Section-3
更新履歴 21/9/11 文章のレイアウト変更・表現の修正。
「では、記録係は木原君で」
自身の役割を事務的な口調で告げてくる、志藤明のその呼びかけに、俺は力なく曖昧な返事をした。
「ああ……うん」
度を超して古びた佇まいの、相変わらずみすぼらしい我らが教室の隅にある、自分の席から。
卒業式について意見を交わす、他のクラスメイト達の姿とは裏腹の、完全なる上の空という状態で。
無論、先ほどの失態のショックを、未だに引きずっているせいだ。
そんな俺を置き去りにして、志藤の発した次なる提案と共に、ホームルームは淡々と進んでいく。
「役割分担については、以上ですね。
それでは次、式のプログラムについて考えていきましょう。
もちろん、だいたいのところはすでに決定済みなのですが……
他にも何か、式の途中や前後にやりたいことはありますか?」
志藤のその、意外と前向きな呼びかけに、すかさず手を挙げ元気良く答えたのは――
「はい! 先生!」
クラスメイトの一人、栗原真希だ。
それに対して志藤は、冷静さを保ったまま、しかし律儀に突っ込みを交えて応じる。
「私は先生ではないですけど……何ですか、栗原さん」
そこに栗原は、かなり突拍子もない提案をぶちこんできた。
「卒業旅行に行きたいです! みんなで!」
当然言われた方は、意表を突かれた顔で、呆けたように呟くのみだ。
「卒業旅行……ですか?」
その隙を突くかのように、続けてそこへ、柳井満が素早く割って入ってくる。
「いいね~、卒業旅行。俺も行きたい。
みんなで行こうよ、最後の思い出作りに」
そしてそのまま栗原と、たいへん適当なやり取りを始めた。
「だよね! やっぱりいいよね、卒業旅行!
行くなら、どこがいいと思う?」
「そうだな~、大切な記念だしな~……いっそ豪華に、海外とか行っちゃう?
最高じゃない?」
「うん、それ最高! 柳井君冴えてるね!」
適当極まるそのやり取りを、志藤はしばらく黙って聞いていたが。
しかしやがて、タイミング良く二人の間に割り込むと、容赦なくそれを切り捨てる。
「残念ですけど、そんな予算はありません。時間的余裕もありません。
よって、却下します」
その取りつく島もない回答に、二人は不満そうに抗議を行っていた。
「ええ~……」
「ノリ悪いよ~、志藤ちゃん……」
そうした呑気な掛け合いこそ、まさしく俺の周りの日常風景――ふと退屈さを感じてしまうくらい、いつもと何ひとつ変わらぬ、我らがクラスの姿である。
またその後は、斉川雅幸による妥当な提案が、春日井真那のアイデアを加えて完成する。
それを最終的な結論として、卒業式に関するこの相談は、一応の着地点を見出した。
これで主たる議題は、あとひとつを残すのみ。
間もなくこの、賑やかなホームルームも終わりを迎えることだろう……
……と、俺は独り、心の中で考えていたのだが。
しかし次いで耳に、志藤の発する、全く想定外の言葉が飛び込んでくる。
「それじゃあ、とりあえず今回はここまでに。
もう時間だし、みんな行きましょう」
それを聞いて、俺はなぜか突然、彼女の発言に対し疑問を投げかけてしまった。
自分でも驚くほどの、やたらと大きな声で。
「え? もう?」
その瞬間、志藤のみならず、クラス全員が俺に視線を向ける。
揃いも揃って、『急にどうした?』という顔をしながら。
そんな皆の気持ちを代弁するように、すぐさま志藤が、俺の意図を確かめてきた。
「……木原君? どうかしましたか?」
そこで俺は、慌てて彼女の問いに応じ、浮かんだ疑念を素直に告げる。
自分がまたも奇妙な行動を取ってしまったことに、激しく動揺しながら。
「ああ、いや、ええと……今回の議題って、これだけだったか?
他にも何かなかったっけ?」
彼女はその俺の質問に、訝しげな表情であっさりと答えた。
「はい、その予定ですけど……」
なので俺はそれを、『そんなはずはない』と反射的に否定――
(……あれ?)
――する、つもりだったのだが。
ただすぐに、自分の認識より彼女の言葉の方が正しい、という事実に気がつく。
だってこのホームルームは、あくまで卒業式について相談するためのものであり、それ以外の目的は存在していない。
ならばひと通りの意見が出た現状、閉会するのは当然のことなのだ。
志藤の行動はひどく妥当なものだった、というわけである。
しかしだとすると、いったいどうして、俺はそういう流れを誤りと感じたのだろう。
何に対して、『そんなはずはない』という印象を抱いたのだろう。
その疑問は、あっという間に胸の内で膨張し、心を隙間なく埋め尽くしていった。
(何だ……? 何か、引っかかる……)
ゆえにそのまま、俺は独り、じっと沈黙して自問自答に耽る。
怪訝な表情でこちらを眺める、クラスメイト達の視線を無視して。
何がわからないのかもわからない状態で、必死に答えを探し続けたのだ。
するとその奇怪な時間の果てに、それに輪をかけて珍しい、とてつもなく不思議な事態が発生した。
「どうしました、木原君?
何か気になることでもあるのですか?」
なんとあの、やる気皆無な生粋の昼行灯――クラスのことは志藤に任せて、いつもこちらを見守るだけ――の倉田先生が、突然話しかけてきたのだ。
おまけにいかにも教師、という風のひどく真剣な表情で。
そのかつてない異変には、さすがの志藤も驚きを隠せなかったらしい。
彼女はすぐさま彼の方を振り向くと、忙しなく目を瞬かせながら、その横顔をじっと凝視し始める。
いつもの冷静さはどこへやら、こちらも珍しく取り乱した振る舞いである。
まあきっと、それだけ倉田の行動が意外だったのだろう。
生徒の心配をして驚かれる教師、というのもずいぶんと特殊だが。
そして一方、俺の方はと言えば、返答に窮して黙り込むのみだ。
一応は教師である彼から、しっかり行動の意図を問い質されると、根拠があやふやな状態では答えようがなかったから。
なので俺は、やむなく矛を収め、そのまま撤退するしかなくなった。
「ああ……いえ、すいません。何でもないです」
それからすぐ、後悔と共に顔をうつむかせ、自分の後ろに目を向ける。
(参ったな……)
未だにこちらへ集中している、まだどこか物言いたげな表情の倉田先生や、他のクラスメイト達の視線から逃れるため。
まるでその先にいるはずの誰かへ、助けを求めたかのように。
とは言え当然、誰の席でもないそこには、人間どころか机も椅子も見当たらない。
向けた俺の視線は、行き場なく空中をさ迷うのみだ。
相変わらず、我ながら意味不明な行動である。
そんな風に、頭と体がちぐはぐな自分に対し――
(……なんて言うか、あれだな)
俺はついに、ひとつの裁定を下した。
(もうずっと、静かにしてた方がいいな……)
何か疑問や違和感が生じても、決してそれにこだわることなく、可能な限り受け流していこう。
事ここに至って、ようやくそう決意を固めたのだ。
なぜならこのままいつも通り行動していると、必ずまた変な行動を起こし、ますます周りに冷たい目で見られてしまうから。
それでどんなに心が乱れようと、全て無視した方がいい、と判断したわけである。
するとそう、思い切った決断を下したおかげか――
(……なんか、楽になったな)
ずっと重く沈んでいた心に、ふといつもの軽快さが戻ってくる。
消化不良による胃もたれが、突如跡形もなく消え去った、とでも言うべき状態になったのだ。
どうやら考えすぎないようにする、という選択が功を奏したらしい。
それによりもたらされた爽快な気分を、俺が存分に味わっていると、そこへ――
「……じゃあ、改めて。みんな、行きましょうか」
ホームルームの終了を告げる、志藤の言葉が聞こえたので、俺はすぐそれに応じた。
同じく行動を開始した、他のクラスメイト達と共に、自分の席から立ち上がったのだ。
後はもう、日頃と同じ行動を取るだけでいいという事実に、謎の安心感を覚えながら。
だがその瞬間、突然背中越しに、久保擁介の声が届く。
まるで楽な方向へ流されかけた俺を、何かが強く引き止めたかのように。
「木原君」
それに反応して、彼の方を振り向いた俺に対し、呼びかけを発したその当人は――
「はい、これ」
手のひら程度の大きさがある、何か黒い塊のような物を差し出してきた。
俺はそんな彼に、ぼんやりと返事をしつつ、反射的に手を出してそれを受け取る。
「ん……? ああ」
久保はそれを見届けてから、念のためにという口調で、軽い注意点のようなものを告げてきた。
「式までに一応、ちゃんと動くかどうかチェックしておいてね。
別に壊れてはいないと思うけど、結構古い物だから。
じゃあ、よろしく」
そしてその言葉だけを残し、さっと立ち去っていく。
そんな彼を見送りながら、俺はふと、自分に課せられている役割を思い出した。
(そうか……俺、記録係だったな)
ホームルーム中は上の空だったので、はっきりとは覚えていないのだが。
しかし確かにそう決まったはずだ、という記憶がある。
彼はきっと今、そのための道具を手渡してきたのだろう。
そう気付いた俺は、早速自分の手元へ視線を落とし、その渡された何かに注目した。
本当に何気なく、そこに特別な物があるとは夢にも思わないままで。
ただ視界の中心にそいつの姿を捉えた、まさにその直後――
(……あ?)
突如として胸の辺りに、心臓を見えない槍で貫かれたかのような感覚が生じる。
それは感じた瞬間、思わず大声で叫び出しそうになるほどの、凄まじい衝撃だった。
俺にそこまで強いショックを与えた物の正体、それは――
(こ、れ、は……!)
骨董品を引っ張り出してきたのか、と思ってしまうくらい古い型の、シンプルで飾り気のない、ハンディサイズのビデオカメラだ。
おそらくは卒業式の様子を撮影するため、俺に渡された道具である。
そう、ただそれだけ。
本来なら、ただそれだけの物であるはずなのだが――
(う……ぐ……!)
なぜだかこれを見ていると、心が激しく掻き乱される。
脈がどんどん速くなり、加えて全身から冷や汗が噴き出してくるほどに。
最終的にはなんと、立っているのさえ苦しくなってきた。
しかもそうして、心身に異変が生じた直後、突然脳裏に奇妙な光景が浮かんでくる。
(あ……? 何だこれ……?)
それはこのカメラを手元へ置いて、一心不乱に操作する誰かの姿だ。
感触からしてどうも、過去の記憶か何かが、不意にフラッシュバックしてきたらしい。
しかしなぜか、俺はその人物のことを、さっぱり思い出すことができない。
(こいつ……誰だ?)
雰囲気とか所作とかに、確かな親しみを感じるにも関わらず、顔も名前も全くわからぬのだ。
見覚えがあるのに知らない人、なんて実に不思議な感覚である。
果たしてこの人、いったいどこの誰なのだろうか……
……などとしばし、その謎めいた自身の異変に翻弄され、俺は独り苦しみ悶えていたのだが。
そんな様子を見かねたのか、なんと――
「あの……木原君? どうしたんですか?
すごく顔色が悪いみたいですけど……」
ひどく憂いを帯びた口調で、急に望月さんが話しかけてきた。
その声音からして、どうやら俺の体調を心配してくれているようだ。
それほど今の俺は、異様な状態に見えるらしい。
となればここは、何とかうまく言い繕って、無難に切り抜けたいところである。
これ以上、彼女に見苦しい姿を見せることのないように。
先ほど金輪際変な行動を取らない、と決めたばかりなわけだし、どうにか踏ん張るとしよう。
ゆえに俺は、可能な限り声の震えを抑えて、必死に何気ない風を装う。
「ん、ああ、いや……別に、なんでもない。
大丈夫大丈夫」
だが彼女は、その俺の答えを聞いても、腑に落ちないという表情を見せるのみだった。
否定の仕方がわざとらしすぎて、疑念を拭えなかったからだろう。
こうなると何か、別に説得力のある言い訳を考え出さねばならない。
そこで俺は、慌てて作戦を変更し、かなり無理のあるごまかしを絞り出した。
先のホームルームで論じられていた、とある議題にかこつけて。
「ああほら、考えてたんだよ。
その……カラオケで何を歌うかさ。
卒業ソングだろ……あ、そうだ。これなんかどうかな」
そしてすかさず、とっさに思いついた曲を、軽く鼻歌にして口ずさむ。
正確な名前を知らないので、そうするしかなかったのだ。
ちなみにそれは、卒業式などでよく使われる曲であり、一般的にもかなり馴染みのある歌だ。
提案として自然だし、きっと話を逸らせることだろう。
しかし、そんなこちらの目論見とは裏腹に――
(あれ……?)
そうやって俺が実際に歌ってみせても、彼女から特にコメントは無かった。
ちょっと驚いた顔になって、軽く目を瞬かせるだけだったのである。
そこにリアクションと呼べるものは、全くと言っていいほど見当たらない。
その彼女の反応を見て、俺は唐突に気がつく。
(……子どもっぽかったか)
自分の提案した歌が、高校生にはやや相応しくないものであることを。
よくよく考えてみれば、小学生が卒業式で歌うような曲だったのだ。
これはさすがに、感覚がズレていると言うより他はない。
また知り合いの男が、突然目の前で歌い出せば、彼女でなくともそりゃあ驚くだろう。
何と返せば良いのかわからず、困り果てて黙り込むのが当然だ。
要は焦って狼狽した挙げ句、再びおかしな行動を取ってしまったわけである。
そんな己の、学習能力皆無な失態を――
(またやってしまった……)
内心で猛烈に後悔しつつ、俺は急いで先ほどの提案を取り下げた。
恥ずかしさのあまり、大きく目を逸らしてうつむきながら。
「あー……いや、そうだな。ちょっと子どもっぽいよな、これ。
ハハ、忘れて忘れて……」
ただそんな俺の態度に、少なからず罪悪感でも覚えたのか。
次いで望月さんは、ちょっと慌てた風になると、なんとその的外れな提案に賛同してくれる。
「そんなことないよ。だってそれ、すごくいい歌だもん。
私もその歌、みんなで歌いたいな」
その瞬間、まるで全力疾走をした後のごとく、心臓が猛烈に拍動し始める。
想い人からの思わぬ応援に、思い切り動揺してしまったからである。
胸の内はもう、赤面していたらどうしよう、という不安で隅々まで一杯だ。
そうして完全に冷静さを失った結果、俺は望月さんの言葉に、ひどく曖昧な返事しかできなくなってしまった。
せっかく自分の意見を肯定してくれたと言うのに、である。
「そ……そっか……うん、ありがとう……」
そんな不甲斐ない俺を、彼女は少し楽しそうにも思える雰囲気で、そっと見守っている。
その穏やかな状況が、幸せなのやら居たたまれないのやらで、俺の方はますます挙動不審になるのみだった。
もうちょっと格好つけられんのかと、自分へ厳しく突っ込まずにはいられない。
ただそこへ、実にタイミング良く、教室の入り口の方から無遠慮な声が到来する。
おかげで俺は、その天国と地獄の合わさったような、嬉し恥ずかしな状態から解放されることになった。
「のどかー、そろそろ行こー」
望月さんを呼ぶ、美山涼の声だ。
彼女はその呑気な誘いに、親しげな様子で答えた後――
「うん、今行くー」
こちらに向き直り、軽く別れの挨拶を告げてくる。
「じゃあ、お先に」
そして何とかそれに応じた、俺の短い返事を聞いてから――
「ああ」
上品な微笑みだけを残し、静かに去っていった。
こちらとしてはやっぱり、黙ってその後ろ姿を見送るのみだ。
まあ内心で、『もう少し話していたかった』と残念がったり、『恥の上塗りをせずに済んで良かった』と安堵したり、色々な感情に振り回されながらだが。
そんな風に心を激しく掻き乱す、望月さんとの会話を終えると、周りが急に静かになる。
すでに俺以外のクラスメイト全員が、この教室を離れているからだ。
であれば当然、ずっとここにいる意味は無いわけだし、さっさと自分も動き出した方がいいだろう。
ただ心身がこんな状態では、また何かやらかすかもしれなかったので――
(ふー……)
俺はゆっくりと深呼吸を繰り返し、未だ暴れ回る心臓が落ち着くのを待った。
そしてそれを果たしてから、改めて行動を開始する。
まずはと例のビデオカメラを、自分の机の上に置いたのだ。
(これは……まあ後でいいか)
もちろん動作チェック、という仕事を忘れたわけではなかったが。
でも急ぎの用件ではないし、たぶん後回しにしても構わないはず、と思ったのである。
だがそうしてカメラを置き、まるで何かから逃れようとするみたいに、俺が一歩を踏み出した……まさにその瞬間――
(え? あ……?)
妙にかすれた、ひどく聞き取りづらい声が、不意に頭の中に蘇ってきた。
深く暗い記憶の底から、一気に意識の表層へ浮かび上がり、脳を揺さぶるほどの大音量で聞こえてきたのだ。
『頼む……あの……カメラ……』
その何かを訴えかけるような言葉は、俺の体と心をがんじがらめに捉えて、瞬く間に一切の身動きをとれなくする。
それは突然、この声を無視することは絶対に許されない、という気持ちが芽生えてきたから。
詳しい理由は不明だが、とにかくそういう気がしてならなかったのである。
それに引きずられた俺は、早々に前言を翻し、先ほどまでとは真逆の選択を行った。
(……まあ、動くかどうかチェックしておくくらいなら)
そして夢の中にいるような奇妙な浮遊感を味わいつつ、再びカメラを手に取ると、そのスイッチを入れて起動する。
なぜこれほどまでに、自分がこいつにこだわるのか、さっぱり掴めないままで。
そんな風に首を傾げながら、軽くカメラを調べたところ――
(……ん?)
俺はその内部に、ひとつだけ動画データが残っているのを発見した。
おそらくは以前、これを使っていた人のものだろう。
それを見た瞬間、俺は反射的にそいつを開いて、中身に目を通し始める。
ほぼ無意識のまま、まるでそこに何かあると知っていたかのように。
その結果として、カメラの付属ディスプレイに映し出されたものは――
(これは……この教室か?)
飽きるほどに見慣れた、自分が今いる教室の風景だった。
映像の角度からすると、どうやらカメラは机の上に置かれているようだ。
またその画面の端には、頻繁に人影がちらついている。
おそらくこれの持ち主は、自分自身を撮影するため、カメラを机の上に設置したのだろう。
目的はたぶん、何らかのメッセージを残すことに違いない。
であればそれは、いったいどこの誰なのか。
俺達の前に通っていた、この高校の卒業生なのか。
その人物は果たして、ここにどんな言葉を残していったのだろうか……
……などと様々な疑問を抱きつつ、俺は思考を巡らしていたのだが。
そこに次いで、その姿の見えぬ撮影者が発したのであろう声――ちょっと困っている風の独り言が飛び込んできた。
『ええと……これで、いいのかな?』
それをはっきり認識すると同時に、俺の全身からは、再び大量の冷や汗が噴き出してくる。
そのカメラから響く声に、確かな聞き覚えがあったせいだ。
(な……! これはっ!)
そう、俺は、誰のものかもわからぬこの声を、間違いなく揺るぎなく知っていた。
誰よりも何よりも、近くでたくさん聞いてきた声だったから。
(ああ……そうだ……知ってる……知ってるぞ!)
その感覚に心を翻弄され、完全に落ち着きを失う俺の視線の先で、声の主は静かに映像の枠内へ進入してくる。
そしてカメラの真向かいに置かれている椅子へ、ゆっくりと腰を下ろした。
そうして俺は、神妙な表情を浮かべて、じっとカメラを見つめるその人物――この学校の制服を纏った何者か――と、正面からまっすぐに向かい合う。
まるで親友からの相談を、本気で受け止める時のように。
するとその瞬間、俺の頭の中に――
(あ……ああ……ああああ!)
頭蓋骨が破裂するかも、と不安になってしまうくらいの強い痛みが発生した。
まるで脳髄に杭を打ち込まれ、そこから中身を引きずり出されているかのような感覚である。
そいつはしばし脳内で荒れ狂い、何が起きたかわからず戸惑う俺を、ひたすらに痛めつけていく。
ただその苦痛の代償として、俺は失ったものを取り戻すことになった。
穏やかさと懐かしさで溢れながらも、なぜか悲しさと苦しさにも満ちている記憶が、突然復活してきたからだ。
その多くの思い出達は、すぐさま頭の中で再生され始める。
それに翻弄された心が、爆発し張り裂けそうになるほどの凄まじい勢いで、この上なく鮮やかに。
それゆえ俺は、その戻ってきた記憶の中で、いつも自分と共にあったかけがえのない友の名を――
(サ……サ……)
今はカメラのディスプレイの中で、決意に満ちた顔で佇む本人に向け、力の限り叫んだ。
まるで己の魂そのものを込めることで、自らの声を相手に届けようとするかのように。
「サトルーっ!」




