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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-14 『Our song』
167/173

Epilogue

更新履歴 21/11/13 文章のレイアウト変更・表現の修正


『アキラちゃん、起きて。着いたよ』



 とても深い眠りの中で、誰かにそう呼びかけられた気がして、志藤明は目を覚ました。


 そして異様に重いまぶたを、時間をかけてゆっくり持ち上げ、閉ざされていた目を開く。


 まるで何年も眠っていたかのような、息を吸うのにも苦労するほどの、猛烈な気怠さを感じながら。


 ただその直後、私は激しい戸惑いを覚えた。


(あ……れ……?)


 確かにまぶたを開けたはずなのに、目に見えるものが何も無かったから。

 なぜだか視界が、隅々まで漆黒の闇で満たされているのだ。


 一応厳密に言えば、視界のそこかしこに、辛うじて薄い光が瞬いてはいたのだが。

 しかしそれは、周囲がどうなっているか識別できるほどの、はっきりした明るさを持ってはいない。

 今の私にわかるのは、せいぜい自分が仰向けに寝ている、ということぐらいである。


 となるとどうやら、私が今いるここは、とても暗い場所であるらしい。

 外の光が差し込まぬよう締め切られている、とかそんなところか。

 それでこんな風に、闇以外はほとんど何も見えぬのだろう。


 とは言えそれがわかっても、未だ詳しい状況は不明なまま。

 ゆえに私は、すぐさま起き上がり、周囲の様子を確かめようとしたのだが――


(……え? 何で……?)


 そこで初めて、自分の体がうまく動かないことに気がつく。

 全身が異常に重く、どれだけ必死に力を込めても、わずかに痙攣する程度なのだ。

 まるで骨折でしばらくギブスを装着し、無事に治癒してから、それを取り外した直後のように。


 しかもそれに加えて、睡眠時間が長すぎたせいなのか、頭の方も満足に働かない。

 脳味噌の重量が増したような感覚があって、やたらと鈍くぼんやりとしているのだ。

 こんな状態では無論、まともに思考することなど不可能なので、自身に起きた異変の原因を突き止めることは難しい。


 結果として私は、しばし続いたその無益な格闘の果てに――


(……もう、駄目)


 あっさりその努力を放棄し、完全に体の動きを止めた。

 どこなのかもわからぬ場所で、なぜかもわからぬ苦労を強いられるこの状況に、心が耐えられず挫けてしまったのだ。

 すでに胸の内にあるは、『まあ何でもいいか』という、ひどく投げやりな気持ちのみである。


 するとそうして諦めたことをきっかけに、突然強烈な眠気が襲ってくる。

 ずいぶん寝た後のような気がするのに、また意識が薄れてきたのである。

 無論挫けた心では、その猛威に抗うことなどできないので、私は再度緩やかな微睡みへ沈んでいくことになった。


 ただ次いで、そんな私を引き止めるかのように、不思議な現象が発生する。

 先ほど目覚めのきっかけになった、どこか懐かしい謎の声が、力強い励ましの言葉をくれたのだ。


『頑張って、アキラちゃん。せっかくここまで来たんだから。

 あと少しだよ、さあ起きて』


 その瞬間、突如奇妙な衝動が全身を貫いた。

 この声に応えなければいけない、それこそが自分の義務だろう、という感情が湧き上がってきたのである。

 全身を蝕んでいた重苦しさが、残らず吹き飛んでしまうくらい鮮烈に。


 それに突き動かされて、私はもう一度全身に力を込め、重い体を持ち上げていく。

 牢獄に繋がれた囚人が、自らを拘束する鎖を引き千切り、自由を掴み取ろうとする時ように。

 使命感にも似た想いで、挫けそうになる心を必死に奮い立たせながら。


 そうしてようやく、私は体を起こすことに成功したのだが。

 ただそれと同時に、ようやく暗闇に慣れ始めた目が、全く馴染みのない光景を捉えていた。


(ここ、どこ……?)


 それは眼前に果てしなく広がる、殺風景で無機質な空間の姿だ。

 そこにはおよそ生活感というものが存在せず、何の装飾も無い床や壁が、なめらかな金属質の光沢を放つのみである。

 母艦の格納庫と似た雰囲気の部屋、と言えばわかりやすいだろうか。


 そしてその空間のほとんどは、巨大な建造物めいたもので占められている。

 それは人が入れるくらいの金属製の引き出しを、隙間なく積み上げ敷き詰めたような、ひどく奇妙な物体だった。

 『人間を大量に貯蔵しておくための倉庫』と例えるのが、不謹慎ながら正確という気がする。


 ちなみに自分が寝ていたのも、その引き出しのような物――蓋は開かれている――の内部である。

 横の巨大な構造物から引き抜かれ、無造作に床へ置かれたそれに、一人押し込められていたのだ。


 一応その引き出し――見ようによっては棺桶――もどきの中には、ベッドのような物も敷かれてはいたのだが。

 しかし大きさは人間一人分ちょうどで、余計なスペースはほぼ無い。

 着ている服も、病院で検査の時に着るような質素なものだし、何やら運ばれてきた荷物のような気分である。


 もちろん、自分がなぜこんな扱いを受けているのかはわからない。

 体は動いても、未だ頭の方がはっきりせず、記憶が曖昧なままだから。

 本当にどうして、私はこんな場所で、一人孤独な眠りに就いていたのだろう。


 ただそんな風に、解決しない疑問に対し、大きく首を傾げながらも――


(でも……行かなきゃ)


 一方で、私の胸の内には、ひとつの明確な欲求が生まれていた。

 それはここではないどこか、目指した場所へたどり着かねばならない、という猛烈な義務感である。

 その感情は、虚ろな頭や重い体とは裏腹に、熱く激しく燃え盛っている。


 ゆえに私は、すぐ首を巡らして、辺りに何があるかを確認した。

 自分が向かうべき場所を探すため、周囲の薄暗い空間に、くまなく視線を走らせたのだ。


 すると、ほどなくして――


(あ……)


 遥か遠く、例の巨大な構造物の端に、小さな緑色の光を発見する。

 ビルなどの非常口の標識を思い起こさせる、淡いがそれでいて目に付く色である。

 きっとあそこには、この空間からの出口があるに違いない。


 そう認識した瞬間、私の中の衝動が、よりいっそう勢いを増した。

 あの場所へ行かなければならない、その先を見なければならない、と強く感じたのである。


 私はその沸き立つ想いを、力に変えて――


(行こう……!)


 さらに全身へ力を込めると、自分が収まっていた、引き出しもどきの縁に手を掛ける。

 そして体を引きずりながら、それを跨ぐようにして乗り越え、床に足をついた。

 寝起きゆえの緩慢な速度ながらも、しかし休むことなく確実に。


 だが私は、そうして立ち上がると同時に――


(あっ……!)


 大きくバランスを崩して、床へと倒れ込み、強かに全身を打ち付けてしまう。

 未だ体が本調子ではなかったせいか、手足に十分な力が入らず、うまく体を支えられなかったのだ。

 当然その痛みにより、私はしばし同じ場にうずくまり、声も上げられぬまま苦しむ羽目になった。


 ただそうして悶える私の身に、次いでひどく奇妙な現象が起こる。


(あれ……誰か、いる……?)


 突如として全身の、床と触れていない部分に、確かな温もりを感じたのだ。

 まるで誰かが、うずくまる私の背中に覆い被さり、優しく抱き締めてくれているかのように。

 おかげでみるみる内に、体を苛んでいる痛みは引いていった。


 それにより何とか動けるようになった私は、再び四肢に力を入れて立ち上がる。

 そして冷たい床を裸足で踏みしめ、一歩一歩進んでいった。

 産まれたての子鹿と揶揄されそうな、ひどく頼りない足取りながらも、必死にただ前だけを向いて。


 結果として徐々にだが、体が感覚を取り戻し、思い通りに動かせるようになっていく。

 どうやらこの体の不調は、長く動かさずにいたせいで、全身の筋肉が強張っていただけらしい。

 これならもう、今後は問題なく動けるだろう。


 そうして調子を取り戻していく私にも、先ほど抱き締めてくれた気配は、常に離れず寄り添ってくれていた。

 何度も繰り返し、『大丈夫』『頑張って』『もう少しだよ』と、励ましの声をかけながら。

 それに力を貰って、私はますます足取りを確かなものにしつつ進んでいく。


 するとその途中で、不意に例の巨大な構造物に動きがあった。

 突然天井付近の暗い空間から、同じく巨大なロボットアームのようなものが現れ――


(あ……他の人達も……)


 あの引き出しのような物体を、立て続けに構造物から引き抜き、床へ並べていったのだ。

 それこそ収納された荷物を、順番に取り出しているかのように。


 そして引き出されたそれらは、間を置かずその蓋を開放し、内部を露出する。

 そこからはさらに、私と似た格好の人間が、続々と姿を現した。

 みんな揃って、いかにも起きたばかりという雰囲気である。


 どうやら私と同じ境遇の人々が、今まさに目覚め始めているところらしい。

 長く列車で旅をしてきた乗客達が、その終わりを知らされた時のような光景だ。

 私はそんな状況を横目に、その先陣を切るようにして、例の緑色の光の方へ歩いて行く。


 そうして長い距離を進み、ようやく目標の場所へと到達したところで、私は――


(通路……?)


 緑色の光の下に、奥へと続く通路が伸びているのを発見した。

 しかもその先には、明らかに他のものとは違う、白く強烈な光が見えている。

 おそらくあれが、外に繋がる出口なのだろう。


 その認識は自然と、胸の内にある、そこを目指さねばならぬという衝動を強めた。

 ゆえに私は、それに引き寄せられるようにして、見つけた通路の中へと入っていく。


 しかしそうして前へ進んだ瞬間、私はとある異変に気づいた。


(あれ……?)


 例のずっと声をかけてくれていた気配が、今度はこちらを追ってこなかったのだ。

 一歩進む毎に、どんどん距離が開いてしまうのである。

 どうやらもう、私について来る気は無いらしい。

 それに強い不安を覚えた私は、慌てて後ろを振り返り、その気配を目で探す。


 すると自分の後ろ、通路の入り口辺りに、うっすらとだが見えた。

 私を見つめて優しく微笑む、どこか見覚えのある男の子の顔が。

 彼は自分は太陽の下へは行けないんだ、とでも言わんばかりに、静かに闇の中へと留まっている。


 その姿を見て、ふと心の内に、後戻りをしたいという衝動が芽生えた。

 まだここにいたい、あの人と離れたくない、と思わず願ってしまったのだ。

 正直、今すぐに駆け寄って、目一杯抱き締め合いたい気分である。


 だがそんな私を、その願望以上に大きい、強烈な使命感が押し留める。

 ここで立ち止まっては駄目、必ず先へ進まないと……という熱い想いが、後ろ向きな気持ちにブレーキをかけたのだ。

 きっとそれは許されない行いである、と心のどこかで感じているからだろう。


 だからその未練を振り切り、私は前を向いた。

 闇の中に佇む、ずっと自分を励ましてくれていた、優しげな男の子を置き去りにして。

 おそらくこれこそが、彼の想いを無駄にしない選択なのだと、必死で己に言い聞かせながら。


 そこへふと、男の子の声だけが追いかけてくる。

 まるで別れを告げるかのような、どこか寂しげな感情が含まれた口調で、最後のひと押しをくれたのだ。


『大丈夫、アキラちゃんならできるよ……』


 そして私の後ろで、男の子の気配は完全に消えてなくなった。

 夜の帳の内を漂っていた闇が、朝の光を浴びた瞬間に溶けていくように。

 おそらくはもう、遠いところへ行ってしまったに違いない。


 それでも私は、決して振り返ることなく、ただ前だけを見て進んでいく。

 自らの向かうべき場所、すぐそこにある希望の光を目指して。


 そんな悲しい奮闘の甲斐あって、ついに例の光の下へと到達した私は、早速その中に身を躍らせた……のだが――


(っ……!)


 直後、強烈な光に目を突かれ、思わず立ち止まる羽目になった。

 明るさに慣れていないせいで、一時的に視界を奪われてしまったのだ。

 ゆえにすぐ立ち止まり、体がそれに対応するまでしばし耐える。


 それからおそるおそる、閉じている目を開いた。

 目が明るさに慣れたかどうかを確認しつつ、ゆっくりと慎重に。

 その先に何が見えるのか、期待と不安を等しく胸に抱えながら。


 結果として、私の目に飛び込んできたのは――


(……海?)


 ささやかな潮騒と共に、そっと繰り返し打ち寄せる白い波。


 視線の遥か先で揺らぐ、世界を一直線に切り分ける水平線。


 足元に広がる、美しい波跡が幾重にも刻まれた巨大な砂浜。


 息を吸い込んだ際に鼻孔をくすぐる、濃厚で活き活きとした潮の香り。


 そういう『まさしく海そのもの』と表現するより他は無い、壮大な風景であった。


 私はそれに圧倒されながらも、迷わず一歩を踏み出して、その砂浜の中へと進んでいく。

 細かい砂粒に足を取られても構わず、波打ち際まで移動したのだ。

 なぜなら一刻も早く、目の前にあるものが夢ではない、と確認したかったから。


 そう願いつつまっすぐ歩いて、海と浜との境界線に到達した私は、即座に打ち寄せる波の中へと足を踏み入れた。

 そしてその温度や質感や臭いを、自らの体でしっかりと味わう。

 それは紛れもなく、生きている『海』の感触であった。


 その感覚を胸に、今度は自分の歩いてきた方を振り向く。

 陸地があるはずのそちらに、何があるのかを確かめるために。


 そこで最初に見えたのは、底面のみが砂浜に埋もれている、母艦に良く似た形状の――きっと今まで自分が乗っていたのであろう――巨大な艦。


 次いで砂浜の先に広がる、背丈の低い植物が青々と茂った草原。


 さらにその向こうに連なってそびえる、なだらかで緑深き山々。


 また頭上には、太陽のようなものが輝いていて、その周囲は白い雲と青い空で彩られている。


 要は――艦を除けば――地球と良く似た、ひどく馴染みのある光景が広がっていた、ということである。


 もちろん、偽物などではない。

 海も空も大地も太陽も、またそこに立つ自分の体も全て、確かな存在感を持っているのだ。

 疑念を持つ余地すら無いくらいに、はっきりと揺るぎなく。


 その鮮やかな実感は、自然と私に思い出させた。


(そう……だ……私、これを……)


 自分がこの光景を求めて、長い長い旅をしてきたのだ、ということを。

 数多の犠牲を払いながらも、決して足を止めることなく、ここまでやってきたのだということを。

 ようやくクリアになった頭で、私はその事実を理解したのである。


 つまりは長く遥かな旅路を完遂し、新天地に到達できた、ということだ。

 断腸の思いで置き去りにしてきた、大切な友人達の想いを一身に背負い、見事それを成就させたのだ。

 その確信は私の心を、溢れんばかりの喜びで包み込んでいった。


 しかもそこに、再び声が聞こえてくる。

 それはここへはたどり着けなかった皆からの、しかしその無念さは微塵も感じられぬ、心よりの祝福の言葉達だ。


『よう、やったな』


『おめでとう、志藤さん!』


『やっぱりすごいね、志藤さんは』


『おめでとうございます、志藤さん』


『まあ……何だ。おめでとう』


『おめでとー! 志藤さん!』


『いや、やったねぇ! 志藤ちゃん!』


『あの、おめでとうございます!』


『おめでとー、さすがは志藤さん』


『ああ、おめでとう。……いや、それぐらいは俺でも素直に言うって』


『おめでとうございます、志藤さん。

 本当にここまで、よく頑張りましたね』


『おめでとう、アキラちゃん。

 僕はアキラちゃんなら、絶対に出来ると信じてたよ。

 本当に、おめでとう』


 そのひとつひとつが、私にこの上なく大きな歓喜と――


(でも……みんなは……!)


 それ以上に強い、壮絶な痛みをもたらした。

 なぜなら聞こえる声が全て、現実感の薄い、とても遠く儚いものだったから。

 生き残ったのは自分だけという事実を、改めて突きつけられてしまったわけだ。

 それにより膨れ上がる寂しさと、心を責め苛む罪の意識に、私の精神は千々に引き裂かれていく。


 ただしその一方で、胸の内に確かな達成感はあった。

 それはきっと、全員の想いを背負って、目指す新天地まで来られたから。

 皆の献身を無駄にせず、自らの使命を果たすことができていたから。

 例え代償が重くとも、犠牲と引き換えに得られたものも大きかった、というわけである。


 だからその手応えを支えに、私はしっかりと背筋を伸ばして立つ。

 挫けそうな己の心を、湧き上がる達成感で繋ぎ止めて。

 私の道行きを祝福してくれたみんなへ、これ以上恥ずかしいところを見せないように。


 そして、思った。

 ならば自分もまた、彼らに何か言葉を贈りたい、と。

 二度とは会えぬだろう皆に、最後の手向けを行わねばならない、と。

 その目的を果たすため、私は静かに考えを巡らしていく。


 結果、ひとつ明確に伝えるべき事がある、という結論に至った。


(ああ……そうだ……)


 確かに今の私は、ほとんど何もわからない状況に置かれているけれど。

 これから自分にどんな未来が待っているのかなんて、全く予想もつかないけれど。


 それでも無事、ここにたどり着くことができた。

 たくさんの人の力を借りて、ほとんど不可能としか思えない、おそろしく困難な目標を成し遂げられた。

 その成果に誇るべき価値があることは、どうあれ変わることのない事実なのだ。


 だから私は、確信を持つ。

 自分が今この場にいることこそ、皆で苦難を乗り越えた証である、と。


 だから私は、心から願う。

 その尊い事実を、自分を支えてくれたみんなにも伝えたい、と。


 それが今の私の、最も純粋にして強い望みだった。


 その感情がもたらす衝動に、私は激しく突き動かされて――


「ああ、みんな……私、私――」


 今ここにいられることの喜びを、大切な仲間達に届けるため、声を限りに全力で叫んだ――



「私、生きてるよ!」








 これにて『ムーン・セイヴァーズ』は完結となります。

 本作を最後まで読み、彼らの戦いを見届けていただいたことに、作者として心からの感謝をいたします。

 本当に、ありがとうございました。


 これ以降は、本編で語られなかった部分を描く番外編になります。

 よろしければそちらもご覧ください。

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