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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-02 『Discoverer』
17/173

Section-3

更新履歴 21/9/11 文章のレイアウト変更・表現の修正。


「では、記録係は木原君で」



 自身の役割を事務的な口調で告げてくる、志藤明のその呼びかけに、俺は力なく曖昧な返事をした。


「ああ……うん」


 度を超して古びた佇まいの、相変わらずみすぼらしい我らが教室の隅にある、自分の席から。

 卒業式について意見を交わす、他のクラスメイト達の姿とは裏腹の、完全なる上の空という状態で。

 無論、先ほどの失態のショックを、未だに引きずっているせいだ。


 そんな俺を置き去りにして、志藤の発した次なる提案と共に、ホームルームは淡々と進んでいく。


「役割分担については、以上ですね。

 それでは次、式のプログラムについて考えていきましょう。


 もちろん、だいたいのところはすでに決定済みなのですが……

 他にも何か、式の途中や前後にやりたいことはありますか?」


 志藤のその、意外と前向きな呼びかけに、すかさず手を挙げ元気良く答えたのは――


「はい! 先生!」


 クラスメイトの一人、栗原真希だ。

 それに対して志藤は、冷静さを保ったまま、しかし律儀に突っ込みを交えて応じる。


「私は先生ではないですけど……何ですか、栗原さん」


 そこに栗原は、かなり突拍子もない提案をぶちこんできた。


「卒業旅行に行きたいです! みんなで!」


 当然言われた方は、意表を突かれた顔で、呆けたように呟くのみだ。


「卒業旅行……ですか?」


 その隙を突くかのように、続けてそこへ、柳井満が素早く割って入ってくる。


「いいね~、卒業旅行。俺も行きたい。

 みんなで行こうよ、最後の思い出作りに」


 そしてそのまま栗原と、たいへん適当なやり取りを始めた。


「だよね! やっぱりいいよね、卒業旅行!

 行くなら、どこがいいと思う?」


「そうだな~、大切な記念だしな~……いっそ豪華に、海外とか行っちゃう?

 最高じゃない?」


「うん、それ最高! 柳井君冴えてるね!」


 適当極まるそのやり取りを、志藤はしばらく黙って聞いていたが。

 しかしやがて、タイミング良く二人の間に割り込むと、容赦なくそれを切り捨てる。


「残念ですけど、そんな予算はありません。時間的余裕もありません。

 よって、却下します」


 その取りつく島もない回答に、二人は不満そうに抗議を行っていた。


「ええ~……」

「ノリ悪いよ~、志藤ちゃん……」


 そうした呑気な掛け合いこそ、まさしく俺の周りの日常風景――ふと退屈さを感じてしまうくらい、いつもと何ひとつ変わらぬ、我らがクラスの姿である。


 またその後は、斉川雅幸による妥当な提案が、春日井真那のアイデアを加えて完成する。

 それを最終的な結論として、卒業式に関するこの相談は、一応の着地点を見出した。


 これで主たる議題は、あとひとつを残すのみ。

 間もなくこの、賑やかなホームルームも終わりを迎えることだろう……


 ……と、俺は独り、心の中で考えていたのだが。

 しかし次いで耳に、志藤の発する、全く想定外の言葉が飛び込んでくる。


「それじゃあ、とりあえず今回はここまでに。

 もう時間だし、みんな行きましょう」


 それを聞いて、俺はなぜか突然、彼女の発言に対し疑問を投げかけてしまった。

 自分でも驚くほどの、やたらと大きな声で。


「え? もう?」


 その瞬間、志藤のみならず、クラス全員が俺に視線を向ける。

 揃いも揃って、『急にどうした?』という顔をしながら。


 そんな皆の気持ちを代弁するように、すぐさま志藤が、俺の意図を確かめてきた。


「……木原君? どうかしましたか?」


 そこで俺は、慌てて彼女の問いに応じ、浮かんだ疑念を素直に告げる。

 自分がまたも奇妙な行動を取ってしまったことに、激しく動揺しながら。


「ああ、いや、ええと……今回の議題って、これだけだったか?

 他にも何かなかったっけ?」


 彼女はその俺の質問に、訝しげな表情であっさりと答えた。


「はい、その予定ですけど……」


 なので俺はそれを、『そんなはずはない』と反射的に否定――


(……あれ?)


 ――する、つもりだったのだが。

 ただすぐに、自分の認識より彼女の言葉の方が正しい、という事実に気がつく。


 だってこのホームルームは、あくまで卒業式について相談するためのものであり、それ以外の目的は存在していない。

 ならばひと通りの意見が出た現状、閉会するのは当然のことなのだ。

 志藤の行動はひどく妥当なものだった、というわけである。


 しかしだとすると、いったいどうして、俺はそういう流れを誤りと感じたのだろう。

 何に対して、『そんなはずはない』という印象を抱いたのだろう。

 その疑問は、あっという間に胸の内で膨張し、心を隙間なく埋め尽くしていった。


(何だ……? 何か、引っかかる……)


 ゆえにそのまま、俺は独り、じっと沈黙して自問自答に耽る。

 怪訝な表情でこちらを眺める、クラスメイト達の視線を無視して。

 何がわからないのかもわからない状態で、必死に答えを探し続けたのだ。


 するとその奇怪な時間の果てに、それに輪をかけて珍しい、とてつもなく不思議な事態が発生した。


「どうしました、木原君?

 何か気になることでもあるのですか?」


 なんとあの、やる気皆無な生粋の昼行灯――クラスのことは志藤に任せて、いつもこちらを見守るだけ――の倉田先生が、突然話しかけてきたのだ。

 おまけにいかにも教師、という風のひどく真剣な表情で。


 そのかつてない異変には、さすがの志藤も驚きを隠せなかったらしい。

 彼女はすぐさま彼の方を振り向くと、忙しなく目を瞬かせながら、その横顔をじっと凝視し始める。

 いつもの冷静さはどこへやら、こちらも珍しく取り乱した振る舞いである。


 まあきっと、それだけ倉田の行動が意外だったのだろう。

 生徒の心配をして驚かれる教師、というのもずいぶんと特殊だが。


 そして一方、俺の方はと言えば、返答に窮して黙り込むのみだ。

 一応は教師である彼から、しっかり行動の意図を問い質されると、根拠があやふやな状態では答えようがなかったから。

 なので俺は、やむなく矛を収め、そのまま撤退するしかなくなった。


「ああ……いえ、すいません。何でもないです」


 それからすぐ、後悔と共に顔をうつむかせ、自分の後ろに目を向ける。


(参ったな……)


 未だにこちらへ集中している、まだどこか物言いたげな表情の倉田先生や、他のクラスメイト達の視線から逃れるため。

 まるでその先にいるはずの誰かへ、助けを求めたかのように。


 とは言え当然、誰の席でもないそこには、人間どころか机も椅子も見当たらない。

 向けた俺の視線は、行き場なく空中をさ迷うのみだ。

 相変わらず、我ながら意味不明な行動である。


 そんな風に、頭と体がちぐはぐな自分に対し――


(……なんて言うか、あれだな)


 俺はついに、ひとつの裁定を下した。


(もうずっと、静かにしてた方がいいな……)


 何か疑問や違和感が生じても、決してそれにこだわることなく、可能な限り受け流していこう。

 事ここに至って、ようやくそう決意を固めたのだ。


 なぜならこのままいつも通り行動していると、必ずまた変な行動を起こし、ますます周りに冷たい目で見られてしまうから。

 それでどんなに心が乱れようと、全て無視した方がいい、と判断したわけである。


 するとそう、思い切った決断を下したおかげか――


(……なんか、楽になったな)


 ずっと重く沈んでいた心に、ふといつもの軽快さが戻ってくる。

 消化不良による胃もたれが、突如跡形もなく消え去った、とでも言うべき状態になったのだ。

 どうやら考えすぎないようにする、という選択が功を奏したらしい。


 それによりもたらされた爽快な気分を、俺が存分に味わっていると、そこへ――


「……じゃあ、改めて。みんな、行きましょうか」


 ホームルームの終了を告げる、志藤の言葉が聞こえたので、俺はすぐそれに応じた。

 同じく行動を開始した、他のクラスメイト達と共に、自分の席から立ち上がったのだ。

 後はもう、日頃と同じ行動を取るだけでいいという事実に、謎の安心感を覚えながら。


 だがその瞬間、突然背中越しに、久保擁介の声が届く。

 まるで楽な方向へ流されかけた俺を、何かが強く引き止めたかのように。


「木原君」


 それに反応して、彼の方を振り向いた俺に対し、呼びかけを発したその当人は――


「はい、これ」


 手のひら程度の大きさがある、何か黒い塊のような物を差し出してきた。

 俺はそんな彼に、ぼんやりと返事をしつつ、反射的に手を出してそれを受け取る。


「ん……? ああ」


 久保はそれを見届けてから、念のためにという口調で、軽い注意点のようなものを告げてきた。


「式までに一応、ちゃんと動くかどうかチェックしておいてね。

 別に壊れてはいないと思うけど、結構古い物だから。

 じゃあ、よろしく」


 そしてその言葉だけを残し、さっと立ち去っていく。

 そんな彼を見送りながら、俺はふと、自分に課せられている役割を思い出した。


(そうか……俺、記録係だったな)


 ホームルーム中は上の空だったので、はっきりとは覚えていないのだが。

 しかし確かにそう決まったはずだ、という記憶がある。

 彼はきっと今、そのための道具を手渡してきたのだろう。


 そう気付いた俺は、早速自分の手元へ視線を落とし、その渡された何かに注目した。

 本当に何気なく、そこに特別な物があるとは夢にも思わないままで。


 ただ視界の中心にそいつの姿を捉えた、まさにその直後――


(……あ?)


 突如として胸の辺りに、心臓を見えない槍で貫かれたかのような感覚が生じる。

 それは感じた瞬間、思わず大声で叫び出しそうになるほどの、凄まじい衝撃だった。


 俺にそこまで強いショックを与えた物の正体、それは――


(こ、れ、は……!)


 骨董品を引っ張り出してきたのか、と思ってしまうくらい古い型の、シンプルで飾り気のない、ハンディサイズのビデオカメラだ。

 おそらくは卒業式の様子を撮影するため、俺に渡された道具である。


 そう、ただそれだけ。

 本来なら、ただそれだけの物であるはずなのだが――


(う……ぐ……!)


 なぜだかこれを見ていると、心が激しく掻き乱される。

 脈がどんどん速くなり、加えて全身から冷や汗が噴き出してくるほどに。

 最終的にはなんと、立っているのさえ苦しくなってきた。


 しかもそうして、心身に異変が生じた直後、突然脳裏に奇妙な光景が浮かんでくる。


(あ……? 何だこれ……?)


 それはこのカメラを手元へ置いて、一心不乱に操作する誰かの姿だ。

 感触からしてどうも、過去の記憶か何かが、不意にフラッシュバックしてきたらしい。


 しかしなぜか、俺はその人物のことを、さっぱり思い出すことができない。


(こいつ……誰だ?)


 雰囲気とか所作とかに、確かな親しみを感じるにも関わらず、顔も名前も全くわからぬのだ。

 見覚えがあるのに知らない人、なんて実に不思議な感覚である。

 果たしてこの人、いったいどこの誰なのだろうか……


 ……などとしばし、その謎めいた自身の異変に翻弄され、俺は独り苦しみ悶えていたのだが。

 そんな様子を見かねたのか、なんと――


「あの……木原君? どうしたんですか?

 すごく顔色が悪いみたいですけど……」


 ひどく憂いを帯びた口調で、急に望月さんが話しかけてきた。

 その声音からして、どうやら俺の体調を心配してくれているようだ。

 それほど今の俺は、異様な状態に見えるらしい。


 となればここは、何とかうまく言い繕って、無難に切り抜けたいところである。

 これ以上、彼女に見苦しい姿を見せることのないように。

 先ほど金輪際変な行動を取らない、と決めたばかりなわけだし、どうにか踏ん張るとしよう。


 ゆえに俺は、可能な限り声の震えを抑えて、必死に何気ない風を装う。


「ん、ああ、いや……別に、なんでもない。

 大丈夫大丈夫」


 だが彼女は、その俺の答えを聞いても、腑に落ちないという表情を見せるのみだった。

 否定の仕方がわざとらしすぎて、疑念を拭えなかったからだろう。

 こうなると何か、別に説得力のある言い訳を考え出さねばならない。


 そこで俺は、慌てて作戦を変更し、かなり無理のあるごまかしを絞り出した。

 先のホームルームで論じられていた、とある議題にかこつけて。


「ああほら、考えてたんだよ。

 その……カラオケで何を歌うかさ。

 卒業ソングだろ……あ、そうだ。これなんかどうかな」


 そしてすかさず、とっさに思いついた曲を、軽く鼻歌にして口ずさむ。

 正確な名前を知らないので、そうするしかなかったのだ。


 ちなみにそれは、卒業式などでよく使われる曲であり、一般的にもかなり馴染みのある歌だ。

 提案として自然だし、きっと話を逸らせることだろう。


 しかし、そんなこちらの目論見とは裏腹に――


(あれ……?)


 そうやって俺が実際に歌ってみせても、彼女から特にコメントは無かった。

 ちょっと驚いた顔になって、軽く目を瞬かせるだけだったのである。

 そこにリアクションと呼べるものは、全くと言っていいほど見当たらない。


 その彼女の反応を見て、俺は唐突に気がつく。


(……子どもっぽかったか)


 自分の提案した歌が、高校生にはやや相応しくないものであることを。

 よくよく考えてみれば、小学生が卒業式で歌うような曲だったのだ。

 これはさすがに、感覚がズレていると言うより他はない。


 また知り合いの男が、突然目の前で歌い出せば、彼女でなくともそりゃあ驚くだろう。

 何と返せば良いのかわからず、困り果てて黙り込むのが当然だ。

 要は焦って狼狽した挙げ句、再びおかしな行動を取ってしまったわけである。


 そんな己の、学習能力皆無な失態を――


(またやってしまった……)


 内心で猛烈に後悔しつつ、俺は急いで先ほどの提案を取り下げた。

 恥ずかしさのあまり、大きく目を逸らしてうつむきながら。


「あー……いや、そうだな。ちょっと子どもっぽいよな、これ。

 ハハ、忘れて忘れて……」


 ただそんな俺の態度に、少なからず罪悪感でも覚えたのか。

 次いで望月さんは、ちょっと慌てた風になると、なんとその的外れな提案に賛同してくれる。


「そんなことないよ。だってそれ、すごくいい歌だもん。

 私もその歌、みんなで歌いたいな」


 その瞬間、まるで全力疾走をした後のごとく、心臓が猛烈に拍動し始める。

 想い人からの思わぬ応援に、思い切り動揺してしまったからである。

 胸の内はもう、赤面していたらどうしよう、という不安で隅々まで一杯だ。


 そうして完全に冷静さを失った結果、俺は望月さんの言葉に、ひどく曖昧な返事しかできなくなってしまった。

 せっかく自分の意見を肯定してくれたと言うのに、である。


「そ……そっか……うん、ありがとう……」


 そんな不甲斐ない俺を、彼女は少し楽しそうにも思える雰囲気で、そっと見守っている。

 その穏やかな状況が、幸せなのやら居たたまれないのやらで、俺の方はますます挙動不審になるのみだった。

 もうちょっと格好つけられんのかと、自分へ厳しく突っ込まずにはいられない。


 ただそこへ、実にタイミング良く、教室の入り口の方から無遠慮な声が到来する。

 おかげで俺は、その天国と地獄の合わさったような、嬉し恥ずかしな状態から解放されることになった。

 

「のどかー、そろそろ行こー」


 望月さんを呼ぶ、美山涼の声だ。

 彼女はその呑気な誘いに、親しげな様子で答えた後――


「うん、今行くー」


 こちらに向き直り、軽く別れの挨拶を告げてくる。


「じゃあ、お先に」


 そして何とかそれに応じた、俺の短い返事を聞いてから――


「ああ」


 上品な微笑みだけを残し、静かに去っていった。

 こちらとしてはやっぱり、黙ってその後ろ姿を見送るのみだ。


 まあ内心で、『もう少し話していたかった』と残念がったり、『恥の上塗りをせずに済んで良かった』と安堵したり、色々な感情に振り回されながらだが。


 そんな風に心を激しく掻き乱す、望月さんとの会話を終えると、周りが急に静かになる。

 すでに俺以外のクラスメイト全員が、この教室を離れているからだ。

 であれば当然、ずっとここにいる意味は無いわけだし、さっさと自分も動き出した方がいいだろう。


 ただ心身がこんな状態では、また何かやらかすかもしれなかったので――


(ふー……)


 俺はゆっくりと深呼吸を繰り返し、未だ暴れ回る心臓が落ち着くのを待った。

 そしてそれを果たしてから、改めて行動を開始する。

 まずはと例のビデオカメラを、自分の机の上に置いたのだ。


(これは……まあ後でいいか)


 もちろん動作チェック、という仕事を忘れたわけではなかったが。

 でも急ぎの用件ではないし、たぶん後回しにしても構わないはず、と思ったのである。


 だがそうしてカメラを置き、まるで何かから逃れようとするみたいに、俺が一歩を踏み出した……まさにその瞬間――


(え? あ……?)


 妙にかすれた、ひどく聞き取りづらい声が、不意に頭の中に蘇ってきた。

 深く暗い記憶の底から、一気に意識の表層へ浮かび上がり、脳を揺さぶるほどの大音量で聞こえてきたのだ。


『頼む……あの……カメラ……』


 その何かを訴えかけるような言葉は、俺の体と心をがんじがらめに捉えて、瞬く間に一切の身動きをとれなくする。

 それは突然、この声を無視することは絶対に許されない、という気持ちが芽生えてきたから。

 詳しい理由は不明だが、とにかくそういう気がしてならなかったのである。


 それに引きずられた俺は、早々に前言を翻し、先ほどまでとは真逆の選択を行った。


(……まあ、動くかどうかチェックしておくくらいなら)


 そして夢の中にいるような奇妙な浮遊感を味わいつつ、再びカメラを手に取ると、そのスイッチを入れて起動する。

 なぜこれほどまでに、自分がこいつにこだわるのか、さっぱり掴めないままで。


 そんな風に首を傾げながら、軽くカメラを調べたところ――


(……ん?)


 俺はその内部に、ひとつだけ動画データが残っているのを発見した。

 おそらくは以前、これを使っていた人のものだろう。


 それを見た瞬間、俺は反射的にそいつを開いて、中身に目を通し始める。

 ほぼ無意識のまま、まるでそこに何かあると知っていたかのように。


 その結果として、カメラの付属ディスプレイに映し出されたものは――


(これは……この教室か?)


 飽きるほどに見慣れた、自分が今いる教室の風景だった。

 映像の角度からすると、どうやらカメラは机の上に置かれているようだ。


 またその画面の端には、頻繁に人影がちらついている。

 おそらくこれの持ち主は、自分自身を撮影するため、カメラを机の上に設置したのだろう。

 目的はたぶん、何らかのメッセージを残すことに違いない。


 であればそれは、いったいどこの誰なのか。

 俺達の前に通っていた、この高校の卒業生なのか。

 その人物は果たして、ここにどんな言葉を残していったのだろうか……


 ……などと様々な疑問を抱きつつ、俺は思考を巡らしていたのだが。

 そこに次いで、その姿の見えぬ撮影者が発したのであろう声――ちょっと困っている風の独り言が飛び込んできた。


『ええと……これで、いいのかな?』


 それをはっきり認識すると同時に、俺の全身からは、再び大量の冷や汗が噴き出してくる。

 そのカメラから響く声に、確かな聞き覚えがあったせいだ。


(な……! これはっ!)


 そう、俺は、誰のものかもわからぬこの声を、間違いなく揺るぎなく知っていた。

 誰よりも何よりも、近くでたくさん聞いてきた声だったから。


(ああ……そうだ……知ってる……知ってるぞ!)


 その感覚に心を翻弄され、完全に落ち着きを失う俺の視線の先で、声の主は静かに映像の枠内へ進入してくる。

 そしてカメラの真向かいに置かれている椅子へ、ゆっくりと腰を下ろした。


 そうして俺は、神妙な表情を浮かべて、じっとカメラを見つめるその人物――この学校の制服を纏った何者か――と、正面からまっすぐに向かい合う。

 まるで親友からの相談を、本気で受け止める時のように。


 するとその瞬間、俺の頭の中に――


(あ……ああ……ああああ!)


 頭蓋骨が破裂するかも、と不安になってしまうくらいの強い痛みが発生した。

 まるで脳髄に杭を打ち込まれ、そこから中身を引きずり出されているかのような感覚である。

 そいつはしばし脳内で荒れ狂い、何が起きたかわからず戸惑う俺を、ひたすらに痛めつけていく。


 ただその苦痛の代償として、俺は失ったものを取り戻すことになった。

 穏やかさと懐かしさで溢れながらも、なぜか悲しさと苦しさにも満ちている記憶が、突然復活してきたからだ。


 その多くの思い出達は、すぐさま頭の中で再生され始める。

 それに翻弄された心が、爆発し張り裂けそうになるほどの凄まじい勢いで、この上なく鮮やかに。


 それゆえ俺は、その戻ってきた記憶の中で、いつも自分と共にあったかけがえのない友の名を――


(サ……サ……)


 今はカメラのディスプレイの中で、決意に満ちた顔で佇む本人に向け、力の限り叫んだ。

 まるで己の魂そのものを込めることで、自らの声を相手に届けようとするかのように。



「サトルーっ!」








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