Section-11
更新履歴 21/10/23 文章のレイアウト変更・表現の修正
私がそうして、例のデータのパスワードを解除した瞬間、その場にいた全員が一斉に色めき立つ。
「春日井さん……? え? パスワードを解除したのですか!?」
「ちょっと待て! なんでそんなことに? どうやったんだ!?」
「いやいや、今はそれよりも中身の話だろ!
結局それ、何のデータだったんだ?」
そして皆が私の周りに集まり、先を争うようにしてディスプレイを覗き込んだ。
顔に高揚感と好奇心、それからわずかに不安も覗かせながら。
ただし直後、そこに表示されていた倉田先生からのメッセージを見て、一様に動きを止める。
きっと内容が意外すぎたせいで、思考停止状態に陥ってしまったのだろう。
まあ敵側だと思っていた先生が、唐突に『生き延びるための方法』とか言い出したのだ、ごく当たり前の反応である。
ただし私は、そう皆が動揺するのをよそに、一人冷静なままだった。
先生を信じていた分、内容への驚きが少なかったので、すぐ次の行動に移れたのだ。
ゆえに訪れたその静寂の中で、黙々とメッセージに目を通していく。
結果それにより、自らの推論を裏付ける、不可思議な指示を目にすることになった。
『ではまず最初に、私が近くにいないことを確認してください。
もしいるようなら、すぐにこのメモリーを隠し、必ずいなくなるまで待つこと。
行動を起こすのは、それからでも遅くはありませんから』
これは間違いなく、『操られている時の自分』を警戒してのものである。
だってそうだろう、自身をコントロールできているのなら、『自分がいなくなるのを待て』なんて言うはずないのだから。
やはり先生は、『自分』から遠ざけるために、このデータを隠していたのだ。
そう自分の考えが正しかったという事実に、この上なく満足した私は、その勢いに乗ってさらにメッセージを読み進めていく。
もっともその中で、時と場合をわきまえず、つい笑いそうになってしまった。
なぜなら――
『そして次に、このメモリーに収められている、母艦の制御に関するマニュアルを確認してください。
完全に把握するのには時間がかかるでしょうが、必要なことですから、しっかりと勉強をするように。
それを終えたら、今度は同じくこのメモリーに入っている、母艦の制御用のコードを確認します。
さらにそのコードを使って、艦のコントロール権限を取得し、本当に制御できるか試してください』
だって先生の文体が、いかにも教師然としていたから。
『しっかり勉強を』とか、『~してください』とか、まるで宿題でも出しているかのような言い方である。
状況を忘れほっこりしてしまうのも、致し方ない反応であろう。
とは言え無論、いつまでも呑気に構えているわけにはいかない。
先生がついさっき宣言したように、今ここに書かれているのは、私達が生き延びるために重要な情報なのだから。
要は本来、一言一句漏らさぬよう集中して読まねばならぬもの、ということである。
ゆえに素早く気を引き締めて、私は再度、倉田先生の残した文章と向き合う。
すると次いで、私達にとって大きな価値のある、予想だにしていない情報が提示された。
『そうやって無事、母艦を自由に動かせるようになったら、すぐに月へ向かってください。
たぶんその時にはもう、本隊の方は出発した後でしょうが……
しかし代わりに、私の仲間が、君達を出迎えてくれるはずです。
本隊が脱出してからも月に残り、君達を送り出す準備をしているはずなのです。
だからどうか、彼らを信じて、迷わず月を目指してください』
なんと脱出作業が完了したはずの月で、私達のことを待つ人がいるらしいのだ。
私達を新天地へと送り出すため、あえてその場所に留まった、ということである。
容易に信じ難い話ではあるが、しかしあの先生が言う事だ、きっと間違いはないのだろう。
しかもその人達は、どうやら先生の仲間らしい。
つまりは先生も、私達を『助けようとしている側』の人間だったのである。
その次々に明かされていく真実と、それによりあの人の汚名が雪がれていくことに、私はますます強い満足感を覚える。
そんな私の前で、倉田先生のメッセージは佳境に入り――
『もちろん、そのための物資はきちんと用意してあります。
倉庫の一角を封鎖し、そこに貯蔵してありますので、自由に利用してください。
封鎖解除用のコードも、このメモリーに収めておきますから、同じく確認を。
それと、最後になりましたが――』
いかにもあの人らしい、旅立つ生徒達への、優しいはなむけの言葉で締め括られた。
『君達が生きて新天地にたどり着くことを、私は心から願っています。
どうかその旅路が、祝福と幸運に満ちたものでありますように。
……以上で、メッセージを終わります』
それを読み終えた瞬間、私の心に生まれたのは――
(先生……ありがとう……)
倉田先生に対する、この上ない感謝の気持ちだ。
胸の内は今、その温かく震える想いで、隅々まで一杯に満たされている。
だって先生が、私達のことをきちんと考えてくれていた、という事実がわかったから。
絶体絶命の状況に置かれた、今の私達が生き延びる道を、ちゃんと用意してくれていたから。
そしてその方法を、色んな努力を重ね、こうして欠けることなく伝えてくれたから。
それはきっと、とても難しい試みであったに違いない。
身の危険すらある、まさしく至難の業だったに違いない。
心を操られながら、上層部の判断に逆らうことをしていたのだ、そう考えるのが妥当だろう。
なのに先生は、その難事を見事に成し遂げ、私達の進む道を切り開いてくれた。
やはり心に湧き上がってくるのは、溢れるほどの感謝の気持ちのみである。
となればもちろん、このまま呆けているわけにはいかない。
私達には先生の残したもの――明日への希望を、最大限活かす義務があるのだから。
必ず、必ず、その志を無駄にせぬよう、生きて月までたどり着かねばならぬのだ。
そこでいったん、感動に震える心を脇に置いて、周りを見回す。
目に入ってきたのは、一様に何かを考えている雰囲気の、クラスメイト達の姿だ。
きっと倉田先生からのメッセージを読み終わり、それをどう解釈すべきか迷っているのだろう。
しかし当然、悠長に悩んでいる暇など無い。
今はすぐにでも動かないと、クラス全体が危うくなる、という極めて切羽詰まった状況なのだから。
ここは皆の気持ちを、何とかして戦いの方へ戻さなければ。
そう自らの指針を定めた私は、次いで可能な限り冷静に、志藤さんへと呼びかけを発した。
ここは行動を起こす局面でしょう、と彼女をやんわり叱咤したのである。
「志藤さん。今は敵への対処を」
すると志藤さんが、驚いたように軽く身を跳ねさせた後、我に返った様子でそれに応じる。
「え!? あ……は、はい。
そうですよね、すいません。すぐ取りかかります」
そしてまだ少し動揺を覗かせながらも、私に代わってパソコンの前に陣取り、操作を開始した。
他のみんなも、私の一言で思索から脱したのか、緊迫した表情でそんな彼女を見守っている。
その空気の中で、志藤さんはしばし作業を続け、間もなく嬉しそうな声を上げた。
「ありました! 母艦の操作マニュアルと、制御用のコード!
倉田先生のメッセージ通りです!」
それと同時に、場の雰囲気が急激に明るくなる。
たぶん倉田先生からの情報が嘘でなかった、という事実に歓喜したからだろう。
だってそれは、『月に仲間がいる』という先生の話もまた、嘘ではないことを意味するから。
ここへ来てようやく、この絶望的な状況に希望が見えてきたのだ、安堵し手応えを感じるのは当然である。
そんな皆の期待を背負って、志藤さんはすぐパソコンを操作し、例の制御用のコードを入力した。
またさらに何らかの作業を行い、母艦のレーダーを起動、その結果をディスプレイに表示させる。
ただしそこで、場の空気が瞬く間に緊張感を取り戻した。
志藤さんがその、表示されたレーダーを観察しながら――
「確かに多いですね……距離もだいぶ迫っています」
直後に斉川君と、作戦についてのやり取りを始めたからだ。
「すぐ逃げなきゃならん、ってことだな……母艦は動かせそうか?」
「……難しいですね。今はまだ、付属するシステムだけを動かしてる状態なので……
コントロールを完全に掌握するのには、少し時間がかかりそうです」
「時間稼ぎが要る、ってことだな?」
「はい。みなさんには、いったん迎撃に出てもらうことになります」
そしてそれを終えた後、彼女はすぐさま、いつものように皆へ指示を出していく。
「春日井さん、斉川君、望月さんは、これからすぐ出撃して、敵の迎撃に当たってください。
でも決して無理はせず、守りに徹してください。
時間が稼げれば十分ですから。
柳井君と私は、ここで今の作業を続けます」
どうやらこの場で、チームをふたつに分けるつもりらしい。
システムの知識がある彼女と、出撃できない柳井君で作業を継続しつつ、残りのメンバーを時間稼ぎに回す……というわけだ。
まあ私がここにいても、これ以上役に立つことはなさそうだし、適切な割り振りだろう。
ゆえに逆らわず、皆と共に肯定の返事をした。
「「了解」」
その直後、場にいる全員が、それぞれの役割に従って動き出す。
一刻の猶予も無いことがわかっているからか、総じて動作は機敏だった。
なので私も、いったんはそんな皆に続こうと……していたのだが。
ただその直前、例のパソコンが目に入ったせいで、つい独り言を漏らしてしまう。
そのパソコンの持ち主である倉田先生に対し、やり場のない感情をぶつけたのだ。
「ずるいな……本当に。……ずるいよ、先生」
だってあの人は、いつでも側にいるよって顔をするくせに、実際はいつだって手の届かない場所にいる。
どんな時だって生徒達のことを考えているはずなのに、こんなにも近くにいる私の本心には気づかない。
そんな先生の振る舞いに、本当にずるい人だ、と不満を抱かずにはいられなかったのである。
でも幸い、生徒を操り戦わせるような、極悪非道な人間ではなかった。
詳しい事情まではわからないけれど、私達の無事を願い、そのために努力してくれてもいた。
今はそれだけで十分、と考えるべきだろう。
その想いを支えに、私は自らの感情を抑え込み、未練を力任せに断ち切る。
それからすぐ、行動に移るため動き出すと――
(……あ)
不意にそこで、こちらを見つめている斉川君と目が合った。
その表情は、らしくもなくどこか憂いを帯びている。
どうやら倉田先生のことで悩む私を、彼なりに心配してくれていたようだ。
ただし無論、そんな気遣いは不要である。
なので私は、自身が万全だということをアピールするため、彼に毅然と声をかけた。
「大丈夫。行こう、斉川君」
すると斉川君が、無言のまま黙って頷く。
表情の方も不変だし、特に慰めるつもりは無い、ということだろう。
同情されて嬉しいタイプではない私には、ありがたい対応だった。
ゆえにそのまま、私は彼に頷き返し、二人で職員室の出口に向け走り出す。
ちなみにその時にはもう、望月さんは職員室の外に出ており、志藤さん達も作業を再開していた。
またも出遅れてしまった、というわけだ。
敵はすぐそこまで来ているのだし、ここはやはり、できるだけ急がなくてはならない。
しかし一方、その緊迫していく状況とは裏腹に――
(……でも、気分はいいかな)
胸には情熱と希望が満ち溢れ、足取りは舞い踊っているかのようにスムーズである。
心も体も、まるで羽が生えたかのように軽いのだ。
きっと先生の問題が解決されたことで、精神的な重荷から解き放たれたからだろう。
今ならそう、例え地の底に落ちていたとしても、自らの翼で天高く跳び上がり――
(うん……最高!)
月までだって、飛んで行けそうな気分だ!
ここでいったん、『春日井真那編』の終了です。
次回からは、『斉川雅幸編』の開始となります。
最初に若干の回想シーンを挟み、その後にこの状況からスタートする予定です。




