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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-03 『Elucidator』
31/173

Section-4

更新履歴 21/9/18 文章のレイアウト変更・表現の修正


『や……柳井、君……』



 そう柳井君の名を呼ぶ、朝倉さんの声は、今にも消え失せそうなほどにか細かったのだが。

 それでもやはり、単なる聞き違いではなかった。

 つまりは彼女、あれだけの攻撃を受けながら、辛くも撃墜を免れていたのだ。


 なぜそんな幸運が起きたのかと言えば、それはおそらく、彼女の機体特性のおかげだろう。

 朝倉さんの搭乗機は、C-1ガーディアン――全機種の中でも、最高の防御力を誇るタイプなのだ。

 どうやらその堅牢さが幸いして、あの壮絶な光の直撃をしのぎ切れたらしい。


 またそれに加えて、敵の砲撃が来る直前に、自身のシールドを展開できたことも大きかったようだ。

 彼女の機体は、大型かつ頑丈な盾を装備しており、そいつでとっさに機体を守れたのである。

 そうでなければ、さすがに耐え抜くのは難しかっただろう。


 そしてそういう反応ができたのは、あらかじめ周囲をしっかり警戒していたから。

 望月さんの警告に応じ、緊張感を保っていたおかげ、というわけだ。

 本当に良かった、来てくれてありがとう、と彼女に感謝せずにはいられない。


 しかしそう安堵した直後、僕は自身のその認識が、ずいぶんと甘かったことに気付く。

 なぜなら朝倉さんの機体が、先ほどの砲撃に晒された結果として――


(もう、ボロボロじゃないか……!)


 全身の装甲がくまなく溶融するほどの、非常に大きなダメージを負っていたから。

 攻撃を受け止めたシールドに至っては、ほぼ原形を留めてさえいない。

 あれではもう、普通に動くことさえ難しいはずだ。

 すぐ救援に向かわねば、その末路は火を見るよりも明らか、と言った雰囲気である。


 となると当然、そんな状態の仲間を、アキラちゃんが放っておくはずはない。

 実際彼女は即座に、朝倉さんからの距離が最も近い柳井君へ、その支援に回るよう指示を出した。


『柳井君! 朝倉さんのバックアップを!』


 柳井君はその言葉に、珍しく真剣な口調で反応した後――


『言われなくても!』


 素早く機体を方向転換させ、被弾した朝倉さんの元へ向かう。

 そして間を置かず彼女と合流し、動けなくなったその機体を抱えると、共に退却を再開した。


 それを見届けてから、アキラちゃんは僕らにも指示を飛ばしてくる。


『敵はおそらく、ステルス機能を持った長距離狙撃機です!

 全員散開して回避運動をとりつつ、撤退を継続してください!』


 その指令通り、僕らは敵の攻撃を回避するため、各自ランダムな軌道を取り始めた。

 無闇にまっすぐ進むのではなく、こまめに方向を変え、蛇行するように母艦を目指したのだ。

 直線的に動くと、行く先を予測されやすくなってしまうから。


 無論、余計な動きが増える分、時間の方はかかってしまうのだが。

 今は安全が最優先だし、それもやむなしというところだろう。


 ただその指示が浸透し、誰もが戦場に広く散らばった次の瞬間、再び例の白い光が出現する。


『くそっ、まただ! また撃ってきた!』


 遠く漆黒の宇宙の一角から、またも姿の見えぬ敵が攻撃をしかけてきたのだ。

 散り散りに逃げ行く僕らに対し、間断なく立て続けに。


 しかも、その砲火のターゲットは――


『ちっ……狙い撃ちかよ!』


 最後尾を進んでいる、柳井君と朝倉さんだった。

 幾度も繰り返される砲撃の全てが、その二人に集中しているのだ。

 このままだとおそらく、両者ともにかなり危険だろう。


 なぜなら損傷した朝倉さんの機体を、柳井君が抱えた体勢になっているせいで、その機動性が著しく低下しているから。

 今のところ直撃は免れているものの、遠からず避けきれなくなるのは明白、と言った印象の危機的状況である。


 しかしそうとわかっていても、敵の姿が見えぬ以上は、援護射撃のしようもない。

 ゆえにだったらどうすべきなのか、と僕は思い悩んでいたのだが――


(……あっ)


 そこで誰かが、突然柳井君達の後ろに回り込み、そのままピタリと静止する。

 まるで迫り来る敵の攻撃から、身を挺して二人をかばうように。


 それは、誰あろう――


『……橘!』


 A-2グラディエーターを駆る、橘幹也君その人であった。

 どうやら彼、自らの身を盾として、柳井君達を守るつもりらしい。

 友人達の危機に、誰よりも早く馳せ参じたわけだ。


 だがもちろん、それはかなりの危険を伴う選択である。

 だって彼の機体の装甲では、あいつの強烈な砲撃に耐えきれないはずだから。

 足を止めて待ち受けるなんて、無謀としか言いようがない。


 そんな橘君の行動を憂慮してか、すぐに栗原さんが、慌てて彼に警告を発する。


『ミッキー! 待って、危な……』


 ただその直後、またしても敵が砲撃を実行した。

 仲間を守らんとする橘君に対し、相変わらず姿を見せぬまま、破壊的な輝きを撃ち放ったのである。


 そして放たれたその一撃は、続けて彼の機体を丸ごと包み込み、バラバラに打ち砕く――


『……おっと』


 ――ようなことは、決してなかった。

 なんと橘君が、その直撃すれば致命傷であろう攻撃を、あっさりと回避してみせたからだ。

 飛来する蚊を片手で叩き落とす時のような、気軽かつ機敏な動きで。


 そして自身を気づかう栗原さんに、彼らしい冷静な口調で応じた後――


『心配するな、栗原。この攻撃、出所さえわかっていれば簡単に避けられる。

 だから心配なんてせずに、お前は先に艦へ戻ってろ』


 同様に、柳井君達へも声をかける。


『それと柳井、お前もだ。

 俺が囮をやってる内に、朝倉を連れて撤退しておけ』


 それを聞いた、柳井君と朝倉さんは――


『悪い……助かる!』

『ごめん……ありがとう、橘君』


 二人同時にお礼を述べてから、すぐさま一直線に母艦へと向かった。

 また栗原さんもそれに続いて、少し子どもじみた台詞を残しつつも、意外と素直に退却していく。


『約束だからね! 嘘だったら、後で怒るから!』


 橘君はそんな彼らを見送った後、妙に落ち着いた風に小さく呟いてから、独り回避に専念し始めた。


『さて……と。やるか』


 その後そこで展開された、橘君の孤独な戦いは、全くもって危なげないものだった。

 なぜなら彼が、まるで風に舞う木の葉のごとく、ヒラリヒラリと全ての砲撃をかわしていったから。


 例えるならそう、猛牛の突進を巧みにいなす、熟練のマタドールと言ったところだろう。

 僕には到底不可能な、極めて卓越した芸当である。


 ゆえに思わず、僕は淡い期待を抱いてしまう。


(これなら、行けるぞ……!)


 ずっとこうやって、橘君に敵の攻撃を引き付けてもらえば、全員が無事に帰還できるのではないか。

 ついついそう、楽観的に考えてしまったのだ。

 もちろん、彼だけにリスクを負わせている今の状態を、申し訳ないとも思っていたわけだが……


 ……という、どこか罪悪感めいた感情が胸をよぎった瞬間――


(……あれ?)


 ふと僕は、ひどく奇妙な感覚に襲われた。


(これ……どこかで見たことがある?)


 それは今まさに眼前で展開中の光景――味方の集団の最後尾で、誰かが敵の攻撃を回避し続けているところ――に、なぜか見覚えのようなものを感じてしまったことだ。

 俗に言う、既視感というやつである。


 しかもその感覚は、次いで僕の心に、大きな不安と恐怖をもたらす。

 なぜだか何の根拠もなく、橘君が危険だと思えてきたのだ。

 いったいどうして、僕は急にそんな事を考え始めたのだろうか……


 ……などと独り戸惑う僕の耳に、そこで再び望月さんの声が聞こえた。

 彼女はここへ来た時と同じ必死さで、橘君に警告を発したのだ。

 まるで僕と同じ疑問を抱いた後、僕よりもずっと早く、その解答へ行き着いたかのように。


『橘君、気をつけて!

 相手は一機じゃない可能性があるから!』


 その言葉が意味するところを、瞬時に把握したのだろう。

 橘君はすかさずそれへ反応し、わずかながら自機の位置を横にずらす。

 きっと別方向から攻撃される、という事態に備えたに違いない。


 すると、まさしくその瞬間――


『ぐっ……! 別の奴か……!』


 今までとは大幅に異なる地点から、彼に向けて、例の白い光が放たれた。

 どうやらもう一機、付近には同じ敵が潜んでいたらしい。

 そいつが機を見て、橘君に攻撃を仕掛けてきたわけだ。


 とは言えその砲火は、橘君に命中することなく、少し離れた場所を通過していく。

 きっと望月さんの警告のおかげで、あらかじめ反応できていたからだろう。

 見るからに余裕たっぷり、という雰囲気である。


 だからか橘君は、その予期せぬ奇襲を見て、動揺した呼びかけを発する栗原さんに――


『ミッキー! 大丈夫っ!』


 いかにも彼らしく、冷静な口調で答えを返していたのだが。


『心配するな、大丈夫だ。このくらいなら……』


 しかしすぐさまその言葉を引っ込めると、珍しく狼狽している風の声を上げた。


『……な、何っ!』


 なぜなら次いで、今のと同じ攻撃が――


『くっ……いったい、何機いやがるんだ!』


 同時多発的に、複数の場所から乱射されたから。

 どんどんその量を増やし、視界をくまなく埋め尽くしていくほどに。

 ざっと数えただけでも、十近い敵が、間断なく攻撃してきているようだ。


 その様は、さながら地に降り注ぐ雷雨のごとし。

 出所もタイミングも見極めようがなく、到底避けきれるとは思えない。

 ゆえに心へ浮かぶ感情は、もはやただただ恐怖のみである。


 そんな危険極まりない光景を、目の前で見せつけられたせいだろう。

 次いであちらこちらから、クラスメイト達の混乱した叫びが響き始める。


『何、これ……こんなの、避けきれるわけない!』

『くそっ……! これじゃただの運ゲーだぞ!』

『きゃあああ! 今、私のすぐ側を、敵の攻撃が……!』


 すでに全員が、半ばパニック状態のようだ。

 敵の圧倒的過ぎる火力に、すっかり冷静さを奪われてしまったのである。

 まあこの状況では、基本無理もないことなのだが。


 そしてそれは、もちろん僕だって例外ではない。


(ど……どうする! どうすればいいんだ!)


 精神的に追い込まれて、ひたすら逃げ惑うのみになったのである。

 無様にみっともなく、他人を気づかう余裕もないままで。


 だってこのままでは、いつか必ず直撃を受け、機体を粉々に砕かれてしまうと思ったから。

 僕はそれが、何より怖くてしょうがなかったのだ。

 あたかもそのせいで、本当に命を落とすとでも思っているかのように。


 その反応は当然、非常に不可解なものではあったのだが。

 しかし今の僕に、それに気づき得る冷静な判断力は残っていない。

 根拠無き恐怖に、ただ怯えることしかできなかったのだ……


 だがそんな風に、ほぼ収拾のつかない異様な恐慌状態に陥った僕らへ、次いでアキラちゃんが大声で呼びかけを発した。


『みなさんっ! 聞いてください!』


 その口調が、長い付き合いの僕でも驚くほどに強いのは、きっと恐慌状態の僕らを落ち着かせようとしたからだろう。

 実際それのおかげで、僕は少しだけ冷静さを取り戻す。


 そこに彼女は、現状において唯一とも言える、生き残るための策を告げた。

 

『あの攻撃も、母艦の装甲なら十分耐えられるはずです!

 そこまで戻れば、安全なんです!

 だからどうか、落ち着いて!

 今まで通り回避運動を続けながら、できる限り急いで母艦に向かってください!』


 その指示のおかげで、安全な場所の存在を思い出せた僕らは――


『『り……了解!』』


 揃ってその指令に返答した後、すぐさま脇目も振らず、母艦を目指して移動を再開する。

 提示された希望へすがり付くように、降り注ぐ砲撃の雨の中、自身の機体を必死で操って。


 その様はさながら、漁師の放つ網から逃れようとする、哀れな小魚達の群れだ。

 捕まったら終わりというところも、わずかな可能性に賭けるところも、実にそっくりである。

 僕らはそうして、皆で不格好な姿を晒しながらも、生き延びるため懸命に足掻き続けた。


 結果、その願いは――


『……よしっ、帰還できた! みんなも早く!』


 しばしの後、見事に成就する。

 機動性に優れた春日井さんの機体が、いち早く母艦の元へとたどり着いたのだ。

 彼女はそのまま、開放されていた格納庫のハッチから、無事に帰還することに成功した。


 またそれに続いて、他の皆も次々に、彼女の後を追い格納庫へ飛び込んでいく。

 要はただ絶望しか無いように見えた、あの驚異的な猛攻を、首尾良く運良くくぐり抜けられたわけだ。


 僕らがそんな、奇跡に近い生還を果たした理由は、おそらくふたつ。


 ひとつは敵の攻撃の精度が低く、動き回っているだけでも、ある程度は回避できたこと。

 もうひとつは、アキラちゃんの撤退指示が早かったおかげで、母艦との距離が縮まっていたこと。

 それにより何とか、あの運任せの状況を、こうして無事に乗り切れたのである。


 その得難い幸運と、アキラちゃんの適切な判断力に感謝しつつ、続いて僕も格納庫へ飛び込んだ。

 それから皆の様子を確認するため、周囲に素早く視線を走らせる。


 するとちょうど、朝倉さんを抱えた柳井君が、転げるように艦へ突入してくるところが見えた。

 まさしく命がらがら、と言った様子である。

 これで帰還していないのは、最後尾にいた橘君だけだ。


 それを確認した僕の耳に、次いで栗原さんが上げた、ひどく心配そうな声が聞こえてくる。


『急いで! ミッキー!』


 たった独り、未だ艦外に留まっている橘君の身を、心から案じているという雰囲気の呼びかけだ。

 そんな栗原さんの思いが、大きな力となったかのように、橘君は珍しく熱い咆哮を上げると――


『くっ……うおあああっ!』


 そのまま一気に、母艦との距離を詰めていった。

 対象が減ったせいで、自分に集中し始めた無数の敵の砲火を、巧みな戦闘機動で残らず回避しながら。


 そしてついに母艦へ到達すると、彼の帰還を目一杯に喜ぶ、栗原さんの弾けるような声をバックに――


『やった! ミッキー!』


 百メートル走で優勝した陸上選手が、他のどの選手よりも速く、一人でゴールテープを切る時のようにカッコ良く。


 あるいは長いフルマラソンを走りきった長距離走の選手が、ゴールと同時に倒れ込む時と似た、疲労困憊という様子で。


 勢い良く、格納庫に飛び込んできた。


 するとまるで、その瞬間を待ちかねていたかのように、格納庫のハッチが急速に閉鎖していく。

 またそれとタイミングを合わせて、母艦も大きく動き始めた。

 どうやらこの場所からの、緊急離脱を試みているようだ。


 それを認識した瞬間、僕ははっきりと実感を持つ。


(えっと、これはつまり……)


 自分達は見事、先ほどの絶望的な窮地を脱出したのだ、と。

 この恐ろしい戦場から、全員揃って逃げ延びることができたのだ、と。


 そう――


(『みんな』助かった……のか?)



 『今度』は、誰一人置き去りにすることなしに……








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