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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-03 『Elucidator』
32/173

Section-5

更新履歴 21/9/18 文章のレイアウト変更・表現の修正


「いや~~~、マジでヤバかったな~、今回は」



 すっかりいつもの調子を取り戻した様子で、そう先の戦いを振り返る、無闇に大きな柳井君の声。

 僕はそれを聞き流しつつ、頭に被ったヘッドセットを取り外してから、深いため息をついた。


(ふー……)


 今回は本当に大変だったよなあ、と内心で彼の感想に同意しながら。

 またそれと同時に、体の重さに負けるように全身から力を抜くと、ゲーム用のシートへ深く沈み込む。

 そのくらいの疲労を感じていた、ということだ。


 中でも特に辛かったのは、やはり最後の最後に突然訪れた、謎の敵集団からの猛攻だろう。

 ステルス機能を持った多数の敵機に、連続して砲撃され続けた、あの危険極まりない時間である。


 あれはまさしく、いつ撃墜されたとしても不思議は無い、絶体絶命の危機だった。

 今さらではあるが、良く全員無事で切り抜けられたものだ、と改めて感心せざるを得ない。


(ホントに、運が良かったよ……)


 そんな風に今回の出来事を、感嘆混じりに思い返す僕の横で、柳井君の話は軽快に続いていく。


「いやもう、普通に駄目だと思ったよ。ホント無事なのが信じられんくらいで……

 おっとそうか、これも全部、ミッキーのおかげだったな。

 おお我が友よ、本当にありがとうございました」


 そして彼はその最後に、おどけた仕草で頭を下げつつ、橘君にお礼を言った。

 何となくだが、まともに感謝するのは恥ずかしいので、あえてああいう態度を取っている……みたいな印象だ。

 いかにも柳井君、という感じの振る舞いである。


 橘君はそんな友人へ、彼にしては珍しく、ちょっとからかうような口調で応じる。


「……まあ確かに、大変だったよ。なんせ、お前が真剣になるくらいだからな。

 『朝倉っ! 大丈夫か!』とか、ずいぶん焦って叫んでたし。

 いや本当に、無事で良かった良かった」


 それを聞いた瞬間、柳井君は橘君から目を逸らすと、急に抑揚のおかしい片言で喋り出した。


「ん? あ~……ん?

 ……イヤイヤ、ナンノコトダカ。オレニハワカラナイナ」


 おそらくは、普段と違うところを見られたのが恥ずかしくて、それを強引にごまかそうとしたのだろう。

 やり方が突飛でユーモラスなのは、何とも柳井君らしい。


 橘君はそんな彼の返答に、軽く苦笑いをしていたのだが。

 しかしそれに続いて、誰にも聞こえないくらいの小さな声で、ふと謎めいた独り言を発する。


「……ま、俺は別に、いいんだけどな」


 彼のそうした行動に、僕はほんの少し引っ掛かりを覚えた。

 その言葉の意味するところが、今ひとつ掴めなかったからだ。

 彼はいったい何に対して、『俺はいい』などと言ったのだろうか……


 もっともその僕の疑問は、次いで辺りに響いた明るい声により、あっさりと吹き飛ばされる。


「でも本当に、ミッキーが無事で良かった~。

 最後はかなりピンチだったから、すごく心配したよ~」


 栗原さんがいつもの調子で、橘君の無事な帰還を喜ぶ発言をしたからだ。

 もちろんその表情には、はっきりと安堵の色が浮かんでいる。

 相変わらず、屈託なく自分の感情を表現する人だ。


 そんな彼女のまっすぐさに、少なからず照れのようなものを覚えたのか。

 今度は橘君の方が、栗原さんから目を逸らしつつ、実にわかりやすい強がりを口にした。


「別に……そこまでピンチってわけでもなかったさ。

 実際、最後は全部どうにかなったんだからな。

 大袈裟なんだよ、お前は……」


 そうした彼の変化を、敏感に察知したのだろう。

 次いで柳井君が、ここぞとばかりに橘君をからかい始める。


「そうかい? ミッキーも結構、焦ってるように見えたんだけどな~。

 『くそっ、何機いるんだ!』とか言って、ずいぶん驚いてたしさ~。

 ホントはかなり追い詰められてたんじゃないの~?」


 もっとも橘君は、その致命傷になりかねない柳井君の反撃を、見事に回避してみせた。

 ついさっきどこかで聞いたような、冗談っぽい台詞と口調を使って。


「……イヤイヤ、ナンノコトダカ」


 その瞬間、部屋全体に、いくつもの楽しそうな笑い声が広がっていく。

 橘君のとぼけた返答に、みんなが揃って笑い出したのだ。


 おかげでこの場所にはもう、暗い影なんてどこにも見当たらない。

 つい先ほどまで、収拾のつかぬパニックに陥っていたのが嘘のようだ。

 これも彼らの仲の良さのおかげ、本当にありがたいものである。


 結果としてそれから後も、明るさと温かさのみが満ちる、豊かな歓談の時間がしばらく続いた。

 先の戦闘の苦しさを、全員がすっかり忘れ去ってしまうくらいに、長く長く。

 まるで春の陽射しが差し込む、窓際の日溜まりで寛いでいるような気分だ。


 そしてその穏やかなひとときの果てに、栗原さんが元気良く号令をかけ、今回の一戦を綺麗に締め括る。


「よ~し、じゃあそろそろ帰ろっか!」


 その提案を聞いて、みんな気持ちに一段落がついたのだろう。

 次いで少し疲弊した雰囲気を漂わせつつも、総じて明るい表情で、それぞれ家路につき始めた。


 もちろん僕もそれに続いて、弛緩していた体に力を込めて、自分のシートから腰を上げる。

 やるべき事は終えたという満足感と、何か忘れているかのような違和感を、なぜだか両方とも胸に抱え込みながら。


 しかし僕は、その不思議な感覚を――


(……まあ、いいか)


 特別、気にかけたりはしなかった。

 おそらく自身の安全が確定したことで、戦闘時の緊迫感が、だいぶ薄れてきたからだろう。

 要するにまあ、すっかり気を抜いてしまっていたわけだ。


 だがそうして、のんびりと立ち上がった直後――


(……ん?)


 精神的に緩みきった僕の目に、少し気がかりなものが飛び込んでくる。


(アキラちゃん……?)


 楽しげに語らう僕らとは裏腹の、ひどく深刻な表情で、望月さんと話し込むアキラちゃんの姿だ。

 たぶん彼女の急な参戦について、詳しい事情を確認中なのだろう。

 いかにも彼女らしい、抜かりのない配慮である。


 とは言えしかし、全てが終わったこの状況下で、ああも真剣に聞き取りを行う理由はわからない。

 彼女が心配なのはわかるが、もう済んだ事なのだし、もっとリラックスしたっていいと思うのだが……


(うーん……?)


 そう僕が、アキラちゃんの振る舞いを訝しんでいると、不意に彼女が望月さんとの話を中断した。

 そして同じ表情のまま顔を上げ、突然皆に対して呼びかけを発する。


「すいません、みなさん。ちょっといいですか?」


 なんとすでに移動を開始し、部屋から出かかっていたクラスメイト達を、驚くほど真剣な口調で引き留めたのだ。

 まだ何も終わってない、とその呑気さをたしなめるかのように。


 さらにそれに続いて、やはり予想外の提案をしてきた。


「帰ろうとしているところに、こんな事を言うのは申し訳ないのですが……

 あともう少しだけ、学校に残ってくれませんか?

 とても大切な話がありますので」


 それを聞いてみんなは、少し困った表情で、互いに顔を見合わせる。

 『大切な話』というのに心当たりが無いから、軽く戸惑っているのだろう。

 ずいぶん急な話だし、まあ無理もない反応である。


 ただその中で、僕だけは瞬間的に、彼女の言いたいことを察知した。


(そうか……記憶のこと、だな)


 きっと彼女は、僕らの記憶に存在する不自然な部分――前回の戦いの事を覚えていない、という奇妙な現象――について、皆と話し合うつもりなのだろう。

 やはりこちらも、几帳面なアキラちゃんらしい考えである。


 と言うかまあ、考えてみればだ。

 それは本来、至極当然の行動という気もする。

 こんな重大な話、放置して帰ろうとする方がおかしいのだから。

 要は勝利の余韻に浸るあまり、すっかりそれを失念していた僕の方が、救いがたく迂闊であるというわけだ。


(いけない、いけない……)


 そこで僕は、そんな己を反省しつつ、彼女の提案に賛成した。

 同時にしっかり、皆の方の意思も確かめながら。


「うん、わかった。付き合うよ。

 ……ええと、みんなはどう?」


 すると周囲に集うクラスメイト達が、口々に肯定の言葉を返してくる。


「いいよ~」

「別に構わない」

「うん、私も」


 それは特に反対する理由も無いし、少し付き合うくらいならいいか……という風情の、かなり軽めの態度だった。

 どうやら彼女の申し出について、あまり深刻な印象を抱いてはいないらしい。


 しかしそんな皆の、どこかのんびりした反応とは違って――


「じゃあ、教室に戻りましょう。

 そこで全部、話しますから」


 そう今後について指示を出しつつ、独り早足で歩き出したアキラちゃんの顔は、どこまでも固く冷えきっている。

 口調からも緊迫感が抜けてないし、どこか追い詰められているように見えなくもない。


 僕はそんな彼女の雰囲気に、大きな不安を感じながらも、すぐその背中を追って歩き出した。

 アキラちゃんのやる事だし、きっと間違いはないだろう、と確信を持っていたから。

 迷う理由が無いほどに、彼女のことを強く信じていたのである。


 ただそうしたアキラちゃんへの信頼が、かえって重荷となったかのように、僕は突然――


(……なんか、情けないな)


 自分は駄目な人間だ、というひどく自虐的な感情に囚われてしまう。

 アキラちゃんの冷静かつ手抜かりのない行動を見て、己がもの凄くちっぽけな存在のように思えてきたからだ。


 だって僕は、先ほどのピンチにおいて、無様に狼狽することしかできていない。

 しかもその後は、それら全てを忘れたかのように、すっかり気を抜いてしまっていた。

 不甲斐ない、というより他に言いようの無い振る舞いだろう。


 それに比べて彼女は、自らの判断力で皆を救った上に、こうして先の疑問を解決するための行動も起こしている。

 意志の強さにせよ思慮深さにせよ、とにかく何もかもが段違いなのだ。

 本当に本当に、僕みたいなのとは不釣り合いな人である。


 もちろん僕ら二人の間に、埋めがたい格差があることは、最初からわかっていたのだが。

 それでも眼前にはっきり突きつけられると、避けようもなく猛烈な引け目を感じてしまう。

 やっぱり僕は、彼女の側にいるべきではない人間なのだろうか……


 しかしそんな、拭えぬ劣等感に沈みながらも――


(……いや、それでも。もし次、同じような事があった時には――)


 僕はその最中にひとつの決意を固め、それを静かに密やかに、だが力強く内心で呟いた。


(今度はきっと、力になるから)


 例え今回、全くもって彼女の役に立たなかったのだとしても。

 しかしいつかまた、先の戦闘と似た状況が発生するような事があれば、その時こそ必ず彼女の助けになってみせる。

 そういう誓いを、心の中に打ち立てたのだ。

 決して揺るがぬほどの、重い重い覚悟と共に。


 それは別に、献身とか犠牲とかの、立派な感情ではない。

 ただ自分が、彼女にとって意味ある存在でいたい、という願いを叶えるためだ。

 そういう不純にして純粋な欲望が、根源には潜んでいる。

 むしろだからこそ、ここまで強靭に思いを定められたのだろう。


 そう、僕の意志は固かった。

 仮にその次の機会とやらが、ゲームではない本当の戦場で訪れたのだとしても、決して恐れず成し遂げてみせよう。

 そう言い切れてしまうくらいの、圧倒的な強度を持っていたのだ。


 つまり僕は、その瞬間――


(大丈夫……君は、僕が守るよ)



 自分の命を捨ててでも、必ず彼女を守り抜くと決めたのである……








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