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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-02 『Discoverer』
16/173

Section-2

更新履歴 21/9/11 文章のレイアウト変更・表現の修正


 さて、この俺、木原開人には。


 現在、絶賛片思い中の女の子がいる。



 彼女の名前は、望月和歌。

 同じ学校に通う、同学年のクラスメイトだ。


 その身長はほどほどで、肌は健康的に白く、髪は艶やかな黒のミディアムロング。

 発する声は優しく、物腰も穏やかな上に、性格は柔和で温厚。

 そんなお淑やかさと奥ゆかしさの塊、とでも言うべき超絶完璧美少女である。


 そして今のところ、恋人がいる様子はない。

 おまけに端から見ていて、特定の想い人が存在するような印象も無い。

 つまりは完全フリー、ということである。


 なので彼女に対し、密かな想いを寄せる身としては、ここらでもっと積極的にアプローチしておきたい……ところなのだが。


(今は……ちょっとな)


 俺はあえてそのチャンスを直視せず、いったん心の奥底にしまい込む。

 いつものように通学しているその途上、朝の日差しが降り注ぐ狭い校庭を、独りとぼとぼと歩きながら。


 そうして俺が、彼女に対して消極的な態度をとる理由――それは先のゲームでの不調が引っかかり、気持ちが後ろ向きになっていたせいである。

 テンションが落ちていたので、行動を起こす気にならなかった、というわけだ。


 もちろんそういう自分のことを、情けないやつだと思いはする。

 だってちょっとゲームがうまくいかなかったくらいで、実生活に響くほど気分を落ち込ませているのだから。

 小学生かお前は、と指摘されても反論のしようはない。


 とは言えこれほど気持ちが乱れている時に、恋の駆け引きなんてしたところで、成功する見込みなどありはすまい。

 慌てふためいた挙げ句、何かやらかすのが関の山、というわけだ。

 今までだってずっと隠してきたんだし、ここもひとまず先送りでいいだろう。


 ただそんな風に、手早く悩み事を片付けた瞬間――


(そうそう、保留保留っと……ん? あれ?)


 俺はふと、その現実逃避をきっかけとして、己の行動に潜む不可解な点に気づいた。


(そう言えば……なんで俺、自分の気持ちを隠してたんだ?)


 自分がなぜ、今まで一度も彼女にアプローチをかけなかったのか。

 それが突然、疑問に思えてきたのである。


 だって今は確かに、不調で前向きにはなれぬ状態だが。

 そうでない時も、望月さんを好きになってからたくさんあったはずだ。

 いつだって彼女は、ごく身近にいたのだから。


 それなのに俺は、具体的な行動を何ひとつ起こしていない。

 告白ならまだしも、多少のアピールさえしてこなかったのである。

 いくらでもあったチャンスを、ひとつ残らず見過ごしてきた、というわけだ。


 そんな己の心の動きに対し、俺は強い引っ掛かりを覚える。


(これじゃ……なんか……)


 具体的にそれが、何かと言うと――


「最初から、叶わぬ恋だと諦めてたみたいだな……」


 自分が恋の成就そのものを放棄していたのではないか、という疑いだ。

 だってそうとでも考えなければ、到底説明のつかぬ振る舞いだから。

 俺はどうやら、彼女と恋仲になるのは不可能、と思っていたらしい。


 ただし当然、告白して断られたわけではなく、また恋のライバルに心当たりも無い現状で、そんな風に考えるのは不自然である。

 例え相手が、どれほどの高嶺の花であろうとも、だ。

 いったいどうして、そこまで自信を失っていたのだろうか……


(うーん……?)


 ……などと俺が、独り物思いに耽りつつ、少々恥ずかしい呟きを漏らしたところへ――


「……へえ、意外」


 前触れなく後ろから、南極の風みたいに冷厳な、美山涼の呼びかけが届く。


「木原でも、『叶わぬ恋』なんてするんだ?」


 その挑発じみた声音に、俺は自らの失態を激しく痛感し、身震いするほど背筋を冷やすことになった。

 どうやらあいつ、死ぬほど間の悪いことに、先の俺の独り言を聞いていたらしい。


 もちろんこれは、極めて由々しき事態である。

 想い人のごく近しい友人、しかも自分が極めて相性の悪い相手に、秘した心の内を知られてしまう可能性があるから。

 紛れもない大ピンチの到来、というわけだ。


 しかしだからこそ、ここではっきり動揺してしまったら、『今のは聞かれて困る発言でした』と自白するようなものなので――


(くそっ……何とかごまかすしかない!)


 俺は必死で平静を装いつつ、ゆっくりと声の方を振り返る。

 そしてそこにいた自らの天敵と、正面切って真っ向から対峙しつつ、あえて先ほどの不都合な事実を肯定した。


「ああ、もちろん。そりゃあ恋ぐらいはするさ」


 そして続けて、すかさず鋭い反撃の一言を放つ。

 強気な態度に出ることで、先の呟きから敵の意識を逸らすために。


「まあ、お前の方は違うみたいだけどな。

 その口と性格の悪さじゃあ、当然ことだろうがね?」


 結果として美山が、きつく目を細めて黙り込んだので、俺達はそのまま膠着状態に陥った。

 面と向かって睨み合いつつ、互いを無言で牽制し続けることになったのだ。


 ちなみに向こうがそういう反応をした理由は、おそらく相討ちで大ダメージを被りたくなかったからだろう。

 言い争いを繰り返した挙げ句、発言が諸刃の剣になってしまう、という事態を恐れているのだ。


 おかげでどうにか、自身の失言をごまかすことには成功したわけだが――


(で……これからどうするかな)


 結局のところ、続ける言葉が無いのは、こちらとしても同様である。

 できることと言えば、せいぜいしかめっ面をして、視線をぶつけ返すくらいなのだ。

 これでは延々今の状態が続きかねないし、はてさていったい、この苦境をどう打破したものだろうか……


 ただそんな風に俺が、美山と二人、間抜けな意地の張り合いをしていると――


(……ん?)


 そこへ不意に、春の日の薫風のような声が届き、固い空気を瞬く間に穏やかなものへと変貌させた。


「スズも木原君も、ほどほどにね。

 ホームルームに遅れちゃうよ」


 それに誘われ、声の方を振り返った俺の目に映る人物――それはもちろん、我が想い人、麗しの望月和歌である。


 その立ち居振舞いには、相変わらず上品で優雅な印象があり、全てにおいて美しく洗練されている。

 反骨精神が服着て歩いているような、あの美山涼とは大違いである。

 いやはや本当に、こうして眺めているだけでも、幸せな気分が湧くばかりだ。


 しかしそうして、思わず彼女に見とれてしまったせいで、再び美山から強烈な突っ込みを食らうことになった。


「……何、じっと見つめてるの? ストーカー?」


 その変態扱いに対し、俺は当然のように強く腹を立てる。

 なぜならこれでもう、望月さんと普通に話すのは難しくなってしまったから。

 せっかく巡ってきた、貴重な会話のチャンスだったというのに。

 邪魔しやがってこの野郎、と反感を持たずにはいられない。


 だがここで喧嘩腰に言い返してしまっては、結局いつもと同じパターンである。

 望月さんの仲裁を、自分で無駄にしてしまうことになるわけだ。

 空気もまた悪くなるだろうし、可能な限りそれは避けたかった。


 ならここはどう対処すべきなのか、と瞬時に考えを巡らした俺の脳裏へ、次いで――


(……あっ!)


 ふと出し抜けに、誰のものかはわからない、謎の発言がよぎる。


『大丈夫だよ、望月さん。

 カイトは別に怒ってるわけじゃないから。ただ――』


 その瞬間、ごく自然な流れで、俺はひとつのアイデアを閃いた。


(そうだ!)


 そしてそれに従い、意図的に明るい笑顔を作りながら、反論代わりに他愛のない冗談を口にする。


「いやー、すまんすまん。

 ほら、望月さんが可愛いからさ、ついつい見とれちゃって。ハハハ……」


 こうして軽くボケをかませば、すかさず的確な突っ込みが入り、場の空気が温まると思ったからだ。

 要は即席漫才で、この窮地を切り抜けようと考えたわけである。

 これできっと問題が解決され、望月さんと話しやすくなることだろう。


 そんな目論見を胸に秘めつつ、俺はそのまま何もせず待機し、やがて来るであろう相方の援護射撃を待ち続けた……のだが――


(……あれ?)


 待てど暮らせど、期待した突っ込みはやって来なかった。

 誰一人言葉を発せず、ひたすら空気が冷え込んでいく、という時間が流れるのみになったのだ。

 独り満面の笑みを浮かべる、滑稽な俺を置き去りにして。


 もっともそれは、本来当然のことだ。

 だって望月さんは基本、他人のボケに突っ込みを入れるような性格ではないし、美山の突っ込みはキツいだけで、大抵雰囲気を険悪にするから。


 つまり俺には元々、漫才の相方がいなかった、というわけだ。

 合いの手なんて、待ち望む方が間違いだったのである。


 ただ、それならそれで――


(いや、ええと……俺、なんで……?)


 なぜ自分はあんな冗談を言ったのか、という疑問が湧いてくる。

 しかも、そこまで親しくもない女子達相手にだ。

 無思慮無配慮無神経、とにかく信じ難い行動と表現するしかない。

 本当にどうして、自分のボケを誰かが処理してくれる、などと思ったのだろうか……


 そう思考停止状態に陥る俺の前で、次いで不意に望月さんが行動を起こした。

 この空気に耐えかねたかのように、気まずそうに顔を伏せたまま、静かに別れの言葉を告げてきたのだ。


「……あの、私、先に行ってるから」


 そして俺の横をすり抜け、小走りに校舎の方へ去っていく。

 もちろん、こちらとは一切目を合わせることなしに。


 目前で展開された、その自分を避けるかのような彼女の振る舞いは、容赦なく俺を絶望の底へ叩き落とした。


(やっちまった……)


 自身の犯した大きなミスを、否応なく実感させられたから。

 これでは完全に、ただの空気が読めない痛い奴である。

 きっと彼女は俺に対して、そういう印象を抱いたことだろう。

 その事実を突きつけられ、俺はめまいを覚えるほどに落胆する。


 そんな俺を、そこで意外にも、横にいる美山が気遣ってきた。


「……なんか、いつも以上におかしいけど。

 何、大丈夫? 体調でも悪いの?」


 よりにもよって、天敵に心配されてしまった、というわけだ。

 それほどに今の俺は、情けない顔をしているらしい。

 おかげでますます、気分の落ち込みは強まっていく。


 だがこいつに同情される、という状況もそれはそれで悔しい。

 なので俺は、必死に己を奮い立たせ、精一杯の虚勢を張った。


「……ほう。お前が俺を心配するなんて、珍しいじゃないか」


 ただそれで向こうも、加減の必要は無いと判断したらしい。

 次いでひどくあっさりと、いつも通りのキツい一発を叩き込んでくる。


「別に心配はしてない。単に迷惑してるだけ」


 となればもう、弱っている俺の方は、力なく無意味な呟きを絞り出すしかない。


「……そりゃ、どうも」


 そこへさらに、傷だらけの心を抉り抜く、強烈な追い討ちをかけてから――


「教室には、正気に戻ってから来てよね」


 美山は早足で、颯爽と歩き去っていく。

 先に校舎の中へと消えた、望月さんの後を追いかけて。

 こちらを気にかける素振りは、もう一欠片もなかった。


 俺はその姿を、敗北感にまみれながら、成す術もなく見送る。

 そして時間をかけて、必死にぐらついた精神を立て直した後、ようやく行動を開始した。

 深いため息をつきつつ、誰もいなくなった寂しい校庭を、重い足取りで歩き始めたのだ。


 その最中、俺はただひたすらに、後悔だけを繰り返す。


(何やってんだ、本当に……)


 自分の場違いにも程がある、痛々しい発言。

 またそれをフォローすることなく、そのままにしてしまった迂闊さ。

 それらをずっとずっと、繰り返し悔やみ罵り続けたのだ。

 積極的になるってああいうことじゃないだろ、と深く反省しながら。


 しかしそうして、鬱々と自虐に沈む中で、ふと心に同じ疑問が湧いてきた。


(……何で俺、あんな事を言ったんだろう?)


 自分がどうして突然、あんな似合わぬ冗談を閃いたのか。

 そしてなぜ実際に、それを言おうなどと考えてしまったのか。

 その理由が不思議と、いくら頭をひねろうとも思い出せないのだ。

 例の失敗をする直前、確かに何か、きっかけのようなものはあったはずなのだが……


(うーん……?)


 ……などと、胸の内を不可解な思いでいっぱいにしつつも、俺はなぜか――


(……でも、いいと思ったんだよなあ)


 心のどこかで、強い確信を持っていた。

 先ほどの状況であれば、ああいう冗談こそが、場を和ませるための最善の選択肢であると。

 失敗した今であっても、そう思わずにはいられないのだ。


 まるで、いつか誰かが――


『ただ望月さんが可愛くて、ちょっと照れてるだけでね』



 そうやって自分を助けてくれた、とはっきり知っているかのように……








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