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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-03 『Elucidator』
30/173

Section-3

更新履歴 21/9/18 文章のレイアウト変更・表現の修正


『みんな、待って!

 まだ危険だから、絶対に油断をしないで!』



 そのひどく唐突な上、ただならぬ雰囲気を漂わせる望月さんの呼びかけに、すぐさま美山さんとアキラちゃんが反応する。


『のどか……? もう、大丈夫なの?

 それに危険って……どういうこと?』

『望月さん? どうしたんですか?

 危険というのは、いったい……』


 二人揃って、矢継ぎ早に質問を投げかけたのだ。

 おそらく先ほどの言葉だけでは、その意味も意図も不明だったので、そこを急ぎ確かめておこうとしたのだろう。


 ただ望月さんはなぜか、その至極当然の質問に、やたらと曖昧な答えを返してきた。


『ご……ごめんなさい。詳しいことは、うまく説明できないんです。

 なぜかとても危険だ、っていう気がするだけなので……


 でも本当に、嘘じゃないんです! 絶対に、危ないと思うんです!

 だからみんな、気を抜かないで!』


 その話を適切に要約するのならば、何となく危ない気がするからみんな油断しないで、という意味合いになる。

 いわゆる虫の知らせ、あるいは第六感というやつだ。

 彼女はそれを伝えるため、わざわざ休養を返上してここに来たらしい。


 もちろんその気持ち自体は、できるだけ汲んであげたいと思うのだが……


(うーん……)


 しかしこうも具体性が無いとなると、素直に受け入れるのは難しい。

 さすがに話が不確か過ぎるよな、と思ってしまうから。

 いやはや本当に、いつもの望月さんらしからぬ発言である。


 その迷走ぶりから察するに、やはり彼女、前回の戦いの際に何か――


(……前回?)


 ――などと望月さんについて、僕はさらに憂いを強めていたのだが。

 そこで不意に頭へ浮かんできた、その『前回』という言葉をきっかけに、ひとつ奇妙な疑問へとたどり着く。


 それは文字通り、『前回』の戦いについての大きな謎だ。

 しかもそいつは、いくらその詳細を追い求めようと、答えがさっぱり見えてこない。

 泥沼へはまり込んでいく時のように、ますます深まるばかりなのだ。


 ゆえに僕は、慌てて通信を開き、アキラちゃん達の会話に割り込んだ。

 その自分の中にある得体の知れぬ何かへ、身震いするほどの恐ろしさを感じながら。


「ごめん、志藤さん。ちょっといい?

 話の途中で悪いんだけど、どうしても聞きたいことがあるんだ」


 そしてそれに、少し不思議そうな様子で応じた彼女へ――


『久保君? どうしたんですか、突然』


 こんな事を聞いたら変に思われるかな、とためらいつつも――


「聞きたいのは……」


 意を決して、本来なら他人に尋ねるまでもない、ごく簡単な質問を放った。


「前回の戦いのことなんだ。

 僕らその時は、どんな風に戦ったんだっけ?

 どういう敵が出てきて、どのくらいポイントを稼いだんだっけ?

 もし覚えていたら、教えて欲しいんだけど……」


 なぜなら前回のゲームにおいて、自分がどんな風に戦い、どのような敵を倒して、それにどういう印象を抱いたのか。

 そう言った事柄の全てを、僕自身がきれいさっぱり覚えていなかったから。


 要は戦闘に関する記憶が、根こそぎ頭の中から消え去っていたのだ。

 本来なら忘れるはずもない、ごく最近のことであるにも関わらず。

 間違いなく異常な事態、と言えるだろう。


 それで僕は、彼女に問いかけたのだ。

 アキラちゃんにも自分と同じく、記憶に不可解な部分があるのかを確かめるために。


 その結果として、彼女から返ってきた答えは――


『それは、ええと………………あ、れ?』


 危惧した通り、というか何と言うか。

 自分で自分の状態に驚いている、とでも表現できそうな、とてつもなくぼんやりしたものだった。


 しかも彼女はそのまま、完全に言葉を失い、じっと黙り込んでしまう。

 どうやら向こうも、前回の戦いについてはうまく思い出せないらしい。


 そうして自分以外にも、記憶に異常のある者が存在する、という事実を確認した瞬間――


(これは……どういうことなんだ?)


 僕は再び、底の知れない恐怖に襲われ、心からの怯えを感じた。

 自分で自分の記憶が信頼できない、という異様な感覚が、何よりも怖くて仕方なかったのだ。


 またそのせいなのか、心臓が激しく脈打っているような感触と、出るはずのない汗が噴き出しているような不快感をも覚える。

 ここはゲームの中に造られた、完全なる仮想空間であるはずなのに。


 これはきっと、己の中にある生存本能みたいなものが、恐怖で活生化したのだろう。

 それでこうして、消え失せた記憶の向こう側から、今の状況は危険だと警告をしているに違いない。


 もちろん、なぜそうなったかの真相は、未だに暗い闇の中なのだが。


 しかし何にせよ、このまま見過ごすことなどできはしない。

 とりあえずここは、最大限に安全性を重視して行動すべきだろう。

 望月さんがそう、僕らへと呼びかけた通りに。


 実際僕がそう決意するのと同時に、突然アキラちゃんから、緊迫感溢れる口調で指示が飛んできた。


『総員、撤退を継続しつつ、警戒を厳に!

 決して注意を怠らないでください!』


 どうやら彼女の方も、僕と同じような結論に至ったようだ。

 それを根拠にすぐ行動へ移る辺り、さすがの決断力である。


 ただその迅速さに、みんなの方は対応できなかったらしい。

 だからか次いで、口々に戸惑った声を上げ始める。


『えっ? えっ? どういうこと?』

『なに志藤ちゃん。どしたの、そんなに焦って?』

『志藤さん……? どうしたんですか……?』


 話が急すぎて、理解が追い付いてついないのだろう。

 まあ突然注意を怠るなと言われても、詳しい事情がわからぬ以上、混乱してしまうのは当然である。


 そんな彼らの説得材料を探すためか、アキラちゃんは一瞬だけ、迷うように口ごもっていたが。


『それは……ええと……その……』


 直後に素晴らしい閃きが舞い降りてきた、という口調で指示を再開し、僕らの心を揺さぶるひとつの予測を告げた。


『……そう! 例えばステルス機能を持った敵が、どこかに潜んでいるかもしれません!

 ですから可能な限り、気を抜かないようにお願いします!』


 それと同時に、今まで騒々しく響いていた、皆のざわめきが停止する。

 突如、スピーカーの音量をゼロにした時のように、ピタリと聞こえなくなったのだ。

 きっと彼女の警告に、何か感じるところがあったに違いない。


 そしてそれは、僕もまた同じである。

 『ステルス機能を持った敵』という言葉に、凄まじく心を乱されていたから。

 おそらくはこれも、本能からの警告なのだろう。

 たぶん今は、本当に望月さんの言う通り、全く油断ができない状況なのだ……!


 その僕の思いに呼応したかのごとく、どこか吹っ切れた様子の斉川君が、いち早くアキラちゃんの指示に返答を行った。


『……了解! 周囲を警戒しつつ、撤退を継続する!』


 そこへ次々と、他のクラスメイト達の声も続いていく。


『こっちも了解!』

『オッケー、任して!』

『り、了解です!』


 どうやら皆それぞれに、僕と似たような結論へと到達し、やや戸惑いながらも指示に従うことにしたらしい。


 ならばと僕も、その流れに乗って――


「了解! 慎重に撤退を行います!」


 緩んでいた気持ちを引き締めつつ、急いで母艦への帰投を再開した。

 同じく緊張感を取り戻したクラスメイト達と共に、存在するのかすら定かではない、姿無き敵を警戒しながら。


 そんな僕らの反応を聞いた望月さんは、心から安堵した口調で、感謝の気持ちを伝えてくる。


『ありがとう、みんな……』


 どうやら彼女、自分の訴えが届いたことを、真剣に喜んでいるらしい。


 僕は一瞬だけ、そんな望月さんの態度に、ずいぶん大袈裟だなあという感想を抱いたが。

 しかしあまりこだわったりはせず、すぐに気持ちを切り替え、撤退に集中した。

 何となく今は、それこそ正しい心構えという気がしていたから。


 結果としてその後は、しばし誰ひとりとして口を開かぬ、極めて静かな時間が続く。

 いつも元気な栗原さんや、無駄口量産マシーンの柳井君でさえ、ずっとそんな有り様なのである。

 本当に全員が一丸となって、安全に帰還をするという、ひとつの作業に取り組んでいたのだ。


 すると、その熱心さの甲斐あってか――


(……よし、もうすぐだ!)


 ほどなくして、見慣れたフォルムの母艦が、目視可能な距離に現れた。

 側には望月さんの姿もあるし、まず間違いはない。


 つまり今のペースで進めば、もう間もなく着艦ができるわけだ。

 そうなれば安全は確実、誰も撃墜されることなく、このゲームを終えられるはずである。


 そう確信を持った僕は、深く安堵し、同時に少しだけ緊張から解放される。


(良かった……)


 だって色々心配をしたわりに、結局ほとんどが取り越し苦労だったから。

 こうなると変に張り詰めていた自分を、心配性だと笑い飛ばすしかない……


 ……なんて、安全な場所を目の前にして、僕はすっかり気を緩めていたのだが。

 しかし次の瞬間、そういう心の在り方を戒めるかのように――


『あれ……?』


 集団の最後尾にいた朝倉雪子さんが、不意に驚いたような声を上げる。

 何か奇妙なものを見つけ、しきりに不思議がっている、という雰囲気だ。


 当然アキラちゃんは、敏感にそれへ反応し、すかさず彼女に発言の詳細を問いかけた。


『朝倉さん? どうしました?

 何か気になることでも?』


 朝倉さんはその質問に、首を捻る様子が目に浮かぶような口調で、途切れ途切れに答えていく。


『いえ、今……何か宇宙に……変な歪み、みたいなものが見えたような……』


 だが残念なことに、彼女はその説明を最後まで終えることができなかった。

 なぜなら次いで、どこからともなく現れた――


『え? ……きゃあああ!』


 巨大な白い光線の直撃を食らい、それに自身の機体を、丸ごと覆い尽くされてしまったから。

 まるで砂浜を歩いていた人間が、大きな津波に巻き込まれた時のように。

 要は謎の敵から、強烈な奇襲攻撃を受けたということである。


 そんな彼女の姿を見て、真っ先に反応したのは――


『朝倉っ!』


 なんと意外や意外、普段はひたすら軽薄で、おちゃらけてばかりの柳井君だった。

 彼は例の光の中に消えた朝倉さんを気づかい、焦燥感溢れる口調で大声を上げたのだ。


 そしてそのまま、幾度も朝倉さんに対し呼びかけを発する。


『朝倉! おい、大丈夫か!

 返事をしろっ! 朝倉っ!』


 しかし無情にも、彼女から答えは返ってこない。

 開いた通信からは、猛烈なノイズが響いてくるばかりなのである。


 いやそれどころか、彼女の姿さえ、僕らは満足に見られぬままだ。

 目の前にあるのは、網膜を激しく焼き焦がす、暴力的な白い光のみだったから。

 正直僕の目には、彼女の生存は絶望的なように思えた。


 しかしその絶望で満ちた数秒の後、ようやく例の白い光が途切れたところで、ノイズの向こうから小さな声が聞こえてくる。



『や……柳井、君……』








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