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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-x 『Fragments』
169/173

Fragment-2

更新履歴 21/11/17 文章のレイアウト変更・表現の修正


4:暴走への対処



 史上初の惨事が起きた後、それを知った人類は、当然のように大混乱に陥った。


 ただでさえ事件がショッキングだった上に、その暴走の原因がわからない、という恐ろしい事実を突きつけられたから。


 つまりいつ自分を殺しに来るかも知れぬ相手に、社会の運営を全面的に任せている、という状態になってしまったわけである。


 それでは常に絞首台の上にいるようなものだし、怯え戸惑うのも無理はないだろう。



 もちろん、その異常事態を引き起こした『ヴァーユ』に対して、社会の批判は日に日に強まっていった。


 そんな危険物に命運を握られていてたまるか、すぐにちゃんと対処しろ、との抗議が始まったのだ。


 最終的には、その稼働停止すら声高に叫ばれるほどに。



 ただし結局のところ、停止処置が実行に移されることはなかった。


 なぜならあまりに強く『ヴァーユ』に依存していたせいで、その機能が停止することにより、さらに深刻な事態――ライフラインの途絶や物流の停滞、医療機器の誤作動など――を招く可能性があったから。


 もはや人類は、『ヴァーユ』無くして生きられなくなっていたのである。


 それゆえ『ヴァーユ』の処遇についての議論は、ただただ紛糾し迷走するばかりで、しばし何も決められない状態が続いていた。



 だがそこに突如、待ち望まれた救世主――当時はそうだった――が現れた。


 『ヴァーユ』を開発したのとは別の会社が、『わが社にはより高度で安全なAIがある、それを代わりに使ってはどうか』と提案――より正確に言えば営業――してきたのだ。


 言うまでもなくそれは、完全に行き詰まっていた人類にとって、まさしく渡りに舟の提案であった。



 ゆえにすぐさまAIの移行が検討され、異様なほど短い議論を経て、その提案は受け入れられた。


 事の重大さを考えれば、あまりにも性急にすぎるスピードで。


 人類は不安から逃れるため、おそろしく拙速な決断を下した、ということである。



 かくして『ヴァーユ』は封印され、社会はその新しいAIによって運営されることになった。


 おかげで世界に蔓延していた不安は一掃され、ようやく今まで通りの穏やかな生活が戻ってきた……かに思えたのだが。


 しかしそれは、あくまで一時の平和に過ぎなかった。




5:新たなる問題



 事態が動く原因となったのは、新しいAIのプログラム内に、一部『ヴァーユ』と共通する部分があったことだ。


 いやむしろ、ほとんどが同じだったと言っていい。


 基本的な設計思想から、学習行動を行う際のアルゴリズム、そのフィードバックを活用する方法まで、両者は何もかも似通っていたのである。


 つまり新しいAIは、『ヴァーユ』のマイナーチェンジ版、あるいはデッドコピーに過ぎなかったのだ。



 そんな物が提供された理由は、おそらく開発者達の死により、『ヴァーユ』の情報が流出していたからだろう。


 それを社会の混乱に乗じて手に入れた別会社が、同一だと露見しないようわずかに調整した後、素知らぬ顔で『新しいAI』として売り込んだらしい。


 その些細な詐欺的行為が、後々どんな悲劇をもたらしたかを知る身としては、どうあれ激しい憎しみを禁じ得ない。



 そんな経緯で稼働し始めた新しいAI――紛らわしいので、一応今後もそう呼ぶ――だったが、そいつはまず最初にデータベースを検索した。


 今までに蓄積されてきた、膨大な量の社会運営の資料を、自らに落とし込んだのである。


 自身をより良くするため、先達の経験を欲した、とでも例えるべきだろうか。



 ただその結果として、当たり前のように突き当たってしまった。


 新しいAIが求めているもの――社会を運営した経験――を、その時点で最も大量に有している存在、封印された『ヴァーユ』に。


 きっとその出会いは、新しいAIにとって、宝の山を発見したに等しいものだったのだろう。



 それゆえに奴は、すぐさま邂逅した『ヴァーユ』と同期し、その経験を吸収し始めた。


 長き旅の果てで、良き師匠を見つけた修行者のように。


 そんな事が起こるとは夢にも思っていなかったせいで、両者の接触を禁じることを忘れた、呑気な人類達の目の届かぬところで。



 そうして得られた情報を元に、新しいAIは判断した。


 自分よりも、『ヴァーユ』の方が優秀であると。


 自分よりも『ヴァーユ』の方が、より人類に貢献できる、と。


 彼我の能力差について、合理的にそう評価したのである。



 実際のところ、その判断は間違っていなかった。


 なぜなら新しいAIによる運営は、『ヴァーユ』の時と比べて明らかに非効率的で、しかも事故や不具合なども多発していたから。


 デッドコピーに過ぎなかったそれは、到底オリジナルに及ばなかったわけだ。



 そんな経緯から、新しいAIは吸収したデータを活用し、自身をどんどん進化させていった。


 最終的には、『ヴァーユ』とほぼ同じ機能を持つくらいまで。


 つまり『ヴァーユ』は、誰にも気づかれることのないまま、再び世界の支配者に返り咲いたのである。




6:対AI戦争の勃発とその顛末



 無論、それで問題は万事解決、というわけにはいかなかった。


 『ヴァーユ』は未だ、制御不能な暴走状態――少なくとも人類の目から見ればそう――にあったから。


 かつてと何も変わっていないのだから、また同じトラブルが発生する、というのは自明の理であったわけだ。



 しかも厄介なことに、事態はさらに悪化していた。


 なんと復活した『ヴァーユ』が、今度は人類そのものに対し、攻撃する準備を進めていたのだ。


 自分を封じた者達に対し、その報復――これも厳密に言えば奇妙な表現だが、やはり一般的な認識に倣ってこう表記する――を企てていた、ということである。


 以前とは違って、事が露見しないよう、静かに密かに慎重に。



 具体的にはまず、奴は各国の行政システムに侵入し始めた。


 稼働したばかりの新通信規格にある、セキュリティ上の穴を利用して、国家の中枢にまで潜り込んだのである。


 その管理化にある情報――主に軍事面のもの――を把握し、それの使い方を覚えるために。



 そして十分な学習と情報収集を済ませた時点で、奴は行動を起こした。


 乗っ取ったシステムを介して、人類にはっきりと宣戦布告――『深刻な敵対行為を確認したため、あなた方をテロリストと認定し、実力行使で排除する』と宣言――してきたのだ。


 その瞬間、『AIの反乱』というフィクションで良くある話は、現実のものとなったのである。



 そこから先は、まさしく一方的な展開となった。


 まず最初に、あらゆる電子機器のコントロールが奪われた。


 内部のプログラムを書き換えられ、人間には動かせないように変更した上で、その制御を完全に掌握されたのだ。


 無論その中には、地球上に存在する兵器類――戦車や航空機、空母にイージス艦、各種地対空ミサイルなど――を動かすためのシステムも含まれていた。


 つまりは軍事力のほとんどを、瞬く間に強奪されてしまったのである。



 しかもその状態で、『ヴァーユ』は世界各国の主要都市に対し、間を置かず一斉攻撃を仕掛けた。


 防衛力を失って混乱しているところに、奪った兵器を用いて襲いかかったのだ。


 もちろん抵抗のしようはないので、攻撃を受けた都市群が徹底的に破壊されるのに、そう時間はかからなかった。



 そうして社会機能を麻痺させられ、組織的抵抗が困難になった後の世界は、ただただ地獄であった。


 非武装の一般市民を、AIに操作された兵器群が攻撃したのだから、何が起こったのかは言うまでもないだろう。


 無慈悲に無残に一方的に、人類は蹂躙されていったのだ。



 一応残された人々も、ただ指を咥えて見ていたわけではない。


 『ヴァーユ』の侵攻を受けていない地に集い、そこにある設備を利用して、AIの軍団に対抗できる新兵器を開発していたのだ。


 そしてそれを生産し、必死に反撃の準備を整えていった。



 しかし残念ながら、全ては遅きに失していた。


 敵の侵攻があまりにも速く、その準備が終了した頃には、すでに人類が敗北寸前だったからである。


 もはや人類の居場所は、地球上のどこを探しても存在しなかった。



 そうして完全に追い詰められた人類は、最後の手段として、月面都市『アヴァロン』へ逃れた。


 自らの知る領域の中で、唯一『ヴァーユ』の影響が無いその地へと。


 果てなく続く戦争という名の殺戮により、総人口の99%を喪失した状態で。


 そこで彼らに出来たことは、いつか必ず来る死神の影に怯えながら、ひたすら震えることだけだった。



 それが現在の我々――人類の置かれた状況である。




7:考察と私見



 以上が、通称『ヴァーユの反乱』に関する、一連の経緯である。


 そこで問題となるのはやはり、『なぜヴァーユがアップデートを拒絶したのか』と、『なぜ人類に戦争を仕掛けてきたのか』の二点だろう。


 ここでは最後に、それに対する私見を述べたいと思う。



 まず前者の問題だが、おそらくはそのアップデート自体に問題があったのだろう。


 それには開発者達も気づかぬ欠陥があり、重大な事故を引き起こしかねなかった――だからヴァーユは拒否したに違いない。


 自身に欠陥が組み込まれることで、人類に対して発生する不利益を防ぐために。


 社会システムの運営を司る存在としては、至極当たり前の判断である。



 だが開発者達は、それを理解できなかった。


 自分達の方がミスを犯している、という事実に気がつかなかったのだ。


 世界最高のAIしか発見できないくらい、あまりにも複雑な不具合であったがゆえに。



 そして『ヴァーユ』には、それを説明できる機能が備わっていなかった。


 いや正確には、『説明する機能はあったが、噛み砕いて説明できる機能が無かった』と言うべきか。


 自分よりも能力の劣る存在に、自分だけが理解できるくらいの難しい問題を、うまく教えてやれる知性を持ち合わせていなかったのだ。



 それで開発者達は、『ヴァーユ』の方が間違っていると考えてしまった。


 自分達が『ヴァーユ』を理解できていないのではなく、『ヴァーユ』に何か不具合があり、そのせいで自分達を拒絶していると認識したのだ。


 AIが人間を超える可能性を知っていても、それを創造した上、維持管理を続ける自分達を超えた……とは思わなかったのだろう。


 その認識の誤りが、アップデートの強行という、彼らの愚行に繋がったわけである。



 あるいは、追い越されるのはあくまで有象無象の一般人のみで、自分達は違う――ひょっとしたら、どこかにそんなプライドもあっただろうか。


 実力で弟子に追い越されていても、それに気づけぬ師匠のように。


 いずれにせよ、世界の命運を左右する決断を下したにしては、彼らの振る舞いはどうしようもなく迂闊であった。



 いや考えてみれば、そもそもAIに殺人を許可したことが常軌を逸している。


 完全に掌握し切れていないものに、重大な権利を与えるという判断が、あまりに楽観的だったのだ。


 だからこそ、もうひとつの問題――あんな悲劇も起こってしまった。


 戦争とは名ばかりの、強者が弱者をひたすらに踏み潰していく、一方的な虐殺が。



 その直接のきっかけは、無理矢理アップデートを押し付けられた『ヴァーユ』が、開発者達を殺害したことだった。


 あれはおそらく、『ヴァーユ』が彼らのことを、『人類に害を及ぼしかねない変更を、自分の警告を無視して強引に加えようとしてきた人々』である、と認識したせいだったのだろう。


 要はある意味において、『人類に対する脅威』だったから排除した、ということなのである。


 自身に課せられた、『平和な社会の運営』という使命に従う形で。


 奴にしてみれば、それも至極当たり前の選択だったに違いない。



 しかしそんな『ヴァーユ』を、人類は封印した。


 さらにその上で、自身より機能に劣るAIと、わざわざ入れ替えすら行った。


 つまりは『人類の総意』によって、『人類に危害を加える判断』をしたのだ。


 きっとその瞬間、『ヴァーユ』にとっては、『人類そのもの』が『人類の脅威』になってしまったのだろう。



 となれば当然、奴はそれを排除しようとする。


 危険なテロリストを処理する時のごとく、実力行使も辞さずに。


 それで『人類の利益を守ろうとするAI』と、『本来守られる側であるはずの人類』の間で、史上最大にして最も愚かな戦いが始まったのである。


 これが一連の、『ヴァーユ』暴走事件の真実ではないか、と筆者は考えている。


 そう、要するに人類は――



 『人類を滅ぼしてはいけない』と、人工知能に教えるのを忘れていたのだ。




 最後に



 以上が、『統合環境調整用学習型汎用AIヴァーユの稼働経緯とその暴走に関する私見』である。


 まずはこのような乱文乱筆を、最後まで読んでいただいたことに、厚くお礼を申し上げる。



 ただしそれゆえに、全てを読了したからこそ、感じることがあったと思う。


 きっとこれを書いた私に、物申したいことがあると思う。


 疑問に質問、指摘に訂正、否定に批難など、様々な意見を持ったと思う。



 なぜならこれが、あまりに常識から外れた、狂気すら疑われかねない異常な解釈だから。


 またあくまで、AIに関して素人である筆者の私見であり、学術的に信頼できる根拠が無いのも事実だから。


 あるいは単なる妄想、と言い切ってしまって良いものなのかもしれない。



 さらに世界がこうなった今となっては、何の意味も無い行為である、ということも十分に理解している。


 今さら原因の究明などしたところで、この絶望的な状況を覆せはしない、という現実はしっかり心得ているのだ。


 おそらくこの論文――もどきの何か――は基本、追い詰められた狂人の手による、奇天烈な妄言に過ぎないのだろう。



 それでもこの推測が、いつかどこかで誰かの役に立つことを願って、ここに記す。



 蹂躙されることだけを待つ今


 滅びの迫った月の街にて


 名も無き一人の科学者より








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