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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-13 『Last mission』
148/173

Section-3

更新履歴 21/10/30 文章のレイアウト変更・表現の修正


 教室での作戦会議を終え、母艦から出撃した俺の前に、いつもの果てなき漆黒の宇宙が現れる。


 例の敵集団すら完全に包み込んで、視界をこれでもかとばかりに埋め尽くすその威容に対し、俺は内心で感想を漏らした。



(相変わらず陰気な場所だよな……ま、当たり前なんだが)


 その暗く冷ややかな空間に、改めて否定的な印象を抱いたのだ。

 本当に無闇やたらと広く、そして寒々しい場所だ、と。

 まあ本来、人間には縁の無い領域なわけだし、そんな風に思うのも当然だろう。


 ただしだからと言って、特別その雰囲気が嫌いなわけでもない。

 いやむしろ、どことなく落ち着きのようなものを感じてさえいる。

 そこは空虚で無機質で、外に出たら一瞬で命を奪われるような、恐ろしい空間なのにである。


 なぜそう感じるのかと言えば、それはここが、他のどこよりも静かだから。

 命の気配なき場所であるがゆえに、心を乱す存在もまた無いのだ。

 正直慣れてくると恐怖も薄まるし、意外と居心地が良いのでは、なんて思うこともあった。


 ただし当然、そう感じる人間は少数派だろう。

 こんな場所に居れば、普通は圧迫感を覚え、精神的に追い詰められていくはずなのだ。


 実際、俺の横で同じく、来たる戦いに備えている栗原は――


(……元気無いな)


 いまひとつ、本来の調子が出ていない。

 いつもはやかましいくらい元気一杯なのに、今日は出撃して以降ずっと黙ったまま、という事実からそれがわかる。

 きっと緊張感をうまく処理できず、余裕を失っているのだろう。


 となれば無論、このまま放ってはおけないので、俺はすぐ栗原に声をかけた。


「……どうした? 何か心配事か?」


 するとやはり、不安げな口調で答えが返ってくる。


「あ……ミッキー。

 うん……ちょっとその、落ち着かないって言うか、なんて言うか……」


 しかもそうして喋る声は、はっきりと伝わってくるくらいに震えていた。

 これは『ちょっと』どころではなく、かなり精神状態が悪そうだ。

 ここは何とかして、その緊張をほぐしてやらねばなるまい。


 とは言え――


(……どうするかな)


 落ちた気分を上向かせるための、適切な話題は見つからない。

 絵に描いたような口下手である俺には、そんなの絶望的、と言っていいくらいの無理難題なのである。

 さてこの状況、いったいどうしたものだろうか。


 ただ俺がそう頭を悩ませているところへ、不意に柳井が割り込んでくる。

 俺達の後方で、母艦を操縦しているはずのあいつが、いつもの調子で話しかけてきたのだ。


『お~っす、マキっちなんか元気無いじゃ~ん。

 どったの~?』


 そしてそのまま栗原と、軽い世間話のような雰囲気でやり取りを始めた。


『あ……うん。ちょっとなんか……緊張してて』


『ほほう……まあそりゃそうか。

 状況が状況だもんなあ~、無理もない無理もない。

 緊張して当然だよ』


『うん……でも、それじゃまずいよね。

 これから大切な戦いがあるんだし。

 うーん……どうしたらいいのかなあ』


 もっとも柳井は、なんとその最後に――


『それはな、マキっち……実は、俺にもわからないんだよ。

 なぜならば、そう――』


 無駄に元気一杯な声で、唐突に情けないカミングアウトを行う。


『俺も死ぬほど緊張しているからだっ!』


 それを聞いて、俺は思わず吹き出してしまった。

 あまりに場違いなその口調と内容に、どうしても笑いをこらえきれなかったのだ。


「フッ……ククク……」


 そんな俺をよそに、柳井はさらに口調の軽薄さを増しつつ、意気揚々と弱音を吐いていく。


『いやホントさっきからさ~、いよいよだって思うとさ~、マジで心臓の鼓動が止まらないんだよね~、全然落ち着かなくってさ~、ああもうホントこれきっついわ~……

 ……って聞いてる? なんか笑ってない? 俺真剣に話してるんですけど?』


 その軽やかなとぼけっぷりには、ついさっきまで暗い雰囲気だった栗原も、思わずという風に忍び笑いを漏らしていた。

 さすがにまだ本調子ではなさそうだが、それでも十分にリラックスできたようである。


 言うまでもないことだが、柳井の狙いは間違いなくそれだろう。

 自分の情けなさをネタにして俺達を笑わせ、場の雰囲気を和ませようとしたのだ。

 こういうやり方で部隊に貢献していくのは、いかにもこの男らしいと言えるだろう。


 そう柳井の気遣いを感じた俺は、すぐさまその件について感謝を述べる。

 もちろん直接言うのは照れ臭いので、心の中でだが。


(すまんな、柳井……)


 するとちょうどその辺りで、母艦の付近にいる志藤が、二人の会話に割り込んできた。


『お話中すいません。作戦の説明に入ってもよろしいですか?』


 タイミングからして、俺達の話が一段落する瞬間を狙っていたのだろう。

 柳井のトークで皆がリラックスしているのを見て、それが終わるまで待っていた、というところか。


 となれば当然、ここから先は本番ということであり、こうして気を緩めているわけにはいかない。

 なので瞬時に気合いを入れて、志藤のその呼びかけに応じる。


「ああ、大丈夫だ」


 するとあちらもまた、それに応えて話を始め――


『では改めて、作戦についての確認を行います』


 いつものように、冷静に作戦の説明をしていった。


『今回の作戦の目的は、敵陣の突破です。

 このまま正面の敵集団に戦闘を仕掛け、そこを一気に突き抜けて、その先にある月を目指します。


 また戦闘を行う目標は、移動の障害となる相手に限定します。

 他は放置で構いません。

 突破に必要な敵を排除できれば、それで十分ですから』


 要は目標を一点に絞った上での、力任せの強行突破、ということである。

 先に宣言した通り、これから正面の敵に、ほぼ真っ向からぶつかっていくわけだ。

 作戦とは名ばかりのごり押しだが、今はその方法しかないわけだし、ここは覚悟を決めるのみである。


 そう腹を据えつつ、俺はさらに志藤の話に耳を傾けていく。


『ただし戦闘の際は、絶対に途中で立ち止まらないでください。

 敵の真っ只中に飛び込む以上、動きを止めることは即、撃墜に繋がりますので。

 常に動き続けることが最も重要、ということです。


 それから敵の陣形が、二段構えで構築されていることにも注意してください。

 現在見えているのは、あくまで後方支援役の部隊であり、警戒すべきはそれを越えた先の本隊になります。

 第一陣も油断できる相手ではありませんが、次に向けての余力を残すことは忘れないでください』


 どうやら目の前に展開している部隊は、敵の本隊ではないらしい。

 初戦はあくまで前哨戦であり、本命はその先、ということだ。

 志藤の言う通り、物資や気力を使い切ってしまわぬよう、しっかり注意しておかねばならない。


 そうやって敵の布陣を伝えた後、志藤は次に、こちらの立ち回りについての説明に移行し――


『次に、こちらの陣形について説明します。

 基本は母艦を中央に据える構えをとり、それを守りながら進んでいくことになります。

 艦が大きな被害を受ければ、敵陣突破後の航行に支障が出ますので、最大限注意してください』


 間を置かずさらに、部隊各員への具体的な指示に移っていった。


『実際の配置は、まず艦の正面を、橘君と栗原さんに担当してもらいます。

 二人は前方の敵を撃破し、母艦が通過するための進路を開く役割です』


 つまり俺達は、部隊の前衛としていつも通りに暴れてくれ、ということらしい。

 実にわかりやすくて結構な、むしろ望むところの役割である。


 ゆえにすかさず、栗原と共に承諾の返事をする。


「了解」

『うん!』


 それを確認した志藤は、次いで自分の側にいた望月へ、後衛の配置についての指示を出した。


『次に私と望月さんは、母艦の横及び上下を警戒、接近してくる敵の迎撃を行います。

 私が艦の右側、望月さんが左側の担当です。


 ただその際、後方への警戒は最低限にしてもらって大丈夫です。

 後退を考慮する必要は、もうありませんから』


 望月もそれに、俺達と同じく迷わず応じる。


『はい!』


 それから最後に指示が出されたのは、母艦の制御を担当する柳井だ。


『最後に柳井君には、母艦のコントロールを全面的にお任せします。

 移動する際の速度やコースを、戦況に合わせてそちらで決めてください。


 加えてそれと同時に、私への戦況報告も担当してもらいます。

 艦のレーダーを活用して状況を確認し、もし何か異変があれば、その都度報告をお願いします』


 柳井はそれに、あいつらしい軽口で応じた……のだが。


『おっ、ずいぶん仕事がたくさんだ。

 こりゃ大変だなあ~』


 なんとそれを真に受けたのか、志藤がちょっと動揺した様子で、弁解のような事を言い始めた。


『あ……申し訳ありません。

 現在の戦力だと、私も前線で戦わなくてはならないので。

 そちらに集中すれば当然、状況把握や指示が疎かになりますから、そこをサポートしてもらう必要があるのです。

 負担が大きいのはわかりますが、どうか……』


 結果柳井は、その懇願めいた指示に、ひどく焦った口調で答える。

 ほぼ間違いなく、そういうリアクションを予想していなかったのだろう。


『い……いやいや大丈夫! それはきちんとわかってるからさ! 問題ないない!

 ……と言うわけで、はいよっ! 任されました!』


 何ともすれ違いばかりのやり取りだが、しかしそのおかげで、暗い雰囲気にはならずに済んだ。

 結局柳井は、いつだってムードメーカー、というわけである。

 本当にこいつがいなければどうなっていたか、と改めて実感せずにはいられない。


 もっとも志藤の方は、そんな柳井の言葉を、やはり生真面目に受け取るだけだったが。


『……ありがとうございます。そう言っていただけると助かります』


 そしてそれをきっかけに、作戦についての長い説明を終えた。


『以上で、作戦の説明を終わります。

 何か質問がありましたら、どうぞ』


 いつものことだが、その呼びかけに答える者はいない。

 自分達にはもう前進あるのみだ、と誰もがわかっているからだろう。

 後は指揮官からの指示を待つだけ、という心持ちなのである。


 そんな皆の覚悟を受け取ったのか、志藤もまた、一切迷いのない口調で――


『では――』


 俺達にとって最後になるであろう戦い、その始まりを力強く告げた。



『状況を開始します!』








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