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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-14 『Our song』
160/173

Section-2

更新履歴 21/11/6 文章のレイアウト変更・表現の修正


 綺麗に折り畳まれた状態で、箱の底にそっと置かれた、手紙サイズの何枚かの紙片。


 私はそれを手に取り、傷つけないよう丁寧に開いてから、中身を確認する。



 すると、そこには――


(これ……先生から、だよね)


 手書きであろう文字で、私達へのメッセージらしき文章が記されていた。

 差出人は間違いなく、倉田先生その人だろう。

 どうやら卒業証書だけでなく、別にこういうものも用意してくれていたようだ。


 そう認識した瞬間、私は再び緊張感を取り戻して、しばしその紙片を食い入るように見つめていたのだが。

 そんな私を訝しんでか、そこへ望月さんが、心配そうに問いかけてくる。


「志藤さん……? どうかされたんですか?」


 私はそれに応じて、今しがた立てた自らの推測を伝えた。


「いえ、実は卒業証書が収められていた箱の底に、手紙のような物がありまして……

 たぶん、倉田先生が残してくれたのだとは思うんですが。

 とりあえず、読んでみますね」


 そしてその答えに、興味を引かれたらしいみんなが、再度こちらへ注目するのを確認した後――


「卒業生に贈る言葉」


 例の紙片に残された、倉田先生からのメッセージを、ひとつひとつ読み上げていった。


「まず最初に、私は君達に謝らなくてはいけません。

 君達を騙して心を操り、理不尽に命懸けの戦いをさせていたことを。

 その中で多くの犠牲者を出し、奪われるべきでない未来を奪ってしまったことを。

 そして教師という立場でありながら、そういう状況から君達を救えなかったことを。

 心から謝罪し、許しを乞わなければならないのです。


 なぜならそれらは全て、何ひとつ言い訳のしようがない愚行だから。

 恨まれることが当然、と言い切れるくらいの悪行だから。

 罵倒され非難され、石を投げつけられても仕方のない、とても重い罪なのです。


 ですからもし、そんな過ちを犯した私が許せないと言うのであれば、ここでこの手紙を破り捨ててください。

 それはとても正当な怒りであり、至極当然の行動だと私は思います」


 そこへ書かれていたのは、私達に許しを乞うための言葉である。

 自らが――正確には先生の責任ではないはずだが――犯した罪についての、痛々しいほどの謝罪が綴られていたのだ。

 それがこの手紙で、先生が最初に伝えておきたかったことらしい。


 となるとやはり、事前の推測通り、倉田先生は完全に洗脳されていたわけではなかったようだ。

 あるいは私達のように、何か大きなきっかけがあって、徐々に洗脳が弱まっていったのかもしれない。

 初めは『順化調整』とやらの影響下にあり、私達を騙し戦わせていたが、途中でいくらか正気を取り戻した……というところだろうか。


 だからこそそのせいで、罪の意識に苛まれてしまっていたようである。

 私達を辛い目に遭わせたとか、犠牲者を救えなかったとか、そういう後悔に苦しんでいたわけだ。

 自分のしてきた事を理解した時、倉田先生がどんな気持ちになったのかを想像すると、激しい胸の痛みを感じずにはいられない。


 だがもちろん、今ここにいる私は、先生に対する恨みなど皆無だ。

 最初は思うところも多かったが、その密かな配慮に気付いてからは、悪い感情はほぼ吹き飛んでいるのだから。

 みんなもおそらく同じ気持ちだろうし、ならば手紙を破り捨てる、なんて選択は以ての外である。


 ゆえに私は、そのまま迷わず、手紙の朗読を続けていったのだが――


「ですがそれでも、私の話を聞いてくれるというのであれば。

 そんな私からのメッセージを、受け取ってもいいと言ってくれるのであれば。


 私は君達に、話しておきたいことがあります。

 知っておいて欲しい、と思うことがたくさんあるのです。

 そこで何よりも一番に、私が君達に伝えたいのは――」


 途中で思わず声が震えて、読み上げを中断しそうになってしまう。

 なぜなら贈られたその言葉達が、あまりに優しく温かいものだったから。


「君達は本当に良く頑張った、ということです。

 いくら褒めても足りないくらい、たくさんの努力をしてきた、ということです。


 そう、君達は懸命に努力をして、とてつもなく大きな事を成し遂げたのです。

 この戦いを生き延びるという、たいへんに困難な使命を全うしたのです。

 それは誰にも否定しようのない、確かな事実だと思います。


 なぜなら今のこの世界では、ただ生きているということこそが、何よりも尊いことだから。

 様々な苦難に耐え、色々な試練を乗り越えた時にだけ、初めて実現できるものだから。

 だからこの場へ至るまでに、自分達がやり遂げたことに対し、みんな自信を持っていいと思います。

 誰に遠慮をすることもなく、何ひとつ恥じることもなく、堂々と誇っていいと思います」


 おかげで私は、鮮明に思い出すことができた。

 今までに乗り越えてきた、数々の苦難のことを。

 そこで自分と仲間達が、どれほど頑張り抜いたのかを。

 胸の奥底から湧き上がってくる、大きな大きな満足感と共に。


 要は先生に称賛されたことで、その努力の価値を実感できたわけだ。

 ずっと生き延びることに必死で、考える暇なんてなかったが、確かに言われてみればその通りだったから。

 自分達はすごい事を成し遂げていたんだな、と改めて思い返すと、心が自然と充実した感覚で満たされていく。


 ただそうして気分を良くするこちらとは裏腹に、次いで倉田先生のメッセージには、徐々に後ろ向きな感情が交じり始めた。


「ただ私は君達に、ここでの経験が今後の人生に活きるはず、なんて残酷なことは言えません。

 辛いことも悲しいこともたくさんあった君達に、私が偉そうに言えることなどないのです。


 だってここは学校で、私は教師だというのに、生徒達に意味あるものを与えられなかったのですから。

 それどころかむしろ、自分こそが元凶となって、君達を辛い状況へと追い込んでさえいたのですから。

 それは教育に携わる者として、他の何よりも恥ずべきことでした」


 その内容から察するに、やはり先生の方は、心に大きな後悔を抱えていたようである。

 おそらく洗脳状態にあった自分が、私達に危害を加えていた、と考えているのだろう。

 それでこうして、己の行為に対し、自責の念を抱いているわけだ。


 しかし無論、私の方は、そんな事はないと強く思っている。

 確かに辛いこと苦しいことは、たくさんたくさんあったけど。

 自分にとって大切――だったのであろう――人を失った傷は、永遠に消えないのかもしれないけれど。


 それでも先生には、心から感謝しているのだ。

 私達を良く見てくれていたことや、その未来のため手を尽くしていてくれたことに、返しきれないほどの大きな恩を感じていたから。

 本当に色んなものを受け取ってきた、と実感するばかりなのである。


 だがそう心に思っていても、残念ながら今の私達には、それを先生へ伝える術が無い。

 きっとあの人はすでに、私達がどう足掻いても手の届かない、遠い場所に行ってしまったはずなのだから。

 もはや何もかも手遅れ、という現実を目の前にして、私は口惜しさに唇を噛むばかりだった。


 そんな心残りに苛まれつつも、『だからこそメッセージは最後まで読まねば』と決意して、私はさらに手紙の朗読を続けていく。


「しかしそれら全てを受け入れた上でも、ひとつ確かなことがあるとすれば。

 それはこの学校で、君達が大切なものを得られた、という事実です。


 例えば共に歩んできた友人や、その中で作ってきた思い出。

 困難を乗り越えた時の喜びや、己の弱さに打ち勝った経験。

 そういったものが、今の君達の心の中には息づいているはずです。

 私は何も与えられませんでしたが、君達が自ら掴み取ったものはたくさんある、ということなのです。


 その数多くの苦難を経て、君達の中に培われた強さは、きっと次の苦難を乗り越える力にもなってくれるでしょう。

 だからどんなに辛く苦しい時間の中にも、無意味なものなど何もなかったのだ、と考えてもらえたら嬉しく思います」


 結果その言葉は、何の抵抗もなく、すんなりと腑に落ちた。

 ああ、やっぱりそうだったんだ、と素直に納得ができたのだ。


 だってここでの経験が無ければ、きっと私は弱いままだったはず、という確信があるから。

 悩んだり迷ったりを繰り返し、いつか何もかもを投げ出していたかもしれない、と本気で思うから。

 ここでの様々な経験が、私に困難を乗り越える力を与えてくれた、というのは事実なのだろう。


 もちろんその代償は重すぎたし、だからここに来て良かった、なんて思えるわけもないのだが。

 しかしそれでも、全てが無意味ではなかったと思うと、少なからず胸のつかえは取れていく。

 いつものことながら、本当に生徒の心を整理するのが上手い人である。


 そんな風に、改めて先生の配慮に感謝しつつ、私はメッセージの読み上げ作業を締め括った。


「以上で私から君達に贈る、最後のメッセージを終わります。

 どうか君達の未来に、尽きることのない幸運がありますように。

 これから歩む長い道行きが、輝きに満ちた良い旅路となりますように。

 私はずっと、遠い場所からではありますが、心からそう願っています。


 君達の担任、倉田公平より。


 Goodspeed with my students……」


 その瞬間、教室が完全な静寂に包まれる。

 誰もが声ひとつなく、また微動だにせぬまま、私を見つめるばかりになったからだ。

 おそらく驚きやら感動やらが入り交じり、身も心も固まってしまっているのだろう。


 そんな空気の中で、私はふと思った。


(元々、こういう人だったんだろうな)


 ここへ来る前も、あの人はこんな風に『先生』をしていたのだろうな、と。

 きっと受け持っていた生徒達にも、様々な形で慕われていたのだろうな、と。

 過去のことなど何ひとつ知らぬのに、それでも贈られた言葉達を受け取ったことで、改めてそう感じたのだ。


 なぜ今さらそんな事を思ったのかと言えば、それはこの手紙に、私達生徒のことばかりが書いてあったから。

 しかも最初から最後まで、ほぼ絶え間なくひたすらに。

 要は、自分の事に一切言及していないのである。


 それは本来、かなり不自然なことだろう。

 だって先生の方にだって、色んな事情があったはずだから。

 辛いことや苦しいこと、私達にわかって欲しいことは、たくさんあったに違いないのだから。

 普通であれば、説明なり言い訳なりをするのが当然だろう。


 それでも何ひとつ、もう少し言ってくれたっていいのに、と感じるくらいに書いていない。

 どうやら自分の事など省みず、ただ私達のことばかり気にしていたようだ。

 何をどうしたらそんな風になれるのか、私にはさっぱりわからないが、やはりすごい人だったと考えて間違いはあるまい。


 その先生の献身に対し、私はこれ以上ない誠意を込めて、内心で祈りを捧げるようにお礼を言う。

 すでに遠い場所へと去った、自らの恩師へ届けるため、力の限り強く強く。


(ありがとうございます、先生……)


 ただ心でそう思っていても、私は言わなくてはならない。

 この素晴らしい時間を終わらせる、残酷な離別の言葉を。


 なぜならそこまでの恩を受けたからこそ、それを無駄にしないためにも、前へと進む必要があるから。

 卒業式を終えた学校に、学生がいつまでも留まっていられないのと同じく、私達もまたここを旅立たねばならぬのである。


 だから名残惜しさを必死に抑えて、私は静かに、自分達の卒業式の終わりを宣言した……



「以上をもちまして、県立芦原高等学校、卒業証書授与式を終了いたします……」








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