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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-11 『Moon jumper』
133/173

Section-11

更新履歴 21/10/23 文章のレイアウト変更・表現の修正


 私がそうして、例のデータのパスワードを解除した瞬間、その場にいた全員が一斉に色めき立つ。



「春日井さん……? え? パスワードを解除したのですか!?」


「ちょっと待て! なんでそんなことに? どうやったんだ!?」


「いやいや、今はそれよりも中身の話だろ!

 結局それ、何のデータだったんだ?」


 そして皆が私の周りに集まり、先を争うようにしてディスプレイを覗き込んだ。

 顔に高揚感と好奇心、それからわずかに不安も覗かせながら。


 ただし直後、そこに表示されていた倉田先生からのメッセージを見て、一様に動きを止める。

 きっと内容が意外すぎたせいで、思考停止状態に陥ってしまったのだろう。

 まあ敵側だと思っていた先生が、唐突に『生き延びるための方法』とか言い出したのだ、ごく当たり前の反応である。


 ただし私は、そう皆が動揺するのをよそに、一人冷静なままだった。

 先生を信じていた分、内容への驚きが少なかったので、すぐ次の行動に移れたのだ。

 ゆえに訪れたその静寂の中で、黙々とメッセージに目を通していく。


 結果それにより、自らの推論を裏付ける、不可思議な指示を目にすることになった。


『ではまず最初に、私が近くにいないことを確認してください。

 もしいるようなら、すぐにこのメモリーを隠し、必ずいなくなるまで待つこと。

 行動を起こすのは、それからでも遅くはありませんから』


 これは間違いなく、『操られている時の自分』を警戒してのものである。

 だってそうだろう、自身をコントロールできているのなら、『自分がいなくなるのを待て』なんて言うはずないのだから。

 やはり先生は、『自分』から遠ざけるために、このデータを隠していたのだ。


 そう自分の考えが正しかったという事実に、この上なく満足した私は、その勢いに乗ってさらにメッセージを読み進めていく。


 もっともその中で、時と場合をわきまえず、つい笑いそうになってしまった。

 なぜなら――


『そして次に、このメモリーに収められている、母艦の制御に関するマニュアルを確認してください。

 完全に把握するのには時間がかかるでしょうが、必要なことですから、しっかりと勉強をするように。


 それを終えたら、今度は同じくこのメモリーに入っている、母艦の制御用のコードを確認します。

 さらにそのコードを使って、艦のコントロール権限を取得し、本当に制御できるか試してください』


 だって先生の文体が、いかにも教師然としていたから。

 『しっかり勉強を』とか、『~してください』とか、まるで宿題でも出しているかのような言い方である。

 状況を忘れほっこりしてしまうのも、致し方ない反応であろう。


 とは言え無論、いつまでも呑気に構えているわけにはいかない。

 先生がついさっき宣言したように、今ここに書かれているのは、私達が生き延びるために重要な情報なのだから。


 要は本来、一言一句漏らさぬよう集中して読まねばならぬもの、ということである。

 ゆえに素早く気を引き締めて、私は再度、倉田先生の残した文章と向き合う。


 すると次いで、私達にとって大きな価値のある、予想だにしていない情報が提示された。


『そうやって無事、母艦を自由に動かせるようになったら、すぐに月へ向かってください。

 たぶんその時にはもう、本隊の方は出発した後でしょうが……


 しかし代わりに、私の仲間が、君達を出迎えてくれるはずです。

 本隊が脱出してからも月に残り、君達を送り出す準備をしているはずなのです。

 だからどうか、彼らを信じて、迷わず月を目指してください』


 なんと脱出作業が完了したはずの月で、私達のことを待つ人がいるらしいのだ。

 私達を新天地へと送り出すため、あえてその場所に留まった、ということである。

 容易に信じ難い話ではあるが、しかしあの先生が言う事だ、きっと間違いはないのだろう。


 しかもその人達は、どうやら先生の仲間らしい。

 つまりは先生も、私達を『助けようとしている側』の人間だったのである。

 その次々に明かされていく真実と、それによりあの人の汚名が雪がれていくことに、私はますます強い満足感を覚える。


 そんな私の前で、倉田先生のメッセージは佳境に入り――


『もちろん、そのための物資はきちんと用意してあります。

 倉庫の一角を封鎖し、そこに貯蔵してありますので、自由に利用してください。

 封鎖解除用のコードも、このメモリーに収めておきますから、同じく確認を。

 それと、最後になりましたが――』


 いかにもあの人らしい、旅立つ生徒達への、優しいはなむけの言葉で締め括られた。


『君達が生きて新天地にたどり着くことを、私は心から願っています。

 どうかその旅路が、祝福と幸運に満ちたものでありますように。

 ……以上で、メッセージを終わります』


 それを読み終えた瞬間、私の心に生まれたのは――


(先生……ありがとう……)


 倉田先生に対する、この上ない感謝の気持ちだ。

 胸の内は今、その温かく震える想いで、隅々まで一杯に満たされている。


 だって先生が、私達のことをきちんと考えてくれていた、という事実がわかったから。

 絶体絶命の状況に置かれた、今の私達が生き延びる道を、ちゃんと用意してくれていたから。

 そしてその方法を、色んな努力を重ね、こうして欠けることなく伝えてくれたから。


 それはきっと、とても難しい試みであったに違いない。

 身の危険すらある、まさしく至難の業だったに違いない。

 心を操られながら、上層部の判断に逆らうことをしていたのだ、そう考えるのが妥当だろう。


 なのに先生は、その難事を見事に成し遂げ、私達の進む道を切り開いてくれた。

 やはり心に湧き上がってくるのは、溢れるほどの感謝の気持ちのみである。


 となればもちろん、このまま呆けているわけにはいかない。

 私達には先生の残したもの――明日への希望を、最大限活かす義務があるのだから。

 必ず、必ず、その志を無駄にせぬよう、生きて月までたどり着かねばならぬのだ。


 そこでいったん、感動に震える心を脇に置いて、周りを見回す。

 目に入ってきたのは、一様に何かを考えている雰囲気の、クラスメイト達の姿だ。

 きっと倉田先生からのメッセージを読み終わり、それをどう解釈すべきか迷っているのだろう。


 しかし当然、悠長に悩んでいる暇など無い。

 今はすぐにでも動かないと、クラス全体が危うくなる、という極めて切羽詰まった状況なのだから。

 ここは皆の気持ちを、何とかして戦いの方へ戻さなければ。


 そう自らの指針を定めた私は、次いで可能な限り冷静に、志藤さんへと呼びかけを発した。

 ここは行動を起こす局面でしょう、と彼女をやんわり叱咤したのである。


「志藤さん。今は敵への対処を」


 すると志藤さんが、驚いたように軽く身を跳ねさせた後、我に返った様子でそれに応じる。


「え!? あ……は、はい。

 そうですよね、すいません。すぐ取りかかります」


 そしてまだ少し動揺を覗かせながらも、私に代わってパソコンの前に陣取り、操作を開始した。

 他のみんなも、私の一言で思索から脱したのか、緊迫した表情でそんな彼女を見守っている。


 その空気の中で、志藤さんはしばし作業を続け、間もなく嬉しそうな声を上げた。


「ありました! 母艦の操作マニュアルと、制御用のコード!

 倉田先生のメッセージ通りです!」


 それと同時に、場の雰囲気が急激に明るくなる。

 たぶん倉田先生からの情報が嘘でなかった、という事実に歓喜したからだろう。


 だってそれは、『月に仲間がいる』という先生の話もまた、嘘ではないことを意味するから。

 ここへ来てようやく、この絶望的な状況に希望が見えてきたのだ、安堵し手応えを感じるのは当然である。


 そんな皆の期待を背負って、志藤さんはすぐパソコンを操作し、例の制御用のコードを入力した。

 またさらに何らかの作業を行い、母艦のレーダーを起動、その結果をディスプレイに表示させる。


 ただしそこで、場の空気が瞬く間に緊張感を取り戻した。

 志藤さんがその、表示されたレーダーを観察しながら――


「確かに多いですね……距離もだいぶ迫っています」


 直後に斉川君と、作戦についてのやり取りを始めたからだ。


「すぐ逃げなきゃならん、ってことだな……母艦は動かせそうか?」


「……難しいですね。今はまだ、付属するシステムだけを動かしてる状態なので……

 コントロールを完全に掌握するのには、少し時間がかかりそうです」


「時間稼ぎが要る、ってことだな?」


「はい。みなさんには、いったん迎撃に出てもらうことになります」


 そしてそれを終えた後、彼女はすぐさま、いつものように皆へ指示を出していく。


「春日井さん、斉川君、望月さんは、これからすぐ出撃して、敵の迎撃に当たってください。

 でも決して無理はせず、守りに徹してください。

 時間が稼げれば十分ですから。

 柳井君と私は、ここで今の作業を続けます」


 どうやらこの場で、チームをふたつに分けるつもりらしい。

 システムの知識がある彼女と、出撃できない柳井君で作業を継続しつつ、残りのメンバーを時間稼ぎに回す……というわけだ。

 まあ私がここにいても、これ以上役に立つことはなさそうだし、適切な割り振りだろう。


 ゆえに逆らわず、皆と共に肯定の返事をした。


「「了解」」


 その直後、場にいる全員が、それぞれの役割に従って動き出す。

 一刻の猶予も無いことがわかっているからか、総じて動作は機敏だった。


 なので私も、いったんはそんな皆に続こうと……していたのだが。

 ただその直前、例のパソコンが目に入ったせいで、つい独り言を漏らしてしまう。

 そのパソコンの持ち主である倉田先生に対し、やり場のない感情をぶつけたのだ。


「ずるいな……本当に。……ずるいよ、先生」


 だってあの人は、いつでも側にいるよって顔をするくせに、実際はいつだって手の届かない場所にいる。

 どんな時だって生徒達のことを考えているはずなのに、こんなにも近くにいる私の本心には気づかない。

 そんな先生の振る舞いに、本当にずるい人だ、と不満を抱かずにはいられなかったのである。


 でも幸い、生徒を操り戦わせるような、極悪非道な人間ではなかった。

 詳しい事情まではわからないけれど、私達の無事を願い、そのために努力してくれてもいた。

 今はそれだけで十分、と考えるべきだろう。


 その想いを支えに、私は自らの感情を抑え込み、未練を力任せに断ち切る。

 それからすぐ、行動に移るため動き出すと――


(……あ)


 不意にそこで、こちらを見つめている斉川君と目が合った。

 その表情は、らしくもなくどこか憂いを帯びている。

 どうやら倉田先生のことで悩む私を、彼なりに心配してくれていたようだ。


 ただし無論、そんな気遣いは不要である。

 なので私は、自身が万全だということをアピールするため、彼に毅然と声をかけた。


「大丈夫。行こう、斉川君」


 すると斉川君が、無言のまま黙って頷く。

 表情の方も不変だし、特に慰めるつもりは無い、ということだろう。

 同情されて嬉しいタイプではない私には、ありがたい対応だった。

 ゆえにそのまま、私は彼に頷き返し、二人で職員室の出口に向け走り出す。


 ちなみにその時にはもう、望月さんは職員室の外に出ており、志藤さん達も作業を再開していた。

 またも出遅れてしまった、というわけだ。

 敵はすぐそこまで来ているのだし、ここはやはり、できるだけ急がなくてはならない。


 しかし一方、その緊迫していく状況とは裏腹に――


(……でも、気分はいいかな)


 胸には情熱と希望が満ち溢れ、足取りは舞い踊っているかのようにスムーズである。

 心も体も、まるで羽が生えたかのように軽いのだ。

 きっと先生の問題が解決されたことで、精神的な重荷から解き放たれたからだろう。


 今ならそう、例え地の底に落ちていたとしても、自らの翼で天高く跳び上がり――


(うん……最高!)



 月までだって、飛んで行けそうな気分だ!








 ここでいったん、『春日井真那編』の終了です。

 次回からは、『斉川雅幸編』の開始となります。


 最初に若干の回想シーンを挟み、その後にこの状況からスタートする予定です。

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