Epilogue
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(……あれ?)
ふと目を覚ますと、視線の先に白い天井が見えた。
また背中には柔らかな感触があり、体の上には布団のようなものが掛けられている。
その状況からして、どうやら自分は今、保健室のベッドに寝ているらしい……と、栗原真希は理解した。
ただし当然のことながら、『なぜ突然こんな所に』と、首を傾げずにはいられない。
だって私は、ついさっきまで宇宙空間で戦っていたはずなのだから。
いったい何がどうなったら、急に保健室へ移動することになるのだろう。
すると私がそう疑問を持ったところで、急に横から誰かが話しかけてきた。
「……目が覚めたか」
その低く落ち着いた声音を聞いて、私はそれが誰なのかを即座に察する。
「あ……ミッキー」
実際声の方へ視線を向けると、ベッド脇の椅子へ腰かけている、ミッキーの姿が目に入った。
たぶん私が寝ている間中、ずっとこうして側にいてくれていたのだろう。
まるで昼寝中の子どもを、親が優しく見守る時のように。
その普段はあまりない状況と、知らぬ間に寝顔を見られていたことに、私はひどい気恥ずかしさを覚える。
なのですぐさま、それを質問でごまかそうとした。
「えっと、あの……私、どうして……?」
ミッキーはその問いに、いつも通りの態度で淡々と答えてきた。
「ん? ああ……覚えてないのか。
お前は俺が最後尾に残ったところへ、一人で助けに来たんだよ。
それから二人で敵の足止めをした後、ブースターを使って母艦に戻ってきた。
ただお前は、そのすぐ後に……ちょっと意識を失ってな。
たぶん、戦いで疲れてたんだと思う。
だからとりあえず、ここに運んだんだよ」
自分では良く覚えていないが、確かに言われてみればそんな気もする。
ミッキーがまた無茶をしそうになったので、それをさせまいと助けに行った、という記憶は残っているのだ。
その結果、こうして二人とも無事に戻って来れたわけだから、きっと私の行いは間違っていなかったのだろう。
ただ勝手をしたのは事実な上、最後は迷惑もかけてしまったみたいなので、すぐに謝りつつお礼も言っておいた。
「そっか……うん、ごめんね。ありがとう」
もっともそう言われても、ミッキーは変わらず冷静なままだったが。
「いや……俺も助かったから。気にするな」
その何とも彼らしい、動じぬ振る舞いに接して安心し、気が抜けたせいなのだろうか――
(……あれ?)
そこで不意に、猛烈な睡魔が襲ってくる。
まだ目覚めて間もないと言うのに、早々とまぶたが重くなってきてしまったのだ。
どうやらミッキーの言う通り、私はとても疲れているらしい。
そんなこちらの変化を感じ取ったのか、ミッキーが若干心配そうに問いかけてきた。
「どうした?」
別に嘘をつく理由も無いので、私は素直にその質問に答え、同時に眠ってもいいかの許可を求める。
「うん……なんか、すごく眠くて。
またちょっと、寝てもいいかな?」
ただ珍しく、ミッキーは態度を明確にしなかった。
「……そうか」
軽く相槌を打っただけで、そのままじっと黙り込んでしまったのだ。
基本彼は無口な方だが、何か要望されたのに返答しない、というのはあまりない反応である。
私の言った事に、どこかしら問題でもあったのだろうか。
そんな疑問を抱きつつも、押し寄せる眠気に耐えられなかった私は、結局そのまま目を閉じようと……していたのだが。
しかしその寸前で、慌てたようにミッキーが声をかけてくる。
「ああ、いや……」
そして突然、とてつもなく珍しい提案をしてきた。
「……もう少し、話さないか。
内容は、その……何でも良いから。
もちろんどうしても無理だ、って言うなら仕方ないんだが……」
私はそれに驚いて、思い切り素っ頓狂な声を上げてしまう。
「え? ええっ?」
だって『話したい』なんて言われるのが、ほぼ初めての経験だったから。
いつもは私が一方的に喋るばかりなので、向こうから持ちかけてくることはなかったのだ。
それがあまりに予想外で、もうすっかり目も覚めてしまったほどである。
ただそう動揺するあまり呆けて、この千載一遇の好機を逃したくはない。
なので私は、迷わずミッキーのその提案に応じた。
「うん、うん! もちろんいいよ!
えーと、何を話そうかな……?」
するとまたも意外なことに、ミッキーの方から話題を出してくる。
「そうだな……じゃあ、この先の話なんてどうだ?」
そしてすぐにはその意図が掴めず、目を瞬かせながら聞き返した私に――
「この先の話?」
ミッキーは妙に明るい口調で、丁寧に説明をしてくれた。
「いや……ほら。さっきの戦闘が終わって、後は月へ向かうだけだから、俺達はもう戦う必要がない。
つまりはようやく強制労働から解放されて、すっかり自由の身になった、ってことだ。
ならこれから先は、自分達の好きにしたって許されるはずだろ?
だから何をしたいのか、考えておくのも良いかと思ってな」
まさしくその通り、という話である。
だってこれまではずっと、したいことを我慢しなければならない状況だったが、今はもう違うのだ。
自分達の未来について考えるのは、間違いなくとても楽しいことだろう。
ゆえに早速ミッキーの意見に同意し、今後についての想像を巡らしていく。
「そっか! そうだよね! もう私達、戦わなくていいんだもんね!
じゃあえーと、そうだなあ……うーん、うーーん……何しようかなあ」
そこでまず芽生えたのは、クラスのみんなでどこかへ遊びに行きたい、という願望である。
例えば遊園地とか、海水浴とか、キャンプとか。
色んなところに出かけて、色んな遊びをして、思い出をいっぱい作りたいのだ。
あとはもちろん、学校行事もちゃんとやりたい。
学園祭とか、体育祭とか、あるいは修学旅行とか。
それにものすごく苦手な分野ではあるが、勉強をするのも……少しならいいかもしれない。
要はそういう、今まで満足にできていなかったことを、しっかりやっておきたいということだ。
このクラスのみんなとするのであれば、何だって楽しいはずだから。
ああ本当に、考えれば考えるだけ、どんどん夢は広がっていくばかりである。
ただそうして夢見心地になった瞬間、私の胸に、ふとひとつの不安が芽生えてきた。
(あれ? でも、そんな事できるのかな……)
そんな願い、実際に叶えるのは不可能なんじゃないか、と心配になってきたのだ。
先ほどまで目一杯に膨んでいた夢が、残らず小さく萎んでしまうくらいに。
だってこれから私達は、『新しい星』という、途方もなく遠い場所へ行くのだ。
それはとても大変なことのはずだし、きっとたくさんたくさん苦労があるのだろう。
そんな状況であれば、結局は遊んでいる余裕なんてゼロ、という気がしてならない。
となるとひょっとして、これは私のワガママなのではないだろうか。
全て実現する可能性の無い、子どもじみた空想なのではないだろうか。
やっぱり何もかも諦めて、おとなしくしていた方がいいのだろうか……
しかし私がそう弱気になった瞬間、ミッキーが口を開き、力強くそれを振り払ってくれる。
「……どうした? 何でもいいぞ。言ってみろ」
その内容はいつになく積極的で、そして声音はどこまでも優しい。
こちらを勇気づけようとしている、ということがはっきりと伝わってくる呼びかけだ。
あまりにもらしくなくて、何だかミッキーじゃないみたいな印象である。
いやもちろん、彼はいつも優しいし、私を元気にしてくれる人なのだが。
それでも今日は、特別その態度が柔らかい。
慣れない扱いに照れて、頬が自然と熱くなってしまうほどに。
本当にどうしたんだろう、私なにか変なことをしたのかな、と疑問に思わずにはいられなかった。
ただそれならそれで、彼に思い切り甘えられるチャンスでもあったので、私はそれを逃すまいとすぐ行動に移った……のだが。
「じゃあ、じゃあね! えっと――」
そこで突如、体に異変が発生する。
(……あれ?)
喋っている途中で、なぜだか全く声が出なくなったのだ。
喉に透明なタオルを押し込まれ、完全に塞がれでもしたかのように。
もはや口から漏れ出てくるのは、かすれたような呻き声のみである。
しかもそれと同時に、また睡魔が襲ってきた。
先ほどよりもさらに強い、視界が霞むほどの強烈な眠気を感じたのだ。
せっかくいいところなのに残念だが、今度こそ耐えられそうにはない。
そんな私の様子を見て、またミッキーが、心配そうに問いかけてくる。
「……どうした?」
私はそれに対し、残った力を総動員して、かすれながらも答えを絞り出した。
「うん……なんか、また眠くなってきた。
やっぱり疲れてるのかなあ……?」
するとミッキーは、一瞬だけ黙った後、やはり優しい言葉をかけてくる。
「……そうか。じゃあ、後は俺に任せて休んでろ」
ただその声は、不思議と少しだけ濁っていた。
妙に音がこもっていると言うか、いつも以上に押し殺した印象があると言うか、とにかく不自然に聞き取りづらかったのだ。
まるで彼が、涙を流してでもいるかのように。
とは言えそれは、きっと私の聞き間違いだろう。
だってミッキーが涙を流す理由なんて、今は何ひとつ無いのだから。
こんな幸せばかりの空間に、悲しみが入り込む余地などありはしない、ということである。
ゆえに私は、そのミッキーの優しさに対し、目一杯の感謝を述べてから――
「うん。ありがとう……」
何の憂いも恐怖もないまま、幸福感だけに包まれた状態で、そっと目を閉じる。
すると同時に、辛うじて保たれていた意識が、静かに闇の底へ沈んでいくのを感じた。
あとはこの流れに、逆らうことなく身を任せるのみだ。
そんな私の姿を、ミッキーはすぐ側で見守ってくれていた。
無論顔は見えないが、何となく気配でそれがわかるのだ。
おかげこの人がいてくれれば、どんな悪夢を見ても恐れることはない、とさえ思えてくる。
その頼りがいを直に感じ、ますます穏やかな気持ちになった結果、ふと思いつくことがあった私は――
(あ……そうだ)
本当に眠ってしまう前に、もう一度だけ祈っておいた。
自分にとって最も大切で、絶対にそれだけは叶えたいという、ただひとつの願いを――
(ずっと、このままでいられますように……)
以上をもちまして、『最終作戦編』の完結となります。
次回からは、ついに彼らが旅立ちの時を迎える、本作最後のチャプターが開幕予定です。
あと少し、お付き合いいただければ幸いです。




