表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-02 『Discoverer』
14/173

Prologue

更新履歴 21/9/11 文章のレイアウト変更・表現の修正


 それは別に『運命的な出会い』だとか、そんな格好のいいものじゃない。


 ひどく些細なきっかけで、俺の方が勝手に好きになっただけだ。


 木原開人はそう、自分とその想い人について振り返っていた。



 そもそもの始まりは、大したこだわりもなく選んだ高校の、平凡な入学式での出来事だ。

 そこで俺は、小学校で一緒のクラスだった、喧嘩友達の女の子と再会することになった。

 そしてその時、そいつの隣に彼女――望月和歌がいたので、偶然知り合いになった……という、たったそれだけの話である。


 もちろんその時に、中身のある会話を交わした覚えは無いし、何か記憶に残るような事件があったわけでもない。

 まさしくどこにでもある、非常にありふれた出会いだった、と言えるだろう。


 ゆえに最初、俺は望月さんに対し、取り立てて強い印象を抱いてはいなかった。

 彼女はあまり積極的に喋る方ではなく、また目立つような振る舞いも少なかったから。

 要は俺にとって、その他大勢の一人に過ぎなかったわけだ。


 だから彼女とは、特別親しくはないが、共通の知り合いがいるので疎遠にもならない……

 そういう近くて遠い、顔見知り程度の関係が続いていた。


 そんな俺が、望月さんを異性として意識することになったきっかけ――それは出会いからしばらく経ったある日に、学校の廊下で交わした短い会話だ。


 彼女はその時、一人でいた俺に、突然向こうから話しかけてきて――


『あの……木原君? ちょっと、いいかな?』


 咄嗟にはその名前を思い出せない、という失礼な状態で、それに辛うじて対応した俺へ――


『え……ああ、えーと、望月さん? 何?』


 ひどく自信なさげに、ある物を差し出してきた。


『これ……木原君のだったと思うんだけど。

 違ったかな……?』


 それはわずかに彼女の手に余るサイズの、分厚いネイビーのハンカチだった。

 ちなみにその言葉通り、俺の所持品である。

 たぶん不注意で落としたか、あるいはどこかに置き忘れていたのだろう。

 つまりは見つけた落とし物を、わざわざ届けてくれたわけだ。


 そう事情を把握した俺は、早速望月さんに礼を言いつつ、ハンカチを受け取るべく手を差し出した。


『ああ、うん。俺のだ。ありがとう』


 結果彼女は、不安から解放されたような表情で、安堵の言葉と共にハンカチを渡してきた。


『良かった。じゃあ、渡しておくね』


 そしてそれ以上、話を続けることもなく――


『それじゃ、私はこれで』


 別れの挨拶を残し、静かに踵を返し立ち去っていった。

 俺としては無論、軽く返事をして、そんな彼女を見送るのみである。


『ああ』


 その時、俺と彼女の間で交わされたのは、たったそれだけの会話――忘れ物の受け渡しという、何の変哲もないやり取りのみである。

 普通であればそれは、すぐ日々の喧騒に紛れてしまう出来事だろう。


 ただしその日常のひとコマは、次いで俺が、何げなく受け取ったハンカチを見た瞬間――


『あれ……?』


 恋物語の始まりを告げる、忘れがたき思い出へと変わった。


『なんか……ずいぶん綺麗だな』


 その原因は、渡された例のハンカチが、綺麗に折り畳まれていたからだ。

 しかも少しのズレさえない、というくらいの美しい正方形に。

 あたかもクリーニングか何かに出して、返却された直後であるかのように。


 もちろん、俺がそうしたわけではない。

 俺にはハンカチを持ち歩く際、きちんと畳むなんて習慣は無いのだ。

 いつだって適当に丸めて、粗雑にポケットへ突っ込んでおくだけである。

 それは間違いなく、望月さんの手による作業であった。


 つまりは彼女、偶然拾っただけの他人の物を、わざわざ形を整えてから持ち主に届けたのだ。

 なんと親切というか、思いやりのある行動だろう。

 大雑把な俺なんかでは、考えつくことすらない配慮である。


 おまけにそのハンカチからは、わずかながら良い香りがした。

 洗剤なのかシャンプーなのか、詳しくはわからないが、とにかく女性を感じさせる甘い匂いが移っていたのだ。


 それは普段、女性にさほど縁が無く、身近にいるのは母親くらい……という俺にとっては、かなり刺激的な体験であった。

 その香りに鮮烈な印象を受け、彼女のことが強く意識へ刻まれてしまうくらいに。


 そんなこんなで以降、俺は望月さんの姿を見かけるたびに、視線で後を追いかけるようになった。

 その際に少なからぬ、胸の高鳴りを覚えながら。

 チョロいと言うか惚れっぽいと言うか、まあ実に単純な反応である。


 もっとも当然、それだけが心を奪われた理由ではない。

 俺はそうして彼女に注目していく中で、その人柄に様々な魅力を見出していったのだ。


 例えば彼女、友達と喋る時はいつも、笑顔で相手の話に耳を傾けていた。

 勝手な推測だが、きっと場を和ませる役割に徹していたのだろう。


 また変に感情を高ぶらせて騒いだり、友人と他人の悪口を言い合うようなこともなかった。

 どんな時も変わらず、穏やかな雰囲気を漂わせていたのである。


 そんな節度ある振る舞いが、俺の目にはとても心地良いものに映った。

 いつしか彼女を見るだけで、自分も穏やかな気持ちになるくらいに。

 普段から度々、ガサツだ粗暴だと指摘されるこの俺がである。


 それはたぶん、彼女の持つ周りさえ穏やかにする柔和さを、とても得難く尊いと思ったからだろう。

 俺自身はそれと真逆の、無神経で荒っぽい人間ゆえ、余計にその思いが強かったのだ。


 この俺、木原開人にとって、望月和歌はそういう存在であった。


 だからこそ、容易く心を乱されるほど好きになったのだ。

 ゆえにずっと側で見ていたい、そして自分のことも見て欲しい……と願うようになるまで、大した時間はかからなかった。


 とまあ、経緯をまとめれば、だいたいそんなところである。

 やはりどこまでも月並みで、果てしなく一般的な話と表現するしかない。

 俺が普通の人間である以上は、それで当たり前なのだが。


 しかし残念ながら、現在その平凡な恋物語に、続きが書かれる予定は一切無い。

 なぜかと言えば、それはもちろん――



 『 』が、いたから。



 俺の目には、『 』と望月さんの気持ちが、寸分の狂いもなく通じ合っているように見えたのだ。

 自分では何があろうと割って入れない、と確信を持ってしまうほどにはっきりと。


 だから俺は、その己が恋心を、必死に表へ出さぬよう努めてきた。

 それをきっかけとして、今の関係が壊れてしまわぬように。

 実のところ俺は、そういう肝心な場面で強気に出られない、呆れるほどの臆病者だったのである。


 ただし、そんな悩みを抱えてはいても、彼らと過ごす時間はいつも楽しかった。

 俺にとって、何よりかけがえのないものだったのだ。


 だからこのままで十分だし、できる限り長くこうしていたい。

 ずっとずっと、俺は心からそういう未来を望んでいた。


 しかし今はなぜか、そんな自分の気持ちを、ひどく遠いものとしか感じられなくなっている。

 あたかもその中で、重要な位置を占めていた――



 とても大切な『何か』が、知らぬ間に欠け落ちてしまったかのように……








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ