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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-02 『Discoverer』
25/173

Section-10

更新履歴 21/9/15 文章のレイアウト変更・表現の修正


 目に見える全ての物が、ひとつの例外もなく真っ赤に染まっている。


 あたかも赤い色をした目薬で、眼球がくまなく覆われているかのように。



 その異常事態の原因は、視界のそこかしこで、ありとあらゆる表示が赤く明滅しているから。

 そうやってこの機体が、今まさに極めて危険な状態にあることを、操縦者の俺へ全力で警告しているのだ。

 要は単なるエマージェンシーコールであり、本来ならそれ以上の意味など無いものである。


 だというのに俺は、それを傷口から流れ出す、自身の血そのものであるかのように感じた。

 目に突き刺さる、その鮮やかな赤の群れに対し、そういう生々しい印象を抱いてしまったのだ。

 きっと己の命運が尽きかけている、とはっきり自覚していたからだろう。


 ゆえにその赤く染まった視界に対し、恐怖と焦燥の交じった感情を抱きつつ、俺は胸の内で叫ぶ。


(ここまで、なのかよ……!)


 自分にはもう、生き残る道など無いのか、と。

 誰の目にも触れぬまま、こんなところで孤独に死ぬことになるのか、と。

 その暗澹たる認識に、心も体も余さず絡め取られながら、一人地団駄を踏んでいたのだ。


 俺がそう感じる理由はもちろん、自身の置かれた状況が絶望的だから。

 今の俺は、機体を徹底的に破壊された上、救援の望めぬ状態で、敵の増援にすぐ近くまで迫られているのだ。

 そんな有り様では、心に諦め以外の感情が芽生えてくるわけもない。


 きっとこのまま、押し寄せる敵軍の波に呑み込まれ、為す術なく命を奪われるのだろう。

 そして望月さんを含むクラスのみんなから、悟のように忘れ去られてしまうに違いない。

 それは俺にとって、何よりも悲しく、死ぬほどに寂しく、そしておそろしく悔しいことである。


 だから『今さら何をしたって無駄』とわかっていても、どうしてこんな結末に、と己の運命を嘆くより他はなかった。


(くそっ……くそっ! なんでこうなるんだよ!)


 またその悲憤の根源には、自らの境遇を哀れむ気持ちだけでなく、使命を果たせなかったことへの後悔も含まれている。

 皆に悟のメッセージを伝えられずじまいなのが、無念でしょうがないのだ。


 だって、そうだろう。

 もしこのまま俺が帰還できなければ、せっかく悟が残してくれたあの警告は、誰にも届かず消えていくだけなのだから。

 俺以外にあれを知る者のいない現状では、それが自然な成り行きである。


 つまり俺は、あいつの頑張りを、自らの失態で台無しにしてしまったわけだ。

 しかもあれほど強く、その遺志を継ぐと誓っておきながら。

 悔いて当然、嘆いて当たり前の結末と言えよう。


 それでも一応、希望が全く無いというわけではない。

 なぜなら例のビデオカメラを、予め倉田先生に託してあるから。

 つまり中のメッセージを見た先生が、生徒達に迫る危機を理解し、皆を説得してゲームから遠ざけてくれる……という未来もあり得なくはないのだ。


 しかしその可能性に期待するのは、正直言ってかなり難しい。


 なぜならあの映像を見ても、先生に悟の記憶が戻るかは不透明だから。

 何も思い出せずに、事態の切迫性を認識できないまま、というケースは十分に考えられるだろう。


 そうなれば当然、皆にゲームの危険性が伝わることもないから、彼らは今後もあれのプレイを継続するはずだ。

 いつかまた、悟のような犠牲者を出す時までずっと。

 ひょっとしたらその中には、望月さんも……


 ……というおぞましい想像へ、悲嘆の果てにたどり着いてしまった、次の瞬間――


(ああ……くそぉっ! 何やってるんだよ俺はっ!)


 俺は荒ぶる感情に任せて、力の限り己を罵倒し始める。

 結局何もできていない自分が、情けなくてしょうがなかったから。

 今はただ、それへの自責と悔恨を繰り返すのみである。


 だいたい最初から、このゲームに関わる事では失敗ばかりしていた。

 悟の異変に気づいていながら、うまく助けてやれなかったこともそうだし、あいつが犠牲になったのだって、元をたどれば俺が原因だ。

 何ひとつ彼の力になれず、しかも迷惑はかけまくったのだと言っていい。


 それでいてなんと、自分はその死を忘れて呑気に生活していた。

 さらには運良く思い出せた後も、託された使命を全うできず、こうして己の無力さに苛立つのみとなっている。


 これではどう考えても、正真正銘の大馬鹿野郎ではないか。

 どこまでも救い難い、飛び切りの愚か者ではないか。

 なんて、なんて不甲斐ない男なのだろう。


 ああ本当に、この半端者め!

 何ひとつ成し遂げられない、恩知らずの役立たずめ!

 そう力の限り卑下し、どれだけ罵詈雑言を浴びせたところで、足りるものではなかった。


(ホントに、どうしようもない奴だよ……!)


 そんな風に俺は、己の絶望的なほどの無力さを、独りひたすらに責め抜いていたのだが。

 ただそれを飽きるまで繰り返し、さすがにいくらか冷静になったところで、ふと――


(……そう、言えば)


 自分が置かれた状況にまつわる、ひとつの根本的な疑問に到達する。


(俺、何で死ぬんだろうな?)


 ゲームでの死が、なぜ現実の死に直結するのか。

 その理由が未だにわからない、という事実を、ここに来て思い出したのだ。

 どうやら自らの死を意識したことで、それが改めて気になってきたらしい。


 そもそも考えてみれば、実におかしな話である。

 ただゲームに興じているだけで、生死に関わるような問題が発生してしまうのだから。

 所詮は遊び、命を懸けてまでやるものではあるまいに。

 いったい誰が何の目的で、それによりどんな利益を得ようと考えて、こうも恐ろしい舞台を用意したのだろう。


(んん……?)


 それに俺達が使っていた機器は、基本ごく一般的なものである。

 あれはあくまで、視界に映像を投影したり、脳波を読み取ったりするための物であり、脳そのものに直接干渉するような機能は無い。

 要は命を奪うとか、記憶を消すとかは不可能なのだ。


 だと言うのに、悟は消えた。

 あの学校から、跡形もなく忽然と。

 俺やクラスメイト達が持っていた、彼に関しての思い出と共に。

 あまりに不自然で不可解な現象、と首を傾げるより他はない。


 その不意に生まれた認識は、自然と俺の思考を研ぎ澄まし、また別の違和感にも気づかせる。


(そう……だよな。考えてみれば――)


 このゲームのプレイ中、自分の周りで起きた出来事に、ひとつ極めて不審なものが交じっている……という事実にたどり着いたのだ。


 それは――


(悟の体は、どこに行ったんだ……?)


 以前の戦闘で不幸にも撃墜され、命を落としたはずの悟の肉体が、どこにも見当たらないことだ。

 俺がゲームを中断し、無事レクリエーションルームへと戻った時にはもう、所在がわからなくなっていたのである。

 死人が勝手に立ち上がり、歩き出すことなどあり得ないというのに。


 そのおかしな事態に、無理やり説明をつけるとすればだ。

 俺の知らぬ間に、誰かがレクリエーションルームへ侵入し、こっそり悟の遺体を運び出した……ということになるのだが。


 しかし、仮にそれが事実だとしても――


(いや、やっぱりおかしいぞ……?)


 不可解さが残るのは、全く同じである。

 なぜならレクリエーションルームに設置されている、ゲームプレイ時に使うシートの個数が、どうしたって理屈に合わないから。


 確か以前、ゲームから戻って確認した際、シートは間違いなくプレイヤーと同数――つまり十一人分しかなかった。

 要は悟の席自体が、完全に消えてしまっていたのである。

 まるで彼自身がいなくなるのと、ぴったりタイミングを合わせたかのように。


 一応それは、彼の存在を他のクラスメイト達が思い出さないよう、問題の何者かがシートごと撤去したせい……とも考えられる。

 いわゆる証拠隠滅、というやつだ。

 そんな可能性も有り得る、ということ自体は否定できないのである。


 しかし当時の俺の記憶によれば、部屋にあるシートは全て、綺麗に等間隔に並べられていた。

 まるでひとつひとつ、丁寧にその位置を調整したかのようにきっちりと。


 つまりその隠蔽工作を行った者は、悟の遺体を運び出した後、あいつが座っていたシートも撤去した。

 それからさらに、他の全てのシートを、俺達が使っている状態のまま配置し直した……ということになる。

 悟が撃墜された後、俺達がゲームからログアウトする、そのわずかな間に。


 言うまでもないことだが、さすがにその推論は非現実的である。

 時間的にも物理的にも、そして『さすがにそこまでする必要は無い気がする』という意味でも。

 となるといったい、あの日あの時あの場所で、本当は何が起きていたのだろう……


 それらの解答が見出だせない、いくつもの奇怪な点を認識したせいで、俺は得体の知れない不安に苛まれることとなった。


(何だ……俺達の周りで、何が起こってるんだ?)


 まだこの謎のゲーム、『ムーン・セイヴァーズ』には、何かただならぬ秘密があるらしい。

 そう、強く思わずにはいられなかったのだ。

 もはや胸に浮かぶのは、ただただ恐ろしいという感覚のみである。


 しかも次の瞬間、その疑念と恐怖が引き金となったかのように、突然――


(つっ……! な、なんだこれ……!)


 頭の奥の方、ちょうど頭蓋骨の中心辺りが、力任せに引っ張られているかのように痛み始める。

 感覚としてはどこか、脳に直接掃除機を当てられ、中身を吸い出されているような気分だ。


 そしてその痛みは、時間の経過と共に激化し、途切れることなく延々と続いた。

 猛烈な耳鳴りや、喉が破裂しそうなほどの吐き気を伴いながら。


 無論、なぜ自分がそんな状態に陥ったのかは、さっぱりわからない。

 ゆえに俺はしばし、有効な対処法を見出せないまま、逃れ得ぬその苦痛にただ身悶えする。

 まるで痛み止めの薬が切れた、ベッドの上の重傷患者さながらの気分で。


 ただその謎の激痛は、これだと頭蓋骨が爆発するかも、と不安になるくらいの水準にまで強まった後――


(ぐ、うう、あ、あ……あ?)


 発生した時と同じく、唐突に消え去っていった。

 それこそ仕事を済ませた清掃員が、使っている掃除機のスイッチを切った時みたいに、驚くほどあっさりと。


 おまけにその痛みの消失をきっかけに、激情で荒れ狂っていた脳内が、突如隅々までクリアになる。


(あれ……なんか、スッキリしてる?)


 例えるならそれは、これまでずっと脳に麻酔をかけられていたのが、何かのきっかけで全部抜けたような気分……というところだろうか。

 正直な感想を述べれば、今なら先ほどの疑問が残らず解けてしまうかも、と思えるくらいの爽快な状態である。


 しかしそれと同時に、まるでその解放感の代償であるかのように、俺はひどく奇妙な感覚に襲われた。


(え……あれ……?)


 それは眼前に広がる、遠大無窮な漆黒の宇宙に感じた、今までにない印象だ。

 その果てしない上に底も知れぬ、遠近感も距離感も曖昧な空間に対し、俺は――


(なんだろう……やたらと、広い気がする……?)


 なんと今さら、もの凄く広いなここ、という感想を抱いてしまったのだ。

 あたかもこの瞬間に初めて、宇宙空間へと放り出された人間のように。


 しかもその悠遠な光景に気持ちを吞まれたのか、眺めている内に変なプレッシャーを感じ始め、それによりどんどん体が強張っていく。

 少し大げさだが、今にも恐怖で震え出してしまいそうな状態である。


 言うなれば宇宙の大きさを改めて認識し、それと引き換えに己の小ささをも理解、その尋常ならざる落差が恐ろしくなってきた……というところか。

 何やら周囲の闇に潰され、自分がどんどん縮小していくような錯覚さえ感じていた。


 加えてその、不思議な感覚をきっかけとして――


(え……? なんか……落ち、る?)


 なぜだか心に、自分がパラシュートを失ったスカイダイバーのように、このままどこかへ落ちていくのではないか……という不安が芽生えてくる。

 そういう出所不明の異様な感情が、突然湧き上がってきたのだ。


 それはどこか、地面に空いた深い穴を、上から覗き込む時の感覚と似ていた。

 あるいは周りが見えぬ暗い夜に、バンジージャンプを試みている際の気分、とでも言おうか。


 とにかく俺は、眼前の宇宙空間に内包される、底深い暗闇が怖くなったのだ。

 なぜかそこに転落し、そのまま引きずり込まれるのではないか、という危惧を抱いてしまったがゆえに。

 当然のことだが、初めての経験である。


 そんな自身の異変に強く戸惑いながらも、とりあえずそれに対して、俺はひとつの仮説を立てる。


(ひょっとして俺……少し変になってる?)


 自分は今、少なからず錯乱しているのだろうか。

 命の危機にさらされたせいで、表面上は落ち着いていても、心の底では激しく動揺していたのだろうか。

 この奇妙な感覚の原因を、そう自身の精神状態に求めたのだ。


 それで己を包み込む、この宇宙という馴染みのない環境に対し、突如そんな錯覚を抱くようになったのでは……と、考えたわけである。

 そういう解釈をすれば、一応の筋は通るから。


 とは言えしかし、今さら振り返るまでもないことだが――


(そんな事、あり得るのか……?)


 これはあくまで、VRゲームである。

 目に見える風景がいくらリアルであっても、それらは全て架空の存在なわけだ。

 感覚的にどうだろうと、本当に宇宙遊泳をしているわけではない。


 であればやはり、こんな感覚を抱くのは不自然、と考えるべきだろう。

 単なる映像に対し、ここまで真に迫った印象を受けるとは考えにくいから。

 どれだけ理屈に筋が通っていようと、おかしいものはおかしいのである。


 ただ頭の方では、論理的にそう確信を持っているというのに――


(そう……なんだけど。

 変だってのはわかる、わかるんだけど……でも……!)


 実感の方が、なぜかさっぱり追いついてこない。

 むしろその奇妙な圧迫感は、時間の経過と共にますます強まり、全身を蝕んでいくのみなのだ。

 その果てに何やら、強烈な寒気すら覚えてしまうほどに。


 そうして芽生えてきた、おぞましい感覚から逃れようと、俺はとっさに残った片腕を前へ伸ばす。


(どこ、か……掴まる、場所は……)


 何か拠り所となり得る、確かな物を探し当て、不安定な体を支えようとしたのだ。

 同時に己の、揺らぐ心をも繋ぎ止めるために。

 溺れる者は藁をも掴む、というやつであろう。


 だが残念ながらと言うべきか、あるいは当然のようにと言うべきか。

 手に触れる物は、何ひとつとして見つからなかった。

 できたのはただ、傷つきひび割れた機械の腕で、虚空をかき混ぜることだけである。

 まあ設定上、ここは宇宙空間なので、考えるまでもなく当たり前のことだが。


 それでも俺は、諦め悪く、壊れかけの腕を闇雲に振り回し続ける。

 消えた母の姿を探し求める、無力で孤独な赤ん坊のように。

 端から見れば、さぞ痛々しい姿だったに違いない。


 するとしばし、その無意味な行為を繰り返している内に――


「う……」


 それを引き金として膨れ上がってきた恐怖に、精神を強く追い込まれて――


「う……あ……あああ! ああああ!」


 俺は惨めに哀れにみっともなく、大声で叫びを上げてしまった。

 本当にこの暗い宇宙へ、独り寂しく放り出されている気分になってきたから。

 ここは仮想空間だと、しっかり理解しているのにも関わらずである。


 そんな俺の周りに広がるのは、どこまでも続く、命の輝きが見当たらぬ闇。

 そこで動くものは、桁違いに遠い場所から届く、小さな星々の瞬きのみ。

 後はどこまでもどこまでも、乾いた虚無が満ちている。


 その安らぎや温もりが欠片も感じられない、冷え冷えとした光景は、心に巣食う恐れと怯えをますます強めていった。

 誰もいないとわかっているこの場所で、なりふり構わず助けを求めてしまうくらいに。


「誰か……誰か助けてくれっ! 助けてくれよっ!」


 ただし当然、答える者は皆無だ。

 俺の発した痛ましい救難信号は、周囲の果てなき闇に吸い込まれていくだけである。

 後に残ったものは、もう胸を締め付ける孤独感くらいしかない。


 心がねじ切られるかのような、その苦しく寂しい状況の中で、俺は半狂乱になりながら自問自答した。

 自分がこんなにも激しく錯乱している、という事実が不可解でならなかったからだ。


(なんで……なんで突然、こんな事に?)


 だって、おかしいではないか。

 たかがゲームの映像に、ここまでのリアリティを感じるなんて。

 それが原因で、精神が狂わされるような感覚を抱くなんて。

 反応があまりにも現実と近すぎる、と言っていいだろう。


 そう、これではまるで――


(……あれ?)


 ただそうして、自身がパニックに陥った理由について、動転した頭で考えようとした次の瞬間――


(いや……でも、そう考えれば……)


 俺はふと、気づいてしまった。

 とある突拍子も無い考え方をすれば、この異常や悟に関しての疑問へ、余すところなく解答が見出だせてしまうことを。


 それは決して構築してはいけなかったのかもしれない、恐ろしい仮説。

 何があろうとたどり着くべきではなかったのかもしれない、現実離れした結論。

 そいつを導き出してしまった衝撃で、俺の心はこの上なく冷え込んでいく。


(う……嘘、だろ……?)


 もし本当にそうなのだとしたら、という仮定が、魂まで凍りつくかと思うくらい恐ろしかったせいだ。

 それほどまでにその想像は、凶悪かつ鮮烈なものだったのである。

 もはや俺にできることは、独り無様に震えることくらいしかない。


 しかしそうして絶望の淵に落とされながらも、俺はその押し寄せる恐怖を、意外なほど早く振り払うことができた。

 急に心の中で、とある衝動が復活し、激しく鳴動し始めたからだ。


 具体的にそれが、何かと言うと――


(いや……いや! だったらなおさら、みんなに知らせないと駄目だろ!)


 この途方もなく恐ろしい、世界の有り様に関する推測を、皆に伝えなければならない……という使命感だ。

 そうやって今もまだ、迫る脅威に気づかぬクラスメイト達を、何とか守り抜かねはならぬ、と強く思ったのである。

 冷えきった機械の体に、温かい血が通い始めたのだろうか、と思うほどに熱く強く。


 その原動力は無論、皆を自分や悟と同じ目に遭わせたくない、という想いだ。

 この気持ちはたぶん、時間と空間を超えて俺に届けられた、悟からの贈り物だろう。

 俺はあいつのおかげで、こうして心折れずに踏みとどまれたのである。


 だってあいつもまた、最期の瞬間この結論にたどり着いたかもしれない、と思ったから。

 そして仮にそうであったとしても、決して諦めたりはしなかっただろう、と信じられたから。


 そんな確信が、この心身を蝕む恐怖に打ち勝つ力を与えてくれたのである。

 つい先ほどまでは、怯えて震えるだけだったと言うのに。

 おかげでもはや、自らの使命を果たしたいという願望以外、胸の内には何ひとつ見当たらない。


 そこでその、熱き想いに応えるため――


(まだ……まだだ!)


 俺は身の内の怯えをねじ伏せて、再び壊れかけの機体を動かそうと試みた……のだが。


(……!)


 次の瞬間、まるでそう奮起する俺を嘲笑うかのような光景が、目に飛び込んでくる。


(もう来たのか!)


 いよいよという距離にまで迫ってきた、大量の敵の集団の姿が見えたのだ。

 おそらくこちらへ到着するまで、時間にして一分もかからないだろう。

 もちろん接触されれば、その時点であらゆる希望が絶たれてしまう。


 だがそういう無惨な未来を、誰より何より深く理解していても――


(く……くそっ……動けっ! 動けよ!)


 俺にできることは、結局のところ何ひとつ残ってはいない。

 相変わらずスクラップ同然の状態で、無様にもがくだけなのである。

 確固たる意志はあっても、力が伴わなければどうしようもない、というわけだ。


 なので当然、俺はその直後、こちらへ到達した膨大な敵機の波に呑み込まれた。

 この上ない悔しさで満ちた、悲痛極まりない絶叫を上げながら。


「ちくしょう……ちっくしょぉぉぉ!」


 そしてわずかに残っていた体へ、容赦なく奴らの集中攻撃を浴び、瞬時にその全てを粉砕される。

 あたかも壊れて捨てられた人形が、ゴミの収集車に放り込まれ、無惨に押し潰されていく時のように。


 結果として何とか保っていた意識を、この宇宙のような、漆黒の闇の中へ突き落とされて――


(サ……ト、ル……)



 そのまま二度と、目覚めることはなかった……








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