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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-14 『Our song』
161/173

Section-3

更新履歴 21/11/10 文章のレイアウト変更・表現の修正


「以上をもちまして、県立芦原高等学校、卒業証書授与式を終了いたします……」



 その宣言に答える者は、今のこの教室には誰もいない。

 みんなが三者三様に、じっと黙ったまま、それぞれ別の反応を見せるだけだったのだ。


 橘君はいつも通り、いやいつも以上に固い顔をしながら、どこか遠くを見ている。


 柳井君は完全に顔を俯かせており、その表情は全く見えないが、わずかに背中を震わせていた。


 望月さんは目を閉じ、じっと唇を噛みながら、流した涙の跡を拭っている。


 そこに共通しているのは、皆が揃って、何かに耐えているような雰囲気ということだ。

 その理由に関しては、まあわざわざ言うまでもあるまい。

 自分はどんな顔をしているか、なんて考えたくもないが、きっと私も似たような感じなのだろう。


 またその空気に影響されたのか、自然と様々な感情が、後から後から心に浮かんでくる。

 それは『この学校から離れたくない』という気持ちや、『いつまでもここで皆と過ごしていたい』という願望だ。

 きっと捨て置いて先へ進むには、あまりに多くのものが詰まったこの場所に、強い未練を感じてしまっているからに違いない。


 だがもちろん、このままここへ留まる、なんて選択肢は無い。

 例え今は平和なのだとしても、母艦がまともに動けない以上、遠からず敵に追いつかれてしまうはずだから。

 生き延びたいのであれば、必ずその前に旅立たねばならぬ、ということなのである。


 ゆえに私は、力任せに未練を振り切って、皆に出発の意思を告げようとした……のだが。


「……そろそろ、行きましょうか」


 なんとそこに、突然橘君が割り込んできて――


「ひとつ、いいか」


 前触れもなく突然、寝耳に水と言うか青天の霹靂と言うか、とにかく腰を抜かしかねないほどの意外な宣言を行った。


「俺は月には行かない。ここに残る」


 私はそれに意表を突かれ、思わず大きな声を上げてしまう。

 なぜ彼が、急にそんな事を言い出したのかわからず、激しく動揺してしまったのだ。


「え……!?」


 加えてそれと同時に、他の二人も一斉に橘君の方を振り向いた。

 その顔は一様に、呆気に取られたような雰囲気のまま固まっている。

 私同様、彼の発言に驚かされたのだろう。


 そんな私達に対し、橘君は一切の動揺なく、冷静に自らの意図を説明し始めた。


「安心してくれ。別に自暴自棄になった、とかそういうわけじゃない。

 単に俺が月に行っても意味が無いから、ここに留まりたいって言ってるだけだ」


 それでも意味が掴めず、ますます首を傾げるばかりのこちらへ――


「月に行っても……意味が無い?」


 彼はひどく淡々とした口調で、その雰囲気とは裏腹の、自分が抱えた深刻な事情を打ち明ける。


「実は俺、もう死んでるんだ。

 いや正確に言えば、絶対に治らないくらいの重傷を負っている、ってところか。

 そういう状態で、あの機体の中に詰め込まれてるんだよ。

 だから――」


 その想定外過ぎる告白に、私は思い切り度肝を抜かれて、慌てて話を進めようとする橘君を押し止めた。

 それからすぐ、発言の詳細について問いかける。


「ち……ちょっと待ってください!

 もう死んでるって……どういう事ですか?

 なぜ、なぜそんな事がわかるんですか?」


 もっとも彼の方は、変わらず落ち着き払った様子のまま、静かに回答をくれるだけだった。


「ああ……それはここに来る直前の記憶が、少しだけど残っているからだ。

 その記憶の中で、俺は突然戦闘に巻き込まれて、かなりの重傷を負った。

 そして意識を失って、次に気がついた時には、いつの間にかこの学校にいたんだ。


 たぶん瀕死だった俺を、軍の連中が無理やり機体に乗せたんだろうな。

 戦力の足しにするために、死にかけでも構わずに。


 つまり俺は、仮に月へ到着できても、そのまま死ぬだけの状態かもしれない……ってことになる。

 行っても無意味だって言ったのは、それが理由だ」


 結果として私は、完全に言葉を失う。

 橘君がこれまでずっと、自身の死を覚悟しながら戦っていたという事実に、大きな衝撃を受けたからだ。


 まあ実際、それはそうだろう。

 だって今の言葉が真実であるならば、彼は自らの死を受け入れた上で、生き延びるために努力していたことになるのだから。

 そんな矛盾した行い、いったいどれほどの精神力があればできることなのか。

 自分には到底不可能な、その辛い戦いを乗り越えてきた彼に、かける言葉など何ひとつ見つけられなかった。


 そんな私の代わりに、次いで柳井君が、橘君に話しかけ――


「……なあ。それって、本気なんだよな?」


 すぐそれに応じた橘君へ、続けてこれからの事を問いかける。


「ああ」


「……じゃあ、これからどうするつもりなんだ?

 ここに残るって言ってたけど、何かやりたいことでもあるのか?」


 すると橘君は、その質問に対し、自分の命を一切省みていないような答えを返す。


「月に攻めてくる連中を、ここで迎え撃とうと思ってる。

 まあ要するに、時間稼ぎをやろうってことだ。

 向こうに行ってから何が起こるかわからない以上、余裕があるに越したことはないからな。


 もちろん一人じゃ大したことはできないが、どうせ無くなる命なんだし、有意義に使った方が絶対にいいはずだ」


 その自己犠牲が過ぎる発言を危惧して、私は必死に彼を止めようとする。


「で、でも橘君が、その……瀕死の重傷を負っていると言うのは、単に推測なんですよね?

 大怪我をしたという記憶があるだけで、現在どういう状態なのかは確認していないんですよね?


 ならばすでに、怪我が治癒している可能性もあります。

 あるいは月に到達してから、何らかの治療を施すことだって……」


 しかしその途中で、彼は私の話を遮り、首を振りながら自身の決意を告げた。


「例えそうだとしても、俺はここに残る。

 自分が生き延びられるわずかな確率に賭けるより、俺がここに留まって戦うことで、少しでもみんなが生き延びられる確率を上げたいんだ。

 今までしてきた努力を、最後の最後で無駄にしないためにな。

 自分でも似合わない事を言ってるとは思うが、一応これが、今の俺の正直な気持ちだ」


 私はまたもそれに圧倒され、無意味な呟きを絞り出すしかなくなる。


「そんな……」


 なぜならはっきり、『これは止められない』と感じてしまったから。

 その口調や振る舞いを見て、彼の決意はもはや動かせぬ、と思ってしまったのである。

 本当に残念だが、説得は諦めるしかないのだろう。

 せっかくここまで来たのに、まさかこんな事になるなんて、と悔やまずにはいられない。


 しかもそこへ、追い討ちをかけるかのように――


「あの……」


 なんと望月さんまでもが、橘君と同じようなことを言い出した。


「突然でごめんなさい。

 実は私も、ここに残りたいと思っているんです」


 当然私は、さらに心を掻き乱されながら、慌ててその真意を問い質す。


「も、望月さんまで……なぜそんな事を?

 まさかあなたも、体に何か?

 それとも橘君みたいに、ここで敵を迎え撃ちたいとか……」


 彼女はそれに、軽く首を振ってから、静かに応じてくれた……のだが。

 皆の視線を浴びつつ発されたその答えは、一瞬戸惑ってしまうようなものだった。


「いえ、たぶん体の方は無事だと思います。

 確認はしてないんですけど、私には大怪我をしたとか、そういう記憶は残っていないので。


 それに私は、あの宇宙で戦いたいんじゃなくて、『ここ』に残りたいんです」


 それを聞いた橘君が、怪訝そうな様子で眉間に皺を寄せる。

 同じく柳井君も、不思議がっている風に首を傾げるばかりだ。

 望月さんの発言の意図が、すぐには掴めなかったのだろう。


 ただ私は、いち早く彼女の真意に気づき、信じられない心持ちでそれを確認した。


「それはつまり……『この学校』に残るということですか?」


 望月さんは穏やかな微笑みを浮かべつつ、私のその問いかけを肯定する。


「はい」


 つまりは宇宙で敵を迎え撃とうとしているわけではなく、今いる学校の方に留まるつもりなのだ。

 母艦が撃墜されると同時に崩壊し、自らの命も失われてしまうはずの、おそろしく不安定な空間の中に。

 彼女がそんな事をしようと思った動機は、当然のようにさっぱりわからない。


 ゆえにその混乱を抱えたまま、私は望月さんに同じ質問をしたのだが――


「なぜ、そんな事を……?」


 彼女はどこか晴れ晴れとした表情で、迷わずその問いかけに答えた。


「それはこの場所に、置いていってはいけないものがある、と思うからです。

 絶対に離れたくない人が、まだここにいる、という気がするからです。

 だから最後の一瞬まで、私はここに留まっていたいんです。


 もちろん向こうは、そんな事は望んでいないと思うんですけど……

 でもやっぱり、見捨てて行くことはできません。

 本当に、ごめんなさい」


 その話を聞いて頭に浮かぶのは、トルーパーの改造を嫌がった時の、ひどく強張った彼女の顔だ。

 察するにどうも、未だあの中にいる誰かが、望月さんの『絶対に離れたくない人』らしい。


 であれば当然、ここを離れてしまえば、その人を置き去りにしていくことになる。

 大切な相手をそんな風に扱うのは、確かに胸が引き裂かれるほどに辛いことだろう。

 『それをやりたくない』という気持ちは正直言ってわかるし、そんな彼女の選択を否定し、翻意を促す気にはなれなかった。


 しかもそうして私が、望月さんの意志を知り、気持ちを沈ませているところへ――


「そっか……じゃあ――」


 柳井君までもが発言を開始、まさかあなたまでと怯える私の前で、まさしく予想通りの言葉を発する。


「俺もそれ、付き合うことにするわ!」


 私はその度重なる衝撃によって、完全な思考停止に陥り、もうまともな反応すらできない。

 釣り上げられた魚のように、口も目も大きく開いたまま、じっと硬直して佇むのみになってしまったのだ。


 そんな私の様子を見てか、今度は橘君の方が、柳井君の意志を確かめてくれた。


「お前もこの学校に残る、ってことか?」


 柳井君はいつも以上に軽薄な口調で、明るくそれに答える。


「ああ、そうそう。

 だって二人が残るんならさ、母艦の管理をする人間が必要だろ?

 戦うにしても学校にいるにしても、艦の方は稼働してないとマズいわけだから。


 要はフォアザチームというか、ワンフォーオールっていうか? そういうやつさ。

 俺もみんなの役に立ちたいんだよ」


 もちろん私の方は、その話に全く納得できなかったので、何とか彼を翻意させようとしたのだが――


「それは……それは何とかなるはずです!

 艦の航行も学校の管理も、自動で行ってくれるシステムがありますから!

 戦闘はできなくとも、普通に維持するだけなら十分可能なんです!

 必ずしも、柳井君がここに残る必要は無いんですよ!

 だから――」


 しかしその話を聞いた彼は、不意にこちらから目を逸らすと、遠回しにそれを拒絶してきた。

 内心が如実ににじみ出た、ひどく申し訳なさそうな口調で。


「……それにほら、俺色々やらかして、ずいぶんとみんなに迷惑をかけたし。

 そいつをどっかで取り返しときたいな、って気持ちがずっとあってさ。

 ここがいいチャンスだ、なんて風に思っちゃったんだよ。

 だからその……すまん」


 その意外な告白に、私はまたも言葉に詰まる。

 柳井君がそこまで罪の意識を抱いている、とは思っていなかったせいで、動揺し二の句を継げなくなってしまったのだ。

 無論気にしないで良いことだとは思っていたが、それを口にするには、あまりに彼の纏う空気は重いものだった。


 ただ互いの関係性ゆえか、橘君の方は臆することなく、そんな柳井君に温かい言葉をかける。


「お前は十分良くやっていたと思うぞ。

 誰も責めたりなんかしてないはずだ。

 それでもここに残りたいって言うのか?」


 しかし柳井君は、いつになく真剣な表情で、迷いなくそれに答えた。


「ああ」


 結果として橘君も、それを受け入れるしかなくなったらしく、どこか無念そうな呟きだけを返す。


「……そうか。なら、俺から言うことは何もない」


 そんな二人の姿を、私は息をするのもやっとという状態で、ただ見つめることしかできなかった。

 誰もが皆、自らの未来をその手で閉じていく光景を前に、ただただ呆然とするばかりだったのである。


 そして否応なく、突きつけられてしまう。


(一人……なの……?)


 どう転んでも生き残るのは自分だけ、という残酷な現実を。

 せっかくここまで、皆であらゆる努力を重ね、必死で生き延びてきたと言うのにだ。

 これではしてきた苦労に見合わぬ、あまりに小さい成果ではないか、と猛烈な無力感を覚えずにはいられなった。


 そんな感覚が呼び起こしたのか、ふと私の頭に、ひとつ良からぬ選択肢がよぎる。


(私も……残るべきなのかな?)


 いっそのこと、自分もここに留まってしまうか、という発想が芽生えてきたのだ。

 みんなの話を聞いて、私も思い出の詰まったこの学校で、彼らと運命を共にした方がいいのでは……なんて風に思えたから。

 ひょっとしたらその選択こそ、私達が紡いできた物語の、最も良いエンディングなのかもしれない……


 そう心が傾いたところで、不意に橘君がこちらを振り向き、私の意志を確かめてくる。


「志藤。お前はどうする?」


 私はそれに、揺らぐ心に流されるまま、肯定の返事をしようとした……のだが。


「……わたし、は……」


 なんと、その瞬間――


『アキラちゃん』


 突然頭の中に、心が震えるほどに優しく、しかし決して折れぬ意志の強さを感じさせる声が響いた。


『アキラちゃんはいつも、アキラちゃん自身がやるべきだ、と思ったことだけ考えていて欲しい。

 たぶんそれが、一番みんなのためになると思うから』


 それに後押しされるようにして、私は――


「私、は――」


 自らの内に潜む弱さを振り切り、決然と己の意志を皆に伝える。


「私は、月へ向かいます」


 そしてところどころ感情を高ぶらせながらも、丁寧に自分の気持ちを語っていった。


「誰かが……誰かが私に、『生きろ』と言ってくれている気がするから。

 私に生きていて欲しいと、誰かが命懸けで願ってくれた気がするから。


 だからその想いに応えるために、私は絶対に立ち止まれない。

 どうしても前に進まなければならないし、またそうしたいと心から思っているんです。

 だから私は……一人でも、月へ向かいます……」


 結果それを言い終えた瞬間、みんなが揃って笑みを浮かべる。

 私の選択を承認し、そして心から祝福するかのように。

 私は友達をここへ置き去りにして、ただ一人自分だけが生き延びるつもりだ、と宣言したにも関わらずである。


 ゆえにその反応に対し、居たたまれない思いを抑えられなかった私は、罪悪感に苛まれつつ謝罪をしたのだが――


「すいません、私だけこんな……」


 みんなからの答えは、とても明るく温かなものだった。


「気にする必要は無いぞ。勝手をしているのは俺達の方なんだからな。

 お前は何も間違ってない」


「そうそう! 気にしない、気にしない!

 志藤ちゃんがやろうとしてるのは、すごく良いことなんだからさ! 自信持ってよ!」


「あの……私の方こそごめんなさい。一緒に行けなくて。

 でも志藤さんが無事でいてくれることを、私も心から願っています」


 私はそれに心を揺さぶられ、涙を流しながらお礼を言う。


「ありがとう……必ず、必ず生きてみせます……みんなの分まで……」


 そして無理やり、精一杯の笑顔を浮かべた。

 最後の思い出、みんなの記憶に残る自分の顔が、みっともない泣き顔にならないように。

 これまでの全てへの感謝と、ここで離れなければならないことへの惜別、それから絶対に生き抜いてみせるという決意をも込めて。


 するとその瞬間、そうして頑張る私を、誰かが力強く応援してくれた気がした――



『僕はそういうアキラちゃんを、いつまでも応援しているよ……』








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