Section-3
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『みんな、待って!
まだ危険だから、絶対に油断をしないで!』
そのひどく唐突な上、ただならぬ雰囲気を漂わせる望月さんの呼びかけに、すぐさま美山さんとアキラちゃんが反応する。
『のどか……? もう、大丈夫なの?
それに危険って……どういうこと?』
『望月さん? どうしたんですか?
危険というのは、いったい……』
二人揃って、矢継ぎ早に質問を投げかけたのだ。
おそらく先ほどの言葉だけでは、その意味も意図も不明だったので、そこを急ぎ確かめておこうとしたのだろう。
ただ望月さんはなぜか、その至極当然の質問に、やたらと曖昧な答えを返してきた。
『ご……ごめんなさい。詳しいことは、うまく説明できないんです。
なぜかとても危険だ、っていう気がするだけなので……
でも本当に、嘘じゃないんです! 絶対に、危ないと思うんです!
だからみんな、気を抜かないで!』
その話を適切に要約するのならば、何となく危ない気がするからみんな油断しないで、という意味合いになる。
いわゆる虫の知らせ、あるいは第六感というやつだ。
彼女はそれを伝えるため、わざわざ休養を返上してここに来たらしい。
もちろんその気持ち自体は、できるだけ汲んであげたいと思うのだが……
(うーん……)
しかしこうも具体性が無いとなると、素直に受け入れるのは難しい。
さすがに話が不確か過ぎるよな、と思ってしまうから。
いやはや本当に、いつもの望月さんらしからぬ発言である。
その迷走ぶりから察するに、やはり彼女、前回の戦いの際に何か――
(……前回?)
――などと望月さんについて、僕はさらに憂いを強めていたのだが。
そこで不意に頭へ浮かんできた、その『前回』という言葉をきっかけに、ひとつ奇妙な疑問へとたどり着く。
それは文字通り、『前回』の戦いについての大きな謎だ。
しかもそいつは、いくらその詳細を追い求めようと、答えがさっぱり見えてこない。
泥沼へはまり込んでいく時のように、ますます深まるばかりなのだ。
ゆえに僕は、慌てて通信を開き、アキラちゃん達の会話に割り込んだ。
その自分の中にある得体の知れぬ何かへ、身震いするほどの恐ろしさを感じながら。
「ごめん、志藤さん。ちょっといい?
話の途中で悪いんだけど、どうしても聞きたいことがあるんだ」
そしてそれに、少し不思議そうな様子で応じた彼女へ――
『久保君? どうしたんですか、突然』
こんな事を聞いたら変に思われるかな、とためらいつつも――
「聞きたいのは……」
意を決して、本来なら他人に尋ねるまでもない、ごく簡単な質問を放った。
「前回の戦いのことなんだ。
僕らその時は、どんな風に戦ったんだっけ?
どういう敵が出てきて、どのくらいポイントを稼いだんだっけ?
もし覚えていたら、教えて欲しいんだけど……」
なぜなら前回のゲームにおいて、自分がどんな風に戦い、どのような敵を倒して、それにどういう印象を抱いたのか。
そう言った事柄の全てを、僕自身がきれいさっぱり覚えていなかったから。
要は戦闘に関する記憶が、根こそぎ頭の中から消え去っていたのだ。
本来なら忘れるはずもない、ごく最近のことであるにも関わらず。
間違いなく異常な事態、と言えるだろう。
それで僕は、彼女に問いかけたのだ。
アキラちゃんにも自分と同じく、記憶に不可解な部分があるのかを確かめるために。
その結果として、彼女から返ってきた答えは――
『それは、ええと………………あ、れ?』
危惧した通り、というか何と言うか。
自分で自分の状態に驚いている、とでも表現できそうな、とてつもなくぼんやりしたものだった。
しかも彼女はそのまま、完全に言葉を失い、じっと黙り込んでしまう。
どうやら向こうも、前回の戦いについてはうまく思い出せないらしい。
そうして自分以外にも、記憶に異常のある者が存在する、という事実を確認した瞬間――
(これは……どういうことなんだ?)
僕は再び、底の知れない恐怖に襲われ、心からの怯えを感じた。
自分で自分の記憶が信頼できない、という異様な感覚が、何よりも怖くて仕方なかったのだ。
またそのせいなのか、心臓が激しく脈打っているような感触と、出るはずのない汗が噴き出しているような不快感をも覚える。
ここはゲームの中に造られた、完全なる仮想空間であるはずなのに。
これはきっと、己の中にある生存本能みたいなものが、恐怖で活生化したのだろう。
それでこうして、消え失せた記憶の向こう側から、今の状況は危険だと警告をしているに違いない。
もちろん、なぜそうなったかの真相は、未だに暗い闇の中なのだが。
しかし何にせよ、このまま見過ごすことなどできはしない。
とりあえずここは、最大限に安全性を重視して行動すべきだろう。
望月さんがそう、僕らへと呼びかけた通りに。
実際僕がそう決意するのと同時に、突然アキラちゃんから、緊迫感溢れる口調で指示が飛んできた。
『総員、撤退を継続しつつ、警戒を厳に!
決して注意を怠らないでください!』
どうやら彼女の方も、僕と同じような結論に至ったようだ。
それを根拠にすぐ行動へ移る辺り、さすがの決断力である。
ただその迅速さに、みんなの方は対応できなかったらしい。
だからか次いで、口々に戸惑った声を上げ始める。
『えっ? えっ? どういうこと?』
『なに志藤ちゃん。どしたの、そんなに焦って?』
『志藤さん……? どうしたんですか……?』
話が急すぎて、理解が追い付いてついないのだろう。
まあ突然注意を怠るなと言われても、詳しい事情がわからぬ以上、混乱してしまうのは当然である。
そんな彼らの説得材料を探すためか、アキラちゃんは一瞬だけ、迷うように口ごもっていたが。
『それは……ええと……その……』
直後に素晴らしい閃きが舞い降りてきた、という口調で指示を再開し、僕らの心を揺さぶるひとつの予測を告げた。
『……そう! 例えばステルス機能を持った敵が、どこかに潜んでいるかもしれません!
ですから可能な限り、気を抜かないようにお願いします!』
それと同時に、今まで騒々しく響いていた、皆のざわめきが停止する。
突如、スピーカーの音量をゼロにした時のように、ピタリと聞こえなくなったのだ。
きっと彼女の警告に、何か感じるところがあったに違いない。
そしてそれは、僕もまた同じである。
『ステルス機能を持った敵』という言葉に、凄まじく心を乱されていたから。
おそらくはこれも、本能からの警告なのだろう。
たぶん今は、本当に望月さんの言う通り、全く油断ができない状況なのだ……!
その僕の思いに呼応したかのごとく、どこか吹っ切れた様子の斉川君が、いち早くアキラちゃんの指示に返答を行った。
『……了解! 周囲を警戒しつつ、撤退を継続する!』
そこへ次々と、他のクラスメイト達の声も続いていく。
『こっちも了解!』
『オッケー、任して!』
『り、了解です!』
どうやら皆それぞれに、僕と似たような結論へと到達し、やや戸惑いながらも指示に従うことにしたらしい。
ならばと僕も、その流れに乗って――
「了解! 慎重に撤退を行います!」
緩んでいた気持ちを引き締めつつ、急いで母艦への帰投を再開した。
同じく緊張感を取り戻したクラスメイト達と共に、存在するのかすら定かではない、姿無き敵を警戒しながら。
そんな僕らの反応を聞いた望月さんは、心から安堵した口調で、感謝の気持ちを伝えてくる。
『ありがとう、みんな……』
どうやら彼女、自分の訴えが届いたことを、真剣に喜んでいるらしい。
僕は一瞬だけ、そんな望月さんの態度に、ずいぶん大袈裟だなあという感想を抱いたが。
しかしあまりこだわったりはせず、すぐに気持ちを切り替え、撤退に集中した。
何となく今は、それこそ正しい心構えという気がしていたから。
結果としてその後は、しばし誰ひとりとして口を開かぬ、極めて静かな時間が続く。
いつも元気な栗原さんや、無駄口量産マシーンの柳井君でさえ、ずっとそんな有り様なのである。
本当に全員が一丸となって、安全に帰還をするという、ひとつの作業に取り組んでいたのだ。
すると、その熱心さの甲斐あってか――
(……よし、もうすぐだ!)
ほどなくして、見慣れたフォルムの母艦が、目視可能な距離に現れた。
側には望月さんの姿もあるし、まず間違いはない。
つまり今のペースで進めば、もう間もなく着艦ができるわけだ。
そうなれば安全は確実、誰も撃墜されることなく、このゲームを終えられるはずである。
そう確信を持った僕は、深く安堵し、同時に少しだけ緊張から解放される。
(良かった……)
だって色々心配をしたわりに、結局ほとんどが取り越し苦労だったから。
こうなると変に張り詰めていた自分を、心配性だと笑い飛ばすしかない……
……なんて、安全な場所を目の前にして、僕はすっかり気を緩めていたのだが。
しかし次の瞬間、そういう心の在り方を戒めるかのように――
『あれ……?』
集団の最後尾にいた朝倉雪子さんが、不意に驚いたような声を上げる。
何か奇妙なものを見つけ、しきりに不思議がっている、という雰囲気だ。
当然アキラちゃんは、敏感にそれへ反応し、すかさず彼女に発言の詳細を問いかけた。
『朝倉さん? どうしました?
何か気になることでも?』
朝倉さんはその質問に、首を捻る様子が目に浮かぶような口調で、途切れ途切れに答えていく。
『いえ、今……何か宇宙に……変な歪み、みたいなものが見えたような……』
だが残念なことに、彼女はその説明を最後まで終えることができなかった。
なぜなら次いで、どこからともなく現れた――
『え? ……きゃあああ!』
巨大な白い光線の直撃を食らい、それに自身の機体を、丸ごと覆い尽くされてしまったから。
まるで砂浜を歩いていた人間が、大きな津波に巻き込まれた時のように。
要は謎の敵から、強烈な奇襲攻撃を受けたということである。
そんな彼女の姿を見て、真っ先に反応したのは――
『朝倉っ!』
なんと意外や意外、普段はひたすら軽薄で、おちゃらけてばかりの柳井君だった。
彼は例の光の中に消えた朝倉さんを気づかい、焦燥感溢れる口調で大声を上げたのだ。
そしてそのまま、幾度も朝倉さんに対し呼びかけを発する。
『朝倉! おい、大丈夫か!
返事をしろっ! 朝倉っ!』
しかし無情にも、彼女から答えは返ってこない。
開いた通信からは、猛烈なノイズが響いてくるばかりなのである。
いやそれどころか、彼女の姿さえ、僕らは満足に見られぬままだ。
目の前にあるのは、網膜を激しく焼き焦がす、暴力的な白い光のみだったから。
正直僕の目には、彼女の生存は絶望的なように思えた。
しかしその絶望で満ちた数秒の後、ようやく例の白い光が途切れたところで、ノイズの向こうから小さな声が聞こえてくる。
『や……柳井、君……』




