Prologue
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僕ら二人は、本当に不釣り合いだよな……と、久保擁介はつくづく思っていた。
いつも自分の隣にいる、志藤明の凛々しい立ち姿を、誰より眩しく感じながら。
だって自分と来たら、背が低く体型はぽっちゃり気味で、顔も頭も下から数えてすぐの水準な上、取り立てて特技のようなものも持ち合わせてないというのに。
翻って彼女はと言うと、成績優秀にして品行方正、クラスメイト達からの信望も十分で、スタイルやビジュアルも女神と見紛うばかりに抜群だから。
要は学業や容姿など、スペック上のほぼ全てにおいて、決して埋めがたい大きな格差があるわけだ。
主観的に見ても客観的に見ても、釣り合いのとれているところはまるでなし、とさえ言えてしまう。
これはもう、美女と野獣……いやむしろ、女神と珍獣と呼ぶのが適切かもしれない。
だから正直言って、彼女と一緒にいると、ごく頻繁に強い劣等感が湧いてくる。
それにより自尊心が削り取られ、いずれ無くなってしまうのではないか、と思えるほどに強く。
それくらい僕とアキラちゃんは、魅力という点において、遠くかけ離れている存在だった。
それなのに僕らは、いつも行動を共にしていた。
学校で過ごす休み時間だけに留まらず、登下校から放課後に至るまで、ほぼ片時も離れず一緒なのだ。
なんでお前があの志藤さんと……なんて、同級生の男子にはさんざん不思議がられたものである。
ちなみに僕と彼女の間で、そういうおかしな関係が成立している原因は、実家が近所で互いの親の仲が良かったこと。
まあいわゆる、幼馴染みというやつだ。
それが縁となって、高校生になった今でも、こうして日々を共に過ごしている。
もっともいくら、家族ぐるみの付き合いがあるにしてもだ。
普通はこれほど長く、良好な関係が続くものではない。
だって僕と彼女では、基本その立場が大きく異なっているのだから。
久保擁介にとっての志藤明は、雲の上の人とか手が届かぬ高嶺の花とか、そんな風に呼ぶのが相応しい存在なのだ。
本来なら、もっと疎遠になっていてしかるべき相手、というところだろう。
だと言うのに僕は、今も彼女の側にいる。
決して離れることなく、すぐ近くで見守り続けている。
それは時おり唐突に訪れる、彼女が彼女らしくいられなくなった瞬間――そこで少しばかり、果たすべき役割があるからだ。
例えばそう、いつの事だったか。
確か今とは違う、別の学校に通っていた頃の出来事だ。
そこの夕日が差し込む教室に、僕とアキラちゃんが二人で居残り、学校行事にまつわる雑務をこなしていた時に――
『……何でみんな、私に委員長をやらせるのかな』
彼女がふと、そんな愚痴をこぼし始めたのだ。
その端整な顔に、はっきり不機嫌そうな雰囲気を漂わせながら。
それは極めて理知的で、常時思慮深く振る舞う彼女の口から、滅多に聞くことのない言葉だ。
僕の知ってるアキラちゃんは、いつだってみんなの期待に応えるため、一生懸命頑張る人だったから。
しかし定期的に、そして確実に訪れる異変でもあった。
なぜならいくら優秀で、どれだけ我慢強かろうとも、彼女だって年相応の普通の女の子だから。
たまには文句のひとつくらい、言いたくなる時もあるのだ。
ゆえに当時の僕は、自分の出番の訪れを直感し、慌ててその質問――半ば独り言のようでもあったが――に返答した。
『それは、ええと……みんなに頼りにされてるから、ってことじゃないかな?』
しかし当然、僕よりずっと賢い彼女に、そんな安いごまかしが通用するはずもない。
『……都合よく利用されてる、とも言うよね、そういうの』
すかさずそう返されて、成す術なく黙り込む羽目になったのだ。
彼女の鋭い指摘を否定できず、二の句が継げなくなってしまったから。
そんな僕へ向け、彼女はさらに、絶え間なく周りへの不満を述べ始めた。
『みんな何か、面倒そうな事があるとさ。
私が適任だとか言って、全部押し付けてくるでしょ。
多数決みたいな方法を使って、無理やりに。
いつもどんな時も、そうだった……』
僕はその主張に対し、やはり反論も否定も行うことができなかった。
なぜなら僕自身が、一番近くで何度も見てきたから。
彼女がそういう風にして、周りに仕事を押し付けられる瞬間を。
それゆえその不満の正当性が、誰よりも良くわかってしまうのだ。
そうして同情するあまり、何も言えなくなった僕の前で、彼女の愚痴は際限なく続いていった。
『それで自分達は、何もしない。
ほとんど手伝ってもくれないで、好き勝手に遊んでるだけ。
今日だってみんな、私達に目もくれず帰っちゃったし。
でもそれなのに、文句はしっかり言う。
手は貸してくれないのに、口だけはちゃんと出してくる。
これは自分の正当な権利だ、みたいな顔をして。
もう本当に、本当にずるい……』
しかもその日は、いつもよりずっと多弁で、いつもより遥かにご機嫌斜めだった。
下手に刺激したら爆発してしまうかも、とさえ思えるくらいに。
普通なら適当な逃げ口上でも告げて、さっさと話を切り上げるところだろう。
だが僕に、そういう選択肢は無かった。
もちろん叱りつけて抑え込んだり、ご機嫌とりで小ずるくやり過ごすつもりもなかった。
彼女に対する僕なりの誠意として、目を逸らさず真正面から、その不満を受け止めようと思ったのだ。
そこで僕は、しばし彼女の言動について考えを巡らした後、正直にそれへの感想を述べた。
『うん。まあ、そうかもしれない。
確かに面倒事をアキラちゃんに押し付けて、自分は気楽に過ごすだけ……っていう人もいると思う。
文句だけ言って、自分では何もしようとしない人もいると思う』
当然それにより、彼女の顔はますます険しくなっていった。
やっぱりそうだ、私は間違ってないよね、とでも言いたげに。
おそらく放っておけば、終わりなき愚痴の連鎖に繋がっていただろう。
ゆえにその、彼女にとっても無益な事態を回避するため、僕は言葉を尽くして自らの想いを訴えた。
『でも、それは全員じゃないよ。
中にはきちんと、アキラちゃんに感謝してる人もいるはずだ。
いつもありがとう、本当にご苦労様、ってね。
……って言うか、たぶんそっちの方が、ずっとずっと多いはずだよ。
アキラちゃんが頑張ってるのは、みんな知ってるんだから』
誰もが悪人というわけじゃない、見ている人はちゃんと見ているよ、と。
彼女の認識が、負の方向ばかりに傾かぬよう、できる限りのアピールをしたのだ。
すると幸いにも、それを聞いた彼女の表情が、見てわかるくらいはっきりと緩んだ。
必死に紡いだ説得の言葉が、少なからず心に届いたからだろう。
状況の悪化は、それなりに食い止められたわけである。
僕はその成果に大きな自信を獲得し、続けて彼女の働きぶりを、可能な限り明るく称賛していった。
沈んだその気持ちを上向かせて、うまく事態を収拾するために。
『それにみんなが、アキラちゃんが一番だ、って考えたのも事実だよ。
他の誰よりも、君に任せるのが安心と思ったんだね。
だからたぶん、いつもアキラちゃんが委員長に選ばれるんだ。
それはとても凄いことなんだって、僕は思うよ』
その言葉に彼女は、いったん嬉しそうな表情を浮かべてくれたのだが。
しかしすぐさま、それを仏頂面の奥へと引っ込めると、次いで不満そうに抗議を行ってきた。
『それは……そうかもしれないけど。
でもそういう言い方は、ずるいと思う……』
そう言われて僕は、軽い後悔を覚えた。
自分の言動が、相手をおだてて都合良く働かせる、みたいな雰囲気になっていると気づいたから。
これでは結局、無責任なクラスメイト達と変わりないのだ。
もちろん口にした言葉は、全て正直な気持ちであり、偽りは一切無い。
ただそれでもやはり、彼女一人に苦労を背負わせる、という状態を肯定すべきではないだろう。
そこはしっかり、反省と自戒をしておかなければならぬのである。
ゆえにその失態を償うため、僕はアキラちゃんに対し、飾らず素直に謝罪した。
『あ……うん、ごめん。そうだね、こんなのずるいよね。
僕だって、アキラちゃんに責任を押し付けてる勝手な人間の一人なんだから。
本当なら、こんな偉そうなことを言う権利は無いはずだ』
そんな僕の言葉に、彼女は軽く狼狽し、慌てて反論をしようとしていたのだが。
しかし僕は、即座にそれを遮って、再び自分の気持ちを伝えた。
今度こそ間違えぬよう、慎重に丁寧に言葉を選んで。
『だから僕も、僕にできる精一杯の事するよ。
どんな時も全力で、アキラちゃんを支える。
絶対に、一人にしたりはしない。約束だ。
ええと……それじゃ、駄目かな?』
僕は無力だから、君の現状を良くすることなんてできないけれど。
それならせめて、いつだって一緒に苦労をするよ。
ほんの少しでも、君の負担が減るように。
そういう意味と、精一杯の真心を込めて、己の想いを真摯に伝えたのである。
それこそが今、何よりも言うべき事だと思ったから。
もちろん彼女が、僕にそんな事を言われて嬉しいのだろうか、という疑問もあったのだが。
それでもその時は、言わないよりはずっといいさ、と考えたのである。
結果、見事にその甲斐あって――
『………………駄目、じゃない』
彼女はたっぷり時間を置いた後、少し素直じゃない言葉で、僕の申し出を受け入れてくれた。
どこか恥ずかしそうに、深く顔をうつむかせながら。
ようやく納得してくれた、というわけだ。
その事実に大きな安堵を覚えつつ、僕はそこで改めて、今後についての提案をした。
『うん、ありがとう。じゃあこれ片付けて、早く帰ろうか』
アキラちゃんは顔を伏せたまま、その言葉に小さく頷いて応じた。
いかにも彼女らしく、てきぱきと作業を再開しながら。
それがその時、僕らの間に交わされた、取り立てて特別なところは無い会話だ。
言うなればまあ、ちょっとしたお悩み相談のようなもの、なんて風にも言えるだろうか。
そしてこれこそが、僕の役割にして、ただひとつできる事だった。
僕はアキラちゃんの心にわだかまりが生まれた時、それをしっかり受け止め、膨れ上がらぬようにする――そんな使命を、自らに課している。
要は彼女が彼女らしくいるための、一種の安全装置を担っているわけだ。
この役目があるから、僕は彼女の側にいられた。
役に立てているという手応えが、互いの存在価値の差から来る劣等感を、ある程度相殺してくれていたのである。
でなければ今よりもっと、自分なんかが側にいていいのか、という不安が増大していたはずだ。
結果いつかはその感情に押し潰され、こんなにも長い間、共に過ごせはしなかっただろう。
ひとつでも拠り所があって本当に良かった、と心から安堵するより他はない。
ただもちろん、あくまでそういう間柄ゆえ、その先に進展することも決して無い。
永遠にただの幼馴染みで、最も仲が良い異性のままなわけだ。
そもそもどうすれば関係が進むのか、僕にはさっぱりわからないわけだし、やはりそれが当然の成り行きだろう。
だから僕は、これからも現状維持に努めていく。
できる限り長く、彼女の一番近くにいるために。
大人になれば、きっと訪れるはずの――
愛しい人との別れに、ずっと怯えたままで……




