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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-x 『Fragments』
173/173

Fragment-6

更新履歴 21/11/17 文章のレイアウト変更・表現の修正


 さてはていったい、何が起こったのか。


 何がどうなったから、今の俺はこういう状態になっているのか。


 それが木原開人には、さっぱりわからなかった。


 唯一わかっていたのは、自分がもう死んでいる、という事実だけだった。



 なぜそう思ったのかと言えば、それはもう一度、悟と会えたから。

 ひどく悲しげな顔でこちらを見る、戦いの中で命を落としたはずの親友と。

 ふと目を覚ました時にいた、いつもの学校のいつもの教室の中で。

 決してあり得ない再会を果たした、ということである。


 しかもそこには、しばらくして他のクラスメイト達も現れた。

 久保、美山、朝倉、春日井、斉川、栗原……

 ある者は寂しげに、またある者は満足げに、またある者は何ひとつ変わらぬ様子で、続々と。

 皆一様に、『死んだはずの俺』との再会に驚きながら。


 そしてそれでいて、『まだこちらに来ていない』連中とは話せなかった。

 同じ教室の中にいる、という気配は何となく感じるのに、直接の交流はできなかったのだ。


 なぜならぼんやりとしか相手の姿が見えず、またその声を聞いたり、体に触れることもできなかったから。

 自分の死に気付かぬ幽霊が、生きている人間に対してそうであるように。

 それらの事実は全て、どうやら自分は死んだらしいな、という判断を下すのに十分な材料となった。


 とは言え、実感の方はあまり無かった。

 生前の記憶が、どこか曖昧だったから。


 一応悟の遺志を継いで、そのメッセージを皆に伝えるため、戦場に出たところまでは覚えているのだが。

 それ以降はさっぱりで、完全に途切れてしまっていたのである。

 『戦いの中で死んだはず』などと言われても、実感を持てなくて当然だろう。


 そんな状態で俺は、ずっとこの学校にいた。

 『まだ生きている』クラスメイト達の奮闘を、そのすぐ側で、おぼろげに感じながら。

 それと同時に、『彼女』へ何もしてやれない自分に対する、歯を食いしばりたくなるほどの悔しさを胸に抱えて。


 ただその曖昧で不安定な状況は、やがて大きな変化を迎えることになった。

 倉田先生が、ここに現れたのだ。

 いつものあの、ひどくのんびりとした雰囲気を漂わせたままで。


 そして突然、俺達に向け提案してきた。

 『卒業式をしよう』と。

 『未来への旅立ちの時を、みんなで祝おう』と。

 珍しく熱っぽい口調で、そう突拍子もないことを言い出したのだ。


 その唐突さには最初戸惑ったものの、しかし特に異論も無かったので――なぜか久保だけは複雑な顔をしたが、斉川の説得ですぐ落ち着いた――俺達は素直に従った。

 先生に導かれるまま、職員室に移動し、自分達の卒業式をとり行ったのである。

 まあ卒業式と言っても、倉田先生から証書を受け取るだけの、ごくごく簡素なものだったが。


 それでもその催しは、深く俺の心に残った。

 きっと倉田先生の、俺達の旅立ちを祝福したい、という気持ちが直に伝わってきたからだろう。


 特に自分へのメッセージが読み上げられた時は、思わず涙がこぼれそうになった。

 あんな風に褒められたことはなかったし、ちょうど自信を無くしていたところでもあったので、柄にもなく感動してしまったのだ。

 無論、皆に泣いているところを見られたら恥ずかしいので、しっかり我慢したが。


 そうして俺の心を揺さぶりつつ進行した、ささやかながらも大切な卒業式は、そのままつつがなく終わりを告げた。

 クラスメイトみんなの涙と共に、どこか夢見心地のような気分のままで。

 今は揃って、その余韻に浸っている最中である。


 そう、終わってしまったのだ。

 学生が学校で経験する、最大にして最後の行事が。

 学校生活の締め括りを飾る、祝福されるべき記念の式典が。

 それが何を意味するのか、と言えば――


 ――なんて思わず、後ろ向きな考えに囚われかけた俺の耳に、ふと相棒の声が届く。


「終わったね」


 それに応じて振り向くと、清々しいような寂しいような顔の悟がそこにいた。

 その手に思い出深い、例のビデオカメラを持った状態で。

 この状況の中でも、律儀に任された役割――卒業式の記録係――を務めている辺り、これぞ結城悟という印象である。


 そんな親友の振る舞いに微笑ましさを感じつつ、俺は短くその呼びかけに応じる。


「そうだな」


 ただそれきり、会話は途切れてしまった。

 きっと悟の言う、『終わった』という言葉の本当の意味を、互いに理解しているからだろう。

 その先に待つものを知るがゆえに、話をこれ以上進めたくなかった、ということだ。


 そんな状態が気詰まりだった俺は、いったん悟から視線を外す。

 そしてその場に集う、他のクラスメイト達の方に目をやった。

 職員室の窓に寄りかかりながら、ひどく落ち着かない気分で。


 そこでまず見えたのは、倉田先生の姿だ。

 先生はいつも通り穏やかだが、しかしその表情にはどこか、感情を抑えたような印象もある。

 努めて冷静さを保っている最中、というところか。


 またそのすぐ近くでは、栗原と朝倉が、互いに抱き合いながら泣いていた。

 間近に迫った別れを、心から惜しむかのように。

 いかにも卒業式直後の女子達、といった雰囲気である。


 久保はそんな二人の側で、なだめるように何か言っていたが。

 しかし彼自身の表情も、今にも泣き出しそうなくらい固く強張っている。

 どうやらあいつもまた、涙に暮れる二人と同じ心情であるらしい。


 そんな三人を横目に、少し顔を俯きがちにしているのが美山だ。

 角度的に見えづらいので、詳しくどんな顔なのかは不明だが、何となく全体的に落ち着きがない。

 口に出したらただでは済まないと思うが、ここはやはり、鬼の目にも涙と言うべきだろうか。


 さらにそこからちょっと離れた場所で、こちらも珍しいことに、春日井が感傷的な表情で佇んでいる。

 その視線はまっすぐ、倉田先生の横顔に注がれていた。

 そちら方面には鈍い俺でも、さすがに何か感じるところのある、ひどく物憂げな態度である。

 ……まあ先生の方は、全く気づく素振りもなかったのだが。


 そうした春日井の振る舞いが気に入らぬのか、あるいは似合わぬ湿っぽさを心配でもしているのか。

 斉川はそんな彼女を、渋い顔で見守っている。

 言いたいことがあるなら言えばいいのに、と俺なんかは思うのだが……まあ、あれがあいつのスタイルなのだろう。


 以上が、卒業式を終えてのクラスメイト達の様子なわけだが。

 そこにはやはり、一人として普段通りに振る舞えている者はいない。

 要はみんな一様に、心が大きく震えています、という状態なのだ。


 その光景を見ながら、俺は改めて実感した。

 別れの時は近い、と。

 この何が何だかわからない状態は、もう間もなく終わりを告げるのだ、と。

 そう思うと自然に、心の中で暗い気持ちが芽生えてくる。


 ただし次いで、まるでそんな現実を嫌ったかのように、悟がまた語りかけてきた。


「そう言えば……望月さん達の方はどうしてるんだろうね。

 あの卒業証書、きちんと受け取れているといいんだけど」


 悟にそう言われて、俺は初めて気づく。

 『先生』のいない彼女達に、果たして卒業式ができるのか、と。

 あの気持ちの込められた卒業証書を、受け取る術はあるのだろうか、と。

 そんな疑問が湧き上がってきて、突如心配になったのである。


 とは言え、その結論は考えるまでもなかった。


「そうだな……でもまあ、先生が何とかしてるだろ」


 あれだけ丁寧に、俺達へメッセージをくれた人なのだから、その辺りもしっかりしているだろう。

 そう素直に、ためらいもなく信じられたのだ。

 望月さん達も、きっとあの卒業証書を受け取り、俺達と同じ気持ちになっているに違いない。


 そんな俺の返答に、悟はすぐさま同意してくれる。

 心からそれを信じている、という風の、嬉しそうな笑みを浮かべながら。


「だよね。きっとそうだよね」


 その直後、またしても沈黙が訪れる……が、今度は長くは続かなかった。

 悟が何かを決心した様子で、唐突に不明瞭なことを言い出したからだ。


「あのさ……ひとついいかな。

 僕、カイトがひとつ勘違いしてることに気づいたんだ」


 それに心当たりが無かったので、俺は首を傾げながら、発言の詳細を問い返す。


「勘違い……? 何の話だ?」


 それに悟は、軽くひと呼吸置いてから告げた。

 思い切った様子で明確に、俺と『彼女』にまつわるひとつの事実を。


「望月さんが好きなのは、僕じゃなくてカイトだからね?」


 極めてストレートなその指摘を受けて、俺は思わず言葉に詰まる。

 なぜならそれが、全く心当たりの無い話ではなかったから。

 『あり得ないだろそんな事』と、簡単に笑い飛ばせなくなっていたから。

 以前であればきっと、迷わず否定していたはずなのに。


 いやもちろん、最初は気づいていなかった。

 望月さんが自分に好意を持ってくれている、なんて夢にも思わなかったのだ。

 彼女が俺の『死』を、人目も憚らず激しく嘆き悲しんだ、と聞くまでは。


 そう、彼女は俺が『死んだ』ことを、声を上げて涙を流すほど悲しんだらしい。

 しかもその後、まともに会話もできなくなるくらいに、ひどく落ち込みもしたとか。

 俺という存在が失われたことに対し、それだけ強いショックを受けたのだろう。


 その話を聞いて、さすがの俺でも察することになった。

 自分が彼女に、どう思われていたのかを。

 自分が彼女にとって、どんな存在だったのかを。

 否定も疑いも、一切できなくなるくらい明確に。


 それは無論、とてつもなく嬉しい事実であったのだが。

 しかし同時に、この上ない無力感を覚えてしまう現実でもあった。

 現状の自分が、望月さんに何もしてやれていないがゆえに。

 あんな約束――『絶対に守る』とか何とか――をしておきながら、結局役立たずでしかない己が、腹立たしくてしょうがなかったのである。


 しかも聞くところによれば、彼女はその落ち込みから、自力で立ち直ったらしいではないか。

 俺が想像していたよりも、ずっとずっと強い人だったわけだ。

 ならば本当は、最初から自分なんて必要なかったんじゃないか……という疑念に囚われ、俺の自信喪失は加速するばかりだった。


 ただそうして己の不甲斐なさを思い出し、改めて落胆する俺に、悟は優しい言葉をかけてくれる。


「きっと望月さん、カイトのこと待ってるよ。

 行ってあげないの?」


 言われるまでもなく、本音を言えばそうしたい。

 自分を想っていてくれた彼女に、自分も同じ気持ちだと伝えたい。

 それは確かに、今の俺の正直な願望である。


 でも――


「……今さらそんな事して、何になるんだ。意味ないだろ」


 残念ながら、それで何かが変わるわけでもない。

 俺が彼女にしてやれることは、もうひとつとして残っていないのだから。

 全ては後の祭り、会いに行ったところで無意味に終わるだけなのだ。


 しかしそうネガティブ思考に走る俺を、悟は粘り強く説得し続けた。


「そんな事ないよ。

 彼女、カイトが会いに来てくれたら、それだけですごく喜ぶと思うよ。

 絶対今も、カイトに会いたがってるはずだから」


 その一言で、ちょっとだけ……いや、かなり心が揺れる。

 本当にそうだろうかと疑いつつも、でも確かに可能性は否定できない、なんて期待をしてしまったのだ。


 それで思わず、俺は悟に問い返していた。


「……何もできなかったのにか?」


「うん」


「これからだって、何もしてやれないのにか?」


「うん。たぶん、側に居てくれるだけでいいって思ってるよ」


 あまりに楽観的に思えるその答えは、さすがに鵜呑みにはできなかったが。

 でもやっぱり、そうならいいと思ってしまう。

 それが事実であったらいいのに、と願ってしまう。

 例え都合の良い考え方でも、こいつが言うのなら正しいのかも、という信頼があったから。


 だから俺は、少しだけ、いや結構迷った後――


「……そうか」


「うん」


「……そう、なのか」


「うん」


「……本当に?」


「うん」


 ためらいを振り払い、悟に告げた。

 自分の素直な気持ちを、ちょっと素直じゃない言い方で。


「……じゃあまあ、行ってみるかな」


 悟はこの上なく嬉しそうに、その俺の答えに同意してくれる。

 言葉の隅々にまで、励ますように力を込めながら。


「うん、行こう」


 すると直後、まるでそのタイミングを見計らったかのように、倉田先生が俺達全員に呼びかけてきた。


「さあみんな、そろそろ時間だよ」


 それを受けて誰もが、一斉に先生へと視線を注ぐ。

 何かを察したような、あるいは覚悟したような表情で。


 先生はそんな俺達を落ち着かせるように、穏やかな口調で話を続ける。


「君達はこれから、この学校を旅立たなくちゃいけない。

 もうここには、あまり長く居られないからね。

 名残惜しいとは思うけど、出発しようか」


 いよいよ『卒業』の時が来た、というわけだ。

 わかっていた事ではあるが、実際その瞬間が来てみると、やはり寂しさを感じずにはいられない。

 もう少し先延ばしにしても良いのでは、という気持ちは、正直なところかなりあった。


 しかし今の先生の、『ここには長く居られない』という発言は、やはり事実だろう。

 だってこの学校の外では、未だに激しい戦いが続いているのだから。

 最後の想い出を悲しみで染めないためにも、今この瞬間に、皆で旅立っておくべきであるのは間違いない。


 ゆえにやむなく、俺は未練を振り払って、いったん姿勢を正して立つ。

 そして倉田先生に深く一礼してから、意を決して歩き出し、職員室の入り口に向かった。

 もう迷わないよう、まっすぐ前だけを見て。


 無論それには、他のクラスメイト達も続く。

 流れる涙を拭ったり、表情を固く引き締めたり、寂しげに唇を噛んだりしながら。

 もちろん、先生に深々と礼をするのも忘れずに。

 そしてみんな揃って、この場所から立ち去る……


 ……と、俺は思っていたのだが。

 しかしそこで、予想外の事態が発生した。

 突然栗原が声を上げ、奇妙なことを言い出したのである。


「あれ? 先生は行かないの?」


 それに驚いて先生の方を振り向くと、確かにそこには、先ほどから一歩も動いていない先生の姿があった。

 口では『出発しましょう』と言っていたのにも関わらず、自分はそうしていなかったのだ。

 当然それが疑問だったので、俺は答えを求めて、他の皆と共に先生を見つめる。


 先生はちょっと言いづらそうにしながら、そんな俺達の問いかけに応じた。


「私は……一緒には行けないんだ。

 君達とは、何て言うか……行く場所が違うからね。


 でも気にしないで。

 先生というのはいつだって、自分の生徒を見送るだけで、同じ場所へは行けないものなんだよ。

 だからどうか、君達は自分の道を進んでください」


 『行く場所が違う』――その言葉の意味するところは、正直に言ってよくわからない。

 ただ何となく、あまり考えない方がいい話のような気もする。

 きっともう、どうしようもない事のはずだから。


 だから俺は、それ以上問いを重ねることなく、もう一度先生に礼をしてから、再び歩き出した。

 他の皆も、互いに顔を見合わせたりしつつも、同じく先生に一礼して俺の後を追う。

 まさしく卒業式を終えた生徒達が、先生に見送られて旅立つ時のように。


 もっとも春日井だけは、わずかにためらう素振りを見せた。

 皆が動き始めても、独り立ち止まったまま、倉田先生をじっと見つめていたのだ。

 まだ言い残したこと、やり残したことがある、という内心がにじみ出た態度である。


 しかしなぜか、倉田先生がそれに気づいて何か言おうとした瞬間、即座にごまかすような微笑みを浮かべる。

 そして直後、優雅な動作で振り向くと、早足で歩き出してしまった。

 先生と何の言葉も交わすことのないまま、未練など一切無いという雰囲気で。

 その胸中は計り知れないが、端から見ている分には、おそろしく見栄っ張りなやつだという印象しかない。


 そんな様子を目にしつつも、ただ自分が口を出す問題でもないので、俺はすぐ自身の目的に戻る。

 歩みを止めることなく職員室を出て、そこからさらに廊下を進んでいったのだ。

 あのいつも通っていた、お馴染みの古びた教室を目指して。

 そこにいるはずの、会っておかねばならない人と会うために。


 もちろんそこで、実際に彼女と会ったところで、もう気持ちを伝えることはできないのだけど。

 まともに言葉を交わすことや、互いの顔を見ることさえ、今は困難なのかもしれないけど。

 それでも定めた決意に従い、彼女の側に寄り添うため、俺はまっすぐ前を向いて歩み続けた。


 するとそうして廊下を進み、教室まであと少しという場所に至った、その瞬間――


(あ……この、歌は!)


 いつか俺が、望月さんの前で口ずさんだ、馴染みのある歌が聞こえてきた。

 自分の失態をごまかすため、『卒業ソング』として提案したあの歌である。

 どうやら彼女、あの時のことを覚えてくれていたらしい。


 だからこそ今、この学校からの卒業となるタイミングで、あれを歌ってくれているのだろう。

 クラスメイトみんなの、そして自らの旅立ちを祝うために。

 おかげで『自分が忘れられていなかった』ことを実感できたので、自然と心に嬉しさが込み上げてくる。


 その気持ちに押されて、すぐさま俺は走り出した。

 愛しい人の元へと、共にその門出を祝うために。

 例えそれが、もはや何の意味の無い行為だとわかっていても。

 それでも真摯に、かつて交わした約束の通り――


(ああ……絶対に、俺が守ってみせるから!)



 最後まで、彼女を守り抜くために……








 以上で番外編も終了、本作品は正式に完結となります。

 最後の最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

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