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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-12 『Moon watcher』
134/173

Prologue

更新履歴 21/10/27 文章のレイアウト変更・表現の修正


 斉川雅幸にとって、他人という存在は、人生を通じてそのほとんどが敵であった。


 より正確に言えば、味方がいなかった……いや、作ろうとしなかった、と表現すべきかもしれない。



 なぜなら俺には、昔から人の悪意というものが良く見えたから。

 その心根を見抜ける、小賢しい眼力を備えていたがゆえに、他人を信用できなくなってしまうのだ。


 例えばそう、一人の女がいたとする。


 そいつが飛び切りの美人で、頭の回転も早く、身体能力にも優れていて、おまけに並み外れた自信家だったとする。


 そういうやつは大抵、周りの女から憎まれる。

 警戒され、邪険にされ、冷遇され、非難される。

 本人の意志や行動に関係なく、必ずそんな扱いを受けてしまうのである。


 それはそいつの美しさが、周囲の人間に強烈な劣等感を抱かせるからだ。

 生まれながらに与えられたものの違いを、容赦なく突きつけてくるからだ。

 歴然とした輝きの差から目を背けられなくなる、と表現してもいいだろう。


 例えて言うなら、石ころと宝石の差に気づいてしまう、みたいな話だ。

 仮に自分が石ころであっても、他も全て石ころであれば気にならないが、ひとつでも本当の宝石が交じれば、嫌でも違いを意識させられる……ということである。

 だからその存在自体が、周りの心をざわめかせ、コンプレックスの源泉となってしまう。


 そうして劣等感を植え付けられた人間が、それを解消する手段はふたつ。

 自分も同じように輝くか、あるいは相手の輝きを失わせるか、だ。

 『同じレベルに到達した』という実感を持てなければ、胸に潜む敗北感は消えてくれないから。


 無論、前者は極めて困難だから、基本的に後者を選択するしかない。

 悪口、陰口、根も葉もない噂などを使い、その評判を貶めるわけだ。

 自身と相手の間に横たわる、『存在価値』の差を埋めるために。

 それこそ優れた人間が、周りから攻撃されてしまう理由である。


 しかもその際、連中は自分の価値が下落することも恐れる。

 嫉妬から悪口を言う、卑劣で低級な人間とは思われたくない、という心理が働くのだ。

 だから普段は友人の『ふり』をしながら、じっと相手の様子をうかがっている。


 そして相手が何か失敗するとか、大きな問題を起こした際、ここぞとばかりに非難する。

 そのタイミングであれば、『正義の側』という立場を確保しつつ、好き勝手に悪口をぶつけられるから。

 メリットばかりでデメリットの無い、まさしく最高の攻撃手段なのだ。


 ちなみにその際、非常に便利なのが、『協調性』という言葉である。

 連中はいつも、『協調性が無い』ことを理由に、優れた誰かを攻撃するのだ。

 あたかも周りに合わせないことが、この世で最も悪しきことであるかのような口ぶりで。


 要は周りと価値観が違う人間を、ただその事実のみで悪者にしているのだ。

 『自分達に合わせない』という理由だけで、その人格までもを否定しているのだ。

 『協調性』という概念を、孤立した誰かを攻撃するのに利用している、と言ってもいいか。


 ただし一応、その『協調性が無い』という指摘は、完全に間違っているわけでもない。


 だって人並み外れて優れた人間は、大抵自身の輝かしさゆえに、他人の心が見えなくなるから。

 自分が誰かの自尊心を、無自覚にひどく傷つけている、という事実に気づかないから。


 例えるならそう、太陽自身には、己の輝きのせいで生まれる影が見えないように。

 自分が他人の心を陰らせているなんて、想像すらしていないのだ。

 それに対して遠回しに復讐されるのは、ある意味当然の報いであろう。


 しかしその一方で、協調性が無いのはお互い様だったりもする。

 だって自分を『正義』だと認識している人間が、『間違っている側』の意見を受け入れることなどあり得ないのだから。

 『相手に合わせる気がない』のは、実のところ両者共に同じ、というわけだ。


 つまり多くの人間にとっては、『相手が自分に合わせる』ことこそが協調性なのだ。

 『自分の方が相手に合わせる』なんて事態は、最初から想定もしていないのだろう。

 頭にあるのは自分の意見を通すことだけ、という点を考えれば、やはり『お互い様』以外に表現のしようはない。


 それでも実際に悪とされるのは、いつだって数が少ない方だ。

 多数決に勝る正当性は、現代社会において何ひとつ存在しないから、大抵の場合はそうなる。

 正義という概念は、いつだって数が多い方へと与えられるものなのである。


 それゆえ他人より輝く者は、何ら悪意を持っていなくても、悪の側と認識される。

 一方周りの人間は、その誰かにこれ以上ない悪意を抱いていても、平然と正義の側でいられる。

 心底クソッタレな話だが、どこにでもある当たり前の現実とも言えよう。


 ちなみにこれは女の世界の話だが、無論男とて例外ではない。


 男の方は大抵、上下関係を覆されることを嫌う。

 自分の方が上との認識があるのに、実際の序列は下、という感覚に耐えられないのである。

 それで部活とかで、先輩より上手な後輩とかが、集中的に嫌がらせなどをされてしまうのだ。


 そこに共通しているのは、結局のところ自尊心である。

 自分の価値が下げられることを、誰もが心底忌み嫌っているのだ。

 それを傷つけられると、混乱して我を失い、場合によっては理性さえ消し飛ぶくらいに。


 だから懸命に、自身より優れた者や、自身の評判を下げる者を攻撃する。

 恋人にフラれた際、腹いせにくだらない噂をばらまいたりするのもそのため。

 それに乗っかって、普段から気に入らなかったやつを批判するのもそのため。

 とにかく人は、自分をこそ大事にしている、と言い切ってしまって良いだろう。


 俺はそれがわかってしまうから、人間関係というものから、いつも一歩引いていた。

 感情の軋轢から発生する、面倒なトラブルに巻き込まれるのが嫌で、常時距離を置いていたのだ。

 そのせいで友人はいなかったが、しかしいなくても良いと、負け惜しみでなく考えていた。


 まあそんな俺に、『こいつ本当は善人だ』みたいな勘違いをして、何かとちょっかいを出してくるやつも中にはいた……

 ……ような気もするが、きっと例外中の例外であろう。

 いついかなる時も、俺は孤独でいることを自ら選び取っていたのである。


 もちろんそれゆえに、『協調性が無い』とか『空気が読めない』とか、散々言われはしたが。

 俺は性格悪くなんかないぞ、お前らが性格悪いからそう思うだけだ、との確信を持っていた。


 だから俺にとって、世界とはずっとくだらないものだった。

 つまらぬ人間と、取るに足らぬ出来事で埋め尽くされた、薄汚れている空間であった。

 俺は俺自身も含めた、この世の全てに、何ひとつ価値を見出せていなかったのだ。


 しかしその認識は、ある時を境にして、百八十度覆った。

 いや正確には、くだらない世界の中に、ただひとつの尊いものを見つけたのである。


 そう、俺は――



 春日井真那という、女神と邂逅したのだ。








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