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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-03 『Elucidator』
33/173

Section-6

更新履歴 21/9/18 文章のレイアウト変更・表現の修正


「ええと……みなさん、揃ってますよね」



 なぜだか自信なさげに、皆へそう呼びかけるアキラちゃんの声に誘われて、僕は自分のいる教室を見回した。


(うん……いると思うけど)


 そこには彼女の言葉通り、我がクラスの生徒、十人全員が揃っている。

 誰もがそれぞれの席から、教壇に立つ彼女へ視線を注いでいたのだ。

 無論一人だって、欠けている者はいない。


 もっともそれは、至極当然のことである。

 だって僕らは、先ほどアキラちゃんの提案を受けた後、そのまま全員で教室へ戻ってきたのだから。

 であれば当然、欠員なんているはずがない。

 だと言うのになぜ、彼女はわざわざそんな確認をしてきたのだろう。


 そう訝しむ僕の前で、アキラちゃんは軽く目を伏せて、大きく息を吐き出した。

 いかにも心の準備をしています、と言った雰囲気だ。


 そして決然と顔を上げると、例の『大切な話』を開始する。

 ただその語り口はなぜか、不自然なほどに慎重かつ丁寧なものだった。

 まるで目が眩むほど高い、断崖絶壁の上を歩いてでもいるかのように。


「話と言うのは、私達のことです。

 私達が、どうしてここにいるのか。

 この場所で、いったい何をしているのか。

 そして、これからどうすべきなのか。

 それを今から話そうと……ああ、もちろん進路の話とか、哲学的な話とかじゃなくて……」


 しかしその途中で、少し迷ったように話の方向性を見失う。

 どうやらまだ、言いたい事がまとまりきっていないらしい。

 彼女にしては珍しいことだが、きっとそれだけ内容が複雑なのだろう。


 ただしそうして逡巡していたのも、ほんのわずかな間のみ。

 すぐにアキラちゃんは、いつもの調子を取り戻して話を続けた。


「要はみんなに、今の私達がすごく不自然な状態にある、ということを知って欲しいのです。

 だからそれについて、これからひとつひとつ、説明をしていきたいと思います」


 その『知って欲しいこと』の内容を、僕なりに想像すれば――


(やっぱり……記憶のことだよね)


 ほぼ間違いなく、記憶の欠落についてだろう。

 きっとアキラちゃんは、あの不可解な事象の存在を、ここにいるみんなへ伝えておきたいのだ。

 僕はそう、彼女の言い様から見当をつけつつ、腰を据えてさらに耳を傾ける。


 だが次いで、そんな僕の予測を裏切り、アキラちゃんは唐突に話を脱線させた。


「……でもその前に、少しだけ質問をさせてもらいます。

 ひょっとしたら、ずいぶん変なこと聞くな、と思うかもしれないですけど。

 でもこれは説明に必要なことなので、答えてくれると助かります。

 それじゃ、ええと……斉川君」


 そこで急に、自分が指名されたことに驚いたのだろう。

 斉川君は軽く目を瞬かせながら、アキラちゃんを見つめ返していたが。

 しかし間を置かず対応し、その呼びかけに答える。


「ん……? ……ああ、何だ?」


 アキラちゃんはそんな斉川君に対し、少し考えるように間を取ってから、意を決した様子で不可思議な質問を放った。


「今、何時だかわかりますか?」


 アキラちゃんは彼に、なぜか現在の時刻を問いかけたのだ。

 今回のゲームが始まる前、教室で僕へそう聞いた時と同じように。

 もちろん僕としては、『なぜこの状況で、またその質問を?』と首をひねるばかりだ。


 そういう感想を抱いたのは、斉川君の方も同じであるらしく、彼は訝しげな表情でアキラちゃんを見つ返す。

 ただそれから間もなく、時計を探すように辺りを見回し始めた。


「え? ……ああ、わかった。ちょっと待ってくれ」


 疑問はあるが、まあ簡単な事だし、さっさと答えてしまおう……みたいに考えたのだろう。

 これも僕の時と同じ、ごく当たり前の反応である。


 もっともそうして、僕と同じ事をしたがゆえに、彼は――


「……あれ?」


 やはりいつかの僕と同じく、ふらふらと視線をさ迷わせるだけになる。

 独り困ったような表情で、教室の中のあちらこちらへと。

 『何をしているんだろう』という、皆の不思議そうな視線を集めながら。


 まあそれもそのはず、だってこの教室の壁には、ただのひとつも時計が見当たらないから。

 これでは時刻を確かめるなんて、最初から不可能なのである。

 斉川君が戸惑うのも無理はない、ということだ。


 そのせいで結局、質問の答えを見つけられなかった彼は、申し訳なさそうに弁明を始めた。


「悪い、正確な時間はわからない。

 時計はどこにあるんだったかな……」


 しかし彼女は、それに構うことなく、再び聞くまでもないような問いを放つ。


「じゃあ今が、何月何日なのかはわかりますか?」


 結果として斉川君の表情が、さらに怪訝そうなものへと変わった。

 何度も変なことを聞くな……と、彼女の真意を測りかねているような雰囲気だ。


 もちろんそれに関しては、僕も同感である。

 こんな単純な質問を繰り返して、いったい何の意味があるのか、と首を傾げるばかりだ。

 本当にアキラちゃんは、どういうつもりでこういう事をしているのだろうか。


 しかしそうして、彼女の謎めいた振る舞いに、大きな疑念を抱いた……次の瞬間――


(……あ、れ?)


 僕は突然、うなじに氷を当てられたような、強い寒気を感じる。

 先の戦闘中、記憶が抜け落ちていることに気づいた時と、ほぼ同じ感覚である。

 要はここに来て再度、僕は自分が、極めて不自然な状態にあると気づいたのだ。


 そしてそれは、斉川君の方も同じだったらしい。

 彼は続けて、少し呆れた風に、彼女の質問へ答えようとしたところで――


「いや、そりゃあ……」


 急に表情を強張らせて、そのまま言葉を失い絶句した。

 まるで時が止まったかのように、ほぼ何の動きも見せなくなったのだ。

 きっと彼も、僕と似たような結論へ至ったに違いない。


 その僕と斉川君が認識した、自身の内に潜む異様さとは――


(わからない……時間も日付も、何ひとつわからない……!)


 『今の時刻がいったい何時なのか』ということのみならず、『今日がいったい何月何日なのか』ということまでも、自分には全く見当がつかない……という驚愕の事実である。


 しかも少し曖昧、とかそういうレベルではない。

 頭の中を隅々まで探し回っても、それについての手掛かりが一切見つからぬのだ。

 まるで時間の流れという概念自体を、きれいさっぱり忘れ去っていたかのように。


 そしてそれに加えて、忘れていたことそのものよりも、さらに不可解なのが――


(どうして僕は、こんなわかりやすい異変に、今まで気づかなかったんだ……?)


 こんなにも多くの人間――おそらくアキラちゃん以外のクラスメイト全員――が、これまでその事実を、全く気にかけていなかったという点だ。


 当然そんなのは、絶対にあり得ない事態である。

 だって日付や時刻なんて、意識しない方が難しい、生活していく上で必須の要素なのだから。

 だと言うのになぜ、今までそれを一切顧みなかったのだろう……


 その疑問へ僕が到達すると同時に、教室の中にも、どこか浮き足立った空気が漂い始める。

 皆がそれぞれ、不安げな表情を浮かべたり、考え込むような素振りを見せ始めたのだ。

 どうやら全員、内心は似たり寄ったりというところらしい。


 そんな僕らの様子に、自分の正しさを実感したらしいアキラちゃんは、次いで少し方向性の違う提案を行ってきた。


「じゃあ今度は、外を見てくれますか?」


 僕はその呼びかけに応じ、すぐさま窓の外へ視線を向ける。

 次は何が起こるんだろう、と内心密かに怯えながら。

 それでもやはり、彼女の言うことを無視はできなかったから。


 しかし結果として、そこに見えたのは――


(これは……いつも通りにしか見えないけど)


 見渡す限りの緑深き森と、平坦な尾根の連なるなだらかな山地のみ。

 本当にそれだけの、日頃と何ら変わらぬ、おそろしく慣れ親しんだ風景だったのである。

 こんなものを見るよう指示して、彼女はいったいどうするつもりなのだろうか。


 そう首を捻る僕に、アキラちゃんは続けて、突如謎かけ風の質問を発した。

 まるで小説の名探偵が、自らの助手に対してそうするように。


「どこか変だと思いませんか? この風景」


 もっとも当然、そんな曖昧な問いを投げかけられても、こちらとしては戸惑うしかない。

 だってどれだけ見つめても、今までと異なる部分は一切見つけ出せなかったから。


 ちなみに他のみんなも、だいたい僕と同じ反応である。

 総じて何を言われているのかわからない、という雰囲気だ。


 そんなクラスメイト達の反応に接して、アキラちゃんは即座に話を再開し、粘り強く説明を重ねていく。


「でもほら、外を良く見て下さい」


 言葉を覚えたばかりの幼子に、それをわかりやすく教える、優しい母親のように。

 あるいは例え嫌がられたとしても、必要な指導をためらわず行う、厳格な父親のように。


「私達は確かに今日、この学校へ登校してきたはずです。

 誰もがみんな、目の前にある校庭を通って。

 外からここの敷地内に、徒歩で入ってきたということになります。

 それなのに、なぜかここには――」


 だがその話が、まさしく佳境に差し掛かったところで――


「……まさか!」


 突然驚いたような声を上げて、斉川君が勢い良く自分の席から立ち上がった。

 今まさに、看過しがたい事実に気がついた、とでも言わんばかりの態度だ。


 そして厳しい表情で窓へ駆け寄ると、取っ手を掴んで一気に開放する。

 続けてそこから身を乗り出し、しきりに首を巡らし始めた。

 なんとなくだが、目を凝らして詳しく周囲の様子を確認しています、といった雰囲気である。


 彼はその不可解な振る舞いを、皆の注目を集めながらしばらく繰り返した後、不意に肩の力を抜いて姿勢を元に戻す。

 同時に自分で自分の正気を疑っているような、ひどく呆然とした口調で、ポツリと小さな呟きを漏らしながら。


 それは平和な日常を謳歌していた僕らを、真にこの悪夢から目覚めさせる、残酷なモーニング・コールであった。


「……門が、無い」


 次いで斉川君は、その発言の意味が掴めず、軽く呆けてしまった僕らへ――


(……え?)


 畳み掛けるような早口で、己が見出だした、信じ難い事実を語っていく。


「校門が、どこにも無いんだよ。

 周りは全部森で、それらしきものが見当たらないんだ。


 ……と言うかそもそも、外に繋がってる道自体が無い。

 これじゃこの校庭、まともに出入りするのは不可能だぞ。

 くそっ……なんだ、なんなんだよ、これは……!」


 その悲壮感すら漂う、苛立ち混じりの独白を、さすがに放置はできなかったらしい。

 続いてクラスの誰もが、不安げに顔を見合わせつつ、続々と窓際へ向かい始めた。

 彼の話が本当なのかどうか、自分の目で確かめるつもりなのだろう。


 当然僕も、それに続いて窓の側へ移動すると、見慣れた眼前の景色にじっと目を凝らす。

 もちろん心の奥底に、半信半疑という気持ちを抱えたままでだが。


 だが、そんな思いとは裏腹に――


(……本当、だ……)


 斉川君の言葉には、何ひとつ間違いがなかった。

 本当にこの校庭には、出入り口が存在しないのだ。


 だって見える範囲の校庭の端は、全て鬱蒼と茂る森で覆われていて、道路なんて皆無だったし。

 自分から見えない場所、つまり校舎の裏側はすぐ山だから、通学路としては当然使用不能。

 人の通れそうな場所が、そもそもどこにも見当たらない、ということである。


 言い換えるならば、古びた校舎と広大な校庭が、深い森の中に隔離されているような状態なのだ。

 しかも周りに一切人家が見えぬほどの、人里離れた山奥で。

 おそろしく不自然、としか表現のしようがない。


 そしてその光景は、また別の異常な事実をも指し示す。

 それは僕ら自身が、こんな道路の一本すら繋がっていない場所へ、どうやって来たのかという問題である。

 実はみんな揃って、空を飛んできたとでも言うのだろうか……


 そうして突きつけられた、大きな謎に動揺し――


(え、と……どういう、ことだ?)


 僕は成す術なく混乱の極致へと追い込まれ、呆然と立ち尽くしてしまう。

 喋る気力も動く気力も、根こそぎ奪われてしまったかのようだ。

 もちろん他のクラスメイト達も、だいたい同じような状態であった。


 しかしそんな僕らに対し、アキラちゃんは冷静に話を継続する。


「……不自然な事は、それ以外にもあります」


 そしてそれに応じて振り向いた、クラスメイト達の虚ろな視線を受け止めつつ――


「みんなに良く、思い出して欲しいんです。

 私達がこの学校で、毎日何をしていたか。

 ここでいったい、どんな風に過ごしていたのかを」


 さらに残酷な現実を、容赦なく提示する。


「例えば、受けた授業の内容とか。

 お昼御飯に、いつも何を食べていたとか。

 あるいは季節ごとにこういう行事があったな、とか……


 ずっと通っているんだから、当然そういう記憶があるはずです。

 誰かそれを、覚えている人は?」


 当然のようにと言うべきなのか、あるいは空恐ろしいと言うべきなのか。

 その冷厳な問いかけに答え得る者は、今ここには一人もいない。

 誰もが強張った顔で、貝のように口を閉ざすのみなのである。


 なぜなら――


(何も、思い出せない……)


 一切、覚えが無かったから。


 自分がこの学校で、普段はどのように過ごしていたのか。

 そこでクラスメイト達と、どんな会話を交わしていたのか。

 それらがきれいさっぱり、頭の中から吹き飛んでいるのだ。


 すなわち記憶の消失は、ゲーム内のみならず、生活上のあらゆる事柄に及んでいたのである。

 これではもしこの場所で、毎日同じ事を繰り返していたとしても、自分では決して気づけなかったに違いない。


 その現実に強いショックを受け、言葉もなく硬直する僕達へ、アキラちゃんはさらに――


「じゃあ授業が終わって、学校を出て、家に帰った後のことを思い出してみて下さい。

 そこで――」


 その異変の範囲が、学校内のみで留まることなく、まさしく生活の全てに及んでいたことを突きつけてきた。

 次いで立て続けに放たれた、わからない方がおかしい質問の数々によって。


「みなさんは、何をして過ごしていましたか?

 そもそも家はどこで、どんな雰囲気?

 そこには誰と住んでいました?

 自分の家族構成や、両親の顔を思い出せますか?」


 その瞬間僕は、光の届かぬ深海へ、独り引きずり込まれていくような気分を味わう。


(嘘……だろ? 本当にそんな事さえ、覚えてないのか……僕は?)


 自宅の場所も両親の顔も、自分は全く覚えていないのだ、という事実をはっきりと認識したから。


 要するに僕は、人として当たり前の記憶さえ持ち合わせておらず、しかも自身でそれを全く意識していなかったのだ。

 本当に自分には何か、想像すらつかない異常が発生しているらしい。


 その自覚が呼び水となったのか、突然僕の頭の中には、現状への疑問が数限りなく湧いて出てきた。


(そう、か……良く良く考えてみれば、おかしなことばかりだったじゃないか……)


 例えば卒業間近だというのに、誰も進路について口にしないこととか。

 周りは新緑の森なのに、冬に行うはずの卒業式の相談をしていることとか。

 果ては登下校の際、誰も鞄ひとつ持っていないことだとか。

 不自然な要素は、そこら中に散りばめられていたのである。


 だと言うのに僕らは、誰一人それに気づかず、疑問すら持たぬまま過ごしていた。

 これではまるで、悪意のある何者かに――


(……洗脳でも、されてたみたいだな)


 頭と心をいいように操られ、自身の運命を好きに弄ばれていたかのようではないか。

 色々な事実を知った今は、もうそんな風にさえ感じてしまう。


 するとその、おぞましく現実離れした結論へ、僕がたどり着いた直後――


「……つまり、私達は」


 アキラちゃんが淡々と、今までに判明した事実を総括していく。


「記憶にある限り、一度たりともここから外に出たことがない。

 クラスメイト以外の人間と、会ったこともない。

 この学校の中だけで、自分達の世界を完結させていた。

 まるで小さなドールハウスに収められた、魂を持たぬ人形達のように」


 そしてそのまとめを、自ら否定した後――


「もちろん本来なら、そんな事はあり得ません。

 こんな隔絶された空間のみで、人間が生きていけるはずはないのですから。

 必ず何らかの形で、外部と関わる必要があるのです。


 ならばなぜ、この場所はこんなにも孤立しているのか。

 どうして私達の身には、これほど異様な事態が起きているのか。

 それは、きっと――」


 それに続けて、普段であれば正気を疑われかねないような、常軌を逸した仮説を提示した。

 賢明な科学者のように、冷静かつ理知的な口調で。

 神の啓示を伝える宗教者のごとき、堂々たる威厳をもって。

 彼女は、この世界の真実を告げたのだ。



「ここが、ゲームの中だからです」








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