Section-4
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『や……柳井、君……』
そう柳井君の名を呼ぶ、朝倉さんの声は、今にも消え失せそうなほどにか細かったのだが。
それでもやはり、単なる聞き違いではなかった。
つまりは彼女、あれだけの攻撃を受けながら、辛くも撃墜を免れていたのだ。
なぜそんな幸運が起きたのかと言えば、それはおそらく、彼女の機体特性のおかげだろう。
朝倉さんの搭乗機は、C-1ガーディアン――全機種の中でも、最高の防御力を誇るタイプなのだ。
どうやらその堅牢さが幸いして、あの壮絶な光の直撃をしのぎ切れたらしい。
またそれに加えて、敵の砲撃が来る直前に、自身のシールドを展開できたことも大きかったようだ。
彼女の機体は、大型かつ頑丈な盾を装備しており、そいつでとっさに機体を守れたのである。
そうでなければ、さすがに耐え抜くのは難しかっただろう。
そしてそういう反応ができたのは、あらかじめ周囲をしっかり警戒していたから。
望月さんの警告に応じ、緊張感を保っていたおかげ、というわけだ。
本当に良かった、来てくれてありがとう、と彼女に感謝せずにはいられない。
しかしそう安堵した直後、僕は自身のその認識が、ずいぶんと甘かったことに気付く。
なぜなら朝倉さんの機体が、先ほどの砲撃に晒された結果として――
(もう、ボロボロじゃないか……!)
全身の装甲がくまなく溶融するほどの、非常に大きなダメージを負っていたから。
攻撃を受け止めたシールドに至っては、ほぼ原形を留めてさえいない。
あれではもう、普通に動くことさえ難しいはずだ。
すぐ救援に向かわねば、その末路は火を見るよりも明らか、と言った雰囲気である。
となると当然、そんな状態の仲間を、アキラちゃんが放っておくはずはない。
実際彼女は即座に、朝倉さんからの距離が最も近い柳井君へ、その支援に回るよう指示を出した。
『柳井君! 朝倉さんのバックアップを!』
柳井君はその言葉に、珍しく真剣な口調で反応した後――
『言われなくても!』
素早く機体を方向転換させ、被弾した朝倉さんの元へ向かう。
そして間を置かず彼女と合流し、動けなくなったその機体を抱えると、共に退却を再開した。
それを見届けてから、アキラちゃんは僕らにも指示を飛ばしてくる。
『敵はおそらく、ステルス機能を持った長距離狙撃機です!
全員散開して回避運動をとりつつ、撤退を継続してください!』
その指令通り、僕らは敵の攻撃を回避するため、各自ランダムな軌道を取り始めた。
無闇にまっすぐ進むのではなく、こまめに方向を変え、蛇行するように母艦を目指したのだ。
直線的に動くと、行く先を予測されやすくなってしまうから。
無論、余計な動きが増える分、時間の方はかかってしまうのだが。
今は安全が最優先だし、それもやむなしというところだろう。
ただその指示が浸透し、誰もが戦場に広く散らばった次の瞬間、再び例の白い光が出現する。
『くそっ、まただ! また撃ってきた!』
遠く漆黒の宇宙の一角から、またも姿の見えぬ敵が攻撃をしかけてきたのだ。
散り散りに逃げ行く僕らに対し、間断なく立て続けに。
しかも、その砲火のターゲットは――
『ちっ……狙い撃ちかよ!』
最後尾を進んでいる、柳井君と朝倉さんだった。
幾度も繰り返される砲撃の全てが、その二人に集中しているのだ。
このままだとおそらく、両者ともにかなり危険だろう。
なぜなら損傷した朝倉さんの機体を、柳井君が抱えた体勢になっているせいで、その機動性が著しく低下しているから。
今のところ直撃は免れているものの、遠からず避けきれなくなるのは明白、と言った印象の危機的状況である。
しかしそうとわかっていても、敵の姿が見えぬ以上は、援護射撃のしようもない。
ゆえにだったらどうすべきなのか、と僕は思い悩んでいたのだが――
(……あっ)
そこで誰かが、突然柳井君達の後ろに回り込み、そのままピタリと静止する。
まるで迫り来る敵の攻撃から、身を挺して二人をかばうように。
それは、誰あろう――
『……橘!』
A-2グラディエーターを駆る、橘幹也君その人であった。
どうやら彼、自らの身を盾として、柳井君達を守るつもりらしい。
友人達の危機に、誰よりも早く馳せ参じたわけだ。
だがもちろん、それはかなりの危険を伴う選択である。
だって彼の機体の装甲では、あいつの強烈な砲撃に耐えきれないはずだから。
足を止めて待ち受けるなんて、無謀としか言いようがない。
そんな橘君の行動を憂慮してか、すぐに栗原さんが、慌てて彼に警告を発する。
『ミッキー! 待って、危な……』
ただその直後、またしても敵が砲撃を実行した。
仲間を守らんとする橘君に対し、相変わらず姿を見せぬまま、破壊的な輝きを撃ち放ったのである。
そして放たれたその一撃は、続けて彼の機体を丸ごと包み込み、バラバラに打ち砕く――
『……おっと』
――ようなことは、決してなかった。
なんと橘君が、その直撃すれば致命傷であろう攻撃を、あっさりと回避してみせたからだ。
飛来する蚊を片手で叩き落とす時のような、気軽かつ機敏な動きで。
そして自身を気づかう栗原さんに、彼らしい冷静な口調で応じた後――
『心配するな、栗原。この攻撃、出所さえわかっていれば簡単に避けられる。
だから心配なんてせずに、お前は先に艦へ戻ってろ』
同様に、柳井君達へも声をかける。
『それと柳井、お前もだ。
俺が囮をやってる内に、朝倉を連れて撤退しておけ』
それを聞いた、柳井君と朝倉さんは――
『悪い……助かる!』
『ごめん……ありがとう、橘君』
二人同時にお礼を述べてから、すぐさま一直線に母艦へと向かった。
また栗原さんもそれに続いて、少し子どもじみた台詞を残しつつも、意外と素直に退却していく。
『約束だからね! 嘘だったら、後で怒るから!』
橘君はそんな彼らを見送った後、妙に落ち着いた風に小さく呟いてから、独り回避に専念し始めた。
『さて……と。やるか』
その後そこで展開された、橘君の孤独な戦いは、全くもって危なげないものだった。
なぜなら彼が、まるで風に舞う木の葉のごとく、ヒラリヒラリと全ての砲撃をかわしていったから。
例えるならそう、猛牛の突進を巧みにいなす、熟練のマタドールと言ったところだろう。
僕には到底不可能な、極めて卓越した芸当である。
ゆえに思わず、僕は淡い期待を抱いてしまう。
(これなら、行けるぞ……!)
ずっとこうやって、橘君に敵の攻撃を引き付けてもらえば、全員が無事に帰還できるのではないか。
ついついそう、楽観的に考えてしまったのだ。
もちろん、彼だけにリスクを負わせている今の状態を、申し訳ないとも思っていたわけだが……
……という、どこか罪悪感めいた感情が胸をよぎった瞬間――
(……あれ?)
ふと僕は、ひどく奇妙な感覚に襲われた。
(これ……どこかで見たことがある?)
それは今まさに眼前で展開中の光景――味方の集団の最後尾で、誰かが敵の攻撃を回避し続けているところ――に、なぜか見覚えのようなものを感じてしまったことだ。
俗に言う、既視感というやつである。
しかもその感覚は、次いで僕の心に、大きな不安と恐怖をもたらす。
なぜだか何の根拠もなく、橘君が危険だと思えてきたのだ。
いったいどうして、僕は急にそんな事を考え始めたのだろうか……
……などと独り戸惑う僕の耳に、そこで再び望月さんの声が聞こえた。
彼女はここへ来た時と同じ必死さで、橘君に警告を発したのだ。
まるで僕と同じ疑問を抱いた後、僕よりもずっと早く、その解答へ行き着いたかのように。
『橘君、気をつけて!
相手は一機じゃない可能性があるから!』
その言葉が意味するところを、瞬時に把握したのだろう。
橘君はすかさずそれへ反応し、わずかながら自機の位置を横にずらす。
きっと別方向から攻撃される、という事態に備えたに違いない。
すると、まさしくその瞬間――
『ぐっ……! 別の奴か……!』
今までとは大幅に異なる地点から、彼に向けて、例の白い光が放たれた。
どうやらもう一機、付近には同じ敵が潜んでいたらしい。
そいつが機を見て、橘君に攻撃を仕掛けてきたわけだ。
とは言えその砲火は、橘君に命中することなく、少し離れた場所を通過していく。
きっと望月さんの警告のおかげで、あらかじめ反応できていたからだろう。
見るからに余裕たっぷり、という雰囲気である。
だからか橘君は、その予期せぬ奇襲を見て、動揺した呼びかけを発する栗原さんに――
『ミッキー! 大丈夫っ!』
いかにも彼らしく、冷静な口調で答えを返していたのだが。
『心配するな、大丈夫だ。このくらいなら……』
しかしすぐさまその言葉を引っ込めると、珍しく狼狽している風の声を上げた。
『……な、何っ!』
なぜなら次いで、今のと同じ攻撃が――
『くっ……いったい、何機いやがるんだ!』
同時多発的に、複数の場所から乱射されたから。
どんどんその量を増やし、視界をくまなく埋め尽くしていくほどに。
ざっと数えただけでも、十近い敵が、間断なく攻撃してきているようだ。
その様は、さながら地に降り注ぐ雷雨のごとし。
出所もタイミングも見極めようがなく、到底避けきれるとは思えない。
ゆえに心へ浮かぶ感情は、もはやただただ恐怖のみである。
そんな危険極まりない光景を、目の前で見せつけられたせいだろう。
次いであちらこちらから、クラスメイト達の混乱した叫びが響き始める。
『何、これ……こんなの、避けきれるわけない!』
『くそっ……! これじゃただの運ゲーだぞ!』
『きゃあああ! 今、私のすぐ側を、敵の攻撃が……!』
すでに全員が、半ばパニック状態のようだ。
敵の圧倒的過ぎる火力に、すっかり冷静さを奪われてしまったのである。
まあこの状況では、基本無理もないことなのだが。
そしてそれは、もちろん僕だって例外ではない。
(ど……どうする! どうすればいいんだ!)
精神的に追い込まれて、ひたすら逃げ惑うのみになったのである。
無様にみっともなく、他人を気づかう余裕もないままで。
だってこのままでは、いつか必ず直撃を受け、機体を粉々に砕かれてしまうと思ったから。
僕はそれが、何より怖くてしょうがなかったのだ。
あたかもそのせいで、本当に命を落とすとでも思っているかのように。
その反応は当然、非常に不可解なものではあったのだが。
しかし今の僕に、それに気づき得る冷静な判断力は残っていない。
根拠無き恐怖に、ただ怯えることしかできなかったのだ……
だがそんな風に、ほぼ収拾のつかない異様な恐慌状態に陥った僕らへ、次いでアキラちゃんが大声で呼びかけを発した。
『みなさんっ! 聞いてください!』
その口調が、長い付き合いの僕でも驚くほどに強いのは、きっと恐慌状態の僕らを落ち着かせようとしたからだろう。
実際それのおかげで、僕は少しだけ冷静さを取り戻す。
そこに彼女は、現状において唯一とも言える、生き残るための策を告げた。
『あの攻撃も、母艦の装甲なら十分耐えられるはずです!
そこまで戻れば、安全なんです!
だからどうか、落ち着いて!
今まで通り回避運動を続けながら、できる限り急いで母艦に向かってください!』
その指示のおかげで、安全な場所の存在を思い出せた僕らは――
『『り……了解!』』
揃ってその指令に返答した後、すぐさま脇目も振らず、母艦を目指して移動を再開する。
提示された希望へすがり付くように、降り注ぐ砲撃の雨の中、自身の機体を必死で操って。
その様はさながら、漁師の放つ網から逃れようとする、哀れな小魚達の群れだ。
捕まったら終わりというところも、わずかな可能性に賭けるところも、実にそっくりである。
僕らはそうして、皆で不格好な姿を晒しながらも、生き延びるため懸命に足掻き続けた。
結果、その願いは――
『……よしっ、帰還できた! みんなも早く!』
しばしの後、見事に成就する。
機動性に優れた春日井さんの機体が、いち早く母艦の元へとたどり着いたのだ。
彼女はそのまま、開放されていた格納庫のハッチから、無事に帰還することに成功した。
またそれに続いて、他の皆も次々に、彼女の後を追い格納庫へ飛び込んでいく。
要はただ絶望しか無いように見えた、あの驚異的な猛攻を、首尾良く運良くくぐり抜けられたわけだ。
僕らがそんな、奇跡に近い生還を果たした理由は、おそらくふたつ。
ひとつは敵の攻撃の精度が低く、動き回っているだけでも、ある程度は回避できたこと。
もうひとつは、アキラちゃんの撤退指示が早かったおかげで、母艦との距離が縮まっていたこと。
それにより何とか、あの運任せの状況を、こうして無事に乗り切れたのである。
その得難い幸運と、アキラちゃんの適切な判断力に感謝しつつ、続いて僕も格納庫へ飛び込んだ。
それから皆の様子を確認するため、周囲に素早く視線を走らせる。
するとちょうど、朝倉さんを抱えた柳井君が、転げるように艦へ突入してくるところが見えた。
まさしく命がらがら、と言った様子である。
これで帰還していないのは、最後尾にいた橘君だけだ。
それを確認した僕の耳に、次いで栗原さんが上げた、ひどく心配そうな声が聞こえてくる。
『急いで! ミッキー!』
たった独り、未だ艦外に留まっている橘君の身を、心から案じているという雰囲気の呼びかけだ。
そんな栗原さんの思いが、大きな力となったかのように、橘君は珍しく熱い咆哮を上げると――
『くっ……うおあああっ!』
そのまま一気に、母艦との距離を詰めていった。
対象が減ったせいで、自分に集中し始めた無数の敵の砲火を、巧みな戦闘機動で残らず回避しながら。
そしてついに母艦へ到達すると、彼の帰還を目一杯に喜ぶ、栗原さんの弾けるような声をバックに――
『やった! ミッキー!』
百メートル走で優勝した陸上選手が、他のどの選手よりも速く、一人でゴールテープを切る時のようにカッコ良く。
あるいは長いフルマラソンを走りきった長距離走の選手が、ゴールと同時に倒れ込む時と似た、疲労困憊という様子で。
勢い良く、格納庫に飛び込んできた。
するとまるで、その瞬間を待ちかねていたかのように、格納庫のハッチが急速に閉鎖していく。
またそれとタイミングを合わせて、母艦も大きく動き始めた。
どうやらこの場所からの、緊急離脱を試みているようだ。
それを認識した瞬間、僕ははっきりと実感を持つ。
(えっと、これはつまり……)
自分達は見事、先ほどの絶望的な窮地を脱出したのだ、と。
この恐ろしい戦場から、全員揃って逃げ延びることができたのだ、と。
そう――
(『みんな』助かった……のか?)
『今度』は、誰一人置き去りにすることなしに……




