Epilogue
更新履歴 21/9/15 文章のレイアウト変更・表現の修正
やっぱり、自分はゲームが得意じゃない。
望月和歌は、改めてその事実を痛感していた。
ゲームの世界を離れ、帰還を果たしたいつものレクリエーションルームで、独り深いため息を漏らしながら。
なぜそう思ったのかと言えば、それは今回の戦いで大ピンチに陥り、そこを見かねたクラスメイトに助けられていたから。
しかも撤退の準備に手間取り、私の動き出しが遅れたことが原因で。
自分の鈍臭さゆえに、周りに一方的に迷惑をかけてしまった、というわけだ。
また当然その際は、救援に来てくれた相手を、自分と同じ危険に晒している。
一歩間違えば、クラスメイトを巻き込んでいたかもしれないのである。
これでは単なる足手まといみたいなものだし、それを反省し、自信を失うのは自然な反応だろう。
とは言えまあ、そうして足を引っ張ってしまうのも、ある意味では当然の話だ。
だって私は、手先が不器用で頭の回転が遅く、そのうえ荒っぽいことが根本的に不向きな気質だから。
つまりは己に似合わず、向いてもいないことを、あえて自分からやっているわけだ。
そんな状態であれば無論、良い結果が出る見込みは薄い。
みんなに迷惑をかけまいとするなら、本来はゲームそのものをやめてしまうべきであるに違いない。
しかしそれでも、自分の性格を考えれば、実際にそういう決断を下すことはないだろう。
誰もが楽しんでいるものに、一人だけ関われずにいる、という状態が怖いから。
私は孤立をこそ、何よりも恐れる人間なのだ。
その優柔不断極まる、自身の心の動きを再認識して――
(相変わらず、駄目だなあ……)
私は再び、深く長いため息をついた。
現状を変えたいと願っているくせに、そのために具体的な行動を起こせない自分が、情けなくてしょうがなかったのだ。
胸の内にはもう、無力感以外は何も見つからない。
ただそんな風に、私が落ち込んでいるところへ、ふと隣から親友の美山涼が声をかけてくる。
「のどか……? 大丈夫? どこか体調悪いの?」
その気遣わしげな口調から察するに、たぶん私が沈んでいるのを見て、何かあったのかと心配してくれたのだろう。
良く冷たい人間だと勘違いされるが、彼女は本来、そういう優しい性格をした人なのである。
無論そんな涼に、余計な気を使わせるわけにはいかない。
そこで私は、急ぎ無理に元気な声を作ってから、彼女の呼びかけに応じた。
「あ……うん、大丈夫。ちょっと疲れただけだから、気にしないで」
その返答に、涼は一瞬だけ、不審がるような素振りを見せていたが。
しかしすぐ、陰っていた表情を晴れやかなものに戻すと、安心した様子で帰宅を提案してくる。
「……うん、そっか。じゃ、一緒に帰ろ」
私はその言葉に頷いた後、すぐ腰かけていたシートから立ち上がり、彼女と共にレクリエーションルームの入り口へと向かった。
もうやるべき事は、何もかも果たしたはずだ。
だからこうして、心置きなく家路につくことができる。
そういう不思議な解放感を、全身でひしひしと感じながら。
だがそうして歩みを進めていく途中、もはや憂いなど無いはずの私の胸に――
(あれ……?)
突如として前触れもなく、強い違和感のようなものが生まれた。
なぜか目に見えている風景に、『何かが足りない』という印象を受けたのだ。
それは既視感のようでいて少し違う、とても奇妙な認識のズレである。
しかもそれは、中々消えてくれず、しつこく私の中に留まり続ける。
時間の経過と共に、どんどんその存在感を強めながら。
どうやらこの感覚、無視するのは難しいようだ。
ゆえに私は、その奇妙な感覚に戸惑いつつも、すぐそれの正体を探ろうとした。
部屋に置かれている物、ひとつひとつに注目し、そこに異常が無いことを確認していったのだ。
まるでこの部屋自体が、難解な間違い探しの問題であるかのように。
(んー……特におかしいところは無い、かな。
あと確かめるところは……)
そしてその締めくくりに、部屋の中央部分へ配置された、ゲーム用のシートを点検する。
それが『いくつあるか』を、これも一応はと、丁寧に数え上げてみたのである。
(八……九……十。うん、全員分ある)
それは確かに十個、クラスメイトの人数分、きちんと綺麗に並べられていた。
他の部分を含め、ゲームを始める前と全く変わってはいない。
どうやらこの違和感は、単なる思い過ごしだったらしい……
……と、いったんは結論を出したのだが。
(でも……やっぱり気になるな)
結局のところ、何かが違う、という感覚自体が消えることは無かった。
どこか『お前には忘れていることがあるぞ、それを全力で思い出せ』と、誰かが心の奥から訴えかけてきているような気分だ。
となるとそれには、どう対応するのが正解なのだろうか。
いったい何をすれば、この感覚から解放されるのだろうか。
私はそんな悩みに全身を囚われた、そのまましばし、呆然と立ち尽くしてしまう。
ただしその最中にふと、先の心の声がきっかけとなったかのように、自分が不可解な状態にあることに気がつく。
(あれ? そう言えば……)
それは今回のゲームの中でピンチに陥った際、そこをクラスメイトの誰に救い出してもらったか、一切覚えていないことだ。
つい先ほど起きた、極めて印象的な出来事だと言うのにである。
いくら記憶力に自信が無いとは言っても、これはさすがに、ちょっと考えにくい事態だろう。
しかもその相手について考えようとすると、まるでそれを拒絶するかのように、突然軽い頭痛が襲ってくる。
何やら不思議を通り越して、少し恐怖さえ感じてしまう現象だ。
やはり今の私の身には、何か普通でない事が起こっているらしい。
しかし私は、自分が異常な状態にある、とはっきり認識していながら――
(……まあ、きっと気のせいよね)
その違和感にこだわらず、考えること自体を放棄した。
これ以上深く突っ込んで考えるのが、ひどく恐ろしい行為のような気がしたから。
相も変わらず、どこまでも弱気で臆病、というわけだ。
そんな風に己を卑下しつつ、私は必死で胸にわだかまる未練を振り払う。
そしてすぐ、すでに部屋の入り口まで到達していた友人の後を追い、再び家路につくため歩み始めた。
どこか這い寄る未知の恐怖から、目を背け逃げ出すかのように。
するとちょうどそれと同じタイミングで、先を歩く涼がこちらを振り返る。
私がついてきていない事に気づき、様子を確かめようとしたらしい。
しかしその瞬間、そんな彼女の表情が、はっきりと硬直した。
予想外のものを目にして驚いている、とでも言いたげな雰囲気である。
そしてその驚きに満ちた顔のまま、涼はやたらと訝しげな口調で、私に呼びかけてくる。
「のどか……?」
そのただならぬ態度に動揺した私は、慌てて彼女の元へ歩み寄りながら、何があったのかを問いかけた。
「ど、どうしたの? スズ? 何かあった?」
そんな私を見て、涼はますます困惑した表情になり、そのまましばし黙り込む。
しかしやがて意を決した風に口を開くと、珍しく自信無さげな様子で、ひどく不思議な質問を放ってきた。
「……なんで、泣いてるの?」
私は一瞬その意味がわからず、つい間の抜けた返事をしてしまう。
「え……?」
自分が泣いている、なんて夢にも思っていなかったから。
そのせいで彼女の問いかけに、頭が全くついていかなかったのだ。
まあ、あまりにも急な話だったし、それが当然の反応だろう。
だが、そんな自らの認識とは裏腹に――
(あれ?)
そこでふと、私は頬の辺りに、何か冷たい物の感触を覚えた。
まるで通り雨の最初の一滴が、ちょうどその部分へ落ちてきたかのように。
それに誘われて、冷たい感触のあった部分へ手を伸ばすと、指先が小さな水滴らしきものに触れる。
もちろんここは室内だから、そいつの出所なんてひとつしか考えられない。
ゆえに私は、慌てふためきつつ、自分の目元を両手で覆った。
(え……? 嘘……?)
今しがた起きた、信じ難い出来事の真偽を確かめるために。
まさかそんなはずは、という大きな戸惑いで、心の中をいっぱいにしながら。
しかしそうして差し向けた手は、続々と現れる新たな水滴によって、瞬く間に濡れていく。
まるで滝壺の中にいるようだ、と例えるのが相応しいくらいの勢いで。
もはや何が起こっているのかなど、考えるまでもないだろう。
その突きつけられた真実を、私は内心で呆然と呟いた。
(そうか……私、泣いてるんだ……)
自分が友人の指摘した通り、本当に泣いていたのだ、と。
自覚がさっぱり無いまま、いつの間にか涙を流していたのだ、と。
そこでようやく、はっきりと現実を直視できたのである。
するとその瞬間、震え出すほどの深い悲しみが、突如として全身を覆い尽くす。
(あ……ああ……ああああ!)
まるで知らぬ間に、とても大切なものを失いでもしたかのように。
そして思い出したその悲しみに、心を激しく痛めつけられたかのように。
そのせいで私の心は、ミキサーでかき混ぜられた食材さながらに、これでもかと言うほど細かく切り刻まれていった。
ただでさえ不安定だったところに、これ以上ない強烈な追い討ちを受けたのだ。
結果として二本の足から、自然と力が抜けてしまったので、私は床へ崩れるように座り込む。
次いでそのまま、抑えきれなかった感情に翻弄され――
「う……」
幼い子どものように、大声で泣きじゃくり始めた。
「うわあああん!」
周りの目など、一切はばかることなく。
加減なども全く無しで、力の限り。
ただひたすらに大量の涙を流し、声を上げ続けたのである。
そんな私を見て、すぐ側にいた涼が、不安でいっぱいという口調でこちらを気づかってくる。
「の……のどか? のどか!
どうしたの! 大丈夫?」
まあこうも出し抜けに、友人が激しく泣き出したのだから、驚くのは当たり前だ。
きっと詳しい事情がわからず、戸惑い困り果てているのだろう。
となれば彼女に心配をかけぬため、ここはすぐにでも泣き止まねばならない。
しかし今の私に、そんな余裕は塵ほども残っていなかった。
「うう……ああ……うわあああん!」
溢れ出る感情の奔流が、私に泣く以外の行為を許さなかったのだ。
唯一それこそが、自分にできる償いなのだ、とでも主張するかのように。
涼はそんな私を、しばし困惑顔でじっと見つめた後――
「のどか……」
不意に表情を引き締め、少しだけ躊躇してから、こちらへ両手を伸ばす。
それから私の名を呼びつつ、静かに体を抱き締めてくれた。
さらに続けて、母親がぐずる幼子をあやす時のように、頭を撫でながら優しく語りかけてきた。
「大丈夫……大丈夫だからね……大丈夫だよ……」
私はそんな彼女の胸に、自分の頭を寄せて、その温かさに全身をすっぽりと包まれる。
そしてなぜこんなにも悲しいのか、自分でも全くわからぬ状態で、絶えず激しい嗚咽を漏らしながら――
「う……う……あ……あああ……」
ずっとずっと、止めどなく涙を流し続けた……
インターミッション
第147特殊騎兵小隊戦闘記録
本日発生した、第九次防衛戦闘について報告。
第四防衛ラインに侵攻してきた、中規模の敵性集団と交戦。
一時はこれを撃退するも、敵増援の出現により撤退。
その際、さらに隊員一名を損失。
以下に、各員の戦果と評価を記述。
ID 147265A
登録名 *******
機体タイプ A-1アサルト
総撃墜数 ***
撃墜スコア *****
貢献度評価 *
※MIAによりデータ抹消
ID 147266A
登録名 *******
機体タイプ B-1アーチャー
総撃墜数 ***
撃墜スコア *****
貢献度評価 *
※MIAによりデータ抹消
ID 147267A
登録名 スズ・ミヤマ
機体タイプ D-1トルーパー
総撃墜数 225
撃墜スコア 6934pt
貢献度評価 B+
ID 147268A
登録名 ノドカ・モチヅキ
機体タイプ E-2サテライトリンカー
総撃墜数 131
撃墜スコア 5107pt
貢献度評価 D
ID 147332B
登録名 アキラ・シドウ
機体タイプ E-1コマンダー
総撃墜数 42
撃墜スコア 2015pt
貢献度評価 A+
ID 147333B
登録名 ヨウスケ・クボ
機体タイプ B-3ブラスター
総撃墜数 233
撃墜スコア 5982pt
貢献度評価 B
ID 147464B
登録名 マサユキ・サイカワ
機体タイプ C-2タンク
総撃墜数 340
撃墜スコア 6429pt
貢献度評価 C+
ID 147465B
登録名 マナ・カスガイ
機体タイプ A-3アサシン
総撃墜数 392
撃墜スコア 7268pt
貢献度評価 A
ID 147818C
登録名 マキ・クリハラ
機体タイプ D-2ストライカー
総撃墜数 294
撃墜スコア 5648pt
貢献度評価 C+
ID 147819C
登録名 ミキヤ・タチバナ
機体タイプ A-2グラディエーター
総撃墜数 153
撃墜スコア 7261pt
貢献度評価 A
ID 147930C
登録名 ミツル・ヤナイ
機体タイプ B-2スナイパー
総撃墜数 219
撃墜スコア 5591pt
貢献度評価 C
ID 147931C
登録名 ユキコ・アサクラ
機体タイプ C-1ガーディアン
総撃墜数 207
撃墜スコア 4865pt
貢献度評価 D+
増援の出現は、同時刻に発生した、第三防空艦隊の潰走に伴うものです。
それへの対応として、本部隊も速やかに当該空域から後退。
以降は作戦計画通り、第五防衛ラインの守備に当たります。
以上をもちまして、本作の序章に当たる『結城悟・木原開人編』の完結です。
次回からは、ゲームそのものの謎に迫る、『久保擁介・志藤明編』を開始いたします。




