Section-4
更新履歴 21/11/10 文章のレイアウト変更・表現の修正
いつものように姿勢良く教壇に立ちつつも、その凜とした佇まいとは裏腹に、涙で崩れた笑顔を浮かべる志藤さん。
そうしていつになく感情を露わにする彼女を、祝福するように微笑みながら、温かい眼差しで見守る橘君と柳井君、そして私の三人。
その穏やかな幸福感に包まれた教室の中で、独り望月和歌は考えていた。
(……全員、揃っていたらなあ)
十二人のクラスメイト全員が、ここに揃っていたらどんなに良かっただろう、と。
理不尽に未来を奪われた八人にも、この光景を見せてあげたかった、と。
彼らの不在を悔やみながら、改めてその無念さを噛み締めていたのだ。
だって彼らは、何ひとつ受け取れてはいない。
あの倉田先生から贈られた、愛情溢れるメッセージも。
今のこの教室に漂う、優しさに満ちた空気も。
直接聞いたり、その身で感じたりはできなかったのだ。
それはこんな状況でなければ、必ず得られていたはずのものなのに。
実際もし皆が揃っていたら、きっとこのお手製の卒業式も、より思い出深くなっていただろう。
四人よりも十二人の方が、分かち合えるものだってずっとずっと多いのだから。
勿体ないというか口惜しいというか、とにかく大きな心残りを感じずにはいられない。
中でも特に、私の胸を抉っているのは――
(スズ……木原君……結城君……)
やはり戦いの最中に失われた、三人の友人達のことだ。
彼らと共に、この瞬間を迎えられたらどんなに良かっただろう。
互いに卒業を喜びあえていたら、どんなに幸せだったことだろう。
その胸を締めつける後悔は、考えたって仕方ないこととわかっていても、決して消えぬままなのである。
するとそうやって、改めて彼らのことを思い返したせいなのか、ふと心に後ろめたさのような感情が芽生えてくる。
(……やっぱり、怒ってるかな)
『この学校に残る』という私の選択に対し、彼らが怒っているのではないか。
そんな事はしなくていいから生き延びろ、と今も訴えかけてきているのではないか。
そういう不安が、突如抑えようもなく膨れ上がってきたのだ。
ただまあ、それも当然の反応だろう。
だって私がしようとしているのは、自分で自分の命を絶つに等しい行為なのだから。
ここまでにしてきた努力を、丸ごと否定するような暴挙なのだから。
悪い表現をするのならば、命懸けで私を守ってくれた彼らへの、重大な裏切りとさえ言えてしまう。
怒られ叱られるのが当たり前の、極めて愚かな所業というところか。
きっと本来なら私は、彼らとの思い出を置き去りにしてでも、明日へと向かうべきであるに違いない。
だがそうとわかっていても、やっぱり置いて行く気にはなれなかった。
みんなとの思い出が詰まった、大切なこの学校を。
今もまだ、スズが中で眠っているあの機体を。
残らず捨てて先に進むなんて、私には絶対に選びようがない道なのである。
もちろん学校のデータだけ持っていくとか、スズの機体を自分で運ぶとか、そういう選択肢も考えはしたのだが。
しかし結局、みんなの魂はここに残っている気がして、そのやり方にも肯定的にはなれなかった。
抜け殻だけを持っていっても、彼らがこの世界にいた証にはならない、と思ってしまったのだ。
だからこそ私は、大切な思い出と共にここへ留まろう、と決意した。
彼らが存在した、という事実を証明するため、全てが終わるその瞬間までずっと。
まるで自らの命を、墓標として捧げるかのように。
それが今の私に残された、たったひとつの叶えたい願いなのである。
ゆえにそっと、私は友人達に謝罪をした。
彼らの想いを無駄にしてしまうことに、この上なく大きな罪悪感を覚えながら。
(ごめんね……スズ、木原君、結城君)
もっとも正直に言えば、あの三人ならきっと許してくれるだろう、と密かに信じてもいる。
我ながら身勝手な考え方だとは思うが、それが偽りなき私の胸中なのである。
ゆえに今はもう、後は己の使命を真摯に果たしていくのみ、という心境になっていた。
するとそうして、私が決意を固め直した直後、柳井君が明るい声を上げる。
勢い良く自分の席から立ち上がりつつ、私達に呼びかけを発したのである。
「よし! じゃあそろそろ、旅立つ二人の見送りといきますか!」
月へと向かう志藤さんや、敵の迎撃に赴く予定の橘君を、残る私達で送り出そうというわけだ。
要はここへ来て、ついに離別の時が訪れたのである。
彼の口調が妙に陽気なのは、その瞬間が暗くならぬよう配慮しているからに違いない。
実際そんな柳井君の意志を汲むように、他の二人も動き出していた。
志藤さんは涙を拭って、彼女らしい凛々しさを取り戻していたし、橘君の方も、すっかりいつもの冷静な彼に戻っているのだ。
普段と同じように行動し、明るく旅立ちを迎えるつもり、ということだろう。
ならばと私も、そんな皆に遅れぬよう、自分の席から立ち上がった……のだが――
(……あれ?)
なぜだかその瞬間、心の中に、猛烈な違和感が生じる。
自分は何か大切な事を見過ごしている、という強い不安が、急に芽生えてきたのだ。
しかもその感覚のせいで、直後に体が凍りついたかのように硬直し、私は完全に動けなくなった。
何やら全身を鎖で絡め取られ、きつく拘束されたみたいな感覚である。
これではもはや、歩き出すどころか、指の一本さえ満足に動かせない。
さらに不可解なのは、これほどの異変に見舞われているというのに、原因に全く思い当たる節が無いことだ。
いったいどういうきっかけで、私はこの奇妙な現象に見舞われているのだろうか。
そんな風に一人、自身に起きた変化に戸惑
いつつも、私は一方で思考を開始する。
(何か、忘れているのかな……?)
いったん落ち着いて、過去に想いを巡らしてみたのだ。
一切心当たりが無いのに、ここまで体に変化が生じている以上、その原因は失われた記憶にあるとしか思えなかったから。
それらを丹念に思い出していくことで、事態の根本を探り当てようとしたのである。
結果として、記憶の底から浮かび上がってきたのは――
(え……これ、は……)
まだ何も知らぬまま、ホームルームで卒業式についての相談をしていた頃、『彼』から聞いたとある言葉だ。
『ああ――、考――たんだよ。その……カ――ケで何を歌――さ』
『彼』とはそう、木原開人君のこと。
浮かんだのは以前、卒業の思い出作りの方法を話し合った後、彼が語ったひとつのアイデアである。
それが突然、途切れ途切れに蘇ってきたのだ。
その復活した記憶は、次第に鮮明さを増しつつ、私の胸の内を埋め尽くしていく。
『卒業―ングだろ……あ、―うだ。これなんかどうかな』
そして記憶の中の彼が、その自らの提案を実行に移し、一人で『歌い出す』と同時に――
(あ……)
私の口からも、自然とその歌が溢れ出していた……
『い つ ま で も
絶 え る こ と な く』
その瞬間、みんなが一斉に私の方を振り向く。
驚きと戸惑いに満ちた視線を、揃ってこちらに向けてきたのである。
まあ前触れもなく急に歌い出したのだ、至極当然の反応だろう。
しかしそれでも、私は止まらなかった。
そのまま迷うことなく歌い続け、今の状況に何よりも相応しいだろう、歌のワンフレーズを皆に届けたのである。
『友 達 で い よ う』
結果として自分以外の全員の表情が、みるみる固く強張っていく。
己の内から込み上げてくるものを、必死で抑え込んでいるかのように。
どうやら先ほどの歌詞が、深く胸に突き刺さったらしい。
そんな周囲を意識しながら、私はさらに歌い続けていった。
『明 日 の 日 を 夢 見 て
希 望 の 道 を』
そういう私の姿に、やはり少なからず感じるものがあったのだろう。
その途中で、自然とみんながその歌に参加してくる。
まず志藤さんが、彼女らしく冷静に、ただ少しだけ高ぶった声で歌い始めた。
次いで柳井君が、何かを覆い隠そうとするかのような大声で、そんな志藤さんに続く。
そして最後に橘君が、いつも通り落ち着いているようで、しかしわずかに震えた声で加わった。
そうやって互いに共鳴しながら、私達の合唱は続いていく……
『空 を 飛 ぶ 鳥 の よ う に
自 由 に 生 き る』
するとその最中、私は不思議な現象に遭遇した。
急に自分の周り、付近の机の辺りに、誰かがいるような気配を感じたのだ。
それは志藤さん達のものではない、もっと多くの人達の息遣いである。
その感覚に強い胸騒ぎを覚えた私は、変わらず歌い続けながらも、感じた気配の方へと注意を向け――
『今 日 の 日 は さ よ う な ら
ま た あ う 日 ま で』
結果としてそこに、息を合わせて合唱に加わる、三人のクラスメイトの姿を発見する。
(ああ……! みんな……!)
楽しげな様子でこちらへ視線を向ける、少年のような笑顔を浮かべた男の子、木原開人君。
私を優しく守るように見つめる、涼やかな佇まいの女の子、美山涼。
そんな私達を見て、幸せそうに微笑む穏やかな表情の男の子、結城悟君。
つまりはもう会えぬと覚悟したはずの、掛け替えのない大切な友人達が、すぐ側で一緒に歌ってくれていたわけだ。
私はそうして、突如現れた三人に対し、涙ぐみつつ内心で呼びかけた。
再会できたことの喜びを、これでもかとばかりに噛み締めながら。
(また……会えたね)
ただ今ここにいる彼らが、具体的にどういう存在なのかは不明だ。
だって他のみんなが、三人の出現に一切反応していない上、実のところその見た目には、どこかおぼろげな雰囲気が漂っているから。
きっと実際に生き返ったわけではなく、何かしら不確かな状態でここにいるのだろう。
となると可能性としては、この教室に残存していたデータの影だとか、単純に私が幻覚を見ているだけだとか、あるいは本当の幽霊だとか……まあそんなところに違いない。
いずれにしても、素直に喜べるものとは言い難いのである。
でも一方で、はっきりと感じられてもいた。
やっぱりみんなは、まだここにいたのだ、と。
残ると決めたこの学校で、私を見守ってくれていたのだ、と。
要はそういう手応えというか、強い実感みたいなものが、明確に体を包んでいたのである。
ならばやはり、今はそれを信じるべきだろう。
二度とは得られぬと思っていた、奇跡のようなこの瞬間を、存分に味わい尽くすために。
しかもそうして自らの感覚を受け入れた私が、その満足感に浸りつつ、気分良く歌っていると――
『信 じ あ う よ ろ こ び を
大 切 に し よ う』
それを引き金にして、次々と教室の中へ、三人の友人達と似た存在が現れる。
(あっ……他の、みんなも……!)
例えば志藤さんの脇に、彼女を支える騎士のごとく立つ、柔らかい雰囲気の男の子。
橘君の側で、その袖を掴みながら楽しげに歌う、小柄でとても元気そうな女の子。
柳井君に寄り添い、少し体を預けるようにする、控えめで儚げな印象の女の子。
我関せずという顔をしながら、他の皆をちょくちょく気にかけている、眉間に皺の寄った男の子。
そんな彼を、太陽のような笑顔で眺めながら、美しい歌声を響かせる女の子。
彼らが誰なのかは、まあ考えるまでもあるまい。
ここに至るまでの戦いで命を落とした、大切なクラスメイト達だ。
やはり私以外が気づく素振りは皆無なものの、雰囲気からして間違いない。
つまりは今ここに、卒業を祝う歌に導かれるようにして、かつての仲間達が再び集結したのである。
ゆえに当然、その中には――
『今 日 の 日 は さ よ う な ら
ま た あ う 日 ま で』
(あ……先生も……)
合唱を続ける私達を、少し離れた場所で見守る倉田先生もいた。
その佇まいは、旅立つ生徒達を送り出す教師そのもの、と言った印象だ。
ただし身に纏う空気は、普段と大きく異なっている。
いつもの先生の、どちらかと言えばぼんやりとした雰囲気とは裏腹に――
(先生……!)
今は口元に手を当てて、きつく目を閉じながら、何度も激しく嗚咽を漏らしているのだ。
きっと生徒の無事を喜ぶ気持ちと、喪失を嘆く気持ちに、同時に心を揺さぶられているからだろう。
自分が見るのは初めての、大いに感情を露わにしたその姿には、こちらも胸が詰まる想いを抱かずにはいられなかった。
とは言えここで歌を止めれば、せっかく訪れた、この奇跡的な時間を台無しにすることになる。
そこで私は、必死に己の感情を制御すると、今のこの瞬間に全力で感謝をしながら――
(みんな、ありがとう……!)
再び揃った十二人の仲間達と共に、精一杯の心を込めて、歌の最後のフレーズを歌い上げた……
『ま た あ う 日 ま で……』
曲名『今日の日はさようなら』
作詞『金子詔一』
検索すればすぐ動画が出てきますので、どういう歌かわからないという方は、そちらを参照してみてください。




