳されている私達は、それを完全に忘れてしまった。


 だから今は、その二機が『選ばれなかったこと』になっている。

 私としては、そう考えています……」


 突如として告げられた、その恐ろしい推論に衝撃を受けたのだろう。

 さしもの斉川君も、呆然と彼女の言葉を繰り返すしかなくなってしまう。


「それじゃあ、つまり……もう二人、このクラスには生徒がいたのか?

 そしてそいつらは、ゲームで撃墜されたことが原因で、この学校からいなくなったってのか……?」


 そんな彼に向け、アキラちゃんは痛ましげな顔で頷きつつ――


「はい。間違いないと思います。

 彼らはまるで、ゲームからログアウトするみたいに、この教室から忽然と消え去ったのです」


 冷静かつ冷徹な解説を付け加えて、ひどく痛ましいこの話を締め括った。


「そしてここが現実であれば、当然そんな事はあり得ません。

 また撃墜されることにより、存在が消失する場所なんて、実際の戦場以外には無い。

 だから私は、あの宇宙空間の方こそが、現実の世界だと考えたのです。

 ……以上が、先ほどの推論の根拠、その全てになります」


 そんな二人の、沈痛極まるやり取りが、教室に地獄のような沈黙をもたらす。

 きっと皆、アキラちゃんの話が現実味を帯びてきたことに、強い恐怖を感じているのだろう。

 まあ、『実はリアルとバーチャルが逆でした』なんて事を知らされれば、誰だってそうなるとは思うが。


 もっともその中で、僕はただ独り、皆とは全く違う感想を抱いていた。


(そんな……アキラちゃん、つまり君は――)


 今の話は果たして真実なのか、とか。

 本当だったらどうしたらいいのだろう、とか。

 そういう疑問や不安よりも先に――


(こんな重いものを、ずっと独りで背負っていたのかい……?)


 この結論を導き出すまでに、彼女が味わったであろう苦しみ、それにひたすら心を痛めていたのである。


 だって彼女は、これほどまでに重くおぞましい事実を、たった独りで抱え込んでいたのだ。

 誰にも相談できぬまま、ただ一人孤独な戦いを続けていたのだ。

 下手に話せば正気を疑われかねないから、そうするしかなかったに違いない。


 その中でアキラちゃんは、いったいどれだけ苦しんだのだろう。

 どれほどに寂しく、また悩ましい思いをしたのだろう。

 不安だったろうな、辛かったろうなと、彼女の心身を案じるばかりである。


 そして彼女が、それほど大変な状況に置かれていた時、一方の僕はなんと――


(全然、気づきもしなかった……)


 全てを見過ごした状態で、呑気に学校生活を送っていた。

 孤軍奮闘する彼女の、わずかな支えにさえなれていなかったわけだ。


 これではついさっき定めた、『何があろうと彼女を守る』という決意も、完全な笑い話である。

 僕は大切な人を守るどころか、同じ戦場に立ってすらいなかったのだから。

 おそろしく滑稽で、死ぬほどみじめだ、と表現するより他は無い……


 もっともそんな、僕の根深い後悔とは無関係に、話はそのまま進み始める。

 そこで斉川君が、突きつけられた現実に対し、最後の抵抗を試みたからだ。


「……それを証明する方法はあるのか?

 一応今のところは、全部憶測に過ぎないんだろ?

 絶対の真実とは言い切れないはずだ……」


 それにアキラちゃんは、予想外に弱気な答えを返してきた。


「確かに、証明するのは極めて困難です。

 それにまだ、私自身が実感を持てていない部分もあります。

 さすがに全部、常識から大きく外れた話ですから。

 ……でも例え、証明ができなくとも――」


 しかしそこで一呼吸置いてから、突如口調に自信を取り戻すと、迷わず僕らに驚くべき宣言を行う。


「証言をしてくれる人ならいます」


 それに度肝を抜かれ、再び言葉を失う僕達を尻目に、彼女はまた勢い良く語り始め――


「なぜならもし私達が、本当にゲームとして戦争をさせられていたのなら。

 誰かにそう、仕向けられていたとするのなら。

 この学校にいる全員が、それに参加していなければおかしいはずです。

 ここはそのために作られた、偽りの空間なのですから」


 そのままいつもの合理的な推論により、ひとつの結論を導き出すと――


「でもこの学校には、とても不自然なことに、たった一人だけゲームに参加していない人物がいます。

 私はその人ならば、全ての事情を知っている。

 そして真実に近づいた私達へ、何もかも教えてくれるのではないか……と、考えています。

 そうですよね――」


 突如教室の入り口の方を振り返り、そこへいつの間にか立っていた相手の名を、凛々しく雄々しくはっきりと告げた。

 殺人事件の真犯人を指し示す、推理小説の名探偵のように。



「倉田先生?」



 そう、彼女の言う『全てを知っているはずの人』とは――


(先……生……?)


 よれよれの白衣を纏って、教室の入り口にそっと佇む人物。

 いかにも昼行灯という雰囲気を漂わせた、ひどく冴えない中年男性。

 当クラス担任の、倉田公平先生だったのだ。

 どうやら彼こそが、今回の一件のキーパーソンらしい。


 しかし肝心の当人はと言うと、アキラちゃんの鋭い指摘に動ずることなく、いつもの穏やかな口調で呼びかけてくる。

 彼女の挑戦的な姿勢を、軽く受け流すかのように。


「やあ、みんな。元気そうでなにより」


 全て想定の範囲内、とでも言わんばかりのふてぶてしい態度だ。

 そんな倉田先生の振る舞いは、僕の心に不気味な寒々しさをもたらした。

 この状況で普段通りに行動する彼が、何よりも恐ろしくてならなかったから。


 ただしそれと同時に、僕はある事実に気がつき、内心で首を傾げる。


(……あれ?)


 なぜなら僕の目には、その日頃と変わらぬように感じる彼の表情が、余裕すら漂う口調とは裏腹に――


(なんで……悲しそうなんだろう?)



 ほんの少しだけ、悲しげに曇っているように見えたから……





















第147特殊騎兵小隊戦闘記録



 緊急報告。

 本日発生した、第十次防衛戦闘の後、想定非常事態CaseA-01が発生。

 順化調整が脆弱化し、部隊の統制が困難になると予測されます。


 よって一時的に、戦闘行動及び戦績評価を中断、隊員の矯正指導に当たります。








以上でChapter-3『久保擁介編』の完結です。

次回からは、Chapter-4『志藤明編』を開始します。

(状況はそのまま、この直後からです)

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