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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-13 『Last mission』
157/173

Epilogue

更新履歴 21/11/3 文章のレイアウト変更・表現の修正


(……あれ?)



 ふと目を覚ますと、視線の先に白い天井が見えた。

 また背中には柔らかな感触があり、体の上には布団のようなものが掛けられている。

 その状況からして、どうやら自分は今、保健室のベッドに寝ているらしい……と、栗原真希は理解した。


 ただし当然のことながら、『なぜ突然こんな所に』と、首を傾げずにはいられない。

 だって私は、ついさっきまで宇宙空間で戦っていたはずなのだから。

 いったい何がどうなったら、急に保健室へ移動することになるのだろう。


 すると私がそう疑問を持ったところで、急に横から誰かが話しかけてきた。


「……目が覚めたか」


 その低く落ち着いた声音を聞いて、私はそれが誰なのかを即座に察する。


「あ……ミッキー」


 実際声の方へ視線を向けると、ベッド脇の椅子へ腰かけている、ミッキーの姿が目に入った。

 たぶん私が寝ている間中、ずっとこうして側にいてくれていたのだろう。

 まるで昼寝中の子どもを、親が優しく見守る時のように。


 その普段はあまりない状況と、知らぬ間に寝顔を見られていたことに、私はひどい気恥ずかしさを覚える。

 なのですぐさま、それを質問でごまかそうとした。


「えっと、あの……私、どうして……?」


 ミッキーはその問いに、いつも通りの態度で淡々と答えてきた。


「ん? ああ……覚えてないのか。

 お前は俺が最後尾に残ったところへ、一人で助けに来たんだよ。

 それから二人で敵の足止めをした後、ブースターを使って母艦に戻ってきた。


 ただお前は、そのすぐ後に……ちょっと意識を失ってな。

 たぶん、戦いで疲れてたんだと思う。

 だからとりあえず、ここに運んだんだよ」


 自分では良く覚えていないが、確かに言われてみればそんな気もする。

 ミッキーがまた無茶をしそうになったので、それをさせまいと助けに行った、という記憶は残っているのだ。

 その結果、こうして二人とも無事に戻って来れたわけだから、きっと私の行いは間違っていなかったのだろう。


 ただ勝手をしたのは事実な上、最後は迷惑もかけてしまったみたいなので、すぐに謝りつつお礼も言っておいた。


「そっか……うん、ごめんね。ありがとう」


 もっともそう言われても、ミッキーは変わらず冷静なままだったが。


「いや……俺も助かったから。気にするな」


 その何とも彼らしい、動じぬ振る舞いに接して安心し、気が抜けたせいなのだろうか――


(……あれ?)


 そこで不意に、猛烈な睡魔が襲ってくる。

 まだ目覚めて間もないと言うのに、早々とまぶたが重くなってきてしまったのだ。

 どうやらミッキーの言う通り、私はとても疲れているらしい。


 そんなこちらの変化を感じ取ったのか、ミッキーが若干心配そうに問いかけてきた。


「どうした?」


 別に嘘をつく理由も無いので、私は素直にその質問に答え、同時に眠ってもいいかの許可を求める。


「うん……なんか、すごく眠くて。

 またちょっと、寝てもいいかな?」


 ただ珍しく、ミッキーは態度を明確にしなかった。


「……そうか」


 軽く相槌を打っただけで、そのままじっと黙り込んでしまったのだ。

 基本彼は無口な方だが、何か要望されたのに返答しない、というのはあまりない反応である。

 私の言った事に、どこかしら問題でもあったのだろうか。


 そんな疑問を抱きつつも、押し寄せる眠気に耐えられなかった私は、結局そのまま目を閉じようと……していたのだが。

 しかしその寸前で、慌てたようにミッキーが声をかけてくる。


「ああ、いや……」


 そして突然、とてつもなく珍しい提案をしてきた。


「……もう少し、話さないか。

 内容は、その……何でも良いから。

 もちろんどうしても無理だ、って言うなら仕方ないんだが……」


 私はそれに驚いて、思い切り素っ頓狂な声を上げてしまう。


「え? ええっ?」


 だって『話したい』なんて言われるのが、ほぼ初めての経験だったから。

 いつもは私が一方的に喋るばかりなので、向こうから持ちかけてくることはなかったのだ。

 それがあまりに予想外で、もうすっかり目も覚めてしまったほどである。


 ただそう動揺するあまり呆けて、この千載一遇の好機を逃したくはない。

 なので私は、迷わずミッキーのその提案に応じた。


「うん、うん! もちろんいいよ!

 えーと、何を話そうかな……?」


 するとまたも意外なことに、ミッキーの方から話題を出してくる。


「そうだな……じゃあ、この先の話なんてどうだ?」


 そしてすぐにはその意図が掴めず、目を瞬かせながら聞き返した私に――


「この先の話?」


 ミッキーは妙に明るい口調で、丁寧に説明をしてくれた。


「いや……ほら。さっきの戦闘が終わって、後は月へ向かうだけだから、俺達はもう戦う必要がない。

 つまりはようやく強制労働から解放されて、すっかり自由の身になった、ってことだ。


 ならこれから先は、自分達の好きにしたって許されるはずだろ?

 だから何をしたいのか、考えておくのも良いかと思ってな」


 まさしくその通り、という話である。

 だってこれまではずっと、したいことを我慢しなければならない状況だったが、今はもう違うのだ。

 自分達の未来について考えるのは、間違いなくとても楽しいことだろう。


 ゆえに早速ミッキーの意見に同意し、今後についての想像を巡らしていく。


「そっか! そうだよね! もう私達、戦わなくていいんだもんね!

 じゃあえーと、そうだなあ……うーん、うーーん……何しようかなあ」


 そこでまず芽生えたのは、クラスのみんなでどこかへ遊びに行きたい、という願望である。

 例えば遊園地とか、海水浴とか、キャンプとか。

 色んなところに出かけて、色んな遊びをして、思い出をいっぱい作りたいのだ。


 あとはもちろん、学校行事もちゃんとやりたい。

 学園祭とか、体育祭とか、あるいは修学旅行とか。

 それにものすごく苦手な分野ではあるが、勉強をするのも……少しならいいかもしれない。


 要はそういう、今まで満足にできていなかったことを、しっかりやっておきたいということだ。

 このクラスのみんなとするのであれば、何だって楽しいはずだから。

 ああ本当に、考えれば考えるだけ、どんどん夢は広がっていくばかりである。


 ただそうして夢見心地になった瞬間、私の胸に、ふとひとつの不安が芽生えてきた。


(あれ? でも、そんな事できるのかな……)


 そんな願い、実際に叶えるのは不可能なんじゃないか、と心配になってきたのだ。

 先ほどまで目一杯に膨んでいた夢が、残らず小さく萎んでしまうくらいに。


 だってこれから私達は、『新しい星』という、途方もなく遠い場所へ行くのだ。

 それはとても大変なことのはずだし、きっとたくさんたくさん苦労があるのだろう。

 そんな状況であれば、結局は遊んでいる余裕なんてゼロ、という気がしてならない。


 となるとひょっとして、これは私のワガママなのではないだろうか。

 全て実現する可能性の無い、子どもじみた空想なのではないだろうか。

 やっぱり何もかも諦めて、おとなしくしていた方がいいのだろうか……


 しかし私がそう弱気になった瞬間、ミッキーが口を開き、力強くそれを振り払ってくれる。


「……どうした? 何でもいいぞ。言ってみろ」


 その内容はいつになく積極的で、そして声音はどこまでも優しい。

 こちらを勇気づけようとしている、ということがはっきりと伝わってくる呼びかけだ。

 あまりにもらしくなくて、何だかミッキーじゃないみたいな印象である。


 いやもちろん、彼はいつも優しいし、私を元気にしてくれる人なのだが。

 それでも今日は、特別その態度が柔らかい。

 慣れない扱いに照れて、頬が自然と熱くなってしまうほどに。

 本当にどうしたんだろう、私なにか変なことをしたのかな、と疑問に思わずにはいられなかった。


 ただそれならそれで、彼に思い切り甘えられるチャンスでもあったので、私はそれを逃すまいとすぐ行動に移った……のだが。


「じゃあ、じゃあね! えっと――」


 そこで突如、体に異変が発生する。


(……あれ?)


 喋っている途中で、なぜだか全く声が出なくなったのだ。

 喉に透明なタオルを押し込まれ、完全に塞がれでもしたかのように。

 もはや口から漏れ出てくるのは、かすれたような呻き声のみである。


 しかもそれと同時に、また睡魔が襲ってきた。

 先ほどよりもさらに強い、視界が霞むほどの強烈な眠気を感じたのだ。

 せっかくいいところなのに残念だが、今度こそ耐えられそうにはない。


 そんな私の様子を見て、またミッキーが、心配そうに問いかけてくる。


「……どうした?」


 私はそれに対し、残った力を総動員して、かすれながらも答えを絞り出した。


「うん……なんか、また眠くなってきた。

 やっぱり疲れてるのかなあ……?」


 するとミッキーは、一瞬だけ黙った後、やはり優しい言葉をかけてくる。


「……そうか。じゃあ、後は俺に任せて休んでろ」


 ただその声は、不思議と少しだけ濁っていた。

 妙に音がこもっていると言うか、いつも以上に押し殺した印象があると言うか、とにかく不自然に聞き取りづらかったのだ。

 まるで彼が、涙を流してでもいるかのように。


 とは言えそれは、きっと私の聞き間違いだろう。

 だってミッキーが涙を流す理由なんて、今は何ひとつ無いのだから。

 こんな幸せばかりの空間に、悲しみが入り込む余地などありはしない、ということである。


 ゆえに私は、そのミッキーの優しさに対し、目一杯の感謝を述べてから――


「うん。ありがとう……」


 何の憂いも恐怖もないまま、幸福感だけに包まれた状態で、そっと目を閉じる。

 すると同時に、辛うじて保たれていた意識が、静かに闇の底へ沈んでいくのを感じた。

 あとはこの流れに、逆らうことなく身を任せるのみだ。


 そんな私の姿を、ミッキーはすぐ側で見守ってくれていた。

 無論顔は見えないが、何となく気配でそれがわかるのだ。

 おかげこの人がいてくれれば、どんな悪夢を見ても恐れることはない、とさえ思えてくる。


 その頼りがいを直に感じ、ますます穏やかな気持ちになった結果、ふと思いつくことがあった私は――


(あ……そうだ)


 本当に眠ってしまう前に、もう一度だけ祈っておいた。

 自分にとって最も大切で、絶対にそれだけは叶えたいという、ただひとつの願いを――



(ずっと、このままでいられますように……)








 以上をもちまして、『最終作戦編』の完結となります。

 次回からは、ついに彼らが旅立ちの時を迎える、本作最後のチャプターが開幕予定です。

 あと少し、お付き合いいただければ幸いです。

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