Section-5
更新履歴 21/9/18 文章のレイアウト変更・表現の修正
「いや~~~、マジでヤバかったな~、今回は」
すっかりいつもの調子を取り戻した様子で、そう先の戦いを振り返る、無闇に大きな柳井君の声。
僕はそれを聞き流しつつ、頭に被ったヘッドセットを取り外してから、深いため息をついた。
(ふー……)
今回は本当に大変だったよなあ、と内心で彼の感想に同意しながら。
またそれと同時に、体の重さに負けるように全身から力を抜くと、ゲーム用のシートへ深く沈み込む。
そのくらいの疲労を感じていた、ということだ。
中でも特に辛かったのは、やはり最後の最後に突然訪れた、謎の敵集団からの猛攻だろう。
ステルス機能を持った多数の敵機に、連続して砲撃され続けた、あの危険極まりない時間である。
あれはまさしく、いつ撃墜されたとしても不思議は無い、絶体絶命の危機だった。
今さらではあるが、良く全員無事で切り抜けられたものだ、と改めて感心せざるを得ない。
(ホントに、運が良かったよ……)
そんな風に今回の出来事を、感嘆混じりに思い返す僕の横で、柳井君の話は軽快に続いていく。
「いやもう、普通に駄目だと思ったよ。ホント無事なのが信じられんくらいで……
おっとそうか、これも全部、ミッキーのおかげだったな。
おお我が友よ、本当にありがとうございました」
そして彼はその最後に、おどけた仕草で頭を下げつつ、橘君にお礼を言った。
何となくだが、まともに感謝するのは恥ずかしいので、あえてああいう態度を取っている……みたいな印象だ。
いかにも柳井君、という感じの振る舞いである。
橘君はそんな友人へ、彼にしては珍しく、ちょっとからかうような口調で応じる。
「……まあ確かに、大変だったよ。なんせ、お前が真剣になるくらいだからな。
『朝倉っ! 大丈夫か!』とか、ずいぶん焦って叫んでたし。
いや本当に、無事で良かった良かった」
それを聞いた瞬間、柳井君は橘君から目を逸らすと、急に抑揚のおかしい片言で喋り出した。
「ん? あ~……ん?
……イヤイヤ、ナンノコトダカ。オレニハワカラナイナ」
おそらくは、普段と違うところを見られたのが恥ずかしくて、それを強引にごまかそうとしたのだろう。
やり方が突飛でユーモラスなのは、何とも柳井君らしい。
橘君はそんな彼の返答に、軽く苦笑いをしていたのだが。
しかしそれに続いて、誰にも聞こえないくらいの小さな声で、ふと謎めいた独り言を発する。
「……ま、俺は別に、いいんだけどな」
彼のそうした行動に、僕はほんの少し引っ掛かりを覚えた。
その言葉の意味するところが、今ひとつ掴めなかったからだ。
彼はいったい何に対して、『俺はいい』などと言ったのだろうか……
もっともその僕の疑問は、次いで辺りに響いた明るい声により、あっさりと吹き飛ばされる。
「でも本当に、ミッキーが無事で良かった~。
最後はかなりピンチだったから、すごく心配したよ~」
栗原さんがいつもの調子で、橘君の無事な帰還を喜ぶ発言をしたからだ。
もちろんその表情には、はっきりと安堵の色が浮かんでいる。
相変わらず、屈託なく自分の感情を表現する人だ。
そんな彼女のまっすぐさに、少なからず照れのようなものを覚えたのか。
今度は橘君の方が、栗原さんから目を逸らしつつ、実にわかりやすい強がりを口にした。
「別に……そこまでピンチってわけでもなかったさ。
実際、最後は全部どうにかなったんだからな。
大袈裟なんだよ、お前は……」
そうした彼の変化を、敏感に察知したのだろう。
次いで柳井君が、ここぞとばかりに橘君をからかい始める。
「そうかい? ミッキーも結構、焦ってるように見えたんだけどな~。
『くそっ、何機いるんだ!』とか言って、ずいぶん驚いてたしさ~。
ホントはかなり追い詰められてたんじゃないの~?」
もっとも橘君は、その致命傷になりかねない柳井君の反撃を、見事に回避してみせた。
ついさっきどこかで聞いたような、冗談っぽい台詞と口調を使って。
「……イヤイヤ、ナンノコトダカ」
その瞬間、部屋全体に、いくつもの楽しそうな笑い声が広がっていく。
橘君のとぼけた返答に、みんなが揃って笑い出したのだ。
おかげでこの場所にはもう、暗い影なんてどこにも見当たらない。
つい先ほどまで、収拾のつかぬパニックに陥っていたのが嘘のようだ。
これも彼らの仲の良さのおかげ、本当にありがたいものである。
結果としてそれから後も、明るさと温かさのみが満ちる、豊かな歓談の時間がしばらく続いた。
先の戦闘の苦しさを、全員がすっかり忘れ去ってしまうくらいに、長く長く。
まるで春の陽射しが差し込む、窓際の日溜まりで寛いでいるような気分だ。
そしてその穏やかなひとときの果てに、栗原さんが元気良く号令をかけ、今回の一戦を綺麗に締め括る。
「よ~し、じゃあそろそろ帰ろっか!」
その提案を聞いて、みんな気持ちに一段落がついたのだろう。
次いで少し疲弊した雰囲気を漂わせつつも、総じて明るい表情で、それぞれ家路につき始めた。
もちろん僕もそれに続いて、弛緩していた体に力を込めて、自分のシートから腰を上げる。
やるべき事は終えたという満足感と、何か忘れているかのような違和感を、なぜだか両方とも胸に抱え込みながら。
しかし僕は、その不思議な感覚を――
(……まあ、いいか)
特別、気にかけたりはしなかった。
おそらく自身の安全が確定したことで、戦闘時の緊迫感が、だいぶ薄れてきたからだろう。
要するにまあ、すっかり気を抜いてしまっていたわけだ。
だがそうして、のんびりと立ち上がった直後――
(……ん?)
精神的に緩みきった僕の目に、少し気がかりなものが飛び込んでくる。
(アキラちゃん……?)
楽しげに語らう僕らとは裏腹の、ひどく深刻な表情で、望月さんと話し込むアキラちゃんの姿だ。
たぶん彼女の急な参戦について、詳しい事情を確認中なのだろう。
いかにも彼女らしい、抜かりのない配慮である。
とは言えしかし、全てが終わったこの状況下で、ああも真剣に聞き取りを行う理由はわからない。
彼女が心配なのはわかるが、もう済んだ事なのだし、もっとリラックスしたっていいと思うのだが……
(うーん……?)
そう僕が、アキラちゃんの振る舞いを訝しんでいると、不意に彼女が望月さんとの話を中断した。
そして同じ表情のまま顔を上げ、突然皆に対して呼びかけを発する。
「すいません、みなさん。ちょっといいですか?」
なんとすでに移動を開始し、部屋から出かかっていたクラスメイト達を、驚くほど真剣な口調で引き留めたのだ。
まだ何も終わってない、とその呑気さをたしなめるかのように。
さらにそれに続いて、やはり予想外の提案をしてきた。
「帰ろうとしているところに、こんな事を言うのは申し訳ないのですが……
あともう少しだけ、学校に残ってくれませんか?
とても大切な話がありますので」
それを聞いてみんなは、少し困った表情で、互いに顔を見合わせる。
『大切な話』というのに心当たりが無いから、軽く戸惑っているのだろう。
ずいぶん急な話だし、まあ無理もない反応である。
ただその中で、僕だけは瞬間的に、彼女の言いたいことを察知した。
(そうか……記憶のこと、だな)
きっと彼女は、僕らの記憶に存在する不自然な部分――前回の戦いの事を覚えていない、という奇妙な現象――について、皆と話し合うつもりなのだろう。
やはりこちらも、几帳面なアキラちゃんらしい考えである。
と言うかまあ、考えてみればだ。
それは本来、至極当然の行動という気もする。
こんな重大な話、放置して帰ろうとする方がおかしいのだから。
要は勝利の余韻に浸るあまり、すっかりそれを失念していた僕の方が、救いがたく迂闊であるというわけだ。
(いけない、いけない……)
そこで僕は、そんな己を反省しつつ、彼女の提案に賛成した。
同時にしっかり、皆の方の意思も確かめながら。
「うん、わかった。付き合うよ。
……ええと、みんなはどう?」
すると周囲に集うクラスメイト達が、口々に肯定の言葉を返してくる。
「いいよ~」
「別に構わない」
「うん、私も」
それは特に反対する理由も無いし、少し付き合うくらいならいいか……という風情の、かなり軽めの態度だった。
どうやら彼女の申し出について、あまり深刻な印象を抱いてはいないらしい。
しかしそんな皆の、どこかのんびりした反応とは違って――
「じゃあ、教室に戻りましょう。
そこで全部、話しますから」
そう今後について指示を出しつつ、独り早足で歩き出したアキラちゃんの顔は、どこまでも固く冷えきっている。
口調からも緊迫感が抜けてないし、どこか追い詰められているように見えなくもない。
僕はそんな彼女の雰囲気に、大きな不安を感じながらも、すぐその背中を追って歩き出した。
アキラちゃんのやる事だし、きっと間違いはないだろう、と確信を持っていたから。
迷う理由が無いほどに、彼女のことを強く信じていたのである。
ただそうしたアキラちゃんへの信頼が、かえって重荷となったかのように、僕は突然――
(……なんか、情けないな)
自分は駄目な人間だ、というひどく自虐的な感情に囚われてしまう。
アキラちゃんの冷静かつ手抜かりのない行動を見て、己がもの凄くちっぽけな存在のように思えてきたからだ。
だって僕は、先ほどのピンチにおいて、無様に狼狽することしかできていない。
しかもその後は、それら全てを忘れたかのように、すっかり気を抜いてしまっていた。
不甲斐ない、というより他に言いようの無い振る舞いだろう。
それに比べて彼女は、自らの判断力で皆を救った上に、こうして先の疑問を解決するための行動も起こしている。
意志の強さにせよ思慮深さにせよ、とにかく何もかもが段違いなのだ。
本当に本当に、僕みたいなのとは不釣り合いな人である。
もちろん僕ら二人の間に、埋めがたい格差があることは、最初からわかっていたのだが。
それでも眼前にはっきり突きつけられると、避けようもなく猛烈な引け目を感じてしまう。
やっぱり僕は、彼女の側にいるべきではない人間なのだろうか……
しかしそんな、拭えぬ劣等感に沈みながらも――
(……いや、それでも。もし次、同じような事があった時には――)
僕はその最中にひとつの決意を固め、それを静かに密やかに、だが力強く内心で呟いた。
(今度はきっと、力になるから)
例え今回、全くもって彼女の役に立たなかったのだとしても。
しかしいつかまた、先の戦闘と似た状況が発生するような事があれば、その時こそ必ず彼女の助けになってみせる。
そういう誓いを、心の中に打ち立てたのだ。
決して揺るがぬほどの、重い重い覚悟と共に。
それは別に、献身とか犠牲とかの、立派な感情ではない。
ただ自分が、彼女にとって意味ある存在でいたい、という願いを叶えるためだ。
そういう不純にして純粋な欲望が、根源には潜んでいる。
むしろだからこそ、ここまで強靭に思いを定められたのだろう。
そう、僕の意志は固かった。
仮にその次の機会とやらが、ゲームではない本当の戦場で訪れたのだとしても、決して恐れず成し遂げてみせよう。
そう言い切れてしまうくらいの、圧倒的な強度を持っていたのだ。
つまり僕は、その瞬間――
(大丈夫……君は、僕が守るよ)
自分の命を捨ててでも、必ず彼女を守り抜くと決めたのである……




