Section-7
更新履歴 21/10/27 文章のレイアウト変更・表現の修正
春日井真那を救出するため、俺は立ち塞がる大量の敵集団に対し、たった一人で突撃をかけた。
そこには当然、連中からの豪雨のごとき砲火が降り注いでくる。
せっかく追い詰めた獲物を奪われまいとして、周囲の敵が即座に迎撃してきたのである。
このまま進めば、そのただ中へと突っ込んでいくことになるわけだ。
ただそれがわかっていながらも、俺は放たれる攻撃に構わず、強引に前進を続けた。
シールドを展開して防御を固めつつ、まっすぐ敵陣へ突き進んでいったのだ。
まるで熱心な修行僧が、自ら望んで滝の中へ飛び込む時のように。
それによりシールドは、数多の砲火に晒され、瞬く間に削り取られていく。
またその流れ弾が機体にも命中したので、俺は濁流に呑み込まれたような衝撃を味わうことになった。
(ぐ……がっ……!)
当たり前のことだが、好き好んでそうしているわけではない。
回避したり迂回したりして、五分しかない貴重な時間を浪費したくなかったからだ。
どれだけ厳しい状況だろうと、とにかく最短距離を進むのみ、と決意しての行動である。
だがその無茶の代償として、突破を試みてから、そう時間も経たぬ内に――
(くそっ……もう苦しくなってきたか!)
降り注ぐ砲火に晒されているシールドが、その衝撃に耐えかねて、早くも悲鳴を上げ始める。
耳に届く軋み具合からして、砕け散るのはそう遠くない、という雰囲気だった。
まあこれだけ集中的に狙われているのだ、至極当然の結果だろう。
とは言え無論、怖じ気づいて守りに入るわけにもいかない。
それにより速度を鈍らせたせいで、春日井の救出が間に合わなかったら元も子もないからだ。
速さこそ重視すべきこの状況では、少々の機体の損傷なんて、気にかける必要は全く無いのである。
それにここを切り抜けられれば、すぐに部隊は撤退を開始するはず。
その時点で自動的に、これ以上の戦闘継続は必要なくなるのである。
要は後先など考えずに、ここで余力を使い切ってしまって良い、というわけだ。
ゆえにそのまま進路を変えず、むしろさらに速度を上げて、俺は敵のただ中を直進した。
不安な音を響かせるシールドに対し、どうかあと少しだけ耐えてくれ、と必死の懇願をしながら。
ただそうしてかなり進み、ようやく春日井まであとわずか、という地点に到達したところで――
(くそっ! ここで『ハウンド』かよ!)
ちょうど進行方向に、三機の『ハウンド』が出現する。
しかもそいつらは、それぞれが複雑な軌道を取りつつ、別々の方向から高速で距離を詰めてきていた。
このまま前に出れば、必ずそのどれかと激突することになるだろう。
言うまでもないことだが、これは非常に由々しき事態である。
だってまず、あいつと俺の機体では、機動性に違いがあり過ぎる。
逃げるどころか、迂回や回避すら困難なほどの差があるのだ。
羊が狼に襲われた時のよう、と例えればわかりやすいか。
また逃げられぬからと言って、能動的に仕掛けて撃ち落とすのも難しい。
自機の旋回速度や射撃精度に問題があり、奴に正確な狙いがつけられぬせいである。
こちらは俊敏なハエを追いかけ回すようなもの、と表現するのが適切だろう。
それゆえいつもは、他の味方に対処を任せたり、そもそも近づかないようにしているのだが。
単独で突撃している今、そういう手段を選ぶのは難しい。
要は支援を受けられぬ現状だと、対抗手段がほぼ無い相手、ということなのだ。
そこで俺は、急場しのぎの策として――
(やれるだけやるしかない!)
正面から迫る『ハウンド』に対し、使える武装を総動員して乱射、そこに可能な限りの弾幕を張った。
しかも狙いの正確さにこだわることなく、ありったけの弾薬を注ぎ込んで。
精度の低さを攻撃の量でカバーし、どうにか連中を迎撃しようとしたのである。
ただしその努力も空しく、結局それで仕留められたのは一機だけ。
残りの二機には、間を置かずほぼ目前という距離まで肉薄されてしまう。
完全に包囲されている状態では、十分な弾幕を形成することができなかったせいだ。
無論これほど近づかれると、もう回避はおろか反撃のしようもない。
そして下手に速度を緩めれば、今度は周りの敵からの集中砲火が待っている。
絶対絶命の危機、と表現するより他はないだろう。
ゆえにやむを得ず、俺は抵抗を諦め、防御を固めることにした。
速度が落ちないよう気をつけながら、丸まって転がるダンゴムシのように、シールドを体に引き寄せたのだ。
まさしく決死の特攻、というところか。
もっともそうして覚悟を決め、思い切って前進した俺が、肉薄してきた『ハウンド』と接触する寸前――
(……え?)
なんと相次いで、その二機が爆発した。
自爆したのではなく、どこからか攻撃を受けたかのように、突然弾け飛んだのである。
それはかなり近距離での出来事だったが、防御を固めていたおかげで、被害は最低限で済んだ。
その急な事態の変化に動揺し、思わず硬直する俺の耳へ、次いで呆れたような声が届く。
『あ~あ、来ちゃったのか。
ホント変なところで律儀だよね、斉川君は』
春日井真那の発した、『やれやれ』という気持ちのにじみ出た憎まれ口だ。
それに応じて声の方へ目をやると、こちらに銃口を向ける、半壊状態のアサシンの姿が見えた。
どうやら今の爆発は、あいつの仕業だったらしい。
要はあの機体の状態で、俺の支援をやってのけたわけである。
わかっていたこととは言え、相変わらずの常軌を逸した強さだな、と改めて感嘆するばかりである。
しかしやった事の凄さとは裏腹に、声からはいつもの力強さが失われている。
たぶん長く過酷な戦闘で疲弊し、喋る気力を削り取られてしまったのだろう。
せっかく合流を果たしたわけだし、ここは本当に力尽きてしまう前に、必ず助け出さねばならない。
そこで俺は、その憎まれ口を無視して、即座に春日井を連れ帰ろうとした。
「うるせえな、ほっとけ。
それより掴まれ、すぐ母艦に戻るぞ」
ただ向こうはそんな俺を、いつも通りの軽口でからかってくる。
『あっ、今日はなんか強気~。
いいのかな~、そんなこと言っちゃって~。後で大変だぞ~』
きっと居たたまれなさをごまかすため、わざとふざけた態度をとっているのだろう。
自分から突っ込んで危機に陥った挙げ句、そこを俺に助けてもらうのが恥ずかしいのだ。
こんな時でも普段通り振る舞うのは、強情なこいつらしいと言えばこいつらしいが。
とは言え今は、その照れ隠しに付き合っている暇が無い。
周りに敵がひしめく状況で、じゃれ合う余裕などあるわけがないのである。
なので俺は、今は口論してる場合じゃないと自らに言い聞かせ、強引に春日井の説得を試みた。
「いいから黙ってろ! たまには俺の言うことも聞けよ!」
すると思いのほかあっさりと、その提案は受け入れられる。
『……うん、そっか。
ま、そういうのもたまにはいいかな。お世話になります』
あり得ないほど素直な態度で応じた、ということである。
まあそれだけ、心身共に追い詰められていたのだろう。
さすがのこいつでも、単独での囮は負担が大きかったようだ。
その事実に胸を痛めながら、俺は降り注ぐ敵の攻撃を掻い潜って春日井に接近、すかさず掴んで自分の方へ引き寄せた。
そして荷物か何かのように、脇へ抱え込みしっかりと確保する。
これでとりあえずは任務完了、後はまっすぐ母艦へ戻るだけである。
ただしその時点ですでに、タイムリミットはあと二分弱にまで迫っていた。
まだ行程としては折り返し地点だと言うのに、すでに制限時間の半分以上が過ぎてしまったわけだ。
帰り道の方が早いとは思うが、やはり可能な限り急ぐべきだろう。
だがその焦りに急かされて、機体を反転させようとしたその瞬間――
(ん……? なんだ……?)
俺は不意に、全身の毛が残らず逆立つような違和感を覚える。
なぜだか理由もなく、心臓を直接掴まれるような恐怖を感じたのだ。
あたかもすぐ目と鼻の先で、恐ろしく巨大な人食いの猛獣が、こちらへ向け口を開けているのを見たかのように。
謎めいたその感覚に混乱しつつも、俺は素早く辺りを見回し、不可思議なそいつの正体を探った。
何がそんなにも自身を恐れさせているのか、周囲を詳しく観察することで解明しようとしたのだ。
結果として視界の内に、明らかに不自然なものを発見する。
(……まさか!)
それは春日井の後方に広がっていた、果てなく続く漆黒の空間だ。
どうやら俺は、その何も無い領域に対し、総毛立つほどの脅威を感じていたらしい。
無論、ただの宇宙空間を恐れたわけではない。
感情を揺さぶられるほどの違和感を覚えたのは、『そこに何もいないこと』に対してだ。
他方向には敵がひしめいているというのに、その部分だけが空白という状態を、無意識の内におかしいと感じていたようなのである。
そしてその事実を把握すると同時に、それが何を意味するかも理解した俺は――
(くっそぉぉぉ!)
即座に残った全ての武装を起動して、眼前の虚空に向けて連射した。
すぐそこに迫っているであろう、破滅的な未来に対し、必死の抵抗を試みたのだ。
何とか間に合ってくれ、と叫び出したくなる気持ちで懇願しながら。
だがその懸命の祈りも空しく、俺が攻撃を開始した直後――
(あ……!)
前方の何も無い空間から、俺達に向け、大量の砲火が撃ち放たれた……




