Fragment-6
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さてはていったい、何が起こったのか。
何がどうなったから、今の俺はこういう状態になっているのか。
それが木原開人には、さっぱりわからなかった。
唯一わかっていたのは、自分がもう死んでいる、という事実だけだった。
なぜそう思ったのかと言えば、それはもう一度、悟と会えたから。
ひどく悲しげな顔でこちらを見る、戦いの中で命を落としたはずの親友と。
ふと目を覚ました時にいた、いつもの学校のいつもの教室の中で。
決してあり得ない再会を果たした、ということである。
しかもそこには、しばらくして他のクラスメイト達も現れた。
久保、美山、朝倉、春日井、斉川、栗原……
ある者は寂しげに、またある者は満足げに、またある者は何ひとつ変わらぬ様子で、続々と。
皆一様に、『死んだはずの俺』との再会に驚きながら。
そしてそれでいて、『まだこちらに来ていない』連中とは話せなかった。
同じ教室の中にいる、という気配は何となく感じるのに、直接の交流はできなかったのだ。
なぜならぼんやりとしか相手の姿が見えず、またその声を聞いたり、体に触れることもできなかったから。
自分の死に気付かぬ幽霊が、生きている人間に対してそうであるように。
それらの事実は全て、どうやら自分は死んだらしいな、という判断を下すのに十分な材料となった。
とは言え、実感の方はあまり無かった。
生前の記憶が、どこか曖昧だったから。
一応悟の遺志を継いで、そのメッセージを皆に伝えるため、戦場に出たところまでは覚えているのだが。
それ以降はさっぱりで、完全に途切れてしまっていたのである。
『戦いの中で死んだはず』などと言われても、実感を持てなくて当然だろう。
そんな状態で俺は、ずっとこの学校にいた。
『まだ生きている』クラスメイト達の奮闘を、そのすぐ側で、おぼろげに感じながら。
それと同時に、『彼女』へ何もしてやれない自分に対する、歯を食いしばりたくなるほどの悔しさを胸に抱えて。
ただその曖昧で不安定な状況は、やがて大きな変化を迎えることになった。
倉田先生が、ここに現れたのだ。
いつものあの、ひどくのんびりとした雰囲気を漂わせたままで。
そして突然、俺達に向け提案してきた。
『卒業式をしよう』と。
『未来への旅立ちの時を、みんなで祝おう』と。
珍しく熱っぽい口調で、そう突拍子もないことを言い出したのだ。
その唐突さには最初戸惑ったものの、しかし特に異論も無かったので――なぜか久保だけは複雑な顔をしたが、斉川の説得ですぐ落ち着いた――俺達は素直に従った。
先生に導かれるまま、職員室に移動し、自分達の卒業式をとり行ったのである。
まあ卒業式と言っても、倉田先生から証書を受け取るだけの、ごくごく簡素なものだったが。
それでもその催しは、深く俺の心に残った。
きっと倉田先生の、俺達の旅立ちを祝福したい、という気持ちが直に伝わってきたからだろう。
特に自分へのメッセージが読み上げられた時は、思わず涙がこぼれそうになった。
あんな風に褒められたことはなかったし、ちょうど自信を無くしていたところでもあったので、柄にもなく感動してしまったのだ。
無論、皆に泣いているところを見られたら恥ずかしいので、しっかり我慢したが。
そうして俺の心を揺さぶりつつ進行した、ささやかながらも大切な卒業式は、そのままつつがなく終わりを告げた。
クラスメイトみんなの涙と共に、どこか夢見心地のような気分のままで。
今は揃って、その余韻に浸っている最中である。
そう、終わってしまったのだ。
学生が学校で経験する、最大にして最後の行事が。
学校生活の締め括りを飾る、祝福されるべき記念の式典が。
それが何を意味するのか、と言えば――
――なんて思わず、後ろ向きな考えに囚われかけた俺の耳に、ふと相棒の声が届く。
「終わったね」
それに応じて振り向くと、清々しいような寂しいような顔の悟がそこにいた。
その手に思い出深い、例のビデオカメラを持った状態で。
この状況の中でも、律儀に任された役割――卒業式の記録係――を務めている辺り、これぞ結城悟という印象である。
そんな親友の振る舞いに微笑ましさを感じつつ、俺は短くその呼びかけに応じる。
「そうだな」
ただそれきり、会話は途切れてしまった。
きっと悟の言う、『終わった』という言葉の本当の意味を、互いに理解しているからだろう。
その先に待つものを知るがゆえに、話をこれ以上進めたくなかった、ということだ。
そんな状態が気詰まりだった俺は、いったん悟から視線を外す。
そしてその場に集う、他のクラスメイト達の方に目をやった。
職員室の窓に寄りかかりながら、ひどく落ち着かない気分で。
そこでまず見えたのは、倉田先生の姿だ。
先生はいつも通り穏やかだが、しかしその表情にはどこか、感情を抑えたような印象もある。
努めて冷静さを保っている最中、というところか。
またそのすぐ近くでは、栗原と朝倉が、互いに抱き合いながら泣いていた。
間近に迫った別れを、心から惜しむかのように。
いかにも卒業式直後の女子達、といった雰囲気である。
久保はそんな二人の側で、なだめるように何か言っていたが。
しかし彼自身の表情も、今にも泣き出しそうなくらい固く強張っている。
どうやらあいつもまた、涙に暮れる二人と同じ心情であるらしい。
そんな三人を横目に、少し顔を俯きがちにしているのが美山だ。
角度的に見えづらいので、詳しくどんな顔なのかは不明だが、何となく全体的に落ち着きがない。
口に出したらただでは済まないと思うが、ここはやはり、鬼の目にも涙と言うべきだろうか。
さらにそこからちょっと離れた場所で、こちらも珍しいことに、春日井が感傷的な表情で佇んでいる。
その視線はまっすぐ、倉田先生の横顔に注がれていた。
そちら方面には鈍い俺でも、さすがに何か感じるところのある、ひどく物憂げな態度である。
……まあ先生の方は、全く気づく素振りもなかったのだが。
そうした春日井の振る舞いが気に入らぬのか、あるいは似合わぬ湿っぽさを心配でもしているのか。
斉川はそんな彼女を、渋い顔で見守っている。
言いたいことがあるなら言えばいいのに、と俺なんかは思うのだが……まあ、あれがあいつのスタイルなのだろう。
以上が、卒業式を終えてのクラスメイト達の様子なわけだが。
そこにはやはり、一人として普段通りに振る舞えている者はいない。
要はみんな一様に、心が大きく震えています、という状態なのだ。
その光景を見ながら、俺は改めて実感した。
別れの時は近い、と。
この何が何だかわからない状態は、もう間もなく終わりを告げるのだ、と。
そう思うと自然に、心の中で暗い気持ちが芽生えてくる。
ただし次いで、まるでそんな現実を嫌ったかのように、悟がまた語りかけてきた。
「そう言えば……望月さん達の方はどうしてるんだろうね。
あの卒業証書、きちんと受け取れているといいんだけど」
悟にそう言われて、俺は初めて気づく。
『先生』のいない彼女達に、果たして卒業式ができるのか、と。
あの気持ちの込められた卒業証書を、受け取る術はあるのだろうか、と。
そんな疑問が湧き上がってきて、突如心配になったのである。
とは言え、その結論は考えるまでもなかった。
「そうだな……でもまあ、先生が何とかしてるだろ」
あれだけ丁寧に、俺達へメッセージをくれた人なのだから、その辺りもしっかりしているだろう。
そう素直に、ためらいもなく信じられたのだ。
望月さん達も、きっとあの卒業証書を受け取り、俺達と同じ気持ちになっているに違いない。
そんな俺の返答に、悟はすぐさま同意してくれる。
心からそれを信じている、という風の、嬉しそうな笑みを浮かべながら。
「だよね。きっとそうだよね」
その直後、またしても沈黙が訪れる……が、今度は長くは続かなかった。
悟が何かを決心した様子で、唐突に不明瞭なことを言い出したからだ。
「あのさ……ひとついいかな。
僕、カイトがひとつ勘違いしてることに気づいたんだ」
それに心当たりが無かったので、俺は首を傾げながら、発言の詳細を問い返す。
「勘違い……? 何の話だ?」
それに悟は、軽くひと呼吸置いてから告げた。
思い切った様子で明確に、俺と『彼女』にまつわるひとつの事実を。
「望月さんが好きなのは、僕じゃなくてカイトだからね?」
極めてストレートなその指摘を受けて、俺は思わず言葉に詰まる。
なぜならそれが、全く心当たりの無い話ではなかったから。
『あり得ないだろそんな事』と、簡単に笑い飛ばせなくなっていたから。
以前であればきっと、迷わず否定していたはずなのに。
いやもちろん、最初は気づいていなかった。
望月さんが自分に好意を持ってくれている、なんて夢にも思わなかったのだ。
彼女が俺の『死』を、人目も憚らず激しく嘆き悲しんだ、と聞くまでは。
そう、彼女は俺が『死んだ』ことを、声を上げて涙を流すほど悲しんだらしい。
しかもその後、まともに会話もできなくなるくらいに、ひどく落ち込みもしたとか。
俺という存在が失われたことに対し、それだけ強いショックを受けたのだろう。
その話を聞いて、さすがの俺でも察することになった。
自分が彼女に、どう思われていたのかを。
自分が彼女にとって、どんな存在だったのかを。
否定も疑いも、一切できなくなるくらい明確に。
それは無論、とてつもなく嬉しい事実であったのだが。
しかし同時に、この上ない無力感を覚えてしまう現実でもあった。
現状の自分が、望月さんに何もしてやれていないがゆえに。
あんな約束――『絶対に守る』とか何とか――をしておきながら、結局役立たずでしかない己が、腹立たしくてしょうがなかったのである。
しかも聞くところによれば、彼女はその落ち込みから、自力で立ち直ったらしいではないか。
俺が想像していたよりも、ずっとずっと強い人だったわけだ。
ならば本当は、最初から自分なんて必要なかったんじゃないか……という疑念に囚われ、俺の自信喪失は加速するばかりだった。
ただそうして己の不甲斐なさを思い出し、改めて落胆する俺に、悟は優しい言葉をかけてくれる。
「きっと望月さん、カイトのこと待ってるよ。
行ってあげないの?」
言われるまでもなく、本音を言えばそうしたい。
自分を想っていてくれた彼女に、自分も同じ気持ちだと伝えたい。
それは確かに、今の俺の正直な願望である。
でも――
「……今さらそんな事して、何になるんだ。意味ないだろ」
残念ながら、それで何かが変わるわけでもない。
俺が彼女にしてやれることは、もうひとつとして残っていないのだから。
全ては後の祭り、会いに行ったところで無意味に終わるだけなのだ。
しかしそうネガティブ思考に走る俺を、悟は粘り強く説得し続けた。
「そんな事ないよ。
彼女、カイトが会いに来てくれたら、それだけですごく喜ぶと思うよ。
絶対今も、カイトに会いたがってるはずだから」
その一言で、ちょっとだけ……いや、かなり心が揺れる。
本当にそうだろうかと疑いつつも、でも確かに可能性は否定できない、なんて期待をしてしまったのだ。
それで思わず、俺は悟に問い返していた。
「……何もできなかったのにか?」
「うん」
「これからだって、何もしてやれないのにか?」
「うん。たぶん、側に居てくれるだけでいいって思ってるよ」
あまりに楽観的に思えるその答えは、さすがに鵜呑みにはできなかったが。
でもやっぱり、そうならいいと思ってしまう。
それが事実であったらいいのに、と願ってしまう。
例え都合の良い考え方でも、こいつが言うのなら正しいのかも、という信頼があったから。
だから俺は、少しだけ、いや結構迷った後――
「……そうか」
「うん」
「……そう、なのか」
「うん」
「……本当に?」
「うん」
ためらいを振り払い、悟に告げた。
自分の素直な気持ちを、ちょっと素直じゃない言い方で。
「……じゃあまあ、行ってみるかな」
悟はこの上なく嬉しそうに、その俺の答えに同意してくれる。
言葉の隅々にまで、励ますように力を込めながら。
「うん、行こう」
すると直後、まるでそのタイミングを見計らったかのように、倉田先生が俺達全員に呼びかけてきた。
「さあみんな、そろそろ時間だよ」
それを受けて誰もが、一斉に先生へと視線を注ぐ。
何かを察したような、あるいは覚悟したような表情で。
先生はそんな俺達を落ち着かせるように、穏やかな口調で話を続ける。
「君達はこれから、この学校を旅立たなくちゃいけない。
もうここには、あまり長く居られないからね。
名残惜しいとは思うけど、出発しようか」
いよいよ『卒業』の時が来た、というわけだ。
わかっていた事ではあるが、実際その瞬間が来てみると、やはり寂しさを感じずにはいられない。
もう少し先延ばしにしても良いのでは、という気持ちは、正直なところかなりあった。
しかし今の先生の、『ここには長く居られない』という発言は、やはり事実だろう。
だってこの学校の外では、未だに激しい戦いが続いているのだから。
最後の想い出を悲しみで染めないためにも、今この瞬間に、皆で旅立っておくべきであるのは間違いない。
ゆえにやむなく、俺は未練を振り払って、いったん姿勢を正して立つ。
そして倉田先生に深く一礼してから、意を決して歩き出し、職員室の入り口に向かった。
もう迷わないよう、まっすぐ前だけを見て。
無論それには、他のクラスメイト達も続く。
流れる涙を拭ったり、表情を固く引き締めたり、寂しげに唇を噛んだりしながら。
もちろん、先生に深々と礼をするのも忘れずに。
そしてみんな揃って、この場所から立ち去る……
……と、俺は思っていたのだが。
しかしそこで、予想外の事態が発生した。
突然栗原が声を上げ、奇妙なことを言い出したのである。
「あれ? 先生は行かないの?」
それに驚いて先生の方を振り向くと、確かにそこには、先ほどから一歩も動いていない先生の姿があった。
口では『出発しましょう』と言っていたのにも関わらず、自分はそうしていなかったのだ。
当然それが疑問だったので、俺は答えを求めて、他の皆と共に先生を見つめる。
先生はちょっと言いづらそうにしながら、そんな俺達の問いかけに応じた。
「私は……一緒には行けないんだ。
君達とは、何て言うか……行く場所が違うからね。
でも気にしないで。
先生というのはいつだって、自分の生徒を見送るだけで、同じ場所へは行けないものなんだよ。
だからどうか、君達は自分の道を進んでください」
『行く場所が違う』――その言葉の意味するところは、正直に言ってよくわからない。
ただ何となく、あまり考えない方がいい話のような気もする。
きっともう、どうしようもない事のはずだから。
だから俺は、それ以上問いを重ねることなく、もう一度先生に礼をしてから、再び歩き出した。
他の皆も、互いに顔を見合わせたりしつつも、同じく先生に一礼して俺の後を追う。
まさしく卒業式を終えた生徒達が、先生に見送られて旅立つ時のように。
もっとも春日井だけは、わずかにためらう素振りを見せた。
皆が動き始めても、独り立ち止まったまま、倉田先生をじっと見つめていたのだ。
まだ言い残したこと、やり残したことがある、という内心がにじみ出た態度である。
しかしなぜか、倉田先生がそれに気づいて何か言おうとした瞬間、即座にごまかすような微笑みを浮かべる。
そして直後、優雅な動作で振り向くと、早足で歩き出してしまった。
先生と何の言葉も交わすことのないまま、未練など一切無いという雰囲気で。
その胸中は計り知れないが、端から見ている分には、おそろしく見栄っ張りなやつだという印象しかない。
そんな様子を目にしつつも、ただ自分が口を出す問題でもないので、俺はすぐ自身の目的に戻る。
歩みを止めることなく職員室を出て、そこからさらに廊下を進んでいったのだ。
あのいつも通っていた、お馴染みの古びた教室を目指して。
そこにいるはずの、会っておかねばならない人と会うために。
もちろんそこで、実際に彼女と会ったところで、もう気持ちを伝えることはできないのだけど。
まともに言葉を交わすことや、互いの顔を見ることさえ、今は困難なのかもしれないけど。
それでも定めた決意に従い、彼女の側に寄り添うため、俺はまっすぐ前を向いて歩み続けた。
するとそうして廊下を進み、教室まであと少しという場所に至った、その瞬間――
(あ……この、歌は!)
いつか俺が、望月さんの前で口ずさんだ、馴染みのある歌が聞こえてきた。
自分の失態をごまかすため、『卒業ソング』として提案したあの歌である。
どうやら彼女、あの時のことを覚えてくれていたらしい。
だからこそ今、この学校からの卒業となるタイミングで、あれを歌ってくれているのだろう。
クラスメイトみんなの、そして自らの旅立ちを祝うために。
おかげで『自分が忘れられていなかった』ことを実感できたので、自然と心に嬉しさが込み上げてくる。
その気持ちに押されて、すぐさま俺は走り出した。
愛しい人の元へと、共にその門出を祝うために。
例えそれが、もはや何の意味の無い行為だとわかっていても。
それでも真摯に、かつて交わした約束の通り――
(ああ……絶対に、俺が守ってみせるから!)
最後まで、彼女を守り抜くために……
以上で番外編も終了、本作品は正式に完結となります。
最後の最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。




