Section-8
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「なんだよ、これ……」
視界の中心に浮かぶ、戦場全体を網羅した巨大な立体型のレーダー。
その一角には今、敵機の存在を示す赤い点が、数え切れぬほど大量に表示されていた。
しかも恐ろしいことに、それらは次第に数を増やしながら、凄い勢いでこちらへ迫って来ている。
要は尋常でない数の敵援軍が、続々とこの戦場へ到達中、というわけだ。
その光景を前にして、俺が感じることは当然のようにひとつ――
(こんなの、勝てっこないぞ……!)
絶対に勝てるわけがない、という確信に近い印象だ。
要は自分達の敗北を、戦う前からはっきりと予感してしまったのである。
なぜなら彼我の戦力差が、比べる気も起きぬほどに大きいから。
さらには先ほどまでの戦いで、心身ともに激しく消耗し、余力がほぼ残っていないから。
こんな状態であの大量の敵と戦おうなんて、どう考えても無謀だろう。
実際、その予測の裏付けであるかのように――
『嘘……』
次いで美山がそう、呆然と一言呟いた後、完全に黙り込んでしまった。
望月さんに至っては、敵集団が現れてからずっと、言葉を失い絶句したままだ。
きっと彼女らも、俺と同じ事を考えているに違いない。
またそれとは別に、戦場に散らばっている他のクラスメイト達が、志藤に指示を求める声も届く。
『ヤバイってこれ! どうすんの志藤ちゃん?』
『志藤さん? これ……どうしたらいいの?』
その切羽詰まった口調からして、どうやら俺達と同様、皆も疲弊した状態であるらしい。
まあ志藤の話によれば、今回は全体的に苦戦気味だったようだし、それで当然なのだが。
となればもはや、次に選択すべき行動は考えるまでもない。
指揮官である志藤を説得し、速やかにこの戦場から撤退することだ。
今の状況なら全滅も視野に入るし、一刻も早く決断を下すべきだろう。
そこで俺は、すぐさま通信を開き、志藤に力強い呼びかけを発した。
「志藤っ!」
そして彼女が返事をするよりも早く、言葉を尽くして戦闘の中止を促す。
「もう無理だ、撤退しよう!
あんなにたくさん来られたら、防ぎきれるわけがない!
すぐみんなにそう指示を出してくれ!」
しかしその提案に対し、志藤は何かと理由をつけて難色を示した。
いつもの彼女らしくない、ひどく優柔不断な言い回しで。
『それは……確かに、そうかもしれませんが。
でもまだ、司令部から正式な帰還命令が出ていません。
それ無しで撤退したら、戦果ポイントが大きく減点されてしまいます。
重大な事ですし、一応、みんなの意見を聞いてからでないと……』
どうやら戦果ポイントの事を気にするあまり、潔く撤退、という選択ができないらしい。
俺はそんな志藤に苛立ちつつ、声を荒らげてその考えを否定する。
「いや、だからって! 撃墜されたら、それこそ意味が無いだろ!
冷静に考えろよ! ポイントなんかにこだわってる場合じゃ……」
だがその言葉を最後まで言い切る直前、胸の内にふとひとつの疑問が湧いてきた。
(……ポイント?)
戦果ポイントって、いったい何なんだろう。
そんなものを必死に稼いで、俺は何をどうしようというのだろう。
それがなぜか、唐突にわからなくなってきたのだ。
もちろん、ポイント自体の存在意義を見失ったわけではない。
あれは基本的にゲームの結果、当人のプレイの巧みさを示す指標である。
貯めれば達成感が味わえるし、少なからず自慢にもなるから、欲しいと思うこと自体に不思議は無い。
しかし改めて考えてみると、俺にしたって志藤にしたって、それへの執着が強すぎる印象は否めない。
ポイントを得たいという欲求や、失いたくないという恐怖が、不自然なほどに大きいのだ。
あれはあくまで、ゲームの評価点でしかないはずなのに。
実際俺は前回、そのポイントを欲しがるあまり、悟の忠告も聞かず大きく突出してしまった。
そしてそれが原因で、大切な友の喪失、という愚かな結末を招いている。
それは冷静に振り返ってみれば、本当に命懸けだと知らなかった点を考慮しても、やはりどこか異様という印象が拭えない。
あの時の自分の精神状態に、自分で疑問を覚えてしまうのである。
となるとひょっとして、俺は普通の状態ではないのだろうか。
記憶だけでなく、精神にも何か異常が発生しているのだろうか。
誰かに自分の意志を操作されている、とかそういう風に。
このゲームには、そんな影響力さえあると言うのだろうか……
するとその曖昧な不安が、記憶の底から呼び覚ましてきたかのように――
(そう、か……悟、お前は……)
以前はさっぱりわからぬ、と首をひねるしかなかった友の警告が、克明かつ鮮明に蘇ってくる。
『でも本当に、色々おかしいところがあるんだ。
あのゲームだけじゃなく、僕達を取り巻く環境や状況、その全てに。
不自然で不明瞭で、不可解な部分がたくさんある。
僕らはそれに、本当はもっと敏感になって、もっと警戒をしなくちゃならないんだ』
それらひとつひとつの重みを、今さらながらに実感した俺は、独り大きく身を震わせた。
どこか見えない手で、心臓を直接握られたような気分になりながら。
なぜなら悟がそう主張する通り、自分を取り巻く環境……いや自分自身にでさえ、認識できぬ異変が生じているとわかったから。
きっと気づいていないだけで、今も俺はその何かに囚われているのだ。
それは即ち、自分の心を完全に信頼できない、ということを意味する。
いつまた己を見失い、暴走を始めてしまうかわからぬわけである。
なんと恐ろしく、かつ不安定な状態だろうか……
しかしそうして、自分の存在そのものが揺らぐような、おぞましい感覚に襲われる一方で――
(いや、でも……だからこそ――)
俺の心の中には、それよりも遥かに強烈な、ひとつの衝動が渦巻いていた。
(ここで立ち止まってはいられない!)
即座にゲームを中止して、この世界から脱出しなければならない。
その強い思いが、決して失われることなく燃え盛っていたのだ。
例え自分は信じられずとも、命を賭した悟のメッセージだけは、今も揺るがず信じることができたから。
ゆえに俺は、現状がどれほど想像を超えたものであろうとも、それに負けずできる限りの努力をしよう……と固く心に誓う。
不安に怯える自らの魂を、無理やり叱咤し奮い立たせながら。
それから改めて、この苦境を打開する策について考え始めた。
(なら、どうする? 何をすれば、志藤を説得できるんだ……?
考えろ、考えろ……!)
するとその瞬間、まるで全ての答えが、最初から目の前にあったとでも言わんばかりに――
(ああ、そうか……)
唐突に俺の脳裏へ、とある閃きが舞い降りてくる。
(悟みたいに、やればいいんだ)
それは以前、悟が俺を説得した時のように、真摯に誠実に懇願すること。
そうすれば何とか、今の志藤を翻意させることだって可能かもしれない、という思いつきである。
理屈で無理なら情に訴えかければいい、と考えたわけだ。
そこで早速、そのアイデアを実行に移すため、逸る気持ちを必死で抑え込む。
(落ち着け……焦ったら駄目だ)
それから声を落として、そっと静かに志藤へ声をかけた。
「……志藤。少し、聞いてくれ」
そんな俺の、いつになく殊勝な態度に――
『え……? は、はい』
志藤は驚いた様子で、軽くかしこまったように返事をする。
俺はそこへ、ゆっくり諭すような呼びかけを発した。
「お前がせっかく稼いだポイントを、簡単に手放せないのはわかる。
皆に影響のあることだから、すぐには決断できない、っていうのもわかる。
その辺は俺にだって、ちゃんとわかってる」
必死に悟の喋り方を思い出し、できる限りその雰囲気を模倣しながら。
それが自分の言葉を届きやすくする、最善の方法だと信じて。
「それでも、この状況はどうしようもない。
お前がいくら上手に指揮しても、覆すのはきっと不可能だ。
つまりこのままじゃ、みんなが撃墜されてしまう、ってことになるんだよ」
さらに重ねて、彼女に撤退の決断を求め――
「だからここは、潔く撤退して欲しい。
ポイントを諦めてでも、みんなの安全を守って欲しい。
それはお前にしかできない、お前にしか頼めないことなんだ」
その最後に、全ての締め括りとして、いつかの悟のような心からの懇願を行った。
「頼む、志藤……!」
これが自分にできる精一杯、お願いだからわかってくれ。
そういう切なる思いを、口から出る言葉に全力で込めしながら。
そしてそのまま、閻魔大王の裁定を受ける地獄の亡者じみた心持ちで、彼女からの言葉を待つ。
そんな俺への、志藤の回答は――
『ええと……それは……その』
誠に残念ながら、未だに吹っ切れぬまま、というものであった。
どうやら先の言葉は、彼女の心を変えるには至らなかったらしい。
その事実を突きつけられた俺は、己の不甲斐なさを実感し、心を暗い感情に支配されていく。
(駄目……なのか……)
やはり自分が悟の真似をしようなんて、最初から無理があったんだ、と猛烈に悔やみながら。
こうなるともう、次に何をするべきなのか、それを考える気力すら湧いて来ない。
しかし俺がそうして、彼女の説得を諦めかけたまさにその時、突如通信に久保擁介が割り込んできた。
口調になぜか、妙に親しげな雰囲気を漂わせながら。
『アキラちゃん』
そして意外にも、俺の意見を後押ししてくれる。
『木原君の言う通り、今回はもう終わりにしよう』
志藤はその唐突な提案に、軽く驚いたような声を上げた後、すぐさま疑問を口にした。
彼女にしては珍しい、どこか率直さを感じさせる口調で。
『えっ? でも、ヨウスケ君……それだとみんなに迷惑が……』
ただ久保は、不思議と慣れた様子で、そんな志藤を穏やかに説き伏せていく。
『うん。ポイントの大幅減点、っていうのは確かに厳しいけど。
でもゼロになっちゃうよりはずっといいよね?
このままだとそうなりかねないし、木原君の判断は正しいと思う。
だから今回は、もうこの辺りで撤退しようよ』
すると志藤は、そのちょっと意外なやり取りの果てに、ほんのわずかだけ考え込んでから――
『……うん、わかった』
驚くほどあっさり納得し、次いでいつもの事務的な口調に戻ると、即座に部隊の全員へ撤退の指示を飛ばした。
『みなさん、聞いてください。
私達は現時刻をもって本作戦を中断、速やかに全員で撤退します。
今の状態では、敵増援への対処が困難だからです』
それから少しだけ申し訳なさそうな様子で、しかし決然と自身の判断を押し通す。
『もちろん、許可が無い状態での撤退に、大きなペナルティがあるのも承知しています。
しかしこれも、撃墜によるポイントリセットを防ぐための、やむを得ない措置なのです。
不満に思う方もいるかもしれませんが、どうかよろしくお願いします』
そんな彼女の、礼儀正しくも堂々たる宣言に、公然と異を唱える者は現れなかった。
皆がそれぞれ、『うん』とか『はい』とか『ああ』とか、覇気の無い答えを返すのみに終わったのだ。
かなり残念ではあるが、まあ現状を考えれば致し方なし、というところか。
要は今回のゲームの終わりを、クラスの皆が承認したわけである。
俺の目論見は成功した、と言っていいだろう。
その成果に強い手応えを感じ、俺は独り、内心で快哉を叫ぶ。
(よしっ……やった、やったぞ!)
今はもうここにいない、大切な友に向けて。
全部お前のおかげだぞ、と深い感謝を捧げながら。
今は何やら、それを嬉しく思う気持ちで、踊り出したい衝動さえ湧いてきていた。
するとそうして、一人で浮かれる俺へ――
『それから、木原君』
次いで志藤が、まったくもって意外なことに、ひどく柔らかな口調でお礼を述べてくる。
『ありがとう、的確な助言をくれて。
私ちょっと、冷静じゃなくなってたみたいだから。
でも木原君のおかげで――』
ただその途中で、ふと俺の心に、急激な気恥ずかしさが込み上げてきた。
あまりの落ち着かなさで、体が自然と動き出してしまうくらい猛烈に。
だってそもそも、最初に問題提起をしたのは悟である。
さらに先ほどの試みが成功したのも、久保の力によるところが大きい。
なのにこんな感謝の仕方をされたら、まるで俺が最大の功労者みたいではないか。
そういう現状を恥じる気持ちが芽生え、ひどく居たたまれなくなってきたのだ。
なので慌てて、俺はそんな彼女の言葉を遮り――
「い、いやいや! いいっていいって、別にそういうのは!
いつも世話になってるのは、俺の方なんだし!
だから、ええと……じ、じゃあ後のことは、全部任せたから! よろしく!」
逃げるように通信を切って、ホッと一息つく。
感謝されることに不慣れで、変に狼狽してしまった己の不器用さに、何やってんだと呆れながら。
いやはやまったく、そうそうらしくない事はするもんじゃない、というところか。
とは言えいつまでも、そうゆっくり落ち着いているわけにはいかない。
だから俺は、すぐさま気持ちを切り替え、油断なくレーダーに視線を戻した。
何か見落としが無いか、もう一度確かめておくために。
そこで俺の目に入ってきたのは、速やかに撤退を始めた仲間達と、ますます数を増やしつつある敵援軍の姿だ。
これはもし追いつかれでもしたら、間違いなく全滅コースだろう。
とは言え両者の距離は、まだ十分過ぎるほどに開いている。
これなら全員が母艦へ帰投するまで、接敵の機会が訪れるとは思えない。
要はもうすでに、安全圏へ突入済み、と言っても差し支えない状態なわけだ。
なので当然、俺もその流れに乗って、母艦への退却を始めていたのだが……
(……いや、まだだ)
それでも油断なく、いったん緩んだ気を引き締め直して、慎重に戦況を注視し続ける。
なぜなら――
(まだ、『アイツ』が出てきてない……!)
最も恐ろしく、また警戒すべき相手が、未だに姿を現していなかったから。
それは我が友、結城悟の命を奪った、憎き仇敵。
この広い星の海に隠れ潜みながら、こちらを虎視眈々と付け狙う、恐ろしき刺客。
不意打ちで必殺の一撃を放ってくる、例の謎めいた狙撃者である。
そいつがまた、どこからかこちらを狙っているのではないか。
そのせいで悟のように、誰かが撃墜されてしまうのではないか。
そういう不安が、どうしても消え去ってくれないのだ。
(くっ……そんなことさせるかよ!)
そこで俺は、忙しなく首を巡らし目を凝らして、漆黒の宇宙のあちこちを観察した。
いつか見た、不自然な歪みを見つけ出すために。
二度と同じ事をさせはしない、という決意で、胸も頭も壮絶に熱くしながら。
だが、その必死の努力も空しく――
(無い……どこにも無いぞ!)
目的のものは、一向に見つけ出せない。
ただかすかに瞬く星達が、無数に視界を通り過ぎていくのみなのである。
どうやら偶然に頼っていても、そうそう良い結果は望めぬらしい。
ゆえにいったん、荒れる心を静めて、頭をしっかり冷やした後――
(落ち着け……考えろ、考えるんだ……)
俺は改めて、冷静かつ論理的に思考し、奴が今までに取った行動を振り返っていく。
そこから何か法則を見出し、探索のヒントとするために。
(ええと……まずは……)
そこで最初に考えたのは、奴のターゲットの選定方法についてだ。
あの敵がこれまでに、攻撃対象として選んだのは二人。
調子に乗って突出した俺と、そんな俺を援護するため、単独でしんがりを務めた悟である。
その両者には、いったいどのような共通点があったのだろう。
何を基準として、奴は俺達に狙いを絞ったのだろう。
他にもこの戦場には、たくさんのターゲット候補がいたはずなのに。
きっと何か、明確な理由があるに違いない。
その予測に従って、俺はしばし考えを巡らし――
(狙われた理由……狙いを定めた根拠……それは何だ?)
詳しい理由について、あれこれと検討を重ねた挙げ句、ようやくおぼろげながらもひとつの答えを導き出した。
(……一番あいつに近かった人間?)
単純に最も近くにいた敵を、文字通り機械的に選択し、真っ先に撃ち落とそうとしたのではないか。
とりあえず、そういう結論に達したのである。
なぜなら以前、俺と悟が奴の攻撃を受けた際、共通していた点なんてそれくらいだから。
『敵に一番近い位置にいた』というくらいしか、他との差が思いつかないのだ。
発想は単純だが、一応は筋の通った仮説と言っていいだろう。
なので早速、その考えを根拠に、もう一度味方の陣形を確認する。
現在撤退中の皆の内、最後尾に位置しているのは誰なのか、きっちり把握しておこうと思ったのだ。
そんな俺の目に、次いで映ったのは――
(あれは……!)
周りに球状の物体を従えつつ、部隊の最後尾をゆっくりと進む、やや小型の華奢な機体である。
その整ったフォルムには、どこか神に仕える修道女のような雰囲気があった。
つまり今、敵から一番近い位置にいるのは――
(嘘だろ……くそっ!)
望月さんの操る機体、E-2サテライトリンカーだったのだ……




