Section-9
更新履歴 21/9/15 文章のレイアウト変更・表現の修正
散り散りに母艦へ退却していく味方の集団と、その最後尾を進む望月さんの機体。
そんな両者の間には、現状はっきりと距離が開いている。
要は彼女だけが皆から遅れ気味、ということである。
そうなった原因はおそらく、望月さんが先ほどの戦闘後、射出済みビットの回収に手間取ったせいだろう。
それで動き出しに遅れが生じ、集団から引き離されてしまったに違いない。
もちろん今のところは、それでも特に問題は無い。
なぜなら敵との距離が十分にあって、追い付かれる危険性がほとんどないから。
集団における位置取りなんて、あまり気にかけなくても良い状況、というわけだ。
とは言え、例えそれが事実だとしても――
(そうも、いかないよな……)
このまま割り切って放置、というのはかなり難しい。
未だ確認してはいないものの、例の姿の見えぬ狙撃手が、この戦場に現れる恐れが残っているから。
不測の事態が発生した場合、あの位置は非常に危険なのである。
実際、今の彼女には、ライオンに襲われる寸前の子鹿みたいな雰囲気がある。
部隊から離れて進むその姿が、俺にはなぜだかそう見えたのだ。
きっと例の敵に攻撃されるのでは、という不安が、そんな弱々しい印象を抱かせたのだろう。
ゆえにその万が一の事態に備えて、俺はすぐさま機体を反転、急いで望月さんの元へと向かった。
(一応、移動しておくか……)
彼女と入れ替わりに、自分が部隊の最後尾に付いておくためだ。
根本的な解決にはならなくとも、何にせよそちらの方が安全だと思ったから。
しかしその目論見を果たすよりも早く、ふと視界の端に、一瞬だけ不吉なものが映る。
(……今のは!)
それは星の瞬きをわずかに揺らがせる、小さな空間の歪みだった。
前回の戦いで、例の敵から攻撃を受ける直前、俺が見たのと全く同じ現象である。
どうやらまたしても、例の奴がこの戦場へと現れたらしい。
ただ目視できた時間はわずかで、詳しい位置まではわからない。
これだと危機回避のため、彼女に警告をしても無意味だろう。
敵の姿が見えぬ以上、何を言っても混乱させるだけになってしまうはずなのだ。
なので俺は、その歪みを確認すると同時に、速度を上げて望月さんへと接近していく。
(間に合えよ……!)
遠からず訪れるであろう敵の攻撃から、自らの大切な人を守り抜くために。
悟の時と同じ過ちは、何があろうと繰り返すわけにいかないのである。
だが無情にも、そう決意し進む俺が、彼女の元へたどり着くその寸前――
(ああっ!)
視界の片隅、漆黒の宇宙のとある一点で、何かが強烈な光を放った。
いつか見たのと同じ、暴力的な印象を受ける激しい輝きだ。
しかもそいつは、見る間に大きく膨張しながら、凄まじい勢いでこちらへと迫ってくる。
その目指す先にあるのは、やはり味方の最後尾を進む望月さんの機体だ。
間違いなく、例の敵が攻撃してきたのだろう。
だと言うのに狙われた当人は、それにさっぱり反応していない。
どうやら彼女の視界の外、背中側から放たれた攻撃なので、そもそも認識ができていないらしい。
このままでは数秒とかからず、あれが彼女を呑み込んでしまうはずである。
その恐ろしい光景を、目の当たりにした瞬間――
「う……」
俺は力の限り咆哮しつつ、限界まで機体の速度を上げて前進した。
このままでは望月さんが危ない、何としてでも守らねば、という猛烈な衝動に突き動かされて。
「うおおお!」
そして迫り来る敵の攻撃と競争するかのように、一気に望月さんへと接近していく。
次いでさらに、そんな俺の行動に気づき、小さく声を上げた彼女へ――
『えっ……? 木原く……』
体当たりでもするかのように接触し、そのまま強引に機体を抱きかかえた。
あたかも大型トラックに衝突されそうな人を、寸前で助け出す時みたいに。
目的は無論、このまま一緒に移動し、あの攻撃の届かぬ場所まで逃れるためだ。
ただ望月さんの方は、その突然の事態に驚いたらしく、動揺した様子で大きな悲鳴を上げる。
『きゃあああ!』
まあ急に味方にタックルされた上、無理やり荷物のように持ち運ばれているのだ、パニックを起こすのは当然だろう。
そんな彼女に申し訳なさを感じつつも、俺は目前の脅威への対処を優先し、そいつから少しでも遠ざかるべく疾駆する。
己と大切な人を蹂躙せんとする、破滅の輝きをすぐ近くに感じながら、それを避けるため全力を尽くしたのだ。
結果として――
(……よしっ! かわしたぞ!)
例の光に巻き込まれて、全身を覆い尽くされるよりもわずかに早く、間一髪でその射線から逃れることに成功した。
無論、完全に避けきれたわけではないので、機体の一部は激しく焼き焦がされているのだが。
それでも二人が揃って無事、ということだけは確かである。
その成果によって生まれた、大切な仕事をやり遂げたという手応えを、俺は内心で噛み締める。
(今度は……今度は、助けられたぞ!)
悟の時と違って、今度は自分の手で守りたい人を守り抜けた、という事実が嬉しかったのだ。
その会心の結末に心底満足し、これで目的は達したぞ、という気分になってしまうくらいに。
もちろん紙一重だったことはわかっているが、それでも強い満足感を覚えずにはいられない。
ただそんな風に俺が、嬉しさを抑えられず独り小躍りしているところへ、次いで望月さんが声をかけてきた。
さっぱり訳がわからない、という混乱した心情がにじみ出た口調で。
『あの……木原君? 今のは、いったい……』
どうやら唐突な俺の行動と、謎の敵からの攻撃の両方に驚き、状況が掴めず戸惑っているらしい。
こうなるとさすがに、このまま放っておくというのもまずいだろう。
そこで早速、彼女に事態を説明するため、どう伝えたものかと悩みつつ口を開く。
「ああ、ごめん。えーと、実は……」
しかしそれと同時に、再び視界の隅で、小さな光が瞬いた。
どうやら例の奴が、性懲りもなく攻撃を仕掛けてきたらしい。
ゆえにすぐ会話を中断し、望月さんを抱えたまま、必死で小刻みに動き回る。
そうすることで、奴がこちらを少しでも狙いにくくなるように。
当然彼女は、再び訪れたその異常事態に動揺し、悲鳴を上げつつ詳しい説明を求めてきた。
『きゃああ! き、木原君? いったい、何が、どうなって……』
俺はその至極当然の疑問を、不本意ながらも半ば無理やりに封じ込める。
敵の攻撃に対応するだけで精一杯で、答えている余裕が全く無かったから。
「悪い! 説明してる暇は無いんだ! 少し我慢してくれ!」
ただ幸いにも、その甲斐あって――
(……よし! またかわせた!)
次いで放たれた第二射は、苦もなく避けることができた。
先ほどまでとは裏腹に、向こうが大きく狙いを外してくれたおかげだ。
どうやらあの野郎、ちょこまかと動く目標は、あまり正確に攻撃できないらしい。
加えてその一撃を見極められたおかげで、なんと幸運にも、奴の詳しい位置を掴むことに成功する。
(いた! あそこか!)
光の出所を辿ることで、どうにか例の空間の歪みを見つけ出せたのである。
これで後はもう、そこから目を離さず、攻撃の兆候があったら回避運動を行えばいい。
大きく一歩前進、と呼んで差し支えないだろう。
そこで俺は、その自身のプランに従って――
(今の内に……!)
望月さんを抱え込んだまま、一直線に母艦目指して撤退を開始する。
例の敵が潜む歪みから、決して目を離さぬままで。
そんな俺達二人に対し、例の敵は繰り返し攻撃を加えてきた。
逃げ去るこちらに向け、あの砲撃を続け様に放ってきたのだ。
ただしそれは、警戒さえ怠らなければ、十分に対処できる程度の攻撃でしかない。
ゆえに俺は、集中してその射線を見極めて回避、速度を緩めず一目散に母艦へと向かっていた……のだが。
(……ん?)
そこへ突如、先に撤退していたはずの志藤と美山から、相次いで動揺した口調での通信が入ってくる。
『木原君! どうしました?
いったい何が起こっているんですか!』
『木原? 何……どうなってるの!
のどかは大丈夫なの!』
おそらく二人とも、俺達が敵から攻撃されているところを目撃したものの、肝心の相手の姿を発見できなかったのだろう。
だから詳しい状況を把握するため、こちらに質問をしてきたのである。
しかし残念ながら、今の俺には、それに応じられるだけの余裕が無い。
その時点においても、奴の攻撃がほぼ間断無く続いていたから。
なのでとりあえず、俺は彼女らの質問を、謝罪しつつ強引に遮った。
「悪いがそういうのは後にしてくれ! 今は死ぬほど忙しいから!
そっちに戻ったら全部説明する!」
もっとも結局、そんな半端な説明では済まず、またしても二人から通信が来てしまう。
『では今すぐ、そちらにバックアップを送ります。誰か二人を……』
『のどか! 今、私が行くから待ってて!』
どうやらあの二人、こちらへ援軍を送る――あるいは自分が来る――気満々らしい。
まあ普通の状況であれば、それは極めて妥当な判断だろう。
俺達は現在、明らかな窮地に追い込まれているのだから。
ただし今、俺達を襲っているこの敵相手だと、賢い選択肢には成り得ない。
こいつの性質を理解しないまま、無闇に合流するのは、自殺行為に近いくらい危険だからである。
ゆえに俺は、より声を大きくして、必死に彼女らを押し止めた。
「だあああ! 来るな! 来なくていい! 来ないでくれ!
大丈夫だって! 敵の攻撃は全部読めてるから!
みんなは先に撤退しててくれ!」
そしてその言葉通り、全ての攻撃を巧みに回避しつつ、母艦への撤退を続ける。
援軍は不要だということを、自らの行動でアピールするように。
それを直接見て納得したのか、二人はすぐ、相次いで己の言を取り下げた。
『わかりました。でも無理はしないで。
援軍が必要な時はすぐに声をかけてください』
『……のどかに何かあったら、許さないよ!』
まあ片一方は、おそろしく不満たらたらという雰囲気だったが。
これは望月さんの機体に、傷のひとつでもつけようものなら、後で激しく罵倒されるに違いない。
もっともそんなやり取りを、しばらく繰り返している内に――
(ちょっとは、慣れてきたか……!)
体がこの状況に順応し、余裕らしきものを持てるようになってくる。
これならもう、よほどの油断をしなければ、直撃を受けることはないはずだ。
なので俺は、奴に注意を払いながらも望月さんに話しかけ、いったんその体調を気遣った。
「すまない、望月さん。色々辛いと思うけど、もう少し我慢してくれ。
本当にあとちょっとだから」
何かと振り回してしまって、ずいぶん負担をかけている、と感じていたから。
あまり気の強くない彼女のことだ、おそらくかなり消耗していることだろう。
ここはできるだけ、精神的なケアもしておかなければならない。
だがそんな俺の予測とは裏腹に、それに応じる彼女の声は、意外なほど明るく元気なものだった。
『うん、ありがとう。
でも私は大丈夫だから、心配しないで。
木原君はそのまま、木原君のやるべき事に集中してね』
俺はその答えに驚き、一瞬無理をしているのではと心配したが。
しかし本人が大丈夫と言うのなら、それで十分じゃないかと自らを説得し、力強く彼女の言葉に返答する。
「ああ、わかった。絶対無事に母艦まで送り届けるから、安心して任せてくれ」
そして気持ちも新たに、続く敵の攻撃へ対応しながら、レーダーで母艦の位置を確かめた。
帰り着くべき場所までの距離を、もう一度正確に把握しておくために。
すると思ったよりも近くに、その寸胴な船体が見える。
どうやら必死で飛行している内に、だいぶ距離が縮まっていたらしい。
このペースで行けば、もう間もなく到達できることだろう。
俺はそれを確認して、気を引き締めると同時に――
(よしっ! これで最後だ!)
そのまま母艦へ向け、一気に突き進んでいった。
ラストスパートとばかりに、残された気力を惜しまず注入して、しっかりと回避を継続しながら。
おかげで間を置かず、手を伸ばせば母艦に届きそう、という距離にまで到達する。
そこに帰還しさえすれば、ようやく無事に、この危険極まりないゲームから脱出できるのだ。
その間近へ迫った、安全で平穏な未来の訪れに、俺は大きく胸を躍らせて……
(……あれ?)
……いた、のだが。
しかしそこで、そんな気の緩みを戒めるかのように、頭の中へひとつの疑問が浮かんでくる。
(いや、待てよ? よく考えたら……)
その思いつきのきっかけは、先ほど母艦の位置を確認する際、目に入ってきたレーダーである。
俺はそこに映っていた、大量の敵軍の姿に対し、今さらながらにある事を思ったのだ。
(あれだけたくさん、敵の増援が来たんだから――)
それは部隊の編成を考慮に入れた場合、普通であれば、その大挙して迫り来る敵の中に――
(もう一機くらい、例の奴がいてもおかしくはないんじゃないのか……?)
問題の姿の見えぬ敵が、複数存在するケースも考えられるのではないか、という危惧である。
別に一機だけと決めつける理由は無いわけだし、そうであっても何ら不思議はないだろう。
その恐ろしい結論にたどり着いた瞬間、俺は反射的に、抱えていた望月さんの機体を――
『……え?』
まるで砲丸投げの選手のように、思い切り前方へ放り投げた。
そして呆気に取られた声を残し、格納庫のハッチへ吸い込まれていく彼女を見ながら、自分も急いでその後を追いかける。
それはほとんど、本能的な行動だった。
俺は例の敵から奇襲を受けた際の対策として、いったん彼女を先行させたのである。
もし二機以上あいつがいるのなら、その同時攻撃を回避するのはほぼ不可能、と思ったから。
もちろんそうなる確証など、何ひとつ無かったわけだが。
それでもとにかく、望月さんの安全だけは確保しておきたかったのだ。
すると案の定、俺が彼女を離した次の瞬間、不吉な直感が現実のものへと変わる。
(あっ……)
突如今までとは異なるポイントから、例の暴力的な光が出現し、こちらを目指しまっすぐに迫ってきたのだ。
まるでいつか悟が狙われた、その時の再現であるかのように。
どうやら先ほどの危惧が的中し、もう一機存在していた例の奴に、死角から狙撃されてしまったらしい。
そしてそんな状況を招いてしまった、己の不注意を悔いる間もなく――
「うわあああ!」
俺は敵の砲火の直撃を受け、無様に絶叫していた。
放たれた光に機体を丸ごと呑み込まれ、そのあまりの衝撃に恐怖したからだ。
実際その苛烈さは、以前食らった時よりも数段上である。
これではこの機体なんて、すぐに砕け散ってしまうぞ、と確信を持てるくらいに強いのだ。
きっと避ける間もなく直撃を受けたから、そう感じたのだろう。
次いでその想像の通り、俺は己を包み込む光に、為す術なく蹂躙されていく。
自身の機体を、激しい熱と衝撃とで、完膚なきまでに粉砕されたのだ。
巨大な波にさらわれて消える、浜辺に作られた砂の城のように。
結果としてその光が消えた時、それに破壊し尽くされた俺の機体は――
(ぐ……あ……)
残ったのは頭と胸周り、それから片腕のみ、というくらいのひどい有り様になっていた。
いつかの悟とほぼ同様、と言えるくらいに無惨な姿である。
これではもはや、満足に動くことすら叶わない。
母艦への帰投は、どう考えても不可能だろう。
そんな俺を救おうとしたのか、先に帰艦していた望月さんが、志藤に撤退の中止を求める。
この上なく焦った声音で、必死にこちらへ呼びかけながら。
『木原君! しっかりして、木原君っ! 今そっちに行くから!
志藤さん、いったん撤退を中止して! 木原君を助けないと!』
しかし彼女の懇願は、続く志藤の絶望的な宣告により、いとも容易く打ち砕かれた。
『これは……撤退命令? そんな、今になって……
駄目です、もう艦の発進は止められません!』
そしてその言葉通り、皆を載せた母艦がゆっくりと移動を開始する。
またそれと同時に、開放されていた格納庫のハッチも、店じまいでもするようにじわじわと閉じていった。
どうやらすでに、助けは期待できない状況らしい。
そこで俺は、最後の力を振り絞り、その帰るべき場所を見据えてもがいたのだが――
(う……ぐぐ……)
無論、一ミリたりとも進むことはできない。
四肢をちぎられた虫のように、少しばかり体を揺らすだけで精一杯なのだ。
機体の八割以上が吹き飛び、ほぼ機能停止という状態では、それも当たり前なのだが。
しかもそうこうしている内に、母艦は格納庫の閉鎖を完了し、見る間に遠ざかっていく。
未だ俺の名を呼ぶ、望月さんの悲痛な叫びだけを後に残して。
『木原君! 木原君っ! 木……』
そして無情にも、俺を独り、この寂しい場所へ置き去りにしたまま――
(あ……ああ……ああああ!)
広大な星の海の果てへと、静かに消えていった……




