Section-8
更新履歴 21/10/27 文章のレイアウト変更・表現の修正
大小様々なミサイルに、目を焼く輝きを放つプラズマキャノンの砲火。
それらが津波のごとく、大量にこちらへ向け殺到してきている。
その迫り来る死神の行列を前に、俺は猛烈に自身の過ちを悔いていた。
(油断した……!)
自分の警戒が緩かったせいで、危機的状況に追い込まれてしまった、という現実を認識したから。
これは間違いなく、例の何もない空間に潜んでいた敵が、こちらの接近に合わせて放ったものである。
『そこにだけ何もいなかった』のではなく、『そこに敵が隠れていた』ということなのだ。
原因はもちろん、『フェアリー』が展開する、例のステルス領域だ。
おそらく母艦の方に奇襲を仕掛けるため、密かに接近してきていた敵と、運悪く衝突してしまったのだろう。
用心していれば避けられたはずなのに、なぜもっと慎重に行動しなかったんだ、と自らの迂闊さを責めずにはいられない。
そして当然、有効な対処法も思いつかない。
あまりにも敵と距離が近く、俺の機体の運動性では、回避が極めて困難だから。
もはや末路は、このままサンドバッグのように袋叩きにされるのみ、ということである。
そう現状を把握した俺は、すかさず機体を反転させ、押し寄せる砲火に背を向ける。
敵の攻撃を自分が受け止め、春日井だけでも守り抜こうとしたのだ。
今の状況でできることが、もうそのくらいしか残っていなかったから。
だが言うまでもなく、そんな抵抗は全て無駄でしかない。
実際俺の機体は、敵の砲撃に晒された瞬間、即座に崩壊を始めた。
ここまでにも激しい攻撃を受けていたせいで、改めての集中砲火には耐えられなかったのだ。
また春日井の機体も、それに巻き込まれ、ただでさえひどかった損傷がさらに拡大していく。
要は二人して、波にさらわれる砂の城のように、為す術なく破壊されていったのである。
結果として、その攻撃が止んだ時にはもう――
(これは……駄目だな)
俺も春日井も、動くことすら不可能な状態に追い込まれていた。
四肢を余さずもぎ取られ、残るは大半を砕かれた頭部と胴体のみ、という無惨な有り様に成り果ててしまったのだ。
車に何度も轢き潰された人形のよう、とでも例えればわかりやすいか。
もちろんこんな状態では、後方で待つ母艦への帰還など不可能である。
このまま敵の波に呑み込まれ、無様に蹂躙されるのが関の山だ。
すでに生還の見込みは欠片も無い、と言い切ってしまっていいだろう。
つまり俺は、春日井を助け出すどころか、その盾にさえなれなかったのだ。
どれだけ自分を殴っても足りぬほどに悔しく、そしてただひたすらに無念な結末であった。
そう状況が絶望的であることを、同じく理解したのだろう。
次いで春日井が、いかにもあいつらしい、あまりにも割り切った呼びかけを志藤に放つ。
『志藤さん! 早くここから逃げて!
私達に構っている暇はもう無いでしょ!』
ただそれに対して、すぐに志藤からの返事は無かった。
加えて他の皆も口を挟まなかったので、そこに突然、ひどく不自然な無言の時間が生じる。
未だ激しい戦闘の音が響き渡る中で、俺達の間にだけ静寂が広がったわけだ。
とは言えそれも、一瞬のこと。
そのわずかな沈黙の後、まるで首を絞められているかのように苦しげな志藤の声が、通信越しに聞こえてきた。
『……撤退します! 全員、すぐ母艦に帰投してください!』
戦場にいるクラスメイト全員に、撤退の指示を出したのだ。
もう俺達を救うのは不可能、と判断しての決定だろう。
その声音からすれば、それこそ自分の身をも引き裂くような思いでいるに違いない。
そんな志藤の振る舞いに影響されたのか、いつもなら続くはずの、『了解』という皆の返事も聞こえなかった。
誰もが言葉を発すること、それ自体を恐れているかのように、一切声を上げなかったのだ。
しかしその一方で、全員が後退を始め、続々と母艦の方へ向かっていく。
敵だけでなく、何か別のものからも逃れようとしているみたいに。
俺と春日井はただ、その後ろ姿をじっと眺めるのみである。
その光景にはもちろん、恐怖やら怒りやら寂しさやらの、様々な感情が芽生えてくるも――
(いや……正しい判断だ)
俺はそうして波打つ心を、無言のまま力任せに抑えた。
すでに俺達が助かる道は無い、だからこれが最善の選択なんだ、と己に言い聞かせながら。
救えぬ人間のために無理をして、わざわざ巻き添えになることなんてないのだ……
ただ俺が、そうして全てを受け入れたその瞬間、突然柳井からの呼びかけが届く。
『二人とも! 聞こえるか!』
そしてなぜか、妙に必死な声音で、やたらと脈絡の無い話を開始した。
『さっきの予備の武装、新しいスナイパーライフルの話だけど!
あれ実は、例の倉庫にあったんだ!
倉田が俺達のために物資を用意した、って言ってたところ!』
それから興奮気味に、これまた不思議な報告をしてきた後――
『そこには他にも色々置いてあってさ!
他の機体の装備とか、補修用の資材とか、あの長距離移動用のブースターもあった!
すげえたくさん……全部で十二機分あったんだよ!
それって、つまり――』
俺と春日井にとって、大きな救いとなる、意外な推論を告げる。
『全員分の物資を用意してた、ってことだよな!
倉田が俺達を、みんな生き残らせるつもりだった、ってことなんだよな!
これ、これってすごいことだよな!』
それは倉田が、本当に俺達を救おうとしていた、という事実の客観的な証明であった。
だって残されたメッセージの通り、月へ帰還するための物資が、きちんと用意されていたのだから。
使い捨ての駒のために、わざわざそんな面倒をするはずはないし、そう解釈するのが妥当だろう。
しかもその量から考えて、どうやらクラスメイト全員を、一人残らず生還させるつもりだったらしい。
いかにも倉田らしいというか、見た目に似合わず本当に熱い男である。
改めてその意志の強さを実感し、心を揺さぶられずにはいられない。
そうして知らされた真実により、独り胸を熱くする俺へ――
『いやもちろん、あいつが何を考えてたのか、本当のところはわからないんだけど!
断言できることなんて、ひとつも無いんだけど!
でも、でも、たぶん倉田は、倉田はさ――』
柳井は繰り返し、らしくもなく熱を込めて、自らの思いをぶつけてくる。
『倉田は絶対、いい先生だったぞ!
絶対、本当にいい先生だったよ!
俺は、俺はそう思うっ!』
その絶叫の後、またも俺達の間には、静寂の時間が生まれたのだが。
今度それを破ったのは、感情の高ぶりがはっきりわかるほど震えている、春日井のか細い声だった。
『……ありがとう、柳井君』
柳井はそれに対し、小さな呻き声を漏らす。
このくらいしかしてやれることが無い、という己の非力さを悔やむかのように。
同じく反応は無いが、他の皆も似たような心持ちかと思うと、ひどく胸が痛む。
ただそんな話をしている内にも、事態は着々と進行していた。
今までレーダー上に散在していた味方の表示が、ひとつの場所に寄り集まったのだ。
ついに俺達以外の全員が、無事に艦への帰還を完了してしまった、ということである。
結果としてその直後、母艦が移動を開始し、どんどん俺達のいる場所から離れていく。
敵の攻撃に晒されながら、決して速度を緩めることなしに。
要は別れの言葉ひとつなく、この戦場を去ろうとしているわけだ。
もっとも今、その冷たさを責めるのは酷だろう。
後は死が待つのみの俺達に、かける言葉などあるはずないのだから。
最後の置き土産に、倉田のことを教えてくれただけありがたい、というところか。
まあ俺の方がそれに対し、感謝を伝えられずじまいなのは心残りだが。
またそうして逃走を図るこちらに反応し、急激に敵の動きも変化した。
より近くにいる俺達に構わず、逃げゆく母艦を追撃し始めたのだ。
すでに無力化された敵は無視して、健在な方へ狙いを絞った、ということだろう。
ゆえに俺達は、そのままあっさりと置き去りにされる。
遊び疲れた子どもが、飽きた玩具を投げ捨てていく時のように。
実際先ほどまで戦場にいた全員が、目視で捉えられぬ距離まで去って行くのに、そう時間はかからなかった。
要するに、俺と春日井は――
(……静か、だな)
この広い宇宙空間に、たった二人で寂しく取り残されたわけだ。
帰るべき場所も、助けてくれる仲間も、ひとつ残らず失った状態で。
側にあるのはもはや、空虚を形にしたような漆黒の宇宙のみだ。
それを認識したせいで、死が間近に迫っているという感覚が、避けられず全身を支配していく。
湧き上がる恐怖が、徐々に体と心を蝕み、確実に食い尽くしていくのがわかった。
このままだと精神が限界を迎え、みっともなく叫び出してしまうかもしれない。
ただ俺が、その這い寄る悪寒に潰されそうになった瞬間、不意に――
『斉川君』
春日井真那が、今までに聞いたこともないくらい弱々しい声音で、俺に話しかけてきた……
『なんか……ごめんね』




