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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-14 『Our song』
158/173

Prologue

更新履歴 21/11/6 文章のレイアウト変更・表現の修正


(本当に、終わったんだよね……)



 職員室の片隅に、一人ぼんやりと佇みつつ、志藤明は内心でそう呟いた。

 これでもう戦いは終わり、自分達はついにやり遂げたんだ、という大きな達成感と満足感に浸りながら。

 ただし同時に、どこか現実離れしたような、妙に浮ついた気分をも抱いて。


 それはおそらく、ここまでの道のりが、あまりにも過酷なものだったからだろう。

 生き抜くだけで精一杯になり、他のことを考える余裕が、根こそぎ消え失せてしまうくらいに。

 だから無事に生き延びられた今でさえ、その感覚が尾を引いて、容易に平和な現状を信じられなくなっているに違いない。


 特に最後の戦い――月への道に立ちはだかる敵の突破作戦――は、本当に辛く大変だった。

 ピンチに次ぐピンチで、これはもう無理だと、途中で何度諦めかけたことか。

 こうやって今も五体満足でいられるのは、やはり奇跡に近い状態、と言って良いだろう。


 ただその頑張りが報われ、ついに私達は、全ての敵を振り切った。

 これで後は、脅威の無い宇宙空間を通過し、目指す月へとたどり着くだけである。

 今の状況に追い込まれてから初めての、重圧も緊張感も無い、安心安全な道行きということだ。


 となるとさすがにもう、肩の力を抜いても構わないだろう。

 今までのように、部隊の安全確保のため、毎日必死で頭を働かせずとも良くなったわけだ。

 気楽と言ったら大げさだが、負担が大幅に減ったのは事実だし、それこそ休暇でも貰ったような心持ちである。


 しかし無論、だからと言って――


(いや……後ちょっとだけ、頑張らないと)


 完全に気を抜いている、というわけではなく、それなりの緊張感は保っていた。

 なぜなら私にはまだ、この学校でやるべき事が残っているから。

 その仕事には危険こそ無いものの、使命とでも呼ぶべき大切な役目なので、決していい加減な気持ちでは取り組めぬのだ。


 そんな風に気を引き締め直しながら、私はその仕事で重要な役割を果たす物――目の前の机に置かれている、賞状を入れるための横長の紙箱――に手を掛ける。


 そしてその蓋を開けると、中身を確かめた後、また静かに閉じた。

 絶対にそれが傷つかないよう、可能な限りゆっくりと丁寧に。


 それからいったん箱を置いて、職員室の中央の方へ向き直り、そこにいた人物へ声をかける。

 自分とは別の、とある作業に取り組む柳井君へ、その進捗具合を尋ねたのである。


「どうですか? 艦の状態は?

 航行は続けられそうですか?」


 そう、彼に頼んでいたのは、我らが母艦のコンディションチェック――前回の戦いで傷つき、障害が出た推進装置の状態を、詳細に調べてもらっているのだ。

 これから月へ向かうに当たって、艦が今まで通り使えるのかを確認するために。


 しかし残念なことに、柳井君からの返事は、ひどく冴えないものだった。


「んー……今の感じだと、ちょっと難しいかもな。

 被害を受けた部分の状態が、ここへ来るまでにさらに悪化して、もうまともなスピードが出なくなってる。

 これだと月まで動くのかもわからないし、たぶん諦めた方が良いだろうな」


 どうやら艦の状態は、相当に悪いようだ。

 今後も同じように使い続けるのは不可能、と柳井君が感じてしまうくらいに。

 まああれだけ手酷くやられたのだ、今こうして動いている、というだけでも奇跡なのだろう。


 彼のその報告により、十分に事態を把握した私は――


(切り替えるしかないか……)


 この艦に対する未練を振り切って、柳井君の意見に賛同し、次いで今後の方策について述べていく。


「そうですか……ではやはり、艦はここに置いていくしかないですね。

 となると月へは、あのブースターで向かうことになるのでしょうか」


 つまり母艦をここへ置き去りにして、みんなで例の長距離移動用ブースターを使おう、と考えているわけだ。

 すでに月までだいぶ近づいている上、その道中で敵に襲われる可能性も皆無だから。

 航行中はほぼ無防備になるあれでも、現在の状況ならば、支障無く使えるはずなのだ。


 実際、柳井君も同じ考えだったのか――


「だな。まあそっちの方は、この前の戦いできちんと人数分を残したし、整備の方も万全だ。

 特に問題は無いだろうよ」


 さしたる迷いもなく、そう私の提案を肯定してくれた。

 準備の方も抜かりないようだし、やはりこの艦は、ここで放棄していくべきだろう。


 だがそう決断した瞬間、私は今しがた聞いた柳井君の言葉に対し、ふと強い引っかかりを覚える。


(人数分を残した……か)


 だって現在、ブースターの残りは五機なのに、生き残っているクラスメイトが四人――私、柳井君、橘君、望月さん――しかいないから。

 つまりブースターの数よりも、クラスメイトの人数の方が少ないわけだ。

 柳井君は明確に、『きちんと人数分を残した』と言っているのにも関わらず。


 その原因は当然、先の戦いから、不幸にも戻れなかった人がいるせいだろう。

 だからこそ『きちんと人数分を残した』はずのブースターが、一機余ってしまっているのだ。

 それは無論、せっかく後少しのところまで来ていたのに、と悔やまずにはいられない事実だった。


 そんな降って湧いた憂いに囚われ、私はつい落ち込んでしまっていた……のだが。

 次いでそこへ、不意に私を呼ぶ低い声が聞こえてくる。


「志藤。機体の整備は終わったぞ」


 その唐突さに驚いて、急ぎ声の方を振り返ると、職員室の入り口に立つ橘君の姿が見えた。

 彼には宇宙の方で、損傷した機体の整備をお願いしていたのだが、どうやらその作業は終わったらしい。

 それでこちらに舞い戻り、報告するためここを訪れたわけだ。


 ゆえにすぐさま、私は先ほどまでの思考を振り払うと、橘君の言葉に応じた。


「あ……はい、ありがとうございます。

 何か問題はありませんでしたか?」


 橘君はその質問に、いかにも彼らしく淡々と答えてくる。


「一機だけ大破して動けないのがいるが、後は十分に使える。

 月に行くだけなら可能だろう」


 ただその報告を聞くと同時に、私はまたしても心を揺さぶられてしまった。

 『一機だけ大破して動けないのがいる』という言葉が、妙に強く胸に突き刺さったのだ。

 きっとそれが例の犠牲者の搭乗機だ、と理解したせいだろう。


 またそれと同時に、なぜか後悔に似た感情も湧いてくる。

 自分が誰かを止められなかったせいで、橘君の大切な存在が失われてしまった、という不思議な感覚が生まれたのだ。

 これはひょっとして、その犠牲者の記憶が、心に薄く残っているせいなのだろうか……


 もっとも橘君の方は、当然そんな私の内心など知りようもない。

 なので報告に答えぬまま、動揺から呆ける私へ、少し怪訝そうに問いかけてきた。


「……どうした? 志藤」


 私はそれに、いったいどう答えたものか、と少し躊躇したのだが――


「あっ……いえ……」


 そこへ助け船とばかりに、柳井君が軽薄な口調で割り込んでくる。


「志藤ちゃんには色々考えることがあんのよ~、何も考えてない俺たちとは違ってさ~。

 いやホント、指揮官は大変だよねぇ~」


 結果いつものように、二人の遠慮の無いじゃれ合いが始まった。


「そうだな。何も考えてないお前とは違ってな」


「……いや今のはさ、ほら、冗談と言うか言葉の綾というか、そういうのでしょ?

 迷わず肯定はひどくない?

 しかもこっそり自分を外してるし」


「事実を客観的に述べただけだ」


「正しい言葉が一番残酷な時、ってあるよねぇ……」


 そのやり取りを聞いていると、不思議ととても安心する。

 たぶん二人の交わす会話が、以前と何も変わらない、と感じられたからだろう。

 そこに日常の穏やかさを見出し、辛いことを一時だが忘れられたのだ。

 ……例えそれが、本当は胸の奥に色々なものを抱えた上での、精一杯の強がりだったとしても。


 だから私は、そんな強い二人を前に――


(……駄目だな、私がこんな風にしてたら)


 感傷へ浸ってばかりの自分に、もう少ししっかりしなさい、と活を入れた。

 『最後の仕事』をやり遂げるためにも、このままでは駄目だと思ったから。

 今はとにかく、いつも通りの私でいる、ということを心がけるとしよう。


 するとちょうど、私がそう決意を新たにしたところへ、今度は嬉しそうな望月さんの声が届く。

 彼女もまた、託された仕事を終え、職員室に現れたのだ。


「志藤さん! 教室の方の準備が終わりました!

 いつでもできますよ!」


 その報告を聞いて、ふと橘君達の表情も緩む。

 それはきっと、これから皆で行うこと――置き去りにしてきた日常を取り戻すための行為――を、彼らも楽しみにしているからだろう。


 ならば待たせるわけにはいかぬ、と感じた私は、即座に望月さんへお礼を言ってから――


「ありがとうございます。

 では……始めましょうか」


 先ほどの箱を手に取ると、自らの果たすべき最後の仕事――学校生活の締め括りを飾る、大切なセレモニーの開幕を宣言した。



「私達の、卒業式を」








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