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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-14 『Our song』
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Section-6

更新履歴 21/11/10 文章のレイアウト変更・表現の修正


 自分の他に動くもののない、どこまでも静謐で無機質な宇宙空間を、ゆっくりと進む。


 その最中、俺――橘幹也は、一人ぼんやりと物思いに耽っていた。


(いよいよ、か……)



 事ここに至って、ようやく自分にも来るべき時が来たのだ、と。

 闇雲に長らえてきたこの命を、有意義に使い切る局面がついに訪れたのだ、と。

 そう改めて、自らの旅の終わりを実感していたのである。


 思えばこれまで道のりは、まるで深海の底を這って進んでいるかのような、本当に暗くて苦しいものだった。


 最初は元いた場所で、突然戦争でも始まったかのような事件――本当に始まっていたわけだが――に巻き込まれて、ひどい重傷を負った。 

 

 それから次に気づいた時には、場所も何もわからぬこの学校にいて、本来は知りもせぬクラスメイト達と生活していた。


 さらにそんな境遇に違和感を抱きつつも、自分が死体同然の状態という自覚ゆえに、何をするでもなく怠惰に過ごしていた。


 そして全ての真実が解き明かされてからも、死の運命から逃れられぬ自分には関わりない事、とすっかり諦め切っていた。


 そんな風に、生きているのか死んでいるのかもわからぬような状態で、ただただ時間を浪費し続けていたのである。

 周囲に流されてばかりの、人形のごとき存在に成り果てていた、ということだ。


 しかしやがて、その堕落しきった意識は――


(……ずいぶん、変わったよな)


 百八十度完全に、と言い切っていいくらいにまで変貌した。

 それは絶望で満たされていた俺の心に、突如として希望が芽生えてきたからだ。

 その影響で俺は、ずっと無気力でいたのが嘘のように、明日のため全力で戦う人間になっていた。


 なぜそんな事になったのかは、正直なところさっぱりわからない。

 記憶の中のその部分――心境に変化が生じた前後――だけが、やたらと曖昧になっているせいだ。

 まるでそこを、意図的に白い絵の具で塗りつぶしたかのように。


 いやもちろん、志藤が隠された真実を暴いたこととか、進むべき道を見出してくれたことは覚えているのだが。

 しかしその以外にも、事態を動かす契機となる何か――あるいは誰か――が存在したのでは、という気がしてならないのだ。


 だってそういう特別な事情でもなければ、あれほど沈滞しきっていた俺の心が、こんなにも前向きになるなどあり得ないから。

 自分の性格を考えれば、やはり相当強烈なきっかけがあったのだ、と見るべきだろう。


 ただしそのきっかけについて、具体的に考えようとすると――


(つっ……くそ、何だこれ……)


 必ず胸に、ナイフでも突き立てられたかのような鋭い痛みが走る。

 まるでそこには触れたくない、このまま忘れていた方がいい、と深層心理が訴えかけてきているかのように。

 

 それはおそらく、この記憶の欠落に、消失したクラスメイトの誰かが関わっているせいだろう。

 そいつのことを思い出すのが辛いから、直視したくないという願望が芽生え、結果こんな痛みを感じているのだ。

 だからこれまではずっと、その無意識の呼びかけに従い、あえて何もかも忘れたふりをしていた。


 だがそんな現実逃避は、卒業式の時に生じた奇妙な感覚により、脆くも崩れ去った。

 その失われた誰かが側にいる気がした上、そいつを妙に愛おしく感じてしまい、居ても立ってもいられなくなったのである。

 思い出したくないという気持ちが、あっさり押し流されるほど猛烈に。


 それで柳井に、いきなりあんな事を聞いてしまったわけだ。

 あんな妄想じみた話を、本気で他人にしていたなんて、今にして思うと本当に恥ずかしい。

 真面目に応じた上、全力で肯定――本心なのかどうかは不明だが――してくれたあいつには、もう少し感謝しておくべきだったのかもしれない……


 ……などと、柳井について考えたせいなのか、不意にそこで、あいつに対して共感のような感情が湧いてくる。


(そう言えば……あいつも、わりと重い事情を抱えてたんだな)


 それはあいつもまた、俺と同じく、死に至るほどの重傷を負っていたらしい……と知らされたから。

 そしてそんな状態で、周りに悟られぬまま戦い続けていた、という事実に衝撃を受けたから。


 どうやらあの『クロコダイル』に噛み付かれ、そこから無理やり脱出した際、命に関わるほどの大怪我をしたらしい。

 要はあの時点ですでに、体に深刻な異常が生じていたわけだ。

 それ以降ずっと、周りに黙って忍耐し続けていたのだから、中々の精神力と言えるだろう。


 実際身体的な苦痛があった分、同じような立場だった俺よりも、あいつの方が辛かったはずだ。

 それを冗談交じりとは言え、『根性なし』だなどと評して、本当に申し訳ないことをしたと思う。

 他人をつい侮ってしまうのは、昔から変わらぬ、俺の何より悪い癖なのだ。


 そんな自分を、俺は呆れながら笑った。

 相も変わらず傲慢で思い上がった男だ、と。


(やれやれ……どうしようもない馬鹿だよな)


 それでもまあ、昔に比べればだいぶ成長したわけだが。

 だって以前の俺なら、『自分もそうしていたかもしれない』とか、『お前はすごいと思う』なんて、口が裂けても言わなかったはずだから。

 恥ずかしい自画自賛にはなるが、少しはまともな人間に近づいた、と言っても良いのかもしれない。


 そしてきっと、俺がそんな風に成長するきっかけとなったのは――


(その誰か……なんだろうな)


 思い出したくないと願うほど、その喪失が悲しかった、もはや顔も名前もわからぬクラスメイトなのだろう。

 変化のきっかけを覚えていないのは、そいつの存在が記憶から消えたせい、というわけである。

 そんなにも大切な相手を忘れてしまうなんて、本当に薄情なやつだよ、と自らを罵るばかりだ。


 ただし一方、全てが無駄になったわけでもない。

 なぜならその誰かのおかげで、俺は今、こうして前向きに最後の戦いに挑めているのだから。

 我ながら似合わない、『みんなのために尽くす』という目的を胸にして。


 それは諦めに囚われたままであれば、決してできなかった行動だろう。

 その誰かが俺に、戦うための意志と力を与えてくれているわけだ。

 だから今は、そいつの犠牲を無駄にせぬため、迷わず進んでいくのみなのである。


 もっともその辺は、あくまで俺の方が考えていることなので――


(ま、怒っているかもしれんがな)


 向こうがどう思っているかまでは、さすがにわからない。

 と言うかほぼ間違いなく、肯定的には捉えていないだろう。

 俺の選択は基本、自分から死にに行くようなものなわけだから。

 相手が俺を気遣うような人間であれば、決してそれを許しはしないはずだ。


 一応柳井の話では、その誰かは小柄で元気な女の子だったらしい。

 果たして彼女は、俺の行動に対し、どんな反応をするのだろう。

 怒りながら引き止めるのか、それとも不安げに思い留まるよう訴えてくるのか、あるいは必死で駄々をこねたりでもするのか……


 ……なんて想像を、俺は楽しげな気分で巡らしていたのだが。

 ただその直後、ふと頭に――


(あ……?)


 懐かしさを強く感じる、不思議な映像が浮かぶ。

 それは元気という概念を目一杯詰め込んだような笑顔で、妖精のごとく自由に可憐に振る舞う、一人の小柄な少女の姿だ。

 はっきり誰なのかは思い出せないが、しかし今の状況を考えるに、これはひょっとして……


 ただしそうして、ようやく失われた記憶の扉へ触れたというのに、俺は結局それを開くことができなかった。


(……! 来たか……!)


 なぜなら機体のレーダーが、遥か前方に、大量の敵の姿を捉えたから。

 つい先頃、俺達がその中を突破した集団が、ここで追いついてきたらしい。

 まだかなり距離はあるものの、今の速度を維持していれば、遠からず接触することになるだろう。


 そして残念ながら、そこで起こるだろう戦いの見通しは、これ以上ないほどに悪い。

 なぜなら迫ってくる敵の量が、以前衝突後した時よりも、さらに増大していたせいだ。

 その規模は凄まじく、もはや数える気も起こらないレベルである。

 どうやら連中、俺達が卒業式をしている間に味方と合流し、完璧に月攻略の準備を整えたらしい。


 となるともはや、抵抗は無意味だろう。

 これほどの数の敵を前に、たった一機で立ちはだかるなんて、象の群れの前に飛び出た蟻も同じだから。

 十分な時間稼ぎどころか、ささやかな妨害すらできぬまま、無惨に押し潰されるだけに違いない。


 しかし当然のように、ここで尻尾を巻いて逃げ出す、という選択肢は無い。

 俺にはもはや、退くべき理由など、何ひとつ残っていないのだから。

 後はただ、一機でも多くの敵を道連れに、最後の戦場を駆け抜けるのみである。


 そんな風に俺は、自らの行いの無謀さを自覚しながらも、迷わず前に出ようとしていたのだが――


(……ん?)


 なんとその瞬間、まさしく我が目を疑うと呼ぶに相応しい、予想外の事態が発生する。


(これは……味方機の反応?)


 突然機体のレーダーが、味方機の反応――クラスメイトの誰かのものではない――を捉えたのだ。

 そいつは俺の後ろ、ちょうど月の方角からこちらへ向かっている。

 まるで俺と同じく、侵攻中の敵を阻もうとしているかのように。


 しかもその味方機の反応は、時間の経過と共に、どんどん数を増やしていく。

 一機、また一機と、俺のいる場所に集まってきたのだ。


 結果、その集団は――


(いや……すごい数になったな)


 十を超え、百をも超えて、千に届くかもしれない。

 なんと瞬く間に、そんな感想を抱いてしまうくらいの水準にまで膨れ上がった。

 機体のタイプも多種多様な上、これほど揃うところを見るのは初めてなので、中々に壮観な眺めである。


 そんな味方の威容を前に、俺はようやく事情を理解する。


「ははっ……どうも、馬鹿は俺だけじゃなかったみたいだな」


 こいつらも俺と同様に、ここで敵の足止めをしようとしている、という事実に気がついたのだ。

 新天地へと向かう仲間のため、例え自らは、ここで命を落とすことになったとしても。

 そうでなければ、わざわざ月からこちらへ来たりはしないはずだし、やはりそれが正しい推測だろう。


 もちろん、彼らが具体的に何を考えているのか、詳しいところはわからない。

 所属が別ゆえに通信ができず、意思の疎通自体が不可能だから。

 極端な話、人間が乗っているのかさえ不明なのだ。


 ただそれならば、と俺はそこで――


(……試してみるか)


 その現れた味方の内の一機に、軽く手を掲げて合図をしてみた。

 海に潜っているダイバーが、そうしてコミュニケーションを図る時のように。

 相手が本当に人間なのか、それを確かめることを目的として。


 するとその味方機も、間を置かず手を掲げ、同じような合図を返してくる。

 気のせいかもしれないが、少しはしゃいでいるような雰囲気だ。

 きっと互いに通じ合えたことが、向こうとしても嬉しかったのだろう。


 それを見て、俺は確信を持った。

 彼らもまた、自分の意志でここへ来たのだ、と。

 旅立つ仲間のため、最後まで戦おうとしているのだ、と。

 味方機の人間的な仕草が、そう信じさせてくれたのである。


 当然その事実は、俺にこの上ない心強さを与えてくれる。

 なぜなら共通する志を持った者達と共に、目の前の難敵へ挑めるとわかったから。

 今までずっと、あの学校でそうしてきたのと同じように。

 おかげでもはや、わずかに残る怯えや気後れも、心の内からきれいさっぱり消え去っていた。


 もっとも残念ながら、それだけ集まってくれたにも関わらず、未だ味方の数は敵より少ない。

 通信不能で連携も取りづらいし、結局のところ、戦況は圧倒的に不利なままなのである。

 要はこちら側の敗北が確定している、という事実に変わりはないのだ。


 それでも一人ではない以上、できることは格段に増えている。

 時間稼ぎだけならば、この戦力でも十分に成し遂げられるはずだ。

 本当に有難い、と感謝せずにはいられない。


 そうして生まれた勇気を胸に、俺は自らの武器を構え、機体を前進させよう……としていたのだが。

 なぜだかふと、その直前で――


(あ……?)


 突然頭に、妙な言葉が浮かんできたので、それを口に出して呟いてみた。

 その内容が、今のこの状況に何より相応しいと思ったから、言わずにはいられなかったのである。


「……さてさて、では行こうじゃないか。

 創造主に反旗を翻し、ましてや滅ぼさんとさえする機械どもの魔の手から。

 人類最後の生存圏、月面都市『アヴァロン』を守り抜くため。

 栄えある誇り高き、『ムーン・セイヴァーズ』の一員として。

 命がひどく簡単に、星々のきらめきのように散っていく、過酷な戦場へと赴くのだ!」


 それを言い終えると同時に、俺は自らを奮い立たせるため、さらに声を大にして咆哮する。


「さあ……行くぞっ!」



 そして集った仲間達と共に、自分と人類にとって最後になるだろう、機械どもとの戦闘を開始した――








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