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更新履歴 21/10/30 文章のレイアウト変更・表現の修正
格納庫から帰還してすぐ、俺は教室へと舞い戻り、そこへ入りつつ中に声をかけた。
「戻ったぞ」
するとそれに反応して、志藤が即座にこちらを振り向き、労いの言葉をかけてくる。
同時にいつも通りの冷静さで、俺に次の行動を指示しながら。
「はい、お疲れ様です。
では立て続けで申し訳ないのですが、次の作戦について説明しますので、席の方にお願いします」
敵を目の前にした今、悠長に構えている暇は無い、というわけだ。
もちろんこちらとしても、気持ちは全く同じである。
なのですかさず、俺は彼女に頷き返してから、自分の席に向かうため教室内へ目をやった。
そこで視界に入ってきたのは、教壇の所に立つ志藤と、自分の席に座る栗原や望月、加えて一足先に戻っていた柳井の姿である。
つまりは現在生き残っているクラスメイト、その全員が勢揃いした、というわけだ。
ただしその、本来であれば心強さを感じるはずの光景に対し、俺はつい思ってしまう。
(……なんか、広いな)
ずいぶん教室が広い気がするな、と。
こんなに無駄なスペースが多い場所だったかな、と。
そう何とはなしに、寂しさのようなものを感じてしまったのだ。
どうやら俺の中にはまだ、クラスが十二人だった頃の感覚が残っているらしい。
だからこそ五人しかいないこの教室に対し、そんな印象を持ってしまったのだろう。
クラスメイト全員が生きていれば、もっとずっと賑やかだったはずなのに……と思うと、改めて胸が痛んだ。
ただそんな風にして、俺が独りで感傷に浸っているところへ、志藤が怪訝そうに問いかけてきた。
無言で立ちぼうけになっていたので、何事かと疑問に思ったのだろう。
「橘君……? どうしかしましたか?」
それで我に返った俺は、慌ててその呼びかけに応じる。
昔を懐かしむにはまだ早い、今はこれからのことを考えるべきだろう、と自分を戒めながら。
「いや、何でもない。大丈夫だ」
それからすぐさま歩き出し、教室の中を横切って移動、自分の席に腰を下ろした。
途中で何やら、ニヤつく柳井の顔が目に入った気もするが、きっと思い過ごしだろう。
もし気のせいではなかったら、後で軽くシメておけばいいだけの話だし、どちらにせよ構う必要はない。
そうして俺が、内心の憂いを片付けつつ着席した辺りで、それを見届けた志藤が話を開始――
「ではまず、改めて今の状況を説明しておきます」
本格的な話のための準備、といった雰囲気で、現状の確認を行う。
「前回の戦闘から撤退した後、私達は即座に、月へ向けて航行を開始しました。
そこで待つ倉田先生の仲間と合流するために、誰に命じられたのでもなく、自分自身の意志で。
またその際は、母艦の機能を最大限に利用し、可能な限り敵を避けつつ移動しました。
そのおかげで、こうして新しい戦闘を行うことなく、月の近くまでたどり着くことができています。
ここまでは非常に順調に来れた、と言えるでしょう。
しかし――」
ただしその途中で、ぐっと口調の緊張感を強め、今の俺達の苦しい立場について語り始めた。
「残念ながら、実際に月へ到達することはできませんでした。
みんなも知っている通り、大量の敵に進路を塞がれてしまったからです。
どうやら現在、敵は本格的な侵攻の準備として、月の付近に集結している最中のようです」
結果として一気に、場の空気が重くなる。
皆の表情からは、せっかくここまで来たのに……という落胆がありありとうかがえた。
まあ長いフルマラソンを走ってきて、ゴール寸前に高い壁が出現したような状況なわけだし、そう感じるのも当然だろう。
おまけにそこへ、さらに志藤の話が追い討ちをかけてくる。
「また今のところ、その敵との戦いを避ける方法もありません。
このまま前進し、戦って突破するしかない状況なのです。
なぜならあの集団が月へ攻め込み、それで本部が陥落すれば、何もかも手遅れになってしまうから。
迂回可能なルートを探すなどして、時間を浪費している暇はおそらく無い、ということです」
そのせいでますます、雰囲気が重くなったのを感じたのだろう。
志藤は一瞬だけ口を閉じ、話の継続をためらうような素振りを見せたのだが。
しかし結局、これも避けては通れぬ道と覚悟したらしく、そのまま申し訳なさそうな様子で説明を続けていった。
「そして現状、その敵への有力な対抗手段もありません。
可能な限り戦力を整えて、後は全力で戦う、という程度の作戦しか無いのです。
一応あちらは、戦力の集結を優先していますから、接触しても戦闘は最低限になるはずですが……
それでも圧倒的多数を誇る相手に、正面から突撃をしなくてはならない、という状況に変わりはありません。
強攻策が唯一の選択肢というのは、作戦担当として本当に不甲斐ないばかりです」
もっともそれを理由に彼女を責めるような者は、このクラスに誰一人としていない。
こいつが何も思いつかないのなら、自分達にできることなど無い、とみんな理解しているからだろう。
例え作戦がどんなものであろうとも、今さら積み重ねられた信頼は揺るがぬのだ。
なので素直に、俺はその気持ちを彼女に告げる。
「……お前がそう言うのなら、そうするしかないんだろうさ。
みんなわかってるし、別に気に病むことはないぞ」
ただ志藤がその言葉に返してきたのは、どこか辛そうな微笑みと、小さなお礼の言葉のみだった。
「……ありがとうございます」
より重圧を感じてしまったか、あるいは自らの不甲斐なさを恥じたのだろう。
責任感が強い彼女に、慰めは逆効果だったのかもしれない。
俺が言うことでもないが、相変わらず損な性分をしたやつである。
そんなこちらの心配をよそに、志藤はすぐ表情を引き締めて話を続け――
「ただしひとつだけ、幸運な要素がありました。
それは敵が私達に反応せず、なぜかその場へ留まり続けていることです。
すでに向こうは、確実にこちらを捕捉しているにも関わらず。
おそらく侵攻の準備を優先し、陣形を崩さないようにしているのでしょう。
距離をとっている限り、襲われる確率は極めて低いと思われます」
俺達を勇気づけるように、これまで取り組んできた対策について語っていく。
「実際そうやって生まれた時間を活かし、一定の戦力を整えることができました。
倉田先生の残してくれた資材を使い、機体の補給と修理、さらには強化まで行えたのです。
あくまで素人仕事なので、効果のほどはわかりませんが、やらないよりは確実に良いと信じています」
ちなみに機体の強化と言うのは、先ほど俺と柳井が行っていた作業である。
要は何だかんだで、きっちり最善は尽くしているのだ。
本当に頼りになるやつ、と言うより他はない。
そう俺が内心で頷いた直後、志藤が一連の説明の終わりを告げた。
「以上で、私達が置かれている状況と、これから取るべき行動についての説明を終わります。
何か質問はありますか?」
それに対して問いを返す者は、やはりこの場に一人もいない。
ただその一方で、辺りに漂う緊張感が急激に高まっていく。
いよいよ決戦の時だ、という事実を、誰もが肌で感じているのだろう。
志藤もまた、それを汲み取ったかのように、次いで迷わず出撃を告げ――
「では……出撃します」
その最後、高らかに宣言した。
俺達がこれから果たすべき、唯一にして絶対の目的を。
「必ず生きてたどり着きましょう、私達の新天地へ!」
それに対し、全員で力強く返事をすると同時に――
「「了解!」」
俺達は席を立ち、一斉に動き始めた――




