Section-3
更新履歴 21/10/30 文章のレイアウト変更・表現の修正
教室での作戦会議を終え、母艦から出撃した俺の前に、いつもの果てなき漆黒の宇宙が現れる。
例の敵集団すら完全に包み込んで、視界をこれでもかとばかりに埋め尽くすその威容に対し、俺は内心で感想を漏らした。
(相変わらず陰気な場所だよな……ま、当たり前なんだが)
その暗く冷ややかな空間に、改めて否定的な印象を抱いたのだ。
本当に無闇やたらと広く、そして寒々しい場所だ、と。
まあ本来、人間には縁の無い領域なわけだし、そんな風に思うのも当然だろう。
ただしだからと言って、特別その雰囲気が嫌いなわけでもない。
いやむしろ、どことなく落ち着きのようなものを感じてさえいる。
そこは空虚で無機質で、外に出たら一瞬で命を奪われるような、恐ろしい空間なのにである。
なぜそう感じるのかと言えば、それはここが、他のどこよりも静かだから。
命の気配なき場所であるがゆえに、心を乱す存在もまた無いのだ。
正直慣れてくると恐怖も薄まるし、意外と居心地が良いのでは、なんて思うこともあった。
ただし当然、そう感じる人間は少数派だろう。
こんな場所に居れば、普通は圧迫感を覚え、精神的に追い詰められていくはずなのだ。
実際、俺の横で同じく、来たる戦いに備えている栗原は――
(……元気無いな)
いまひとつ、本来の調子が出ていない。
いつもはやかましいくらい元気一杯なのに、今日は出撃して以降ずっと黙ったまま、という事実からそれがわかる。
きっと緊張感をうまく処理できず、余裕を失っているのだろう。
となれば無論、このまま放ってはおけないので、俺はすぐ栗原に声をかけた。
「……どうした? 何か心配事か?」
するとやはり、不安げな口調で答えが返ってくる。
「あ……ミッキー。
うん……ちょっとその、落ち着かないって言うか、なんて言うか……」
しかもそうして喋る声は、はっきりと伝わってくるくらいに震えていた。
これは『ちょっと』どころではなく、かなり精神状態が悪そうだ。
ここは何とかして、その緊張をほぐしてやらねばなるまい。
とは言え――
(……どうするかな)
落ちた気分を上向かせるための、適切な話題は見つからない。
絵に描いたような口下手である俺には、そんなの絶望的、と言っていいくらいの無理難題なのである。
さてこの状況、いったいどうしたものだろうか。
ただ俺がそう頭を悩ませているところへ、不意に柳井が割り込んでくる。
俺達の後方で、母艦を操縦しているはずのあいつが、いつもの調子で話しかけてきたのだ。
『お~っす、マキっちなんか元気無いじゃ~ん。
どったの~?』
そしてそのまま栗原と、軽い世間話のような雰囲気でやり取りを始めた。
『あ……うん。ちょっとなんか……緊張してて』
『ほほう……まあそりゃそうか。
状況が状況だもんなあ~、無理もない無理もない。
緊張して当然だよ』
『うん……でも、それじゃまずいよね。
これから大切な戦いがあるんだし。
うーん……どうしたらいいのかなあ』
もっとも柳井は、なんとその最後に――
『それはな、マキっち……実は、俺にもわからないんだよ。
なぜならば、そう――』
無駄に元気一杯な声で、唐突に情けないカミングアウトを行う。
『俺も死ぬほど緊張しているからだっ!』
それを聞いて、俺は思わず吹き出してしまった。
あまりに場違いなその口調と内容に、どうしても笑いをこらえきれなかったのだ。
「フッ……ククク……」
そんな俺をよそに、柳井はさらに口調の軽薄さを増しつつ、意気揚々と弱音を吐いていく。
『いやホントさっきからさ~、いよいよだって思うとさ~、マジで心臓の鼓動が止まらないんだよね~、全然落ち着かなくってさ~、ああもうホントこれきっついわ~……
……って聞いてる? なんか笑ってない? 俺真剣に話してるんですけど?』
その軽やかなとぼけっぷりには、ついさっきまで暗い雰囲気だった栗原も、思わずという風に忍び笑いを漏らしていた。
さすがにまだ本調子ではなさそうだが、それでも十分にリラックスできたようである。
言うまでもないことだが、柳井の狙いは間違いなくそれだろう。
自分の情けなさをネタにして俺達を笑わせ、場の雰囲気を和ませようとしたのだ。
こういうやり方で部隊に貢献していくのは、いかにもこの男らしいと言えるだろう。
そう柳井の気遣いを感じた俺は、すぐさまその件について感謝を述べる。
もちろん直接言うのは照れ臭いので、心の中でだが。
(すまんな、柳井……)
するとちょうどその辺りで、母艦の付近にいる志藤が、二人の会話に割り込んできた。
『お話中すいません。作戦の説明に入ってもよろしいですか?』
タイミングからして、俺達の話が一段落する瞬間を狙っていたのだろう。
柳井のトークで皆がリラックスしているのを見て、それが終わるまで待っていた、というところか。
となれば当然、ここから先は本番ということであり、こうして気を緩めているわけにはいかない。
なので瞬時に気合いを入れて、志藤のその呼びかけに応じる。
「ああ、大丈夫だ」
するとあちらもまた、それに応えて話を始め――
『では改めて、作戦についての確認を行います』
いつものように、冷静に作戦の説明をしていった。
『今回の作戦の目的は、敵陣の突破です。
このまま正面の敵集団に戦闘を仕掛け、そこを一気に突き抜けて、その先にある月を目指します。
また戦闘を行う目標は、移動の障害となる相手に限定します。
他は放置で構いません。
突破に必要な敵を排除できれば、それで十分ですから』
要は目標を一点に絞った上での、力任せの強行突破、ということである。
先に宣言した通り、これから正面の敵に、ほぼ真っ向からぶつかっていくわけだ。
作戦とは名ばかりのごり押しだが、今はその方法しかないわけだし、ここは覚悟を決めるのみである。
そう腹を据えつつ、俺はさらに志藤の話に耳を傾けていく。
『ただし戦闘の際は、絶対に途中で立ち止まらないでください。
敵の真っ只中に飛び込む以上、動きを止めることは即、撃墜に繋がりますので。
常に動き続けることが最も重要、ということです。
それから敵の陣形が、二段構えで構築されていることにも注意してください。
現在見えているのは、あくまで後方支援役の部隊であり、警戒すべきはそれを越えた先の本隊になります。
第一陣も油断できる相手ではありませんが、次に向けての余力を残すことは忘れないでください』
どうやら目の前に展開している部隊は、敵の本隊ではないらしい。
初戦はあくまで前哨戦であり、本命はその先、ということだ。
志藤の言う通り、物資や気力を使い切ってしまわぬよう、しっかり注意しておかねばならない。
そうやって敵の布陣を伝えた後、志藤は次に、こちらの立ち回りについての説明に移行し――
『次に、こちらの陣形について説明します。
基本は母艦を中央に据える構えをとり、それを守りながら進んでいくことになります。
艦が大きな被害を受ければ、敵陣突破後の航行に支障が出ますので、最大限注意してください』
間を置かずさらに、部隊各員への具体的な指示に移っていった。
『実際の配置は、まず艦の正面を、橘君と栗原さんに担当してもらいます。
二人は前方の敵を撃破し、母艦が通過するための進路を開く役割です』
つまり俺達は、部隊の前衛としていつも通りに暴れてくれ、ということらしい。
実にわかりやすくて結構な、むしろ望むところの役割である。
ゆえにすかさず、栗原と共に承諾の返事をする。
「了解」
『うん!』
それを確認した志藤は、次いで自分の側にいた望月へ、後衛の配置についての指示を出した。
『次に私と望月さんは、母艦の横及び上下を警戒、接近してくる敵の迎撃を行います。
私が艦の右側、望月さんが左側の担当です。
ただその際、後方への警戒は最低限にしてもらって大丈夫です。
後退を考慮する必要は、もうありませんから』
望月もそれに、俺達と同じく迷わず応じる。
『はい!』
それから最後に指示が出されたのは、母艦の制御を担当する柳井だ。
『最後に柳井君には、母艦のコントロールを全面的にお任せします。
移動する際の速度やコースを、戦況に合わせてそちらで決めてください。
加えてそれと同時に、私への戦況報告も担当してもらいます。
艦のレーダーを活用して状況を確認し、もし何か異変があれば、その都度報告をお願いします』
柳井はそれに、あいつらしい軽口で応じた……のだが。
『おっ、ずいぶん仕事がたくさんだ。
こりゃ大変だなあ~』
なんとそれを真に受けたのか、志藤がちょっと動揺した様子で、弁解のような事を言い始めた。
『あ……申し訳ありません。
現在の戦力だと、私も前線で戦わなくてはならないので。
そちらに集中すれば当然、状況把握や指示が疎かになりますから、そこをサポートしてもらう必要があるのです。
負担が大きいのはわかりますが、どうか……』
結果柳井は、その懇願めいた指示に、ひどく焦った口調で答える。
ほぼ間違いなく、そういうリアクションを予想していなかったのだろう。
『い……いやいや大丈夫! それはきちんとわかってるからさ! 問題ないない!
……と言うわけで、はいよっ! 任されました!』
何ともすれ違いばかりのやり取りだが、しかしそのおかげで、暗い雰囲気にはならずに済んだ。
結局柳井は、いつだってムードメーカー、というわけである。
本当にこいつがいなければどうなっていたか、と改めて実感せずにはいられない。
もっとも志藤の方は、そんな柳井の言葉を、やはり生真面目に受け取るだけだったが。
『……ありがとうございます。そう言っていただけると助かります』
そしてそれをきっかけに、作戦についての長い説明を終えた。
『以上で、作戦の説明を終わります。
何か質問がありましたら、どうぞ』
いつものことだが、その呼びかけに答える者はいない。
自分達にはもう前進あるのみだ、と誰もがわかっているからだろう。
後は指揮官からの指示を待つだけ、という心持ちなのである。
そんな皆の覚悟を受け取ったのか、志藤もまた、一切迷いのない口調で――
『では――』
俺達にとって最後になるであろう戦い、その始まりを力強く告げた。
『状況を開始します!』




