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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-14 『Our song』
162/173

Section-4

更新履歴 21/11/10 文章のレイアウト変更・表現の修正


 いつものように姿勢良く教壇に立ちつつも、その凜とした佇まいとは裏腹に、涙で崩れた笑顔を浮かべる志藤さん。


 そうしていつになく感情を露わにする彼女を、祝福するように微笑みながら、温かい眼差しで見守る橘君と柳井君、そして私の三人。


 その穏やかな幸福感に包まれた教室の中で、独り望月和歌は考えていた。



(……全員、揃っていたらなあ)


 十二人のクラスメイト全員が、ここに揃っていたらどんなに良かっただろう、と。

 理不尽に未来を奪われた八人にも、この光景を見せてあげたかった、と。

 彼らの不在を悔やみながら、改めてその無念さを噛み締めていたのだ。


 だって彼らは、何ひとつ受け取れてはいない。

 あの倉田先生から贈られた、愛情溢れるメッセージも。

 今のこの教室に漂う、優しさに満ちた空気も。

 直接聞いたり、その身で感じたりはできなかったのだ。

 それはこんな状況でなければ、必ず得られていたはずのものなのに。


 実際もし皆が揃っていたら、きっとこのお手製の卒業式も、より思い出深くなっていただろう。

 四人よりも十二人の方が、分かち合えるものだってずっとずっと多いのだから。

 勿体ないというか口惜しいというか、とにかく大きな心残りを感じずにはいられない。


 中でも特に、私の胸を抉っているのは――


(スズ……木原君……結城君……)


 やはり戦いの最中に失われた、三人の友人達のことだ。

 彼らと共に、この瞬間を迎えられたらどんなに良かっただろう。

 互いに卒業を喜びあえていたら、どんなに幸せだったことだろう。

 その胸を締めつける後悔は、考えたって仕方ないこととわかっていても、決して消えぬままなのである。


 するとそうやって、改めて彼らのことを思い返したせいなのか、ふと心に後ろめたさのような感情が芽生えてくる。


(……やっぱり、怒ってるかな)


 『この学校に残る』という私の選択に対し、彼らが怒っているのではないか。

 そんな事はしなくていいから生き延びろ、と今も訴えかけてきているのではないか。

 そういう不安が、突如抑えようもなく膨れ上がってきたのだ。


 ただまあ、それも当然の反応だろう。

 だって私がしようとしているのは、自分で自分の命を絶つに等しい行為なのだから。

 ここまでにしてきた努力を、丸ごと否定するような暴挙なのだから。


 悪い表現をするのならば、命懸けで私を守ってくれた彼らへの、重大な裏切りとさえ言えてしまう。

 怒られ叱られるのが当たり前の、極めて愚かな所業というところか。

 きっと本来なら私は、彼らとの思い出を置き去りにしてでも、明日へと向かうべきであるに違いない。


 だがそうとわかっていても、やっぱり置いて行く気にはなれなかった。

 みんなとの思い出が詰まった、大切なこの学校を。

 今もまだ、スズが中で眠っているあの機体を。

 残らず捨てて先に進むなんて、私には絶対に選びようがない道なのである。


 もちろん学校のデータだけ持っていくとか、スズの機体を自分で運ぶとか、そういう選択肢も考えはしたのだが。


 しかし結局、みんなの魂はここに残っている気がして、そのやり方にも肯定的にはなれなかった。

 抜け殻だけを持っていっても、彼らがこの世界にいた証にはならない、と思ってしまったのだ。


 だからこそ私は、大切な思い出と共にここへ留まろう、と決意した。

 彼らが存在した、という事実を証明するため、全てが終わるその瞬間までずっと。

 まるで自らの命を、墓標として捧げるかのように。

 それが今の私に残された、たったひとつの叶えたい願いなのである。


 ゆえにそっと、私は友人達に謝罪をした。

 彼らの想いを無駄にしてしまうことに、この上なく大きな罪悪感を覚えながら。


(ごめんね……スズ、木原君、結城君)


 もっとも正直に言えば、あの三人ならきっと許してくれるだろう、と密かに信じてもいる。

 我ながら身勝手な考え方だとは思うが、それが偽りなき私の胸中なのである。

 ゆえに今はもう、後は己の使命を真摯に果たしていくのみ、という心境になっていた。


 するとそうして、私が決意を固め直した直後、柳井君が明るい声を上げる。

 勢い良く自分の席から立ち上がりつつ、私達に呼びかけを発したのである。


「よし! じゃあそろそろ、旅立つ二人の見送りといきますか!」


 月へと向かう志藤さんや、敵の迎撃に赴く予定の橘君を、残る私達で送り出そうというわけだ。

 要はここへ来て、ついに離別の時が訪れたのである。

 彼の口調が妙に陽気なのは、その瞬間が暗くならぬよう配慮しているからに違いない。


 実際そんな柳井君の意志を汲むように、他の二人も動き出していた。

 志藤さんは涙を拭って、彼女らしい凛々しさを取り戻していたし、橘君の方も、すっかりいつもの冷静な彼に戻っているのだ。

 普段と同じように行動し、明るく旅立ちを迎えるつもり、ということだろう。


 ならばと私も、そんな皆に遅れぬよう、自分の席から立ち上がった……のだが――


(……あれ?)


 なぜだかその瞬間、心の中に、猛烈な違和感が生じる。

 自分は何か大切な事を見過ごしている、という強い不安が、急に芽生えてきたのだ。


 しかもその感覚のせいで、直後に体が凍りついたかのように硬直し、私は完全に動けなくなった。

 何やら全身を鎖で絡め取られ、きつく拘束されたみたいな感覚である。

 これではもはや、歩き出すどころか、指の一本さえ満足に動かせない。


 さらに不可解なのは、これほどの異変に見舞われているというのに、原因に全く思い当たる節が無いことだ。

 いったいどういうきっかけで、私はこの奇妙な現象に見舞われているのだろうか。


 そんな風に一人、自身に起きた変化に戸惑

いつつも、私は一方で思考を開始する。


(何か、忘れているのかな……?)


 いったん落ち着いて、過去に想いを巡らしてみたのだ。

 一切心当たりが無いのに、ここまで体に変化が生じている以上、その原因は失われた記憶にあるとしか思えなかったから。

 それらを丹念に思い出していくことで、事態の根本を探り当てようとしたのである。


 結果として、記憶の底から浮かび上がってきたのは――


(え……これ、は……)


 まだ何も知らぬまま、ホームルームで卒業式についての相談をしていた頃、『彼』から聞いたとある言葉だ。


『ああ――、考――たんだよ。その……カ――ケで何を歌――さ』


 『彼』とはそう、木原開人君のこと。

 浮かんだのは以前、卒業の思い出作りの方法を話し合った後、彼が語ったひとつのアイデアである。

 それが突然、途切れ途切れに蘇ってきたのだ。


 その復活した記憶は、次第に鮮明さを増しつつ、私の胸の内を埋め尽くしていく。


『卒業―ングだろ……あ、―うだ。これなんかどうかな』


 そして記憶の中の彼が、その自らの提案を実行に移し、一人で『歌い出す』と同時に――


(あ……)


 私の口からも、自然とその歌が溢れ出していた……



『い つ ま で も 


 絶 え る こ と な く』



 その瞬間、みんなが一斉に私の方を振り向く。

 驚きと戸惑いに満ちた視線を、揃ってこちらに向けてきたのである。

 まあ前触れもなく急に歌い出したのだ、至極当然の反応だろう。


 しかしそれでも、私は止まらなかった。

 そのまま迷うことなく歌い続け、今の状況に何よりも相応しいだろう、歌のワンフレーズを皆に届けたのである。



『友 達 で い よ う』



 結果として自分以外の全員の表情が、みるみる固く強張っていく。

 己の内から込み上げてくるものを、必死で抑え込んでいるかのように。

 どうやら先ほどの歌詞が、深く胸に突き刺さったらしい。


 そんな周囲を意識しながら、私はさらに歌い続けていった。



『明 日 の 日 を 夢 見 て


 希 望 の 道 を』



 そういう私の姿に、やはり少なからず感じるものがあったのだろう。

 その途中で、自然とみんながその歌に参加してくる。


 まず志藤さんが、彼女らしく冷静に、ただ少しだけ高ぶった声で歌い始めた。


 次いで柳井君が、何かを覆い隠そうとするかのような大声で、そんな志藤さんに続く。


 そして最後に橘君が、いつも通り落ち着いているようで、しかしわずかに震えた声で加わった。


 そうやって互いに共鳴しながら、私達の合唱は続いていく……



『空 を 飛 ぶ 鳥 の よ う に


 自 由 に 生 き る』



 するとその最中、私は不思議な現象に遭遇した。

 急に自分の周り、付近の机の辺りに、誰かがいるような気配を感じたのだ。

 それは志藤さん達のものではない、もっと多くの人達の息遣いである。


 その感覚に強い胸騒ぎを覚えた私は、変わらず歌い続けながらも、感じた気配の方へと注意を向け――



『今 日 の 日 は さ よ う な ら


 ま た あ う 日 ま で』



 結果としてそこに、息を合わせて合唱に加わる、三人のクラスメイトの姿を発見する。


(ああ……! みんな……!)


 楽しげな様子でこちらへ視線を向ける、少年のような笑顔を浮かべた男の子、木原開人君。


 私を優しく守るように見つめる、涼やかな佇まいの女の子、美山涼。


 そんな私達を見て、幸せそうに微笑む穏やかな表情の男の子、結城悟君。


 つまりはもう会えぬと覚悟したはずの、掛け替えのない大切な友人達が、すぐ側で一緒に歌ってくれていたわけだ。


 私はそうして、突如現れた三人に対し、涙ぐみつつ内心で呼びかけた。

 再会できたことの喜びを、これでもかとばかりに噛み締めながら。


(また……会えたね)


 ただ今ここにいる彼らが、具体的にどういう存在なのかは不明だ。

 だって他のみんなが、三人の出現に一切反応していない上、実のところその見た目には、どこかおぼろげな雰囲気が漂っているから。

 きっと実際に生き返ったわけではなく、何かしら不確かな状態でここにいるのだろう。


 となると可能性としては、この教室に残存していたデータの影だとか、単純に私が幻覚を見ているだけだとか、あるいは本当の幽霊だとか……まあそんなところに違いない。

 いずれにしても、素直に喜べるものとは言い難いのである。


 でも一方で、はっきりと感じられてもいた。

 やっぱりみんなは、まだここにいたのだ、と。

 残ると決めたこの学校で、私を見守ってくれていたのだ、と。


 要はそういう手応えというか、強い実感みたいなものが、明確に体を包んでいたのである。

 ならばやはり、今はそれを信じるべきだろう。

 二度とは得られぬと思っていた、奇跡のようなこの瞬間を、存分に味わい尽くすために。


 しかもそうして自らの感覚を受け入れた私が、その満足感に浸りつつ、気分良く歌っていると――



『信 じ あ う よ ろ こ び を


 大 切 に し よ う』



 それを引き金にして、次々と教室の中へ、三人の友人達と似た存在が現れる。


(あっ……他の、みんなも……!)


 例えば志藤さんの脇に、彼女を支える騎士のごとく立つ、柔らかい雰囲気の男の子。


 橘君の側で、その袖を掴みながら楽しげに歌う、小柄でとても元気そうな女の子。


 柳井君に寄り添い、少し体を預けるようにする、控えめで儚げな印象の女の子。


 我関せずという顔をしながら、他の皆をちょくちょく気にかけている、眉間に皺の寄った男の子。


 そんな彼を、太陽のような笑顔で眺めながら、美しい歌声を響かせる女の子。


 彼らが誰なのかは、まあ考えるまでもあるまい。

 ここに至るまでの戦いで命を落とした、大切なクラスメイト達だ。

 やはり私以外が気づく素振りは皆無なものの、雰囲気からして間違いない。

 つまりは今ここに、卒業を祝う歌に導かれるようにして、かつての仲間達が再び集結したのである。


 ゆえに当然、その中には――



『今 日 の 日 は さ よ う な ら


 ま た あ う 日 ま で』



(あ……先生も……)


 合唱を続ける私達を、少し離れた場所で見守る倉田先生もいた。

 その佇まいは、旅立つ生徒達を送り出す教師そのもの、と言った印象だ。


 ただし身に纏う空気は、普段と大きく異なっている。

 いつもの先生の、どちらかと言えばぼんやりとした雰囲気とは裏腹に――


(先生……!)


 今は口元に手を当てて、きつく目を閉じながら、何度も激しく嗚咽を漏らしているのだ。

 きっと生徒の無事を喜ぶ気持ちと、喪失を嘆く気持ちに、同時に心を揺さぶられているからだろう。

 自分が見るのは初めての、大いに感情を露わにしたその姿には、こちらも胸が詰まる想いを抱かずにはいられなかった。


 とは言えここで歌を止めれば、せっかく訪れた、この奇跡的な時間を台無しにすることになる。

 そこで私は、必死に己の感情を制御すると、今のこの瞬間に全力で感謝をしながら――


(みんな、ありがとう……!)


 再び揃った十二人の仲間達と共に、精一杯の心を込めて、歌の最後のフレーズを歌い上げた……



『ま た あ う 日 ま で……』







曲名『今日の日はさようなら』

作詞『金子詔一』


検索すればすぐ動画が出てきますので、どういう歌かわからないという方は、そちらを参照してみてください。

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