Fragment-4
更新履歴 21/11/17 文章のレイアウト変更・表現の修正
地球という故郷を奪われ、月に移住してからも、私の生活は相変わらずだった。
未来ある若者達を、続々と死地に送り出していたのだ。
望むと望まざるとに関わらず、その自由意志を踏みにじって無理やりに。
そう、その頃にはもう、『順化調整』の技術は実用化されていた。
彼らは自分でも気づかぬまま、凄惨な戦場へと送り込まれていたのである。
人としての自由と尊厳を奪われ、まるで操り人形か何かのように。
ちなみにその際、兵士として若者達を使っていた理由は、記憶のコントロールが容易だから。
実のところ『順化調整』は、対象の脳が成熟していればいるほど、干渉が困難になるのだ。
書き換えるべき記憶の量が増えることで、その難易度も上昇していく、というところだろうか。
一応不可能ではないとのことだが、しかし無理にやれば精神に異常を来す――人格が豹変したり、躁鬱状態になったり――するリスクがあるため、あまり推奨はされていないらしい。
だからこそ、被験者には思春期の少年少女が選ばれた。
戦えないほど幼くはなく、しかし操作が難しくなるほど成熟してもいないので、駒として使い捨てるのに最も都合がよかったわけだ。
どれだけ唾を吐きかけても足らぬ、常軌を逸した悪魔的所業と言うしかない。
だが自分もまた、それを成した者達の一員である。
人を人も思わぬやり方を平然と行う、悪鬼羅刹の一人なのだ。
その拭えぬ罪悪感に、私の心はますます引き裂かれていった。
ただそれでも、何か具体的な行動を起こすことはなかった。
そのための気力が、すでに失われた後だったから。
ゆえに私は、日々何を考えることも感じることもなく、ひたすら己の仕事をこなすだけの存在になっていた。
しかし無慈悲にも――あるいは慈悲深いからこそか――運命の女神は、私にそういう怠惰な生き方を許さなかった。
死んでいた心を刺激し、否応なく蘇らせる、新たな試練を与えてきたのだ。
まだ何も終わっていない、貴様の償いはこれからだ、と宣告でもするかのように。
その試練は、私がいつものように仕事へ取りかかるため、新たな兵士候補のリストを見た時に起きた。
私は渡されたリストの中に、とても良く知るふたつの名前を発見してしまったのである。
『春日井真那』『斉川雅幸』
そう、つまりはかつての生徒達の名が、そこに記されていたのだ。
これから自分が死地へと導く、何より哀れむべき犠牲者の一員として。
きっと彼らの方は、そんな恐ろしい事実など知る由もないままに。
当然その瞬間、私は脳と脊髄に、雷で撃ち抜かれたような衝撃を受けた。
かつて平和な頃に受け持っていた生徒達を、自分がこの手で死なせてしまうかもしれない、という恐怖によって。
それは乾ききっていた死にかけの心を、再び鳴動させ始めるのに十分な一撃だった。
つまりはそこで、ようやく正気――あるいは人間の心を取り戻したのである。
ゆえにすぐさま、私は激しく後悔した。
(私は……私はなんて馬鹿なことを……!)
これから自分がしようとしていた事の、この上ない愚かさと非道さを、改めて実感したからだ。
ずっとこんな事を繰り返してきたのか、それで何人死なせたんだと、そのおぞましさに体の芯から身震いするばかりだった。
これはやはり、いくら『人類を守るため』などと言い訳をしても、決して許されない悪行だろう。
いやもちろん、人類を守ろうとするのが悪いわけではない。
そのために最善の手を尽くすことを、頭から否定しているのではない。
それは何ひとつ間違っていない行為だし、むしろ積極的に行うべきと言ったっていい。
しかし仮に、そうであったとしても――
(先に死ぬべきは、私の方だ……!)
これでは絶対的に、『順序』が違うのだ。
もし死ぬのであれば、若者達よりも先に、長生きしている方――私が死ぬべきなのだ。
それがやはり、物事の筋としても、人としての有り様としても正しいものだろう。
彼らだけを戦わせて、自分は生き延びようと考えるなんて、ただただ醜悪でしかない。
その事実を理解した私は、瞬時に固く決意した。
(絶対に、救ってみせる!)
大切な自分の生徒達――過去も現在も含めて、一人残らず全員――を、死の運命から救い出す、と。
本来なら奪われるべきではないその未来を、己の全てを懸けて必ず守り抜く、と。
例えその道が、どれだけ苦しく、またどれほどの代償が必要かわからぬとしても。
そうはっきりと、燃え盛る情熱に後押しされて誓ったのだ。
もちろん、そんな決断をしたところで、私が生徒達にしてやれることは少ない。
AIの軍団に勝たせるとか、軍を抜けさせて安全な場所に逃がすとか、そういう直接的な救出は望むべくもないのだ。
この戦争が続く限り、彼らを救い出すのは不可能と言ってもよかった。
だが一方、戦争が終わった後であれば、私にだってできることがあった。
人類が月から去った後であれば、自分の生徒達にしてやれることが生まれるのだ。
そこにはもう、駒として戦えと命じる者も、理不尽に自由を奪おうとする者もいないから。
彼らの未来を守りたいのならば、そのタイミングで行動を起こし、どうにかして安全な場所へと逃がすべきだろう。
だから私は、そう決意した後すぐ、そのための準備に取りかかった。
具体的には、月から脱出する際に使う宇宙船の手配や、前線から月に戻るための装備の調達、さらには先行した本隊の予定航路のデータ、などなど……
自身の乏しい権限と細い人脈、そしてなけなしの知識を総動員し、それらの情報と物資を集めていったのである。
もちろん自分だけでは無理だから、多くの人に協力を仰いだ。
死にゆく若者達を救いたい、だから力を貸してくれないか、と。
そう顔見知りに――場合によっては見知らぬ人にさえ――依頼し、力を貸してもらおうとしたのだ。
ただし当然、一筋縄ではいかなかった。
なぜなら私のその行動が、当時の人々の常識と、あまりにかけ離れたものだったから。
まず戦争に協力せず、むしろその害になるような依頼をしたことで、『人類の敵』と非難された。
次に常識外れな行動をしたせいで、『頭のおかしい奴』と認識され、敬遠されたり無視されたりした。
あるいは無謀なその計画を、『どうせ失敗するだけの無意味な努力』と、一方的に蔑まれ嘲笑された。
さらに絶望に囚われた人から、『今さらそんな事をしてどうするんだこの狂人め』と、憎まれ罵られることもあった。
それは誰もが自分の事で精一杯な世界では、きっと仕方の無いことだったのだろう。
だがそうしていくら否定されようとも、私は決して諦めなかった。
どんなに自分が傷付こうと、どれだけその試みが危険だろうと、それを歩みを止める理由にはしなかった。
だってその時にはもう、諦める自体理由を失っていたから。
すでに心が死んでいたから、恐れるものなど何も無かったのである。
ゆえに迷わず、周囲の人々の説得を続け、結果として徐々にだが味方を増やしていった。
そう、実は罵倒と嘲笑と無視の嵐の中でも、わずかながら協力を申し出てくれる人がいたのだ。
実は自分も同じ気持ちだった、是非何か手伝いをさせてくれないか、と。
身の危険を感じて怯えながらも、しかしその目に確かな情熱を宿して。
そんな風に賛同してくれる人がいたのは、おそらく皆、私のように心を痛めていたからだろう。
自覚すら無いまま、無惨な死を遂げていく若者達の姿に。
現状を許してはいけない、何か変えねばならぬ、と考えていたのは同じだったわけだ。
その彼らの協力のおかげで、私の目論見は一気に進み、なんと独自の脱出計画の目途が立つほどになっていた。
だが無念にも、そこでタイムリミットが訪れた。
本来後方支援要員である私にも、従軍の命令が下されたのだ。
素人同然の存在を前線に出すなんて、人手不足ここに極まれり、という感じである。
となれば当然、私もまた『順化調整』を施されるのだろう、ということは容易に想像できた。
私が軍の命令に逆らったり、あるいは勝手に逃げたりしないように。
しかも若者達より激しい、おそらく正気を保つのも難しくなるほどの強度で。
要はしてやれることがなくなるどころか、積極的に彼らを害する可能性すら出てきてしまうわけだ。
せっかくここまで来たのに、後もう少しだけ時間があれば、と地団駄を踏んで悔やむばかりだった。
しかしそれでも、私の胸に絶望は無かった。
なぜなら同志達――自らの果たすべき使命を、しっかりと継いでくれる人がいたから。
彼らなら必ず生徒達を助けてくれるはず、と確信していたおかげで、今度はしっかりと踏ん張れたのだ。
いやむしろ、後はそれを信じて己の仕事を果たすのみ、という穏やかな心持ちでさえあった。
もちろんだからと言って、そのまま素直に命令に従うつもりもなかった。
理不尽な要求に対しては、全身全霊を投じ、最後まで抵抗してやろうと思っていたのである。
ほんの少しでもいいから、生徒達にしてやれることが増えるように。
例え自我が揺らぎ、自分が自分でなくなるほどの洗脳を施されようとも。
そのために私は、これから己に絶え間なく言い聞かせるつもりだ。
自分は軍人ではない、と。
自分の仕事は、若者の未来を奪うことではなく、それを守り祝福することなのだ、と。
そう強く自覚し続け、どうにか強制される過酷な運命をはねのけてみせよう。
ああそうだ、だって私は、私は――
「あの子達の、『先生』なんだから!」




