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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-14 『Our song』
165/173

Section-7

更新履歴 21/11/13 文章のレイアウト変更・表現の修正


 差し込む西日に照らし出された、乾いた空気のみが漂う、いつもの私達の教室。


 その後方の端にある、自分の席に座った状態で、望月和歌はそっと内心で呟いた。


 絶え間なく押し寄せる、胸が潰されそうになるような寂しさに、俯いたままじっと耐えながら。


(一人に……なっちゃったな)



 その原因は無論、あれほど賑やかだった教室が、今は死んだように静まり返っているから。

 椅子に座り直す際の音が、部屋中へくまなく響き渡るくらいに。

 それにより実感させられた、これまでとの落差があまりに大きすぎて、猛烈な喪失感を覚えずにはいられなかったのである。


 特にその感覚に拍車をかけているのは、先ほどの卒業式で体験した出来事だ。

 再びクラスメイト達が一堂に会する、という奇跡を目の当たりにしたがゆえに、この静寂が余計に辛いのである。

 それから逃れたくて、ついここを立ち去りたい、なんて願望さえ抱いてしまう。


 ただそんな風に、心に芽生え始めた弱気を、私は必死で振り払おうとする。


(いけない……しっかりしなくちゃ)


 だって私が諦めれば、みんなのことを覚えている人間がいなくなるから。

 その存在が、本当にこの学校から失われてしまうから。

 私は本来、それを避けるためここへ留まったはずなのに。

 だからどんなに苦しかろうと、まだ自分の責務を投げ出すわけにはいかないのだ。


 そこでいったん、私はみんな――特に仲が良かった三人の友人達――のことを思い返そうとした。

 その思い出を支えとして、今のこの孤独に耐え抜くために。


(スズ……木原君……結城君……)


 結果として浮かんだのは、四人で何気なく交わした会話や、木原君とスズが喧嘩しているところ。

 またそれを見て、呆れたような羨ましいような顔になる、私と結城君の姿などだ。

 ああ考えてみれば、私達はいつだってそんな風に過ごしていたな、と懐かしさや微笑ましさを感じずにはいられない。


 さらには結城君のビデオメッセージを通じて、四人の想いが重なり合った、あの奇跡の瞬間の記憶も蘇ってくる。

 それらは今でも、思わず涙がこぼれそうになるくらいに、はっきりと明確に覚えていた。

 きっと私達を語る上で、決して欠かせぬ大切な記憶だから、色褪せることなく胸に残っているのだろう。


 またそれと同時に、あの卒業式の合唱のことも、喜びと共にありありと脳裏に浮かんでくる。

 未だにあれが、何を原因として起きたどういう現象なのか、一切不明なのにも関わらず。

 例えどんな形であっても、再会が叶っただけで十分に満足、ということなのかもしれない。


 そうしてしばし楽しい思い出に浸り、おかげで孤独から解放された私は、ようやく俯くのをやめて顔を上げた。

 相変わらず支えられてばかりだな、と大切な友人達の存在に感謝しながら。


 するとそれをきっかけに、ふと目の端に、ひどく懐かしいものが映る。


(あ……これ、みんなで作った……)


 黒板の横に立てかけられている、お手製の旗を発見したのだ。

 みんなで力を合わせて製作した後、それぞれの願い事を寄せ書きし、結果クラスの象徴となったあれである。

 なんだか遠い昔のことのようにも思えるが、しかし確かにそれは、変わらぬ存在感を漂わせながらそこにあった。


 その懐かしさに惹かれた私は、すぐ椅子から立ち上がって旗に近づき、改めてそれを眺めてみた……のだが――


(……あれ?)


 そこで急に、看過しがたい違和感を覚える。

 なぜだか旗に書かれている寄せ書きに対し、その数がいくつか増えている、という印象を受けたのだ。

 卒業式の前に見た時は、確かにそんな事はなかったはずなのに。


 ゆえにその疑問の真偽を確かめるため、私はもう一度、皆の願い事に目を通していった。

 そこで最初に飛び込んできたのは、何ともほのぼのとした一文だ。


『みんなで仲良くいられますように』


 重苦しい状況とは裏腹のその願掛けは、確か一番初めに書かれたもののはずである。

 書き込んだ主が誰なのかは、もう覚えていないが、何となく素直で元気な女の子だった気がする。

 内容的にもぴったりだし、きっとその想像に間違いはないだろう。


 それから次に目に入ってきたのは、何やら不穏な願い事だ。


『倉田に痛い目見せてやれますように』


 これは確か、ひねくれた雰囲気の男の子が、批判もどこ吹く風と言った調子で書いていた気がする。

 倉田先生に対して反抗的と言うか、妙に喧嘩腰なのは不思議なところだったが。

 まあそれが本気の願いなのか、それとも単なる照れ隠しだったのかは、本人のみぞ知るところだろう。


 さらにその次に見えたのは、とても生真面目で、責任感に溢れた願い事である。


『みんなで無事、この戦いから生還できますように』


 いかにも志藤さんらしい、人柄がにじみ出たその内容には、少なからず微笑ましさを覚えるわけだが。

 しかし一方、それと同時に――


(志藤さん……ごめんなさい)


 自分のやっていることが、彼女への裏切りであることにも、否応なく気づかされた。

 私はその願いとは真逆に、自ら生きることを放棄したわけだから、やはり重大な背信と言えるだろう。

 皆の無事を願った本人だけが生き残る、という今の志藤さんの境遇を思うと、猛烈な申し訳なさを感じずにはいられない。


 しかも続けて目にした、自身の願い事により、その罪悪感はさらに強まっていく。


『忘れてしまった人達のことを、ちゃんと思い出せますように』


 自分だけは見事にそれを成就させている、という事実を突きつけられたからだ。

 しかもあれだけみんなのために力を尽くしてくれた、志藤さんの願いを無にしておいて、である。

 己の身勝手さを改めて思い知らされ、ますます気分は落ち込むばかりだった。


 ただその隣にあった、自分へと向けられた短いメッセージが、少しだけ心の重荷を軽くしてくれる。


『わたしはおもいだせた のどかもあきらめないで』


 それはこのメッセージのおかげで、スズが最後まで私を気にかけてくれていた、ということを思い出せたからだ。

 こんなにも優しい彼女を、絶対一人でここに置いてなんかいけない……との想いを新たにして、気持ちを立て直せたのである。


 もちろんスズ自身は、私の選択を怒るだろうし、志藤さんへの罪悪感が消えたわけでもないのだが。

 それでもやはり、この学校に残りたい、という私の決意は揺るがなかった。

 『ホントのどかは頑固なところあるよね』と、スズが苦笑いする様子が目に浮かぶようだ。


 そんな風に大切な友達のおかげで、何とか迷いを振り切れた私は、早速次の願い事に意識を向けた……のだが。

 結果として妙に長く、またずいぶんと正直な願い事を視界に捉える。


『もう敵が襲ってきませんように

 変なトラブルも起きませんように

 そもそも二度と危ない目に遭いませんように』


 一見してひどく悲痛で、怯えた心情が伝わってくるその願いは、戦いで命を落とした誰かのものだ。

 私が書いた主を覚えていないのだから、そう解釈するのが妥当だろう。

 これだけ必死なのにも関わらず、結局それが叶わなかったことを思うと、胸が痛むばかりである。


 ただし不思議とそこには、思ったよりも悲壮感が交じっていない。

 それは胸の内に、この願い事を書いた人も、私と同じく自らの選択を悔いてはいないだろう……という根拠不明な手応えがあったから。

 どうやら失われた記憶が、過去から私にそう告げてきているらしい。


 ならあまり悲しむべきではないのかも、という考えに至った私は、何とか感情を抑えて次に移った。


『月に行くまで絶対に死なない』


 これは確か、橘君の願い事……と言うか、実質的な決意表明だ。

 彼は自分に未来が無い、と明確に認識していながら、こんなにも前向きでいたのである。

 本当に心が強い人だな、と改めて感嘆せずにはいられない。


 その姿勢に対し、自分も背筋が伸びるような想いを抱きつつ、私は次の寄せ書きに目を向ける。

 そこには見覚えこそ無いものの、誰が残したのかは明確にわかる、新しいメッセージがあった。


『最後までいつもの俺でいる』


 これはおそらく、最初の寄せ書きが終わったその後に、柳井君が書き加えたものだろう。

 だってここに示されている通り、今の今まで、ずっと柳井君は柳井君だったから。

 どんな事情でこういう決意に至ったのかはわからないが、彼もまた、自身の想いを貫き通したのである。


 そうしてある程度、旗に書かれた願い事に目を通した結果、私は――


(ここまでは……おかしくない)


 そこに不自然な事は何ひとつ無い、という結論に到達する。

 だって見てきた文章は全て、書き込んだ主がはっきりしているものか、あるいは元々旗に書かれていたものだから。

 記された経緯が判明済みのものばかり、というわけだ。


 ただ不思議なのは、ここから先である。

 旗には今まで見たもの以外に、見覚えが無い上に書き込んだ主もわからぬ、謎の願い事がいくつも付け加えられているのだ。

 私はその寄せ書きを、どこか期待のような感覚を抱きつつ、ひとつひとつ読んでいった。


 そして最初の願い事――と言うかこれも決意表明と呼ぶべきだろう――で、この上なく激しく心を揺さぶられる。


『俺が絶対に守る』


 なぜだかその宣言に対し、これは自分が言われていることだ、という印象を受けたから。

 またそれと同時に、まるで誰かに守られているような、不思議な温かさも感じたから。

 それはどことなくだが、体と心に確かな覚えのある感触であった。


 するとその感覚に導かれたかのように、自然と頭の中に、いつか貰った頼もしい言葉が浮かぶ。


『大丈夫! 君のことは、俺が絶対、絶対に守ってみせるから!

 怖いのはわかるけど……でも頼む、俺を信じて任せてくれ!』


 そこから考えると、どうやらこの願い事、書き込んだ主は木原君らしい。

 つまりもうずっと前――私がまだ真実を知らなかった頃――に言ったことを、彼は今でも果たそうとしてくれているのだ。

 その気持ちへの嬉しさと感謝で、私はさらに心を震わされ、思わず涙をこぼしそうになった。


(木原君……!)


 結果しばしの間、私はその感情の波に翻弄され、手を止めてしまっていたが。

 しかしもちろん、このまま他は放置というわけにもいかない。

 そちらにも同じく、失われたクラスメイト達の想いが残されているかもしれないから。

 なので何とか、荒れる心を抑えて、次の寄せ書きに目を移す。


 そこに見えたのは、とてつもなく献身的と言うか、あるいはちょっと頼りない印象のある願い事だった。


『みんなの願いが叶いますように』


 そのお人好しさ加減に、今度は涙でなく笑みがこぼれる。

 こんな事を書くのは結城君しかいないし、またいかにも彼らしい内容だ、と感じたから。

 まあきっと本人は、『書くことが思いつかなかったんだ』とか何とか、恥ずかしそうに言うのだろうが。


 そんな友人の微笑ましさに心を和ませながら、私が次の寄せ書きに視線を向けると、今度は真摯で一途な想いがそこにあった。


『アキラちゃんが新天地へたどり着けますように』


 まるで他には何もいらない、ただそれだけが叶えばいい、と強く願っているような書き方だ。

 そこから連想されるのは、先ほどの卒業式で見た、志藤さんの側に立つ優しそうな男の子の姿である。

 もちろんその望みが成就するよう、私も心から祈っている。


 そう彼の願いに同意しつつ、私は続けて、その横の寄せ書きに目を向けたのだが。

 次に見えたのは、とても可愛らしいようで、どこか自信たっぷりにも思える願い事だった。


『先生が素直になりますように』


 それはたぶん、自分の好きな人――『先生』という表現からして、きっと倉田先生のことだろう――に振り向いて欲しい、という意味合いだと思うのだが――


(……???)


 しかしどこか、『振り向いて欲しいけど自分からは行けない』と後ろ向きになっているような、『絶対に振り向く確信があるから何もしない』と開き直ってもいるような、ひどくちぐはぐな印象を受ける。

 純真な乙女心にしては、どうにも誇り高すぎる、という気がしてならないのだ。


 もっともこれを書いた人なら、きっといつかは自分の思い通りにしてしまうだろう、という直感めいた確信もあった。

 どうやら私がそう感じるくらいの、飛び抜けて魅力的な人だったらしい。

 まあ先生の性格を考えると、そのやり方で自分の想いを届けるのは、おそろしく大変だと思うが……何にしても、成就を願うばかりである。


 そしてそんな多種多様な寄せ書きの最後に、そっと添えるようにして書かれていたのが――


『私の大切な生徒達が、みんな幸せになれますように』


 誰のものかは考えるまでもない、どこまでも先生らしい願い事である。

 相変わらず生徒の心配だけで、自分の事は徹底的に後回し、というわけだ。

 先生がこういう人でなかったら、自分達はここまでたどり着けなかっただろう……と思うと、改めてその存在の大きさを実感せざるを得ない。


 そんな風に何度も心を動かされながら、ひと通り全てに目を通したところで、私はこの寄せ書きについての結論を導き出す。


(やっぱり……みんなが来てくれたんだよね)


 今はここにいない大切な仲間達が、あの卒業式の後に、これを書き残してくれたのだ、と。

 どうやってかはわからないし、何の証拠も無いが、間違いなくそれが事実だろう、と。

 そう揺るぎなく、また迷いもない確信が持てたのだ。


 だってその書かれた願い事に、確かな想いを感じたから。

 きっと彼らならこう願ったに違いない、というはっきりとした手応えがあったから。

 それで何もわからぬままでも、素直に自らの考えを信じられたのである。


 ゆえに自然と、みんなへの感謝の気持ちが湧いてきたので、私は静かに目の前の旗を抱き締めた。

 もう二度と手の届かない、遥か遠くにいる彼らにも届け、と心を込めて祈りながら。


(ありがとう……みんな)


 だがそうして、温かな感覚に包まれたその直後、私は大きな異変に見舞われた。

 突如として、いつかと同じように――


(え……? あっ、これは!)



 目に映るもの全てが、激しく揺れ始めたのだ――








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